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嗜好からくるイメージをここまで物語として膨らませることができるものかと、ちょっと感心。『痴人の愛』と少しダブった。
『家畜人ヤプー (1970年)』(挿画・装本:宇野亜喜良)/['70年/都市出版社]/『家畜人ヤプー』 角川文庫改訂増補決定版(カバー・イラスト:村上芳正)['72年]/『劇画家畜人ヤプー「快楽の超SM文明」編 (3巻)』['14年/電子書籍版]
ドイツのとある森の中で、麟一郎とその婚約者クララは謎の飛行船を見つけるが、それは2000年後の宇宙大帝国イースから来て不時着したもので、2人はその飛行船で、白人至上主義、女権主義のイースに連れて行かれる。イースでは、白人が支配層で黒人はみな奴隷、そして日本人はヤプーという"家畜人"の扱いを受けていて、ヤプーは皮膚をはじめとして体を改造され、人間椅子、畜人犬、畜人馬、河童、自慰機械、肉便器などに改造されている―。
1956年より『奇譚クラブ』に「ある夢想家の手帖から」というタイトルで連載され、その後断続的に書き継がれた長編小説で、自分が読んだ角川文庫版も、文庫化に際して加筆・修正されたものであるとのこと。
作者の「沼正三」は正体不明の作家で、現職エリート判事K氏だったという説が有力ですが、自分の社会的立場は伏せる一方で、角川文庫版の巻末に、「捕虜生活中、ある運命から白人女性に対して被虐的性感を抱くことを強制されるような境遇に置かれ、性的異常者として復員して来た」と、その嗜好の原因を明かしています。
自らの性的嗜好からくるイメージをここまで物語として膨らませることができるものかと、嫌悪を超えてちょっと感心してしまうし、ぺダンティックな要素を含んだ文脈や全体の構築力から、作者が相当の知識人であることが窺えますが、『奇譚クラブ』という雑誌が初出であることからもわかるように、「表現すること」自体が目的として書かれたものであるような気もします(同じような嗜好を持った人には評価の対象になり得るだろうが、一般的には、「奇書」と見られているのではないか)。
生前の三島由紀夫がこの作品に強い関心を示し、版元を通じて「沼正三」に会おうとしたらしいですが、三島の全集の"しおり"に「沼正三」が寄稿していて、"沼氏"は編集部と「沼正三」の"仲介役"のフリをして三島に会ったとあります。しかし、この"仲介役"の人物は別に実在していて、時に自ら「沼正三」を名乗り、実際『続・家畜人ヤプー』はこの人の筆によるものらしいというからややこしい(三島は晩年、自分は「沼正三」が誰だか知っていると言っていたそうですが...)。
『家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)』 (コミック/全5巻)['99年]
かつて石森章太郎が本作を劇画化し、'83(昭和58年)1月に辰巳出版より刊行されていますが(最近では江川達也のものがある)、石森章太郎のものは、ストーリーは原作に忠実ながらも「サイボーグ009」みたいなタッチなので、SFっぽく(元来はSFという形を「借りているだけ」の作品だが)、原作の、あの"肉便器"に尻の皮膚が触れたときのウェットな感覚の描写のようなものは伝わってきません。
『劇画 家畜人ヤプー 宇宙帝国への招待編』 石森章太郎・作 ('83年/辰巳出版) 昭和58年1月左開き版(初版)/昭和58年6月右開き版(5版)
それでも、原作の中にある西洋へのコンプレックスと女性へのコンプレックスの一体化を再認識させられ(文庫解説にある作者の西洋&女性コンプレックスの元となった捕虜体験は、個人的には、会田雄次の『アーロン収容所』を想起させた)、そう言えば谷崎の『痴人の愛』についてもそうした読み解きをする見方があることを思い出しました。
【1970年単行本[都市出版社](挿画:宮崎保之)/1970年改訂増補限定版・1971年改訂増補限定版特別再販[都市出版社](挿画・装本:村上芳正)/1970年単行本・1971年改訂増補普及版[都市出版社](挿画・装本:宇野亜喜良)/1972年改訂増補決定版[都市出版社](挿画・装本:村上芳正)/1972年文庫化(改訂増補決定版)[角川文庫](カバー・イラスト:村上芳正)/1975年初版本愛憎版[出帆社](装幀:勝川浩二/挿画:宮崎保之)/1984年限定愛蔵版[角川書店](画:村上昴)/1991年改訂増補完全復刻版[スコラ](挿画・装本:宇野亜喜良)/1992年最終増補決定版[大田出版(全3巻)](装幀・画:奥村靫正)/1999年再文庫化[幻冬舎アウトロー文庫(全5巻)](カバーデザイン:金子國義)】
『家畜人ヤプー』改訂増補限定版(1971年・都市出版社/挿画・装本:村上芳正)
『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』『劇画家畜人ヤプー2【復刻版】』
《読書MEMO》
「捕虜生活中、ある運命から白人女性に対して被虐的性感を抱くことを強制されるような境遇に置かれ、性的異常者として復員して来た。(中略)以来20余年間の異端者の悩みは、同じ性向を有する者にしかわかるまい。昼の私は人と議論して負けることを知らなかったが、夜の私は女に辱められることに陶酔した。犬となって美女の足先に戯れることが、馬となって女騎士に駆り立てられることが、その想念だけでも快感を与えてくれた。被虐と汚辱の空想の行きつくところに汚物愛好も当然存在した。/祖国が白人の軍隊に占領されているという事態が、そのまま捕虜時代の体験に短絡し、私は、白人による日本の屈辱という観念自体に興奮を覚えるようになって行った。」(角川文庫版627p)