「●若者論」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●社会問題・記録・ルポ」【865】 会田 雄次 『アーロン収容所』
「●光文社新書」の インデックッスへ
何か物申すというより、ケータイを通しての若者のコミュニケーション行動、消費行動分析。
『近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」 (光文社新書)』['10年]
著者は、大手広告代理店・博報堂に勤務する32歳のマーケティングアナリストで、今の若者に携帯電話がどのような使われ方をしているのかを「7年をかけて、10代半ば〜20代後半の若者、約1000人に実際に会って、じっくりと話を聞いて」分析したとのこと。今の若者には他者に対して過剰に気遣いする傾向が見られ、ケータイを通してかつての「村社会」と似た「新村社会」とでも言うべきものが出来上がっていて、その中で若者達は、その「新村社会」における"空気"を読みながら、浅く広い人間関係を保っているという分析は、なかなか興味深かったです。
「大人になってからケータイを持ち始めた30代以上」が本書のターゲットということですが、前半部分は、足で稼いだ情報というだけあって、若者へのインタビューなどにシズル感があって面白かったです(「私、今日『何キャラ』でいけばいいですか?」には笑った)。
次第に「博報堂生活総合研究所」らしい(いかにもパターン化された?)分析が目につくようになり(思いつきで言っているのではなく、データの裏付けがありますよということなのだろうが)、「どちらかというと、クライアント(広告主)向けの10代・20代の若者のコミュニケーション行動、消費行動分析のプレゼンテーションっぽくなっていっているように思えました。
著者自身は人情味あふれる下町の出身で、若い頃は青山や渋谷といった街の華やかさに憧憬を抱いていたようですが、今の若者は、ファッションなどにおいて洗練されているように見えても、必ずしもそうしたお洒落な街をテリトリーとしているわけではなく、地元に引きこもってそれで充足しているタイプが多いとのこと。
しかも、そこに、かつて著者自身が経験したような濃密な人と人との交わりがあるわけではなく、何となく、著者自身の「こんなのでいいのかなあ」という嘆息のようなものが伝わってはきますが、"私情"はさておき"分析"を続けるといった感じで、ましてやタイトルにあるように、それでは「ダメ」だと言い切っているわけでもなければ(むしろ、そうした既成の「若者論」自体を批判している)、踏み込んで社会学的な分析を行っているわけもありません(その意味ではタイトルずれしているし、その上に物足りない)。
だんだんと書籍からの引用、他書との付き合わせが多くなり、そこで参照されている本が、三浦展氏の『下流社会』('05年/光文社新書)だったりしますが、三浦展氏もマーケッター出身であり、社会に対して何か物申すというより、"市場分析"(若者のコミュニケーション行動・消費行動分析)といったトーンがその著書から感じられ、本書の「観察」主体の姿勢は、「携帯電話を使う時、ふと立ち止まるかどうかが世代の分かれ目」と言っていた三浦氏の「観察」姿勢とやや似ているなあと。
後半部分も若者へのインタビューなどは出てきますが、それらが著者自身の社会論や若者論へ収斂していくというものでもなく、引き続き、更に細分化して(悪く言えば散発的に)現象面を追っているという感じがしてならず、結局、オジさんたちに対する"現代若者気質"講義(乃至プレゼン)は、世の中いろいろな若者がいますよということで終わってしまったような印象を受けました。