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マトモだけどインパクトが弱い就活本。「就職協定」守れないからと廃止したのはどうだったか。

戸山 孝『もうダメだと思ったときから始まる「就活」大逆転術 (青春新書プレイブックス)』 森岡 孝二『就職とは何か――〈まともな働き方〉の条件 (岩波新書)
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学生向けの「就活」ハウツー本にはかなりヒドい内容のものもあり、特に比較的若手の就職コンサルタントとか就職ジャーナリストが書いたものの中には、心情的に学生に近い立場をとろうとしているのか、"ブラック企業"のことを面白おかしく露悪的に書いたりして、却って学生を不安や疑心暗鬼に陥れるのではないかと思われるものもあったりします。
そうした本に比べると、実際に大学のキャリアセンターで相談業務を行っているベテラン・キャリアカウンセラーによる本書は、比較的まともな方かもしれません。「就活をマネジメントする」といった考え方はいかにもコンサルティングファーム出身者らしいけれど、全体としては、テクニカルなことより、心理面での啓発的な事柄にウェイトが置かれているように思いました。
不採用通知、所謂"お祈りメール"を貰い続けても、落ち込んだ気分にならないように、「次いこう、次!」とか気分回復のパスワードを決めておく、或いは、イチローを尊敬している人はイチローの写真を携帯するようにして、常に憧れの人だったらどう就活するかを考える、などといったアドバイスは、なるほどなあと。
但し、「勝負ネクタイ」を数本決めておくとか、だんだんお呪いみたいになってきて、そのうち読み終ってしまい、インパクトとしては弱かったかも(「就活」本の中では相対的にはまあまあだけど、絶対評価的にみると物足りない)。
この本、どうせ読むなら、就活を始める前に読むべきで、「もうダメだと思ったとき」に読んでも遅いような気もしますが、この「もうダメだと思ったとき」というのはいつ頃になるのだろうなあ。
本書冒頭に、2013年度卒の就職活動は、例年より2ヵ月遅い昨年12月にスタートとなり、これは、早まりすぎた大学生たちの就活が学業の妨げになっている、と経団連が考えたためだが、当然それは就活の"短期決戦化"を招くことになった―とありますが、この辺りの過去からの経緯は、労働経済学者・森岡孝二氏の近著『就職とは何か―〈まともな働き方〉の条件』('11年/岩波新書)に詳しく書かれています。
森岡氏の本は、主に学生に向けて書かれた本ですが、「就活」ハウツー本ではなく、なぜこうした厳しい就職環境になったのかを分析するとともに、就職後にどのような状況が学生を待ち受けているか解説し、更に、サブタイルにあるように、〈まともな働き方〉の条件を賃金、労働時間、雇用、社会保障を柱に整理し、過重労働に代表される労働現場の諸問題を通して、なぜ〈まともな働き方〉ができないのかを考察した良書。
採用する側からみても考えさせられる面が多々ある本でしたが、「就活」スケジュールについて書かれた部分だけ見ると、かつての「就職協定」に代わる日本経団連の「倫理憲章」で、3年生の12月から広報活動開始となっていても、これは自粛規定に過ぎず、多くの会員企業(主に大企業)が3年10月からエントリーシートを受付け、12月から1月にかけて面接選考、3月から4月に「内々定」を出すというスケジュールであるため、4年生の4月までに内定を貰えなければ、5月には殆どの企業が内定通知を終了してしまっているというのが、現在の状況のようです(そこからまた、中堅・中小企業を中心とした長い第2ラウンドが始まるのだが)。
「就職協定」が結ばれた頃からの経緯を同書で見ると、'52年に「採用選考は4年生の1月以降」実施という文部省・労働省通達があり、しかしこれは守られず、'53年には大学団体と日経連などの産業界代表とで「採用選考は4年生の10月中旬から1ヵ月くらい」とすることを取り決め、これが所謂「就職協定」の始まり。'57年には事務系は「推薦は10月1日以降、試験は10月10日以降」とされましたが、これも守られず、60年代初めには既に、大企業は7月末までに殆ど採用活動を終えている状況だったそうです。
「就職協定」には文部省・労働省が加わったり離脱したり、或いは日経連も一時離脱していますが、'76年に改めて「10月1日会社訪問解禁、11月1日入社試験解禁」とする協定が結ばれました。但し、これも"形式"に過ぎず、'86年には「8月20日会社訪問解禁、11月1日採用内定解禁」に変更されましたが、バブル期には、5月の連休明けには多くの企業で会社説明会をやっていたのが現実。
'89年には「8月20日会社訪問解禁、10月1日採用内定解禁」、'91年には「8月1日会社訪問解禁、10月1日採用内定解禁」と変更されたものの、公然と協定は破られ続け、'97年に日経連の判断で「就職協定」そのものが廃止されたとのことです。
代わりに出来たのが「倫理憲章」で、ところが「憲章」で3年生の12月から広報活動開始と定めても、エントリーシートなどの提出に制限を設けていなかったため、3年の10月からエントリーシートを受け付け、3年の3月から4年の4月にかけて「内々定」(実質「内定」)を出すというのが常態化していたのがこの何年もの傾向で、それを今回、実質的なスタートを2ヵ月遅らせたということ(但し、内定を出す時期は変わらないので、第1ラウンドは"短期決戦"となる)。
今回のように「学生向けの広報活動を3年の12月1日以降に開始」「実質的な選考活動については4年の4月1日以降に開始」と制限しても、森岡氏が指摘するように、インターネット等を通した不特定多数向けの情報発信は制限されていないのは、実質"ザル"であるし、現実にも、フェイスブック等でどんどん選抜して、あとは「内々定」という言葉で学生を押さえてしまうというのが当たり前のように行われているというのが実態であると思われます。
「倫理憲章」は"自粛規制"だから弱いわけで、「就職協定」を守れないからと言って廃止にしてしまったのはどうだったかなあ。



国際教養大学の365日24時間開館の図書館
本書によれば、就職氷河期レベルと言われた2010年春の就職状況は、文部科学省の「学校基本調査」(2010年8月公表)によると、前年より5万3000人減の32万9000人と厳しいものだったが、2011年春は、より厳しい見通しにあるとあります(因みに就職率で言うと、本書には無いが、2011年春の最終数値は61.6%で、前年最終の数字との比較で0.8ポイント上昇したものの、ほぼ横ばいだったとみていいか)。


グループ討議で重要なのは「それらしい結論に導くことよりも、自分の意見をきちんと出して議論すること」、最終面接で重視されるのは、「能力的なことよりも、本気でこの会社に来てくれるかどうか」といった太字で書かれている部分は、人事部の担当者にとってはある程度分かっていることかも知れませんが、現場の面接担当者や役員に関してどれぐらい共有されているでしょうか。


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