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学生にとってほとんど参考にならないのでは。「呑み屋のネタ話」のレベル内容。

就活のしきたり2.jpg 『就活のしきたり (PHP新書)』 就活のバカヤロー.jpg 大沢 仁/石渡 嶺司『就活のバカヤロー

 著者は『最高学府はバカだらけ』('07年/光文社新書)などの著書のある"大学ジャーナリスト"ということで、最近では『就活のバカヤロー』('08年/光文社新書)、『ヤバイ就活!』('09年/PHP研究所)(何れも共著)、『就活のバカタレ!』('10年/PHP研究所)などといった「蹴活」に関する本も書いています。

 本書は「蹴活」をする学生に向けて書かれたものであって、学生にとっての良書は、企業の採用担当者にとっても参考になることがあったりしますが、この本は、学生にも企業の採用担当者にも参考にならないように思いました。

 各見開きの左側に「ブラックしきたり」と題した「アヤシイ蹴活のウワサ」が書かれていて、そのウソを暴くような体裁がとられていますが、そもそもここに書かれている「奇抜なほうが受かりやすい」、「大声を出せば内定がもらえる」、「マスコミの試験には特殊な訓練が必要」、「アルバイト経験は長いほうがいい」、「一人暮らしの女性は不利」といったようなことを信じて、不安に思っている学生がいるのだろうか。

 いわんや企業側をや、であり、採用担当者や面接官で今時こんな偏見を持っている人がいれば、"絶滅危惧種"的存在かも。

「パンチラをしたら内定がもらえる?」や「お酒が好きだと就活に強い?」となると、もう、呑み屋における(「サラリーマン」でなくて「蹴活仲間」が1日の"活動"を終えて集った際の?)ネタ話か、或いはそれにもならないレベルではないかと思ってしまいます。

 敢えて星1つとしなかったのは、著者が蹴活の実態をよく知り、一応はまともに答えていると思われる箇所も所々にはあったためで、最初からエンタメ的な効果を意図しての味付けが施されているということなのでしょう。

 著者自身、「あくまでも箸休め、一服の清涼剤として読んでいただければ。生まじめな方は読み飛ばしていただいたほうが精神衛生上よろしいかもしれません」と冒頭に書いてはいますが、一応はエスタブリシュメントとされる「新書」に収まっているわけだし...。

 尤も「PHP新書」について言えば、元々"玉石混交"が激しいレーベルではありますが、それにしても、ちょっとねえ。

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あまりに分り易すぎる事例と、"程度問題"的な事例ばかり。

29歳でクビになる人、残る人.bmp 『29歳でクビになる人、残る人 (PHP新書)』['10年]

 「リストラされるのは40代、50代の社員だけでなく、いまや20代の若い社員も例外ではない」として、《仕事はできてもクビになる社員》の例をあげていますが、かなり性格的に問題があり、対人関係上の問題がいつ発生してもおかしくない、或いは、その人がいることで周囲が多大の迷惑をこうむりそうな、そうした例ばかりのように思えました。

 著者は営業コンサルタントとのことですが、営業の場合、性格等も能力のうちであり、こうした類の人達が、「仕事ができる」とそもそも言えるのか、違和感を覚えざるを得ませんでした。

 一方で、《仕事ができなくても生き残る社員》として、「クレーム処理の天才」とか「気難しい人と付き合うのがうまい」とか挙げていますが、これって、「仕事ができる」ということでないのでしょうか (営業的見地からすれば尚更に)。

 後半の《こんな人は1年以内にクビになる》、《まだクビにならずに済む社員》というのは、それぞれにまだ改善の余地があるということのようで、要するに、どれも程度問題ということでしょう。

 性格に根付いた資質はそう簡単には変わるものではなく、だから「29歳」で、会社に残すべき必要社員か、いずれ会社を去ってもらうべき不要社員かは見えてしまうということではないかと思いますが、そうなると、冒頭の「リストラ」ということはあまり関係ないようにも思います。

 むしろ、リストラ(整理解雇)における「人選の合理性」の判定に際しては、客観的にみて合理的な基準が求められ、性格や資質のみを理由としてこうした人達を指名解雇したりすると、係争になった際に、会社側の裁量権の逸脱(解雇権の濫用)とみなされることも、過去の判例に多く見受けられるように思います。

 すらすら読めてしまいますが、それほど得るものは無かった本でした。

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それぞれに興味深い、3人の"特別な"男たちの老境を紹介。

江戸人の老い.jpg 『江戸人の老い (PHP新書)』 ['01年]  第8代将軍徳川吉宗.jpg 第8代将軍・徳川吉宗

 「江戸人の」と言っても、著者自らが言うように、3人の"特別な"男たちの老いの風景を描出したもの。

「秋山記行」より.jpg 最初に出てくるのは、70歳で400字詰め原稿用紙に換算して175枚以上あろうという「遺書」を書いた鈴木儀三冶(ぎそうじ)という、中風(脳卒中)の後遺症に伏す隠居老人で、遺書の内容は、家族、とりわけ家業の質屋を老人の後に仕切る娘婿に対する愚痴が溢れているのですが、この、いかにもそこらにいそうな老人のどこが"特別"かというと、実は彼は俳詣・書道・絵画・漢詩などをたしなむ多才の文人で、「牧之」(ぼくし)という号で、各地を巡った記録を残している―。
 その表裏のギャップの意外性が興味深い鈴木牧之こと「儀三冶」、享年73。

 鈴木牧之 「秋山記行」より「信越境秋山の図」(野島出版刊 複製版)

 2番目の登場は、8代将軍・徳川吉宗で、ずば抜けた胆力と体力の持ち主であった"暴れん坊将軍"も、62歳で引退し大御所となった後は、中風の後遺症による半身麻痺と言語障害に苦しんでいて、1つ年下で側近中の側近である小笠原石見守政登は、将軍の介護をしつつ、長男の新将軍・家重とその弟・田安宗武との確執など悪い話は大御所の耳には入れまいとしますが―。
 石見守の介護により、大御所・吉宗が一時的に快方に向かうと、それはそれで、事実を大御所に報告していない石見守の心配の種が増え、政務日記の改竄にまで手を染めるという、役人の小心翼々ぶりが滑稽。
 吉宗、享年68(石見守は85歳まで生きた)。

 最後に登場する、寺の住職を退き隠居の身にある十方庵こと大浄敬順は、前2人と違って老いても頗る元気、各地を散策し、68歳になるまでに957話の紀行エッセイを綴った風流人ですが、表向き女人嫌いなようで、実は結構生臭だったというのが面白いです。
 自作の歌や句を所構わず落書きする茶目っ気もありますが、実は透徹した批評眼を持ち、世に溢れる宗教ビジネスなどの偽物文化を戒め、本物の文化が失われていくのを嘆いています(よく歩く点も含め、永井荷風に似てるなあと思ったら、「あとがき」で著者もそれを指摘していた)。
 70を過ぎても郊外をめざして出歩いた敬順ですが、社交嫌いではなく、「孤独を愛する社交好き」という二面性を持っていたそうです。
 
 それぞれに、鈴木牧之(ぼくし)こと鈴木儀三冶の『遺書』、小笠原石見守の『吉宗公御一代記』、大浄敬順の『遊歴雑記』という史料が残っているからこそわかる3人の老境の実像ですが、ちょっと彼らの境遇が異なり過ぎていて寄せ集め感もあるものの、まずまず面白かったです
 個人的に一番面白かったのは、著者の筆の運びに拠るところが大きいのですが鈴木牧之の話、自分も老いたならばこうありたいと思ったのは大浄敬順、といったところでしょうか。

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第2部・第3部は、「武士道」と『葉隠』のそれぞれに対する著者の考え方のエッセンス。

『葉隠』の武士道.gif 『『葉隠』の武士道―誤解された「死狂ひ」の思想 (PHP新書)』 ['01年]

 全3部構成で、第1部「鍋島家の家風」で『葉隠』の口述者・山本常朝の属した鍋島藩の家風について解説し、第2部「武士を取り巻く世界」で、『葉隠』を中心に、当時の武士らしさとはどのようなものであったかを探り、第3部「『葉隠』の「思想」」で、「鍋島家」と「武士社会・世間」というそれらの背景ベースに、『葉隠』の根底にある思想の実態を批判的に検証しています。
 今回は再読でしたが、読んでいて、かなり驚いたり、目から鱗が落ちる思いをしたはずなのに、細かい内容は結構忘れているものだなあと。
武士と世間 なぜ死に急ぐのか.jpg
 第2部「武士を取り巻く世界」では、武士にとって戦場で手柄をあげることも討ち死にすることも同等に名誉なことであり、そのために、江戸時代に入っても、死ぬ(法的に処罰を受ける)とわかっていて争い(喧嘩を含む)に臨むケースもあり、要する、に面子にこだわっただけ命は軽かったし、その「武士の一分」は、価値観としては、法の論理(喧嘩両成敗など)をも上回るものだったということが書かれています。

 著者によれば、赤穂浪士の討ち入りなども、主君の怨念を晴らすためではなく、そのままでは浪士たちが武士としての面目を保てないがためになされたということで、この第2部の部分は、著者の『武士と世間―なぜ死に急ぐのか』('03年/ 中公新書)(個人的評価 ★★★★☆)にそのまま引き継がれています。

男の嫉妬 武士道の論理と心理.jpg 一方、第3部「『葉隠』の「思想」」では、『葉隠』という書の背後に見え隠れする功利主義や自己弁護を抽出し、鍋島綱茂が常朝に必ずしも信を置いていなかったことを、著者自身も頷けるとしていますが、要するに、『葉隠』というのは、隠遁した老人が説く処世術に過ぎず、そこにあるのは見せかけの忠義または傍観者的態度だと手厳しい非難をしていますが、この部分は。著者の『男の嫉妬―武士道の論理と心理』('05年/ ちくま新書)(個人的評価 ★★★)に引き継がれているように思います。

 但し、『男の嫉妬』の方は、そうした『葉隠』の記述に、常朝という人の持つ、根拠が脆弱な割には高いプライドだけでなく、「男の嫉妬心」が窺えるとしていて、その心性に踏み込んでいて、個人的には、果たしてそこまで言えるかなあとも思いました。
 その点、本書は、そこまではさほど踏み込んでおらず、『葉隠』は姑息な「ただのことば」として孤立して、「我々は、『葉隠』を決して評価してはならない」という結語で終わっているだけで、こちらの方が、論としてすっきりしているように思えます。
葉隠入門.png
 また、本書でも俎上に上っている三島由紀夫『葉隠入門―武士道は生きている』('67年/カッパ・ブックス)(個人的評価 ★★★☆)については、確かに三島は、『葉隠』の理想の武士像に自分を重ねて、アナクロ的な死を選んだのかも知れませんが、『葉隠』の処生術的な要素は充分に認識していて、むしろそれを面白がっている風でもあります。
 三島はその部分と「死に狂い」の部分を分けて(或いは表裏で)考えたのではないでしょうか。『葉隠』にエピキュリアニズムさえ見ています。
 但し、そのエピキュリアニズムは「一念を持って生きよ」というストイシズムの裏返しであり、小事に煩わされたりトラブルに巻き込まれることなく、大事に敢然とした行動がとれるよう備えよという解釈だと思うのですが。
サムライとヤクザ.png
 本書を読んでいて、「喧嘩」を介して、武士の論理とやくざの論理に共通項が見られる(自己の面子が潰され時に、しかるべき報復ができるかどうかという価値観)との記述があり、これも、著者がどこか別のところでも書いていたのではないかと思ったら、著者の本ではなく、氏家幹人氏の『サムライとヤクザ-「男」の来た道』('07年/ちくま新書)(個人的評価 ★★★)でした(タイトルそのものだった)。
 氏家氏の本を読んだと時はやや疑問符だったけれど、やはりそうなのかなあ。

 

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面白く読めたが、いろいろな階層レベルの話を一緒に論じてしまっている印象も。

その日本語が毒になる!.jpg 『その日本語が毒になる! (PHP新書 521)』 ['08年] その日本語が毒になる!帯.jpg

 ベテランの量産型ミステリー作家が、日本語の使われ方についてそのモンダイな部分を指摘したもので、「何様のつもりだ」「おまえが言うな」「いかがなものか」「だから日本人は」「不正はなかったと信じたい」といった、言っても言われても心が傷つく言葉の数々を挙げ、その背後にある人間心理や日本人特有の文化的・社会的傾向を指摘しており、そうした意味では、日本語論と言うよりコミュニーケーション論的色合いが強く、さらに、日本人論・日本文化論的な要素もある本です。

 面白く読め、読んでいて、耳が痛くなるような指摘もあり、反省させられもしましたが、日本語の問題と言うよりその人の人間性の問題、また、その言葉をどのような状況で用いるかというTOPの問題ではないかと思われる部分もありました(実際、第2章のタイトルは「人間性を疑われる日本語」、第3章のタイトルは「普通なようで変な日本語」となっている)。

 「二度とこういうミスが起こらないようにしたい」といった定型表現が、いかに謝罪行為を形骸化してるかということを非難しており、確かに「訴状が届いていないのでコメントできない」という言い回しをいつも腹立たしい思いで聞いている人は多いのではないでしょうか(にも関わらず、使われ続けている)。
 一方で、ファミレスのレジで聞かれる「1万円からお預かりします」など、よくある"日本語の乱れを指摘した本"などでは批判の矛先となるような言い回しに対しては、「旧来の日本語にはない進化形」として寛容なのが興味深いです。

 後半に行けば行くほど、言葉の使われ方を通しての日本文化論、社会批判的な様相を呈してきて、「無口は美学」というのが昔はあったが、本来は「いちいち言わないとわからない」のが人間であると。
 但し、「おはようございます」に相当する適切な昼の言葉が無いということから始まって、「日本語の標準語は、構造上の欠陥から自然なコミュニケーションをやりずらくしている」とし、再び「日本語」そのものの問題に回帰しているのが、本書の特徴ではないかと。

ことばと文化.jpg 言語学者の鈴木孝夫氏は、日本の文化、日本人の心情には、「自己を対象に没入させ、自他の区別の超克をはかる傾向」があり、「日本語の構造の中に、これを裏付けする要素があるといえる」(『ことばと文化』('73年/岩波新書))としていますが、その趣旨に重なる部分を感じました。

日本人の論理構造.jpg 第4章のタイトルは「恐がりながら使う日本語」で、「伝統的に口数の少ない日本人は言葉というたんなる道具に過剰な恐怖を感じる民族」であり、「思ったことを言えず心に溜め込んではストレスとなり、言ったことが相手を傷つけてはいまいかとまたストレスになる」と言っていますが、日本語がそれ自体を発することの禁忌性を持つことについては、ハーバード大学で日本文学を教えていた故・板坂元が「芥川の言葉じゃないが、人生は一行のボードレールにもしかない」と、まさに芥川の言葉なのに、どうしてわざわざ「芥川の言葉じゃないが」と言う表現を用いるのか、という切り口で、同様の指摘しています(『日本人の論理構造』('71年/講談社現代新書))。

 日本語そのものの特質が、日本文化や日本人の性向と密接な繋がりがあることは疑う余地も無いところですが、本書からは、いろいろな階層レベルの話を一緒くたにして論じてしまっているとの印象も受けました。

 でも、会社のお偉方から「どうだ、メシでも食わんか」と言われて「美味しいごはんを食べながら、よくない話を聞くほど身体に悪いものはない」なんて、その気持ち、よくわかるなあ。相手も恐がっているわけか。

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福祉国家とは何かを思い描く上での思考の"補助線"となる要素はある本。

世界一幸福な国デンマークの暮らし方.jpg 『世界一幸福な国デンマークの暮らし方 (PHP新書)』 ['09年] 

デンマーク.gif 福祉国家の代表格であるデンマークの社会福祉政策や学校教育のあり方、人々のものの考え方などを通して、日本社会が抱える貧困、政治、教育、社会、福祉などの様々な問題を考えるに際しての「補助線」を示した本と言えます。

 生まれた時から亡くなるまで医療費・教育費は無料というデンマークですが、所得税率50%(低所得者には軽減措置あり)、消費税率25%という世界一税金の高い国でもあり、国家財政の土台の部分で日本とはあまりに違い過ぎると見る向きもあるかも知れません。

 しかし、国家予算の75%が教育や福祉に使われているとのことで、税金に嫌悪感を抱きがちな日本人に対し、デンマーク人は「高福祉高負担税」と言うより「高福祉高税」という受け止め方らしいです。
 読んでみると、"連帯"と"共生"を当然のこととするその国民性が、政府の施策と相乗効果となって、この国を「世界一幸福な国」たらしめていることがわかります。

 教育の実態も日本とは随分異なり、高校進学率は約45%で、50%は職業専門学校へ進学するとのこと、大学入試も無いという―、これは、学歴よりも実力を重視する社会であるためとのことですが、試験が無いと言うことが、「他人と競ってでも(他人を蹴落としてでも)」という意識を生ませないのかも。

 この国が何より進んでいるのがノーマリゼーションで、ノーマリゼーションを最初に実施した国であるという自負もあるのでしょうが、本書に紹介されているこの国の障害者福祉などの充実ぶりは、日本と比べても天と地ほどの差があるように思えました。

 社会保障が整っているために離婚が多く、この国の児童虐待で最も多いのは、血の繋がっていない子に対する近親相姦であるという、「負」の部分にも少し触れてはいますが、全体としてはデンマークのいいことばかり書いてあるような気もし、著者がノーマリゼーションの実践提唱者であるパンクミケルセンの業績を後世に伝えるための財団の理事長であるとのことにも関係しているのかも。

 各章の冒頭にあるアンデルセンの童話から本文テーマに繋げていく構成には、ああ、旨いなあと感心させられましたが、1つ1つのテーマの切り込みは、やや浅い部分もあり、老婆心ながら、読者によっては「夢の国」の話で終わってしまいそうな危惧も感じました。

 著者自身は、デンマークの方が住みやすいとしながも、日本の方が好きだと―。
 デンマーク並みの「高福祉高税」が無理であれば、「中福祉中税」を目標としてみるのもいいのではと提言していますが、日本のおける制度をどうこうしたらという具体的なことには触れていません。
 但し、本書の内容自体が、福祉国家とは何かを思い描く上での思考の"補助線"となる要素はあると思います。

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「萌え」論という言うより、日本人論、比較文化論に近いが、それなりに楽しめた。

鳴海 丈 萌えの起源.jpg「萌え」の起源.jpg「萌え」の起源 (PHP新書) (PHP新書 628)』['09年]四コマ漫画―北斎から「萌え」まで.jpg四コマ漫画―北斎から「萌え」まで (岩波新書)』['09年]

美少女」の現代史.jpg 時代小説家が「萌え」の起源を探るという本で、著者が熱烈な手塚治虫ファンであることもあって、やはり手塚作品が原点に来るようです。

岩根山ルリ子.jpg ササキバラ・ゴウ氏の『〈美少女〉の現代史―「萌え」とキャラクター』('04年/講談社現代新書)も、手塚作品(「海のトリトン」)に「萌え」の起源を見出していましたが、著者は、「リボンの騎士」の男装で活躍するサファイア姫、「バンパイヤ」の狼に変身する岩根山ルリ子(手塚作品では初めて女性のヌードが描かれたものであるらしい)、『火の鳥2772』の女性型アンドロイド・オルガなど、「変身するヒロイン」にその起源があると。

『バンパイヤ』(秋田文庫版第1巻208pより)
                             
松山容子 (「琴姫七変化」)   志穂美悦子
松山容子.jpg志穂美悦子.jpg そして、それ以前の「変身するヒロイン」の系譜として、著者が造詣の深い女剣劇のスターに着目し、こちらは松山容子(60年代は「琴姫七変化」のイメージが強いが、70年代は"ボンカレー"のCMのイメージか...)、更には志穂美悦子などへと連なっていくとのこと。
 著者によれば、こうしたヒロインが愛されるのは、「日本人は性の垣根が低く、人間でないものとの境界もないに等しい」という背景があり、それが手塚作品の特異なヒロイン像にも繋がっているとしています。

 「萌え」マンガのその後の進化を辿りつつ、話は次第に日本文化論のような様相を呈してきて、更にマンガ、アニメだけでなく、日本映画を多く取り上げ、そのヒーロー、ヒロイン像から、日本人の価値観、美意識など精神構造を考察するような内容になっています。

 結局、本のかなりの部分は、古い日本映画に着目したような話になっていますが、観ていない映画が多かったので、それはそれで楽しめ、それらの中に見られる主人公の価値観や行動原理が、現代アニメのヒーローやヒロインにも照射されていることを示すことで、多少、マンガ・アニメ論に戻っているのかなあという感じ。
 でも、日本映画の主人公とハリウッド映画の主人公の違いなどが再三(わかりやすく)論じられていて、全体としてはやはり「比較文化論」「日本人論」に近い本と言えるような気がします。

 ササキバラ・ゴウ氏の本もそうでしたが、マンガ・アニメについて論じる場合、自らの"接触"体験に近いところで論じられることが多いような気がし、そうした中でも「萌え」について論じるとなると、尚更その傾向が強まるのではないかと。
 著者で言えば、手塚ファンであるから手塚作品がきて、また時代小説家であることから女剣劇が出てきて、アクション小説も書いているから志穂美悦子といった具合に...(その他にも多数のマンガ・アニメ・映画が紹介されてはいるが)。
 しかも、実際に著者の書いているライトノベル時代劇には、女剣士がよく登場する...。一般論と言うより、著者個人の思い入れを感じないわいけにはいきませんでした(自分自身の「萌え遍歴」を綴った?)。

 但し、未見の日本の映画作品の要所要所の解説は楽しめ、「仇討ち」をテーマにしたものなど、日本人の精神性を端的に表して特異とも思えるものもあり、そのうちの幾つかは、機会があれば是非観てみたいと思いました。

 尚、本書第1章で解説されいる手塚治虫以前のマンガの歴史は、本書にも名前の挙がっている漫画研究家・清水勲氏(帝京平成大学教授)の『四コマ漫画―北斎から「萌え」まで』('09年/岩波新書)に四コマ漫画の歴史が詳しく書かれています。
 清水氏のの『四コマ漫画』によると、手塚治虫のメディア(新聞)デビューも、新聞の四コマ漫画であったことがわかります。
 体裁は学術研究書に近いものの(個人の思い入れは極力排除されているように思える)、テーマがマンガであるだけにとっつき易く、その他にも、『サザエさん』のオリジナルは、福岡の地方紙「夕刊フクニチ」の連載漫画で、磯野家が東京へ引越したところで連載を打ち切られた(作者の長谷川町子自身が東京へ引っ越したため)とか、気軽に楽しめる薀蓄話が多くありました。

松山容子1.jpg松山容子2.jpg「琴姫七変化」●演出:組田秋造●制作:松本常保●脚本:尾形十三雄/西沢治/友田大助●音楽:山田志郎●原作:松村楢宏●出演:松山容子/秋葉浩介/田中春男/栗塚旭/野崎 善彦/国友和歌子/海江田譲二/松本錦四郎/名和宏/佐治田恵子/入川保則/乃木年雄/沢井譲二/手塚茂夫●放映:1960/12~1962/12(全105回)●放送局:読売テレビ

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 「素直」に「深く」読む。ジュニアに限らず大人が読んでも再発見のある本。

心と響き合う読書案内.jpg 『心と響き合う読書案内 (PHP新書)』 ['09年]

 '07年7月にTOKYO FMでスタートした未来に残したい文学遺産を紹介するラジオ番組『Panasonic Melodious Library』で、「この番組は文学的な喜びの共有の場になってくれるのではないだろうか」と考えパーソナリティを務めた著者が、その内容を本にしたものですが、文章がよく練れていて、最近巷に見られるブログをそのまま本にしたような類の使い回し感、焼き直し感はありません。

 著者については、芥川賞受賞作がイマイチ自分の肌に合わず、他の作品を読まずにいたのが、たまたま『博士の愛した数式』を読み、ああ旨いなあと感服、その後も面白い作品を書き続けていると思っていましたが、本書に関して言えば、とり上げている作品は「著者らしい」というか、「いまさら」みたいな作品も結構あるような気がしました。

 しかし実際読んでみると、優れた書き手は優れた読み手でもあることを実証するような内容で、評価の定まった作品が多いので、何か独自の解釈でも連ねるのかなと思ったら、むしろ素直に自らも感動しながら読み、また楽しんで読んでいるという感じがし、その感動や面白さを読者に易しい言葉で伝えようとしているのがわかります。

 むしろ「解釈」を人に伝えるより、「感動」や「面白さ」を人に伝える方が難しいかも。その点、著者は、作品の要(かなめ)となる部分を限られた紙数の中でピンポイントで抽出し、そこに作品全体を読み解く鍵があることを、著者なりに明かしてみせてくれています(作家だから当然かも知れないが、文章がホントに上手!)。

 作品の読み方が評論家っぽくなく「素直」で、それでいて、味わい方の奥が「深い」とでも言うか、冒頭の金子みすゞの『わたしと小鳥とすずと』(これ、教育テレビの子ども向け番組「日本語で遊ぼう」でよく紹介されているものだが)の読み解きからしてそのような印象を抱き、「心に響く」ではなく、「心と響きあう」読書案内であるというのはわかる気がします。

 こんな人が国語の先生だったら、かなりの生徒が読書好きになるのではないかと思いましたが、ジュニアに限らず大人が読んでも再発見のある本ではないかと。

《読書MEMO》
●第一章 春の読書案内 ... 『わたしと小鳥とすずと』/『ながい旅』(大岡昇平)/『蛇を踏む』/「檸檬」/『ラマン』/『秘密の花園』/「片腕」(川端康成)/『窓ぎわのトットちゃん』/『木を植えた男』(ジャン・ジオノ)/『銀の匙』/『流れる星は生きている』/「羅生門」/「山月記」
蛇を踏む.jpg 檸檬.jpg 片腕.jpg 銀の匙.jpg 李陵・山月記.jpg
●第二章 夏の読書案内 ... 『変身』/『父の帽子』(森茉莉)/『モモ』/『風の歌を聴け』/『家守綺譚』(梨木香歩)/『こころ』/『銀河鉄道の夜』/「バナナフィッシュにうってつけの日」/『はつ恋』/『阿房列車』/『昆虫記』(ファーブル)/『アンネの日記』/『悲しみよ こんにちは』
変身.jpg 銀河鉄道の夜 童話集 他十四編.jpg 悲しみよこんにちは 新潮文庫.jpg
●第三章 秋の読書案内 ... 「ジョゼと虎と魚たち」(田辺聖子)/『星の王子さま』/『日の名残り』/『ダーシェンカ』/『うたかたの日々』/「走れメロス」/「おくのほそ道」/『錦繍』/「園遊会」(マンスフィールド)/『朗読者』/『死の棘』/「たけくらべ」/『思い出トランプ』
日の名残り.jpg 思い出トランプ.jpg 
●第四章 冬の読書案内 ... 『グレート・ギャツビー』/『冬の犬』(アリステア・マクラウド)/「賢者の贈りもの」(O・ヘンリ)/『あるクリスマス』/『万葉集』/『和宮様御留』(有吉佐和子)/「十九歳の地図」/『車輪の下』/『夜と霧』/『枕草子』/『チョコレート工場の秘密』/『富士日記』/『100万回生きたねこ』
グレート・ギャツビー2.jpg 十九歳の地図.jpg 富士日記 上巻.jpg
●放送曲一覧  

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表層的な薀蓄話、内輪話に終始しているという印象を受けた。

西洋美術史から日本が見える.jpg 『西洋美術史から日本が見える (PHP新書)』 ['09年]

 タイトルに反して西洋美術史のことは殆ど書かれておらず、どちらかと言うと西洋の文化と日本の文化の違いは何かを講釈し、日本人がいかに西洋の文化を理解しないまま、その真似事をしているかを糾弾しているような本ですが、非常に表層的な薀蓄話に終始している印象を受けました。

 例えば、赤い薔薇は「性愛の女神」を表すこともあるので、客人の目に付く所に飾るのは品が無いとか、ボジョレー・ヌーヴォーが解禁になったからと言ってをホテルへドレスアップして飲みにいくのは日本人だけだとか、バレエの正しい見方はどうだとか、オペラの正しい鑑賞法はこうだとか、読者に対してマナー教室の先生にはなるつもりはないので勘違いしないで欲しいと言いながら、実質そうなってしまっているなあ。

 偽セレブ、偽ワイン通、偽オペラ通などを暴くのは、カルチャースクール系の普通のオバさんなどには受けるかも知れないけれど、結局、著者自身も同じ土俵に立ってしまっているような感じで、学問的というよりオタク的な知識をもって人を逆撫でするようなことを言うのも、これも1つの通俗であり、著者が本書で攻撃している「文化オタク」そのものではないかと。

 結局、西洋美術史を学べば西洋文化のことがわかり、そうすれば日本の文化もわかってくるというのが論旨のようですが、今のところその「西洋美術史」乃至「西洋文化」をわかっているのは、「アメリカとイギリスに留学経験を持つ自分」のような限られた人間しかいないという、そういう鼻持ちならない姿勢がミエミエで、また、著者が言う正しい西洋文化の理解というのが、西洋人と同じように考え振舞えと言っているようにも聞こえて、それでいて自分は「愛国者」であるとし、「日本人としての矜持」みたいな話も持ち出すから、結局、何が言いたいのか。

 必ずしも内容の全てを否定はしないけれど、あまりに自分の留学先での内輪ネタが多く、自分1人で盛り上がっている感じもし、インテリアの助言を請われると、「アンティークの本を何冊か飾ることと、小ぶりでエレガントな灰皿を置くことを強くお勧めしている」そうで、これは新手の「知的生活の方法」かと思ってしまった・・・。「セレブ」評論家か何かになって、ワイドショーにでも出たらいいのでは。

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所謂「タイトル過剰」気味。中身はオーソドックス乃至は古典的。

新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか.jpg 『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか (光文社新書)』 ['09年] 若者が3年で辞めない会社の法則.jpg 『若者が3年で辞めない会社の法則 (PHP新書)』 ['08年]

 日本ヒューレット・パッカードの人事出身で、採用コンサルタントの樋口弘和氏(1958年生まれ)が書いた『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか』('09年/光文社新書)は、タイトルに何となくムムッと惹きつけられて買ってしまいましたが、中身的には、サブタイトルの「失敗しないための採用・面接・育成」というのが順当で、要するに、新卒採用が「期待はずれ」のものとならないように予防するには、面接において留意すべき点は何かということ。

 内容は比較的オーソドックスで、強いてユニークなところを挙げれば、本来の「お見合い形式」の面接を改めて「雑談形式」面接で本来の素質を見抜くというのは、時間的余裕があれば採り入れてもいいかなあと思いました(これが「模擬討論」みたいな硬いものになると、却って人材の質の見極めが難しくなるけれども、多くの企業ではその難しい方のやり方でやっている)。

 志望動機とかキャリアビジョンとかを語らせても、仕事というのは将来性志向だけでは空回りするものであり、今まで何をしてきたか、どんな役割だったかを、掘り下げて雑談風に聞くのが良いというのは、著者がヒューレット・パッカードの米国本社でのキャリア採用の現場を見て体験的に学んだことのようですが、この辺りの日米の採用面接のやり方の違いは、興味深いものでした。

 但し、そうした考えに基づく実際の面接の進め方の例も出ていていますが、これはこれで、面接する側に相当のヒューマンスキルが求められるような気も。

 前半部分ではリテンション(人材引止め)についても触れられており、「OJTは放置プレイ」と言い切っていて人材育成の重要性を説いていますが、この辺りは本田有明氏の『若者が3年で辞めない会社の法則』('08年/PHP新書)においても強調されていました。

 本田有明氏は1952年生まれのベテランの人事教育コンサルタント。この人の書いたものは月刊「人事マネジメント」などの人事専門誌でも今まで読んできただけに、リテンション戦略の中心にメンター制度を含めた社内教育制度を据えるというのは、読む前から大体予測がつき、実際、そうした内容の本でした(「辞めない法則」ではなく「辞めさせない制度施策」、人材確保というより人材教育そのものの話)。

 組織風土の問題を語るのに"厚化粧がこうじた挙句の「仮面会社」"とか"仕切っているのは「レンタル社員」"とか "制度はそろっているのに「機能不全」"といった表現がぽんぽん出てくるのも手慣れた感じですが、「トリンプ・インターナショナル・ジャパン」や「未来工業」の事例も使い回し感があり、書かれていることに正面切って異論は無いのですが、樋口氏よりやや年齢が上であるということもあるのか、「仕事の面白さやロマンを堂々と語れる浪花節的上司たれ」みたいな結論になっているのが、ホントにこれで大丈夫かなあと。

 あまりに古典的ではないかと。実際、若手社員の意識は昔とそう変わらないということなのかも知れませんが。
 樋口氏の本より"啓蒙書"度が高いように思われ(微妙な年齢差のせい?)、何れにせよ、両著とも、タイトルから受ける印象ほどの目新しさやパンチ力は感じられませんでした(所謂「タイトル過剰」気味)。

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