「●教育」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1315】 瀬川 松子 『中学受験の失敗学』
平凡でも「ルール」として教え込むことで得られる効果。「ハリ・ポタ」のクラス間の点取り合戦みたいな感じも。
『あたりまえだけど、とても大切なこと』(2004/06 草思社)
ロン・クラーク氏
著者は大学を出て世界中を放浪した後、たまたま'95年に小学校教師となってハーレムの問題児が多い学級を担当しますが、学級を立て直すために、祖母から教わった礼儀作法をルールにして生徒たちに教え込みます。
この本にあるのはその50のルールなのですが、のっけから「大人の質問には礼儀正しく答えよう」といった平凡なものが出てきます。
これが最も重要なルール、ということですが、その「効果」(成果?)が凄くて、ニューヨーク市一帯から応募がある募集者数30の難関中学校の面接試験に、著者のクラスから12人受けて全員が合格したという。
こうした調子で、
「口をふさいで咳をしよう」
「何かもらったら3秒以内にお礼を言おう」
「だれかとぶつかったらあやまろう」
といったルールが、具体例やその「効果」(成果)とともに紹介されています。
著者の教室の子どもたちは、態度も変わり、成績も全米トップクラスとなり、地域貢献プロジェクトを実施し、ついにホワイトハウスにクラス全員が招かれるという...(少しアメリカン・ドリーム的な描き方ではあるのですが)。
日本にもそうした落ちこぼれ学級を活力と秩序ある学級に蘇らせた先生の話はありますが、放っておいても身につくような平凡なことでも(これが実際には身につかなかったりする)「ルール」として教え込むというところが著者の特徴でしょうか。
もちろん素早く態度で示す判断力、行動力も必要だし、継続する意志力も大切。こうなってくると教師個人の資質的なものを感じます。
著者は'00年に「全米最優秀教師賞」を受賞したそうですが、これは国ではなく民間(ディズニー)で定めた賞です。
日本でも民間で決めるならばあってもいいかなと思いますが(家庭教師派遣会社などで似たようなものがありますが、ほとんど販促用の人気投票みたいなものになっている)、まずムリでしょう。
また一方で、著者の教育法は旧来の「アメとムチ」方式に過ぎないのではないかという批判も米国ではあるようです。
自分自身もそのことは大いに感じ、自分が「ハリー・ポッター」シリーズのクラス間の点取り合戦的なところが好きになれない理由と同じような要素も、この本にはあると...。
でも、学校でカリキュラムをこなすことだけに汲々としながら授業をしている教師も多いわけで、家庭の役割か学校の役割かを問う前に、子どものために考えてみなければならないことも多いと思いました。





著者の諸富祥彦氏は、トランスパーソナル心理学(現代心理学とスピリチュアリティを統合した心理学)が専門の大学の先生であり、臨床床心理士であると同時に教育カウンセラーでもあり、この本は教育現場の教師の立場から、学校にすべての責任を押し付ける傾向にある親に対する批判の書となっています。
'02年出版の本書はベストセラーになり、著者である陰山英男氏の「百ます計算」や「陰山メッソッド」は広く世に知られることになりますが、本書執筆時には著者は未だ、兵庫の進学塾もない山あいの小学校の一教諭でした。



岸本 裕史 (1930‐2006/享年76)
















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秋山 賢三 氏 (弁護士)

弁護士として砂川事件やサド「悪徳の栄え」事件等で長年活躍してきた大野正男(1927-2006)は、その後最高裁判事になっていますが、本書は弁護士時代に作家の大岡昇平(1909‐1988)と対談したもので、'79年に「朝日レクチャーブックス」の1冊として出版されています。

この2事件に比べると、冒頭に取り上げられている〈清水(郵便局)事件〉というのは、郵便局員が書留から小切手を抜き取った容疑で起訴されたという、あまり知られていない "小粒の"事件ですが、ある局員が犯人であると誤認される発端が、たった1人の人間のカン違い証言にあり、まるでヒッチコックの 「間違えられた男」のような話。
社会学者である著者が、「イスラーム原理主義者」による9・11テロ後に、テロを前にしたときの社会哲学の無力を悟り、またこれが社会哲学の試金石となるであろうという思いで書き下ろした本で、テロとそれに対するアメリカの反攻に内在する思想的な問題を、「文明の衝突」というサミュエル・ハンチントンの概念を援用して読み説くとともに(ハンチントンは冷戦時代にこの概念を提唱したのだが)、テロがもたらした社会環境の閉塞状況に対しての「解決」の道(可能性)を著者なりに考察したもの。

著者は、イスラームやキリスト教の中にある資本主義原理を指摘する一方、「資本主義は徹底的に宗教的な現象である」と見ており、そう捉えると、確かにいろいろなものが見えてくるなあという感じがしました(確かに1ドル札の裏にピラミッドの絵がある なあ、と改めてビックリ)。



マフィアの大ボスだったサム・ジアンカーナが、自分はマリリン・モンローの死とケネディ兄弟の暗殺に深く関わったと語っていたのを、実の弟チャック・ジアンカーナが事件から30年近い時を経て本にしたもので、読んでビックリの内容で、本国でもかなり話題になりました。

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「JFK 暗殺の真相」(日本語吹替版ビデオ[絶版・DVD未発売])


戦争に対して様々な考えを持った司令官たちの、彼らの会話や心理を再現する構成になっていて、小説のように面白く読めてしまいますが、大統領制とは言え、戦争がごく少数の人間の考えで実施に移されることも思い知らされ、その意味ではゾッとします。
また、本書で主戦派として描かれているスコウクロフトは、イラク戦争ではパウエルと協調し、息子の方のジョージ・ブッシュ(父親と同じ名前)の強硬姿勢にブレーキをかける立場に回っています。
因みに、映画「大統領の陰謀」('76年/米)は、以前にテレビで観たのを最近またBS放送で再見したのですが(カール・バーンスタイン役のダスティン・ホフマンもボブ・ウッドワード役のロバート・レッドフォードも若い!)、複雑なウォーターゲート事件の全体像をものすごく端折って、事件が明るみになる端緒となった共和党工作員の民主党本部への不法侵入の部分だけを取り上げており、侵入した5人組の工作員は誰かということと、それが分らないと事件を記事として公表できず、そのうち新聞社への政治的圧力も強まってきて、取材のために残された時間は限られているがあと1人がわからない―という、その辺りの葛藤、鬩ぎ合いの1点に絞って作られているように思いました。

同じ光文社新書の『温泉教授の温泉ゼミナール』('01年)、『これは、温泉ではない』('04年)の続編で、今回は信州の〈白骨温泉〉の「入浴剤混入問題」を受けての緊急出版ということですが、内容的には、「源泉100%かけ流し」にこだわり、日本の多くの温泉で行われている「循環風呂システム」や「塩素投入」を批判した前著までの流れを継いでいます(事件としても、循環風呂のレジオネラ菌で7名の死者を出した〈日向サンパーク事件〉の方を重視している)。













香山 リカ 氏 (精神科医)

日垣 隆 氏 (略歴下記)


酒井順子 氏(略歴下記)


東 浩紀 氏






宮台 真司 氏



大塚久雄(1907-1996/享年89)

「インフレ・ターゲット論」の代表的論客である著者による日本経済の入門書。


奥村 宏 氏(経済評論家)


佐和 隆光 氏
岩田規久男 氏 (略歴下記)
平易な言葉で書かれた経済の入門書で、学生時代に経済学を学ぶことなく社会に出た自分のような人間にも読みやすい本でした。
佐和隆光 氏





初版が'77年、増補版が'82年とずいぶん以前であるのに古さを感じさせないのは、日本語の抽出の仕方が口語とは言えオーソドックスで、時代を経ても使われ続けられるものを選んでいるためと思われます。



















































三浦雄一郎がエベレスト滑降に挑んだのは'70年5月6日で、「エベレスト大滑降」('70年/松竹)という記録映画になりましたが(昔、学校の課外授業で観て、最近インターネット動画で一部を再見)、これを観て後から分析すると、当初、エベレスト8000メートルのサウスコルから(そもそもここまで来るのが大変。シェルパ6名が遭難死している)3000メートルを滑走する予定だったのが、2000メートルぐらい滑って転倒したままアイスバーンに突入(何せスタートから5秒で時速150キロに達したという)、パラシュートの抑止力が効かないまま150メートルほど滑落し、露岩に激突して止まっています。
これを「成功」と言えるかどうか分かりませんが、この映画を再編集した英語版作品"The Man Who Skied Down Everest"('75年/石原プロ・米)は、'75年の米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞しています(石原プロは、石原裕次郎主演で「エベレスト大滑降」('70年/配給:松竹)という作品も撮っている)。
一方、渡辺武の「186戦無敗」は、連勝記録としてみれば、後に柔道において、山下泰裕の203連勝という記録が生まれますが、渡辺の記録はそれ以上に価値があるかも。渡辺は『アニマル1』(アニマルワン)というレスリング・アニメのモデルになりました(原作は「川崎のぼる」のコミック)。


パリ世界陸上('03年)の末続慎吾のスタート直前に与えられた不当な注意や、シドニー五輪('00年)柔道決勝の篠原・ドゥイエ戦の判定、日韓共催サッカー・ワールドカップ('02年)の韓国チームに有利に働いた判定、ソルトレイク冬期五輪('02年)フィギアの審判員の不正など、歴代の大きなスポーツ競技会での誤審や疑惑の判定が取りあげられていて、色々あったなあと思い出させてくれます。
デイヴィッド・シールズ氏 (略歴下記)
編者は―、

著者は初の日本シリーズや初の天覧試合の審判もしていますが、日本最多イニング試合の審判をした話がスゴイ。





単行本[85年〕


特に昭和30年代の「まぼろし探偵」「月光仮面」「ナショナルキッド」などについては詳しく書かれていて、楽しい"突っ込み"もいっぱい入れられており、団塊の世代(著者自身'50年生まれ)には楽しくまた懐かしく読めるものとなっているのではないでしょうか。








映画雑誌「スクリーン」に長年にわたって映画評論を書き続けてきた著者による、20世紀に公開された外国映画500選の評論。


アレンがベルイマンの影響を受けているのは知っていましたが、フェリーニの影響を受けていたことは本書で知りました。「ラジオ・デイズ」('87年)はフェリーニの「アマルコルド」にあたる作品なのだなあと。
「アニー・ホール」●原題:ANNIE HALL●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督:ウディ・アレン●製作:チャールズ・ジョフィ/ジャック・ローリンズ ●脚本:ウディ・アレン/マーシャル・ブリックマン●撮影:ゴードン・ウィリス ●時間:94分●出演:ウディ・アレン/ダイアン・キートン/トニー・ロバーツ/シェリー・デュバル/ポール・サイモン/シガニー・ウィーバー/クリストファー・ウォーケン/ジェフ・ゴールドブラム●日本公開:1978/01●配給:オライオン映画●最初に観た場所:有楽町・ニュー東宝シネマ2 (78-01-18) (評価:★★★★)







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「カリフォルニア・ドールズ」は、男臭い世界を描いて定評のあるアルドリッチが女子プロレスの世界を描いた作品で、さえない女子プロのタッグ「カリフォルニア・ドールズ」のプロモーターを「刑事コロンボ」 のピーター・フォーク が好演しており、彼と2人の女性選手との心の通い合いが結構泣けます。
「ダークマン」●原題:THE DARKMAN●制作年:1990年●制作国:アメリカ●監督・原作:サム・ライミ●製作:ロバート・タパート●脚本:チャック・ファーラー/サム・ライミ/アイヴァン・ライミ/ダニエル・ゴールディン/ジョシュア・ゴールディン●撮影:ビル・ポープ●音楽: ダニー・エルフマン●時間:96分●出演:リーアム・ニーソン/フランシス・マクドーマンド/ ラリー・ドレイク/コリン・フリールズ●日本公開:1991/03●配給:ユニヴァーサル=UIP(評価:★★★★)


「ロッキー・ホラー・ショー」●原題:THE ROCKY HORROR SHOW●制作年:1975年●制作国:イギリス●監督:ジム・シャーマン●製作:作 マイケル・ホワイト●脚本:ジム・シャーマン/リチャード・オブライエン●撮影:ピーター・サシツキー●音楽:リチャード・ハートレイ●時間:99分●出演:ティム・カリー/バリー・ボストウィック/スーザン・サランドン/リチャード・オブライエン/パトリシア・クイン●日本公開:1978/02●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(83-02-06)●2回目:シネマライズ(88-07-17)(評価:★★★?)●併映「ファントム・オブ・パラダイス」(ブライアン・デ・パルマ)
「今宵かぎりは...」は、つい先だって('06年8月5日)亡くなった「ラ・パロマ」や「ヘカテ」の監督ダニエル・シュミットの最初の長編映画ですが(この人、湯布院に行った時、同じ旅館に泊まっていた)、日本公開は制作の14年後でした。

総合ベスト10も、「天井桟敷の人々」「第三の男」「市民ケーン」「風と共に去りぬ」「大いなる幻影」「ウェストサイド物語」「2001年宇宙の旅」「カサブランカ」「駅馬車」「戦艦ポチョムキン」と"一昔前のオーソドックス"といった感じでしょうか(今でも名画であることには違いありませんが)。

「禁じられた遊び」

「小さな悪の華」チラシ




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3作を通じて音楽にラヴィ・シャンカールのシタールが使われていることが、3部作に統一性を持たせることに繋がっていてるように思います。
因みに、ラヴィ・シャンカールの2人の娘は、姉がジャズ歌手のノラ・ジョーンズ、妹がシタール奏者のアヌーシュカ・シャンカールで、この2人は異母姉妹です。






例えば、白と黒の縞模様を見ると発作を起こす医師をグレゴリー・ペック、彼を愛し発作の原因を探りだそうとする精神科医をイングリッド・バーグマンが演じた「白い恐怖」では、G・ペックの見る夢のシーンで用いられたサルバドール・ダリによるイメージ構成にダリの実験映画と同じような表現手法が見出せましたが、この部分はあまりにストーレートで杓子定規な精神分析的解釈で、個人的にはさほどいいとは思えず、著者も「本来のヒチコックの映像造詣とはかけ離れている」としています。
同じ小道具へのこだわりでも、その使い方は様々なのだなあと感心させられました(ただし、眼鏡をかけたバーグマンもまた違った魅力があり、ヒッチコックという人は、元祖「眼鏡っ子」萌え―だったかもと思ったりもして...。

ビットリオ・デ・シーカ監督に「自転車泥棒」('48年/伊)という名画があり、世界中の人を感動させたわけですが、実際自分が観たときも、上映が終わって映画館から出てくる客がみんな泣いていました。
「自転車泥棒」●原題:LADRI DI BICICLETTE●制作年:1948年●制作国:イタリア●監督・製作:ビットリオ・デ・シーカ●脚本:チェーザレ・ザヴァッティーニ/オレステ・ビアンコーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/アドルフォ・フランチ/ジェラルド・グェリエリ●撮影:カルロ・モンテュオリ●音楽:アレッサンドロ・チコニーニ●原作:ルイジ・ バルトリーニ ●時間:93分●出演:ランベルト・マジョラーニ/エンツォ・スタヨーラ/ジーノ・サルタメレンダ/リアネッラ・カレル/ヴィットリオ・アントヌッチ/エレナ・アルティエリ●日本公開:1950/08●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(78-11-30) (評価:★★★★)
つまり映画とは"断片"から構成されるもので、例えば小津安二郎の映画は、1分間に平均10カットあり、役者は6秒間だけ演技を持続すればよい―、となると、役者の演技力の持続性は求められないわけです。



「イワン雷帝」●原題:IVAN THE TERRIBLE IVAN GROZNYI●制作年:1946年(第1部・1944年)●制作国:ソ連●監督・脚本:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン●撮影:アンドレイ・モスクヴィン/エドゥアルド・ティッセ ●音楽:セルゲイ・プロコフィエフ●時間:209分●出演:ニコライ・チェルカーソフ/リュドミラ・ツェリコフスカヤ/セラフィマ・ビルマン/パーヴェル・カドチニコフ/ミハイル・ジャーロフ●日本公開:1948/11●配給:東和●最初に観た場所:池袋文芸坐 (79-04-11) (評価:★★★)●併映「戦艦ポチョムキン」(セルゲイ・エイゼンシュタイン)
「スタジオ・ボイス」1994.02 ゴダール特集




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アンナ・カリーナ演じるナナは、別に不真面目に生きているわけではなく、たまたま出会った哲学者と真理について語ったり、「裁かるるジャンヌ」を観て涙したりするのですが、哲学者との会話などはシナリオで読むと面白いのに、映像化されると言葉が単に映画の背景になってしまうような感じがしました(映画を観てアンナ・カリーナが涙を流す場面は良かった)。
小松崎茂(1915-2001/享年86)
そればかりでなく、昭和30年代に創刊された「少年サンデー」「少年マガジン」などの少年漫画雑誌の戦記特集などの挿画も多く手掛けているほか、それ以前からSF・未来世界を描いた作品も数多くあり、自分自身も雑誌などでそうした彼の作品を見ながら、それが小松崎茂という画家の手によるものであるという認識はないながらも、エアカーが超高層ビルの間をぬって疾走する未来社会を夢想した1人であることは間違いないようです。
布施 英利 氏(略歴下記)
本書では、人体の視知覚形式を、ありのままの現実を見ることに徹する「目の視覚」(1次視覚)と、再構成を通して共有化される観念的・抽象的な世界を映し出す「脳の視覚」(2次視覚)に分け、視覚芸術(写真・映画・マンガ・アニメ・絵画)の表現を、この区分に沿って解析しています。

杉山 平一 氏
坂崎 乙郎 (1927-1985/享年57)



ルネッサンス期から印象派の始まり(マネ)までの代表的な画家の作品15点選び、その絵の解説から入って、画家の意図や作風、歴史的背景や画家がどのような人生を送ったのかをわかりやすく解説した手引書です。
ただし、例えばベラスケスの「宮廷の侍女たち」のような、離れて見ると柔らかい光沢を帯びた衣裳生地のように緻密に見えるのに、近づいてみるとラフな筆触で何が描かれているのか判らないという不思議さなどは、マドリッドのプラド美術館に行って実物を見ない限りは味わえないないわけですが...、これを200年後の印象主義の先駆けと見る著者の視点は面白いと思いました(というか、ベラスケス恐るべし!といったところでもある)。









中村光夫 (1911‐1988/享年77)
野口 恵子 氏 (略歴下記)
山口 仲美 氏(略歴下記)

大野 晋 氏 (学習院大学名誉教授/略歴下記)


国広 哲弥 氏(東大名誉教授)
新書本で250ページほどの言わば"読む"辞典ですが、項目数を絞った上で1項目あたりの用例解説が充実しているので、類書の中では比較的楽しく読め、読んで頭に残り、また後で読み返しやすいものとなっています。
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言葉の意義や定義が、文化的背景によっていかに違ってくるかという観点から、中盤は「動物虐待」にたいする日英の違いなど比較文化論的な、ややエッセイ風の話になっていますが、本書の持ち味は、終盤の、対人関係・家族関係における「人称代名詞」の日本語独特の用法の指摘と、そこからの文化心理学的考察にあるかと思います。
多田 道太郎 氏
Nogi, Maresuke (1849 - 1912)


山本 七平(1921-1991/享年69)


本書によれば、「アラジンと魔法のランプ」は、元々は中国の話だそうですが、語源である「ジン」(一種の妖怪)というのが、イスラームが宗教的版図を拡げていく過程で土着信仰を融合する際に生まれたものだというのは興味深いです。



海外に旅行し、または滞在する際に、少しでもよくその国の歴史や文化を知っておけば、その旅行や滞在の意義もより深いものになるかと思いますが、このシリーズはそうした要望に充分応えるものだと思います。
関連書籍案内、旅行会話、歴史年表、人名索引などが付録されているのも丁寧です。それとは別に総索引もあります。





写真家・藤原新也氏によるトルコ・イスタンブールからインド、チベットを経由して東南アジアに渡り、香港、上海を経て最後に日本・高野山で終る約400日の旅の記録で、「月刊PLAYBOY」の創刊5周年企画として1980年7月号から1981年6月号まで12回にわたって連載されたものがオリジナルですが、藤原氏の一方的な意見が通り実行された企画だそうで、そのせいか写真も文章もいいです。(1982(昭和57)年・第23回「毎日芸術賞」受賞)
アジアと一口に言っても実に多様な文化と価値観が存在し、我々の生活や常識がその一部分のものでしかないこと、そして我々は日常において敢えてそのことを意識しないようにし、世界は均質であるという幻想の中で生きているのかも知れないと思いました。




雪のヒマラヤを這っている"不屈の求道者"慧海の挿絵が印象的でした。






'05年に入り、『靖国問題』(高橋哲哉/ちくま新書)、『靖国神社』(赤澤史朗/岩波書店)、『国家戦略からみた靖国問題』(岡崎久彦/PHP新書)、『首相が靖国参拝してどこが悪い!!』(新田均/PHP研究所)、『靖国問題の原点』(三土修平/日本評論社)など「靖国」関連本の刊行が相次ぎ、'06年に入っても『戦争を知らない人のための靖国問題』(上坂冬子/文春新書)などの、この問題の関連本の出版は続きました。
坂本 多加雄 (1950−2002/享年52)
三谷 一馬 (1912-2005/享年93)
文庫本で600ページ以上ある江戸時代(中期以降)の「商売図鑑」で、店商売や物売りから職人や芸人まで数多くの生業(なりわい)の様を絵画資料から復元し、それぞれにわかりやすい、結構味のある解説を加えています。
物売りにしても多彩で、「ビードロ売り」とか「水売り」とか風流で、「八百屋」「魚屋」などが江戸と大阪で格好が違ったりするのも面白し、「熊の膏薬売り」が熊の剥製を被っているのは笑えて、「物貰い」というのがちゃんとした職業ジャンルであったことには驚かされます(掛け声や独特のパフォーマンスなども紹介されています)。


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井波 律子 氏(国際日本文化研究センター教授)
明代中期に陽明学を起こした王陽明は、軍功を挙げる一方で、朱子学を20年研究し、自己の外にある事物それ自体について研究し事物の理に格(いた)ることで認識が定成するというその考えを結局は受け入れられず、転じて自らの心の中に知を極めることにし、〈知行合一〉の考えに至ったとか―。


「十戒」パンフレット (1977)
紅海が真っ二つに割れるシーンなどのスペクタルもさることながら(滝の落下を逆さまに映している?)、モーセが杖を蛇に変えるシーンなどの細かい特殊撮影も当時にしてはなかなかのもの(CGの無い時代に頑張っている)。
モーセを演じたチャールトン・ヘストン(1924-2008/享年84)の演技は大味ですが、それがスペクタクル映画にはむしろ合っている感じで、一方、もう1人の主役ラメセスを演じたユル・ブリンナー(1920-1985/享年65)は、父親がスイス系モンゴル人で母親はルーマニア系ジプシーであるという、ファラオ(エジプト王)を演じるに相応しい(?)ユニヴァーサルな血統(「王様と私」('56年/米)ではシャム王を演じている)。






クビライの時代には帝国は、教科書によく出てくる「元国及び四汁(カン)国」という形になっていたわけですが、本書では一貫して「国」と呼ばず、遊牧民共同体から来た「ウルス」という表現を用いており、また、ウルス間の対立過程において、それらの興亡や版図が極めて流動的であったことを詳細に示しています。

鈴木董 氏 (東大東洋文化研究所教授)
オスマン帝国と言えばスレイマン大帝(スレイマン1世)ですが、1453年にビザンツ(東ローマ)の千年帝都コンスタンティノープルを無傷のまま陥落させたメフメット2世というのも、軍才だけでなく、多言語を操り西洋文化に関心を示した才人で、宗教を超えた能力主義の人材登用と開放経済で世界帝国への道を拓いた人だったのだなあと。
謝世輝 氏(元東海大学文明史教授)








河合隼雄氏が、中国哲学者で道教思想研究の第一人者・福永光司(1918‐2001)に老荘思想について聞くという形式で、老荘思想のエッセンスや後世の文化、われわれの身近な生活に及ぼした影響などを多岐にわたって紹介した本。

森 三樹三郎 (1909-1986、略歴下記)

荘子(前369-前286).
道教思想研究の第一人者・福永光司(ふくなが・みつじ 1918‐2001)による本書は、初版出版が'64年で、中公新書の中でもロングセラーにあたります。

体外離脱などの臨死体験は、「現実体験」なのか「脳内現象」に過ぎないのか―。著者の基本的立場は脳内現象説のようですが、自分もこの本を心霊学ではなく超心理学の本として読みました。

本書はタイトルの通り、テレパシーや透視、予知能力、念力など世間で超能力ではないか言われているもののトリックを、マジック研究家の立場から次々と解き明かしていくものです。
そう言えば、「刑事コロンボ」が新シリーズで11年ぶりに再開した際の第1弾(通算では第46話)が「「汚れた超能力」(「超魔術への招待」)というもので(このシリーズの作品には全て"モデル"がいるという触れ込みだった)、これに出てくる「超能力」とは、被験者が地図所上で任意に示した場所に行き、そこで見たものを「超能力者」が念視して書写するというものであり、これは、ユリゲラーの名を一躍世界に広めたスタンフォード大学での超能力テストを再現したものだそうです。



Carl Gustav Jung (1875‐1961)





本書出版の頃には既にタバコの健康に与える害は強調され、嫌煙運動は広まりつつありましたが、敢えて著者は、ストレス解消や作業能率向上などの、喫煙者にとってのタバコの効用を検討することも必要ではないかとし、タバコが人間の心理や行動に及ぼす影響を多面的に分析・考察しています。

働きざかりのミドルが家庭や社会の中で遭遇する様々な課題を心理学的に考察し、わかりやすく解説した本で、中心となるテーマは「中年の危機」。しかし、幅広い世代に対しての示唆に富む本だと思います。

本書は、詩人・谷川俊太郎が河合隼雄にユング心理学について話を聞くというスタイルになっています。
『夢の世界99の謎』 サンポウ・ブックス
大原 健士郎 氏 (略歴下記)





相場 均 (1924‐1976)


興味深いのは、ラファエロのように、推定知能指数が110程度の「天才」もいることで、「天才」の1割は“正常”(?)だったという研究もあり、彼もその1人です。
宮城 音弥 (1908-2005/享年97)
'05年に97歳で逝去した心理学者・宮城音弥氏の著作。
フレデリック・パールズ (1893‐1970) in 「グロリアと3人のセラピスト」
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論理療法でいうイラショナル・ビリーフやABC理論(ABCDE理論)をわかりやすく説くために著者の経験やマンガを引いたりしていますが、内容的にはオーソドックスで、最後に「論理療法のまとめ」と「実践のためのアドバイス」を配しており、入門書として丁寧な構成になっています。
この本は「論理療法」の創始者アルバート・エリス(Albert Ellis)が来日した際の講演と、臨床心理士など専門家とのワークショップで自らカウンセリングをロールプレイした際の記録を中心に、クライエント役となった先生がたも含め、それを目の前で見ていた専門家たち(他派を含む)の寄稿により構成されています。
Carl Rogers
東山 紘久 氏(経歴下記)

池見 陽(あきら) 氏 (略歴下記)
本書自体は、E・ジェンドリンにより「心の実感」に触れるための方法として開発された「フォーカシング(focusing)」の技法について解説した入門書ですが、「フォーカシング」は、ジェンドリン自身が彼の師にあたるC・ロジャーズとのカウンセリングの共同研究を通して、その成功・不成功例の比較からから開発した技法であるため、本書ではそのベースとなった「ロジャーズ理論」(来談者中心療法)の解説もなされています(著者自身もジェンドリンの弟子であると同時に、ロジャーズの"孫弟子"にあたる)。
カウンセリングの入門書ですが、カウセリングの働きが、カウンセラー自身にとっての深い意味の発見であることを示唆する本となっています。
矢幡洋 氏 (臨床心理士)
本書ではまず、「心の病気」を、




河合隼雄氏が、心理療法家として活躍している中堅の方々との対談を通して、対談の後に個別に寄せられた質問に答える形をとりながら、その中で自分がどうして心理療法家になったか、心理療法を通して何が見えてきて何が難しいと感じたかなども含めまとめたもの。




「メンタリング」について書かれた本の中には、リーダーシップ論やコーチングの技法論とまったく同じになってしまっているものも散見し、「高成果型人材を育成する」といった、短期間でパフォーマンスの向上を求めることが直接目的であるかのような書かれ方をしているものもあります。


金井壽宏 氏
個人は当然、自らのキャリアや価値観を重視するわけで、そうしたなかで企業は、企業のアイデンティと個人のアイデンティの調和をいかに図るかが大きな課題になってくるに違いなく、そのことを意識した場合において(まだそういう意識を持てないでいる企業経営者も多いけれど)、キャリアカウンセリングというのは会社生活と個人生活を調和した状態に近づけるひとつの手立てになると思われます。
岡本祐子氏の「アイデンティの螺旋式モデル」は厚労省のキャリア・コンサルティング技法報告書にも採用されたものであるし、「成人期の発達を規定する2軸・2領域」論は是非多くの人に触れて欲しいものです。
キャリアカウンセリングを"ライフキャリア"という観点(個人の役割・環境・出来事など、人生における重要な要素すべてを考慮して最適な選択を行おうとする考え方)から理論的に整理し、さらにオープニングから、情報収集、理解/仮定、行動化、目標/行動計画、評価/終了までの6段階に構造化して、各段階の実践的アプローチを具体的に解説しています。
宮城まり子氏(略歴下記)
キャリアカウンセリングの入門書に触れ、もう少し突っ込んだ標準テキストを求める人には格好の本だと思います。




著者の提唱する"スローキャリア"というのは、"上昇志向でない動機によってドライブされる"キャリアのことを指すらしいのですが、この定義がわかりにくい。
佐々木直彦 氏 (略歴下記)
本論では、エンプロイアビリティ向上のために実践し(フィールドワーク)考え(コンセプトワーク)人とつながる(ネットワーク)ことの重要性を、図解やケーススタディと併せ、またキャリア行動に関する理論を引きながら、わかりやすく具体的に説いていています。
サブタイトルからは窺えますが、"会社側は"何をすべきなのかという本で、そのあたりが「キャリア論」というタイトルからは少しわかりにくく、それでも個人として買っても役に立ったという人も少なからずいるらしいのは、本書が〈自律的キャリア(CSR=Career Self Reliance)〉を形成・促進することを説いているためだろうと思われます。


小杉俊哉 氏 (略歴下記)
キャリア理論を学ぶうえでも、シャインの〈3つの問い〉、ブリッジスの〈トランジッション論〉、クランボルツの〈キャリア・ドリフト〉といったキャリア行動や意思決定に関する理論や概念が、最近のものまでバランス良くカバーされており、役に立つのではないでしょうか。
単行本の執筆も多く、最近は組織・人事全般に関わるテーマでも本を出しているのは経営学者ですから当然ですが、実はこの新書本に著者の本領が最も発揮されているのではないか、という気がします。
自分の思い描いていたキャリアの将来像が予期しない環境変化により崩壊してしまうことを「キャリアショック」とし、そうしたことが起こりうる現代において自分のキャリアをどう捉え、どう開発していくかを説いています。
高橋 俊介 氏 (略歴下記)

全米キャリア開発協会(NCDA)の会長などを務めた著者による本書は、人が人生の転機やキャリアの節目にぶつかったとき、それをどう乗り越え、どうすれば豊かな人生が送れるかということをテーマとしています。
岡本義幸 氏(略歴下記)
本書は'87(昭和62)年の出版であり、人材会社(人材斡旋会社)の社長が書いた「転職」のためのガイドブックです。






中川佳子 氏 (略歴下記)


















著者のブルーバックスにおける「分かりやすい」シリーズ3冊のうちの1冊で、
杉田 敏 氏 (プラップジャパン副社長)
著者はNHKラジオ「やさしいビジネス英語」の講師として知られるとともに、外資系のPR会社の副社長でもあります。


例えば〈MAP理論〉というのを紹介していて、聴き手の座る位置によってその態度は決まるという。
「話が通じない人」とコミュニケーションする場合、言葉や論理に頼りすぎない方が良い場合もあり、それが著者の言う「非・論理コミュニケーション」ですが、「なぜ話が通じないのか」という切り口から、コミュニケーション・トラブルの対処法、背後にある力関係、日本的な"面子"の問題、非言語コミュニケーションの役割、「聴く」ことの重要性、異価値に対する柔軟さの必要性などを指摘し、コミュニケーション能力を高める様々なヒントを提示しています。
中西 雅之 氏


山田ズーニー氏 (略歴下記)
ちょっと引き気味になりそうなタイトルですが、読んで見るとなかなかでした。

著者はドイツ人で、大学で心理学を学び、今はコミュニケーショントレーナーであるということですが、タイトルに惹かれた人が多かったのか、かなり売れた本です。
鬼才コラムニストとして知られる著者が「危険な」と冠するからには一体どんな内容かと思いきや、技術論よりも、文章を書く際に邪魔になる囚われから読者を解き放つことに主眼を置いた真面目な文章論でした。




齋藤 孝 氏 (略歴下記)
さらに、会議を変えるための具体的方法を提示しています。



「押し出しファイリング」で溜まってきた情報を捨てるノウハウとして、"とりあえず捨てる仕組み"である「バッファー・ボックス」を提唱しています。さらに「バッファー・ボックス」には、「受入れバッファー」と「廃棄バッファー」があると。



野口悠紀雄 氏


「以心伝心」とか「阿吽の呼吸」のようなものにすがることなく、自分の考えをロジックで通していく、多民族国家の根底にある「ディベート文化」を感じました。
『


「第2パーク」構想でディズニー側が最初に示したプランは、MGM(映画)だったんですね。でも、日本人は米国人ほど映画文化に執着は無く、そこで〈シー(海)〉になったとのこと。


「顧客満足」コンサルタントによる本書は、「ディズニーのために書かれたものではない」ということですが、読みやすい小説仕立て、各方面5人のビジネス人男女が、ディズニー・ワールドの探検ツアーを通してその成功の秘密を体感していく様が描かれています。
そして、それらが〈ゲスト〉のためだけでなく、むしろ〈キャスト〉へ向けてのメッセージであるという点が、個人的には最も興味深く思われ("隠れミッキー"なども元は内輪受けからスタートしているようです)、そうした配慮やこだわりが、結果的には〈ゲスト〉の満足度にもつながっていくのだということがよくわかりました。



日本でのシェアは圧倒的にコカ・コーラの方が勝っているので、その点では本書の内容は少しピンとこない部分もあるかも知れません。

ジョン・Z(ザッカリー)・デロリアン 

DMC‐12


むしろこの人、フランシス・F・コッポラ 監督の映画「タッカー」('88年/米)(製作総指揮ジョージ・ルーカス)のモデルにもなったブレストン・タッカーに近いかも。


「タッカー」●原題:TUCKER●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:フランシス・フォード・コッポラ●製作:フレッド・ルース/フレッド・フックス●製作総指揮:ジョージ・ルーカス●脚本 アーノルド・シュルマン/ディビッド・セイドラー●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:ジョー・ジャクソン●時間:111分●出演:ジェフ・ブリッジス/ジョアン・アレン/マーティン・ランドー/フレデリック・フォレスト/マコ岩松●日本公開:1988/10●配給:東宝東和 (評価★★★☆)

教育研修コンサルタントによって書かれた本書は、働く個々人に対し「ビジョン」、「ミッション」、「バリュー」を創ることで、生きていく方向性や指針が見つかるとし、とりわけビジョニング(自分自身のマイビジョンを創ること)が自己改革をもたらすと説いていますが、併せて、企業を活性化するためには「組織ビジョン」と「個人ビジョン」の相乗効果が大切であると言っていて、組織論の書としても読めます。
太田 肇 氏
橋本 治 氏 (略歴下記)
沼上 幹 (ぬまがみ つよし)氏 (一橋大教授)
むしろ、組織にいる人に働く組織心理の傾向の分析や説明には、誰もが思い当たるものが多くあるのではないかと思われます(まるで企業小説のように書かれていて、しかも現実味がある!)。
また、マネジャーを、タイプA(右図1)「価値観に忠実で成果を上げる」、タイプB(右図2)「価値観に忠実だが必ずしも成果を上げるとは限らない」、タイプC(右図4)「価値観に忠実ではないが成果を上げる可能性がある」の3タイプに分け、タイプBやCをタイプAに変身させるのは困難で、試みる価値もなく、将来的にはよその企業へ押し付けるべき人材だとしています。





リーダーシップ論のバイブルとまで言われている本ですが、本書の要諦は序章にまとめられていて、つまり、リーダーシップとマネジメントは別物であり、 







森生 明 氏 (株)M・R・O代表取締役
なぜM&Aが行われるかその目的を示し、狙われやすい会社や、買収が実際にどのように進められ防衛策はどのようなものがあるのかを、事例をあげながら解説しています。






「公益通報者保護法」は、通報先に優先順位(内部→行政機関→マスコミ等)が定められていて、保護対象も労働者に限られている(派遣労働者や取引先労働者も保護対象に含むが、取引先事業主などは含まない)ことなどから、内部告発を抑制するのではとの批判も多い法律ですが、著者は "公益"という前向きのネーミングを評価し、冷静に条文内容を検証してその意図を汲むとともに、曖昧部分などの問題点も指摘しています。


岡本 吏郎 氏(税理士)











ドラッカーは'70年代に既に、「経済学のフリードマン」と並び称される「経営学の泰斗」としてその名を馳せており、経営に「マネジメント」という考え方を入れたのも、「目標管理」という概念を開発したのもこの人ですが、にも関わらず「経営学者」というより「思想家」に近いかも知れず、'80年に出版されたThe Best of Everything という本では「教祖のベスト」としてその名が挙げられていて、本書なども「啓蒙書」的な感じがします。



野中郁次郎・一橋大名誉教授


P・F・ドラッカー(『明日を支配するもの』刊行の頃〔90歳〕)




リクルートからセガに移り、その後インディペンデント・コントラクター(IC)となった秋山進氏と、『賃金デフレ』('03年/ちくま新書)の著者で日本総研の山田久氏が、ICとは何かについてその現況と今後を語っています(2人は同じ大学の同じ学部を'87年に卒業した同期生)。



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原著は'59年の出版。著者はドイツで経済学、社会学、哲学を学んだ後、ナチスに追われ米国に亡命した人で、本書で展開される著者の「疎外論」は、アメリカ社会心理学の系譜にあるかと思われますが、哲学的かつ広い視野での社会分析がされています。


著者は作家であり、東大経済学部を卒業後富士重工業に入社し15年勤務しましたが、在職中に芥川賞候補になった人で、企業とその中で働く個人の人間性や生きることの意味を問う作品を書いていました。

森岡 孝二 氏(略歴下記)
わが国の労働の現場における「働きすぎ」の実態とその原因を、グローバル化、情報時代化、消費資本主義化、規制緩和など様々な観点から分析しています。
橘木俊詔 氏(略歴下記)




熊沢 誠 ・甲南大名誉教授
日本のワークシェアが難しいと認識しながらも、「同一職種同一賃金」による〈一律型〉ワークシェア(時短)のイメージのもと、男性正社員・女性正社員・女性パートの賃金格差を縮めることを実現可能な範囲で具体的に提示するなど、問題解決に向けた真摯な姿勢が窺えます



島田晴雄 氏(略歴下記)
本書は'94年に「ちくま新書」の創刊ラインアップの1冊として刊行されたものですが、「日本の雇用」の今までと今後を、国際経済・労働経済の観点から概説し、企業や社会が今後取り組むべき改革の方向性を提言しています。

本書は「定年前」というのがひとつミソですが、その時になって慌てるのではなく、まだ時間のあるうちに予め知識を蓄え、心構えないし準備をしておく、つまり"自分でやる危機管理"という切り口で、今考えておくべき問題をとり上げていて、リストラへの対処から退職後の失業保険や健康保険、マネープラン、年金や生命保険に関すること、さらには老親・妻子を含めた家庭問題や生き方の指針まで、その内容は至れり尽くせりです。








弁護士グループによる著作で、実務家向けにわかりやすいQ&A方式で書かれています。


雇用リストラを行ったり成果主義の浸透する企業内では、窒息するかのようにトラブルや問題行動を起こす社員が増えている傾向を生じやすく、企業側としてはそれらへの対応を一歩誤ると、不当解雇とされて訴訟問題に発展したりする恐れもありますし、セクハラ問題などが表ざたになれば企業イメージや社員のモラールの低下にもつながりかねません。
前著『Q&A人事労務相談室』('02年/生産性出版)が労務問題全般を扱った「基礎編」であったとすれば、第2弾の本書では、特に賃金・諸手当・退職金にまつわる問題やトラブルにターゲットを絞り、その法規上の扱いや現実の対応を、より突っ込んでわかりやすく書いています。
企業には当然のことながらいろいろな社員がいるもので、何かと人事部にクレームをつけてくる社員の中には、「六法」や労基法関連書籍を肌身離さず持っている社員もいて、総務や人事の担当者の方がこうした社員に対して苦手意識を抱き、及び腰になっているケースが、中小企業などで時々あります。 

法律家が「問題社員」という的の絞り方で書いたものとしては嚆矢となったもので、もちろん今でもその内容は古くありません。


安西 愈(まさる)弁護士
主に社員向けに書かれた労働法入門書で、日常起こりうる労務問題についてアドバイスするという立場で平易に書かれていますが、同時に、使用者たる企業に対しても、従業員を雇用する限りはこれだけのことは知っておいた方がいいですよ、というニュアンスが含まれています。
外井 浩志 氏 (弁護士)
ITエンジニアがとりつかれやすい30の疾患を解説し、症例と対応策を述べています。その中にはITエンてんかん、VDT症候群、ドライアイ、手根管症候群など特にITエンジニアが罹りやすい病気もありますが、頭痛、慢性疲労症候群、自律神経失調症、社会不安障害(対人恐怖症)、うつ病、適応障害、インターネット依存症、過敏性大腸症候群、ディスペプシア(胃のもたれ)、狭心症・心筋梗塞、脳梗塞など、ITエンジニアに限らず働く人のすべてが「心の病」が昂進して発症するおそれがあるものが多く含まれていることがわかります。
小杉氏は本書で、本当のうつ病(内因性うつ病)は人口の0.3%に過ぎず、今ビジネスの世界で起きているのは「心因性うつ状態」と「適応障害」であるとし、「心因性うつ状態」は死別体験や社会的立場の危機などで生じるが、「適応障害」は特定の人物や状況に遭遇した時だけ生じると言っています。
小杉正太郎 氏 (心理学者/略歴下記)
川上 真史 氏 (ワトソン・ワイアット)




経営環境が悪くなり、会社の役員会で「リストラするしかない」「いや、ウチは終身雇用だから...」「じゃあ、退職勧奨ではどうか」などの会話が飛び交うとき、そもそもそうした雇用リストラに関するタームを、役員が共通した正しい認識で用いているかどうか、まず懸念される場合があります。
雇用調整の考え方と進め方が分かりやすく書かれて、出来ればお世話になりたくない本ではありますが、雇用調整をせざるをえない状況になった時には役に立つ実務書です。
原題は"How to fire an employee (社員の解雇の仕方)"で、社員側から見れば「冗談じゃないよ」というタイトルですが、前説で経営評論家の青野豊作氏も、この「いかにもアメリカ的な奇書」と言い方をしています。


梅森 浩一 氏 (略歴下記) 

清水 佑三 氏(日本エス・エイチ・エル社長)

米国のコンピュータ会社の採用面接において「パズル問題」が用いられることは伝統的なもののようですが、マイクロソフトのそれは、ビル・ゲイツのパズル好き、パズルによって人の思考能力が測れるという信念に負うところ大であるという印象を、本書を読んで受けました。
面接の指針として「ストレス面接はしない」「面接評価は申し送りしない」など共感できる部分もありましたが、全体には今ひとつまとまりがなく、本書が結構売れたのはタイトルのお陰ではないかと思います。
採用において必ずしも新卒中心ではないという日本との違いはありますが、それ以外の日米の差はあまり感じられず、面接に際して「職務記述書」を作るところは米国らしいですが、それに拘束されず最終的に人物を重視するとか、社員が辞める理由なども、人間関係や上司の問題とかが多いというのは日本と同じです。
安田佳生 氏 


本書の興味深い特徴の1つは、上司や部下といった年功序列的な階級意識の強い言葉を使うのをできるだけ避けているということです。
パフォーマンス・コーチング及びメンタリングについての理解を(理論上)深める上で、よく整理された本だと思います。

菅原 裕子 氏 (ワイズコミュニケーション代表取締役)
こうした前提を踏まえたうえで、実践的な事例を挙げつつ、ミラーリング、ベーシング、バックトラッキングといった"技術"論に入る姿勢には好感が持てました。
コーチングの人間観は、相手をまず「能力を有する存在であると捉える」ということだと著者は述べていますが、カウンセリングとの共通点を感じました(カウンセリングの立場では、コーチングは「職場」への適応を通して個人の発達を支援するものという捉え方をし、一方カウンセリングの場合は、個人の発達を通して、仕事や職場への適応を促進するとされているのですが)。

毎週1回、30分から1時間ぐらいのセッションを繰り返し、それを3ヶ月から半年続けるような"有料"のスタイルが前提となっているようで(休憩の取り方まで書いてある)、プロのコーチを目指す人にとっては良書だと思いますし、将来こうした職業的コーチの需要は増えるでしょう。

本書の特徴は、あくまでも"企業内"で独自に研修を企画し実施することを前提にしていることで、それは「企業文化を創造し発展するも目的を外部者に依存するわけにはいかない」という考え方に基づいています。
「目標管理制度」を「制度」としてだけ導入しても、設定された目標の内容やレベル、評価のあり方等についてスタッフの充分な理解が得られていなければ、運用に際して支障をきたすというのはよく言われることです。
人事考課は(1)業績考課、(2)意欲・態度考課、(3)能力考課の3つから成るとし、ベースになっているのが職能資格制度であるようなので、後半では業績重視へ転換とその方法を説くものの、全体的にはトラディッショナルな考え方に基づく解説書という印象でした。

著者によれば、多くの企業で導入されている目標管理には、実質的に2つの側面があり、1つ目は「人事考課に連動させ、賃金や賞与といった処遇面での評価の手段として取り入れる」、すなわち「人事考課制度のサブシステムとしての側面」と、もう1つは「会社と働く社員の成長発展に向けて望ましい目標を設定し、達成に向けて進捗管理し、評価の時点では次の成長発展に向けてのさらなる目標に結びつける」、いわゆる「経営管理システムの側面」です。
著者は目標管理・人事考課の専門家であり、本書では人事評価に派生する様々な問題を具体的にとり上げていますが、これは企業で人事評価に携わる人が、自分自身が留意すべき事柄をチェックする用にも使えると思いますし、人事部サイドで考課者訓練を実施する際の参考書としても使えると思います。
本書によれば、コンピテンシーモデルの作成方法には、






滝田 誠一郎 氏
人事情報・人事政策専門誌のライターとして20年にわたり企業の人事戦略や人事制度改革を追い続けてきた著者による「成果主義」が抱える問題への回答試案といったところでしょうか。

著者は、中堅・中小企業に適合する人事・賃金制度を紹介した書籍などで定評のある人事コンサルタントですが、本書では、成果主義の問題点を解消する切り札として「職種別賃金」制度の導入を提唱しています。
by wadamy 



普段は人事専門誌に賃金・人事制度の取材記事を執筆している著者が、一般向けに書き下ろしたものですが、内容的にはやはり賃金人事制度の"取材記事"であり、端的に言えば「事例集」です。
そうした考えに沿って、管理者のレベルアップやトップの強いリーダーシップ、社員との信頼関係などが必要であるとし、プロジェクト方式での人事制度改革の導入の進め方や、成果を出せる風土・環境はどうやって作るのか、目標管理制度や人事考課はどうあるべきかなどを説いています。


浜辺 陽一郎 氏(弁護士・早稲田大学大学院法務研究科教授)
執行役員制度について、執行役との違いも含めた法的な位置づけから、規程の策定など導入の実務までが、詳しくわかりやすく書かれています。
本書では、成果主義の人事・報酬システムをいかにして成功させるかということを「戦略」的視点から捉え、業績と人件費のバランスを図り、適正総額人件費の枠内で報酬を支払うためには、資格・等級はどうすべきか、賞与や月例給与はどうすべきか、業績評価はどう改革すべきかなどについて、具体的な制度策定や運用に踏み込んで述べられています。
本書は、アメリカの賃金・人事制度の特長から積極的に学びつつ、日本的な伝統を生かした日本型職務・成果主義を、豊富なコンサルティング経験に基づいて具体的に提唱しています。
本書前書きにもありますが、人事制度の中でも特に賃金制度(報酬政策)の紹介に重点を置いて書かれています。
著者は本書において、人件費の構造改革の要を「人件費の変動費化」に置き、契約社員制度、社内請負契約、社内自立法人化、戦略的配置転換、戦略別会社設立などを提唱しています。
本書では、人事・賃金制度のこれからを展望したうえで(第1章)、人事制度を策定するにあたっては、まず仕事をベースとする「職務基準」でいくのか能力をベースとする「職能基準」でいくのか、両者をミックスさせたものにするかを決めなければならないとし、それぞれの等級制度の具体例で説明しています(第2章)。
戦略人材コンサルのウイリアムマーサー社(現マーサーヒューマンリソースコンサルティング社)による本書は、SHRM(戦略的人材マネジメント)がテーマですが、制度に踏み込んで書かれているため、書名どおり実践的です。
執行役員制=大企業のものというイメージがある中で、中堅・中小企業に対する経営改革、取締役制度改革の一環としての執行役員制を、そのメリットや形態と併せて提唱しています。


年俸制は、大企業の管理職層を中心に'90年代中盤から2000年にかけて一気に導入が進みましたが、年俸制にテーマを絞った実務者向けの書籍は意外に少ないのではないかと思います。
大久保幸夫 氏


舞田竜宣 氏
"10年後"と言うよりは、現在の人事制度の方向性とこれからの人事部のあり方といったところでしょうか。
著者は本書で、成果主義は人材育成機能を破壊し、すべての成果主義は失敗すると断定し、 〈育てる経営〉を目ざすならば、社員の生活を守り、次の仕事の内容で報いるシステム「日本型年功制」を再構築すべきだと主張しています。
城 繁幸 氏 

城繁幸氏
元富士通の人事部社員の手によるもので暴露本という見方もできますが、「成果主義」の導入に伴う様々な問題点を具体的に指摘していて参考になりました。
産学協同(主催は人材会社)で行われたCHO(チーフ・ヒューマン・オフィサー)研究会の成果をまとめたものです。
基本的には、これからのCHO(「人事部(長)」と言った方がいい)の役割が、「管理エキスパート」であることに加えて、「戦略パートナー・変革エージェント」であるべきだという本書の趣旨には賛同します(「サーバント・リーダー」という言葉は、あまり好きになれない。一方で「従業員チャンピオン」であるべきも言っているし)。
高橋 伸夫 氏(略歴下記)

江波戸哲夫 氏 (作家)

成果主義が陥りやすい過ちを、米国の職務主義の失敗やビジョニングによる成功例などを引き合いにしながら指摘しています。 
日下 公人 氏 



本書の中で秀逸だと感じたのは、本書の主テーマよりもその周辺部分の説明にあたるのかも知れませんが、普通の会社でよくある、人と組織に関する様々な非合理的な事象に対する、著者の冷静な観察と分析で、例えば次のようなものです。
田中 滋 氏
著者の1人田中滋氏は、コンピテンシーモデルなどで知られる〈ヘイ・コンサルティング〉の社長で、当然予想されることながら、本書の前半部分で、日本企業の年功序列や終身雇用を厳しく批判しています。
清家 篤 氏 (略歴下記)
著者は「生涯現役社会」の提唱者であり、本書でも定年制の非合理性とそれを廃止することのメリットを説いています。

森永 卓郎 氏(略歴下記)
どうしてこういうタイトルにしたかと言うと、出版当時においては「成果主義」という言葉がまだ"市民権"を得ていないという著者の判断だったそうです。
本書は'99年の出版ですが、終身雇用・年功序列の崩壊、失業率の上昇、転職・独立の気運、雇用の流動化により変化していく会社と社員の関係、多様化するだろう就業形態を見据え、そうした中で企業はどうすれば良いのか、また個人は「プロ人材」としてどう生きていくかを提唱したものでした。
これを読み、なるほど、わかりやすく的確な指摘だと思った記憶があります。
牧野 昇 氏 (略歴下記)
『新時代の「日本的経営」―挑戦すべき方向とその具体策』 ['95年]
この中で最も知られるところとなったのが、
'05年に79歳で亡くなった津田眞澂・一橋大名誉教授は、日本的経営論や人事管理論、労使関係論の権威でしたが、日本的人事管理に関する多くの著作を残されました(下段参照)。





