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マトモだけどインパクトが弱い就活本。「就職協定」守れないからと廃止したのはどうだったか。

もうダメだと思ったときから始まる「就活」大逆転術.jpg                                 就職とは何か 森岡孝二.jpg
戸山 孝『もうダメだと思ったときから始まる「就活」大逆転術 (青春新書プレイブックス)』 森岡 孝二『就職とは何か――〈まともな働き方〉の条件 (岩波新書)

 学生向けの「就活」ハウツー本にはかなりヒドい内容のものもあり、特に比較的若手の就職コンサルタントとか就職ジャーナリストが書いたものの中には、心情的に学生に近い立場をとろうとしているのか、"ブラック企業"のことを面白おかしく露悪的に書いたりして、却って学生を不安や疑心暗鬼に陥れるのではないかと思われるものもあったりします。

 そうした本に比べると、実際に大学のキャリアセンターで相談業務を行っているベテラン・キャリアカウンセラーによる本書は、比較的まともな方かもしれません。「就活をマネジメントする」といった考え方はいかにもコンサルティングファーム出身者らしいけれど、全体としては、テクニカルなことより、心理面での啓発的な事柄にウェイトが置かれているように思いました。

 不採用通知、所謂"お祈りメール"を貰い続けても、落ち込んだ気分にならないように、「次いこう、次!」とか気分回復のパスワードを決めておく、或いは、イチローを尊敬している人はイチローの写真を携帯するようにして、常に憧れの人だったらどう就活するかを考える、などといったアドバイスは、なるほどなあと。

 但し、「勝負ネクタイ」を数本決めておくとか、だんだんお呪いみたいになってきて、そのうち読み終ってしまい、インパクトとしては弱かったかも(「就活」本の中では相対的にはまあまあだけど、絶対評価的にみると物足りない)。

 この本、どうせ読むなら、就活を始める前に読むべきで、「もうダメだと思ったとき」に読んでも遅いような気もしますが、この「もうダメだと思ったとき」というのはいつ頃になるのだろうなあ。


森岡孝二氏.jpg 本書冒頭に、2013年度卒の就職活動は、例年より2ヵ月遅い昨年12月にスタートとなり、これは、早まりすぎた大学生たちの就活が学業の妨げになっている、と経団連が考えたためだが、当然それは就活の"短期決戦化"を招くことになった―とありますが、この辺りの過去からの経緯は、労働経済学者・森岡孝二氏の近著『就職とは何か―〈まともな働き方〉の条件』('11年/岩波新書)に詳しく書かれています。

 森岡氏の本は、主に学生に向けて書かれた本ですが、「就活」ハウツー本ではなく、なぜこうした厳しい就職環境になったのかを分析するとともに、就職後にどのような状況が学生を待ち受けているか解説し、更に、サブタイルにあるように、〈まともな働き方〉の条件を賃金、労働時間、雇用、社会保障を柱に整理し、過重労働に代表される労働現場の諸問題を通して、なぜ〈まともな働き方〉ができないのかを考察した良書。

 採用する側からみても考えさせられる面が多々ある本でしたが、「就活」スケジュールについて書かれた部分だけ見ると、かつての「就職協定」に代わる日本経団連の「倫理憲章」で、3年生の12月から広報活動開始となっていても、これは自粛規定に過ぎず、多くの会員企業(主に大企業)が3年10月からエントリーシートを受付け、12月から1月にかけて面接選考、3月から4月に「内々定」を出すというスケジュールであるため、4年生の4月までに内定を貰えなければ、5月には殆どの企業が内定通知を終了してしまっているというのが、現在の状況のようです(そこからまた、中堅・中小企業を中心とした長い第2ラウンドが始まるのだが)。

 「就職協定」が結ばれた頃からの経緯を同書で見ると、'52年に「採用選考は4年生の1月以降」実施という文部省・労働省通達があり、しかしこれは守られず、'53年には大学団体と日経連などの産業界代表とで「採用選考は4年生の10月中旬から1ヵ月くらい」とすることを取り決め、これが所謂「就職協定」の始まり。'57年には事務系は「推薦は10月1日以降、試験は10月10日以降」とされましたが、これも守られず、60年代初めには既に、大企業は7月末までに殆ど採用活動を終えている状況だったそうです。

 「就職協定」には文部省・労働省が加わったり離脱したり、或いは日経連も一時離脱していますが、'76年に改めて「10月1日会社訪問解禁、11月1日入社試験解禁」とする協定が結ばれました。但し、これも"形式"に過ぎず、'86年には「8月20日会社訪問解禁、11月1日採用内定解禁」に変更されましたが、バブル期には、5月の連休明けには多くの企業で会社説明会をやっていたのが現実。

 '89年には「8月20日会社訪問解禁、10月1日採用内定解禁」、'91年には「8月1日会社訪問解禁、10月1日採用内定解禁」と変更されたものの、公然と協定は破られ続け、'97年に日経連の判断で「就職協定」そのものが廃止されたとのことです。

 代わりに出来たのが「倫理憲章」で、ところが「憲章」で3年生の12月から広報活動開始と定めても、エントリーシートなどの提出に制限を設けていなかったため、3年の10月からエントリーシートを受け付け、3年の3月から4年の4月にかけて「内々定」(実質「内定」)を出すというのが常態化していたのがこの何年もの傾向で、それを今回、実質的なスタートを2ヵ月遅らせたということ(但し、内定を出す時期は変わらないので、第1ラウンドは"短期決戦"となる)。

 今回のように「学生向けの広報活動を3年の12月1日以降に開始」「実質的な選考活動については4年の4月1日以降に開始」と制限しても、森岡氏が指摘するように、インターネット等を通した不特定多数向けの情報発信は制限されていないのは、実質"ザル"であるし、現実にも、フェイスブック等でどんどん選抜して、あとは「内々定」という言葉で学生を押さえてしまうというのが当たり前のように行われているというのが実態であると思われます。

 「倫理憲章」は"自粛規制"だから弱いわけで、「就職協定」を守れないからと言って廃止にしてしまったのはどうだったかなあ。

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雇用システムの「現実的・漸進的改革の方向」を示す。読めば読むほど味が出てくる"スルメ"みたいな本。

新しい労働社会 雇用システムの再構築へ.jpg 『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書)』['09年]

 「派遣切り」「名ばかり管理職」「ワーキングプア」「製造業への派遣」といった現在生じている労働問題をめぐる議論は、それぞれ案件ごとの規制緩和論と規制強化論の対立図式になりがちですが、本書は、そうした問題を個別的・表層的捉えるのではなく、国際比較と歴史的経緯という大きな構図の中で捉えようとしています。

 序章において、わが国おける雇用契約は、諸外国と異なり「職務(ジョブ)」ではなく「メンバーシップ」に基づくものであり、そのことが日本型雇用システムの特徴である長期雇用、年功賃金、企業内組合の形成要因となっていることを明快に説いています。

 個人的には「メンバーシップ」という表現及びこの部分の論旨がものすごく分かりよかったのですが(序章だけでも読んでおく価値あり!)、こうしたことを踏まえ、労働問題の各論へと進みます。

 第1章では働きすぎの正社員のワークライフバランス問題をとり上げ、「名ばかり管理職」「ホワイトカラーエグゼンプション」をめぐる議論においては、健康確保措置の問題が報酬問題にすり替えられたと指摘していますが、これは個人的にも同感。マクドナルド事件は、名ばかり管理職問題ではなく過重残業問題だったというのは、何人かの著名な弁護士(主に使用者側)などもそう指摘していたように思います。

 第2章では非正規労働者の問題をとり上げ、「偽装請負」「労働者派遣法」などに関する議論について歴史的経緯を踏まえて再整理していますが、「日雇い派遣」問題の本質は「偽装有期雇用」にあり、この「偽装有期雇用」こそが問題であるとの指摘には、目を見開かせられる思いをしました。

 第3章ではワーキングプア問題をとり上げ、メンバーシップ型正社員だけに手厚い生活給制度が適用されてきたという経緯の中、過去にもアルバイト等の非メンバーシップ労働者はいたものの、親の生活給賃金が子の生計を補填するといった構図で"日本的フレクシキュリティ(柔軟性+安定性)"が保たれていて、それが近年、非正規雇用労働者の増加により、そのフレクシキュリティが揺らいできたというのが、ワーキングプア問題の本質であるとしています。

 日本の法定の最低賃金の水準の低さは、最低賃金がアルバイトとパートという家計補助労働の対価を対象にしていることに起因としているとの指摘は卓見であり、こうした背景との繋がりがワーキングプア問題の基礎にあるということは、問題の案件をそれだけに絞って見てしまっていては見えてこないんだろうなあと。

 ここまでにも幾つかの提言はありますが、どちらかと言えば改革に繋げる前段階(下ごしらえ)の議論であり、それに対し第4章は、本書タイトルにより呼応した内容であり、非正規労働者も含めた労働組合再編など、集団的合意形成の新たな枠組みを提言するとともに、労働政策の決定に一部のステークスホルダーしか関与していないことなどを批判しています(そうなんだ。政労使三者構成というのが本来は、原則のはずなんだよなあ)。

 現行の労働法制の成立過程を追い、その矛盾や実態との乖離を指摘している点は参考になり、また、雇用システムというものが、法的、政治的、経済的、経営的、社会的などの様々な側面が一体となった社会システムであることを踏まえた上での論考は、「現実的・漸進的改革の方向」(著者)を示したものと言えるかと思います。

 労働法を学ぶ人にはブログなどでもお馴染みの論客ですが(大学のオープン講座で労働政策研究・研修機構のR・H先生の労働法の講義を聴いたときに、著者のブログを勧められた。個人的にも以前から読んでいたけれど)、この人、EUの労働法にも詳しかったりするけれど、労働経済学者なんだよね。労働法学と社会政策学の両方の分野を論じることができるのが著者の強みであり、かなりの希少価値ではないかと。

 新書という体裁上、コンパクトに纏まっていますが、読めば読むほど味が出てくる"スルメ"みたいな本です。
 評価で星半個減は、自分自身の理解が及ばなかった部分が若干あったためで、4章が、もやっとした感じ。自分の中に「労組=旧態然」というネガティブイメージがあるのもその一因かもしれません。

 折をみて再読したいと思いますが、ブログを読むよりは、ちょっと気合いを入れてかかる必要があるかも。そう思いつついたら、もう、本書の続編と言えるかどうかわからないけれど、『日本の雇用と労働法』('11年/日経文庫)というのが刊行されており、そちらも読み始めてしまった...。

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就活の現況を概観するにはいいが、大学の新たな取り組みをもっと掘り下げて取材して欲しかった。

就活地獄の真相.jpg 『就活地獄の真相 (ベスト新書)

就職内定率の推移.gif 本書によれば、就職氷河期レベルと言われた2010年春の就職状況は、文部科学省の「学校基本調査」(2010年8月公表)によると、前年より5万3000人減の32万9000人と厳しいものだったが、2011年春は、より厳しい見通しにあるとあります(因みに就職率で言うと、本書には無いが、2011年春の最終数値は61.6%で、前年最終の数字との比較で0.8ポイント上昇したものの、ほぼ横ばいだったとみていいか)。

 また、厚生労働省の「就職内定状況調査」(年4回、10月、12月、2月、4月に調査)では、2011年春の内定状況は、2010年10月1日時点で57.6%と「氷河期」を下回る過去最悪となっているとあります(因みに、2011年4月の最終内定率は91.0%で、こちらは最終数値も過去最低だった)。

 大学ジャーナリストである著者は、その原因を、単にリーマン・ショック後の不況による求人減少のせいだとして片づけることはできないとし、そこには、「就活」をめぐっての大学側、国側、採用する企業側のさまざまなウソ・ゆがめられた真実があり、それらがいびつな就活構造を作り出し、学生を疲弊させるだけでなく、結局は採用企業にも大学にとっても不利益をもたらすという悪循環を生みだしているとしています。

 例えば、文部科学省・厚生労働省の「大学卒業(予定)者の就職内定率調査(前記:厚生労働省の「就職内定状況調査」と同じ)」(2010年5月公表)によれば、「10年4月1日時点での就職率(内定率)は91.8%」となっているとマスコミも伝えましたが、マスコミを通して発表される政府の就職内定率調査や、大学が公表している就職率は、現役学生だけを対象としたものであり、しかも、内定率というのはあくまで就職希望者に占める就職決定者の割合であって、厳しい就活に耐えられず途中で就職を諦めた学生などは分母に含まれていないそうです(2011年の「過去最低の数字」が、前述の通り「91.0%」だったというのは、確かに実感とずれているが、要因はここにある)。
 
 また、大学によっては、自大学が出資して派遣会社を設立し、就職が決まらない学生をとりあえずそこへ押し込むことによって、就職内定率の低下を表面上防ぐようなこと(水増し工作?)が行われているとのことです(個人的に知るところでは、早稲田大学なども「キャンパス」という名の100%出資の人材派遣会社を、随分以前から持っている。会社設立当初は、学内事務等の要員を、校風を知る自大学の出身者で賄おうというというのが狙いだったと思われるが)。
 
 こうした統計の"ウソ"を明らかにする一方で、企業側についても、学生に対して求める能力の評価基準が曖昧であることを、これもまた統計をもって明らかにし、その結果として、大学・学生・企業の間に相互不信が渦巻いているとしています(この「就職率」と「就職内定率」の30ポイントもの数字の開きは何とかならないものか。例えば、東京工業大学などは、大学院進学者が多いので「就職率」は落ちるが「就職内定率」は高い。そもそも、「就職内定状況」の調査対象は、国立大学を中心とする62校で、私立では、明治・青山・立教・法政などは除かれている)。
 
 また、「厳選採用」を求められながらも、理想の人材と現実の学生とのギャップに戸惑い、また、ネット・エントリーなどで母集団が拡大し、膨大な費用と労力を消費せざるを得ない、企業の採用現場の厳しい現状についても言及しています。
 結果として、大手企業などの場合、予め学校を有名校に絞る「ターゲット採用」などが行われているとのことです。

 更に、就職活動の早期化が「学生から学びの時間を奪っている」という実態が大学教育にもたらす悪影響についても述べていますが、早期化の根底には、「大学での勉強は仕事にはあまり役立たない」「日本の大学教育は米国などのように、自分の頭で考える力が身につく教育ではなく、単なる知識の習得に重点が置かれている」との考えがあるようだとしています。

 しかし一方で、著者によれば、最近では大学教育も変わりつつあり、「問題発見力、問題解決力を鍛える教育」に力を入れたり、文科省が学生が自分に合った仕事を見つけて卒業後に自立できる「就業力」の育成に取り組む大学・短大への支援を2010年から始めたのを受けて、独自の授業プログラムを実施している大学も増えているとのことです。

 そうした大学の新たな取り組みについても紹介していますが、東海大学の就職指導は「総戦力」であるという考えに基づく同窓会や保護者なども一体化した親身のサポート体制での対応、明治大学の学長主導による「就職情報懇談会」、「就職率100%」という秋田の国際教養大学(AIU)の「すべての授業を英語で行う」などの国際人を養成するという教育方針、立教大学経営学部の「BLP(ビジネス・リーダーシップ・プログラム)」による人材育成など、どれも興味深いものでした。

 企業側にも、新卒採用の早期化を見直したり、本格的なインターンシップを通して、時間をかけて能力適性を見極めるなど、新たな動きが出てきているようですが、今後もこうした取り組みが拡がっていくよう思います。

 著者は日経記者出身のベテランのジャーナリストであり、本書は「就活」の現状を把握するにはいい本ですが、現状分析がやや長過ぎて、大学の「就業力」を育成するプログラムの紹介に至るまでに紙数が尽きた感もあります。

 その分、全体を通して提案的な部分の比重が小さくなり、「大学が変われば、企業も動き、就活も変わる」というのが著者の考えなのですが、肝心の大学の取り組み状況の紹介がそれこそ新聞記事程度(コラム記事未満)のものであり、実際に現場を取材したシズル感のようなものが感じられず、詰まるところ「大学」ジャーナリストとしての著者の本領は活かされてないように思われたのが残念です。

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労働経済学者による社会哲学の本。自己啓発本にみたいな印象も。

希望のつくり方.jpg 『希望のつくり方 (岩波新書)

 労働経済学者で、『仕事の中の曖昧な不安』('01年/中央公論新社)などの著書のある著者の本ですが、『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』('04年/幻冬舎、曲沼美恵氏と共著)で「ニート」論へ行き、今度は「希望学」とのこと。
 但し、いきなりということではなく、東京大学社会科学研究所で'05年度に「希望学プロジェクト」というものを立ち上げており、既に『希望学』(全4巻/東大出版会)という学術書も上梓されているとのことです。

 冒頭で、希望の有無は、年齢、収入、教育機会、健康が影響するといった統計分析をしていますが、この人の統計分析は、前著『ニート』において、フリーターでも失業者でもない人を「ニート」と呼ぶことで、求職中ではないが働く意欲はある「非求職型(就職希望型)」無業者(本質的にはフリーターや失業者(求職者)に近いはず)を、(働く予定や必要の無い)「非希望型」無業者と同じに扱ってしまい、それらに「ひきこもり」や「犯罪親和層」のイメージが拡大適用される原因を作ってしまったと、同門後輩の本田由紀氏から手厳しく非難された経緯があり、個人的には、やや不信感も。

 但し、本書では、そうした数値で割り切れない部分に多くの考察を割いており、希望を成立させるキーワードとして、Wish(気持ち)、Something(大切な何か)、Come True(実現)、Action(行動)の4つを見出し、「希望とは、行動によって何かを実現しようとする気持ち」(Hope is a Wish for Something to Come True by Action)だと定義づけています。

 更に、これに「他者との関係性」も加え、社会全体で希望を共有する方策を探ろうとしていて、個人の内面で完結すると思われがちな希望を、「社会」や「関係」によって影響を受けるものとして扱っているのが、著者の言う「希望学」の特色でしょう。

 学際的な試みではあるかと思われ、「希望の多くは失望に終わる」が、それでも「希望の修正を重ねることで、やりがいに出会える」という論旨は、労働経済学やキャリア学の本と言うより「社会哲学」の本と言う感じでしょうか。

 実際、主に、キャリアの入り口に立つ人や、10代・20代の若い層に向けた本であるようで、語りかけるような平易な言葉で書かれていて(但し、内容的には難解な箇所もある)、本書文中にもある、'10年4月にNHK教育テレビで「ハーバード白熱教室」として放送されたマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』('10年/早川書房)を意識した感もあります(あっちは「政治哲学」の話であり、ベストセラーになった翻訳本そのものは、そう易しい内容ではないように思ったが)。

 「希望は、後生大事に自分の中に抱え込んでいては生きてこない」「全開にはせずとも、ほんの少しだけでも、外へ開いておくべきだ」といった論調からは、啓蒙本、自己啓発本に近い印象も受け、『希望学』全3巻に目を通さずに論評するのはどうかというのもありますが、結局「希望学」というのが何なのか、もやっとした感じで、個人的にはよくわからなかったというのが正直な感想です。

 どちらかと言うと、中高生に向けて講演し、彼を元気づけるような、そんなトーンが感じられる本で、この人、労働経済学よりこっちの方面の方が向いているのではないかと思います。

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人事部の代弁者的? 特に目新しさは無く、やや物足りない。

文系大卒30歳以上がクビになる.jpg 『「文系・大卒・30歳以上」がクビになる―大失業時代を生き抜く発想法 (新潮新書)』['09年]

 大手コンサルテリング会社勤務のコンサルタントによる本で、刊行時はよく売れた本だった記憶がありますが、当時社会問題化していた「派遣切り」の次に来るのは、かつてのエリート社員たち、つまり「文系・大卒・30歳以上」のホワイトカラーの大リストラであるとしています。

 なぜそうしたホワイトカラーがリストラ対象になるかというと、「ホワイトカラーの人数が多いから」であり、また、給料が高いため「リストラの効果が期待できるから」であるとしています。

 そのうえで(散々煽った上で?)、若手ビジネスパーソンに向けて、「大リストラ時代」に備え、常日頃から自分のやりたいこと、できることを意識しておくよう説いています。

 マクロ的な労働市場の動向や企業が抱えている余剰人員の問題については、概ね書かれている通りだと思われますが、ホワトカラー正社員リストラが進行するであろうという話はすでに報道、書籍等の多くが指摘しており、また実際にそのようなリストラ計画を巷に見聞するため、特に目新しさは感じられません。
 リストラに対する個々の対応策も、既に言い古されている(やや漠然とした)キャリア論に止まっているような。

 むしろ、本書が読まれた(支持された?)理由は、ホワイトカラーは、「本当は必要のない仕事」を自ら作り続けてきて水ぶくれし、企業組織内で「がん細胞」のようになってしまっているのであって、まず自らが「がん細胞」であることを自覚し、「万能細胞」に生まれ変われるよう努めなさいという、その言い方のわかりやすさゆえではないでしょうか。

 但し、"生産性の低い"ホワイトカラーを組織内にはびこらせてしまった企業側の責任については、触れられていないのが気になりました(人事部の代弁者?)。

 本書の中にある「人事部長M氏が見た」リストラの事例は、若手ビジネスパーソンには、「ああ、会社はこうやってリストラをするのだ」とリアルに感じられるのかもしれませんが、人事部的な視点から見ると、"事例"ではあっても、"モデル"と言えるものではないように思います。

 もし、本当に企業が雇用調整を行うのであれば、中期の経営計画に基づき、なぜ雇用調整を実施しなければならないのかをより明確に定義し、再構築後のビジョンと併せて社員に示す必要があるように思います。リ・ストラクチャリングなのですから。

 希望退職を3ヶ月間実施し、その結果目標の1割しか応募がなく、そこで追加募集を4ヶ月間実施し、更にその後でようやく退職勧奨をを行っているのも、随分と悠長な印象を受けます。
 企業にとどめておく人材と退職を勧奨する人材をあらかじめ区分し、希望退職の募集と併せてすぐさま後者に対し退職勧奨を行うのが、一般にとられている方法でしょう。
 本書のようなやり方では、半年以上にわたって希望退職を募ることになり、社員全般の士気に及ぼす影響もさることながら、場合によっては、応募者が、失業保険で優遇される「特定受給資格者」の資格要件を満たさないとされる恐れもあります。

 一般向けの本なのでこんなものかな、と思いますが、人事的な観点から見ると、煽り気味のタイトルの割には、かなり物足りないように思います。
 この本自体が、人事部の代弁者的視点で書かれているともとれなくはなく、人事に対して何か新しい視点や情報を提供するところまでは要求されていないとも言えますが。

 巻末に参考文献として、本書刊行年('09年)にこれまで刊行された労働問題に関する本が8冊挙げられていますが、「ホワイトカラー」の歴史と現況についてよりきちんと把握しようとするならば、『貧困化するホワイトカラー』(森岡孝二著・ちくま新書)がお奨めです。

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雇用不安の打開策を冷静な視座から提言。入門書としても読みやすい。

日本の雇用 ほんとうは何が問題なのか.jpg 『日本の雇用--ほんとうは何が問題なのか (講談社現代新書)』['09年]

 執筆時点('09年上期)での雇用問題を分析し、その背後にある雇用不安を意識しながら打開策を考察した本ですが、著者はリクルートワークス研究所の所長であり、さすがに現状分析はシャープです。

日本の雇用 図.png 20年前に比べ今は、正社員が減って非正規社員は増えているが常用雇用率は減っていない、つまり常用雇用に占める「常用・非正規社員」の割合が増えているのであり(正規・非正規2元論から「正社員」「常用・非正規社員」「臨時・非正規社員」の3層化への雇用構造の変化)、また、企業がそれら「常用・非正規社員」を解雇することは、生産性維持のうえでも法規制のうえでも難しくなってきているとしています。

資料出所: 雇用のあり方に関する研究会(座長=佐藤博樹)(2009)『正規・非正規2元論を超えて:雇用問題の残された課題』リクルートワークス研究所
 続いて、「雇用創出」「ワークシェアリング」といった雇用対策が日本の労働市場においてどこまで可能なのかその限界を指摘し、「新卒氷河期」という言葉の"ウソを暴く"一方(この部分については、個人的にはやや異論はある―やっぱり氷河期じゃないの?)、今の雇用不安の中、企業にできることは何か、マネジャーには何が求められるか、働く個人は自らのキャリアとどう向き合うべきかをそれぞれ説いています(著者はここ数年、キャリア形成に関する本を何冊か著している)。

 また、国の雇用対策の三本柱(雇用保険、職業訓練、雇用調整助成金)について、その内容と限界を解説し、著者なりの提案をしていますが、この部分は純粋にそれらについての入門書としても読めます。

 そして最後に、格差問題の根底にある「正社員」の処遇問題を指摘し、ミドル層とシニア層の働き方や処遇の見直しを提案する一方、派遣社員については、登録型から常用型へ切り替えることで、派遣を一つの働き方として位置づける方向性を示唆しています。

 著者には、マネジメントの立場から雇用問題を扱った編著『正社員時代の終焉』('06年/日経BP社)がありますが、現状分析に紙数を割きすぎ、非正社員のキャリア志向の類型やそのマネジメントの要点にも触れていたものの、非正社員の活用に悩む経営者の期待にこたえきれておらず、全体として物足りなさを感じました。

 本書も分析が鋭いわりには提案の部分はやや漠としている感が否めなくありませんが、前著に比べれば"提言度"が高く、また、その対象も企業ばかりでなく、国や社会、働く個々の人々に向けてのものとなっています。

 主張は(新卒採用支援、人材派遣等がリクルートの業務ドメインであることを念頭に置いても)ほぼ筋の通ったものと思われ、声高になりがちな、あるいは難しくなりがちな雇用問題を扱った本の中では、冷静な視点を保持し、かつ入門書としても読みやすいものに仕上がっています。そのことが、本書の一番の特長かもしれません。

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データの裏づけが十分にあり、一般にも読みやすいホワイトカラーの現状分析。

貧困化するホワイトカラー.jpg 『貧困化するホワイトカラー (ちくま新書)』 ['09年]   森岡孝二.jpg 森岡 孝二 氏

窒息するオフィス.jpg 労働経済学者による本で、第1章で、ホワイトカラーとは何かその原像をアメリカに探る一方、アメリカにおけるホワイトカラーの置かれている情況を、データを交え分析していますが、著者はジル・A・フレイザー『窒息するオフィス―仕事に強迫されるアメリカ人』('03年/岩波書店)の訳者でもあり、米国労働事情に対する造詣の深さを感じました。

 第2章、第3章では、日本のホワイトカラーの現状を、データを交えながら分析し、ホワイトカラーのこれまで以上に"搾られる"ようになっている現状と(ああ、アメリカと同じことになっているなあ)、過労死・過労自殺事件の判例から、その働かされ過ぎの実態を考察しています。

 第4章では、上場企業を中心に日本のサラリーマン社会における女性差別について考察、賃金差別撤廃などの裁判上のこれまでの女性たちの闘いを追い、第5章では、「ホワイトカラー・エグゼンプション」について、経済界と政府がいう「自由で自立的な働き方」とした説明の"嘘"を指摘しています。

働きすぎの時代.jpg 前著『働きすぎの時代』('05年/岩波新書)もそうでしたが、この著者の書くものはデータの裏づけが十分にあり、参考文献や資料の読み込みもしっかりして、それでいて、学術書然とせず、一般にも読みやすいものになっている点に感心させられます(ルポルタージュ的視点が織り込まれていることもあるが)。

 個人的には、ホワイトカラーというものの増加傾向が既に止まっていること、管理職の過労死・過労自殺発生率が高いこと、ホワイトカラーの方がブルーカラーより労働時間が長くなっていること、労働時間の性別二極化が進んでいること等々多くのこと知り、収穫がありました。

 「ホワイトカラー・エグゼンプション」については、すでに残業がつかない労働者が2割いて、その中には「名ばかり管理職」として実態適用されている人が相当数おり、裁判になれば企業が負ける―その危険を回避するために、経済界と政府が持ち出したものであると。

 偽装請負などについても同様のことをいつも思うのですが、裁判になれば企業側が負けているのに、法律自体は見直さずにきた(急に規制のみを強めた)立法府(及び行政)にも問題があるのではないかと思った次第です。
 本書では、トヨタ関連企業での過労死を労災認定しなかった豊田労基の例が紹介されていますが(後に行政訴訟で労基側が敗訴)、大企業の中には裏口であの手この手の労基署対策をやっているところもあるのは確か。

 労働側の学者が書いた本ということで、企業側の人にはあまり読まれないかも知れませんが、産業構造・労働実態の変化を俯瞰する上でも参考になり、「賃金労働者とホワイトカラーの際立った違いの一つは、賃金労働者は彼の労働とエネルギーとスキルを売るが、ホワイトカラーは、多数の消費者、顧客、管理者に対して、自己の労働を売るだけでなく自己のパーソナリティを売る」(C・W・ミルズ、1957)といった引用にも、だからホワイトカラーの疲弊度は増すのだなあと納得させられたりしました。

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オムニバス効果が見えず、寄せ集め感だけが印象に残った。

雇用崩壊.jpg 『雇用崩壊 (アスキー新書)』 ['09年]

 '09年4月刊行。未曾有の経済危機で、企業による「派遣切り」が横行し、「正社員リストラ」の兆しも見えるなど、日本の雇用のあり方が問われている中、「第一線の論客たち」7名にこの問題についての提言を求め、解決策を模索した本―と言っても、まあ、それぞれの立場の人がその立場での話を(勝手に?)書いているなあという感じで、あまり目新しさはなく、全体としての寄せ集め感だけが印象に残りました。
 日比谷公園の「年越し派遣村」('09年1月/共同通信)
日比谷公演に並ぶ「年越し派遣村」の失業者たち.jpg 冒頭の民主党国会議員への"SUPECIAL INTERVIEW"は国会答弁みたいだし、次に来る『若者はなぜ3年で辞めるのか?―年功序列が奪う日本の未来次に来る』(光文社新書)の著者・城繁幸氏のものは、これはインタビューに答えたもので、自著の内容のリフレインに過ぎず、その次の(労働側にとっては悪評高い)元「経済財政諮問会議」メンバーの八代尚宏氏の話も論筋があちこち飛んで(これもインタビュー?)、結局、「規制緩和」が雇用悪化の"犯人"ではないという弁解に聞こえなくもありません。

 一方、それに続くユニオンやマスコミの人の話は、事態の深刻さを訴えるばかりで(ちょうど年末年始にかけ「年越し派遣村」が話題になった頃に取材申し込みしたようで、そのことを使用者側も含め多くの人が取り上げている)その先がどうすればいいのかが見えにくく、最後のリクルートの元「とらばーゆ」編集長のものは自助努力論?(城繁幸氏のものもそうだが)

 雇用流動化への認識と、同一労働同一賃金であるべきという方向性については、多くの論者の見方がほぼ一致しているのに、なかなか議論が交わらないという感じを受けるのは、労と使、ミクロとマクロという面で、それぞれが向いている方向がばらばらであるためでしょうか。
 八代氏の話の次に、ユニオンの連合会の事務局長の話が来るので、この2つを読み比べると、そのことが鮮明になります。

雇用はなぜ壊れたのか.jpg 労働法学者の大内伸哉氏が『雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理』 (ちくま新書)の中で、「会社の論理」と「労働者の論理」の調整が難しい時代に今あることを指摘していましたが、お互いに実のところどうしたらいいのか解らないというのが本音であるような気もしないでもなく、八代氏の言うことにしても(個人的にはこの人の論を全否定はしないが)、「差別のない、多様な働き方ができる社会へ」とだけ言われてもねえ、みたいな印象は抱かざるを得ませんでした。

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「味方のように微笑む美女が、じつは悪魔であったということもある」ことを考えさせられた。

大内 伸哉 『雇用はなぜ壊れたのか』.gif      大内 伸哉.jpg 大内 伸哉 氏(略歴下記)
雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理 (ちくま新書)

 雇用問題の中には、会社が利益を追求する「会社の論理」と、労働者が自らの権利を守る「労働者の論理」の2つの論理があり、経済の激変で両者の調整が一段と難しくなった今、どうすれば両者の論理を比較衡量し、調整が図れるかということを、セクハラ、長時間労働、内定取消、期間工の解雇、正社員リストラなど、雇用社会の根本に関わる11のテーマを取り上げ、それぞれについて対立軸を行き来しながら考察した本です。

 従って、表題の「雇用はなぜ壊れたのか?」というその原因を明らかにする内容ではなく、そのためミスリード気味のタイトルではないかということで、書評ブログなどでも評価が割れているようですが、個人的には、本書から、多くのことを考えさせられる契機を得られました(ブログなどでは、結論が明確でない、或いは立場が「会社の論理」に偏っているといった批判もあったようだが、そう簡単に結論が出せるような問題でもないし、考察の進め方は至極まっとうなものだと思う)。

 法学者らしくない柔らかめの文体で、但し、内容は労働法と雇用社会の関係を考察して深く、例えば、解雇規制を強めることや最低賃金を引き上げることは、それが労働者の権利を守ること繋がると言い切れるのか、といったことを解り易く問題提起しています。

 自分個人がかつて経験したこととして、ハローワークに営業職の求人を出したものの同業種経験者の採用はならず、異業種の若手営業経験者を採用内定した際に、内定後に、「示された給与額が求人票の額より下回っているのは違法だ」と言ってこられたことがありましたが、ハローワークに出した労働条件と実際の労働条件が異なることは必ずしも違法ではないと考え、本人に提示額の根拠説明をし、額の変更は行わなかったということがありました。
 もし、法規制が強化されて、こうしたことが即違法となるならば、企業は低い給与額の(給与額に幅のある)求人を出して対処するかも知れませんが、むしろこうしたケースでは、本命筋の採用は出来なかったということで諦める可能性が高く、仮に当時からそうだったとすれば、この営業職(今もその会社で正社員として元気に働いている)の入社は無かったでしょう。

 先述のように「会社の論理」に立っているとの批判もありますが、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」という労基法3条の「社会的身分」とはどこまでをいうのか、パートタイマーや非正社員の給与が正社員より低い場合は「均等待遇」原則に反しないかという問題について、「社会的身分」とは、自らの意志では離れることのできない「生来の身分」をいい(通達)、パートタイマーや非正社員といった雇用形態の違いは該当しないと解されていることに対し、これは詰まるところ「自己責任論」であり、疑問の余地があるとしています。

 本書では、「会社の論理」「労働者の論理」に加えてもう1つ「生活者の論理」というものを取り上げていて、著者によれば、日本人は少しでも豊かな生活をしたいという「生活者の論理」が「労働者の論理」に優先するという選択をしているとのことで(イタリア人などは逆)、但し「生活者の論理」が一方的に「労働者の論理」に優先するのではなく、その両者の均衡が日本的経営の強みだった(長時間労働もするが雇用は確保されている)とのこと。

 (著者自身は格差社会を是認しているわけでもないし、正社員と大きな賃金格差のある非正社員がいることは社会正義に反するとしている。その上で、)例えば、正社員と非正社員との均衡をとるということは、格差問題(貧困問題)の一時的な処方箋とはなり得るかもしれないが(実際、最低賃金法やパート労働法の改正はその流れに沿って行われてきた)、この「生活者の論理」と「労働者の論理」の間のバランスを壊すことになりかねないとしています。
 この辺りは、実際に本書を手にして読み込み、それぞれの読者が自ら考えていただきたいところですが、「味方のように微笑む美女が、じつは悪魔であったということもあるのである」(219p)と。
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大内 伸哉 (オオウチ シンヤ)
1963年生まれ。法学博士。専攻は労働法。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。現在、神戸大学大学院法学研究科教授。主な著書に『労働条件変更法理の再構成』『労働者代表法制に関する研究』(以上、有斐閣)、『雇用社会の25の疑問』『労働法学習帳』(以上、弘文堂)、『労働法実務講義』『就業規則からみた労働法』(以上、日本法令)、『どこまでやったらクビになるか』(新潮新書)など。

《読書MEMO》
●「ちくま 458号」 (筑摩書房)の一部を転載((神戸大学のサイトより)
「拙著『雇用はなぜ壊れたのか?-会社の論理vs.労働者の論理』は、実は、雇用が壊れた原因を明らかにしようとした本ではない。 むしろ、本書で描きかったのは、雇用が壊れる過程における、会社の論理と労働者の論理の関わり合いについてである。 これらの論理の関わり合いを明らかにすることを通して、筋の通った正しい政策はどのようなものかを模索していきたかったのである。 それは、必ずしも会社にも労働者にも「甘い」ものばかりではない。正義の女神は、剣をもっている。母のように「甘える」ことは危険なのである。」

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雇用労働問題の先駆的ルポ。「製造業復活」が非正規雇用により支えられていたということがよく解る。

雇用融解.jpg 『雇用融解―これが新しい「日本型雇用」なのか』 ['07年] 風間直樹氏.jpg 風間 直樹 氏 (週刊「東洋経済」記者)

 '07年の刊行。東洋経済新報社の記者が'02年から足掛け5年に渡って「新しい日本の雇用」の実態に関する取材をし、それを取り纏めたもので、この本の後に刊行された「偽装請負」や「ワーキングプア」等の労働・雇用を巡る諸問題を扱ったルポルタージュと比べても、カバーしている範囲とその切り込み度合いの深さにおいて出色のルポだったのではないでしょうか。

 まず第Ⅰ部では、「製造業復活」と言われる裏側で、現場ではどういったことが行われているかを取材しており、序章では、シャープ亀山工場「アクオス」製造現場における非正規雇用の実態(外国人労働者の優先的受け入れにより、企業誘致が地元の雇用創生に繋がっていないという“亀山パラドックス”)を、第1章では、業務請負業「クリスタル」の実像とグッドウィルによる買収劇を、第2章では、松下プラズマディスプレイ(MPDP)茨木工場「VIERA」製造現場に派遣される請負労働者の実態と、MPDP社員の請負会社への出向(偽装請負)などを、第3章では、「外国人研修生」という名の下に奴隷のような労働条件を強いられる外国人労働者たちとその背後にある彼ら・彼女らをコーディネートする組織機構が取り上げられています。

 更に、第Ⅱ部では、「働き方の多様化」と言われるなか、フリーター、パートタイマー、個人請負といった人たちがどういった情況に置かれているかを、それぞれ第4、第5、第6章で取り上げており、統計分析から見えてくるもの、改正パート労働法の問題点、或いは、労働法“番外地”とでもいう情況にある業務委託社員の問題に触れながら、こちらも多くの企業とそこに働く労働者及び業務委託社員の置かれた苦境を現場取材しています。

 「雇用融解」と題した第Ⅲ部では、第7章でホワイトカラー・エグゼンプション問題、第8章で、医師(勤務医)・教師・介護士を蝕んでいる雇用環境の劣化を取り上げ、終章で、小泉内閣の構造改革・規制緩和路線が「雇用融解」を招いたことを分析・糾弾しています。

 著者は本書刊行時30歳、ということは25,6から雇用労働問題を追っていたということでしょうか、取材開始当時はどの新聞や雑誌にも「クリスタルグループ」や「偽装請負」に触れた記事は無かったそうで、暗中模索での取材に関わらず(東洋経済の多くの記者のサポートを受けたとしても、基本的には、取材対象ごとにアルパイン・スタイル=単独登頂スタイルが取られている)、内容的にはよく纏まっており、新聞社が掲載済みの連載を書籍化した際によく見られるような継ぎ接ぎ感、バラバラ感がありません。

 結局、製造業の復活などと言われたものが、劣悪な労働条件の非正規雇用の労働者によって支えられていたということが本書を読み直すとよく解り、章の終わりに、折口雅博グッドウィル会長(当時)や奥谷禮子ザ・アール社長などへのインタービューが挿入されていて、折口氏は「クリスタル」のオーナーとは一度も会うことなくその会社を買収したと言い、奥谷氏は、過労死は自己責任、労働省・労基署は要らないと言っている―これらも今読むとまた興味深いというか、改めてゲンナリさせられるものでした。

 因みに、奥谷禮子氏は、「規制改革会議」の元委員で、最近('09年6月時点)西川善文社長の留任人事で揺れている日本郵政の社外取締役でもあり('06年1月〜)、郵政公社から受注した「職員のマナー講習」の売上げは、これまでに7億円前後になるそうな。

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