2006年8月 Archives

「●教育」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1315】 瀬川 松子 『中学受験の失敗学

平凡でも「ルール」として教え込むことで得られる効果。「ハリ・ポタ」のクラス間の点取り合戦みたいな感じも。

あたりまえだけど、とても大切なこと.jpgあたりまえだけど、とても大切なこと』(2004/06 草思社)クラーク.jpg ロン・クラーク氏

 著者は大学を出て世界中を放浪した後、たまたま'95年に小学校教師となってハーレムの問題児が多い学級を担当しますが、学級を立て直すために、祖母から教わった礼儀作法をルールにして生徒たちに教え込みます。
 この本にあるのはその50のルールなのですが、のっけから「大人の質問には礼儀正しく答えよう」といった平凡なものが出てきます。
 これが最も重要なルール、ということですが、その「効果」(成果?)が凄くて、ニューヨーク市一帯から応募がある募集者数30の難関中学校の面接試験に、著者のクラスから12人受けて全員が合格したという。

 こうした調子で、
 「口をふさいで咳をしよう」
 「何かもらったら3秒以内にお礼を言おう」
 「だれかとぶつかったらあやまろう」
 といったルールが、具体例やその「効果」(成果)とともに紹介されています。
 著者の教室の子どもたちは、態度も変わり、成績も全米トップクラスとなり、地域貢献プロジェクトを実施し、ついにホワイトハウスにクラス全員が招かれるという...(少しアメリカン・ドリーム的な描き方ではあるのですが)。

 日本にもそうした落ちこぼれ学級を活力と秩序ある学級に蘇らせた先生の話はありますが、放っておいても身につくような平凡なことでも(これが実際には身につかなかったりする)「ルール」として教え込むというところが著者の特徴でしょうか。
 もちろん素早く態度で示す判断力、行動力も必要だし、継続する意志力も大切。こうなってくると教師個人の資質的なものを感じます。

 著者は'00年に「全米最優秀教師賞」を受賞したそうですが、これは国ではなく民間(ディズニー)で定めた賞です。
 日本でも民間で決めるならばあってもいいかなと思いますが(家庭教師派遣会社などで似たようなものがありますが、ほとんど販促用の人気投票みたいなものになっている)、まずムリでしょう。

 また一方で、著者の教育法は旧来の「アメとムチ」方式に過ぎないのではないかという批判も米国ではあるようです。
 自分自身もそのことは大いに感じ、自分が「ハリー・ポッター」シリーズのクラス間の点取り合戦的なところが好きになれない理由と同じような要素も、この本にはあると...。

 でも、学校でカリキュラムをこなすことだけに汲々としながら授業をしている教師も多いわけで、家庭の役割か学校の役割かを問う前に、子どものために考えてみなければならないことも多いと思いました。

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「陰山先生」がいいのか「糸山先生」がいいのかと言うよりも...。

新・絶対学力.jpg  『新・絶対学力―視考力で子供は伸びる』 ('04年/文春ネスコ ) 絶対学力.jpg 『絶対学力―「9歳の壁」をどう突破していくか?』 ('03年/文春ネスコ)

 著者は、塾講師に教え方を指導する仕事などをしている人。前著『絶対学力』('03年/文春ネスコ)で、基礎学力とは計算を速くしたり、漢字を暗記することではなく、教育とは人生を楽しむことができる力を育てることだとし、「教科書の音読・漢字の書き取り・計算ドリル」を「お粗末3点セット」と批判したことで話題になりました(この批判が、陰山英男氏の「百ます計算」や「公文式」に向けられているのは明らか)。

 本書ではこの考え方をさらに進め、「イメージ」できれば「考える力を伸ばせる」とし、「視考力」という言葉でそれを言い表しています。具体例として文章問題の解き方などを示していて、なるほど「読み書き計算」の反復練習だけでは、こうした問題を解くための「考える力」はつかないかも、と思いました。

 陰山氏も公文も「生きていく上での基礎的能力」「生きる力」などという言い方をしています。
 結局のところ、親がどの言い分にフィット感を感じるかだけであって、子どもに対しては、単に学習させる方法の違いになるのではという気もします。
 「陰山先生」もこの「糸山先生」も家庭学習の重要性を説いています。
 陰山先生だって「百ます計算」が全てだと言っているわけではないし、糸山先生だって、行き着くところは「ドリル」なのです。
 多くの親は、子どもの得手不得手などを見ながら、両者の良い点を取り入れようとするのではないでしょうか。

 「百ます計算」が悪いとは思いませんが、一つの方法論が絶対視されるのは、何だか気持ち悪い。だから、こうした違った方法論が出てくるのはいいことだと考えます。
 こうした方法論を「生きる力」とともに唱える論者が、一部の親から"教祖"視されるのは、ある程度やむを得ないのかも。
 教師はある程度、冷静でいて欲しいと思います。
 新たな方法論が話題になるたびに、教師に「目からウロコ」と感動されていたのでは、ついていく生徒の方がシンドイ。

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たいへん真っ当な内容という印象を受けたが、実行するのはナカナカ...。

学力は家庭で伸びる.jpg  『学力は家庭で伸びる―今すぐ親ができること41』 (2003/04 小学館) 本当の学力をつける本.jpg 『本当の学力をつける本―学校でできること 家庭でできること』 (2002/03 文藝春秋)

 著者は「百ます計算」「読み書き計算」ですっかり有名になりましたが、本書は家庭内におけるルールブックであり、「学力」というものを「生きる力」というふうに広く捉えた教育論になっています。

 「習い事が多くても週3日を限度に」とか「食事のときはテレビを消す」とか「運動会で我が子をビデオで追いかけ回さない」とか、たいへん真っ当な内容であるという印象を受けました。
 「百ます計算は効果が出るまで続ける」なんてのもありますが、全体を通して、自らの試行錯誤の上に築いた信念と熱意が感じられるし、基礎体力や親子の触れ合いを大切にする一方で、過干渉を戒めるなど、バランスがとれていると思いました。
 「陰山メソッド」を簡単に言い表わせば、「読み書き計算」+「早寝・早起き・朝ご飯」ということになるのでしょうか。

 少し気になったのは、〈編者らしきが挿入している文章〉にある「山口小学校の奇跡」とかいった言葉の端々に、出版社の思惑が見えることです。
 この本の前にも、 『子供は無限に伸びる』('02年/PHP研究所)、『本当の学力をつける本』('02年/文藝春秋)を出していて、後者は発行後2年半で50万部を超える売り上げを記録し、この『学力は...』もそうですが、この後に出た本も続々とベストセラーになっています。
 何だか出版社が布教する「陰山教」みたいな感じもしないでもありません。

 それと気になるのは、書いてあることを実際にやろうとすると、家庭も〈学校化〉しなければならない気もして、結構たいへんかもしれないという感じもするのです。
 母親向けの女性誌「マフィン」に連載されたものがベースとなっているそうですが、仕事を持っている母親に対する視点などはあまり感じられなかったのが残念でした。

【2007年文庫化[小学館文庫]】

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"現場教師の作戦参謀"が敢えて広く世間に議論を求めた本か。

子どもよりも親が怖い.jpg 『子どもよりも親が怖い―カウンセラーが聞いた教師の本音 プレイブックス・インテリジェンス』 〔'02年〕

諸富 祥彦.jpg 著者の諸富祥彦氏は、トランスパーソナル心理学(現代心理学とスピリチュアリティを統合した心理学)が専門の大学の先生であり、臨床床心理士であると同時に教育カウンセラーでもあり、この本は教育現場の教師の立場から、学校にすべての責任を押し付ける傾向にある親に対する批判の書となっています。

 実際「子ども」よりも「親」が教師の悩みの種という状況は、かなり多くあるのでしょう。「困った親」のタイプを本書で列挙していますが、こうした親が増えているのかも知れないと思わせるものです。
 もちろん校長や一部教師にも問題人物がいることを、具体例をあげて示していますが、著者の基本スタンスは「問題の子どもの背後には問題の親がいる」ということではないかと思われます。

 こうして一般書として刊行された場合、より多くの教師の目に留まり、自分を追い込みがちだった教師の救いになる可能性も高くなる一方、多くの親たちの目に触れるので、その場合に親たちの自省を促すだけの説得力のある内容になっているかどうか、やや疑問も残りました。

 最終章に「親と教師でおこなう学校改革13の提言」を掲げていますが、「親こそ教育の主体である」「親と教師。必要なのは信頼できる関係づくり」などやや抽象的で(部分的には具体的な提案もありますが)、最後にはスピリチュアリズムっぽい話になってしまいます。
 
 著者のホームページのプロフィール紹介には、「時代の精神(ニヒリズム)と闘うカウンセラー、現場教師の作戦参謀。」とあり、教師向けには『教師がつらくなった時に読む本』(諸富祥彦教師を支える会編/'00年/学陽書房)なども出しているので、この新書本は行動派の著者が、敢えて広く世間に議論を求めた本と解せないでもありませんが、教師寄りの立場が鮮明なだけに、どう親に読まれるか危惧も感じます。

《読書MEMO》
●親の世代間格差(30-35p)...
 1.教師に協力的な「山口百恵」世代
 2.自己中心的な「松田聖子」世代
 3.我慢することを知らない「浜崎あゆみ」世代
●親のタイプ(84-90p)...
 1.優等型の親に多い「支配型」...幼稚園などで他の子に対しても細かく注意する
 2.「家来型」...子供はわがままに
 3.「放任型」...子供が非行に走りやすい
●理不尽なことを言ってくる親に説得は通じない。まず、相手の話を聴くこと(158p)

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示唆に富み、説得力もある。やや感動的で、やや複雑な思いも。

本当の学力をつける本.jpg本当の学力をつける本―学校でできること 家庭でできること』 ['02年/文藝春秋] 見える学力,見えない学力.jpg 岸本裕史 『見える学力、見えない学力 (国民文庫―現代の教養)』 ['96年/大月書店]

陰山英男.jpg '02年出版の本書はベストセラーになり、著者である陰山英男氏の「百ます計算」や「陰山メッソッド」は広く世に知られることになりますが、本書執筆時には著者は未だ、兵庫の進学塾もない山あいの小学校の一教諭でした。

陰山 英男 氏

 著者が本書でも提唱している「百ます計算」は、 『見える学力 見えない学力』('96年/大月書店)という著作がある岸本裕史氏が創案したものですが、本書の内容は、方法論だけでなく、学力観から教育の姿勢まで、著者が師とする岸本氏の主張と重なり、著者は岸本氏の考え方の良き実践者であり伝道者であるという印象を受けました。

 岸本氏は「読み書き計算」に代表される基礎学力を重視し、「落ちこぼれをなくすにはどうすればよいか」といことを常に課題としてきた方ですが、本書の基本姿勢も同じ。家庭における教育や生活環境の重要性を力説する点も同じ。
 ただし単なる賛同意見ではなく、10年以上にわたる実践を経て得た成果と確信に基づいての主張となっていて、示唆に富み、説得力もあります。

 また本書を通じて、教師が学習指導要領という枠の中で苦闘し、ゆとり教育と学力低下の間で悩んでいる実態も窺えます。
 少人数学級と不適格教師の問題にも触れている(つまり少人数学級の促進が不適格教師を"生き延び"させることに繋がることがあるという問題)。

 最終章に「反復練習」を基本とした実践が全国に拡がっていく過程が書かれていますが、親の学歴や収入などによって進路が左右されたり、学力をつける機会を失ったりすることがないようにという公立校の一教諭(もちろん著者のことですが)の熱意がベースにあったと思うとやや感動的ではありました。

 ただ、この本の帯に「有名大学合格者が続出」「驚異的に伸びる!」といった文字が躍っているのを見ると、1つの方法論に親が傾倒し、小学校が「百マス計算」を入学案内の謳い文句にするような流れとあわせ、やや複雑な思いもします。

 【2009年文庫化[文春文庫]】

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中学入試国語読解問題を気鋭の国文学者とともに解く。

秘伝 中学入試国語読解法.jpg 『秘伝 中学入試国語読解法 (新潮選書)』 パパは塾長さん.jpg 〔'93年増補版〕 中学受験で子供と遊ぼう.jpg 『中学受験で子供と遊ぼう (文春文庫)』 〔03年〕

 中学受験を親子で乗り切った体験記というのは多いのですが、中学受験率が20パーセントに迫る昨今、売れ筋の本というのは毎年出ています。
 その中で一定の評価が定まっているものに、
 ◆三田誠広 著 『パパは塾長さん―父と子の中学受験』('88年('93年増補版)河出書房新社)、
 ◆高橋秀樹 著 『中学受験で子供と遊ぼう』('00年/日本経済新聞社)、
 ◆石原千秋 著 『秘伝 中学入試国語読解法』('99年/新潮社)
 があります。
 三田本、高橋本、石原本などと呼ばれていますが、いずれも父親が書いている点が共通していて、子どもは目出たく志望校に合格します。
 私立"御三家"と呼ばれるのが開成・麻布・武蔵ですが、これらの本での合格校は、順に駒場東邦、武蔵、桐朋となっています(ただし、駒場東邦も桐朋も"新御三家"と呼ばれる難関校)。
 個人的には、芥川賞作家の書いた「三田本」や大学教授の書いた「石原本」より、テレビ局社員の書いた「高橋本」に親近感を覚えました。

 3冊とも、受験教育の現状を無批判に肯定しているわけではないのですが、まず子どもを希望のところへ入れてやりたいという親心は伝わってきます。
 ただしこの「石原本」には大きな特徴があって、約400ページある本の後半230ページが、中学入試国語読解問題の例題を気鋭の国文学者(夏目漱石研究などで有名)である著者が解いていくという内容になっているのです。
 これが結構スリリング。読みながら一緒に解いてみて、たいへんいい読解訓練になりました。ホントに。
 中には、解答が特定できないものもあります。
 また出題者の意図を読むうちに、国語教育が子どもに求めているものも朧気ながら見えてきます。
 その辺りの画一性が著者の言いたいポイントなのですが、同時に試験問題を解くカギにもなっています。
 読者は試験問題のあり方を「批判」するよりも、子どもを「順応」させることを先ず考えるのではないでしょうか。

 それにしても難問揃い! 専門分野の大学教授さえ四苦八苦するものを小学生に解かせているのが、有名校の受験問題の実態です。

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「百マス計算」の創案者による教育論。しっかりとした理念がある。

見える学力、見えない学力.jpg  『見える学力、見えない学力 (国民文庫)』 [改訂版] photo.jpg 岸本 裕史 (1930‐2006/享年76)

 本書では、生きていく上での基礎的能力として、基礎的な体力・運動能力、感応表現力、そして基礎学力を挙げています。
 テストや通知簿で示される学力は「見える学力」であり、その「見える学力」の土台にはこうした「見えない学力」、つまり基礎学力があり、「見えない学力」を太らせなければ「見える学力」も伸びないと。そして、読む能力、書く能力、計算する能力が基礎学力の3つの源泉だとしています。

 著者は元小学校教諭で、「百マス計算」の創案者です。本書の終わりの方で、方法論の1つとして「百マス計算」が紹介されています(「百マス計算」は教師の言う通りにやらない生徒の考案であったことが明かされている)。
 しかし本書全体としては、子どもの自立性や他者を思いやる気持ちを育てること、そしてそのためには家庭での生活習慣が大切であることを説く教育論となっています。
 特に、学力の土台は言語能力であるとし、読書習慣の重要性を力説しています。
                                                   
 本書の初版は'81(昭和56)年で、その頃から「読み書き計算」の重要性を述べていたわけですが、それ以上に、著者の理念と経験に基づく学力観、子どもの成長やしつけに関する多面的な見方、低学力によって子どもの機会が失われることがないようにという思いなどが伝わってくる良書であると思います。

 【1981年初版文庫・1996年改訂[国民文庫]/1994年単行本化[大月書店]】

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「●中公新書」の インデックッスへ

実験に基づく興味深い考察に、著者の学際的視点が生きている。

子どもはことばをからだで覚える.jpg         正高.jpg 正高 信男 氏 (HPより)
子どもはことばをからだで覚える―メロディから意味の世界へ (中公新書)』  
                                                     
 子どもはどうやって言葉を獲得するのだろうか。著者によると、赤ん坊は母親の声から単語のまとまりを感じ取り、意味を理解し、やがて自ら用いることになうという。どうやって感じ取るかというと、協和音を生得的に好むからだそうです。
 つまり人間の声というのは和音なのです。だから、雑多な物音の中から母親の声だけを聞き分けることができる。
 赤ん坊がモーツァルトを聴くことを好むのは、モーツァルトの曲に和音が巧みに用いられているからのようです。

 そのほかにも、子どもの記憶、発声、指差しといった行動がどういうメカニズムで為されるのかを様々な実験を通して考察していて、最後に言葉の意味がどうやって理解されるのかを、近年注目を集めている「言語モジュール」論や「ワーキング・メモリー」の概念モデルから説いています。

 著者は京都大学霊長類研究所助教授で専攻は比較行動学ですが、『父親力』('02年/中公新書)や『ケータイを持ったサル』('03年/中公新書)など、専門を超え、社会学・心理学にまで踏み込んだ一般向け著書もあります。
 それらの内容については賛否があるようですが(特に『ケータイを持ったサル』は"問題書籍"というか"問題にすらならない本"ではないかと思うのですが)、本書に限って言えば、著者の専門領域をさほど超えない範囲で、その学際的視点が生きているように思えました。

《読書MEMO》
●胎児に聞こえるのは、母体の血液の流れや心拍の音と妊婦自身の声だけ(胎児にモーツァルトを聴かせても聞こえはしない)(3p)
●新生児はモーツァルトが好き(和音を好む。人間の声が和音で構成されているため、生得的にそうした嗜好になっている)(14p)

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核家族化社会の中で育児不安に陥りがちな現代の子育て中の親に。

子どもへのまなざし.jpg img alt=  『子どもへのまなざし』 『続 子どもへのまなざし』 (1998/07・2001/02 福音館書店)

 著者は豊富な臨床経験を持つ児童精神科医で、日本における自閉症の研究・療育の権威でもあります。
 本書がカバーするのは胎児教育から幼児保育、初等教育まで幅広いのですが、とりわけ乳幼児期の育児の大切さを強く説いています。
 親や保母たちに語りかけるようなわかりやすい言葉で書かれていて、核家族化社会の中で育児不安に陥りがちな現代の子育て中の親は、本書を読むことで精神安定剤的な効果が得られるのではないかと思います。

 しかし語り口こそソフトですが、漠たる話を連ねているわけではなく、子どもに対する親の依存の問題、そこから派生する幼児虐待や過剰期待(早期教育)の問題とそれらに対する著者の考えを示す一方、最近の胎児学や発達心理学の研究でわかってきたことを、実例をあげて紹介しています。
 さらには、近年目立つ不登校児やすぐに「キレる」子の問題にも触れています。

 親や周囲の人の子どもへの接し方を重視し、幼児教育の諸問題を現代の社会が孕む問題と対照させながら語るところが、故松田道雄氏と非常に共通しているという印象を受けました。

 本書についての読者からの質問に答えるという形で3年後に出された『続 子どもへのまなざし』('01年)は、前著の反響の大きさを示すとともに、質問者の不安を十分に取り除くかのような懇切丁寧な回答ぶりで、新生児の母親からの隔離や母乳で育てるのがいいのかといった問題から、さらには不登校や家庭内暴力などの社会的問題、父親・母親が家庭内で果たす役割、障害児との接し方などについての、いずれも具体的な示唆に富むものでした。
 
 2冊とも表紙絵、挿画は「ぐりとぐら」シリーズの山脇百合子氏によるもので(出版社が福音館書店ということもあるのかも)、なかなか味があります。
 セットで出産祝いの贈り物にする人も多いとか。いいかも。

《読書MEMO》
●児童虐待は母親による場合が最も多く、どの事例も例外なく母親が孤独(38p)
●おかあさんが妊娠中によく歌っていた歌で子守をするとよい。(90p)
●赤ちゃんが泣いても、親が放っておけば、だんだん赤ちゃんは、泣いて訴えることをしなくなる。そういう赤ちゃんを、手のかからないいい子だと思ってしまいがちだが、そうではない(親に対する不信感と自分自身に対する無力感でそうなっているだけ)。いつまでも泣き続け自分の要求を伝えようとする赤ちゃんこそ、努力家で頑張り屋になる。(115-121p)
●文化人類学者の指摘では、人種や国とは無関係に、物質的・経済的に豊かな社会に住んでいる人間ほど外罰(他罰)的になるという(269p)
●ローナ・ウィング(英国の自閉症研究の世界的第一人者)は重症の自閉症の娘を持ったお母さん(続・323p)
●3こコマ漫画のような実験「サリーとアンの実験」について(続・325p)
●自閉症の人は、数字の並びを逆順にいうのが得意(空間的記憶)(続・337p)

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示唆に富む「翻訳モノ育児書」の定番。個人的に気になった点が...。

決定版 ホワイト博士の育児書.jpg  『決定版 ホワイト博士の育児書―3歳までに親がすべきこと』 (1997/05 くもん出版)

 「翻訳モノ育児書」では一番安定した人気で改版を重ねているのが本書ではないでしょうか。

スポック博士の育児書.jpgダドソン博士の子育て百科.jpg この他に『スポック博士の育児書』('97年改訂版/暮しの手帖社)というのも人気ですが、「スポック博士」の方は、早期離乳の問題などが批判の対象にもなっているようです(博士の子どもがグレたという話も聞く)。
 更にこの他に、『ダドソン博士の子育て百科』('96年/あすなろ書房)も悪くなかったですが、5歳までをカバーしている分、「ホワイト博士」に比べ "育児"心理学と言うより "教育"心理学的な内容かなという印象を受けます。
 まあ、育児書には親の精神安定剤的役割もあり、読まなくても子は子で育つのだとは思いますが...。 

スポック博士の育児書』 『ダドソン博士の子育て百科

 本書は、豊富な臨床経験と発達心理学の観点から様々な示唆を与えてくれるには違いありませんが、1つ気になったと言うか興味を持ったのは、トイレの躾に関して、フロイトの幼児期の発達段階説(「肛門期」段階など)などを実証する証拠が見出だせなかったとしていることです。
 本書でも引用されているエリクソンも、このフロイト学説の影響を受けているはずだと思いますが、結局フロイトの言う「口唇期」とか「尿道期」とか所謂"幼児性欲"って何だったのでしょうか。

 もう1つ気になったのは、(こっちの方が大問題ですが)著者が、年の近い(3年以上間が離れない)きょうだいを非常に問題視していることです。
 全編に専門家としての冷静さと親に対する細やかな配慮がみられる本書の中で、この問題についてだけ、かなり"お手上げ"気味なのが気になりました。

《読書MEMO》
●「もう一度はっきり言いましょう。年の近いきょうだいの問題は。いろいろ努力すれば多少は緩和できるでしょうが、一人っ子の場合やきょうだいの年が離れている場合ほど楽な状況にする手だてはないのです。」(353p)

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河合氏が児童文学に触れて書いたものではベスト。

子どもの宇宙.jpg 『子どもの宇宙 (岩波新書)』 〔'87年〕

 河合隼雄氏が児童文学について書いているものは、この新書の出版前後にも何冊か文庫化されていて、いずれも素晴らしい内容です。
 ただしそれらが過去に各所で発表したものを再編したものであるの対し、本書は丸々1冊書き下ろしであり、まとまりと深みにおいてベスト、渾身の1冊だと思います。

 子どもと、家族・秘密・動物・時空・老人・死・異性という7つのテーマに全体を切り分け、子どもの世界にこれらがどう関わるのか、著者の深い洞察を展開しています。
 そして、その中で家出や登校拒否などの今日的問題を扱いつつ、優れた児童文学に触れ、それらから得られるものを解き明かし、読者に子どもの持つ豊かな可能性を示しています。

日本幻想文学集成13・小川未明.jpg 児童文学について書かれた従来の氏の著作に比べ、遊戯療法や夢分析の事例など、臨床心理学者としての視点が前面に出ている一方、育児・児童教育についての示唆も得られる本です。
 もちろん児童文学案内としても読め、本書の中で紹介された本は、是非とも読んでみたくなります。

 ちなみに個人的に一番強い関心を抱いたのは、太郎という7歳で病気で死んでいく子どもの眼から見た世界を描いた小川未明の「金の輪」で、この極めて短く、かつ謎めいた作品を、小川未明の多くの作品の中から河合氏が選んだこと自体興味深かったですが、河合氏なりの解題を読んで、ナルホドと。
 
《読書MEMO》
あのころはフリードリヒがいた.jpgトムは真夜中の庭で.jpg時の旅人1.jpg●主要紹介図書...
 ◆カニグズバーグ『クローディアの秘密』...美術館に家出する
 ◆『ジョコンダ夫人の肖像』
 ◆バーネット『秘密の花園』
 ◆ピアス『トムは真夜中の庭で』『まぼろしの小さい犬』
 ◆アトリー『時の旅人』
 ◆小川未明『金の輪』...死んでいく子どもの眼から見た世界
 ◆リヒター『あのころはフリードリヒがいた』
 ◆コルシュノウ『だれが君を殺したのか』

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時を経ても現代に通じるものが多く、それは驚きに近い。

母親のための人生論.gif 『母親のための人生論 (岩波新書 C (140))』 〔'64年〕 私は赤ちゃん.jpg 『私は赤ちゃん』 〔'60年〕

定本育児の百科.jpg定本育児の百科』 

 ロングセラー『育児の百科』(岩波書店)の著者として知られる松田道雄(1908‐1998)は、小児科医でしたがアカデミズムの世界では在野の人でした。
 本書は、同じく岩波新書の『私は赤ちゃん』('60年)、『私は二歳』('61年)がベストセラーになった後、1964年に出版されたものですが、一部に時代を感じるものの、子育てをする母親に対する示唆という点では、時を経ても現代に通じるものが多く、それは驚きと言ってもいいぐらいです。
 まさに、松田道雄が現代に語りかけているように思えるのです。

 内容は、子育て・教育・家庭問題から文化・芸術論、人生観・死生観まで多彩です。
 個人的には、お稽古ごとについて親バカを大切な楽天主義だと肯定し、保育園と家庭の役割ついて集団教育と家庭教育は別のものとし、虚栄心からと見える行為は向上心の表れであることも多いことを指摘し、アイバンク登録した中学生に率直に敬意を示す、といった著者の姿勢にたいへん共感しました。

 章の合間に入る京都に関するエッセイも楽しい。
 男性が読んでも得るところが大いにある本だと思いますし、家族社会学などに関心がある人には特にお薦めです。
 
《読書MEMO》
●おけいこごと...親ばかは大切な楽天主義(42p)
●理想論の立場...住環境の夢と現実、向上心(88p)
●保母さんとお母さん...集団教育は家庭教育とは別なもの(103p)
●京都のお菓子...宮廷との結びつきが強い(114p)
●京都の食べ物...金さえ持っていれば誰でも楽しめることを、自分の特技のように吹聴するのは悪趣味(154p)
●女らしいということ...根気のいる仕事は女性が得意(220p)
●細君の虚栄心...向上心の表れであることも多い(236p)
●中学生のアイバンク登録...死後も明るいという錯覚にとらわれていない(252p)

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児童虐待は犯罪であるという立場で貫かれているルポルタージュ。

殺さないで 児童虐待という犯罪.jpg  『殺さないで―児童虐待という犯罪』 (2002/09 中央法規出版)

 「毎日新聞」の連載を単行本化したもので、2001(平成13)年・第44回「日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞」受賞作。

本書に書かれている虐待例は、何れも幼児の「死」という結果のみならず、その過程において凄惨極まりないものですが、死んでいった子どもたちにとって、この世に生まれてきたということはどういうことだったのか、考えずにはおれません。

 こうした事件の判決がほとんど殺人ではなく傷害致死罪であり、驚くほど刑が軽いことを本書で知りました。
 児童虐待が起こる原因を家族心理学的に分析する動きは以前からありますが、本書にもあるとおり、最近は弁護側が、親がAC(アダルトチルドレン)であったことを主張するケースもままあるそうです。

 相談所が事前把握していた事実を伏せる、警察が民事不介入を盾に動かない、防止に力をいれた入れた地域や自治体では虐待事件が多くなる(つまりその他の地域では事件として扱われない)等々、周辺課題も本書は指摘しています。

 児童虐待防止法は制定されましたが、「児童虐待は犯罪である」という姿勢に立ち返る意味でも、本書を再読する価値はあるかと思います。

《読書MEMO》
●ター君(6歳)を裸のまま雪に埋めて記念撮影した親(埼玉県富士見市)/3人がかりで大輔ちゃん(5歳)暴行を加えワサビを口に押し込み、タバコを押し付けた(栃木県小山市)-母親も居候先の女もアダルトチルドレン→ほとんどが傷害致死罪。弁護側が親がACであったことを主張することもままある
●児童虐待の種類...身体的虐待/性的虐待/ネグレクト/心理的虐待
●大きなニュースにならない理由...虐待事件で死んでも、損害賠償請求をする人がいない。相談所が事前に把握していたというニュースは報じられにくい傾向
●虐待防止に大きな予算をつけた都道府県ほど虐待事件が多い(顕在化)
●厚生省児童家庭局の98年度のテーマは少子化(育児をしない男を父とは呼ばない)だった。ポスター・CMで5億円投下。
●児童虐待防止法(2001年11月施行)で児童相談所の権限が強化されても、予算や人員不足では動けない。また親の更正や再発防止策は手つかずのまま。アメリカでは虐待した親はケアや教育を受けねばならず、再発した場合は担当職員が資格剥奪されることも。日本では児童相談所の職員が責任を取らされることはない

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個々の指摘は重いが、虐待をイデオロギー問題化するのはどうか。

マンガ%20子ども虐待出口あり.jpg 『マンガ 子ども虐待出口あり』 (2001/12 講談社)

 臨床心理士でAC(アダルトチルドレン)研究で知られる著者と、著者にクライエンとして接し、自らACと自覚したイラストレーター「イラ姫」の対談で(マンガではない)、幼児期に虐待を受け社会的不調和に悩む人や、今現在育児に悩む人の立場で書かれています。
 この手の本に従来なかったストレート・トークで、内容も「イラ姫」によるイラストもユーモアいっぱい(?)。
 一方で、1週間で20ケースぐらい死んでいる(表面化せず突然死で処理されている)(29p)との著者の指摘は重く、「虐待」は親が、支配欲を満足させるなど、自分のためにやっている(だから英語でチャイルド・アビューズ(乱用)という)(32p)という話には頷かされます。ただし―。

 ACとは元々米国で、Adult Children of Alcoholics (アル中の親に育てられた大人)という意味だったのが、Adult Children Of Dysfunctional family (「機能不全家族」の下で育った大人)となり、それが日本のメンタルケア現場では、著者の『アダルト・チルドレン完全理解』('96年/三五館)などの著作により、幼少時代から親から正当な愛情を受けられず、身体的・精神的虐待を受け続けて成人し、社会生活に対する違和感や子ども時代の心的ダメージに悩み、苦しみを持つ人々全般とされるようになりました。
 しかしこれは、日本だけの「拡大解釈」です。
 
 本書では「機能不全家族」という言葉に対して、「まるで機能十全家族があるような錯覚を与える」と批判していますが、これはある意味、著者の「拡大解釈」の補強にもなっています。
 つまり信田理論だと、カウンセリングなどの支援が必要だと本人が自覚すれば、その多くはACになってしまう...。
 そのことを受容することで悩みから脱するという効果を実践現場で痛感し、その代表選手として「イラ姫」が対談相手としている、ということなのかも知れませんが。

 著者の師匠である精神科医の斎藤学(さとる)氏の著作には、『家族依存症-仕事中毒から過食まで』('89年/誠信書房、'99年/新潮文庫)など、現代の家族関係についての多くの示唆に富むものがあります。
 しかし本書では、著者が子どもへの虐待を、「資本家-労働者」「男-女」と並ぶ「親-子」の支配構造の結果と捉えていることでフェニミズム色が濃くなっていて、また、子どもへの虐待を今ことさらイデオロギー問題化する必要がどこにあるのかという気もしました。

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虐待の多様な現実と被虐待児や親などへのケアの重要性を訴える。

凍りついた瞳(め).jpg            親になるほど難しいことはない.jpg
凍りついた瞳(め)―子ども虐待ドキュメンタリー』ソフトカバー版 ['96年]/椎名篤子『親になるほど難しいことはない―「子ども虐待」の真実 (集英社文庫)

 本書はの'94年9月号の雑誌「YOU」に発表され、以降10回にわたって連載されたノンフィクション漫画ですが、描かれている「虐待」問題というテーマは重く、「児童虐待防止法」制定への大きな推進力になったとされるほどの反響を呼びました。

 作者は、本書の元になった椎名篤子氏の『親になるほど難しいことはない』('93年/講談社)という虐待の実態をレポートしたノンフィクションと偶然出合い(たまたま入った喫茶店に置いてあった)、作品イメージが噴出するとともに、この内容を多くの人に伝えねばと、ほとんど"啓示的"に思ったそうです。

 虐待問題に関わった保健婦や医師、ケースワーカーなどの視点から8つのケースが取り上げられ(身体的虐待だけでなくネグレクトや性的虐待も含む)、解決に至らなかったケースもあれば、医師、保健婦、ケースワーカーらの洞察と親や子へのケア、関係機関との連携などにより、母子関係を修復し、子の将来に明るい兆しが見えたものもあります。

 センセーショナリズムに走らず、虐待の背後にあるDVなどの夫婦関係や親自身の養育歴の問題を、家族カウンセリングなどを通してじっくり描き、関係者が、いっそ親子を引き離した方が子のためではと思いながらも、根気よく母親を援助し、母親が愛情を回復することで子供が少しずつ明るくなっていくという話は感動的です。

 親にすべての責任を押し付け、また(女性漫画誌に連載されたということもあるが)親自身がそう思い込むことは問題の解決にならないことをこの漫画は教えてくれ、虐待を受けた子や親などへのケアとその後の支援の必要を訴えています。
 
 しかし一方で、虐待しているという意識さえない"未成熟"な親や、児童相談所の対応の拙さ(本書でも多々出てくる)などのために、子供を救うことができなかったケース(といって親や児相は何か罰を受けるわけではない!)などを考えると、虐待は「犯罪」であるという社会的意識を強化することも大切ではないかと思いました。 

 【1995年愛蔵版・1996年ソフトカバー版{集英社]】

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「凶悪犯」を厳罰に処すという予め想定された結論に向かう裁判。

自閉症裁判2.jpg  『自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』 (2005/03 洋泉社)

 '01年4月に浅草で発生した女子短大生殺人事件は、「レッサーパンダ帽の男」による凶悪な犯行として世間を騒がせましたが、男が高等養護学校の出身者で知的障害があり、自閉症の疑いが強いことは、当初マスコミでは報道されませんでした。

 本書はこの事件の東京地裁判決(無期懲役)に至るまでの3年間の公判を追ったルポルタージュですが、審理過程で、男が「自閉症者」なのか「自閉的傾向」があるに過ぎないのかで、弁護側と検察側の分析医の間で激しい意見の対立があったことや、更には、判決に大きな影響を与えた警察の調書が、取調官の先入観による"作文"的要素が強いものであることなどを、本書を読んで知りました。

 著者は養護学校教員を21年間務めた後に'01年4月にフリージャーナリストになった人で、経歴上、弁護寄りの立場から裁判を見るのは自然なことですが、敢えて被害者側の家族に対しても真摯に取材し、その悲しみの大きさを伝え、男が負わねばならない「罪と罰」の重さを示しています。
 しかし同時に、男が持つ「障害」への理解のないまま進行する裁判の在り方が、同種の犯行の防止に効果があるのだろうかという疑問を呈しています。

 実際に本書を読むと、この裁判は、「凶悪犯」を厳罰に処すという予め想定された結論に向かっているようですが、男がどこまで「罪」を理解しているのかは疑問で(それが「反省の色もない」ということになってしまう)、その場合の「罰」とは何かということを考えさせられます。

 性格破綻者の父親が支配する男の家庭環境は極めて悲惨なものでしたが、男自身に福祉を求める意思能力がなく、硬直した福祉行政の中で孤立し、事件に至ったことは被害者にとっても男にとっても不幸なことだったと思います。
 その中で、それまで男を含め家族を1人家族を支えていた男の妹が、公判中にガン死したというのは、更に悲しさを増す出来事でした。

 事件が起きたゆえに、それまで何ら福祉的支援を受けていなっかた重病の妹が家にいることが明らかになり、民間の「法外」福祉団体のスタッフによっ"救出"され、最後の何ヶ月だけある程度好きなことができたというのが救いですが、それすらも事件があったゆえのことであることを思うと、複雑な気持ちになります。
 
 裁判の結果(判決よりも過程)に対する無力感は禁じ得ませんが、裁判の在り方、福祉行政の在り方に問題を提起し、自閉症についての理解を訴えるとともに、若くして亡くなった2人の女性への鎮魂の書ともなっています。

 【2008年文庫化[朝日文庫]】

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「●岩波新書」の インデックッスへ

一般からは見えにくい裁判官という「人間」に内側から踏み込んだ1冊。

裁判官はなぜ誤るのか.jpg 『裁判官はなぜ誤るのか (岩波新書)』 〔'02年〕 秋山賢三.bmp 秋山 賢三 氏 (弁護士)

 元判事である著者が、裁判官の置かれている状況をもとに、日本ではなぜ起訴された人間が無罪になる確率が諸外国に比べ低いのか、また、なぜ刑事裁判で冤罪事件が発生するのかなどを考察したもの。

 その生活が一般の市民生活から隔絶し、その結果エリート意識は強いが世間のことはよく知らず、ましてや公判まで直接面談することも無い被告人の犯罪に至る心情等には理解を寄せがたいこと、受動的な姿勢と形式マニュアル主義から、検察の調書を鵜呑みにしがちなことなどが指摘されています。

 一方で、絶対数が少ないため1人当たりの業務量は多く、仕事を自宅に持ち帰っての判決書きに追われ、結局こうした「過重労働」を回避するためには手抜きにならざるを得ず、また、身分保障されていると言っても有形無形の圧力があり、そうしたことから小役人化せざるを得ないとも。

 著者自身が関わったケースとして、再審・無罪が確定した「徳島ラジオ商殺し事件」('53年発生、被害者の内縁の妻だった被告女性はいったん懲役刑が確定したが、再審請求により'85年無罪判決。しかし当の女性はすでに亡くなっていた)、再審請求中の「袴田事件」('66年に発生した味噌製造会社の役員一家4人が殺され自宅が放火された事件で、従業員で元プロボクサーの袴田氏の死刑が、'80年に最高裁で確定)、最高裁へ上告した「長崎事件」を代表とする痴漢冤罪事件などが取り上げられています。

 誤審の背景には、裁判官の「罪を犯した者を逃がしていいのか?」という意識が 「疑わしきは被告人の利益に」という〈推定無罪〉の原則を凌駕してしまっている実態があるという著者の分析は、自身の経験からくるだけに説得力があるものです。

 司法改革はやらねばならないことだとは思いますが、弁護士の数を増やすことが裁判官の質の低下を招き、訴訟の迅速化を図ることが冤罪の多発を招く恐れもあることを考えると、なかなか制度だけですべての問題を解決するのは難しく、裁判官1人1人の人間性に依拠する部分は大きいと思いましたが、本書はまさに、一般からは見えにくい裁判官という「人間」に、内側から踏み込んだ1冊です。

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「●お 大岡 昇平」の インデックッスへ

裁判は、判決から"事実"を組み立てていくフィションかという問い。

フィクションとしての裁判.jpgフィクションとしての裁判―臨床法学講義 (1979年)』朝日レクチャーブックス 事件.jpg 『事件』

大岡昇平・大野正男.jpg 弁護士として砂川事件やサド「悪徳の栄え」事件等で長年活躍してきた大野正男(1927-2006)は、その後最高裁判事になっていますが、本書は弁護士時代に作家の大岡昇平(1909‐1988)と対談したもので、'79年に「朝日レクチャーブックス」の1冊として出版されています。

 過去の「文学裁判」や大岡氏の小説『事件』(大野氏は大岡氏がこの小説を執筆する際の法律顧問を務めた)をたたき台に、裁判における事実認定とは何か、冤罪事件はなぜ起きて誤判の原因はどこにあるのか、さらに「正義」と何か、裁判官は「神の眼」になりうるのかといったところまで突っ込んで語られています。
 結論的には、裁判とは判決から遡及的に"事実"を組み立てていくフィショナルな作業であるともとれるという観点から、「臨床法学」教育の大切さを訴えています。

 対談過程で、大岡氏が『事件』の創作の秘密を明かしているのが興味深く、また今まであまり知らなかった冤罪事件について知ることができました(「加藤新一老事件」の場合、62年ぶりに無罪になったというのは驚き。裁判で費やした一生だなあと)。

 「陪審制」についても論じられていて(昭和3年から昭和18年まで、日本にも陪審制度があったとは知らなかった)、両者とも導入に前向きですが、裁判官が審議に加わる「参審制」の場合は、参審員の裁判官に対する過剰な敬意が個々の判断を誤導してしまう恐れがあるというのは、日本人の性向を踏まえた鋭い指摘だと思いました(裁判員制度も「参審制」だけど、大丈夫か?)。

 「陪審制」をモチーフにした推理小説などが紹介されているのも興味深く、陪審員の中に殺人経験のある女性がいて、彼女は"経験者"しか知りえないことを知っている被告が殺人犯であると察するけれども、自らを守るために無罪を主張するといった話(ポストゲート『十二人の評決』)や、裁判官が真犯人だったという話とかの紹介が面白く読めました。

 本書は残念ながら絶版中で、この対談の一部は大岡の全集の中の対談集『対談』('96年/筑摩書房)に収められていますが、両者の対談の面白さや奥深さは、こうした抄録では充分に伝わってこない。
 司法制度改革に関連する話題もなどもとり上げているので、文庫化してほしいと思っています。

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冤罪事件が起きる原因を検証。ヒッチコック映画か小説のような話も。

後藤昌次郎著『冤罪』.jpg  『冤罪 (1979年)』 岩波新書  誤まった裁判  ―八つの刑事事件―.gif 上田誠吉/後藤昌次郎 『誤まった裁判―八つの刑事事件 (1960年) (岩波新書)

 本書では、清水事件、青梅事件、弘前事件という3つの冤罪事件をとりあげ、冤罪事件がどのようにして起きるかを検証しています。

 何れも昭和20年代に起きた古い事件ですが、〈青梅(列車妨害)事件〉は自然事故が政治犯罪に仕立て上げられた事件として、また〈弘前(大学教授夫人殺人)事件〉は、後で真犯人が名乗り出た事件として有名で、真犯人が名乗り出る経緯などはちょっとドラマチックでした。

「間違えられた男」.jpg この2事件に比べると、冒頭に取り上げられている〈清水(郵便局)事件〉というのは、郵便局員が書留から小切手を抜き取った容疑で起訴されたという、あまり知られていない "小粒の"事件ですが、ある局員が犯人であると誤認される発端が、たった1人の人間のカン違い証言にあり、まるでヒッチコックの 「間違えられた男」のような話。

 結局、被告人自身が「警察も検察も裁判所も頼りにせず」、弁護士と協力して真犯人を突き止めるのですが、まるで推理小説のような話ですけれど、実際にあったことなのです。
 この事件で、真犯人の方が冤罪だった局員の当初の刑より量刑が軽かったというのも、考えさせられます。
 冤罪を訴え続けた人は、改悛の情が無いと見られ、刑がより重くなったということでしょう。

 著者の前著(上田誠吉氏との共著)『誤まった裁判-八つの刑事事件』('60年/岩波新書)が1冊で三鷹事件、松川事件、八海事件など8つの冤罪事件を扱っていたのに対し、本書は事件そのものは3つに絞って、事件ごとの公判記録などを丹念に追っていて、それだけに、偏見捜査、証拠の捏造、官憲の証拠隠滅と偽証、裁判官の予断と偏見などの要因が複合されて冤罪事件の原因となるということがよくわかります。

 事件が風化しつつあり、関係者の多くが亡くなっているとは言え、前著ともども絶版になってるのが残念。

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イスラーム原理主義とグローバル化する資本主義の共通項を指摘。

文明の内なる衝突.bmp 『文明の内なる衝突―テロ後の世界を考える (NHKブックス)』 ['02年]

9-11_Statue_of_Liberty_and_WTC_fire.jpg 社会学者である著者が、「イスラーム原理主義者」による9・11テロ後に、テロを前にしたときの社会哲学の無力を悟り、またこれが社会哲学の試金石となるであろうという思いで書き下ろした本で、テロとそれに対するアメリカの反攻に内在する思想的な問題を、「文明の衝突」というサミュエル・ハンチントンの概念を援用して読み説くとともに(ハンチントンは冷戦時代にこの概念を提唱したのだが)、テロがもたらした社会環境の閉塞状況に対しての「解決」の道(可能性)を著者なりに考察したもの。

September 11, 2001 attacks

 イスラーム原理主義とグローバル化する資本主義の対立を、その背後にある共通項で捉えているのが大きな特徴ですが、9・11テロ後のアメリカのナショナリズムの高揚を見ると、それほど突飛な着眼点とは思えず、むしろ受け入れられやすいのでは。
 世界貿易センタービルで亡くなった消防士でも国家のために「殉死」した英雄ということになっているけれど、彼らはまさか直後にビルごと倒壊するとは思ってなくて救出活動に向かったわけです。

 '04年に亡くなったスーザン・ソンタグの、「アメリカ人は臆病である。テロリストは身体ごとビルにぶつかっていったのに、アメリカ軍は遠くからミサイルを撃つだけだ」というコメントが多くのアメリカ人の怒りを買った背景に、アメリカ人のテロリストに対する憧憬とコンプレックスがあるというのはなかなか穿った見方のように思えました。

 映画「インデペンデンス・デイ」が引き合いに出されていますが、「アルマゲドン」なんかもそうかも(それぞれ、'96年、'98年の作品で、共に9・11テロ以前に作られたものだが)。

アルマゲドン1.jpgインデペンデンス・デイ1.jpg 「インデペンデンス・デイ」は、本国では独立記念日の週に公開されたそうですが、昔(ベトナム戦争)の飛行機乗りが最新鋭のジェット戦闘機を操縦できるものかなあと疑念を抱かざるを得ず、大統領(湾岸戦争の戦闘パイロットだったという設定)が飛行編隊の先頭を切って巨大UFOに戦いを臨むと言うあり得ない設定(9・11の時は、ブッシュ大統領は緊急避難して、暫く居所を明らかにしていなかったではないか)。

 一方、「アルマゲドン」で石油掘削員が立向かう相手は巨大UFOではなく巨大隕石(小惑星)ですが、新型スペースシャトルの名前が「インディペンデンス号 」と「フリーダム号」で、この映画も独立記念日の週に公開されています(個人的には、ブルース・ウィリス演じる"部下想いのリーダー"が、出立する前に政府にいろいろ要求を突きつけるシーンが、やたら臭いこともあって好きになれなかった。実際、ブルース・ウィリスはこの作品で、「ゴールデンラズベリー賞」の"最低男優賞"と「スティンカーズ最悪映画賞」の"最悪の主演男優賞"をダブル受賞している)。
 

1dollar_C.jpg 著者は、イスラームやキリスト教の中にある資本主義原理を指摘する一方、「資本主義は徹底的に宗教的な現象である」と見ており、そう捉えると、確かにいろいろなものが見えてくるなあという感じがしました(確かに1ドル札の裏にピラミッドの絵がある なあ、と改めてビックリ)。
 
 "赦し"を前提とした「無償の贈与」という著者の「解決」案は甘っちょろいととられるかも知れませんが、レヴィ=ストロースの贈与論などに準拠しての考察であり、最後にある「羞恥」というものついての考察も(著者はこれを「無償の贈与」の前提条件として定位しようとしているようだが)、イランの映画監督マフマルバフの、「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない。恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」という言葉の意味がこのことでわかり、個人的には興味深いものでした。

インデペンデンス・デイ.jpg「インデペンデンス・デイ」●原題:INDEPENDENCE DAY●制作年:1996年●制作国:アメリカ●監督:ローランド・エメリッヒ●脚本:ディーン・デヴリン/ローランド・エメリッヒ●撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ●音楽:デヴィッド・アーノルド●時間:145分●出演:者 ジェフ・ゴールドブラム/ビル・プルマン/ウィル・スミス/ランディ・クエイド●日本公開:1996/12●配給:20世紀フォックス (評価:★★☆)

アルマゲドン.jpg「アルマゲドン」●原題:ARMAGEDDON●制作年:1998年●制作国:アメリカ●監督:マイケル・ベイ●製作:ジェリー・ブラッカイマー/ゲイル・アン・ハード/マイケル・ベイ●脚本:ジョナサン・ヘンズリー/J・J・エイブラムス●撮影:ジョン・シュワルツマン●音楽:トレヴァー・ラビン●時間:150分●出演:ブルース・ウィリス/ベン・アフレック/リヴ・タイラー●日本公開:1998/12●配給:ブエナ・ビスタ・インターナショナル・ジャパン(評価:★★)

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マフィアの示威行為ともとれる本だが、生々しいだけに面白く読めた。

アメリカを葬った男2.jpg 光文社 〔'92年〕 アメリカ.jpg 『アメリカを葬った男』 光文社文庫 〔'97年〕

Sam Giancana.jpg マフィアの大ボスだったサム・ジアンカーナが、自分はマリリン・モンローの死とケネディ兄弟の暗殺に深く関わったと語っていたのを、実の弟チャック・ジアンカーナが事件から30年近い時を経て本にしたもので、読んでビックリの内容で、本国でもかなり話題になりました。
Sam Giancana

 「アメリアを葬った男」とは、訳者の落合信彦氏が考えたのかピッタリのタイトルだと思いますが、原題は"Double Cross(裏切り)"で、ケネディ兄弟の暗殺は、移民系の面倒を見てきたマフィアに対するケネディ家の仕打ちや、大統領選の裏工作でマフィアが協力したにも関わらずマフィア一掃作戦を政策展開したケネディ兄弟の "裏切り"行為、に対する報復だったということのようです。

 但し、その他にも、ジョンソンもニクソンも絡んでいたといった政治ネタや、CIAがケネディ排除への関与に際してマフィアと共同歩調をとったとかいう話など、驚かされる一方で、他のケネディ事件の関連書籍でも述べられているような事柄も多く、だからこそもっともらしく思えてしまうのかもしれないけれど、本書の記述の一部に対しては眉唾モノとの評価もあるようです(ただ一般には、「CIA、FBIとマフィアが手先となった政府内部の犯行説」というのは根強いが)。

 確かに「大ボス一代記」のようにもなっているところから、本自体マフィアの示威行為ともとれますが、「マフィアと政府はコインの表裏だと」いう著者の言葉にはやはり凄味があり、モンローを"殺害"した場面は、かなりのリアリティがありました。
 マフィアがケネディ兄弟に"女性"を仲介したことは事実らしいし(モンローもその1人と考えられ、さらにケネディ大統領とジアンカーナは同じ愛人を"共有"していたことも後に明らかになっいる)、本書によれば、ジョンとロバートは同時期にモンローの部屋に出入りしていた...と。

「JFK」ポスター /「JFK [DVD]」/『JFK―ケネディ暗殺犯を追え (ハヤカワ文庫NF)JFK ポスター.jpgJFK.jpgJFK―ケネディ暗殺犯を追え (ハヤカワ文庫NF).jpg
 生々しいけれども、それだけについつい引き込まれてしまい、本書とほぼ同時期に訳出された映画「JFK」('91年/米)の原作ジム・ギャリソン『JFK-ケネディ暗殺犯を追え』('92年/ハヤカワ文庫)よりもかなり「面白く」読めました。
 ジム・ギャリソンは、事件当時ルイジアナの地方検事だった人で、偶然ケネディ暗殺に関係しているらしい男を知り、調査を開始するも、その男が不審死を遂げ、そのため彼の仲間だったクレイ・ショウを裁判にかけるというもので(これが有名な「クレイ・ショウを裁判」)、結局彼はこの裁判に敗れるのですが、その後、彼の追及した方向は間違っていなかったことが明らかになっていて、彼は、ケネディ暗殺事件をCIAなどによるクーデター(ベトナム戦争継続派から見てケネディは邪魔だった)により殺されたのだと結論づけています。
 原作はドキュメントであり、結構地味な感じですが、ジム・ギャリソンを主人公に据えた映画の方は面白かった―。
 オリバー・ストーン監督ってその辺り上手いなあと思いますが、その作り方の上手さに虚構が入り込む余地が大いにあるのもこの人の特徴で、司法解剖の場面で検視医の白衣が血に染まっている...なんてことはなかったと後で医師が言ったりしてるそうな。
                                    
"EXECUTIVE ACTION"(「ダラスの熱い日」)
 
Executive Action.jpgダラスの熱い日1.jpgダラスの熱い日パンフレット.jpg むしろ、この映画を観て思ったのは、ずっと以前、ケネディ暗殺後10年足らずの後に作られたデビッド・ミラー監督の「ダラスの熱い日(EXECUTIVE ACTION)」('73年/米)で(脚本は「ジョニーは戦場に行った」のダルトン・トランボが担当)、既にしっかり、CIA陰謀説を打ち出しています(CIAのスナイパー達が狙撃訓練をする場面から始まり、それを指揮している元CIA高官をバート・ランカスターが演じているほか、ロバート・ライアンが暗殺計画を中心になって進める軍人を演じており、それに右翼の退役将校やテキサスの石油王などが絡む―)。

The Men Who Killed Kennedy.jpg 当時は1つのフィクションとして観ていましたが、その後に出てきた諸説に照らすと(例えばEngland's Central Independent Televisionが製作したTVドキュメンタリー「JFK・暗殺の真相」("Men Who Killed Kennedy [DVD] [Import]"、'88年/英)、オズワルドを犯人に仕立て上げる過程なども含め、かなり真相(と言っても未だに解明されているわけではないのだが)に近いところをいっていたのではないかと思いました(映画「JFK」とも重なる)。

 これらと比べると、本書『アメリカを葬った男』は、この事件にマフィアが及ぼした影響をアピールしている感じはやはりします(マフィアにとって何らかのメリットがなければ、こんなに身内のことをベラベラ語らないのでは)。でも、面白かった。
 

「JFK」●原題:JFK●制作年:1991年●制作国:アメリカ●監督:オリバー・ストーン●製作:A・キットマン・ホー/オリバー・ストーン●脚本:オリバー・ストーン/ザカリー・スクラー●撮影:ロバート・リチャードソン●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:ジム・ギャリソンほか●時間:57分●出演:ケビン・コスナー/トミー・リー・ジョーンズ/ジョー・ペシ/シシー・スペイセク/ゲイリー・オールトコン/ドナルド・サザーランド/ジャック・レモン/ウォルター・マッソー●日本公開:1992/03●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)

「ダラスの熱い日」パンフレット
ダラスの熱い日パンフレット2.jpg「ダラスの熱い日」●原題:EXECUTIVE ACTION●制作年:1973年●制作国:アメリカ●監督:デビッド・ミラー●製作:エドワード・ルイス●脚色:ダルトン・トランボ●撮影:ロバート・ステッドマン●音楽:ランディ・エデルマン ●原案:ドナルド・フリードほか●時間:91分●出演:バート・ランカスター/ロバート・ライアン/ウィル・ギア/ギルバート・グリーン/ジョン・アンダーソン●日本公開:1974/01●配給:ヘラルド映画配給●最初に観た場所:池袋テアトルダイヤ(77-12-24)(評価:★★★☆)●併映:「ジャッカルの日」(フレッド・ジンネマン)/「合衆国最後の日」(ロバート・アルドリッチ)/「鷲は舞いおりた」(ジョン・スタージェス)

「JFK 暗殺の真相」●原題:THE DAY THE DREAM DIED●制作年:1988年●制作国:イギリス●監督:ゴドレイ&クレーム●製作:エクスボースト・フィルム●音楽:バスター・フィールド/デビッド・ラザロ●時間:45分●日本公開(ビデオ発売):1992/07●配給(発売元):バップ(評価:★★★☆)

JFK暗殺の真相.jpg 「JFK 暗殺の真相」(日本語吹替版ビデオ[絶版・DVD未発売])

 【1997年文庫化[光文社文庫]】

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トップは自分の考えと同意見の参謀の声しか聞かず。

司令官たち 湾岸戦争突入にいたる決断のプロセス.jpg 司令官たち .jpg 『司令官たち―湾岸戦争突入にいたる"決断"のプロセス』 ['91年/文藝春秋]

大統領の陰謀.jpg大統領の陰謀 ニクソンを追いつめた300日.jpg 『大統領の陰謀』(映画にもなった)で、カール・バーンスタインとともにニクソンを追いつめて名を馳せたワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワードによる湾岸戦争の〈軍事上の意思決定〉の記録。
 と言っても、'88年11月のジョージ・ブッシュ大統領就任から'91年1月の湾岸戦争突入までの話ですが、同年3月の停戦協定の2ヵ月後には本国出版されていて、短期間に(しかも戦争中に)よくこれだけの証言をまとめたなあと驚かされます。

Colin Powell.gif  戦争に対して様々な考えを持った司令官たちの、彼らの会話や心理を再現する構成になっていて、小説のように面白く読めてしまいますが、大統領制とは言え、戦争がごく少数の人間の考えで実施に移されることも思い知らされ、その意味ではゾッとします。

Colin Powell
 
 パパ・ブッシュは、直下のチェイニー国防長官や慎重派のコリン・パウエルよりも、好戦的なスコウクロフトの主戦論になびいた―。トップが自分の考えと同意見の参謀の声しか聞かず、逆に反対派の参謀には事前相談もしなくなるというのはどこにでもあることなのだけど、この場合その結果が〈戦争〉突入ということになるわけで、穏やかではありません。
                                   
 個人的に興味深かったのは、「砂漠の嵐」作戦の指揮官シュワルツコフが、部下が悪い話を持ってきただけでその部下に怒鳴り散らすタイプだったのに対し、彼の部下のパウエルは、自分の部下の話をじっくり聞くタイプだったということで、戦後、両者の地位の上下は逆転しています。

Colin Luther Powell.jpg とは言え本書は、コリン・パウエルをカッコ良く書き過ぎている傾向もあり、一軍人としてキャリアを全うするという彼の内心の決意が描かれているものの、実際には彼はその後、国務長官という政治的ポストに就いています("初の黒人大統領"待望の過熱ぶりを本書によって少し冷まそうとした?)。 

Condoleezza Rice2.jpg また、本書で主戦派として描かれているスコウクロフトは、イラク戦争ではパウエルと協調し、息子の方のジョージ・ブッシュ(父親と同じ名前)の強硬姿勢にブレーキをかける立場に回っています。
 しかし、息子ブッシュは、パウエルの後任として自身が国務長官に指名したコンドリーザ・ライスの"攻撃的現実主義"になびいた―。最初から戦争するつもりでタカ派の彼女を登用したともとれますが...。
 

大統領の陰謀1.jpg 因みに、映画「大統領の陰謀」('76年/米)は、以前にテレビで観たのを最近またBS放送で再見したのですが(カール・バーンスタイン役のダスティン・ホフマンもボブ・ウッドワード役のロバート・レッドフォードも若い!)、複雑なウォーターゲート事件の全体像をものすごく端折って、事件が明るみになる端緒となった共和党工作員の民主党本部への不法侵入の部分だけを取り上げており、侵入した5人組の工作員は誰かということと、それが分らないと事件を記事として公表できず、そのうち新聞社への政治的圧力も強まってきて、取材のために残された時間は限られているがあと1人がわからない―という、その辺りの葛藤、鬩ぎ合いの1点に絞って作られているように思いました。
 それなりに面白く、再度見入ってしまったこの作品の監督は、後に「推定無罪」などを撮るアラン・J・パクラで、やはりこの監督は、政治系ではなく、この頃からサスペンス系だと。
 「ディープ・スロート」という2人の記者に情報提供した人物が、後に政府高官だと分った、その上で観るとまた興味深いです。

「大統領の陰謀」●原題:All THE PRESIDENT'S MEN●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:アラン・J・パクラ ●製作:ウォルター・コブレンツ●脚本:ウィリアム・ゴールドマン●撮影:ゴードン・ウィリス●音楽:デヴィッド・シャイア●時間:138分●出演:ダスティン・ホフマン/ロバート・レッドフォード/ジャック・ウォーデン/マーティン・バルサム/ジェイソン・ロバーズ/ジェーン・アレクサンダー/ハル・ホルブルック●日本公開:1976/08●配給:ワーナーブラザーズ (評価:★★★★)

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安全性、ホンモノ度、経済合理性の調和が難しい温泉問題。生活者問題も軽視できないのでは。

ホンモノの温泉は、ここにある2.jpg 『ホンモノの温泉は、ここにある』 光文社新書 これは、温泉ではない.jpg 『これは、温泉ではない』 ('04年)

白骨野天風呂.jpg 同じ光文社新書の『温泉教授の温泉ゼミナール』('01年)、『これは、温泉ではない』('04年)の続編で、今回は信州の〈白骨温泉〉の「入浴剤混入問題」を受けての緊急出版ということですが、内容的には、「源泉100%かけ流し」にこだわり、日本の多くの温泉で行われている「循環風呂システム」や「塩素投入」を批判した前著までの流れを継いでいます(事件としても、循環風呂のレジオネラ菌で7名の死者を出した〈日向サンパーク事件〉の方を重視している)。

 今まで温泉と思っていたものの実態を知り、「ああ、読まなければ良かった」という気持ちにもさせられますが、著者に言わせればそういう態度が良くないのだろうなあ。
 温泉とは言えないものまで「温泉」になってしまうザル法や、「かけ流し温泉」にまで一律に塩素殺菌を義務付ける条例を批判し、源泉だけでなく浴槽の(中のお湯の)情報の公開を提案しています。

 一読して知識として知っておく価値はあるかもしれませんが、安全性は絶対の優先課題であるとして、次に、経済合理性を100%犠牲にしてまでもホンモノにこだわるとすれば(本書の中では町村ぐるみで「源泉100%かけ流し」宣言をした例も紹介されてはいますが)、多くの温泉旅館は消えていくのではと...。そうした生活者問題が軽視されている印象も受けました。

 著者の専攻はモンゴル学で、『朝青龍はなぜ負けないのか』('05年/新潮社)という著作もありますが、「温泉教授」(自称)といっても要するに文系の人です。
 著者自身も指摘するように、ドイツの有機化学は「ワイン」から発達し(同じく有機化学"先進国"である日本なら、さしずめ「味噌・醤油」からということになるだろうか)、無機化学は「温泉」から発達したと言われるのに対し、日本は〈温泉学〉では"後進国"なのかも知れません。

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「住基ネット」の管理体制の杜撰さを指摘するも、やや危機感煽り気味の感じも。

あなたの「個人情報」が盗まれる.jpg 『あなたの「個人情報」が盗まれる』 (2003/08 小学館)

 '02年にスタートした「住民基本台帳ネットワーク」の問題点と、制度施行の背後にある国の「国民総背番号制」的考え方や総務省の拙速な対応姿勢を非難した書。

 役所の業務用パソコンが「住基ネット」に接続されていると同時にインターネット接続もされていて、自治体や職員にその危険性の自覚がない―。
 システムは外部業者に丸投げで、セキュリティー対策の統括責任者もいなければファイアーウオールの意味もよくわかっていない―。
 本書で示された、「住基ネット」接続自治体の多くに見られるこうした危機管理体制の杜撰さには驚かされます。

 もう少しこの辺りを突っ込んで欲しかったところですが、カードの暗証番号が生年月日などの場合に起きやすいクラッキング犯罪の問題とか、どちらかと言えば利用者の責に帰するのではないかと思われる問題も同列で論じられていて、焦点がボヤけた感じも。

 利用者の僅かな利便性(公立図書館の利用など)と引き換えに膨大な個人情報を得ようとする「国家の意図」に対する批判もわかることはわかりますが、こうした政治批判も付加されて、さらに"ごった煮"になった感じもします。

 危機感を煽ることが先行しているような気もして、タイトル自体も、著者が「住基ネット」問題に取り組んできたジャーナリストで、長野県の「本人確認情報保護審議会委員」のメンバーでもあったことを知らない人から見れば、ただ「怖そうな話」「もしかして個人情報保護法の話?」程度にしか推測できないのではないでしょうか。
 「住基ネット」問題を中心に論じたものであることがわかるようなタイトルにした方が、より親切ではないかと思いました。

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楽しく読めて、しみじみとされられる話もある、現代「お葬式」事情。

あしたはワタシのお葬式.jpg 『あしたはワタシのお葬式』 (2002/04 NHK出版)

 イラストを交えて綴る出産育児エッセイ「笑う出産」シリーズがロングセラーになっている著者ですが、自称ライターと言うように、『アトピー息子』('99年)などは結構ルポルタージュぽかったし、『まついさんちの「遊んじゃう家庭生活」』('00年)も、"説明系"イラストが実用的で、ほかに「断食ダイエット」の体験本なども書いています。

 今回は、離婚後の心境の変化か、テーマはガラッと変わって「お葬式」についてで、知人やペットの死の話や息子と先祖の墓参りに行った話から始まるエッセイ風ですが、「人の死」に関係する職業の人を取材しており、その取材先や内容が興味深く読めました。

 「葬送の自由をすすめる会」という団体に行き、「自然葬」について取材していますが、「自然葬」として遺灰を撒くのは、違法でも何でもないそうです。
 ただし、散骨するには骨を自分で細かくしなければならず、亡くなった配偶者の骨を砕いているうちに骨が愛おしくなってきた、という遺族の1人の話が印象的でした。

 「戒名の無料化」を実行している平等山福祉寺(ふくしじ)の松原日治住職が語る、「戒名」の由来と本来の意味についての話もイラストでわかりよくて良かった。

 木村晋介弁護士を訪ねて「遺言状」の役割について訊いた際の、「遺言状」には死後の法的要素のほかに、リビングウィル(生前に発効する)や自分史(日記の延長のようなもの?)的要素もあるという話も興味深かったです。
 日記型のブログも、自分史を書いているような要素があるかも。と言うことは、遺言に通ずるものがある?
 
 生前葬などについても、芸能人とかがやるものだという思い込みがありましたが、違いました。
 気軽に楽しく読めて、しみじみとされられる話もあり、現代「お葬式」事情を知るうえでも有意義な1冊でした。

《読書MEMO》
●ホームページ
「葬送の自由をすすめる会」 http://www.shizensou.net
「平等山福祉寺」 http://www7.ocn.ne.jp/~fukusiji

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長官狙撃犯がなぜ逮捕されないのかを軸に警察組織内の確執を抉る。

警察が狙撃された日 そして〈偽り〉の媒介者たちは.jpg 『警察が狙撃された日―そして「偽り」の媒介者たちは』 ('98年/三一書房) 警察が狙撃された日.jpg 『警察が狙撃された日―国松長官狙撃事件の闇』 講談社+α文庫

 '95年に起きた国松孝次警察庁長官狙撃事件は、オウム信者の現職警官・小杉敏行が書類送検されたものの結果的に証拠不十分で立件できず、今や事件そのものが風化しようとしています。
 本書は、国松長官はなぜ狙撃されたのか、なぜ犯人は逮捕されないのかを検証していますが、その過程で警察庁vs.警視庁、刑事部門vs.公安部門の確執を明らかにし、〈チヨダ〉なる警察内の闇組織の存在をあぶりだしています。

 複雑な警察組織の概要と権力抗争のダイナミズムがわかり面白く読めますが、そうした警察内の権力闘争や組織防衛が、捜査ミスや事実の隠蔽に繋がっていると思うとやり切れない気持ちにもなります。
 結局、事件そのものは何も解決されておらず、本書自体も「小杉問題」(つまり小杉はなぜ逮捕されないのかということ)を軸に警察組織のあり方の問題に終始するように思われ、警察小説を読んでいるような感じでした(公安が絡んでいるのでスパイ小説のようでもある)。

 しかし終盤にきて本書なりの事件に対する見解を示し、そこでは、「小杉犯行説」が濃厚視されることをベースに、現職警察官を実行者に選んだオウムの意図を推察するとともに、その場で捕まる「予定」だった犯人がなぜ逃げることが出来たかという大胆な想像的考察も行っています。

 秀逸なのは、小杉供述の現場状況の説明に事件当時の状況と時間差があるところから、事後の違法捜査的な実地検証によって刷り込まれた面が多々あることを示している点で、小杉をマインドコントロールしたオウムと同じように、警察が小杉を洗脳しようとしたとすれば、皮肉と言うより怖い話です。

 警察幹部からの非公式情報も含めた緻密な取材からなる本書は、おそらく複数の社会部記者の合作であろうと考えられていて、警察側も一時それが誰かを突き止めようと躍起になったらしい。
 それぐらいの内容でありながら、中盤に纏まりを欠き("合作"であるため?)、文章にも原因があると思いますが、タブロイド紙の連載をまとめ読みしていうような印象を受けるのが残念です。

 【2002年文庫化[講談社+α文庫(『警察が狙撃された日―国松長官狙撃事件の闇』)]】

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"読み忘れ"はないかのチェックに良かった(実際にはなかなか読めないが...)。

現代を読む.jpg  『現代を読む―100冊のノンフィクション』 岩波新書 〔'92年〕 戦後を読む 50冊のフィクション.jpg戦後を読む―50冊のフィクション』 岩波新書 〔'95年〕

 ノンフィクションというのは、その時のテーマ乃至は過去の限定的なテーマを追うことが多いので、発刊から時間が経つと書評などで取り上げられることも少ないものです。
 本屋も商売、つまらない本は多く並んでいるのに、いい本でも刊行が古いというだけでどんどん消えていき、版元も重版しなくなる。
 刊行時に話題になったり高い評価を得た本でも、やがてその存在すら忘れてしまいがちになり、そうした本を掘り起こしてみるうえでは、あくまでも佐高信という評論家の眼でみた"100選"ですが、本書は手引きになるかも。
 
 自分にとっても、ノンフィクション系の"読み忘れ本"はないか、チェックしてみるのに良かったと思います。
 う〜ん、読んでない本の方が多い、と言うより、新たに知った本がかなりある...。
 比較的そうした本を新たに知ることが出来るのも、"個人の選"であることの良さですが、と言って、いま全部読んでいる時間もなかなか無い...。
 ただし、そうした本の存在を知るだけでも知っておき、あるいは思い出すだけでも思い出して、薄れかけた記憶を焼き付け直しておくことで、何かの機会に偶然その本に出会ったときに、思い出して手にとるということはあるかも知れないとは思います。

 同じ著者による、戦後を読む-50冊のフィクション』('95年/岩波新書)という本もあり、こちらは所謂「社会派」小説を中心に紹介されていて、連合赤軍の息子の父を描いた円地文子の小説『食卓のない家』や、歌人・中条ふみ子をモデルにした渡辺淳一の『冬の花火』(この頃はいいものを書いていたなあ)、更には松本清張『ゼロの焦点』や宮部みゆき『火車』、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』といった、何らかの社会問題をモチーフとした作品やドキュメンタリー性の強い作品を中心に、それらの内容紹介と書評があります。
(紹介書籍リストは「新書マップ」で見ることが可能 htttp://shinshomap.info/book/4004303931.html

《読書MEMO》
●松下竜一 『風成の女たち』/●内橋克人 『匠の時代』/●船橋洋一 『通貨烈烈』・●千葉敦子 『「死への準備」日記』/●鎌田慧 『自動車絶望工場』(トヨタ)/●柳田邦男 『マリコ』/●沢村貞子 『貝のうた』/●桐島洋子 『淋しいアメリカ人』/●石川好 『ストロベリー・ロード』/●吉田ルイ子 『ハーレムの熱い日々』/●立花隆 『脳死』/●石牟礼道子 『苦海浄土』(水俣病)/●野添憲治 『聞き書き花岡事件』(戦時中の鹿島による中国人強制労働と虐殺)/●田中伸尚 『自衛隊よ、夫を帰せ!』(靖国合祀問題)/●山本茂 『エディ』(エディ・タウンゼントの話)/●吉野せい 『洟をたらした神』(開拓農民の生活)/●佐野稔 『金属バット殺人事件』(1980年発生)/●梁石日(ヤン・ソルギ) 『タクシードライバー日誌』(映画「月はどっちに出ている」の原作)/●吉永みち子 『気がつけば騎手の女房』(吉永正人は結婚に反対した姑の前に鞭を差し出した)/●杉浦幸子 『六千人の命のビザ』(リトアニア領事・杉浦千畝(ちうね)の話)/●藤原新也 『東京漂流』("文化くさい"広告を批判しフォーカスの連載打ち切りになった話が)...

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「ちくま新書」の男性論シリーズの不作ぶりを象徴する本?

まともな男になりたい.jpg 『まともな男になりたい』 ちくま新書 〔'06年〕

 著者の言う「まともな男」とは、まじめに仕事し、社会の行く末を案じ、自らの役割と存在価値を顧みる人間のことで、「まとも」を支えるものは、"自己承認と自己証明のための「教養」"と、"狂信にも軽信にも距離を置く「平衡感覚」"であると。
 日本人の道徳や美意識は、こうした「教養」と「平衡感覚」の営為のなかにあったはずなのに、今や「まとも」な人間は稀少となり、「みっともない人たち」ばかりで、廉恥心は忘れ去られ、俗物性が蔓延しているとのこと。

 こうした内容に加え、「小生」という語り口や論語を引いてくるところなどから60歳前後の人が書いているかと思ったりしますが、冒頭にあるように、著者は"惑うことばかり多かりき"40代とのこと。
 フェニミストや経済評論家に対する批判には共感する部分もありましたが、中谷彰宏とか引用するだけ紙の無駄のような気もし、いちいち相手にしなくてもいいじゃん、放っとけば、と言いたくもなります。
 こんなの相手にしておいて、自らも俗物であり、俗物性とどう付き合うかとか言ってるから、世話ないという感じもしました。

 片や、福沢諭吉や福田恆存、エリック・ホッファーを褒め称え、それらの著作から多くを引き、とりわけ勢古浩爾氏に対しては単なる賞賛を超えた心酔ぶりですが、傾倒のあまり、本書自体が氏の著作と内容的にかなり被っている感じがしました。

 「ちくま新書」の男性論(?)シリーズを読むのはこれで5冊目になりますが、評価は"5つ星満点"で次の通り。
 ・小谷野敦 著 『もてない男-恋愛論を超えて』('99年)★★★
 ・勢古浩爾 著 『こういう男になりたい』('00年)★★
 ・諸富祥彦 著 『さみしい男』('02年)★★☆
 ・本田透 著 『萌える男』('05年)★★★
 ・里中哲彦著 『まともな男になりたい』('06年)★☆
 
 大学講師で文芸評論家、洋書輸入会社勤務の市井の批評家、大学助教授でカウンセラー、ライトノベル作家で「オアタ」評論家、そして河合塾講師(本書著者)と、まあいろいろな人が書いているなあという感じですが、 『萌える男』を除いては何れも人生論に近い内容で、総じてイマイチでした。

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「萌え男(オタク)」についての考察。興味深いが、牽強付会の論旨も。

萌える男.jpg  『萌える男 (ちくま新書)』 〔'05年〕 動物化するポストモダン .jpg 東 浩紀 『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

 「萌え男(オタク)」について考察した本書は、東浩紀氏の『動物化するポストモダン-オタクから見た日本社会』('01年/講談社現代新書)の裏版みたいな感じもしましたが、東氏のような学者ではなく、「萌え男」を自認するライトノベル作家によって書かれていることのほかに、記号論的分析に止まるのではなく、「萌え」の目的論・機能論を目指していると点が本書の特徴でしょうか。

負け犬の遠吠え.jpg 著者は、オタクとは酒井順子氏の『負け犬の遠吠え』でも恋愛対象外とされていたように、「恋愛資本主義ピラミッド」の底辺で女性に相手にされずにいる存在であり、彼らが為す「脳内恋愛」が「萌え」の本質であるとしています。

新世紀エヴァンゲリオン.jpg 「新世紀エヴァンゲリオン」の終結以降、PCゲームで発展を遂げた「萌えキャラ」の分析(この辺りはかなりマニアック)を通して、「脳内恋愛」がオタクとして「底辺」に置かれていることへのルサンチマンを昇華し、「癒し」が精神の鬼畜化を回避しているという、一種の「萌え」の社会的効能論を展開していて(犯罪抑止効果ということか)、このことは、「ロリコン」とか言われ、幼児殺害事件などが起きるたびに差別視される世間一般のオタク観に対するアンチテーゼになっているようです。
 さらに、「萌え」は恋愛および家族を復権させようとする精神運動でもあると結論づけています。

 個人的には、「萌え」による「純愛」復興などと言ってもやはりバーチャルな世界の話ではないかという気がするのと、「家族萌え」という感覚が理解できず引っかかってしまいました。
 「電車男」の話を、オタクを「恋愛資本主義」に取り込むことで「萌えとは現実逃避である」というドグマの強化作用を果たしたと"否定的"に評価している点などはナルホドと思わせ、ニーチェの「永劫回帰」からユングの「アニマとアニムス」まで引いて現代社会論やジェンダー論を展開しているのは、読むうえでは興味を引きましたが、牽強付会と思える論旨や用語の誤用に近い用法(例えば「動物化」)なども見られるように思います。

 「萌え男(オタク)」というのが、「自分らしさ」を保つことで差別され続けるというのは理不尽ではないかという著者の思いはわからないでもないけれど、オタクというのは文化傾向や消費経済において無視できない存在であるにしても、今後、社会にどの程度積極的にコミットしていくかがまだ見えず、著者の〈オタク機能論〉もある種の幻想の域を出ないのではないかという気もしました。

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嫌味はない分、口当たりが良すぎて印象に残るものが少ないという感じ。

さみしい男.jpg  『さみしい男 (ちくま新書)』 〔'02年〕  諸富 祥彦.jpg 諸富 祥彦 氏 (略歴下記)

 自分がたまたま利用したキャリアカウンセリングのテキストや家族カウンセリングの本の中で、いい本だなあと思った本の編著者が諸富先生であったりして、専門分野におけるこの著者に対する信頼度は、個人的には高いのです。
 また著者は、"時代の病と闘うカウンセラー"を自認するだけあって、一般向けの本の執筆にも力を注いでいるようですが、こちらの方は本書も含めて人生論的なものが多く、内容的にはイマイチという感じ。

 本書では、いま日本の男たちに元気が無いのは、社会・家族・女性といったものとの繋がりが希薄になって、寂寞とした虚無感の中にいるからだとし、ではこれから男たちはどこへ向かうべきかを、"社会の中の男" "家族の中の男" "女との関係の中の男"という3つの角度から分析しています。

 基本的に著者が説いているのは、「労働至上主義」「家族至上主義」「恋愛至上主義」といものから脱却せよということで、カウンセリング論的に見ると、「来談者中心療法」の立場に近い著者が、そうした不合理な信念(イラシャナル・ブリーフ)を取り除けという「論理療法」的な論旨展開をしていることに関心を持ちましたが、男性をとりまく環境についての社会批評風の分析も、そこからカウンセラーの視点で導いた答えも、ともに結構当たり前すぎるものではないかという気がしました。

 どちらかと言うと、所謂「中年の危機」にさしかかっている中高年男性向けでしょうか。「孤独である勇気を持て」とか「危機を転機に変えよ」とか。
 若い人に対しても、女性にモテなくて悩んでいるぐらいなら、好きになった女性を本気で口説いてみろと言っていますが、これらの言葉の中には、単に励ましているだけで、なんら解決法になっていないようなものもあるような気がします。
 その後に続く「不倫で生まれ変る男たち」というのが少し面白かったけれども、全体としては、嫌味はない分、口当たりが良すぎて印象に残るものが少ないという感じの本でした。
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諸富 祥彦
1963年福岡県生まれ、1986年筑波大学人間学類・1992年同大学院博士課程修了
英国イーストアングリア大学、米国トランスパーソナル心理学研究所客員研究員、千葉大学教育学部講師、助教授を経て 明治大学文学部教授。
教育学博士、臨床心理士、日本カウンセリング学会認定カウンセラー、上級教育カウンセラー、学校心理士の資格をもつ。
日本トランスパーソナル学会会長、教師を支える会代表。

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「男として」云々という意識から抜け出せないでいる1典型。

こういう男になりたい.jpg 『こういう男になりたい』 ちくま新書 〔'00年〕

 旧来の「男らしさ」を捨て「人間らしく」生きようという「メンズリブ」運動というのがあり、「だめ連」などの運動もその類ですが、著者はそうした考えに部分的に共鳴しながらも、「自分らしさ」という口当たりのいい言葉に不信感を示し、「だめでいいじゃないか」という考え方は、ただ気儘に暮らしたいと言ってるだけではないかと―。

 男である以上、「男らしさ」を脱ぎ捨てても「男」である事実は残るわけで、かと言って、旧来の「男らしさ」には、自分に甘く他人に厳しいご都合主義的な面があるとし、他人を抑圧しない「自立した」生き方こそ旧弊の「男らしさ」に代わるもので、本当の「男らしさ」は自律の原理であると。

 ただし、他者からの視線や承認を軽んずる向きには反対で、「他者の視線」を取り込みながらも柔軟で妥当な自己証明と強靭な自己承認を求めるしかないという「承認論」を、本書中盤で展開しています。

 部分的に共感できる部分は無いでもなかったけれど、文中で取り上げている本があまりに玉石混交。
 女性週刊誌の「いい男」論特集みたなものにまでいちいち突っ込みを入れていて、そんなのどうでもいいじゃん、とういう感じ。
 章間のブックガイドも「男を見抜く」「いい男を見極める」などというテーマで括られたりして、誰に向けて何のために書かれた本なのか、だんだんわからなくなってきました。

 「男の中の男」ではなく、「男の外(そと)の男」になりたい、つまり「自分らしい男らしさ」を希求するということなのですが、何だか中間的な線を選んでいるような気もするなあと思ったら、末尾の方で「中庸」論が出てきて、ただしここでは「ふつうに」生きることの困難と大切さを説いています。
 
 ジェンダー論というより、人生論だったんですね、「男として」の。
 これもまた、「男として」云々という意識から抜け出せないでいる1つの典型のような気がしました。

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「恋愛至上主義」からの脱却を説く? 読書案内としてはそれなりに楽しめた。

もてない男.jpg 『もてない男―恋愛論を超えて』 ちくま新書 〔'99年〕

 現代の「恋愛至上主義」の風潮の中で、古今東西の文芸作品に描かれた恋愛模様を引きつつ「もてない男」の生きる道を模索(?)した、文芸・社会批評風エッセイ。

 童貞論、自慰論から始まり、愛人論、強姦論まで幅広く論じられており、自らの経験も赤裸々に語っていて、あとがきにも、学生時代に本当にもてなかったルサンチマン(私怨)でこうした本を書いているとあります(帯に「くるおしい男の精神史」とあるのが笑ってしまいますが)。

 著者は「もてる」ということは「セックスできる」ということではないとし、著者の言う「もてない男」とは、上野千鶴子の言う「性的弱者」ではなく、異性とコミュニケートできない「恋愛弱者」であり、彼らに今さらのように「コミュニケーション・スキルを磨け」という上野の助言は役には立たないとしています。

 著者は結婚を前提としないセックスや売買春を否定し、姦通罪の復活を説いていますが、その論旨は必然的に「結婚」の理想化に向かっているように思え、そのことと切り離して「恋愛至上主義」からの脱却を説いてはいるものの、「結婚」という制度の枠組みに入りたくても入れず落ちこぼれる男たちに対しては、必ずしも明確な指針を示しているようには思えませんでした。

 30代後半で独身の著者が書いているという切実感もあってか、若い読者を中心に結構売れた本ですが、書き殴り風を呈しながらも、結構この人、戦術的なのかも。
 著者はその後結婚しており、「もてない男」というのはひとつのポーズに思えてなりません。

 もともと、「恋愛至上主義」を声高に否定しなければならないほど、すべての人が同じ方向を向いているようにも思えないし...。

 ただ、引用されている恋愛のケースの典拠が、近代日本文学から現代マンガまで豊富で、それらの分析もユニーク(章ごとに読書案内として整理されていて、巻末に著者名索引があるのも親切)、論壇の評論家やフェニミストの発言にもチェックを入れていて、軽妙な文体と併せてワイドショー感覚でそれなりに楽しめました。

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「きれいごと」は何の役にもたたないかという問いかけ、で終わっている?

いまどきの「常識」.jpg 『いまどきの「常識」』 岩波新書  〔'05年〕  香山リカ.jpg 香山 リカ 氏 (精神科医)

 各章のタイトルが、「自分の周りはバカばかり」、「お金は万能」、「男女平等が国を滅ぼす」、「痛い目にあうのは「自己責任」、「テレビで言っていたから正しい」、「国を愛さなければ国民にあらず」となっていて、こうした最近の社会的風潮に対して、はたしてこれらが"新しい常識"であり、これらの「常識」に沿って生きていかなければ、社会の範疇からはみ出てしまうのだろうかという疑問を呈しています。

 前書きの「「きれいごと」は本当に何の役にたたないものなのか?」という問いのまま、本文も全体的に問題提起で終わっていて、実際本書に対しては、現状批判に止まり、なんら解決策を示していないではないかという批判もあったようです。

 確かに著者の問題提起はそれ自体にも意味が無いものではないと思うし、精神分析医で、社会批評については門外漢とは言えないまでも専門家ではない著者が、人間関係・コミュニケーション、仕事・経済、男女・家族、社会、メディア、国家・政治といった広範なジャンルに対して意見している意欲は買いたいと思いますが、それにしても、もっと自分の言いたいことをはっきり言って欲しいなあ。

本当はこわいフツウの人たち.jpg より著者の専門分野に近い『本当はこわいフツウの人たち』('01年/朝日新聞社)などにも、こうした読者に判断を預けるような傾向が見られ、これってこの著者のパターンなのかと思ってしまう。
 すっと読める分、これだけで判断しろとか、「ね、そうでしょ」とか言われてもちょっとねえ...みたいな内容で、世の中の風潮を俯瞰するうえでは手ごろな1冊かも知れませんが、読者を考えさせるだけのインパクトに欠けるように思えました。

 社会の右傾化に対する著者の危惧は、『ぷちナショナリズム症候群』('02年/中公新書ラクレ)から続くものですが、今回あまり「イズム」を前面にだしていないのは、より広範な読者を引き込もうという戦略なのでしょうか。

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批評眼の大切さを教えてはくれるが、各論には納得できない部分も。

世間のウソ.jpg  『世間のウソ (新潮新書)』  〔'05年〕   日垣隆.jpg 日垣 隆 氏 (略歴下記)

 著者の問題関心は、「世間で常識と思われていること、ニュースとしてごく普通に流通していることに素朴な疑問を投じることからいつも始まっている」(205p)そうですが、確かに『「買ってはいけない」は嘘である』('99年/文藝春秋)以来、その姿勢は貫き通されているように思えます。

 本書は、タイムリーな事件や社会問題などを取り上げ、その報道のされ方などを分析し、根拠の危うさや背後にある思惑を指摘している点で、著者の"本領"がよく発揮されていると思いました。

 語り口が平易で、文章がしっかりしているし、冒頭に、宝くじや競馬の話など入りやすい1話題を持ってくるところなどうまいなあと思います(日本の競馬の"寺銭"が25%というのは、寡聞にして知りませんでした)。
 こうしたウンチクがこの本にはいっぱいありますが、そうやって読者を引き込むのも著者の戦術の1つでしょうね。
 
 その他に、自殺報道のウソ、鳥インフルエンザ報道のウソ、男女をめぐる事件報道のウソ、児童虐待のウソ、第三種郵便のウソから、オリンピック、裁判員、イラク戦争を通して見る他国支配まで15章にわたってとり上げていて、新書1冊に詰め込み過ぎではという感じもありますが、社会問題を読み解く参考書として読まれたことも、この本が売れた理由の1つではないでしょうか。

 詰め込みすぎて、テーマごとの掘り下げが浅くなっている感じもありますが(やや週刊誌的?)、ニュース情報の渦の中で何となくそれらに流されがちな日々を送る自分に対し、批評眼を持つことの大切さを教えてくれる面はありました。

 ただし、1つ1つの論には、警察の民事不介入という幻の原則のために、多くの児童虐待が看過されてきたであろうという指摘など、個人的に納得できるものもあれば、ちょっとこの見方や論法はおかしいのではというのもありました(「精神鑑定のウソ」の章は個人感情が先走って論理破綻している)。
 そうした意味では、この本自体が、本書のテーマのテキストになり得るということでしょう。
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日垣 隆 (ひがき たかし)
1958(昭和33)年、長野県生れ。東北大学法学部卒業。「『買ってはいけない』はインチキ本だ」(文春文庫『それは違う!』所収)で文藝春秋読者賞、「辛口評論家の正体」(文藝春秋『偽善系II』所収)で編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞を受賞。メールマガジン「ガッキィファイター」ほか、ラジオ、テレビでも旺盛な活動を続けている。

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盲従でも全否定でもなく、自らの「考えるヒント」にすべき本。

街場の現代思想.jpg 『街場の現代思想』 ['04年/NTT出版] 街場の現代思想2.jpg 『街場の現代思想 (文春文庫 (う19-3))』 ['08年]

 哲学的エッセイであり、社会批評にもなっていて、著者の本の中では最も平易な部類に属する本です。

 「自分の持っている知識」の俯瞰的な位置づけを知ることが大事であることを説き、それを、既読の本がどこに配置され「これから読む本」はどこにあるかを知っているという「図書館の利用のノウハウ」に喩え、「教養」とは「自分が何を知らないかについて知っている」、すなわち「自分の無知についての知識」のことであるという、冒頭の「教養論」はわかりやすいものでした。

 第1章は、「家庭」で自然に獲得された「文化(教養)」と学校などで学習により獲得されたそれとの質的な違いを説き、「文化資本」の偏在により階層化する社会(東大生の親も高学歴であるような社会)では、「教養」を意識した段階でその者はプチブルならぬ"プチ文化資本家"となり、"(文化)貴族"にはなりえないという「文化資本論」を展開しています(読んでガックリした人もいるかも)。

負け犬の遠吠え.jpg 第2章は、酒井順子氏の『負け犬の遠吠え』('03年/講談社)の視点に対する共感で溢れ、第3章は、主に20代・30代の若い人の仕事(転職・社内改革)や結婚の悩みに対する人生相談の回答者の立場で書かれていますが、読み進むにつれて通俗的になってきて、まあその辺りが「街場」なのでしょうけれど...。

 自分のブログや地域誌に発表した文章の再編で、やっつけ仕事の感じもありますが、それでも所々に著者ならでの思考方法(乃至レトリック)が見られます。
 物言いが断定的でオーバー・ゼネラリゼイション(過度の一般化)がかなりあるので、これらを鵜呑みにせず、と言って全否定もせず、自らの「考えるヒント」にすべきなのでしょう。 

 【2008年文庫化[中公文庫]】

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「非婚少子化」の原因を一面において指摘している? 独身"ダメ男"分析に筆の冴え。

負け犬の遠吠え.jpg負け犬の遠吠え』['03年/講談社]少子.jpg少子』 講談社文庫 酒井順子.jpg 酒井順子 氏(略歴下記)

  2004(平成16)年・第4回「婦人公論文芸賞」、2004(平成16)年・第20回「講談社エッセイ」受賞作。

 女の〈30代以上・未婚・子ナシ〉は「負け犬」とし、その悲哀や屈折したプライドを描きつつ、"キャリアウーマン"に贈る応援歌にもなって、その点であまり嫌味感がありません。 
 二分法というやや乱暴な手が多くに受け入れられたのも(批判も多かったですが)、自らを自虐的にその構図の中に置きつつ、ユーモアを交え具体例で示すわかりやすさが買われたからでしょうか?  
 裏を返せば、マーケティング分析のような感覚も、大手広告会社勤務だった著者のバックグラウンドからくるものなのではないかと思いました。 
 最初から、高学歴の"キャリアウーマン"という「イメージ」にターゲティングしているような気がして、このへんのところでの批判も多かったようですが。

 個人的に最も興味を覚えたのは、辛辣な語り口はむしろ男に向けられていることで、独身"ダメ男"の分析では筆が冴えまくります。 
 著者が指摘する、男は"格下"の女と結婚したがるという「低方婚」傾向と併せて考えると、あとには"キャリアウーマン"と"ダメ男"しか残らなくなります。 
 このあたりに非婚少子化の原因がある、なんて結論づけてはマズいのかもしれないが(こう述べるとこれを一方的な「責任論」と捉える人もいて反発を招くかも知れないし)。 
 さらに突っ込めば、「女はもう充分頑張っている。男こそもっと"自分磨き"をすべきだ」と言っているようにもとれます(まさに「責任論」的解釈になってしまうが)。
 
 著者はエッセイストであり、本書も体裁はエッセイですが、『少子』('02年/講談社)という著作もあり、厚生労働省の「少子化社会を考える懇談会」のメンバーだったりもしたことを考えると、社会批評の本という風にもとれます。 
 ただし、世情の「分析」が主体であり、「問題提起」や「解決」というところまでいかないのは、著者が意識的に〈ウォッチャー〉の立場にとどまっているからであり(それは本書にも触れられている「懇談会」に対する著者の姿勢にも窺える)、これはマーケティングの世界から社会批評に転じた人にときたま見られる傾向ではないかと思います。

 【2006年文庫化[講談社文庫]】
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酒井順子 (さかいじゅんこ)
コラムニスト。1966年東京生まれ。立教大学卒業。2004年、「負け犬の遠吠え」で第4回婦人公論文芸賞、第20回講談社エッセイ賞をダブル受賞。世相を的確にとらえながらもクールでシビアな視点が人気を集める。近著に『女子と鉄道』(光文社)、『京と都』(新潮社)『先達の御意見』(文春文庫)など。

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せっかくのとり合せなのに、両者の話が噛み合わず、中身がやや薄い。

「愛国」問答.jpg 『「愛国」問答―これは「ぷちナショナリズム」なのか 中公新書ラクレ87』 ぷちナショナリズム症候群.gif 香山 リカ 『ぷちナショナリズム症候群―若者たちのニッポン主義 (中公新書ラクレ)

 『ぷちナショナリズム症候群』('02年/中公新書ラクレ)の著者で精神科医の香山リカ氏と、『作家の値うち』('00年/飛鳥新社)などの著作がある文芸評論家の福田和也氏の対談です。
 福田氏は保守派論客とも目されていていますが、主義としてテレビには出ないそうです(と言いつつ、最近は出ている。香山氏の方は以前からよく出ていますが)。
 とり合わせの面白さで本書を手にしたものの、読んでみて中身はやや薄いという感じがしました。

 若者の右傾化現象を扱った『ぷちナショ』の内容を受け、またイラクへの武力行使開始の時期でもあり、主にアメリカの「世界支配」に対する日本人のアイデンティティのようなものがテーマになっていますが、両者の対談が噛み合っていない感じがしました。
 
 香山氏の若者の右傾化現象の分析は、感受性としてはいいと思うのですがあくまでも印象レベルにとどまっていて、"対談者"どころか"質問者"としても心もとない感じもありました。
 一方、福田氏はサブカルチャーを含めた博識ぶりを披露するかと思えば論壇ネタに終始したりで、香山氏の日本の独自の道はあるのかという問いかけに、必ずしもマトモに答えていません。

 福田氏があとがきで、対談中にコーヒー1杯しか出ず、終った後一緒の食事もなく、これで新書1冊が出来上がってしまうことを「貧しさ」と揶揄しているのが彼らしいと思いました。
 彼自身も、「こんなんでいいのか」みたいな気持ちがあったのではないでしょうか。

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論理的だが、アニメ、ゲームなどの物語や構造に「世界」を仮託し過ぎ?

動物化するポストモダン2.jpg 動物化するポストモダン .jpg          東 浩紀.jpg 東 浩紀 氏
動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)』 ['01年]

 本書では、アニメ、ゲームなどサブカルチャーに耽溺する人々の一群を「オタク」とし、「オタク系文化」の本質と、「'70年代以降の文化的世界=ポストモダン」との社会構造の関係を考察しています。
 著者はオタク系文化の特徴として「シュミラークル」(二次創作)の存在と「虚構重視」の態度をあげ、後者は人間の理性・理念や国家・イデオロギーなどの価値規範の機能不全などによる「大きな物語の凋落」によるとしたうえで、
 (1)シュミラークルはどのように増加し、ポストモダンでシュミラークルを生み出すのは何者なのか
 (2)ポストモダンでは超越性の観念が凋落するとして、人間性はどうなってしまうのか
 という2つの問いを投げかけています。

 (1)の問いに対しては、大塚英志氏の「物語消費」論をもとに、ポストモダンの世界は「データベース型」であり、物語(虚構)の消費(読み込み)により「データベース」化された深層から抽出された要素が組み合わされ表層のシュミラークルが派生すると。
 ただし、「キャラ萌え」と呼ばれる'90年代以降の傾向は、虚構としての物語さえも必要としておらず、自らの表層的欲求が瞬時に機械的に満たされることが目的化しており、著者は、コジェーヴがアメリカ型消費社会を指して「動物的」と呼んだことを援用して、これを「動物化」としているようです(つまり(2)の問いに対する答えは、ヒトは「データベース型動物」になるということ)。

 著者は27歳で『存在論的、郵便的-ジャック・デリダについて』('98年/新潮社)を書き、浅田彰に『構造と力』は過去のものになったと言わしめたポストモダニズムの俊英だそうですが、本書は、オタク系文化と現代思想の融合的解題(?)ということでさらに広い注目を浴び、サブカルチャーが文化社会学などでのテーマとしての"市民権"を得る契機になった著書とも言えるかも知れません。

 個人的には、アニメ、ゲームなどの物語や構造に「世界」を仮託し過ぎて書かれている気がしましたが、「萌え」系キャラクターの生成過程の分析などから探る(1)の著者の答えには論理的な説得力を感じました。
 著者自身も明らかにオタクです。中学生のときに、「うる星やつら」のTVシリーズ復活嘆願署名運動に加わったりしている(前著『郵便的不安たち』('99年/朝日新聞社)より)。
 ゆえに本書は、オタクから支持もされれば、批判もされる。物語の読み込み方が個人に依存することとパラレルな気がします。

 個人的には、オタクを3つの世代に分類し、10代で何を享受したかによってその質が異なることを分析している点が興味深かったけれど、最近の社会学者ってみんなアニメ論やるなあ(社会学の必須科目なのか、それとも著者のように、もともとオタク傾向の人が社会学者になるのか)。

新世紀エヴァンゲリオン.jpg機動戦士ガンダム.jpgさらば宇宙戦艦ヤマト.jpg

《読書MEMO》
●オタクの3つの世代(10代で何を享受したか)(13p)
 ・'60年前後生まれ...『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』
 ・'70年前後生まれ...先行世代が作り上げた爛熟・細分化したオタク系文化
 ・'80年前後生まれ...『エヴァンゲリオン』

宇宙戦艦ヤマトdvd メモリアルBOX.jpg「宇宙戦艦ヤマト」●演出:松本零士●制作:西崎義展●脚本:藤川桂介/田村丸/山本暎一●音楽:宮川泰●原案:西崎義展●出演(声):納谷悟朗/富山敬/麻上洋子/青野武/永井一郎/仲村秀生/伊武雅之(伊武雅刀)/広川太一郎/平井道子/大林丈史/緒方賢一/山田俊司(キートン山田)●放映:1974/10~1975/03(全26回)●放送局:読売テレビ

機動戦士ガンダム dvd.jpg「機動戦士ガンダム GUNDAM」●演出:富野喜幸●制作:渋江靖夫/関岡渉/大熊伸行●脚本:星山博之/松崎健一/荒木芳久/山本優/富野 喜幸(富野由愁季)●音楽:渡辺岳夫/松山祐士●原作:矢立肇/富野喜幸●出演(声):古谷徹/池田秀一/鵜飼るみ子/鈴置洋孝/古川登志夫/鈴木清信/飯塚昭三/井上瑤/白石冬美/塩沢兼人/熊谷幸男/玄田哲章/戸田恵子●放映:1979/04~1980/01(全43回)●放送局:名古屋テレビ

新世紀エヴァンゲリオン1.jpg「新世紀エヴァンゲリオン」●演出:庵野秀明●制作:杉山豊/小林教子●脚本:榎戸洋司●音楽:鷲巣詩郎●原作:ガイナックス●出演(声):緒方恵美/三石琴乃/林原めぐみ/山口由里子/宮村優子/石田彰/立木文彦/清川元夢/結城比呂/長沢美樹/子安武人/山寺宏一/関智一/岩永哲哉/岩男潤子●放映:1995/10~1996/03(全24回)●放送局:テレビ東京


●「データベース型世界の二重構造に対応して、ポストモダンの主体もまた二層化されている。それは、シミュラークルの水準における「小さな物語への欲求」とデータベースの水準における「大きな非物語への欲望」に駆動され、前者では動物化するが、後者では擬似的で形骸化した人間性を維持している。要約すればこのような人間像がここまでの観察から浮かび上がってくるものだが、筆者はここで最後に、この新たなる人間を「データベース的動物」と名づけておきたいと思う」(140p)

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論壇が俯瞰できる「21世紀の論壇エンターテインメント読本」。

批評の事情.jpg 『批評の事情―不良のための論壇案内』 (2001/08 原書房)

 '90年代にデビューまたはブレイクした批評家を中心に論じていますが、全否定しているケースは稀で、全体に個々の良いところを探ろうという感じでしょうか。 
 論客の力量を素直に認める姿勢は後味悪くはないけれど、こんな人まで褒めてしまっていいの?みたいなのも個人的にはありました。
 軽めのノリで批評としては弱い感じですが、ヒステリニックでないのが「案内」としては良く、内容的にも1人1人まとまっているように思えます。
 
 '80年代の浅田彰・中沢新一・四方田犬彦らのニューアカブームの後、'90年代の論壇はどうであったかを俯瞰し(社会・思想・芸術・文芸といった分野が主で、やはりサブカルチャー論の広範な浸透を感じる)、今後の読書等の指針にするには手頃な「21世紀の論壇エンターテインメント読本」(本書帯より)だと思います。

 登場する論客の多くが著者の生まれ年('58年)に比較的近い人たちで(例えば、'57年生まれ...山田昌弘・森永卓郎、'58年生まれ...日垣隆・大塚英志・岡田斗司夫・武田徹・松沢呉一・坪内祐三、'59年生まれ...宮台真司など。中島義道('46年)とか東浩紀('71年)も入っていますが...)、今後もマス・メディアなどを通じてこの人たちの言説に触れることは多々あるでしょう。

 著者は編集者兼フリーライターですが、本人に会った時の印象とかを大事にしている感じで(『インタビュー術!』('02年/ 講談社現代新書)という著書もある)、また、批評活動の領域はむしろ文芸評論ですが、論客の本の読み込みにそうしたものが窺える気がし、それが自分の肌には合いました。

 【2004年文庫化[ちくま文庫]】

《読書MEMO》
●取り上げている批評家
◆1.社会はどうなる?
宮台真司-90年代がはじまった/宮崎哲弥-アカデミズムとジャーナリズムのあいだで/上野俊哉-グルーヴの社会学/山形浩生-OSとしての教養/田中康夫-イデオロギーなき時代の指標/小林よしのり-「わかりやすさ」は正義か?/山田昌弘-社会学的手法の問題/森永卓郎-構造改革ラテン系/日垣隆-怒れ!笑え!虚構を突け!
◆2,時代の思考回路
大塚英志-物語の生産と消費をにらんで/岡田斗司夫-オタク批評の真価/切通理作-それでも「生きて」いくために/武田徹-「遅れてきた世代」の危険な思想家/春日武彦-「狂気」というものの仮面/斎藤環-虚構・現実・コミュニケーション/鷲田清一-ひととひとのあいだに充ちるもの/中島義道-哲学は闘いである/東浩紀-哲学ビルドゥングスロマン
◆3,芸術が表わすもの
椹木野衣-ポップカルチャーを生きるニヒリズム/港千尋-世界を再構築する眼/佐々木敦・中原昌也・阿部和重-セゾン系/樋口泰人・安井豊ー蓮實ズチルドレン/小沼純一-音楽を越境して/五十嵐太郎-建築界からのスーパーフラット宣言
◆4,ライフスタイルとサブカルチャー
伏見憲明-男制・女制/松沢呉一-ばかばかしいもので撃つ快感/リリー・フランキー-美女と批評/夏目房之介-面白さの正体/近田春夫-見たてが命!/柳下毅一郎-バッドテイストの作法/田中長徳-スペックでは語り得ぬもの/下野康史-評論の生まれるところ/斎藤薫・かづきれいこ-美容評論の夜明けは遠い
◆5,文芸は何を語る
福田和也-小林秀雄への道/斎藤美奈子-あなたの固定観念/小谷真理-ガイネーシスの可能性/小谷野敦-自虐的恋愛観/豊崎由美-書評の立場/石川忠志-ぶっとい文芸批評/坪内祐三-活字でしか味わえない世界を求めて

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神戸連続児童殺傷事件を発生直後に考察。持論へのやや強引な引き付けを感じる。

透明な存在の不透明な悪意.jpg 『透明な存在の不透明な悪意』 (1997/11 春秋社) 宮台真司.jpg 宮台 真司 氏

 '97年に起きた神戸連続児童殺傷事件の「少年A」の逮捕直後に、著者がインタビューや対談を通じて事件を論じたものを1冊にまとめた"緊急出版"的な本ですが、起きたばかりの衝撃的な事件に対し、冷静に社会論的分析をしてみせる著者の"慧眼"に脱帽した読者も多かったかも。

 ただ個人的には、家族幻想の崩壊による社会の「学校化」とか、子どもの居場所が無い「ニュータウン化」社会とか、著者の持論を当て嵌めるのにちょうど良いケースだっただけではないかという気もします(持論へのやや強引な引き付けを感じる)。
 「専業主婦廃止論」なども、そうした流れの中にあるかと思いますが、感覚的には言いたいことはわからないではないけれど、こうした事件を前にしたとき、あまり現実的な提案とは思えません。
 
 対談においても、吉岡忍氏が、「ニュータウン化」による"影の無い街"が、むしろ攻撃性や暴力性を露出するのかもと言えば、宮台氏は待ってましたとばかり「ダークサイドの総量一定論」を唱え、それにまた山崎哲氏(劇作家)のような人が、完成された街に育ったものには関与できる"現実の空間"が無く、「少年A」の犯罪はオウムの犯罪に通底すると続く...(113‐114p)。  
 こんな演劇論的な論筋だと、何でも"通底"してしまうのではないでしょうか。
 「ニュータウン化」論については、彼らの共感だけでなく、現実にその後も「ニュータウン」的な場所での少年犯罪などは起きていますが、マンションの機能的構造を見直そうという動きはあまり見られないようです。
 
 著者は、「酒鬼薔薇聖斗」が少年であることを想定できずに事件を"物語化"していた識者やマスコミを嗤い、彼をダーテーィヒーローにするなと言うけれど、その「犯行声明文」の文中の「透明な存在」という言葉が本書のタイトルにもなっているわけで、著者自身、「声明文」から受けた衝撃は大きかったのではないでしょうか。 
 「少年A」を「行為障害」と規定することは、著者の指摘どおり、「子供幻想」を温存するための社会的防衛機能が働いたのかも知れず、この「声明文」を改めて考察する意味はあると思いますが、そこから「子どもの自立決定・自己責任規制」論へ行くのは、著者独特の思考回路。

 著者は'92年からこのときぐらいまでは「ブルセラ・援交少女」肯定論を張っていましたが、豊富な社会学やサブカルチャーの知識とフィールドワークからの実感により、固定観念に囚われないユニークな視点を示す一方で、個人的には、論理の飛躍が多い人であるという印象が拭えません。

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個人主義(自尊心)についての読み応えのある「文芸社会学」的考察。

個人主義の運命.jpg 『個人主義の運命―近代小説と社会学』 岩波新書 〔'81年〕  『ドストエフスキー』 ルネ・ジラール著.bmp ルネ・ジラール 『ドストエフスキー―二重性から単一性へ (叢書・ウニベルシタス)』 ['83年/法政大学出版局]

 「文芸社会学」の試みとも言える内容で、3章から成り、第1章でルネ・ジラールの文芸批評における、主体(S)が客体(O)に向かう際の「媒介」(M)という三項図式の概念を用いて、主にドストエフスキーの一連の作品を、三角関係を含む三者関係という観点から読み解き、第2章では個人主義思想の変遷を、共同態(家族・農村・ギルド・教会など)の衰退と資本主義、国家(ナショナリズム)等との関係において理性→個性→欲望という流れで捉え、第3章でまた第1章の手法を受けて、夏目漱石の『こころ』、三島由紀夫の『仮面の告白』、武田泰淳の『「愛」のかたち』、太宰治の『人間失格』における三者関係を解読しています。

永遠の夫.jpg 第1章では、ドストエフスキー小説における「媒介者」を、主人公(S)が恋人(O)の愛を得ようとする際のライバル (M)や、世間(O)からの尊敬を得るために模倣すべき「師」(M)に見出していますが、主人公がライバルの勝利を助けようとするマゾヒスティックにも見える行動をしたり、「師」を手本とする余り、神格化することが目的化してしまったりしているのはなぜなのか(その典型的キャラクターが描かれているのが「永遠の夫」である)、その際に主人公の自尊心(この場合、個人主義は「自尊心」という言葉に置き換えていいと思う)はどういった形で担保されているのか、その関係を考察しています。

 第2章で興味深かったのは、ナショナリズムと個人主義の関係について触れている箇所で、国家は中間集団(既成の共同体)の成員としての個人の自律と自由の獲得を外部から支援することで、中間集団の個人に対する影響力を弱めたとする考察で、中間集団が無力化し個人主義の力を借りる必要が無くなった国家は、今度は個人主義と敵対するようになると。
 著者はナショナリズムと宗教との類似、ナショナリズムと個人主義の双子関係を指摘していますが、個の中で全体化するという点では「会社人間」などもその類ではないかと思われ、本書内でのG・ジンメル「多集団への分属により個人は自由になる」という言葉には納得。
 ただし、それによって複数集団(会社と家庭、会社と組合など)の諸要求に応えきれず自己分裂する可能性もあるわけで、ある意味「会社人間」でいることは楽なことなのかも知れないと思いました。

 第3章では、漱石の『こころ』の「先生」と「私」の師弟関係の読み解きが、以前読んだ土居健郎のものを引きながらも、それとはまた違った観点での(つまり「先生」とKとの関係を読者に理解させるために書かれたという)解題で、なかなか面白かったです。

 第1・第3章と第2章の繋がりが若干スムーズでないものの(「文芸」と「社会学」が切り離されている感じがする)、各章ごとに読み応えのある1冊でした。

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ロビンソン人間論を軸としたマルクス、ヴェーバー論。噛んで含めたようなわかりやすさ。

社会科学における人間.jpg 『社会科学における人間』 岩波新書 〔'77年〕 大塚久雄(1907-1996).jpg 大塚久雄(1907-1996/享年89)

 資本主義の歴史研究を通して「近代」の問題を独自に考察した社会学者・大塚久雄(1907‐1996)は、マルクス経済学とヴェーバー社会学から独自の人間類型論を展開したことでも知られていますが、本書はその人間類型論を軸としたマルクス、ヴェーバー論という感じで、'76(昭和51)年に放映されたNHK教育テレビでの25回にわたる連続講演をまとめたものです。

ロビンソン漂流記.jpg 本書でまず取り上げられているのは『ロビンソン漂流記』のロビンソン・クルーソウで、著者は、初期経済学の理論形成の前提となった人間類型、つまり経済合理性に基づいて考え行動する「経済人」としてロビンソンを捉えており、マルクスの『資本論』の中の「ロビンソン物語」についての言及などから、マルクスもまた「ロビンソン的人間類型」を(資本主義経済の範囲内での)人間論的認識モデルとしていたと。
 そして、ヴェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で前提としているのも「ロビンソン的人間」であるとしています。
『ロビンソン漂流記』 講談社青い鳥文庫

 プロテスタンティズムのエートス(世俗内禁欲)が「資本主義の精神」として伝えられ、資本主義の発展を支えたというヴェーバーの説がわかりやすく解説されていて、この「隣人愛」が"結果として"利潤を生じるという目的・価値合理性が最もフィットしたのは主に中産的生産者(ドイツよりむしろ英国の)だったとしており、資本家においては両者の乖離が既に始まっていたと―この点は今日的な問題だと思いました。

 著者の考えは必ずしも全面的に世に受け入れられているわけでは無いのですが(ロビンソンを植民地主義者の原型と見なす人も多い)、自分としては、大学の一般教養で英文学の授業を受けた際に、最初の取り上げた『ロビンソン漂流記』の解題が本書とほぼ同じものだった記憶があり、「ロビンソン的人間類型」論に何となく親しみもあったりもします。

 '70年代の著作でありながらすでに「南北問題」などへの言及もあり、大学ではほとんど講義ノートを見ないで講義していたとか言う逸話もある人物ですが、本人曰く「教室で一番アタマ悪そうな学生に向けていつも話をした」そうで、本書も、マルクスの「疎外論」やヴェーバーの「世界宗教の経済倫理」などの難解な理論にも触れていますが、その噛んで含めたようなわかりやすさが有り難いです。

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平易かつ理路整然とした内容。「インフレ目標政策」入門としても好著。

日本経済を学ぶ.jpg  『日本経済を学ぶ (ちくま新書)』 〔'05年〕

2569619896.jpg 「インフレ・ターゲット論」の代表的論客である著者による日本経済の入門書。

 まず第1・2章でなぜ高度経済成長が実現し、バブル景気や「失われた10年」の本質は何であったのかをわかりやすく説明、さらに第3・4章で日本的経営と企業統治を扱い、第5・6章で産業政策や構造改革を、最終章で日本経済の課題と長期経済停滞から脱却するための経済政策(インフレ目標政策=1〜3%の物価上昇率を目標にし、景気回復およびマクロ経済の安定を図る策)を提言しています。。
 
 全体を通して、著者自身が「大学での講義スタイルを取り入れた」言わば「大学外での公開講義」と言っているとおり、数式などを用いず、小泉構造改革や郵政民営化、年金改革など具体的な問題をとり上げ、平易かつ理路整然とした内容の「入門書」だと思いました。

 本書は同時に、それに賛同するかどうかは別として、「インフレ・ターゲット論」を理解するための本でもあるかと思います(個人的には著者の論には説得力を感じていますが、"高インフレを招く危険な考え"とするエコノミストも一部にあります)。
 
 見方によっては、全体がその論のために構成されているともとれ、競争原理の意義や景気に及ぼすファンダメンタルズ以外の心理的要因の大きさ、(政府による産業政策や構造改革より)日銀がデフレ予想を払拭する金融政策に転換することの必要を説くことで、「インフレ目標政策」の背景にある基本的考えを示すとともに、「量的緩和政策」との関係などを解説しいている点に、「インフレ・ターゲット論」を正しく理解してほしいという著者の意図が感じられます。

《読書MEMO》
●(04年現在)小泉首相は「構造改革なくして、成長なし」といっていますが、それは本当でしょうか。(213p)/小泉内閣が口で言うほどの構造改革を進めなかったことが、大不況を免れた大きな要因です。(中略)小泉内閣の看板通りに、本格的に不良債権処理や財政構造改革などの構造改革を進めたならば、大不況を招き、物価下落率と失業率が一割を超すような事態になった可能性があります。(230-231p)

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「●講談社現代新書」の インデックッスへ

マクロ経済の参考書として読めるが、やや乱暴な論調も。

経済論戦の読み方.jpg  『経済論戦の読み方』 講談社現代新書 〔'04年〕

 著者は、インフレターゲット論者として、論文、一般向け書籍、ネットなどで活発な活動を続けている人ですが(この人の個人サイトは映画の話題などもあって面白い)、本書は"経済論戦"の現状を俯瞰的に眺望する前に、マクロ経済理論の解説を行っています。
 このあたりの解説自体は丁寧で、「IS-LM分析」や「流動性の罠」理論を理解するうえでの適切な参考書としては読めます。
 
 しかし具体的に持論の解説がないまま「構造改革主義」批判に入り、そこでも経済理論の解説が続くため、論点を"読み解く"うえでは、自分のレベルでは必ずしも読みやすいものではありませんでした。
 特に著者の唱える「漸進的な構造改革」は、構造改革論者にも同じことを唱えている人がいるのでややこしい。
竹中平蔵.jpg
 最初に一般論としてのエコノミストの分類をしていますが、「政策プロモーター型」の竹中平蔵氏について、度々の変節を揶揄して「カオナシ」と呼んでいるところは著者らしいユーモア。

 しかし、 "経済論戦"というものが何だか今ひとつ分かりにくくて本書を手にとった自分のような読者が期待する "読み方"の部分については、章間にある"辛口ブックレビュー・コラム"がその端的な形と言えるかと思いますが、これが一番面白いものの、やや乱暴な論調も見られ、明らかに主題から外れた揚げ足取りの部分もあるように思えました。

《読書MEMO》
●辛口ブックレビュー・コラム
◆デフレが人を自由にすると説く奇妙な論理...榊原英資 『デフレ生活革命』('03年/中央公論新社)
◆時代遅れの経済学を前提とした主張...リチャード・クー 『デフレとバランスシート不況の経済学』('03年/徳間書店)
◆日銀をあまりにも過大評価している...リチャード・A・ヴェルナー 『謎解き!平成大不況』('02年/PHP研究所)
◆年金問題に数字を伴う処方箋を提示してほしい...金子勝 『粉飾国家』('04年/講談社現代新書)
◆「万年危機論者」たちの終わらない宴...高橋乗宣 『"カミカゼ"景気』('04年/ビジネス社)、ラビ・バトラ 『世界同時大恐慌』('04年/あ・うん)、副島隆彦 『やがてアメリカ発の大恐慌が襲いくる』('04年/ビジネス社)、本吉正雄 『元日銀マンが教える預金封鎖』('04年/PHP研究所)、藤井厳喜 『新円切替』('04年/光文社ペーパーバックス)、吉川元忠 『経済敗走』('04年/ちくま新書)
◆木村剛の「キャピタル・フライト論」の大きな誤り...木村剛 『戦略経営の発想法』('04年/ダイヤモンド社)、『キャピタル・フライト-円が日本を見棄てる』('01年/実業之日本社)
◆思い込みばかりが浮き彫りになる「御用学者」批判...奥村宏 『判断力』('04年/岩波新書)

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「●岩波新書」の インデックッスへ

エコノミスト批判の本と割り切って読めば、示唆に富むものだった。

判断力.jpg  『判断力 (岩波新書 新赤版 (887))』 〔'04年〕 奥村宏.jpg 奥村 宏 氏(経済評論家)

 著者は、新聞記者としてスタートし、その後証券会社に転じ、研究員としての長年の勤務を経て大学教授になり、退官後は経済評論家として活躍している人。
 本書で、情報に振り回されて判断を誤るのはなぜかを考察し、また理論のための学問でない「実学」の大切さを説いているのも、こうした経歴によるところが大きいのでしょう。
 経済にまつわる様々な「陰謀説」についての著者の分析は、大いに参考になりました。

 外国に判断を任せる政治家や、責任感欠如で判断しない経営者、外国理論を輸入するだけの経済学者を批判していますが、その矛先は企業の従業員やジャーナリスムにも向けられていて、組織に判断を任せる「会社人間」を生んだ構造の背景にあったのは、「法人資本主義」つまり会社本位の経済成長第一主義であるとし、新聞社も組織の肥大化で同じ罠に陥っており、新聞記者は全て独立してフリーになった方がいい記事が書けるのではとまで言っています。

 最も辛辣な批判はエコノミストに向けてのもので、議論が盛んなインフレターゲット論と財政投資有効論の対立も、政府や日銀の政策をめぐっての議論であり、日本経済の構造分析の上に立った主張ではない「御用学者」たちの間でのやりとりでしかなく、「経済論戦」などもてはやすのはおかしいと、手厳しいです。

 主張には骨があるように思えましたが、テーマである「判断力」ということについて、方法論的には「新聞の切り抜き」みたいなレベルで終っているのが残念でした。
 ただし、エコノミスト批判の本と割り切って読めば、多分に示唆に富む内容のものでした。

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新聞記者の視点で日本経済と小泉路線をわかりやすく解説。

図解でカンタン!日本経済100のキーワード.jpg  『図解でカンタン!日本経済100のキーワード』 講談社+α文庫 〔'04年〕

 100個のキーワードがあってそれぞれにぶら下がりで説明がついているというスタイルではなく、景気のメカニズムや国の財政・金融政策を解説しながら、その流れの中でキーワードが出てくるので、頭に入りやすかったです。
ボツワナ共和国.png
 '02年に日本国債の格付けはA2となったが、これはボツワナ以下とか(どこにある国か知ってますか)。
 発行残高483兆円って、おいおい大丈夫かと言いたくなる(その後500超円超えたけれど)。

 先行き不透明な日本経済の現況において、小泉内閣の歩もうとする路線を分析しています。
 「経済財政諮問会議」というのが、小泉政権になってから大きな主導権を持つようになったことがわかります。
 『大蔵省』('89年/講談社)などの著書もある著者の、小泉首相が元々は「大蔵族」であったという指摘は、竹中プランなどを分析する上でのヒントになるのでは。

 生保の予定利率引下げを認めたのも護送船団型の典型で、金融行政が金融庁に分離されても、こうした"規制と保護"の政策は変わらないことを予感させる(郵政民営化で少なからず銀行に金が流れ込むわけだし)。
 
 後半は民間の産業構造の変化を、産業別の過去推移を追いながら解説しています。
 日産のゴーン氏が愚直にリストラ推進できたのは外国人だったからとし、ダイエーは再生困難とはっきり予言しています。

 著者は東京新聞の論説委員。新聞記者の視点でわかりやすく書かれていて、直近のデータをふんだんに盛り込んでいます。
 それだけに、基本的にはその旬の時に読まないと、時間が経ちすぎて読んでもピンとこなくなる本ではありますが、小泉政権の経済政策を振り返ってみるには使える本です。

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「●岩波新書」の インデックッスへ

参考書的には面白かったが、肝心の主張部分の具体性に欠ける。

市場主義の終焉.jpg 『市場主義の終焉―日本経済をどうするのか (岩波新書)』 〔'00年〕 佐和 隆光氏.jpg 佐和 隆光 氏

 著者は本書で、市場主義を否定しているのではなく、「市場主義改革はあくまでも『必要な通過点』である」としながらも、市場の暴走による社会的な格差・不平等の拡大を避けるためには、「市場主義にも反市場主義にもくみしない、いってみれば、両者を止揚する革新的な体制」(140p)としての「第三の道」をとるべきだとしています。

 「第三の道」とは社会学者ギデンズが提唱した「旧式の社会民主主義と新自由主義という二つの道を超克する道」(142p)であり、著者によれば「リベラリズム」がそれにあたり、最もそれを体現しているのが英国のブレア首相(労働党)であるということのようです(サッチャリズムの保守主義、市場主義政策が破綻してリベラルなブレア政権が誕生したと...)。

 効率重視の"保守"と公正重視の"リベラル"という対立軸で経済を読み解くのが著者の特徴で、「自由な市場競争を大義名分とする市場主義と、伝統と秩序を『保守』することを大義名分とする保守主義は両立不可能」(41p)という政治経済学的な分析は面白いし、その他にも政治・経済・社会に対する多角的な分析があり、経済の参考書として門外漢の自分にも興味深く読め、本書が「2000年ベスト・オブ・経済書」(週刊ダイヤモンド) に選ばれたのも"むべなるかな"といったところ。

 ただし、肝心の主張部分「第三の道」についてもう少し具体的に説明してもらわないと、一般に言う「福祉国家」とどう違うのかなどがよくわからず、学者的ユートピアの話、議論のための議論のようにも聞こえます。
 確かに「大学改革」については、市場主義、経済的利益のみで学問の価値が測れないことを示しています(それはそれでわかる)が、何だかこの問題だけ特別に具体的で、浮いているような気がしましたけど。

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「●ちくま新書」の インデックッスへ

ビジネスパーソンの"復習"用として身近な感覚でもって読める。

経済学を学ぶ.jpg  『経済学を学ぶ』 ちくま新書 〔94年〕  岩田 規久男.jpg 岩田規久男 氏 (略歴下記)

1544226_dollar150.jpg 平易な言葉で書かれた経済の入門書で、学生時代に経済学を学ぶことなく社会に出た自分のような人間にも読みやすい本でした。
 '94年の出版ですが、新書版という手軽さもあり(「ちくま新書」創刊ラインアップの中の1冊)、実際かなり幅広く読まれているようです。
「金さえ払えば入れる大学」がないのは何故か、といった身近な切り口は、高校生でも充分に引き込まれるのではないでしょうか。

 ミクロ経済学の視点からは、個人だけでなく企業行動についてもとりあげているので、ビジネスパーソンの"復習"用としても身近な感覚でもって読めます。
 それも、「なぜ映画に学割があるのにレストランにはないのか」「JRのフルムーンは高齢者福祉政策か」といったユニークな切り口での解説です。

 後段ではマクロ経済の視点で、国民所得の変動や失業、インフレが発生する原因を解説し、財政金融政策について、「ルールか裁量か」という問題があることを示しています。
 より突っ込んで学びたい人は、同じ著者の『マクロ経済を学ぶ』('96年/ちくま新書)に読み進めば良いかと思います。
 こちらはレベル的には、大学の一般教養か経済学部の学部生になったばかりの人向けぐらいでしょうか。
_________________________________________________
岩田 規久男 (学習院大学経済学部教授)
1942年(昭和17年)10月3日大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業、東京大学大学院経済研究科博士課程修了。上智大学専任講師、'76年助教授、'83年教授。'77〜'79年カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。
●主な著書
『日経を読むための経済学の基礎知識』、『土地改革の基本戦略』、『土地と住宅の経済学』、『企業金融の理論』(共著)他多数。

《読書MEMO》
●ルールか裁量かについては、未だ決着はついていないが、次のような立場が比較的多くの支持を得ていると考えられる。すなわち、普通の状態では、市場の自動安定化装置に任せ、景気が大きく後退したり、激しいインフレが起きたりした場合には、裁量的な財政金融政策を実施するというものである。(204p)

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「●中公新書」の インデックッスへ

政治経済を軸に平成不況を多角的分析。ただし将来予測は外れている部分が多い。

平成不況の政治経済学―成熟化社会への条件 佐和隆光.png平成不況の政治経済学―成熟化社会への条件』 中公新書 〔'94年〕 佐和隆光.jpg 佐和隆光 氏

 本書は、'93(平成5)年末、つまりバブル崩壊後3年目で、ちょうど細川政権が誕生した頃に書かれたものですが、「政治経済」という視点を軸に平成不況を分析し、以後の経済政策のあり方を提示していています。
 また一方で、著者の多角的な観点のおかげで、経済というものをより幅広い視野で捉える眼を養ううえでの参考書としても読めます。
 ただしこの本を"参考書"として読む場合は、経済学には派閥があり、保守派とリベラル派に分けるならば、著者は「リベラル派」であることを踏まえておくことが必要でしょう。

 著者は平成不況の一因に日本が'90年代に成熟化社会に入ったことを挙げ、この閉塞状況の処方箋を書くには、従来の経済学の枠組みではなく、保守とリベラルという概念で状況を読み解く必要があるとしています。
 そしてリベラルな立場から"保守派"エコノミストの描く"ケインズ主義"的な財政金融政策に警鐘を鳴らし(著者の「保守/リベラル」観には「人間性」的なものがかなり入っているように思える)、生活の質を重視した社会の仕組づくりを提唱しています。

 到達地点の趣旨自体は賛同できますが、市場主義の流れは止まらないだろうし、インフレもその後10年以上生じておらず、むしろ超デフレが続きました。
 それに、著者が描いた政治構造の将来予測、つまり保守主義とリベラリズムの対立構造というものが、まず政党のパワーバランス予測が外れ、さらに政策区分さえかなり曖昧になってしまいました。

 政治と経済政策の関係を〈保守とリベラル〉という観点で読み解く参考書としては良書だと思いますが、経済予測だけでも難しいのに、それに政治が絡むと将来予測はさらに難しくなることを痛感させられる本でもありました。

《読書MEMO》
● 保守主義とは何か
「いまここに、一人の貧者がいたとする。もしもあなたが保守主義者ならば、次のようにいわれるであろう。彼または彼女が貧しくなったのは自助努力が足りなかったからである。もし政府が福祉政策によって彼または彼女を救済したりすれば、彼または彼女にとってはありがたいことかもしれないが、図らずも他の人々の自助努力をも阻害することになり、一国経済の生産性を低下させかねない。したがって過度の福祉政策は慎むべきである、と。」(13-14p)

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"実践"ですぐに役立つビジネス英単語集。語句の説明も丁寧。

ビジネスに出る英単語.jpg 『ビジネスに出る英単語―テーマ別重要度順キーワード2500』 ('02年/講談社インターナショナル )

 謳い文句どおり、"実践"ですぐに役立つビジネス英単語集。
 マーケティング、生産管理、財務・経理などビジネスの各分野別に重要度順に配列し、2色刷りなので読みやすく、解説も丁寧です。
 ビジネスの現状に即した内容になっていて、「ビジ単」と呼ばれ利用者が多くいるようです。

 特に仕事上、人事関連で参考になりました。
 米国企業では、訴訟放棄契約書にサインしないと解雇手当が出ないケースがあるとか(大リーグのウェーバー方式というのは訴訟放棄条項があるようですが、これは野球に限らず一般企業社会での慣習として行われているのですね)、「単身赴任」という言葉は該当する言葉は英語には無いとか、興味深かったです。
 
 そのほかにも、M&Aや企業戦略に関連する言葉が豊富です。
 Supply Chain Management の説明で、"最も成功したのはユニクロである"とか、具体例を多く挙げていてわかりやすいです。

《読書MEMO》
●人事関連...
 ・change agent 組織変革推進者(357p)
 ・turnover rate 離職率(358p)
 ・glass ceiling ガラスの天井(昇進における性などの差別)(359p)
 ・compensation 米では普通"役員報酬"(360p)
 ・contribution holiday 年金拠出停止
 ・seniority 勤続年数(390p)

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突然仕事で英語を使わざるを得ない状況になった人にお薦め。

仕事にすぐ役立つビジネス英語表現実例集.jpg  『仕事にすぐ役立つビジネス英語表現実例集』 (2002/12 中央経済社)

 単行本や新書でベストセラーになったものから、NHKで出しているシリーズもの、TOEIC公式ガイドから果ては「超右脳式」とかいうものまで当たりましたが、結局スピーキングに関してはこの本が一番役に立ちました(CD付きではないので、発音は別として)。

 〈日本人〉vs,〈外国人〉のビジネス交渉などを軸にした状況設定が非常にあり得える具体性を持っていて、リアリティがあります。
 「仕事にすぐ役立つ」というキャッチは大袈裟ではないと思いました。
 
 通常こうした素材では会話が長くなりがちですが、本書でのダイアローグは10行前後とコンパクト。
 構成自体はダイアローグに語彙と表現例が書いてあるだけの一般的なものですが、ダイアローグの対訳との見開きのページ構成で、1セッションを読む間にページをめくる必要がないので集中できます。

 対訳の下にあるコラムも、著者の豊富な経験に裏づけされた楽しい内容になっています。

《読書MEMO》
●「英語ではダンベルでダイエットは存在しない」ダイエットは食事療法、痩せすぎの人が太る場合にも使う(87pコラム)
●「どうぞよろしくお願いします」「お疲れ様でした」という表現は英語にはない(159pコラム)
●「頑張って」はGood luck!(日本は本人に努力を求め、西洋では天に祈る《→時にTake it easy!を使う》

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「英語やり直し」というテーマに沿った"参考書"。

英語「超基本」を一日30分.jpg 『英語「超基本」を一日30分!』  角川oneテーマ21 〔'02年〕

 本書は「角川oneテーマ21」の1冊ですが、「英語やり直し」ということでテーマがはっきりしています。
 英会話の使える表現集などが付いていますが、基本的には会話のベースとなる「英文法」の本です。
 たいへんオーソドックスで、『試験に出る英文法』の簡易版みたいな感じ、要するに新書と言うより参考書であるという気がしました。
 そう感じるということは、内容がテーマに沿っているということでしょうか。
 「枝よりも幹が重要!」、「未来を表すのはwillだけで大丈夫」、「英文は3パターンしかない!」といったキャッチも、ある意味正統的で、こうしたマトモさがベストセラーになった要因かもしれません。

 ただ、読み終えてもう一度読み直そうとすると、例文が語彙集的役割を果たしている分、解説部分が文法の話だったり語彙表現の話だったりで、少し読みにくい感じもして、個人的には、その部分での相性が今ひとつでした。
 
 繰り返しになりますが、新書本ですが、内容的には〈読み物〉というよりは〈参考書〉です。
 1回目に読むときに、自分なりのポイントにマーカーで線を引くようにした方が良いかと思います。

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英文に内在する論理構造を知ることができる良書。

日本人の英語.jpg 日本人の英語 続.jpg  『日本人の英語 (岩波新書)続・日本人の英語』 岩波新書 〔'88年/'90年〕

 英語における冠詞や前置詞、時制や関係代名詞、受動態などの使い方を通して、英文に内在する論理構造を知ることができる好著です。
 
 日本人の英語表現のよくある誤謬を単に正すのではなく、日本語と英語のもともとの発想や論理の隔たりがどこにあるのかを、ユーモアを交えながら説き明かしていく展開は、楽しく読めて、かつ奥が深いものであり、日本語と英語の両方に通じた著者の慧眼を示すものです。
 面白いだけでなく、ある意味、今まで誰も示さなかった習得の近道かも知れません。

 例えば冒頭の、「名詞にaをつける」のではなく、むしろ「aに名詞をつける」のだという話は、初めての人には何を言っているのかよく解らないかもしれませんが、読んでみればaもtheも名詞につけるアクセサリーのようにしか思っていなかった人は「目からウロコ」の思いをするのではないでしょうか。
 ここを理解するだけでも元が取れてしまう1冊です。  
 
 '90年には「続」編が出ていて、構成は、冠詞、前置詞、副詞、時制、知覚動詞、使役動詞というように「正」編とほぼ同じですが、日本文学や映画から素材を選び、比較文化論的エッセイ風の色合いが強まった感じがします。  
  
 それは冒頭の、アメリカ人は日本人を the Japanes eと言うのに、自分たちを the Americans と言わず、Americans というのはなぜだろうという疑問提示にも表れていて、著者による「文化論的」謎解きに触れたときには、思わずう〜んと唸ってしまいました。  
 
 全体的には、「続」も「正」と同様に楽しく、また「正」よりスイスイ読めますが、先に多少時間をかけてでも「正」の方を読んでおいた方がいいかも。

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「読む」辞典。読みながら日米口語の共通点や相違点が掴める。

最新日米口語辞典2.jpg 『最新日米口語辞典 増補改訂版』 (1982/01 朝日出版社)

 「A」の"あばたもえくぼ"― Love is blind から「Z」の"頭痛のタネ"―one's biggest headache まで、約600ページに3,000語を収録しています。
 つまり1ページ平均5語。それだけ一語一語の説明が丁寧で、例文も豊富であるということになります。
 「引く」辞典ではなく「読む」辞典であり(活字も通常の辞典より大きめで、紙質もいい)、読みながら日米口語の共通点や相違点が掴めます。

エドワード・ジョージ・サイデンステッカー.jpg 初版が'77年、増補版が'82年とずいぶん以前であるのに古さを感じさせないのは、日本語の抽出の仕方が口語とは言えオーソドックスで、時代を経ても使われ続けられるものを選んでいるためと思われます。
 このあたりは、編纂者の識見のなせる技でしょうか。

Edward George Seidensticker (1921-2007)

 エドワード・サイデンステッカーは谷崎潤一郎、川端康成作品などの翻訳でも有名な人で(川端康成のノーベル文学賞受賞の貢献者とも見なされている)、日本語の面白さがよく出ている表現が多く(これを英語に訳すと、残念ながら必ずしも同じくらい面白いものになるわけではないのだが)、また、時代の波に消えてしまうような言葉はあまり入れていないようです。

 米語の発想に触れるうえでは、多くの学習者にとって有益だと思います。
(後に、 『生物と無生物のあいだ』('07年/講談社現代新書)の著者・福岡伸一氏が、この辞書の愛読者であることを知った。)
 ただ、ここにある米語の口語表現を会話の中で使おうとするならば、会話表現力が相当ないと、その部分だけ"一点豪華主義"みたく浮いてしまうと思います。

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アメリカ俗語と同時に日本の俗語も知ることができ、読み物としては面白いが...。

アメリカ俗語辞典.jpg  『アメリカ俗語辞典』 (1975/09 研究社出版)

 この辞典が出来上がった契機というのが、臨床心理の医者である著者(ランディ)が、麻薬患者などと意思疎通を図る過程で、隠語を蒐集していったというもの。
 黒人、麻薬、同性愛、バイク乗り、犯罪、売春、医薬などに関する俗語が多く、そのまま'60年代のアメリカの世相を反映したものとなっています。

 俗語というのはアンダーグラウンドの人々が自分たちとオバーグランドの人々を区別しようとする働きから生まれるものだとすれば、'60年代は特にそうした土壌があったのでしょう。
 さらに、批評家(哲学者?)の東浩紀氏が『動物化するポストモダン-オタクから見た日本社会』('01年/講談社現代新書)の中で指摘したように、「日本のオタク系文化の起源はじつは(中略)、戦後'50年代から'70年代にかけてアメリカから輸入されたサブカルチャーだったという事実」がここにあるのかも知れません。

 由緒ある出版社から出されている辞典ですが、英会話教室で机の上に置いといたら、ネイティブの教師から "Oh!No!"というお言葉を頂戴しました。
 ペーパーバック小説などを読むときには役に立ちそうな気もするのですが、この辞書をパラパラとめくって読んでいるだけで'60年代のアメリカ文化的ムードが伝わってきます。

 この辞典のもう1つの特徴は、アメリカ俗語に対応する日本の俗語のマニアックとも思える蒐集ぶりです(訳編者が70年代に大学生を中心に集めたという)。
 試しに bear とか bush という語を引いて見ればわかりますが、完全に〈日本語俗語辞典〉と化しています。日本にだってこんなに俗語はあるぞ〜みたいな。
 多分〈日本語の俗語〉の方も、一般の読者には初めて知るものの方が圧倒的に多いかと思います。
 
 読み物としては面白いですが、ペーパーバック小説などを読むとき以外で役に立つかどうかというと、汎用性という点ではどうかなという気もする辞典です。

「●本・読書」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【820】 米原 万里 『打ちのめされるようなすごい本

自分にあまり縁がなさそうな本の批評でも、読み始めると楽しく読めた。

読んだ、飲んだ、論じた.jpg 『読んだ、飲んだ、論じた―鼎談書評二十三夜』 (2005/12 飛鳥新社)

 '03年から2年にわたり雑誌「文藝春秋」に連載された鼎談書評ですが、仏文学者の鹿島茂氏、文芸評論家の福田和也氏、経済学者の松原隆一郎氏の3氏が、それぞれが推薦した本(当時における新刊本)を読みあって講評するスタイルで、3冊×23回=69冊の本が紹介されていています。

 一応、鹿島氏が歴史・風俗、福田氏が文学・政治、松原氏が経済・社会という推薦本のジャンル担当になっていたようですが、そのバランスが良く、また時に鹿島氏が『カルロス・ゴーン経営を語る』といったビジネス書を取り上げたりするなど、専門分野に固執していないのもいいです。

 いずれにしろ、鹿島氏の書誌学的博識や福田氏の歴史やサブカルチャーなどにも及ぶ該博ぶりは分野を飛び越えていて、松原氏にしても、鼎談の良き調整役となっているだけでなく、マルチジャンルの2人によく拮抗して意見を述べているなあと感心。

取り上げている本(一部/順不同)
グローバル・オープン・ソサエティ.jpg 移民と現代フランス.jpg 日本の童貞.jpg 野中広務差別と権力.jpg 知られざるスターリン.jpg グロテスク.jpg 成長経済の終焉.jpg 虚妄.jpg カルロス・ゴーン経営を語る.jpg 女神.jpg 静かなる戦争.jpg 真説ラスプーチン.jpg 夏彦の影法師.jpg 百万遍青の時代.jpg マネー・ボール.jpg 日本はなぜ敗れるのか.jpg 波瀾万丈の映画人生.jpg 分断されるアメリカ.jpg 森敦との対話.jpg 肩をすくめるアトラス.jpg エコノミストは信用できるか.jpg 巨大独占.jpg 六世笑福亭松鶴はなし.jpg ペニスの歴史.jpg

 『上司は思いつきでものを言う』のような比較的馴染みのある新書本から、専門書に近い本や大部な本(『肩をすくめるアトラス』は2段組1,270ページ、6,300円也!)、通好みの本(『「清明上河図」をよむ』などはその類、思わずネットで鑑賞した)まで紹介されていますが、3人の知識が衒学をひけらかすためではなく、本のバックグラウンドの理解や読み解きのために吐露されているので、自分にとってあまり縁がなさそうな本の批評でも、読み始めるとそれぞれに楽しく読めました。

 鹿島氏('49年生まれ)が50代中盤、松原氏('56年生まれ)が40代後半、福田氏('60年生まれ)が40代中盤という微妙な年代の違いも、鼎談を面白いものにしていると思いますが、福田氏というのは昔のこともよく知ってるなという感じ。
 この人の特定の作家への過剰な思い入れはともかく、「本で読んだ知識」にしても、「知っている」ということは大きいなあと思いました。だから、同じ土俵で他の2人と話が出来るんだ...とまた感心。
 しかし、小説や社会学系の本を扱って、さほど"論争"にならないのがやや不思議な気もしました。もっと意見が割れるような気もする3人だけど...。


《読書MEMO》
●取り上げている本(一部)
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』J・D・サリンジャー(村上春樹訳)
『グローバル・オープン・ソサエティ』ジョージ・ソロス
『移民と現代フランス』ミュリエル・ジョリヴェ
『帝国以後』エマニュエル・トッド
『日本の童貞』渋谷知美
『シェフ、板長を斬る悪口雑言集』友里征耶
『グロテスク』桐野夏生
『創るモノは夜空にきらめく星の数ほど無限にある』宮脇修
『知られざるスターリン』ジョレス・メドヴェージェフ・&ロイ・メドヴェージェフ
『成長経済の終焉』佐伯啓思
『ナンシー関大全』ナンシー関
『エコノミストは信用できるか』東谷暁
『虚妄の成果主義』高橋伸夫
『日本はなぜ敗れるのか』山本七平
『六世笑福亭松鶴はなし』戸田学
『教育の世紀』苅谷剛彦

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読書案内であり、社会批評風エッセイでもあることが良かったのか疑問。

いまどきの新書1.jpg いまどきの新書.jpg 『いまどきの新書―12のキーワードで読む137冊』 (2004/12 原書房)

 「週刊朝日」連載の著者の書評コーナー「新書漂流」をまとめたもので、社会、ビジネス・経済、生き方、思考の道具、暮らし、趣味、国際、芸術、科学、歴史、文化、読書の12分野に"かっちり"ジャンル分けして、1冊につき見開き2ページで内容紹介していますが、よくこれだけの広範囲にわたってコンスタントに集めてきたなあという感じ。

 構成上、読みやすいといえば読みやすいのですが、本の紹介がエッセイ風で、そこに著者の社会批評(小泉首相、石原都知事批判が結構なされている)が含まれているのが、読書案内という観点からするといいのかどうか。

 新書本のライン・アップ自体は悪くないです。
 比較的身近なテーマのものが多く、ただし、ちょっとマニアックなものや趣味的なものも紹介されていて、「ああ、また読みたい本が出てきたなあ」という気にはさせられました。
 ただし、限られた文字数の中で他の本も紹介されていて、社会批評風のエッセイのスタイルをとれば当然そうなるのかも知れませんが、肝心の主対象となる本の紹介や読み解きがさらっとしたものになってしまった面もあります。

 著者はインタビュアーとしてのキャリアもあり、その本を書いた人の経歴や周辺をあたるというのは著者らしいのですが、一方で個人的に、この人はコンテキスト(文脈)で読み込むタイプの批評家でもあると思っており、後者の持ち味が生かされていないのではという気も、ややします。

 単行本化するにあたって、取り上げた本に関連するテーマを扱っている新書本を「こちらもおすすめ」として2,3冊ずつ紹介していますが、簡単な内容紹介があれば良かったと思います(左側のスペース、少し余ってるし)。
 それらの中には昔からのロングセラーも含まれていますが、そこまで紹介するならば、本文紹介の本も含めて、出版年を入れてほしかった。

 ああ、でもやっぱり、新書のガイドブックを読むって「ガイドブックのガイドブック」を読んでいるような...。

《読書MEMO》
●取り上げている本(一部)
◆1.社会―『ワイドショー政治は日本を救えるか』、『人口減少社会の設計』、『若者の法則』、『監視カメラ社会』、『東京都政』、『教育改革と新自由主義』 ほか 
上司は思いつきでものを言う.jpg ◆2.ビジネス、経済―『情報の「目利き」になる!』、『インターネット書斎術』、『論理に強い子どもを育てる』、『食べていくための自由業・自営業ガイド』、『上司は思いつきでものを言う』、『コーポレート・ガバナンス』『働くことは生きること』 ほか 
さみしい男.jpg ◆3.生き方―『ルポ「まる子世代」 変化する社会と女性の生き方』、『DV (ドメスティック・バイオレンス) 、『さみしい男』、『シングル化する日本』、『中高年自殺』、『自分の顔が許せない!』 ほか 
◆4.思考の道具―『哲学は何の役に立つのか』、『教養としての「死」を考える』、『現代日本の問題集』、『原理主義とは何か』、『食の精神病理』、『生き方の人類学』 ほか 
◆5.暮らし―『和食の力』、『行儀よくしろ。』、『運動神経の科学-誰でも足は速くなる』、『人体常在菌のはなし-美人は菌でつくられる』、『住まいと家族をめぐる物語-男の家、女の家、性別のない部屋』、『憲法対論』、『適応上手』 ほか 
◆6.趣味―『いい音が聴きたい-実用以上マニア未満のオーディオ入門』、『マンガで読む「涙」の構造』、『素晴らしき自転車の旅-サイクルツーリングのすすめ』、『ロンドンの小さな博物館』、『ラーメンを味わいつくす』、『匂いのエロティシズム』 ほか
◆7.国際―『北朝鮮難民』、『デモクラシーの帝国-アメリカ・戦争・現代世界』、『ナショナリズムの克服』、『グレートジャーニー-地球を這う1南米〜アラスカ編』、『日朝関係の克服』、『ドキュメント女子割礼』 ほか
◆8.芸術――『キーワードで読む現代建築ガイド』、『表現の現場 マチス、北斎,そしてタクボ』、『恋するオペラ』、『ウィーン・フィル 音と響きの秘密』、『人形作家』、『江戸の絵を愉しむ』 ほか
進化論という考えかた.jpg ◆9.科学―『進化論という考えかた』、『自然保護のガーデニング』、『お話・数学基礎論』、『科学の大発見はなぜ生まれたか-8歳の子供との対話で綴る科学の営み』、『意識とはなにか-「私」を生成する脳』、『時間の分子生物学』 ほか
◆10.歴史―『ヒエログリフを愉しむ』、『ダルタニャンの生涯-史実の「三銃士」』、『江戸三〇〇藩最後の藩主-うちの殿さまは何をした?』、『言論統制-情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』、『「明星」50年601枚の表紙』、『日本の童貞』 ほか
犬は「びよ」と鳴いていた.jpg ◆11.文化―『洋菓子はじめて物語』、『新宗教と巨大建築』、『犬は「びよ」と鳴いていた』、『漢字と中国人』、『「しきり」の文化論』『「おたく」の精神史-一九八〇年代論』 ほか
◆12.読書―『新書百冊』、『メルヘンの知恵 ただの人として生きる』、『眠りと文学-プルースト、カフカ、谷崎は何を描いたか』、『鞍馬天狗』、『「面白半分」の作家たち』、『シェークスピアは誰ですか?』、『未来をつくる図書館』 ほか

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千円にしては「使える」ブックガイド。巻末「新書コレクション500」がいい。

使える新書.jpg 『使える新書―教養インストール編』 (2003/12 WAVE出版)

 山とある新書の中から、「使える」「役に立つ」ことを最優先にして120冊強を選び、1冊につき1〜3ページで内容紹介しています。
 編者の言う「使える」とは、例えば、自明とされている常識を問いなおしたり、物事を筋道だてて考えたりといった汎用的な思考ツールを提供するものであるとのこと。

 分類を兼ねた章立てが「ビジネス社会サバイバルの書」、「人生の兵法」、「世の中を知る遠近法」、「科学が人間について知っている二,三の事柄」、「暮らしのリテラシー」となっているのがユニークで、学際的なテーマが多い最近の一般教養系新書の傾向を反映しているとも言えます。

 編者の斎藤哲也氏('71年生まれ)をはじめ5人の分担執筆になっていて、ビジネスから哲学、社会学、科学、さらに趣味・生活まで、広いジャンルの本を取り上げていますが、充分に読み込みがなされた上でポイントを絞って解説されているものがあると思えば、趣旨解釈や論調が「?」のものも一部ありました。

 新書本の選択そのものはそれほど悪くないと思うのですが、個々の解説には賛否あるかもしれません。
 ただし、知的興奮を喚起させるか(要するに、面白いかどうか)ということに結構ウェイトがおかれているようで、個人的にはそうした姿勢は好きです。
 むしろ本文よりも、最終章として付録的にある「新書コレクション500(冊)」が、新書別にロングセラーを挙げていたりして、それぞれに簡単な内容紹介もあり、本文より役に立ったりして...(一定の評価が確立している本ばかりだが、いいライン・アップだと思う)。

 若い編者が「教養インストール」などというサブタイトルを掲げるところが厭らしい感じがする人もいるだろうし、個人的には不似合いというかアナクロな感じがしましたが、中身はそんな大それたものでもなく、と言って貶すほどのものでもないと思います。

 あれもこれも読まなきゃと思うとため息が出そうにもなりますが、「教養」とは「自分が何を知らないかについて知っている」ことだと、本書でもその著書が紹介されている内田樹氏も言っておりました。
本体価格千円にしては「使える」ブックガイドだと思います。
 でも、新書のガイドブックを読むって、福田和也氏が言うところの、「ガイドブックのガイドブック」を読んでいるようなところもあるなあ。

《読書MEMO》
●紹介されている新書(一部)
アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界.jpg・アーロン収容所 --西欧ヒューマニズムの限界(会田雄次・中公新書)
・キヤノン特許部隊(丸島儀一・光文社新書)
ウェルチにNOを突きつけた現場主義の経営学.jpg・ウェルチにNOを突きつけた現場主義の経営学(千葉三樹・光文社新書)
・日本の公安警察(青木理・講談社現代新書)
・債権回収の現場(岡崎昂裕・角川Oneテーマ21)
・値切りの交渉術(新井イッセー・生活人新書)
・議論のレッスン 福澤一吉 生活人新書
・「分かりやすい表現」の技術(藤沢晃治・ブルーバックス)
・インタビュー術!(永江朗・講談社現代新書)
・相手に「伝わる」話し方--ぼくはこんなことを考えながら話してきた(池上彰・講談社現代新書)
・ギリギリ合格への論文マニュアル(山内志朗・平凡社新書)
・ゼロからわかる経済の基本(野口旭・講談社現代新書)
・景気と経済政策(小野善康・岩波新書)
・バブルとデフレ(森永卓郎・講談社現代新書)
「欲望」と資本主義1.jpg・「欲望」と資本主義--終りなき拡張の論理(佐伯啓思・講談社現代新書)
・消費資本主義のゆくえ--コンビニから見た日本経済(松原隆一郎・ちくま新書)
・日本の経済格差 --所得と資産から考える--(橘木俊詔・岩波新書)
・軍師・参謀--戦国時代の演出者たち(小和田哲男・中公新書)
・アメリカ海兵隊(野中郁次郎・中公新書)
・ゲームの理論入門--チェスから核戦略まで(モートン・D・デービス/翻訳:桐谷維・森克美・ブルーバックス)
・ゲームとしての交渉(草野耕一・丸善ライブラリー)
・詭弁論理学(野崎昭弘・中公新書)
「わからない」という方法.jpg・「わからない」という方法(橋本治・集英社新書)
・社会認識の歩み(内田義彦・岩波新書)
・寝ながら学べる構造主義(内田樹・文春新書)
・思考のための文章読本(長沼行太郎・ちくま新書)
一億三千万人のための小説教室.jpg・一億三千万人のための小説教室(高橋源一郎・岩波新書)
・受験は要領(和田秀樹・ゴマブックス)
・孔子(貝塚茂樹・岩波新書)
・論語の読み方(山本七平・ノン・ブック)
・飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ(井村和清・ノン・ブック)
・不平等社会日本--さよなら総中流(佐藤俊樹・中公新書)
・社会的ひきこもり(斎藤環・PHP新書)
・森田療法(岩井寛・講談社現代新書)
やさしさの精神病理.jpg・やさしさの精神病理(大平健・岩波新書)
・< 対話>のない社会(中島義道・PHP新書)
・なぜ人を殺してはいけないのか(小浜逸郎・新書y)
・新・シングルライフ(海老坂武・集英社新書)
禅と日本文化1.bmp・禅と日本文化(鈴木大拙/翻訳:北川桃雄・岩波新書)
・朝比奈隆 わが回想(朝比奈隆・中公新書)
・日本の思想(丸山真男・岩波新書)
・ヒロシマ・ノート(大江健三郎・岩波新書)
・戒厳令下チリ潜入記(G.ガルシア=マルケス/訳:後藤政子・岩波新書)
・貧困の克服 (アマルティア・セン/訳・大石りら/集英社新書)
・楽譜の風景(岩城宏之・岩波新書)
・天才になる!(荒木経惟・講談社現代新書)
・日本人のしつけは衰退したか(広田照幸・講談社現代新書)
・『社会調査』のウソ(谷岡一郎・文春新書)
・アトピービジネス(竹原和彦・文春新書)
・食のリスクを問いなおす(池田正行・ちくま新書)
・『食べもの情報』ウソ・ホント(高橋久仁子・ブルーバックス)
・里山再生(田中淳夫・新書y)
・日本の社会保障(広井良典・岩波新書)
・自動車の社会的費用(宇沢弘文・岩波新書)
・教育改革の幻想(苅谷剛彦・ちくま新書)
若者はなぜ「決められない」か.jpg・若者はなぜ「決められない」か(長山靖生・ちくま新書)
・安心社会から信頼社会へ(山岸俊男・中公新書)
現代社会の理論.jpg・現代社会の理論(見田宗介・岩波新書)
・グローバリゼーションとは何か(伊豫谷登士翁・平凡社新書)
・マックス・ヴェーバー入門(山之内靖・岩波新書)
・アメリカ産業社会の盛衰(鈴木直次・岩波新書)
・ヘッジファンド(浜田和幸・文春新書)
・金融工学とは何か(刈屋武昭・岩波新書)
・移民と現代フランス(ミュリエル・ジョリヴェ/訳:鳥取絹子・集英社新書)
・現代戦争論(加藤朗・中公新書)
・新書 アフリカ史(宮本正興+松田素二編・講談社現代新書)
・制御工学の考え方(木村英紀・ブルーバックス)
・本の未来はどうなるか(歌田明弘・中公新書)
・飛行機物語(鈴木真二・中公新書)
・ロボット入門(舘暲・ちくま新書)
・自動販売機の文化史(鷲巣力・集英社新書)
・脳の探検(フロイド・E・ブルーム他著/監訳:久保田競・ブルーバックス)
・心と脳の科学(苧阪直行・岩波ジュニア新書)
・ヒトはなぜ、夢を見るのか(北浜邦夫・文春新書)
脳と記憶の謎.jpg・脳と記憶の謎(山元大輔・講談社現代新書)
・どうしてものが見えるのか(村上元彦・岩波新書)
・心はどのように遺伝するか(安藤寿康・ブルーバックス)
・ヒト型脳とハト型脳(渡辺茂・文春新書)
・ヒトゲノム(榊佳之・岩波新書)
・新しい発生生物学(木下圭+浅島誠・ブルーバックス)
・生命と地球の歴史(丸山茂徳+磯崎行男・岩波新書)
カンブリア紀の怪物たち.jpg・カンブリア紀の怪物たち(サイモン・コンウェイ・モリス/訳:木下智子・講談社現代新書)
・原子(もの)が生命(いのち)に転じるとき(相沢慎一・カッパ・サイエンス)
・ハゲ、インポテンス、アルツハイマーの薬(宮田親平・文春新書)
・ドーピング(高橋正人+立木幸敏+河野俊彦・ブルーバックス)
・「健康常識」ウソ・ホント55(前野一雄・ブルーバックス)
・ぼくらの昆虫記(盛口満・講談社現代新書)
・森はよみがえる(石城謙吉・講談社現代新書)
・ミミズのいる地球(中村方子・中公新書)
・砂の魔術師アリジゴク(松良俊明・中公新書)
・昆虫の誕生(石川良輔・中公新書)
ゾウの時間 ネズミの時間.jpg・ゾウの時間ネズミの時間(本川達雄・中公新書)
・原子爆弾(山田克哉・ブルーバックス)
・日本の医療に未来はあるか(鈴木厚・ちくま新書)
・地球はほんとに危ないか?(北村美遵・カッパ・サイエンス)
・不妊治療は日本人を幸せにするか(小西宏・講談社現代新書)
・生殖革命と人権(金城清子・中公新書)
・日本の科学者最前線(読売新聞科学部・中公新書ラクレ)
・100円ショップで大実験!学研の「科学」「学習」編・学研)
・日本人のひるめし(酒井伸雄・中公新書)
・栽培植物と農耕の起源(中尾佐助・岩波新書)
・漬け物大全(小泉武夫・平凡社新書)
・カレーライスと日本人(森枝卓士・講談社現代新書)
・魚々食紀(川那部浩哉・平凡社新書)
・万博とストリップ(荒俣宏・集英社新書)
・私の選んだ一品(阪急コミュニケーションズ)
・グッドデザイン賞審査委員コメント集1(日本産業デザイン振興会編・GD新書)
・広告のヒロインたち(島森路子・岩波新書)
・マジックは科学(中村弘・ブルーバックス)
元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世2.png・元禄御畳奉行の日記(神坂次郎・中公新書)
・武士の家計簿(磯田道史・新潮新書)
参勤交代.jpg・参勤交代(山本博文・講談社現代新書)
・百姓の江戸時代(田中圭一・ちくま新書)
・花と木の文化史(中尾佐助・岩波新書)
・住まい方の思想(渡辺武信・中公新書)
・誰か「戦前」を知らないか(山本夏彦・文春新書)
・日本一周ローカル線温泉旅(嵐山光三郎・講談社現代新書)
・オートバイ・ライフ(斎藤純・文春新書)
・新「親孝行」術(みうらじゅん・宝島社新書)

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バカは歴史書を読め!? 読書案内であると同時に反「ニューアカデミズム」の教養論。

バカのための読書術.jpg 『バカのための読書術グロテスクな教養.jpgグロテスクな教養学者の値打ち.jpg学者の値打ち

 インパクトのあるタイトルでそれなりに売れた本ですが、本書で言うところの「バカ」とは「学校出た後も勉強はしたいけど、哲学のような抽象的なことは苦手」という人のことで、著者は、そういう「難しい本」がわからない人は「歴史書」を読めと言っています。
 「教養」を身につけようとして、哲学書や心理学・社会学系の本を読み漁り、カオスに陥って時間を無駄にするという事態を避けるための逆説的提言として、「事実」に立脚したものを読めということのようです。

 巻末近くに「歴史入門ブックガイド」「小説ガイド」がありますが意外と平凡で、むしろ中程の「読んではいけない本」ブックガイドが面白い(小林秀雄、ユング、中沢新一あたりは、ほとんど全部ダメとのこと)。
 世間で名著とされているものに疑念を呈するだけでなく、入門書にも入門書として不向きなものがあることを教えてくれます。
 ただし、「自然科学」書を「バカ」には荷が重いと最初から排除しているのはどうかなあ。なんで歴史書に限定されてしまうのだろうか。

 背景には著者の「若者の歴史についての無知」に対する危惧があるようですが、さらには、「ニューアカデミズム」に対する「旧教養主義」という構図の中での「歴史書」推奨という構図になっているようです。
 ですから本書は、読書案内であると同時に「教養」に関する本と言えます。

 同じ「ちくま新書」で、他にも「教養(またはアカデミズム)」をテーマにしたものを何冊か読みましたが―、
 『グロテスクな教養』(高田里惠子/'05年)は旧制高校的教養主義の伝統を確認しているだけのようにしか思えず、評価★★☆(低評価の理由には、着眼点は面白いが、自分にとってイメージしにくい世界の話だったということもある。テーマとの相性の問題か?)、『学者の値打ち』(鷲田小彌太/'04年)に至っては、あまりに恣意的で主観に偏った内容であったため評価★。
 これらに比べると、まあ参考になった部分もあるし、「許せるかな」という内容でした(元々が、目くじら立てて読むような内容の本ではないのですが)。

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量的な部分で圧倒される「知」のデリバリー・システム。

ぼくはこんな本を読んできた 立花式読書論、読書術、書斎論.jpg 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』 (1995/12 文藝春秋)

 著者の本を何冊か読んだ人ならば、その知識の源泉の秘密はどこにあるのか、情報の整理・分析のシステムはどのようになっているのかを知りたいと思うだろし、そうした意味では興味が涌く1冊。
 ただし、本書を読んでみて何よりも圧倒されるのは、質的なものよりも量的なものではないでしょうか。蔵書のために、地上3階、地下1階の「ねこビル」を建ててしまったわけですから。

 もちろん読書術として参考になる部分も幾つかあり、例えばある分野について知ろうとする場合、その分野に関する本をとりあえずまとめて購入してしまうとか...。ただし、その数が一度に50冊とか半端じゃない。
 一般の人にはマネしたくてもできない面も多く、はあ〜と感心させられて終わりみたいな部分もありました。
 イヤミに聞こえるとまでは言うと言い過ぎかも。ノンフィクション作家やルポライターを目指す人とかも、本書の読者にはいるかも知れませんから。

 後半は雑誌に連載した読書日記の再録になっていますが、すごく幅広い分野にわたってのかなりマニアックとも思える本までを、比較的常識人としての感覚で読める人という感じがします。
 ただ、この人の「追究」テーマの核となっているのは、宇宙とか臨死体験とか、極限的なものが多いような気がします(価格の高い本が多いので、あまり買って読む気はしないが...)。
 
 個人的には、この人はやはり「追究者」であって「研究者」という感じは受けず(もちろん単なるピブリオマニア(蔵書狂)でないことは確かですが)、「知識」を一般人にデリバリーしてみせる達人であって、「知の巨人」というこの人のことをよく指していう表現はちょっと的を射ていないのではないかという思いを、本書を読んで強めました。

 【1999年文庫化[文春文庫]】

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ベストに選んだ理由に選者の思い入れや機知があり、楽しく読めた。

ベストワン事典.jpg 『ベスト・ワン事典 (1982年)』 教養文庫 〔'82年〕The Man Who Skied Down Everest dvd.jpg 「エベレスト大滑降」('70年/松竹)英語版「Man Who Skied Down Everest [DVD] [Import]」(1975)

 動物、美術、ビジネス、映画、犯罪から文学、医療、軍事、スポーツ、音楽、娯楽、政治まで、20余りの分野の「ベスト」を、分野ごとの専門家に独断と偏見で選んでもらったもの。

 「ギネス・ブック」の客観的・量的ベストに対し、本書は主観的・質的ベストを追求していて、「絵画のベスト」とか「病院のベスト」などマトモなものから、「死体を強奪する方法のべスト」「上流階級に仲間入りできる場所のベスト」といったものまで何でもありなのが楽しいです。

 原著は'80年に英国で出版されたもので、少し古くかつ英国贔屓で、ビジネスや法律に関わる分野などはほとんど米英から、芸術関連もヨーロッパ中心に「ベスト」が選出されている傾向はありますが、その中で「挿絵画家のベスト」に「北斎」が、「フラッシュバック映画のベスト」に「羅生門」が選ばれています。

 それとスポーツの分野で日本人が2人選ばれていて、「滑降スキーヤーのベスト」にジャン・クロード・キリー、フランツ・クラマーを抑えて、エベレストを滑降した「無茶苦茶な日本人」三浦雄一郎が、「レスリング選手のベスト」に、「186戦無敗のキャリアを持つ獰猛なフェザー級選手」渡辺長武(おさむ)」が選ばれています(「無茶苦茶な」とか「獰猛な」という修辞が面白い)。

The Man Who Skied Down Everest.jpg 三浦雄一郎がエベレスト滑降に挑んだのは'70年5月6日で、「エベレスト大滑降」('70年/松竹)という記録映画になりましたが(昔、学校の課外授業で観て、最近インターネット動画で一部を再見)、これを観て後から分析すると、当初、エベレスト8000メートルのサウスコルから(そもそもここまで来るのが大変。シェルパ6名が遭難死している)3000メートルを滑走する予定だったのが、2000メートルぐらい滑って転倒したままアイスバーンに突入(何せスタートから5秒で時速150キロに達したという)、パラシュートの抑止力が効かないまま150メートルほど滑落し、露岩に激突して止まっています。

エベレスト大滑走2.jpg これを「成功」と言えるかどうか分かりませんが、この映画を再編集した英語版作品"The Man Who Skied Down Everest"('75年/石原プロ・米)は、'75年の米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞しています(石原プロは、石原裕次郎主演で「エベレスト大滑降」('70年/配給:松竹)という作品も撮っている)。

「エベレスト大滑降」●制作年:1970年●監督:銭谷功●製作:中井景/銭谷功●撮影:金宇満司●音楽:団伊玖磨●時間:119分●公開:1970/07●配給:松竹(評価:★★★☆)

渡 辺 長 武.jpg 一方、渡辺武の「186戦無敗」は、連勝記録としてみれば、後に柔道において、山下泰裕の203連勝という記録が生まれますが、渡辺の記録はそれ以上に価値があるかも。渡辺は『アニマル1』(アニマルワン)というレスリング・アニメのモデルになりました(原作は「川崎のぼる」のコミック)。
 アニメ主題歌を、一昨年('04年)亡くなった朱里エイコが歌っていましたが、歌唱力のある人でした。「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌うと、このヒトがイチバン、相良直美が2番か3番、和田アキ子はそれらより落ちるという感じかなあ、個人的には。

186戦無敗の渡辺長武


 版元が倒産しているため古書市場でしか入手できない本で、また、特に人に薦めるという類の本でもないのですが、ベストに選んだ理由に選者の思い入れや機知があり、読んで楽しく、個人的には暇つぶしや気分転換に重宝しました。
 

朱里エイコ(1948-2004/享年56)
朱里エイ子.jpgアニマル1 アニメ.jpg「アニマル1(アニマルワン)」●演出:杉山卓●脚本:山崎忠昭/雪室俊一/辻真先/川崎泰民●音楽:玉木宏樹(主題歌:朱里エイコ「アニマル1の歌」)●原作:川崎のぼる●出演(声):竹尾智晴/富山敬/北川智恵子/北村弘一/田の中勇/山本嘉子/栗葉子/雨森雅司/松尾佳子/神山卓三/小林修/鎗田順吉/野沢那智●放映:1968/04~09(全27回)●放送局:フジテレビ

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誤審が避けられないなら、選手やコーチはもっと外国語の勉強をしておいた方がいいかも。

世紀の誤審.jpg 『世紀の誤審 オリンピックからW杯まで』 光文社新書 〔'04年〕

篠原 パリ世界陸上('03年)の末続慎吾のスタート直前に与えられた不当な注意や、シドニー五輪('00年)柔道決勝の篠原・ドゥイエ戦の判定、日韓共催サッカー・ワールドカップ('02年)の韓国チームに有利に働いた判定、ソルトレイク冬期五輪('02年)フィギアの審判員の不正など、歴代の大きなスポーツ競技会での誤審や疑惑の判定が取りあげられていて、色々あったなあと思い出させてくれます。

「篠原"誤審"に泣いた銀」(サンケイスポーツ)
 
 どうして誤審が起きるのかをひとつひとつ分析していて、柔道のように競技の国際化に伴って審判も国際化し、そのレベルが均質ではなくなってきているという問題もあるのだなあと。サッカー・ワールドカップ然り、おかしな審判は必ず毎大会います。

 柔道は選手に抗議権がない競技らしいですが、それにしても国際大会に出る日本のアスリートは、外国語(主に英語)を早めに習得しておいた方がいいのではないかと思われ、それは監督・コーチにも言えることで、篠原・ドゥイエ戦にしても、抗議文を英語で書ける人がいなかったために、その発送が遅れたというのは情けない。

 切り口は面白く、誤審が生まれる背景には政治的なもの、人種差別的なものから選手の実力に対する先入観など色々な要素があることがわかりますが、ひとつひとつのケースの取り上げ方がやや浅い気もします。
 しいて言えば、ミュンヘン五輪('72年)男子バスケットボールの米ソ大逆転は状況分析が行き届いていますが、これはの『残り(ラスト)3秒』(香中亮一著/'93年/日本文化出版)という先行著作を参考にしているためだと思われます。

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日本のジャーナリズムの中では見えなかったイチローの一面が見えた。

イチローUSA語録.jpg 『イチローUSA語録』 集英社新書 〔'01年〕 デイヴィッド・シールズ.jpg デイヴィッド・シールズ氏 (略歴下記)

 イチロー語録は何冊か本になっていますが、シアトル在住の米国人作家の編集による本書は、その中でも早くに出版されたもの。雑誌・新聞等に掲載された英文訳のイチローのコメントを再録していますが、渡米1年目の6月ぐらいまでのものしか載っていません。
 でも、掛け値なしで面白い!

Ichiro.jpg 編者は―、
 「イチローはグラウンドで超人的な離れ業、人間業とも思えない送球や捕球や盗塁やヒットなどを演じ、あとでそれについて質問されると、彼の答えときたら、驚くほかはない。
 そのプレーを問題にもしないか、否定するか、異を唱えるか、前提から否定してかかるか、あるいは他人の手柄にしてしまう」
 と驚き、
 「日本語から英語に訳される過程で、言葉が詩的な美しさを獲得したのだろうか?」
 と考察していますが、日本語に還元したものを我々が読むと、もっと自然な印象を受けます(彼のプロ意識の控えめな表現だったり、ちょっとマスコミに対して皮肉を言ってみたとか、或いはただインタビューを早く終らせたいだけだったとか)。
 それでも面白いのです。

 個人的に一番気に入ったのは、シアトルの地元紙に日本の野球に心残りがあるかと聞かれ、
 「日本の野球に心残りはありません。野球以外では、飼っている犬に会えないのが寂しいけど、グランドでは何もないです」
 と答えた後、その飼い犬の名前を聞かれて、
 「彼の許可を得てからでないと教えられません」
 と言ったというスポーツ・イラストレイテッドの記事。
 何だか、味わい深い。
 スポ・イラも丹念だけれども、編者もよくこういうのを拾ってきたなあと言う感じ。
 例えば、日本でまとめられた"類書"などは、「精神と目標」「準備と訓練」「不安と逆風」...といった構成になっていて、こうなると上記のようなコメントは入る余地がなくなります。
 日本のジャーナリズムの中では見えてこなかったイチローの一面が見えました。
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デイヴィッド・シールズ
1956年ロサンゼルス生まれ。ブラウン大学卒(英文学専攻)。作家、エッセイスト。ワシントン大学教授(クリエイティヴ・ライティング・プログラム担当)。著作に「ヒーローズ」「リモート」「デッド・ランゲージズ」など。ニューヨーク・タイムズ・マガジン、ヴォーグなどにも寄稿。1999年刊の「ブラック・プラネット」は全米批評家協会賞最終候補となる。シアトルに妻、娘とともに住む。

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プロ野球審判歴40余年の回想。味わい深く、楽しめた1冊。

プロ野球審判の眼2.jpgプロ野球審判の眼.jpg  『プロ野球審判の眼』 岩波新書 〔86年〕

 プロ野球審判歴40余年に渡った島秀之助(1908-1995)が78歳で記した回想録で、淡々とした語り口は味わい深く、試合の様々な逸話は読み物としても面白いものです。

 著者は1936(昭和11)年の日本プロ野球発足時に選手としてスタート、その後審判に転じ、1950(昭和25)年から31年間はセリーグ審判部長でした。
 本書を読むと審判という仕事の大変さがよくわかります。
 こんな名審判にもメンターとでもいうべき人がいて、その人がまさに "俺がルールブックだ"みたいな人物で面白い。

1942(昭和17)年の名古屋-大洋戦延長28回引き分け.jpg 著者は初の日本シリーズや初の天覧試合の審判もしていますが、日本最多イニング試合の審判をした話がスゴイ。
 1942(昭和17)年の名古屋-大洋戦で、延長28回引き分けだったそうですが、大リーグでもこれを超える記録はありません。
 しかもその試合が"トリプル・ヘッダー"の第3試合だったというから、想像を絶する!(試合時間が3時間47分と"短い"のも意外。テンポいい試合だった?)。
 こうしたトリビアルなデータは、今はウェッブサイトなどでも見ることができますが、当事者の証言として語られているところがいいと思いました。

 本書後半は、「こんなプレーの判定は?」という100問100答になっていて、あたりそこねのゴロを犬がくわえて走り出した場合どうなるのかといった話から、インフィールドフライを故意落球した場合の扱いは?といった話まで書かれていて、こちらも楽しい内容です。
 インフィールドフライは、「インフィールドフライ」の宣告があった時点で(野手が落球しても)打者はアウトですが、ボールインプレイ(ボールデッドとはならない)、ただし打者アウトのためフォースプレイは成立しないとのこと。

 本書刊行後も、'91年に広島の達川捕手が大洋戦で、走者満塁でインフィールドフライを故意落球し、本塁を踏んで1塁送球して相手チームをダブルプレーに仕留めたつもりで、結果として自チームがサヨナラ負けを喫した「サヨナラインフィールドフライ事件」というのを起こしています(このとき相手チームの3塁走者もルールを理解しておらず、ベンチに戻る際にたまたま無意識に本塁ベースを踏んだのが決勝点になった)。
 より最近では、'06年8月の巨人-広島戦では、広島の内野手がインフィールドフライを見失って落球したのですが、巨人の打者走者や塁上のランナーは、一瞬どうすればいいのか混乱した(もちろん広島の選手たちも、さらに審判たちも)ということがありました。
 ルールとしてわかっていても、めったにないことがたまたま起きると、その次にどうすればいいのか一瞬わからなくなるものなのだなあと。

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作家・作品論的視点で「萌え」考察。「美少女」萌えのルーツなど、面白くは読めたが...。

美少女」の現代史.jpg 〈美少女〉の現代史.gif  『〈美少女〉の現代史――「萌え」とキャラクター』 講談社現代新書 〔'04年〕

 〈まんが・アニメに溢れる美少女像はいつ生まれてどう変化したのか?「萌え」行動の起源とは? 70年代末から今日までの歴史を辿る〉という表紙カバー(旧装)の口上が、内容をよく要約しているかと思います。

 「萌える」という言葉に正確な定義はないそうですが、本書では「キャラクター的なものに対して強い愛着を感じる」という意味で用いています。

海のトリトン2.jpg まずアニメ好きの女性たちにテレビアニメ「海のトリトン」('72年)を契機に組織的な動きがあったということで、手塚治虫ってここでも関わっているのか!という感じ。ただし、アニメ版は原作と雰囲気が多少異なるもので(その一部はウェブ動画でも見ることができる)、放映時はそれほど好視聴率でもなかったようです。忘れかけていた作品だったということもありますが、「萌え」のルーツが、実は少年向けアニメに対する女性たちの思い入れにあったという論旨が新鮮でした。

「海のトリトン」('72年/朝日放送・手塚プロ・東北新社)

「海のトリトン」●演出:富野喜幸●制作:アニメーション・スタッフルーム●脚本:辻真先/松岡清治/宮田雪/松元力/斧谷稔●音楽:鈴木宏昌●原作:手塚治虫「青いトリトン」●出演(声):塩谷翼/広川あけみ/北浜晴子/八奈見乗児/野田圭一/沢田敏子/杉山佳寿子/北川国彦/渡部猛/増岡弘●放映:1972/04~09(全27回)●放送局:朝日放送

 男性が「美少女」に萌えたルーツは、吾妻ひでお「不条理日記」('78年)で、それに高橋留美子の「うる星やつら」('78年)が続き(この作品、「メゾン一刻」より前のものなんだなあ)、更に宮崎駿監督の劇場用アニメ「ルパン三世〜カリオストロの城」('79年)が続く、とのこと。 

 「うる星やつら」の劇場版シリーズ第1作から第3作までを論評すると、第1作「うる星やつら/オンリー・ユー」('83年)は、あらかじめ観客とファンを限定して作られたためマニアックな傾向が強く、良くも悪しくも、日本のスラプスティク・アニメの典型のように思え、第2作「うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー」('84年)が一番の出来だと思うのですが(コミックファンの友人は、高橋留美子の原作を外れたと憤慨していた)、第3作「うる星やつら3/リメンバー・マイ・ラブ」('85年)は、監督が押井守から別の人に変わって、ウェットなラブ・ストーリーになってしまい、作画のレベルは高いのに、内容的には駄作になってしまったように思います。

うる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマー.jpgうる星やつら/オンリー・ユー.jpg「うる星やつら/オンリー・ユー」●制作年:1983年●監督・脚色:押井守●製作:多賀英典●演出:安濃高志●脚本:金春智子●撮影監督:若菜章夫●音楽:小林泉美・安西史孝・天野正道●原作:高橋留美子●時間:80分●声の出演:平野文/古川登志夫/島津冴子/神谷明●公開:1983/02●配給:東宝●最初に観た場所:大井ロマン(85-05-05)(評価:★★☆)●併映:「うる星やつら2」(押井守)/「うる星やつら3」(やまざきかずお)

「うる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマー」●制作年:1984年●監督・脚本:押井守●製作:多賀英典●演出:西村純二●撮影監督:若菜章夫●音楽:星勝●原作:高橋留美子●時間:98分●声の出演:平野文/古川登志夫/島津冴子/神谷明●公開:1984/02●配給:東宝●最初に観た場所:大井ロマン(85-05-05)(評価:★★★)●併映:「うる星やつら」(押井守)/「うる星やつら3」(やまざきかずお)

ルパン三世 カリオストロの城.jpg 一方、先に劇場映画作品として公開された「ルパン三世〜カリオストロの城」は、ヒロインのクラリス姫が特定のファンの間で非常に人気があることは聞いていましたが、ルパンはこの「自分も泥棒の手伝いをするから」とまで言う健気なお姫様の想いに応えることなく、笑顔で去って行くわけで、ラストの銭形警部の「ルパンはとんでもないものを盗んでいきました。貴方の心です」という台詞が、要するに、クラリスよりルパンそのもののカッコ良さの方が個人的には印象に残ったかなあ(原作者のモンキー・パンチはこの映画の試写を観て、「僕には描けない、優しさに包まれた、"宮崎君の作品"としてとてもいい作品だ」と言ったそうだが、宮崎アニメに自分の作品とは異質の「萌え」のニオイを嗅ぎ付けたのではないか)。
 「ルパン三世〜カリオストロの城」((C)TMS)

「ルパン三世〜カリオストロの城」●制作年:1984年●監督:宮崎駿●製作:片山哲生●脚本:宮崎駿/山崎晴哉●作画監督:大塚康生●音楽:大野雄二 ●原作:モンキー・パンチ●時間:98分●声の出演:山田康雄/島本須美/納谷悟朗/小林清志/井上真樹夫/増山江威子/石田太郎他 ●公開:1979/12●配給:東宝 (評価:★★★☆)
              
 本書の著者は漫画雑誌の編集長だったせいか、〈文化社会学〉的視点よりも〈作家・作品論〉的視点で書かれていて(だからこそ、タイトルより「口上」の方が、本書内容をよく表していると思う)、その中で作品と受け手の関係を考察しています。
 著者は「萌え」の背景を、男性が男らしく戦う根拠を失い、女性にそれを向けるも受け入れられず、さらに女性を見るだけの存在となって「純粋な視線としての私」に退行していったと捉えています。

 それなりに面白く読めましたが、ある意味、それほど斬新さを感じない視点である一方、細部においては我田引水と感じられる部分もあります。

 まんが・アニメ史を俯瞰的によく網羅し解説していると思われる反面、著者の場合、自分の論に沿って事例を集めることは可能だろうという気もします。
 大塚英志氏などがアニメを論じた本もそうですが、細部を論じれば論じるほど個人的思い入れが反映されやすいのが、このジャンルの特徴ではないかと思いました。

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漫画史の変遷を表現論的に読み解いていく、団塊世代には懐かしく読める本。

夏目房之介の漫画学 単行本.jpg 単行本[85年〕夏目房之介の漫画学.jpg夏目房之介の漫画学―マンガでマンガを読む (ちくま文庫)

 かつて『週刊朝日』に連載の「デキゴトロジー」を愛読していましたが、その頃は、著者が「漫画学」の本を書いていることも、夏目漱石の孫であることも知らなかったけれど、本書や手塚治虫論である『手塚治虫はどこにいる』 ('92年/ちくまライブラリー)は、漫画通の間では名著とされているらしいことを後に知りました。

本書では昭和30‐40年代の漫画を中心に、漫画史の変遷を表現論的に読み解いていて、その際に手塚治虫や桑田次郎、山岸涼子など大家の漫画を「ぜーんぶ模写」するという手法をとっているのがユニークです(この方法は著者の初期作品のみ用いられて、最近のものはみんな「引用」です)。

 〈描線〉や〈コマ割〉に対する考察も、自身が漫画家である著者独特のものですが、本書では「作家別の女体の描き方」をクイズ方式で示すなどして、一般読者を、面白く、またさりげなく、プロの世界の深みへ導いてくれます。

 著者は「手塚作品」乃至は「'70年前後の作品」の影響を強く受けたようですが、昭和30‐40年代の漫画が、どの見開きページにも左半分を使って再現されています。

まぼろし探偵.jpg月光仮面.jpgナショナルキッド.jpg 特に昭和30年代の「まぼろし探偵」「月光仮面」「ナショナルキッド」などについては詳しく書かれていて、楽しい"突っ込み"もいっぱい入れられており、団塊の世代(著者自身'50年生まれ)には楽しくまた懐かしく読めるものとなっているのではないでしょうか。

(左)「まぼろし探偵」桑田次郎 昭和33年9月 少年画報/「月光仮面」楠 高治(原作:川内康範)昭和35年7月 少年クラブ/「ナショナルキッド」一峰大二(原作:喜瀬川 実)昭和36年5月 ぼくら付録

 因みに、「まぼろし探偵」は、『少年画報』で'57(昭和32)年3月号から連載された桑田次郎原作の漫画で('61年に一旦終了し、'64年末から翌年4月号まで再連載)、テレビでは、'59(昭和34)年4月から1年間、KRT(現TBS)で放映されています。
 「月光仮面」はそれに先立ち、同じくKRTで、'58(昭和33)年2月から「赤胴鈴之助」の後番組として翌年7月まで放映され、一方「ナショナルキッド」はやや遅れて、'60(昭和35)年8月から翌年4月まで日本教育テレビ(現テレビ朝日)系で放送されています。

まぼろし探偵 1シーン.jpgまぼろし探偵 吉永小百合.jpg「まぼろし探偵」●演出:近藤龍太郎●制作:近藤栽/松村あきお●脚本:柳川創造●音楽:大塚一男/渡辺浦人/渡辺岳夫●原作:桑田次郎●出演:加藤弘/天草四郎/吉永小百合/大平透/利根はる恵/花咲一平/カワベキミ子/大宮敏/藤田弓子/ウィリアム・ロス●放映:1959/04~1960/03(全56回)●放送局:KRT(現TBS)


月光仮面1.jpg月光仮面2.jpg「月光仮面」●演出:船床定男●制作:西村俊一●脚本:川内康範●音楽:小川寛興●原作:川内康範●出演:大瀬康一/谷幹一/布地由紀江/千葉隆三/高塔正康/日吉としやす/山田のり子/武藤英司/大塚周夫/十朱三郎/オレンヂ河野/小川純/高塔正康/久野四郎/河野有紀/小栗一也/高木新平●放映:1958/02~1959/07(全130回)●放送局:KRT(現TBS)


ナショナルキッド1.jpgナショナルキッド2.jpg「ナショナルキッド」●演出:赤坂長義/渡辺 成男●脚本:谷井敬/宮川一郎●音楽:深沢康雄●原作:喜瀬川実/海野十三●出演:小嶋一郎/巽秀太郎/志村妙子(太地喜和子)/斎藤紫香/福島卓/木村英世/清水徹/岡田みどり/原一夫/亀井明/河合絃司/岩上瑛/山口勇/本間千代子/八名信夫/林宏/室田日出男●放映:1960/08~1961/04(全39回)●放送局:日本教育テレビ(現テレビ朝日)

 「まぼろし探偵」「月光仮面」は今世紀に入ってからDVD化されていますが、「ナショナルキッド」はDVD化されておらず、ビデオも入手困難のようです(自分の近所の図書館に、「インカ族の来襲」「海底魔王ネルコン」「地底魔城」「謎の宇宙少年」の全4部(ビデオ4巻)が揃っていた)。

 【1985年単行本・1988年改訂[筑摩書房]/1992年文庫化[ちくま文庫]】

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通し読みすると著者の映画観や評価スタンスがわかり、巻末の「ぼくの映画史」も味わい深い。

外国映画ぼくの500本.jpg  『外国映画ぼくの500本』 文春新書 〔'03年〕 ぼくの採点表 2 1960年代.jpg 『ぼくの採点表 2 1960年代―西洋シネマ大系 (2)』 (全5巻)
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号.jpg双葉十三郎.jpg 映画雑誌「スクリーン」に長年にわたって映画評論を書き続けてきた著者による、20世紀に公開された外国映画500選の評論。
 何しろ1910年生まれの著者は、見た洋画が1万数千本、邦画も含めると約2万本、1920年代中盤以降公開の作品はほとんどリアルタイムで見ているというからスゴイ!

 本書のベースとなっているのは「スクリーン」の連載をまとめた『西洋シネマ体系 ぼくの採点表』という全5巻シリーズで、この中にある約8,900本の洋画の中からさらに500本を厳選し、1本当たりの文字数を揃えて五十音順に並べたのが本書であるとのことです。

 名作と呼ばれる映画の多くを網羅していて、強いて言えば心温まる映画が比較的好みであるようですが、古い映画の中には廃盤になっているものも多いのが残念。

 映画評論の大家でありながら、B級映画、娯楽映画にも暖かい視線を注いでいて、一般観客の目線に近いところで見ているという感じがし、自分たちが青春時代に見た映画も著者自身は老境に入って見ているはずなのに、感想には若者のようなみずみずしさがあって、ああこの人は万年青年なのだなあと。

 1本ごとの見どころを短文の中にうまく盛り込んでいて、リファレンスとしても使え"外れ"も少ないと思いますが、一通り読んでみることをお薦めしたいです。
 著者の映画観や映画を評価するということについてのスタンスがわかります。
 すべての作品に白い星20点、黒い星5点での採点がされていますが、「映画とは点数が高ければいいというものではない」という著者の言葉には含蓄があります。

 巻末の「ぼくの映画史」も、著者の人生と映画の変遷が重なり、その中で著者が、映画の過去・現在・将来にどういった思いを抱いているかが窺える味わい深いものでした。

映画雑誌『スクリーン』1957年1月号 目次
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号 目次.jpg

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成育史、影響を与えたもの、女性たちとの関わりから探るアレン作品。

ウディ・アレンのすべて.jpgウディ・アレンのすべて』 ['97年/河出書房新社] アニー・ホール poster.jpg 「アニー・ホール」('77年)

ベストワン事典.jpg 『ベスト・ワン事典』('82年/現代教養文庫)という'80年に英国で原著が出版された本の中で、「コメディアンのベスト」としてウディ・アレンが挙げられていましたが、一方'05年には、彼が自分のジャズバンドのツアーを再開するという報道があり、70歳にして元気だなあという感じ。
 
 本書を読めば、彼がクラリネット奏者として舞台に立ったのは、映画界にデビューするよりずっと早かったことがわかります。映画の方は、3歳から映画自体には接していたけれど、高校時代から暫くはギャグライター、それに引き続くテレビ構成作家として下積みがあり、スタンダップコメディアン(漫談師)として舞台にも立ち、劇脚本家、「ニューヨーカー」の常連作家などを経て、やがて映画脚本を書くようになり、その後にやっと映画監督になったということです。

 著者の井上一馬氏は、作家であり、ボブ・グリーンの翻訳で知られる翻訳家でもありますが(自分が個人的に親しんだのはマイク・ロイコのコラムの著者による翻訳本でした)、アレンへの単なる偏愛の吐露に終わらず、ウディ・アレンの成育史、影響を与えたもの、女性たちとの関わり、さらには映画表現における技術的手法から映画製作に絡んだ様々な映画人までとりあげ、アレン作品を重層的に探る評伝&フィルモグラフィとなっていています。
 
ANNIE HALL.jpg アレンがベルイマンの影響を受けているのは知っていましたが、フェリーニの影響を受けていたことは本書で知りました。「ラジオ・デイズ」('87年)はフェリーニの「アマルコルド」にあたる作品なのだなあと。
 「ハンナとその姉妹」('86年)が傑作の誉れ高いのですが、個人的には、最初に見た「アニー・ホール」('77年)の彼自身の神経症的な印象が強烈でした。

アニー・ホール.jpg アレン演じるノイローゼ気味のコメディアン、アルビーと明るい性格のアニー・ホール(ダイアン・キートン)の2人の出会いと別れを描いた、コメディタッチでありながらもほろ苦い作品でした。

 有楽町の「ニュー東宝シネマ2」というややマイナーなロードショー館に観に行った際には外国人の観客が結構多く来ていて、笑いの起こるタイミングが字幕を読んでいる日本人はやや遅れがちで、しまいには外国人しか笑わないところもあったりして、会話が早すぎて、訳を端折っている(?)感じもしましたが...(この作品はアカデミー賞の最優秀作品賞、主演女優賞受賞(ダイアン・キートン)、監督賞受賞、脚本賞を受賞し、受賞が決まるやいなや「渋谷パンテオン」などの大劇場で再ロードされた)。

 この映画には、様々な役者がパーティ場面などでチラリと出ているほか、「トルーマン・カポーティのそっくりさん」役でカポーティ本人が出ていたり、映画館でマクルーハンの著作を解説している男に対し、アレンが本物のマクルーハンを引っぱってきて、「君の解釈は間違っている」と本人に言わせるなど、遊びの要素もふんだんに取り入れらています。

 この映画で、アルビーは幼い頃ローラーコースターの下にある家で育ったことになっていますが(それが主人公が神経質な性格の原因だという)、これは撮影中のアレンの思いつきだったらしく、「ラジオ・デイズ」でもその設定が踏襲されていたように思います。

anniehall.jpg「アニー・ホール」●原題:ANNIE HALL●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督:ウディ・アレン●製作:チャールズ・ジョフィ/ジャック・ローリンズ ●脚本:ウディ・アレン/マーシャル・ブリックマン●撮影:ゴードン・ウィリス ●時間:94分●出演:ウディ・アレン/ダイアン・キートン/トニー・ロバーツ/シェリー・デュバル/ポール・サイモン/シガニー・ウィーバー/クリストファー・ウォーケン/ジェフ・ゴールドブラム●日本公開:1978/01●配給:オライオン映画●最初に観た場所:有楽町・ニュー東宝シネマ2 (78-01-18) (評価:★★★★)

 何でこの人こんなに女性にもてるのかという羨ましい気分も少し抱いてしまいますが、いろんな人がいろんな形で彼の映画に出演したり関わったりしていることがわかり、楽しい本でした。

ニュートーキョービル2.jpg
ニュー東宝シネマ2 1972年5月、有楽町ニュートーキョービルB1「スキヤバシ映画」をリニューアルしてオープン。1995年6月閉館。

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古典重視でマニアックな選択傾向に見えるが、なかなかの"本物志向"。

映画の魅惑・ジャンル別ベスト1000.jpg 『映画の魅惑―ジャンル別ベスト1000』「リテレール」別冊 ジャンル別映画ベスト1000.jpgジャンル別映画ベスト1000』(学研M文庫)

 スーパーエディターと呼ばれ、'03年にガン死したヤスケンこと安原顕の編集からなる本書は、彼が編集長をしていた雑誌リテレールの別冊の1つです。
 文芸映画、青春映画、音楽映画など20ジャンルの映画のベスト50を、蓮實重彦、辻邦生など大家や曲者(?)20人が分担して選び評しています。
 ただし担当ジャンルの定義は担当した執筆者に任されているようで(ある意味、読者に対しては不親切ですが)、読者におもねることなく、執筆者はみな本当に好きな映画、見てもらいたい映画について真摯に語っています。

アンドレイ・タルコフスキー/鏡.jpgルシアンの青春2.jpg鬼火.jpgラルジャン1.jpg白夜2.jpg 個人的には、ブレッソンの「白夜」「ラルジャン」、ルイ・マルの「鬼火」「ルシアンの青春」、タルコフスキーの「鏡」などの講評があるのが嬉しい。
 キューブリックの「現金に体を張れ」「バリー・リンドン」、ヴィスコンティの「夏の嵐」「若者のすべて」、ヘルツォークの「アギーレ・神の怒り」「フィッツカラルド」が入っているのもいい。
イワン雷帝(DVD).jpg世界名作映画全集 99 キートンの大列車追跡.jpgグリード.jpg若者のすべて DVD.jpg現金(ゲンナマ)に体を張れ.jpg シュトロンハイムの「グリード」、キートンの「将軍」、エイゼンシュタインの「イワン雷帝」などの古典もあれば、ホークスの「脱出」「三つ数えろ」、ヒューストンの「キー・ラーゴ」といったハードボイルドやオルドリッチの「ロンゲスト・ヤード」「カリフォルニア・ドールズ」、サム・ライミの「ダークマン」などB級アクション映画もあります。 

フリークス dvd.jpgアフター・アワーズ.jpgBurt Reynolds THE LONGEST YARD.jpg三つ数えろ.jpg脱出2.jpg スコセッシは「アフター・アワーズ」がミステリー部門に。
 「フリークス」「快楽殿の創造」などは"アートシアター新宿"の定番カルトでした。
 「ロッキー・ホラー・ショー」は楽しい参加型カルト(映画館でびしょ濡れになった思い出がある)。
 '06年に亡くなったダニエル・シュミットの「今宵限りは...」は、音楽映画とアヴァンギャルドの2部門に登場。
 ファスビンダーの「ケレル」っていうのもジャン・ジュネ原作で結構アブナイ映画...。

 これらの中で「B級」作品で自分の好みは、 ロバート・アルドリッチ監督の「カリフォルニア・ドールズ」('81年/米)と、サム・ライミ監督の「ダークマン」('90年/米)でしょうか。

カリフォルニア・ドールス.jpg 「カリフォルニア・ドールズ」は、男臭い世界を描いて定評のあるアルドリッチが女子プロレスの世界を描いた作品で、さえない女子プロのタッグ「カリフォルニア・ドールズ」のプロモーターを「刑事コロンボ」 のピーター・フォーク が好演しており、彼と2人の女性選手との心の通い合いが結構泣けます。

ダークマン.jpg 「ダークマン」は、後に「スパイダーマン」を撮るサム・ライミが、事故で全身に大やけどを負った男の復讐を描いたもので、「神経を切られているため痛覚は無く、怒りによって超人的な力を発揮し、人工皮膚を駆使して他人に変身する、黒マントに身を包んだ"異形のヒーロー"」というコミック調ですが、悪を倒しても元の自分には結局戻れないわけで、その孤独と哀しみが切々と伝わってきました。

ダークマン 1990.jpg「ダークマン」●原題:THE DARKMAN●制作年:1990年●制作国:アメリカ●監督・原作:サム・ライミ●製作:ロバート・タパート●脚本:チャック・ファーラー/サム・ライミ/アイヴァン・ライミ/ダニエル・ゴールディン/ジョシュア・ゴールディン●撮影:ビル・ポープ●音楽: ダニー・エルフマン●時間:96分●出演:リーアム・ニーソン/フランシス・マクドーマンド/ ラリー・ドレイク/コリン・フリールズ●日本公開:1991/03●配給:ユニヴァーサル=UIP(評価:★★★★)

 
 変わった映画というか、最初観た時はよく分らなかった映画と言えば、 ジム・シャーマン監督の「ロッキー・ホラー・ショー」('75年/英)と、ダニエル・シュミット監督の「今宵かぎりは...」('72年/スイス)でしょうか。

シネマライズ.bmpロッキー・ホラー・ショー チラシ.jpg 「ロッキー・ホラー・ショー」は、最初に名画座で観た時は、ロック・オペラってこんなのもあるのか(スーザン・サランドンが出てたなあ)併映の「ファントム・オブ・パラダイス」の方がそれらしく、この作品はよく分らんという感じだったのですが、2度目に渋谷のシネマライズで観た時には、アメリカからシネセゾンが招聘したと思われるコスプレ軍団が来日していて、映画館の最前列で映画に合わせて踊ったり、紙吹雪や米を撒いたり、雨のシーンでは如雨露で水を撒いたりして、観客も大ノリ、ああ、これ、こうやってパーティ形式で観るものなんだと初めて知りました(英字新聞にいつも広告が出てた)。

THE ROCKY HORROR SHOW 1975.jpgロッキー・ホラー・ショー (1976).jpg 「ロッキー・ホラー・ショー」●原題:THE ROCKY HORROR SHOW●制作年:1975年●制作国:イギリス●監督:ジム・シャーマン●製作:作 マイケル・ホワイト●脚本:ジム・シャーマン/リチャード・オブライエン●撮影:ピーター・サシツキー●音楽:リチャード・ハートレイ●時間:99分●出演:ティム・カリー/バリー・ボストウィック/スーザン・サランドン/リチャード・オブライエン/パトリシア・クイン●日本公開:1978/02●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(83-02-06)●2回目:シネマライズ(88-07-17)(評価:★★★?)●併映「ファントム・オブ・パラダイス」(ブライアン・デ・パルマ)
 

今宵限りは  シュミット.jpg今宵限りは.jpg 「今宵かぎりは...」は、つい先だって('06年8月5日)亡くなった「ラ・パロマ」や「ヘカテ」の監督ダニエル・シュミットの最初の長編映画ですが(この人、湯布院に行った時、同じ旅館に泊まっていた)、日本公開は制作の14年後でした。
 大きな屋敷の広間で夜中に宴会が行われていて、クラシック音楽が流れる中、殆ど台詞もなく淡々と、赤外線カメラで撮ったような粗い映像でその模様が映し出されているのですが、宴会の客たち以上にそれに仕える召使の方が陶然としている―実はこれ、年に一夜だけ、主人と召使たちが入れ替わる宴で、召使いのために主人が旅芸人たちと芝居などの余興を披露していたのだったという、そのことを映画を観た後で知り、しかしその後、なかなか観直す機会がない作品。

Daniel Schmid (1941- 2006/享年65)ダニエル・シュミット.jpg
 「今宵かぎりは...」●原題:HEUTE HACHT ODER NIE●制作年:1972年●制作国:スイス●監督・脚本:ダニエル・シュミット●製作:イングリット・カーフェン●脚本:メル・フローマン●撮影:レナート・ベルタ ●時間:90分●出演:ペーター・カーン/イングリット・カーフェン/フォリ・ガイラー/ローズマリー・ハイニケル●日本公開:1986/11●配給:シネセゾン●最初に観た場所:シネヴィヴァン六本木(86-12-01)(評価:★★★?)


 もちろん、もっと最近の映画や(といっても本書が'93年の刊行ですが)メジャーな映画(「スター・ウォーズ」など)も入っていますが、全体としてはいい意味で"本物志向" だけど古典重視でマニアックにも見えるかも。
 教養主義的な雑誌リテレールもほどなく廃刊となりましたが、この別冊のスタイルは'96年に学研から出た同じ編者の『ジャンル別映画ベスト1000』に引き継がれ、その後文庫にもなっています(学研M文庫)。

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「マイベスト10にはヨーロッパ映画が似合い、最初テレビで見たものは入れにくい」に納得。

大アンケートによる洋画ベスト150.jpg 『大アンケートによる洋画ベスト150』 文春文庫 〔'88年〕 (表紙イラスト:安西水丸)

 1988年の出版で、映画通366人の選んだベスト10を集計しています。
 年齢の高い選者が多く(今や物故者となった人も多い)、個々の選択も結構まっとうという感じですが、映画産業に限らず様々な分野の人が「マイベスト10」を寄せているので、それはそれで面白いです。

天井桟敷の人々.jpg 総合ベスト10も、「天井桟敷の人々」「第三の男」「市民ケーン」「風と共に去りぬ」「大いなる幻影」「ウェストサイド物語」「2001年宇宙の旅」「カサブランカ」「駅馬車」「戦艦ポチョムキン」と"一昔前のオーソドックス"といった感じでしょうか(今でも名画であることには違いありませんが)。

 間に挿入されている赤瀬川準、長部日出雄、中野翠の3氏の座談がいいです。
 自分のベスト10に赤瀬川氏、長部氏は「天井桟敷の人々」を入れていますが、戦後生まれの中野氏には入れていません。それを彼女は、「最初にテレビで見た負い目」と説明していますが、その気持ち何だかわかるな〜(「天井桟敷の人々」は自分は劇場で観たが、個人的なベスト10には入ってこない)。
 中野氏が、好きなアメリカ映画がいっぱいあるのに、「ヨーロッパ映画がどうしてもベスト10に似合っちゃう」と言っているのも何となくわかります。

 映画と音楽(奏者と楽器)の不可分な、他に置き換えようがない繋がりというのも感じます。
 「第三の男」(2位)のアントン・カラスのチター、「禁じられた遊び」(11位)のナルシソ・イエペスのギター、「大地のうた」(39位)のラヴィ・シャンカールのシタール、「死刑台のエレベーター」(48位)のマイルス・デイヴィスのトランペット。

ナルシソ・イエペス/禁じられた遊び.jpg 禁じられた遊び2.jpg  禁じれた遊び パンフ.jpg 「禁じられた遊び」
 ルネ・クレマン監督の「禁じられた遊び」('52年/仏)は戦争孤児の物語ですが、テーマ曲の効果も相俟って本当にストレートに泣けました(原曲はスペイン民謡「愛のロマンス」)。
 「第三の男」の"ハリー・ライムのテーマ"を奏でたアントン・カラスは、ハンガリー系オーストリア人で、これは映画の舞台がウィーンであるということもあるかと思いますが、「禁じられた遊び」の舞台はフランス郊外なのに、(同じラテン系ではあるが)スペイン人のギター奏者ナルシソ・イエペス(ロドリーゴのアランフェス協奏曲の演奏でも知られる)を起用していて、撮影に金を使い過ぎてオーケストラ演奏する費用が無くなってしまったため、全編を通して彼のギターだけで通したということですが、逆にそれがいい結果となっているように思えます。

フランスの思い出.jpg「フランスの思い出」.jpg  「フランスの思い出」
 本書刊行の頃の公開作品ですが、田舎での少年と少女の交流という点では、ジャン・ルー・ユベール監督の「フランスの思い出」('87年/仏)なども、パリ育ちの少年が夏休みに田舎で過ごした経験を描いたもので、ちょっとこの作品を意識したような雰囲気がありました。
 とりわけ、田舎育ちの少女役のヴァネッサ・グジがいいです。そのお転婆ぶりは、「禁じられた遊び」でブリジッド・フォッセーが演じた都会の少女ポーレットとは対照的ですが、ポーレットも一面においては、動物のお墓作りをリードしている部分があったと言えるかも。

小さな悪の華 ポスター.jpg   小さな悪の華 チラシ.jpg「小さな悪の華」チラシ
 一方、ジョエル・セリア監督の「小さな悪の華」('70年/仏)という作品は、早熟で魔性を持つ2人の15歳の少女が、ボードレールの「悪の華」を耽読し、農夫に裸を見せつけ、行きずりの男を誘拐して殺し、最後に焼身自殺するという衝撃的なものでしたが、祭壇作りにハマる少女たちには、「禁じられた遊び」の"十字架マニア"の少女ポーレットの"裏ヴァージョン"的なものを感じました。
 この作品は、"少女ポルノ"的描写であるともとれる場面があるため、製作当時、フランス本国では上映禁止となったとのことです。

「禁じられた遊び」●原題:JEUX INTERDITS●制作年:1952年●制作国:フランス●監督:ルネ・クレマン●脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ポスト●撮影:ロバート・ジュリアート●音楽:ナルシソ・イエペス●原作:フランソワ・ボワイエ●時間:86分●出演:ブリジッド・フォッセー/ジョルジュ・プージュリー/スザンヌ・クールタル/リュシアン・ユベール/ロランヌ・バディー/ジャック・マラン●日本公開:1953/09●配給:東和●最初に観た場所:早稲田松竹 (79-03-06)(評価:★★★★☆)●併映:「鉄道員」(ピエトロ・ジェルミ)

五反田TOEIシネマ 2.jpg五反田TOEIシネマ.jpg 「フランスの思い出」●原題:LE GRAND CHEMIN●制作年:1987年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=ルー・ユベール●製作:パスカル・オメ/ジャン・フランソワ・ルプティ ●撮影:クロード・ルコント●音楽:ジョルジュ・グラニエ●時間:91分●出演:アネモーネ/リシャール・ボーランジェ/アントワーヌ・ユベール●日本公開:1988/08●配給:巴里映画●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ (89-08-26)(評価:★★★★)●併映:「人生は長く静かな河」(エティエンヌ・シャティリエ)

五反田TOEIシネマ (跡地=右岸) 1990(平成2)年閉館

小さな悪の華.jpg小さな悪の華2.jpg中野武蔵野ホール.jpg 「小さな悪の華」●原題:MAIS NE NOUS DELIVREZ PAS DU MAL●制作年:1970年●制作国:フランス●監督・脚本:ジョエル・セリア●撮影:マルセル・コンブ●音楽:ドミニク・ネイ●時間:103分●出演:ジャンヌ・グーピル/カトリーヌ・ワグナー/ベルナール・デラン/ミシェル・ロバン●日本公開:1972/03●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:中野武蔵野館 (77-12-12)(評価:★★★☆)●併映:「ザ・チャイルド」(ナルシソ・イバネ・セッラドール)
 中野武蔵野館 (後に中野武蔵野ホール) 2004(平成16)年5月7日閉館
                                    
「大地のうた」 (1955)
『大地のうた』 (1955).jpg大地のうた2.jpg 「大地のうた」('55年/インド)はサタジット・レイ監督の「オプー3部作」の第1作で、ベンガル地方の貧しい家庭の少年オプーの幼少期が描かれ、何と言っても、貧困のため雨中に肺炎で斃れたオプーの姉の挿話が哀しく、第2作の「大河のうた」('56年)では、学業に優れたオプーが故郷を捨てカルカッタへ向かうところで終わりますが、これは家族(親族)離散の結末であり、インド国内での興行成績は第1作ほど良くはなかったとのこと、インドの人はハッピーエンドでないと満足しない?ということでもないと思いますが、第3作「大樹のうた」('58年)は、青年となったオプーと、亡き妻の間に生まれ、郷里に置いてきた息子との再会の物語になっています。
                          「大河のうた」 (1956) /「大樹のうた」 (1958)

 『大樹のうた』 (1955).jpg『大河のうた』 (1956).jpg 3作を通じて音楽にラヴィ・シャンカールのシタールが使われていることが、3部作に統一性を持たせることに繋がっていてるように思います。
アヌーシュカ・シャンカール.jpgノラ・ジョーンズ.jpg 因みに、ラヴィ・シャンカールの2人の娘は、姉がジャズ歌手のノラ・ジョーンズ、妹がシタール奏者のアヌーシュカ・シャンカールで、この2人は異母姉妹です。

「大地のうた」●原題:PATHER PANCHALI●制作年:1955年●制作国:インド●監督・脚本:サタジット・レイ●撮影:スブラタ・ミットラ●音楽:ラヴィ・シャンカール●原作:ビブーティ・ブーション・バナージ●時間:125分●出演:カヌ・バナールジ/コルナ・バナールジ/スピール・バナールジ●日本公開:1966/10●配給:ATG●最初に観た場所:京橋フィルムセンター (80-07-08)(評価:★★★★☆)
 
大樹のうた.jpg大河のうた.jpg 「大河のうた」●原題:APARAJITO●制作年:1956年●制作国:インド●監督・脚本:サタジット・レイ●撮影:スブラタ・ミットラ●音楽:ラヴィ・シャンカール●原作:ビブーティ・ブーション・バナージ●時間:110分●出演:ピナキ・セン・グプタ/スマラン・ゴシャール/カヌ・バナールジ/コルナ・バナールジ ●日本公開:1970/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋テアトルダイヤ (85-11-30)(評価:★★★★☆)●併映「大地のうた」「大樹のうた」(サタジット・レイ)

「大樹のうた」●原題:APUR SANSAR●制作年:1958年●制作国:インド●監督・脚本:サタジット・レイ●撮影:スブラタ・ミットラ●音楽:ラヴィ・シャンカール●原作:ビブーティ・ブーション・バナージ●時間:105分●出演::ショウミットロ・チャテルジー /シャルミラ・タゴール/スワパン・ムカージ/アロク・チャクラバルティ●日本公開:1974/02●配給:ATG●最初に観た場所:池袋テアトルダイヤ (85-11-30)(評価:★★★★☆)●併映「大地のうた」「大河のうた」(サタジット・レイ)

死刑台のエレベーター2.jpg 「死刑台のエレベーター」('57年/仏)は、ルイ・マル25歳の時の実質的な監督デビュー作で、主人公のモーリス・ロネとジャンヌ・モローが不倫関係の末、殺人を犯すというもので、サスペンス映画としても良く出来ていると思いますが、恋人モーリス・ロネからの連絡が無く、不安の裡にパリの街を彷徨うジャンヌ・モローの姿にマイルス・デイヴィスのトランペットが被り、何とも言えないムードを醸しています。
 超低予算映画というで、それにしては"帝王"マイルス・デイヴィスが演奏しているではないかと疑問に思われますが、マイルスがたまたまパリに公演に来ていたのを、ルイ・マル監督が一晩借り受けて、ラッシュに合わせ即興で演奏してもらったということです。
 同じルイ・マル監督の「鬼火」における、エリック・サティのピアノも良く(この作品はベスト150には入ってませんが)、映像と音楽を結びつける才能があった監督でした。

「死刑台のエレベーター」  

死刑台のエレベーター パンフ.jpg死刑台のエレベーター.jpg「死刑台のエレベーター」●原題:ASCENSEUR POUR L'ECHAFAUD●制作年:1957年●制作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:ジャン・スイリエール●脚本: ロジェ・ニミエ/ルイ・マル●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:マイルス・デイヴィス●原作:ノエル・カレフ●時間:95分●出演:モーリス・ロネ/ジャンヌ・モロー/ジョルジュ・プージュリー/リノ・ヴァンチュラ/ヨリ・ヴェルタン/ジャン=クロード・ブリアリ/シャルル・デネ●日本公開:1958/09●配給:ユニオン●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10)(評価:★★★★☆)●併映「恐怖の報酬」(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー)
死刑台のエレベーター』 CD
                                    

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多少マニアックな映画ファンが楽しんで読めるヒッチコック入門書。 

ヒッチコック.jpg  ヒッチコック2.jpg 白い恐怖 チラシ.jpg
ヒッチコック』 講談社現代新書 〔'86年〕/筈見 有弘 (1937-1997/享年59)/「白い恐怖」チラシ

 ヒッチコックぐらい、その多くの作品が日本で見られる外国の監督はいないのではないでしょうか。 
 例えば双葉十三郎『外国映画ぼくの500本』('03年/文春新書)でも、結果として作品数的にはヒッチコック作品が最も多く取り上げられていたし、自分自身も、劇場で見たものだけで20本を超えます(しかもハズレが少ない)。
 
 本書はそうしたヒッチコック映画の数々を、ストーリーや状況設定、小道具や出演女優など様々な角度から分析し、よく使われる「共通項」をうまく抽出しています。

siroikyouhu3.jpg  例えば、白と黒の縞模様を見ると発作を起こす医師をグレゴリー・ペック、彼を愛し発作の原因を探りだそうとする精神科医をイングリッド・バーグマンが演じた「白い恐怖」では、G・ペックの見る夢のシーンで用いられたサルバドール・ダリによるイメージ構成にダリの実験映画と同じような表現手法が見出せましたが、この部分はあまりにストーレートで杓子定規な精神分析的解釈で、個人的にはさほどいいとは思えず、著者も「本来のヒチコックの映像造詣とはかけ離れている」としています。

「白い恐怖」(1983年リバイバル公開時チラシ)

  一方、バーグマンがはじめはメガネをかけていたことにはさほど気にとめていませんでしたが、他の作品では眼鏡をかけた女性が悪役で出てくるのに対し、この映画では、一見冷たさそうに見える女性が、恋をすると情熱的になることを効果的に表すために眼鏡を使っているとのことで、ナルホドと。

白い恐怖 [DVD]

白い恐怖.jpg「白い恐怖」●原題:SPELLBOUND●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:アルフレッド・ヒッチコック●製作:デヴィッド・O・セルズニック ●脚本:ベン・ヘクト/アンガス・マクファイル●撮影:ジョージ・バーンズ●音楽:ミクロス・ローザ●原作:フランシス・ビーディング(ジョン・パーマー/ヒラリー・エイダン・セイント・ジョージ・ソーンダーズ●時間:111分●出演:イングリッド・バーグマン/グレゴリー・ペック ●日本公開:1951/11●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:三鷹オスカー (83-10-22) (評価:★★★☆)●併映:「めまい」「レべッカ」

ヒッチコック アートプリント.jpg 同じ小道具へのこだわりでも、その使い方は様々なのだなあと感心させられました(ただし、眼鏡をかけたバーグマンもまた違った魅力があり、ヒッチコックという人は、元祖「眼鏡っ子」萌え―だったかもと思ったりもして...。
 今まで見た作品もナルホドという感じで、次にもう一度見る楽しみが増えます。

 著者なりの作品のテーマ分析もありますが、「すべてエンターテイメントのために撮った」というヒチコックの言葉に沿ってか、それほど突っ込んで著者の考えを展開しているわけではありません。

 むしろ映像として、あるいは音として表されているものを中心に、ヒッチコックのこだわりを追っていて、映画ファンというのは誰でも多少マニアックなところがあるかと思うのですが、そうしたファンが楽しんで読めるヒチコック入門書になっています。

ヒッチコック アートプリント(Alfred Hitchcock Collage)


《読書MEMO》
●ヒチコックは「間違えられた男」の話が好き...暗殺者の家・三十九夜・弟3逃亡者・断崖・間違えられた男・泥棒成金・北北西に進路を取れ・フレンジー...
●偏執狂的小道具演出法...
・チキン料理(断崖・ロープ・知りすぎていた男)
・眼鏡をかけた女(弟3逃亡者・北北西に進路を取れ・三十九夜・断崖・白い恐怖・知りすぎていた男)
・イニシャル入りライター(見知らぬ乗客)など

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平易な言葉で"モンタージュ"技法などの「感動」させる仕組みを解き明かしている。

映画芸術への招待.jpg 『映画芸術への招待 (1975年)』 講談社現代新書   自転車泥棒.jpg 「自転車泥棒 [DVD]

zitensha.jpg ビットリオ・デ・シーカ監督に「自転車泥棒」('48年/伊)という名画があり、世界中の人を感動させたわけですが、実際自分が観たときも、上映が終わって映画館から出てくる客がみんな泣いていました。
 この映画の主人公を演じたランベルト・マジョラーニは、演技においてはズブの素人だったとのことで、ではなぜ、素人が演じた映画が名画たりえたかと言うと、それは"モンタージュ"によるものであるとして、著者は、その"モンタージュ"という「魔法」を、この本でわかり易く解説しています。
「自転車泥棒」のランベルト・マジョラーニ

京橋フィルムセンター.jpg自転車泥棒2.jpg「自転車泥棒」●原題:LADRI DI BICICLETTE●制作年:1948年●制作国:イタリア●監督・製作:ビットリオ・デ・シーカ●脚本:チェーザレ・ザヴァッティーニ/オレステ・ビアンコーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/アドルフォ・フランチ/ジェラルド・グェリエリ●撮影:カルロ・モンテュオリ●音楽:アレッサンドロ・チコニーニ●原作:ルイジ・ バルトリーニ ●時間:93分●出演:ランベルト・マジョラーニ/エンツォ・スタヨーラ/ジーノ・サルタメレンダ/リアネッラ・カレル/ヴィットリオ・アントヌッチ/エレナ・アルティエリ●日本公開:1950/08●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(78-11-30) (評価:★★★★)
旧・京橋フィルムセンター(東京国立近代美術館フィルムセンター) 1970年5月オープン、1984(昭和59)年9月3日火災により焼失、1995(平成7)年5月12日リニューアル・オープン(写真)。
 
東京物語.jpg つまり映画とは"断片"から構成されるもので、例えば小津安二郎の映画は、1分間に平均10カットあり、役者は6秒間だけ演技を持続すればよい―、となると、役者の演技力の持続性は求められないわけです。

 そして、「現実」を映すだけの映画が「芸術」になりうるのは、まさにこのモンタージュにはじまる技法によるもので、本書ではそうした技法の秘密を、具体的に良く知られている内外の作品に触れながら解説しています。

イワン2.jpgイワン1.jpgイワン雷帝(DVD).jpg モンタージュ技法を最初に完成させたと言われるのが「戦艦ポチョムキン」('25年/ソ連)のセルゲイ・エイゼンシュテインですが、日本公開は昭和42年だったものの、作られた年代(大正14年)を考えるとスゴイ作品。
 エイゼンシュテインは更に歌舞伎の影響を強く受け、結局「イワン雷帝」(第1部'44年/第2部'46年/ソ連)などはその影響を受け過ぎて歌舞伎っぽくなってしまったとのことですが、確かに、あまりに大時代的で自分の肌に合わなかった...(この映画、ずーっと白黒で、第2部の途中からいきなり極彩色カラーになるのでビックリした。「民衆の支持を得た独裁者」というパラドクサルな主題のため、時の独裁者スターリンによって公開禁止になった作品。第3部は未完)。

 そのエイゼンシュテインに影響を与えた歌舞伎は、実は人形浄瑠璃の影響を受けているというのが興味深く、まさに「自然は芸術を模倣する」(人が人形の動きを真似する)という言葉の表れかと思います。

 日本映画「白い巨塔」で、田宮二郎演じる主人公が執刀する手術の場面と教授選の場面が交互に出てくるシーンや、「砂の器」で、最後のピアノ演奏会と刑事の逮捕状請求場面と海辺をさすらう主人公の幼年時代がトリプル・ラッシュするのも、モンタージュ技法であると。
三四郎.jpg八月の光.jpg
 詩人である著者は、詩や小説にも同様の技法が用いられていることを示唆していて、フォークナーの『八月の光』と漱石の『三四郎』において、同じようなモンタージュ的表現が使われていることを指摘しています。

 難解になりがちな映像美学に関するテーマを扱いながら、終始平易な言葉で「感動」の仕組みを解き明かしていて、映画鑑賞に新たな視点を提供してくれる本だと思います。

戦艦ポチョムキン.jpg 「戦艦ポチョムキン」●原題:IVAN THE TERRIBLE IVAN GROZNYI●制作年:1946年(第1部・1944年)●制作国:ソ連●監督:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン●脚本:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン/ニーナ・アガジャノヴァ・シュトコ●撮影:エドゥアルド・ティッセ●音楽:ニコライ・クリューコフ●時間:66分●出演:アレクサンドル・アントノーフ/グリゴーリ・アレクサンドロフ/ウラジミール・バルスキー/セルゲイ・M・エイゼンシュテイン●日本公開:1967/10●配給:東和=ATG●最初に観た場所:池袋文芸坐 (79-04-11) (評価:★★★★)●併映「イワン雷帝」(セルゲイ・エイゼンシュタイン)

 「戦艦ポチョムキン [DVD]

イワン4.jpgイワン3.jpg 「イワン雷帝」●原題:IVAN THE TERRIBLE IVAN GROZNYI●制作年:1946年(第1部・1944年)●制作国:ソ連●監督・脚本:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン●撮影:アンドレイ・モスクヴィン/エドゥアルド・ティッセ ●音楽:セルゲイ・プロコフィエフ●時間:209分●出演:ニコライ・チェルカーソフ/リュドミラ・ツェリコフスカヤ/セラフィマ・ビルマン/パーヴェル・カドチニコフ/ミハイル・ジャーロフ●日本公開:1948/11●配給:東和●最初に観た場所:池袋文芸坐 (79-04-11) (評価:★★★)●併映「戦艦ポチョムキン」(セルゲイ・エイゼンシュタイン)

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シナリオだが(一部、書き起こしあり)読んでそのままに面白く、またヴィヴィッドな印象。

ゴダール全集.jpg『ゴダール全集』(全4巻)〔'71年〕「スタジオ・ボイス」1994年2月号特集.jpg「スタジオ・ボイス」1994.02 ゴダール特集

 ゴダールの'60年代までの作品の全シナリオを収録したもので、映画が難解なイメージがあるわりには、本として読んでそのままに面白いものが多く、またヴィヴィッドな印象を受けるのが意外かも知れません。

 よく知られているところでは、ジーン・セバーグ、ジャン・ポール・ベルモンド主演の「勝手にしやがれ」('59年)、アンナ・カリーナ、ベルモンド主演の「気狂いピエロ」('65年)などの初期作品でしょうか。
 スチール写真が適度に配置され、読むと再度見たくなり、未見作品にも見てみたくなるものがありました。

「勝手にしやがれ」('59年)/ 1978年公開時チラシ/DVD
勝手にしやがれ 1978年公開時チラシ.jpg勝手にしやがれ.jpg勝手にしやがれ2.jpg 「勝手にしやがれ」の一応のあらすじは―、自動車泥棒のミシェル(J・P・ベルモント)が、警官を殺してパリに逃げ、アメリカ人のパトリシア(ジーン・セバーグ)と互いに束縛しない関係を楽しんでいたところ、そのパトリシアはミシェルとの愛を確認するため、ミシェルの居所をわざと警察に密告する―というもので、この不条理に満ちた話のオリジナル作者はフランソワ・トリュフォーですが、最終シナリオはゴーダルの頭の中にあったまま脚本化されずに撮影を開始したとのこと。
 台本無しの撮影にベルモンドは驚き、「どうせこの映画は公開されないだろうから、だったら好きなことを思い切りやってやろう」と思ったという逸話があります。

三百人劇場2.jpg三百人劇場.jpg 「勝手にしやがれ」●原題:A BOUT DE SOUFFLE●制作年:1959年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・リュック・ゴダール●製作:ジョルジュ・ド・ボールガール●原作・原案・脚本:フランソワ・トリュフォー●撮影:ラウール・クタール●音楽:マルチアル・ソラール●時間:95分●出演:ジャン=ポール・ベルモント/ジーン・セバーグ●日本公開:1960/03●配給:新外映●最初に観た場所:三百人劇場 (78-07-25) (評価★★★★)●併映:「ヒア&ゼア・こことよそ」(ジャン・リュック・ゴダール)
 三百人劇場(文京区・千石駅付近) 2006(平成18)年12月31日閉館
 

「気狂いピエロ」 ('65年)/1983年公開時チラシ/DVD
気狂いピエロ(ポスター).jpg気狂いピエ.bmp気狂いピエロ (1965/仏).jpg 「気狂いピエロ」は―、フェルディナン(J・P・ベルモント)という男が、イタリア人の妻とパーティに行くが、パーティに退屈し戻ってきた家で、昔の恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)と再会し、成り行きで彼女のアパートに泊まった翌朝、殺人事件に巻き込まれて、2人は逃避行を繰り返す羽目に。フェルディナンは孤島での生活を夢見るが、お互いにズレを感じたマリアンヌが彼を裏切って情夫の元へ行ったため、フェルディナンは彼女と情夫を射殺し、彼も自殺するというもの。
 本書で脚本を先に読み、なかなかがいいと思いましたが、映像はほぼそれを裏切らなかったと思います(「勝手にしやがれ」よりギャング映画的な娯楽性を感じるが、前衛性はやや後退する)。

 これ、日本語タイトルはテレビコードにひっかかるのか?('89年テレビ放映時はフランス語のカタカナ読み「ピエロ・ル・フ」に)

有楽シネマ 1991頃.jpg銀座シネ・ラ・セット.jpg「気狂いピエロ」●原題:PIERROT LE FOU●制作年:1965年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・リュック・ゴダール●製作:ジョルジュ・ド・ボールガール●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワース・デュアメル●原作:ライオネル・ホワイト●時間:109分●出演:ジャン=ポール・ベルモント/アンナ・カリーナ/グラツィエッラ・ガルヴァーニ/ダーク・サンダース/ ジミー・カルービ ●日本公開:1967/07●配給:セントラル●最初に観た場所:有楽シネマ (83-05-28) (評価★★★★)●併映:「彼女について私が知っている二、三の事柄」(ジャン・リュック・ゴダール)
 有楽シネマ 2004(平成16)年1月31日閉館 (1955年オープン、1996年〜銀座シネ・ラ・セット)

「女と男のいる舗道」 ('62年)
女と男のいる舗道2.jpg女と男のいる舗道.jpg "シナリオ"集といっても、この2つの作品やアンナ・カリーナ主演の「女と男のいる舗道」('62年)などは、蓮實重彦氏など本書の翻訳陣が映画を採録し、シナリオのスタイルに「再構成」したものです。
 「女と男のいる舗道」は、時期的には「勝手にしやがれ」と「気狂いピエロ」の間に位置する作品で、若くして結婚し離婚した女優志望の女ナナ(アンナ・カリーナ)が、あるきっかけで娼婦になり、最後はヒモ同士のトラブルに巻き込まれて死んでしまう話で、ラストなどは「勝手にしやがれ」の女性版を思わせる部分もあり、また、エミール・ゾラの小説『ナナ』が娼婦から女優に成り上がった女性を描いた、その逆を描いているともとれます。

女と男のいる舗道2.jpg女と男のいる舗道1.jpg アンナ・カリーナ演じるナナは、別に不真面目に生きているわけではなく、たまたま出会った哲学者と真理について語ったり、「裁かるるジャンヌ」を観て涙したりするのですが、哲学者との会話などはシナリオで読むと面白いのに、映像化されると言葉が単に映画の背景になってしまうような感じがしました(映画を観てアンナ・カリーナが涙を流す場面は良かった)。

「女と男のいる舗道」●原題:VIVRE SA VIE●制作年:1962年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・リュック・ゴダール●製作: ピエール・ブロンベルジェ ●撮影:ラウール・クタール●音楽:ミシェル・ルグラン●原作:マルセル・サコット 「売春婦のいる場所」(ドキュメント)●時間:84分●出演:アンナ・カリーナ/サディ・ルボット /アンドレ・ラバルト●日本公開:1963/11●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会 (81-09-12) (評価★★★☆)●併映:「裁かるるジャンヌ」(カール・テオドア・ドライヤー)

 団地妻の売春という"予想外"の素材を扱った「彼女について私が知っている二、三の事柄」('66年)というのもありましたが、所収の作品で最後に見たのが、政治的メッセージの強い「ヴェトナムから遠く離れて(ヒア&ゼアこことよそ)」('67年)あたりで、その後は短編しかもう撮らないのかと思ったら、'80年代にまた長編映画の製作に復帰しています。

《読書MEMO》
●ゴダール全シナリオ集・収録作品
Ⅰ 水の話・シャルロットと彼女のジュール・勝手にしやがれ・小さな兵隊・女は女である・立派な詐欺師・カラビニエ
Ⅱ 怠惰の罪・女と男のいる舗道・軽蔑・恋人のいる時間・未来展望・気狂いピエロ
Ⅲ アルファヴィル・男性女性・メイドインUSA・彼女について私が知っている二三の事柄・ヴェトナムから遠く離れて・中国女・ウィークエンド

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懐かしいプラモデルの箱絵など。"昭和レトロ"を感じさせる異能の職人的画家。

図説小松崎茂ワールド.jpg 『図説 小松崎茂ワールド』 ['05年] 小松崎茂.jpg 小松崎茂(1915-2001/享年86)

 小松崎茂(1915-2001)と言えば、サンダーバードのプラモデルのボックスアート(箱絵)のイメージがありましたが、サンダーバードに限らず、タミヤのドイツ戦車やゼロ戦などのプラモデルのボックスアートも手がけていたことを知りました。

ソーラー・シティ.jpg そればかりでなく、昭和30年代に創刊された「少年サンデー」「少年マガジン」などの少年漫画雑誌の戦記特集などの挿画も多く手掛けているほか、それ以前からSF・未来世界を描いた作品も数多くあり、自分自身も雑誌などでそうした彼の作品を見ながら、それが小松崎茂という画家の手によるものであるという認識はないながらも、エアカーが超高層ビルの間をぬって疾走する未来社会を夢想した1人であることは間違いないようです。

 小松崎の活躍の始まりは昭和20年代の冒険活劇物語(いわゆる「絵物語」)で、作家として物語を書きつつ挿画も書いていたようですが、「大平原児」とかウェスタン調のものが多いのが面白い。
 また、この画集でやはり圧倒されるのは、「モスラ」などの特撮映画の担当もしたというリアルなメカニックで、その精緻さは戦争モノから宇宙モノまで共通していて、時代を感じさせない現代的な感じがします。

 育ったのが東京の下町(南千住)で、仕事場は乱雑の極みでしたが、どうしてこういう環境でこのような垢抜けた絵が描けるのか不思議な気もしました。
 若いころの写真を見ると、小太りでオタクっぽい感じがあります。
 老境に至って"気骨の画家"、あるいは"飄々とした"という感じの独特の風貌を呈していますが、昔から下町のスケッチなども多く描いていて、それらを見ると少し和みます。

 "昭和レトロ"を堪能させてくれるこの異能の職人的画家は'01年に亡くなりましたが、固定ファンが結構いるせいか、作品を集めたサイトもいくつかあるようです。

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「目の視覚」「脳の視覚」で視覚芸術を解析。面白くて一気に読めた。

脳の中の美術館.jpg 『新編 脳の中の美術館 (ちくま学芸文庫)』 〔96年〕 image.jpg 布施 英利 氏(略歴下記)

決定的瞬間.jpg 本書では、人体の視知覚形式を、ありのままの現実を見ることに徹する「目の視覚」(1次視覚)と、再構成を通して共有化される観念的・抽象的な世界を映し出す「脳の視覚」(2次視覚)に分け、視覚芸術(写真・映画・マンガ・アニメ・絵画)の表現を、この区分に沿って解析しています。

 面白いのは、写真などで、クローズ・アップしたり瞬間を捉えようとするのは「目の視覚」であり(土門拳の人物写真やキャパの「崩れ落ちる兵士」、アンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri Cartier-Bresson)"決定的瞬間"など)、そこに「時間」を導入して再構成しようとするのが「脳の視覚」である(マン・レイの実験写真やホックニーのフォト・モンタージュなど)としている点です。
 
 「時間」が加わって「脳の視覚」となった映画においても、「戦艦ポチョムキン」のモンタージュにはクローズ・アップなど「目の視覚」的要素が見られるとし、エイゼンシュタイン自身が、自らが影響を受けたという日本の浮世絵において、写楽の描く目鼻口を独立した視覚像の組み合わせとして見ているのは、我々が浮世絵を見たときの印象に通じるものがあると思いました。
     
旅芸人の記録.jpg 一方、映画「旅芸人の記録」は、本編ストーリーと劇中劇が交錯する再構成作業によって作られた「脳の視覚」的作品であるとし(この部分はわかりやすい)、大江健三郎が感動したという「ノスタルジア」のラスト(自分にとっては不可解だった)は、「目の視覚」から入り「脳の視覚」の世界を完成させていると...(ナルホド)。

旅芸人の記録('75年/ギリシア)

 マンガ「がきデカ」は「脳の視覚」で「AKIRA」は「目の視覚」、ディズニー・アニメは「脳の視覚」で手塚治虫アニメは「目の視覚」、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、光琳は「脳の視覚」で、カラバッジョ、レンブラント、フェルメール、ドガは「目の視覚」であると―。こうなってくると「あるなしクイズ」みたいですが...。 

 著者は芸大で芸術学を、東大で養老孟司氏のもと解剖学を学び、現在は作家・美術評論家として活動していますが、本書は著者が芸大の院生時代の'88年に出版したデビュー作の新編です。
 文章に衒学的な修辞などがなくて読みやすく、かつ内容的にも面白くて、1冊一気に読めました。
_________________________________________________
布施 英利
1960年,群馬県生まれ.
東京芸術大学・大学院博士課程(芸術学)修了.学術博士.東京大学医学部助手(解剖学)を経て,現在,「作家,芸術評論家」として活躍.東大助手を退官後は,ガラパゴス,ボルネオ,アフリカ・ザイール,紅海,アマゾン,そして沖縄と世界の大自然を旅する.
主著としては,『脳の中の美術館』(筑摩書房),『死体を探せ!』(法蔵館),『ポスト・ヒューマン』(法蔵館),『電脳版・文章読本』(講談社),『禁じられた死体の世界』(青春出版社),『美術館には脳がある』(岩波書店),『生命の記憶』(PHP),『ダ・ヴィンチ博士,海にもぐる』(生活人新書)他,多数.

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芸術の根源は、我々の日常の何気ない動作や感覚と地続きなのだということがわかる。

I詩のこころ 美のかたち.jpg  『詩のこころ・美のかたち (講談社現代新書 575)』 ['80年]  sugiyama3.jpg 杉山 平一 氏

映画芸術への招待.jpg 著者は関西では長老格の現役詩人で、最近も『詩と生きるかたち』 ('06年/編集工房ノア)を出版するなど息の長い活動を続けていますが、『映画芸術への招待』('75年/講談社現代新書)、『映画の文体』('03年/行路社)などの著書もあるように映画評論家でもあり、本書は、そうした幅広い素地を生かした一般向けの "美学"入門書とも言える本であり、人はどういうものに「美」やその喜びを見出すかが、模倣、カタルシス、リズムなど19のキーワードに沿ってわかりやすく書かれています。

映画芸術への招待』 講談社現代新書 〔'75年〕

 例えば、「デパートの1階に生活必需品を置かないのはなぜか」というような身近なところから「装飾」というものについて考察していたり、さらに、古今東西の作家の作品からの引用もよく知られたものが多く、著者の考察を的確に例証していて、特別な予備知識がなくともスッと入っていける内容です。
 
 それでいて、読んでいて「あっ、なるほど」と気づかされることが多く、また本当に理解しようと思えば、なかなか奥が深いのではないかとも。
 芸術の根源は、我々の日常の何気ない動作や感覚と地続きなのだなあと思いました。
 
《読書MEMO》
●「源氏物語」や「細雪」は、独立した短篇を横につないだ長篇。一方、西洋の長篇は、伏線と伏線がからみ合って構築されていく(7p)
●「朦朧」は日本人が喜ぶ美意識(谷崎潤一郎『陰翳礼賛』)(8p)
●《模倣》...真似とか、模倣による追体験は、感動の表明である(17p)
●志賀直哉の小説『城の崎にて』は"描写の妙"によって面白い(20p)
●《記録》...人間には、日記をつけるとか、記録しようとする本能がある―事実を再現することでの自己の「存在証明」にほかならない(26‐27p)
●《浄化(カタルシス)》...悲劇映画で涙を流す観客にとって、そのとき、悲劇は、キャラメルのように甘くしゃぶられている(36p)
●《舞踏》...「思考は筋肉に従う」(アラン『幸福論』)(50p)
●《リズム》...「あらゆる芸術は、常に音楽の状態にあこがれる」(62p)
●《反復》...子供は、珍しい話よりも同じ話をする方を喜ぶことが多い(64p)→反復を喜ぶ本能は、根源的な芸術感情
●《装飾》...一番無駄なものこそ、心の底で必要なもの(74p)カンディンスキーが感心した絵は、さかさまに置いてあった自分の絵だった。美に酔わせるのは抽象的なものである(78p)
●《遊戯》...カイヨワの「遊びの4原理」(競争・偶然・模倣・めまい)(86p)
●《目的性》...芸術性を重視した小林多喜二の作品が、目的意識だけに傾いた他のプロレタリア作家のものより、今日残った(98p)
●《象徴》...意外な結びつきは面白く、入れ替えられる面白さは尽きない(114-117p)
●《一瞬》...「人生は一行のボオドレエルにも若かない」小さな時間、小さなものの魅力をうち出した芥川(124p) 「或阿呆の一生」の高圧線のスパークの火花を命と換えても欲しいと思う気持ちに通じる

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自死した先駆的美術評論家によるロマン派絵画の独自の分析。

ロマン.jpg 『ロマン派芸術の世界』 講談社現代新書  坂崎乙郎.jpg 坂崎 乙郎 (1927-1985/享年57)

幻想芸術の世界-シュールレアリスムを中心に.jpg夜の画家たち.jpg 美術評論家・坂崎乙郎(1927‐1985)の〈講談社現代新書〉における3冊の著書の1つで、あと2冊は『幻想芸術の世界-シュールレアリスムを中心に』('69年)、『夜の画家たち-表現主義の芸術』('78年)ですが、3冊とも絶版になってしまいました。
 このうち実際には最も初期に書かれ、表現主義を日本の美術ファンに紹介したかたちとなった『夜の画家たち』だけ、〈平凡社ライブラリー〉に移植されています。

 ロマン主義の画家にどのような人がいたかと調べてみれば、ブレーク、フリードリヒ、ターナー、ジェリコー、そして大御所ドラクロアなどが代表的画家であるようですが、著者はロマン主義の画家に見られる特質を分析し、背景としての「夜」の使われ方や、モチーフとしての「夢」の役割、分裂病質とも言える「狂気」の表れ、デフォルメなどの背後にある「美の計算」などを独自に解き明かしています。
 例えばロマン主義絵画において「馬」は死の象徴として多用されているといった指摘は、紹介されている絵画とともに興味深いものでした(しかしそれにしても、ドラクロアのデッサン力が突出しているのは驚き)。

 ロマン主義絵画とは、著者によれば、上昇する意志と下降する欲望という相反するものを内包していて、例えばゴヤの幻視世界を描いた絵もロマン主義の萌芽と見ることが出来、後の写実主義や印象派絵画にもロマン主義的な要素が引き継がれていることを示しています。
 もともと個人的にはこの画家は何々派という見方をする方ではないのですが(それほど詳しくないから)、絵画の潮流というものが、ある時期ぱっと変わるものではないことがわかります。
 
 日本におけるロマン主義の芸術家として、'70年に自決した三島由紀夫をとりあげているのも興味深く、本書を読んでロマン主義というのが「死」への恐れと「死」への欲求の相克と隣り合わせにあることがわかります(パラパラとめくって図版を見るだけでも陰鬱なムードが伝わってくる)。

 著者は早大教授職にあった'85年に亡くなっていますが、後で自死であったことを知り、著者自身がそうしたものに憑かれていたのかとも思わないわけにはいかず、一方で、『幻想芸術の世界』の冒頭だったと思いますが、著者が家族と遊園地にいった話で始まっていたのをなんとなく思い出しました。

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ルネッサンスから近代絵画まで、1作ずつ謎解きから入る読みやすい入門書。

名画を見る眼.jpg 名画を見る眼 族.jpg名画を見る眼』〔'69年〕『名画を見る眼 続 (2) (岩波新書 青版 785)』〔'71年〕

アルノルフィニ夫妻の肖像.jpg ルネッサンス期から印象派の始まり(マネ)までの代表的な画家の作品15点選び、その絵の解説から入って、画家の意図や作風、歴史的背景や画家がどのような人生を送ったのかをわかりやすく解説した手引書です。
 高踏的にならず読みやすい文章に加え、まず1枚の名画を見て普通の人がちょっと変だなあと感じるところに着目して解説しているので、謎解きの感じで楽しめます。

 例えば、ファン・アイク「アルノルフィニ夫妻の肖像」は、絵の真ん中の鏡の中に微細画として室内の全景が描かれていることで知られていますが、著者は、その上に書かれた「ファン・アイクここにありき」という画家の署名に注目し、なぜこんな変わった署名をしたのかを問うて、これが婚礼の図であり、画家は立会人の立場でこの作品を描いていると...といった具合。

 新書なので絵そのものの美しさは楽しめませんが、比較的有名な作品が多いので画集や教育用のサイトでも同じ作品を見つけることは可能だと思います。

ラス・メニーナス(女官たち)1.jpg ただし、例えばベラスケス「宮廷の侍女たち」のような、離れて見ると柔らかい光沢を帯びた衣裳生地のように緻密に見えるのに、近づいてみるとラフな筆触で何が描かれているのか判らないという不思議さなどは、マドリッドのプラド美術館に行って実物を見ない限りは味わえないないわけですが...、これを200年後の印象主義の先駆けと見る著者の視点は面白いと思いました(というか、ベラスケス恐るべし!といったところでもある)。

 2年後に刊行の『続』は、歴史的に前著に続く印象派(モネ)から、後期印象派、さらにはピカソなど近代抽象絵画まで14点をとりあげています。
 カンディンスキーが自分のアトリエに美しい絵があると思ったら、自作が横倒しになっていたのだったというエピソードは面白い。それで終わらないところが天才なのですが...。

《読書MEMO》
●とりあげている作品(正)
ファン・アイク「アルノルフィニ夫妻の肖像」/ボッティチェルリ「春」/レオナルド「聖アンナと聖母子」/ラファエルロ「小椅子の聖母」/デューラー「メレンコリア・1」/ベラスケス「宮廷の侍女たち」/レンブラント「フローラ」/プーサン「サビニの女たちの掠奪」/フェルメール「画家のアトリエ」/ワトー「愛の島の巡礼」/ゴヤ「裸体のマハ」/ドラクロワ「アルジェの女たち」/ターナー「国会議事堂の火災」/クールベ「アトリエ」/マネ「オランピア」

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論理の飛躍や過度の類推が目立つように思えたが、部分的には面白い指摘もあった。

村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる.jpg 『村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。 (PHP新書)』  〔'06年〕

 『自閉症裁判』('05年/洋泉社)などの著作があるジャーナリストの佐藤幹夫氏が、今度は文芸評論を手掛けた?―と言っても、個人的にはさほど違和感はなく、ただし、こんな大胆なタイトルつけちゃって、後はどう料理しているのかと楽しみにして読みました。

 前段で示されている三島由紀夫と太宰治の類似関係や、三島が超えようとしたものが太宰で、太宰が超えようしたのが志賀直哉で、志賀が超えようとしたのが夏目漱石であるという相克は、過去の文芸評論家も大方指摘してきたことだと思いますが、『仮面の告白』と『人間失格』の内容対応表などは、コツコツと事実を積み上げていく著者らしい手法の細やかさが表れていて良かったです。

 そして、村上春樹は三島由紀夫を超えようとしており、挑戦相手には夏目、志賀、太宰も含まれているというのが著者の主張ですが、『風の歌を聴け』と『人間失格』などの対応をモチーフやコンテキストから探っているのも面白い。

 ただ、『羊をめぐる冒険』と『夏子の冒険』(三島)の対応関係を探るあたりから、村上春樹の元本の方がメタファーを多用していたりするため、どんな解釈でも成り立ってしまうような気がしてしまいました。

 「あまりの対応ぶり」に感嘆するか「対応させぶり」を牽強付会ととるかは読む人次第だと思います。
 『ノルウェイの森』と『春の雪』、『ダンス・ダンス・ダンス』と『奔馬』の間に関係性を探ろうとする試み自体は興味深いものの、論理の飛躍や過度の類推も多々あるように思え、説得力という点では自分としては疑問を感じました。

 個人的には、既成の私小説の枠を超えようとする村上春樹の意欲は評価するものの、彼の長編小説そのものをあまり評価していないため、自分は本書についても「良い読者」ではなかったのかもしれませんが、新書としての紙数オーバーで、『海辺のカフカ』や『アフターダーク』にまで言及できなかったというのは、本書の内容に肯定的な感想を抱いた読者にとっても欲求不満が残るのではないでしょうか。
 
 でも、部分的には面白い指摘が多くありましたので、本当に村上小説が好きな人が本書を読んでどう思うか、聞いてみたい気もしました。

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「食」で読み解く30の名作。推理ものを読んでいるように楽しく味わえた。

名作の食卓.jpg 『角川学芸ブックス 名作の食卓 文学に見る食文化』  〔'05年〕

 グルメ広報誌の連載をまとめたもので、「食」を通して名作を読み解くユニークな文学鑑賞入門の書―というのが出版社のキャッチです。

 作家の嗜好、「食」の移入史、同時代の食習慣等も紹介されていますが、グルメ本ではなく、あくまでも名作鑑賞案内とみてよいのではないでしょうか(著者自身、自分はグルメではないと〈あとがき〉で書いている)。

 『にごりえ』(樋口一葉)、『芋粥』(芥川龍之介)から、『キッチン』(吉本ばなな)、『村上龍料理小説集』まで、日本の近現代文学から30篇を選んでいますが、『鬼平犯科帳』(池波正太郎)のような大衆文学もあれば、「上司小剣」や「上林暁」など、最近あまり読まれなくなったものも取り上げられていて、取り上げること自体が「読書案内」となっているようにも思えます(上司小剣の『鱧(はも)の皮』は、今は「青空文庫」などで読むしかないけれど)。

 「坊ちゃんはなぜ「天麩羅蕎麦」を食べたのか」(夏目漱石『坊ちゃん』)とかは、グッと引き込まれるし、『風の歌を聴け』(村上春樹)は、やはり"「プール1杯分」のビール"という表現に注目でしょうね。

 『夫婦善哉』(織田作之助)のように、食べ物がそのまま小説のタイトルにきている場合は、同時にそれが作品の重要モチーフになっているわけで、三浦哲郎の『とんかつ』などはいい話だけど、読み解き自体はそれほど複雑な方ではないでしょう。
 それに対し、林芙美子の『うなぎ』や向田邦子の『りんごの皮』における著者の、「うなぎ」や「りんごの皮」が何の象徴であるかという読み解きは、興味深い示唆でした。

 『濹東綺譚』(永井荷風)の"水白玉"を恋と人生のはかなさの二重表象とした読み解きなどには、やや強引さも感じられなくはないけれど、そういう味わい方もあるのかなとも思ったりして。
 自分としては、推理ものを読んでいるように楽しく味わえた本でした。

《読書MEMO》
●目次
第1章 穀物・豆の文学レシピ
 こちそうとしてのライスカレー―村井弦斎『食道楽』
 坊っちゃんはなぜ「天麩羅蕎麦」を食べたのか―夏目漱石『坊っちゃん』
 ほか
第2章 魚・肉の文学レシピ
 酸っぱい・夫婦という絆の味―上司小剣『鱧の皮』
 青魚のみそ煮の仕掛け―森鴎外『雁』
 ほか
第3章 果物・野菜の文学レシピ
 「真桑瓜」の重み―正宗白鳥『牛部屋の臭ひ』
 先生の愛のゆくえ―有島武郎『一房の葡萄』
  ほか
第4章 おやつの文学レシピ
 『にごりえ』と"かすていら"―樋口一葉『にごりえ』
 食べられることを拒絶したチョコレート―稲垣足穂『チョコレット』
 ほか
第5章 広義の「食」の文学レシピ
 食べることと生きること―正岡子規『仰臥漫録』
 芸術としての美食―谷崎潤一郎『美食倶楽部』
 ほか

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漱石の作品をメッセージの複数の"宛先"という観点から読み解いていて面白かった。

漱石と三人の読者.jpg  『漱石と三人の読者』 講談社現代新書 〔'04年〕

 著者によれば、漱石はすでに「教科書作家」の1人でしかなく、『こころ』によってかろうじて首の皮一枚残って「国民作家」と見なされているのが現状だそうですが、漱石の小説の中に私たちの「顔」が映っているからこそ、漱石は「国民作家」たりえているのではないかという考えのもとに、漱石の言葉の"宛先"を明らかにしようと試みたのが本書です。

 『吾輩は猫である』を書いた後、大学教授の仕事を振って朝日新聞社専属の新聞小説作家となった漱石は、「顔の見えない読者」、「なんとなく顔の見える読者」、「具体的な何人かの"あの人"」の3種類の読者を想定し、それぞれの読者に対してのメッセージを込めて小説を書いていると著者は言います。

 当時の朝日の知識層を取り込もうとする戦略と合致する読者層は、「都会に住み会社勤めをするホワイトカラー層」で、当時の新聞発行部数から見れば新聞読者というのは「教育ある且尋常なる士人」であったわけですが、漱石の小説を単行本(今の価格で1万円以上した)で買うほどの文人・文学者ではない、そうした新聞読者層(現代のそれよりもハイブローな層)が、漱石にとっては「なんとなく顔の見える読者」にもあたり、また、そうした読者層が、現代の高学歴・ホワイトカラー社会における漱石の読者層に繋がっているのだと。

 一方、漱石にとって具体的に顔が見えている読者とは、『猫』を書いた時に漱石の周辺にいた文人や白樺派の文壇人、本郷東大のエリートたちで、漱石の本を単行本で読む読者であり、顔の見えない読者とは「三四郎」の田舎郷里の世界の人たちのようにおそらく新聞もまず読まない人ということになるようです。

 あくまでも仮説という立場ですが、漱石の主要作品を、こうしたメッセージの複数の"宛先"という観点からわかりやすく読み解いていて、なかなか面白かったです。
test_346.jpg
 例えば『三四郎』においても、三四郎の美禰子に対する片思いと、それに対する美禰子の振る舞いの謎という一般的な読み解きに対し、三四郎自身にも見えていない美禰子と野々宮の関係という隠されたテーマが、美禰子と三四郎・野々宮の出会いの場面で読み取れるとしています。

 ただしこれは、東大構内と心字池(三四郎池)の構図がわかっていないと読み取れない(!)という、本郷東大を知る人にしかわからないものとなっているという分析は、個人的には大変スリリングでした(イヤミ臭いともとれるけれど)。
 一応自分も最近再読したときに地図開いて読んでいたけれど、そこまではわかりませんでした。

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小説に対する真摯な姿勢を感じたが、パッチワーク的印象も。

一億三千万人のための小説教室.jpg  『一億三千万人のための小説教室』 岩波新書 〔'02年〕

 評判はいいし、実際に読んでみると面白い、でも読んだ後それほど残らない本というのがたまにあり、本書は自分にとってそうした部類に入るかも知れません。

 内容は、小説作法ではなく、「小説とは何か」というある種の文学論だと思えるし、ユーモアのある筆致の紙背にも、小説というものに対する著者の"生一本"とでも言っていいような真摯な姿勢が窺えました。
 しかし一方で、良い小説を書く前にまず良い読み手でなければならない、という自説に沿って小説の「楽しみ方」を示すことが、同時に「書き方」を示すことに踏み込んでいるような気もして、その辺の混在感がインパクトの弱さに繋がっているのではないだろうかとも。

文章読本さん江.jpg この本もともとは、NHKの各界著名人が母校の小学校で授業をするという番組企画からスタートしているようですが、著者は本稿執筆中に斎藤美奈子氏の『文章読本さん江』('02年2月 筑摩書房刊/小林秀雄賞受賞)を読み、
 「この『文章読本さん江』の誕生によって、我が国におけるすべての「文章読本」はその息の根を止められたのである」
 とこれを絶賛していて、併せて本稿を全面的に書き直す必要を感じたようで、その辺りがこうしたパッチワーク的印象になっている原因かなという気もしました。
 
 「模倣」することの意義については、それなりに納得性がありましたが、今までにもこうした考え方はいろいろな人によって示されていたような気がします。
 事例の採りあげ方などから、ブンガクの現況をより広い視野で読者に知らしめようという著者の意図を感じましたが、随所に見られる過剰なサービス精神が個人的にはやや気になりました。
 頭のいい著者のことですから、こうしたこともすべて計算のうえでやっているのかも知れませんが...。

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三島文学を「同性愛」「輪廻転生」で読み解くなかなかの評論。

「三島由紀夫」とはなにものだったのか.jpg「三島由紀夫」とはなにものだったのか』 ['02年/新潮社] 「三島由紀夫」とはなにものだったのか2.jpg 新潮文庫 ['05年]

 2002(平成14)年度・第1回「小林秀雄賞」受賞作。 

 三島の「文学」に対する評論で、彼の思想やそれに基づく行動については触れていませんが、三島自身が生前、自らの文学と思想を別物であるとしていたことを思うと、この方がいいのではと思います。
 
 他の評論家の引用が殆どないのと、著者独特の「わからない」からスタートする"回りくどい"方法論のため、一見すべてが著者流の独自解釈であるかのようですが、むしろ従来言われてきたことをベースに、それを著者なりに深めていったという感じがします。
 前半部分の『仮面の告白』から『禁色』『金閣寺』を経て『豊饒の海』に至る流れを、「同性愛」対「異性愛」、「輪廻転生」などをキーに読み解いていく過程はなかなかです。

 『仮面の告白』の後半は通俗的でダレ気味な感じがしたのですが、「同性愛」の敗北を描いていていることに著者が注目していて、ナルホドという感じ。『禁色』ではこれが勝利に転じる。三島自身も「認識者」から「行動者」に、自作を通して「転生」する。しかし、『豊饒の海』の第1部『春の雪』では、また「輪廻転生」を見つめる「認識者」の立場で再スタートする。なぜか?

 従来の三島への解釈は、彼が「芸術」そのものになろうとしていたというところで終るものが多いのですが、三島は読者の思念への「転生」を図ったという、本書のやや超越的な解釈も面白いと思いました(「思念」は他者を媒介に増殖する? ドーキンスの「利己的な遺伝子」みたい!)。
 そうすると、著者は三島の思惑にハマっていることになり、それでわざわざ三島嫌いを表明しているようにも思えます。

 キーとなる作品に絞って論じた前半部分がとりわけ圧巻でした。
 雑誌に何度かに分けて発表したものを加筆・再構成したものですが、結果として後半は、三島作品を広く網羅しようとして、やや説明過剰になった気もします。

 【2005年文庫化[新潮文庫]】

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埴谷雄高から村上春樹・龍、吉本ばななまで。作品ごとの世界観に触れた文芸評論として読めた。

「死霊」から「キッチン」へ.jpg 『「死霊」から「キッチン」へ―日本文学の戦後50年』 講談社現代新書 〔'95年〕

 本書は'95年の刊行で、それまで戦後50年の日本文学が何を表現してきたかを、時代区分ごとに、代表的な作家とその作品を1区分大体10人または10作品ぐらいずつ挙げて解説しています。

 埴谷雄高、武田泰淳(「ひかりごけ」)、大岡昇平(「俘虜記」)、三島由紀夫(「金閣寺」)などの「戦後文学者」から始まり、遠藤周作(「沈黙」)ら「第三の新人」などを経て、安部公房(「デンドロカカリア」、「砂の女」ほか)から中上健次(「岬」ほか)までの時代、さらには大庭みな子(「三匹の蟹」ほか)から松浦理英子(「親指Pの修行時代」」)までの女流作家、村上龍(「限りなく透明に近いブルー」、「五分後の世界」)、村上春樹(「羊をめぐる冒険」、「ねじまき鳥のクロニコル」ほか)、吉本ばなな、などの近年の作家までをカバーしています。

 「世界のかたちの与え方」というのが著者の作品解説の視座になっていて、埴谷雄高も安部公房も大江健三郎も、そして村上春樹も、それぞれ別の世界にいるのではなく、同じ世界の上にいながら「世界のかたちの与え方」が時代の流れとともに変ってきているのであり、埴谷、安部、大江らが世界に通じる新しい通路を開いてきたからこそ、現在、村上春樹によって新しい通路を開かれつつある、といった見方が解説基盤になっています。

 大江健三郎に単独で1章を割いていて、大江作品では常に「谷間の村」が基点になっているといった読解や「雨の木(レイン・ツリー)」の発端がどこにあったかという話は、本書を読む上で、大江ファンにはいいアクセントになるのでは(本書では、大江はもう新たな小説を書かないことになっていますが)。
 「雨の木(レイン・ツリー)」が何のメタファーかを論じると同じく、他の作家、例えば、村上春樹の「羊」などについても、メタファーの解題を行うなどしており、戦後から現代にかけての作品を俯瞰するテキストにとどまらず、各作品で描かれていた世界観に触れた文芸評論として読めました。

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横光から大江までの昭和文学史。読書ガイドとしても結構"便利"に使える。

日本の現代小説.jpg  『日本の現代小説 (1968年)』 岩波新書

 横光利一で始まり大江健三郎で終わる昭和の文学史で、年代的には関東大震災の翌年('24年)以降から石原慎太郎・開高健・大江のデビューした'58年あたり(それぞれ昭和31-33年にかけて芥川賞受賞)までの小説家とその作品を追っています。

 前著『日本の近代小説』('54年/岩波新書)と時代的に繋がり、構成も文体も同じで、前著あとがきで予告されていた続編だと言えますが、どうしたわけか、読者により身近な作家の多い本書の方が絶版になっているようです。

 前半のうち約50ページを「プロレタリア文学」、「転向文学」に費やしており、その後に続く「昭和十年代」、「敗戦前後」の章も含め、プロレタリア文学運動が作家たちに与えた影響の大きさが窺えますが、数多くいたプロレタリア文学作家そのもので今も読まれているのは、作品の芸術性を重視した小林多喜二ぐらいなのがやや皮肉な感じ(多喜二のリアリズムは"ブルジョア作家"志賀直哉を手本にしている)。

 「敗戦前後」の作家で一番社会的影響力があったのは、「転向」者であるとも言える太宰治で、著者は、戦前の太宰の完成度の高い作品に戦後の作品(「斜陽」「人間失格」など)は及ばないとしながらも、その死によってそれらは青春文学の象徴となったとしています。
 さらに、戦後一時期の青年の偶像となった三島由紀夫が見せる演技性に、太宰との類縁関係を見出しています(本書執筆時点で、三島はまだ存命していた)。

 前著同様、巻末に主要文学作品の発刊年譜が付いており、因みにその年譜では、前著は1868年(明治元年)から1927(昭和2)年までを、本書では'24(大正13)年から'67(昭和42)年をカバーしていますが(昭和42年は、後にノーベル文学賞受賞対象作となる『万延元年のフットボール』が発表された年)、本文の作家の概説と併用すれば、作家や作品の文学史的位置づけが簡単に出来、読書ガイドとしても結構"便利"に使える本だと思います(絶版になったのはタイトルに「現代」とあるせいか?)。

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逍遥から龍之介までの文学潮流を俯瞰。構成・文章ともに読みやすい。

日本の近代小説.jpg  『日本の近代小説 (1954年)』 岩波新書  中村 光夫.jpg 中村光夫 (1911‐1988/享年77)

 文芸評論家で小説家でもあった中村光夫(1911‐1988)による、明治から大正期にかけての「近代日本文学」入門書。
 刊行は'54年('64年改版)と旧いですが、作家を1人ずつとりあげながら文学潮流を鳥瞰していくかたちで、「です・ます調」で書かれているということもあり、構成・文章ともに読みやすい内容です。

 坪内逍遥から芥川龍之介までをカバーしていますが、前段では登場する作家(明治中期まで)は人数が少ないせいか1人当たりの記述が比較的詳しく、知識人向けの硬いものより仮名垣魯文のような戯作の方が後世に残ったのはなぜか、言文一致運動に及ぼした二葉亭四迷の影響力の大きさがどれだけのものであったか、などといったことから、樋口一葉がなぜ華々しい賞賛を浴びたのかといったことまでがよくわかります。

 中盤は、藤村・花袋などの自然主義運動を中心にその日本的特質が語られており、「夜明け前」や「蒲団」などを読むうえで参考になるし(「蒲団」などは、小説としてあまり面白いとは思わないが、文学史的な流れの中で読めばまた鑑賞方法が違ってくるのかも)、それに反発するかたちで台頭した耽美派・白樺派なども、著者の説によれば同時代思想の二面性として捉えることができて興味深いです。

 後段では、森鴎外、夏目漱石という「巨星」の果たした役割やその意味とともに、多くの気鋭作家を輩出した大正期の文学潮流の特質を解き明かしています。

 著者は私小説や風俗小説を痛烈に批判したことでも知られていますが、本書は特定の傾向を批判するものではなく、それでいて自然主義運動がわが国独特の「私小説」の伝統を決定づけたことを、冷静に分析しているように思えました。

 「わが国の近代小説は、すべてそれぞれの時代の反映に過ぎなかったので、それが完璧な反映であった場合にも、よりよい人生を示唆する力は乏しかったのです」という著者の結語は、現代文学にもあてはまるのではないでしょうか。

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現代若者気質も窺え、自分を顧みて冷や汗が出る部分も。

かなり気がかりな日本語.gif  『かなり気がかりな日本語 (集英社新書)』 〔'04年〕 野口 恵子(のぐち けいこ).jpg 野口 恵子 氏 (略歴下記)

 日本語と外国語を、外国人と日本人に教えているという著者が、大学生の言葉や流行り言葉、あるいは街角などで耳にする言葉の用法について、その誤りの部分を指摘していますが、単に誤用を指摘するだけでなく、どういう心理からそうした誤用表現を使ってしまうのか、さらにはそれが言語コミュニケーションとしてきちんと成立しているかなどの観点が入っています。
 ですから、もちろん"正誤"という見方もありますが、"快不快"という捉え方、つまり相手に不快感を与えないということを大事にしていて、その点は類書に比べユニークかも知れません。
 
 一方で、相手を不快にさせまいとして過剰な尊敬表現などを使うあまり、誤用を誘ってしまう言い回しがあったりして、いやあ日本語は難しいなあと思いました。 
 突き詰めると日本語の問題と言うよりコミュニケーション力の問題であって、そうした自分と立場の異なる人とコミュニケーションする訓練がなされないまま、あるいはそれを避けて大人になってしまうのが現代の若者なのかと考えさせられもしました。
 また、コンビニの「いらしゃいませ」といった定型表現など、コミュニケーションを期待していない表現についての考察も面白かったです。

 「ある意味」「基本的に」「逆に」などの言葉が、本来の意味的役割を失って、婉曲表現や間投詞的に使われているというのは、確かに、という感じで、あまり多用されると聞き苦しいものですが、本人は気づかないことが多いですネ(自分自身も、筆記文などにおいては何となく多用しがちな人間の1人かも知れませんが)。 
 それと本書からは、直裁的言い回しを避ける最近の若者気質のようなものも見えてきて、その点でもなかなか面白かったのですが、時にキッパリと、時にやんわりとした論調の底に、日本語の乱れに対する著者の危惧感が窺えます。 
 
 自分の普段の話し方を振り返って冷や汗が出る部分が多々ありましたが、巻末に「日本語力をつけるためのセルフ・トレーニング」方法があるので、これを実践した方がいいのかな。
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野口 恵子(のぐち けいこ)
1952年生まれ。日本語・フランス語教師。青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、パリ第八大学に留学。放送大学「人間の探究」専攻卒、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得退学。フランス語通訳ガイドをへて、90年より大学非常勤講師。文教大学、東京富士大学、東京農工大学で教鞭をとる。

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オノマトペについての考察。動物に偏り過ぎた感じもするが、読み物としては楽しめた。

犬は「びよ」と鳴いていた.jpg       山口仲美(やまぐちなかみ).jpg 山口 仲美 氏(略歴下記)
犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い』光文社新書 〔'02年〕

 英語の3倍にも及ぶという日本語の擬音語・擬態語、その研究の魅力にとり憑かれたという著者が、擬音語・擬態語の歴史や謎を解き明かしています。
                              
 三島由紀夫がオノマトペ(擬音語や擬態語)を品が無いとして自分の作品にほとんど使わなかったのは知られていますが(本書によれば森鷗外も好きでなかったらしく、片や草野心平や宮沢賢治は詩や小説の中でうまく使っている)、オノマトペって奈良・平安の時代から使われているものが結構ある一方で、最近でもいつの間にか使われなくなったり(雨戸の「ガタピシ」とか)、新たに使われるようになったもの(レンジの「チン」とか携帯電話の「ピッ」とか)も多いんだなあと。
 三島が使わなかったのは、時代で使われ方が変わるということもあったのではないだろうかと思いました。

 『大鏡』の中で犬の鳴き声が「ひよ」と表記されているのを、著者が、いくらなんでも犬と雛の鳴き声が同じに聞こえるはずはないだろうと疑念を抱き、濁点の省略による表記と発音の違いを類推し、後の時代の文献で「びよ」の表記を見出す過程は面白く(「びよ」は英語のbowにも似てる)、それがどうして「わんわん」になったかを、独自に考察しているのが興味深かったです。

 その他にも、鶏の鳴き声は江戸時代「東天紅」だったとか、猫は「ねー」と鳴いていて、それに愛らさを表す「こ」をつけたのが「猫」であるとか、やや動物に偏り過ぎた感じもしますが、読み物としてはこれはこれで楽しめました。
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山口仲美(やまぐちなかみ)
1943年生まれ。お茶の水女子大学文教育学部国語国文学科卒。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。文学博士。現在は、埼玉大学教養学部教授。著書に、『犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い―』(光文社新書)、『中国の蝉は何と鳴く?―言葉の先生、北京へゆく―』(日経BP社)、『暮らしのことば 擬音・擬態語辞典』(講談社)などがある。

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面白い指摘もあったが、そんなに売れるほどの内容かなと...。

日本語練習帳.jpg 日本語練習帳.gif 『日本語練習帳』 岩波新書 〔'99年〕 大野晋.jpg 大野 晋 氏 (学習院大学名誉教授/略歴下記)

 それまで岩波新書で一番売れた『大往生』(永六輔/'94年)の記録230万部に迫る、180万部を売り上げたベストセラー。「練習帳」というスタイルは編集者のアイデアではなく、著者自身が以前から考えていたもので、編集者を実験台(生徒)にして問題の練り込みをしたそうです。

日本人の英語.jpg 面白いが指摘がありました。
 助詞「は」は、主語+「は」の部分で問題提示し、文末にその「答え」が来る構造になって、一方、「が」は、直前の名詞と次にくる名詞とをくっつけて、ひとかたまりの名詞相当句を作る「接着剤」のような役割があるというものです。そして、「は」はすでに話題になっているものを、「が」は単に現象をあらわすというのです。
 この指摘を読み、『日本人の英語』(マーク・ピーターセン著/'88年/岩波新書)の中にあった、「名詞」にaをつけるという表現は無意味であり、先行して意味的カテゴリーを決めるのは名詞ではなく、aの有無であるという指摘を連想しました。
バカの壁.jpg つまり「は」は、aという冠詞と同じ働きをし、「が」はtheという定冠詞と同じ働きをするのだと。
 そうすると、後に出た『バカの壁』(養老孟司著/'03年/新潮新書)でまったく同じ指摘がされていました。

声に出して読みたい日本語.jpg このように部分的には面白い点がいくつかありましたが、果たしてベストセラーになるほどの内容かという疑問も感じました。
 "ボケ防止"で売れるのではという声もあり、なるほど『声に出して読みたい日本語』(齋藤孝/2001)などで本格化する日本語ブームのハシリかなとも思えなくもないが、『声に出して読みたい日本語』の方こそ"ボケ防止"っぽい気もする。
 むしろ著者の、日本語の敬語や丁寧語が、社会の上下関係からではなく、身内と外部の関係でつくられてきたといった指摘が日本文化論になっていて、そうした点が「日本人論」好きの国民性にマッチしたのでは。
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大野 晋 (オオノ・ススム)
1919(大正8)年、東京深川生れ。東京大学文学部国文学科卒。学習院大学名誉教授。「日本とは何か」という問題意識から古代日本語の研究を始め、上代特殊仮名遣・万葉集・古事記・日本書紀などを研究し「日本語はどこから来たか」を追究。著書に『岩波古語辞典』(共編)『日本語の起源 新版』『係り結びの研究』『日本語練習帳』『日本語と私』など。研究の到達点は『日本語の形成』に詳述されている。

《読書MEMO》
●「私が読んだこの本は、多くの批判もあるが面白かった」...「は」は文末にかかり、「が」は直下にかかって名詞と名詞を"接着"する
●「花は咲いていた」と「花が咲いていた」...「は」すでに話題になっているもの(the)、「が」は単に現象をあらわす(気がついてみたら...)(a)
●「日本語を英語にしろ」と言った志賀直哉は、小説の神様でなく、写実の職人

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比較的楽しく読め、読んで頭に残り、また後で読み返しやすい。

日本語誤用・慣用小辞典.jpg日本語誤用・慣用小辞典』 講談社現代新書 〔'91年〕 国広哲弥(東京大学 <br />
名誉教授).jpg 国広 哲弥 氏(東大名誉教授)

日本語誤用・慣用小辞典2.jpg 新書本で250ページほどの言わば"読む"辞典ですが、項目数を絞った上で1項目あたりの用例解説が充実しているので、類書の中では比較的楽しく読め、読んで頭に残り、また後で読み返しやすいものとなっています。
 
 「浮き上がる」と「浮かび上がる」、「絵に描いた」と「絵に描いたような」の違いなどの、あまり今まで考えたこともないようなものもありましたが、基本的には典型的な誤用例などを拾っていて、そのままクイズの問題にもなりそうなものも多いです。
 ただし、正誤もさることながら、背後にあるニュアンスの違いを重視し、必要に応じて、誤用の原因やどこまで許容されるかといことまで突っ込んで説明しているのが本書の特長でしょうか。

 誤用例として、テレビや雑誌などからも拾っていますが、中には著名な文筆家のもののあり、ちょっと気の毒な部分もありました。
 恥ずかしくない程度の常識は備えておくべきでしょうが、国語学者はどうしても語源や文法に縛られる面もあるので、自分なりの納得度というのも大切にすべきかも。

カバーイラスト:南 伸坊

《読書MEMO》
●一姫二太郎→子供が生まれる順序○
●「おざなり」と「なおざり」
●「食間」に飲む薬○
●濡れ手で泡×→粟○
●逼塞→八方塞で手も足も出ず、世間の片隅にひっそり隠れていること○(多忙×)
●役不足→役目の方が軽すぎる○(力不足×)
●押しも押されぬ×→押しも押されもせぬ○
●体調をこわす×→体調を崩す○
●的を得る→的を射る、当を得る○
●嘘ぶく×→嘯く○
●折込済み×→織込み済み○
●亡き人を忍ぶ×→偲ぶ○ 

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父親が自分のことを「パパ」というのは日本語独特の用法。

ことばと文化.jpg       ことばと文化(英).jpg        鈴木孝夫.jpg
ことばと文化』岩波新書〔'73年〕 『英文版 ことばと文化 - Words in Context --A Japanese Perspective on Language and Culture』英訳新装版   鈴木 孝夫 氏(慶応大学名誉教授/略歴下記)


 言語学の入門書として知られる本ですが、一般読者が気軽に読めるよう平易に、かつ面白く書かれています。

 前半部分で、言葉が「もの」に貼られるレッテルのようなものではなく、逆に言葉が「もの」をあらしめているという考え方を示していますが、そのことを、英語と日本語で「同じ意味」とされている言葉がいかに不対応であるかを引例するなどして説明しています(英語のlipは、赤いところだけでなく、口の周囲のかなりの部分をも指す言葉だというような話を聞いたことがあれば、そのネタ元は本書だったかも知れません)。
                                   
ことばと文化 岩波新書.jpg 言葉の意義や定義が、文化的背景によっていかに違ってくるかという観点から、中盤は「動物虐待」にたいする日英の違いなど比較文化論的な、ややエッセイ風の話になっていますが、本書の持ち味は、終盤の、対人関係・家族関係における「人称代名詞」の日本語独特の用法の指摘と、そこからの文化心理学的考察にあるかと思います。
 
 例えば、家族の最年少者を規準点にとり、この最年少者から見て何であるかを表す傾向(父親が自分のことを「パパ」という)というのは、指摘されればナルホドという感じで、こうした日本語の「役割確認」機能の背後にあるものを考察しています。

 前半部分に書かれていることは、ウンチクとして楽しいものも多く、英語学習者などは折々に思い出すこともあるかと思いますが、終盤の方の指摘は、普段は日常に埋没していて意識することがないだけに、時間が経つと書かれていたことを忘れていましたが、久しぶりに読み直してみて、むしろ後半に鋭いものがあったなあと再認識しました。
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鈴木 孝夫 (スズキ タカオ)
大正15年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。
慶大医学部より文学部英文科を経て、言語文化研究所教授。その間マギル大学イスラーム研究所員、イリノイ大・イェール大客員教授、ケンブリッジ大エマヌエル・ダウニング両校客員フェローなど歴任。国内では約20大学の訪問教授を務めた。
専門は文化人類学、生物学的観点からの言語社会学。近年は自然保護、環境問題に関する著作が多い。

《読書MEMO》
●英語には日本語の「湯」に当ることばがない(waterを状況次第で「水」のことにも「湯」のことにも使う)(36p)
●米俗語「元気を出す、へこたれない」keep one's chin up → 日本語では「アゴを出せば、弱ったことの意味になってしまう(57p)
●現代日本語では(中略)一人称、二人称の代名詞は、実際には余り用いられず、むしろできるだけこれを避けて、何か別のことばで会話を進めていこうとする傾向が明瞭である(133p)
●印欧系言語 → 一人称代名詞にことばとしての同一性あり/日本語 → 有史来、一人称、二人称の代名詞がめまぐるしく交代(場所や方向を指す指示代名詞の転用など、暗示的・迂回的用法)(139-141p)
●(日本語は)他人を親族名称で呼ぶ習慣が特に発達している(158p)→ 他人である幼児に対し、「おじいさん」「おばあさん」/子供向け番組の「歌のおばさん」「体操のおにいさん」
●(日本人は)年下の他人に親族名称を虚構的に使う(159p)→「さあ泣かないで。おねえちゃんの名前なあに」
●外国人には奇異に映る使用法 → 母親が自分の子を「おにいちゃん」と言ったり、父親が、自分の父のことを「おじいさん」と呼ぶ(161p)→ 子供と心理的に同調し、子供の立場に自分の立場を同一化(168p)
●父親が自分のことを「パパ」というのは「役割確認」→ 日本人が、日常の会話の中でいかに上下の役割を重視しているかが理解できる(187p)
●日本人の日本語による自己規定は、相対的で対象依存的(197p)→ 赤の他人と気安くことばを交わすことを好まない
●日本の文化、日本人の心情の、自己を対象に没入させ、自他の区別の超克をはかる傾向 → 日本語の構造の中に、これを裏付けする要素があるといえる

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身近な切り口で、楽しみながら「日本人の意識構造」がわかる。

身辺の日本文化.jpg 『身辺の日本文化』 講談社学術文庫 〔'88年〕  多田 道太郎.jpg 多田 道太郎 氏

 NHKのフイルムアーカイブで著者が喋っているのを偶然見て、飄々とした話しぶりに惹かれ本書を手にしましたが、これが思いのほか面白い!

 食事のあと割り箸は折るのはなぜかとか、日本家屋に独特の縁側や敷居、台所の入り口にかかる暖簾にどんな意味合いがあるのか、鳥居が赤いのは昔からか、そうした身近な切り口で日本文化の特質や日本人の意識構造を見事に解き明かしていきます。

 箸はフォークより高級であるという著者の論は、なかなか興味深くてそれなりに納得させられるけれど、著者のユーモアも少し入っているかも。
 「青春」や「コメカミ」の語源もこの本で知り、普段考えてもみなかったことばかり。
 雑学としても面白いけれど、かなり奥が深いなあと。
 でも、語り口は上方落語みたいですごくリズムがいいのです。

 著者の多田道太郎は仏文学者でコンサイス仏和辞典などの編纂した人ですが、社会学者、詩人、俳人、現代風俗研究会の会長でもあった人です。
 こんな人はもう世に出ないでしょう。
 とっつきやすく、読んで損しない本(何か得するわけでもないですが)、楽しい本です。

 【1981年単行本〔講談社〕】

《読書MEMO》
●箸は高級、フォークは野蛮(手の形に近い)(16p)
●割り箸はなぜ折るのか...箸と茶碗は自分個人に帰属する(18p)
●パリの家庭で主人がパンを切ってもてなしてくれる(日本人はわざわざ主が、と喜ぶ)が、パンを切るのは家長の証だから(22p)
●「玄」という字は水平線に浮かぶ船の帆(ちらちら見えるもの(30p)
●「がんばる」は「我意を張ること」、お互いに頑張ろう→集団的個人主義(西洋人には理解しづらい)(61p)
●縁側と軒端は「つながり」を、「のれん」と「敷居」は「けじめ」をあらわす(65p)
●朝行って、自分の椅子に誰かが座っていると気持ち悪い→その場合の椅子は、身体、身体の周囲1〜2m、に次ぐ第三の境界(74p)
●鴨長明『発心集』寺を譲るから女を世話してくれといって出奔した坊さんが、実は隠居所で修行していた(150p)
●鳥居が赤いのは中国の影響、もともとお社のみだった(お屋代も仮の姿。本体はもっと神聖なもの)(162p)
●酒は女性がつくり(米噛み→コメカミ)管理していた(178p)
●中国の4原色と四季...青春・朱夏・白秋・玄冬(36p)

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乃木大将に身近に接した米国人従軍記者が抱いた畏敬と神秘の感情。

乃木大将と日本人.jpg 『乃木大将と日本人』 講談社学術文庫 〔'80年〕 Nogi, Maresuke.jpg Nogi, Maresuke (1849 - 1912)

 日露戦争の際、米国からの従軍記者として乃木大将に身近に接したスタンレー・ウォシュバン(Washburn, Stanley, 1878-1950)による本書は、彼の"人となり"を描くことを主眼としていますが(原題は"Nogi: A Great Man Against A Background Of War"(1913))、乃木という人物を通してみた日本人論にもなっています。

 著者が描くところの乃木将軍は、武士道精神と詩情を、さらには無私赤心の愛国心と部下や周囲(著者ら従軍記者、敵軍の敗将など)への思いやりを持ちあわせた精神性の高い人物で、従軍時に27歳の若さだった著者は、彼を"わが父"と仰ぐほどその魅力に圧倒されたらしいことが、その賞賛づくしの文章からわかります。
 同時に、こうした武士道的美学や理想主義が1人物に具現化され、それが組織を統制し士気を高揚させ、死をも恐れぬ苛烈な軍人集団を形成し、旅順陥落という戦果をもたらしたことに、乃木および日本人に対する畏敬と神秘の感情を抱いているようにも思えます。
 武士道精神というものが今あるかというと否定的にならざるを得ませんが、一方、「この人の下でなら...」というのが日本人にとってかなり強い動機付けになるという精神的風土はまだあるのでは。

坂の上の雲1.jpg 本書を読んで想起されるのが、司馬遼太郎『坂の上の雲』での乃木の徹底した"無能"ぶりの描き方で、乃木ファンのような人たちの中には、司馬遼太郎の方が偏向しているのであり、本書こそ真の乃木の姿を描いているとする人も多いかと思いますが、本書はあくまでも乃木の人物像が中心に描かれていて、司馬遼太郎が『坂の上の雲』(「二〇三高地」の章)でも本書"Nogi"について指摘しているように、その戦略的才能について著者は主題上、意識的に避けているようにも思えます。

 さらに司馬遼太郎は、本書で乃木が、本国参謀本部の立案を実行する道具に過ぎなかったとしているのに対し、相当の裁量権が彼にあったことを指摘しており、個人的にもこの指摘に与したいと考えます。
 確かにオーラを発するような一角の人物ではあったかも知れないけれど、ロシア軍があきれるほどの"死の突撃"の反復を行った乃木を"名将"とするのには抵抗を感じます。
 
 ただし一方で、日露戦争をトータルに眺めると、乃木のおかげで欧米諸国に日本贔屓の心証を与えることが出来、そのため公債が集まり戦争を有利に導いたとする見方も、最近はあるようです(関川夏央『「坂の上の雲」と日本人』('06年/文藝春秋))。 
 それは(乃木自身が意図したことではないが)彼の立ち振る舞いや捕虜に対する紳士的態度が、本書の著者のように外国人記者の間に乃木信者が出るぐらいの人気を呼び、国際世論が日本に傾いたとするものです。ナルホドね。

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ユダヤ・キリスト教圏との歴史観の違いから来る人生観の違いを指摘。

日本人の人生観.jpg 『日本人の人生観 (講談社学術文庫 278)』 〔'78年〕

 同じ著者の『比較文化論の試み』('76年/講談社学術文庫)を読んで、日本で常識とされているものをまず疑ってみるその切り口に改めて感心させられ、もっと論じられても良い人なのかもと思い、一般はともかく学者とかには敬遠されているのかなとも思いつつ、本書に読み進みました。

 こちらの方は、日本人の変わり身の早さや画一指向を、その歴史観と人生観の関わりから考察したもので、講演がベースの語り口でありながら、内容的にはややわかりにくい面もありました。

 要するに、旧約聖書から始まるユダヤ・キリスト教文化圏の歴史観には、終末を想定した始まりがあり、人生とはその全体の歴史の中のあるパートを生きることであり、トータルの歴史の最後にある、まさにその「最後の審判」の際に、改めてその個々の人生の意味が問われるものであるとの前提があるとのこと。
 つまり、個人の人生が人間全体の歴史とベタで重なっているという感じでしょうか。

 それに対し、日本人の歴史観は始まりも終わりも無いただの流れであり、個々の人生は意識としてはそうした流れの「外」にあり、「世渡り」とか"今"に対応することが重要な要素となっていると...。 
 
 鴨長明の「方丈記」冒頭にある「行く川の流れは絶えずして、 しかももとの水にあらず」というフレーズは、結構日本人の心情に共感を呼ぶものですが、著者は、このとき長明は川の流れの中ではなくて川岸にいて川の流れを傍観しているとし、それが歴史の流れの「外」にいることを象徴していると述べています。
 
 前著『比較文化論の試み』よりやや難解で、それは自らの知識の無さによるものですが、加えて、今まであまり考えてみなかったことを言われている気がするというのも、要因としてあるかも知れません。
 今後、歴史関係の本などを読む際には、こうした視点を応用的に意識して読むと、また違った面が見えてくるかもと思いました。

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読み直してみて、鋭い指摘をしていたのではないかと...。

比較文化論の試み.jpg比較文化論の試み』 講談社学術文庫 〔'76年〕 山本七平.jpg 山本 七平(1921-1991/享年69)

日本人とユダヤ人.jpg 往年のベストセラー『日本人とユダヤ人』('70年/山本書店)の著者〈イザヤ・ベンダサン〉が〈山本七平〉であったことは周知であり、'04年に「角川oneテーマ21」で出た新書版の方では著者名が「山本七平」になっていますが、やはり最初はダマされた気がした読者も多かったようです。

 加えて生前は彼のユダヤ学や聖書学が誤謬だらけだという指摘があったり、左派系文化人との論争で押され気味だったりして、亡くなる前も'91年に亡くなった後も、意外と数多いこの人の著作を積極的に読むことはありませんでした。

 しかし、最近本書を再読し、「文化的生存の道は、自らの文化を他文化と相対化することにより再把握することから始まる」ということを中心とした99ページしかない講演集ですが、なかなかの指摘だなあと感心した次第です。

豚の報い.jpg
 「聖地」に臨在感を感じる民族もいれば、日本人のようにあまり感じない民族もいる。一方、「神棚」や「骨」には日本人は独自の臨在感を感じる―。
 ここまでの指摘が個人的にははすごくわかる気がし、特に以前に読んだ作家・又吉栄喜氏の芥川賞受賞小説『豚の報い』('96年/文芸春秋)の中に、そのことを想起させる場面があったように思いました。

 この小説の主人公は、海で死んだ父の骨を拾うことに執着していて、海で死んだ人間は、島のしきたりで12年間埋葬することが出来ず野ざらしにされているのを、12年目の年に彼は父の遺骨を風葬地に見つけ、そこにウタキ(御嶽)を作り、"神となった"父の「骨」としばしそこに佇むのですが、「御嶽」も「神棚」も神の家でしょうし、主人公の心情もわかる気がしました。

 でも著者は、どうしてそう感じるか、その理由を考えないのが日本人であるとし、これが他の民族のことが理解できない理由でもあるとしており、その指摘には「ハッとさせられる」ものがあると思いました。

 何か、この人、日本人を「ハッとさせる」名人みたいな感じもするのですが、まさに著者の真骨頂は、日本で常識とされているものをまず疑ってみるその切り口にあるわけで、そのために引用するユダヤ学などに多少の粗さがあっても、新たな視点を示して個々の硬直化しがちな思考を解きほぐす効用はあるかと。

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イスラームの社会・生活・文化をフィールドワーク的視点から紹介。

イスラームを知ろう.jpg  『イスラームを知ろう』 岩波ジュニア新書 〔'03年〕

 イスラームという宗教そのものについても解説されていますが、著者が人類学者であるため、むしろイスラームの社会での結婚や生死に関する儀礼、日常生活の義務規定がよく紹介されています。

 イスラーム社会は世界の広い範囲に及ぶのですが、著者がフィールドワーク的に長期滞在したヨルダン、エジプト、ブルネイなどのことが中心に書かれていて(一応、中東、北アフリカ、南アジアという代表的イスラーム圏にそれぞれ該当しますが)、イスラーム世界のすべてを網羅して解説しているわけではありません。
 それでも、今まで知らなかったことが多く興味深く読めました。

 通過儀礼として有名な「割礼」についても詳しく書いてあります。
 またイスラームと言えば一夫多妻制が知られていますが、「第一夫人」「第二一夫人」...と言っているのは研究者で、平等を重んじるムスリムはそういう言い方はしないとか。
 「ラマダーン(断食)月」というと何か不活発なイメージがありますが、この時期に食料消費量が増え、逆に太ってしまう人が多いというのは何となく可笑しい話でした。

Gene.jpg 本書によれば、「アラジンと魔法のランプ」は、元々は中国の話だそうですが、語源である「ジン」(一種の妖怪)というのが、イスラームが宗教的版図を拡げていく過程で土着信仰を融合する際に生まれたものだというのは興味深いです。
 土着信仰のネガティブな部分を"怪物"的なものに封じ込めたという説は面白いと思いました(土着の悪神をリストラして「ジン」という概念に一本化したとも言える)。

 「善いジン」というのもいるらしいけれど、ディズニーアニメ「アラジン」('92年/米)のランプの精「ジーニー」は、キャラ的には明るいけれど(ジーニーの声はロビン・ウィリアムズが担当)、素質的にはやはり妖怪型かな。

アラジン dvd.jpg 因みに「アラジン」は、ディズニーの長編アニメで初めて非白人が主人公となった映画で(「白雪姫」('39年)から数えて何と65年後)、その後ネイティブ・アメリカンや中国人、ハワイ人という有色人種が主役の地位についていますが、最初がイスラームの話だったというのは興味深いです。

「アラジン」●原題:ALADDIN●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督・製作:ジョン・マスカー/ロン・クレメンツ●脚本:ジョン・マスカー/ロン・クレメンツ/テッド・エリオット/テリー・ロッシオ●オリジナル作曲:アラン・メンケン●時間:90分●声の出演:スコット・ウェインガー/リンダ・ラーキン/ロビン・ウィリアムズ/ジョナサン・フリーマン/ギルバート・ゴットフリード/ダグラス・シール●日本公開:1993/08●配給:ブエナビスタインターナショナルジャパン (評価:★★★★)

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芳醇で奥深いエッセイ集。「旅のトポロジー」が新鮮で良かった。

ビルマの鳥の木.jpg 『ビルマの鳥の木』 ('95年/日本経済新聞社) ビルマの鳥の木2.jpg 『ビルマの鳥の木』 新潮文庫

 免疫学者・多田富雄氏のエッセイ集で、それまで比較的マイナーな雑誌や新聞に発表した小文を集め、「旅のトポロジー」「花のある日々」「生命へのまなざし」「能の遠近法」の4章に再構成してあります。

 いずれも芳醇で奥深い文章で、紀行文だけでなく、生命や医学、さらに能楽に関する話まで、著者の文化的才能のエッセンスが詰まっています。
 ただし個人的には、著者が〈生命医学〉や〈能〉について書いた本はそれぞれ単独で読むことができるため、紀行文を集めた「旅のトポロジー」が新鮮で良かったです。

 著者の深い思索の1つの背景として、学会で世界中を飛び回り、著名な学者らと交わる一方で、ホテルを飛び出して土地の人や歴史や自然に接し、特に必ずその都市のダウンタウンには行って、市井の人々の息吹を肌で感じている姿勢があることがわかりました。

 アメリカで実験用マウスのルーツを探った「グランビーのねずみおばさん」は、タイトルもいいけれど、内容もしみじみとさせられるもの。チリ訪問記「サンティアゴの雨」も、政情不安の国の若者に向ける温かい眼差しがいい。
 イタリア貴族の後裔を訪ねた「パラビィチーニ家の晩餐」では、ローマ史やルネサンス文化に関する該博ぶりに根ざした"格調高い"文化芸術論、と思いきや、文末に、敢えて「キッチュな体験をできるだけ悪趣味なバロック調に仕上げて」みたとあり、思わずニッコリしてしまいました。

 「ビルマの鳥の木」では、無数の鳥が群がることで有名なバードツリーの下で、鳥の鳴き声に包まれて感じた"火葬されているような感覚"や、その時に想った"DNAのランダムなつながり" "原初的な死"を語っていますが、自分はこれを読んで、梶井基次郎の「桜の樹の下には」を思い出しました。
 ただし、著者が感じたものは、より尖鋭的な"東洋的な死"の感覚だったのではないかと思います。

 【1998年文庫化[新潮文庫]】

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見ても良し、読んでも良しの充実した内容(特に芸術面)。

スペイン.jpg 『スペイン 読んで旅する世界の歴史と文化』 (1992/02 新潮社)

アルハンブラ宮殿(グラナダ)
アルハンブラ.jpg 海外に旅行し、または滞在する際に、少しでもよくその国の歴史や文化を知っておけば、その旅行や滞在の意義もより深いものになるかと思いますが、このシリーズはそうした要望に充分応えるものだと思います。
 自分の場合、スペイン旅行に行く前に本書『スペイン』を購入したのですが、同シリーズは全10巻となっていて、他に「アメリカ」「イギリス」「ドイツ」「フランス」「イタリア」「インド」「韓国」「中国」「ロシア」があり、1冊3千円ぐらいと価格的に安くはないけれど、本当に内容は価格に見合ったものでだと思いました。
 全編に美しいカラー写真が多用されていてガイドブックとしても楽しめ、また多くの専門家グループによる執筆内容は広範囲にわたり奥行きも深いものです。 
                                
サグダラ・ファミリア(バルセロナ)/アルカサル(セビリャ)
Sagrada Familia.jpgアルカサル.jpg 関連書籍案内、旅行会話、歴史年表、人名索引などが付録されているのも丁寧です。それとは別に総索引もあります。
 帰国後も書棚の1冊として写真を楽しむのも良いし、その内容に再度触れるのも良いです。

 本書『スペイン』は、「歴史・地理」「芸術」「生活・風俗」の3部構成で、いずれも密度の濃い内容ですが、特に「芸術」については、美術、建築、文学演劇から音楽、映画まで広く網羅し充実しており、建築に関して言えば、ガウディの「サグダラ・ファミリア」もスゴイけれども、アンダルシア地方に特に多く見られるイスラム建築も、それにも増してスゴイなあと、構造解説などを読んで改めて感心しました(とりわけ「アルハンブラ」と「アルカサル」は驚異的なまでの構造美)。
 スペインを舞台に描いた外国作家や外国映画まで紹介されていて、映画ファンには大変参考になります。
 
 それにしても、ベラスケス、ゴヤ、グレコ、ピカソ、ミロ、ダリからアントニオ・ガウディ、パブロ・カザルス、アンドレス・セゴビア、ナルシソ・イエペス、プラシド・ドミンゴまで、この国は世界的芸術家・巨匠の宝庫であると改めて感じさせられます。

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今自分が生きている人生や世界について考えさせられる旅記録。トルコ、チベットが特に印象的。

全東洋街道 写真集.jpg  全東洋街道 上.jpg 全東洋街道 下.jpg    月刊PB1980年10月号.jpg月間PLAYBOY.jpg月刊PLAYBOY2.jpg
単行本 ['81年/集英社]/『全東洋街道 上 (1)  (2) (集英社文庫)』 〔'82年〕/「月刊PLAYBOY」'80年7月号・9月号・10月号

藤原新也.jpg 写真家・藤原新也氏によるトルコ・イスタンブールからインド、チベットを経由して東南アジアに渡り、香港、上海を経て最後に日本・高野山で終る約400日の旅の記録で、「月刊PLAYBOY」の創刊5周年企画として1980年7月号から1981年6月号まで12回にわたって連載されたものがオリジナルですが、藤原氏の一方的な意見が通り実行された企画だそうで、そのせいか写真も文章もいいです。(1982(昭和57)年・第23回「毎日芸術賞」受賞)

 旅の記録というものを通して、今自分が生きている世界や人生とはどういったものであるのか、その普遍性や特殊性(例えば日本という国で生活しているということ)を、また違った視点から考えさせられます。

全東洋街道1.jpg アジアと一口に言っても実に多様な文化と価値観が存在し、我々の生活や常識がその一部分のものでしかないこと、そして我々は日常において敢えてそのことを意識しないようにし、世界は均質であるという幻想の中で生きているのかも知れないと思いました。
 そうやって麻痺させられた認識の前にこうした写真集を見せられると、それは何かイリュージョンのような怪しい輝きを放って見えます。
 しかしそれは、例えばトルコの脂っぽい羊料理やチベットの修行僧の土くれのような食事についての写真や記述により、この世に現にあるものとして我々に迫り、もしかしたら我々の生活の方がイリュージョンではないかという不安をかきたてます。

帯付き単行本 ['81年]

 そうした非日常的"な感覚にどっぷり浸ることができるという意味では、東南アジアとかはともかく、トルコやチベットなど今後なかなか行けそうもないような地域の写真が、自分には特に興味深く印象に残りました。
 
 著者は帰国後、雑誌「フライデー」に「東京漂流」の連載をスタートしますが、インドで犬が人の死体を喰っている写真をサントリーの広告タイアップ頁に載せて連載を降ろされてしまいます(その内容は、『東京漂流』(情報センター出版局/'83年、朝日文芸文庫/'95年)で見ることができる)。

東京漂流.jpg 乳の海.jpg
 同じ'80年代の著書『乳の海』('84年/情報センター出版局、'95年/朝日文芸文庫)で、日本的管理社会の中で自我喪失に陥った若者が自己回復の荒療治としてカルト宗教に走ることを予言的に示していた著者は、バブルの時代においても醒めていた数少ない文化人の1人だったかも知れません。

 【1981年単行本[集英社]/1982年文庫化[集英社文庫(上・下)]】

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意外とエキセントリックな印象を受ける河口慧海。

チベット旅行記 1.jpg チベット旅行記 2.jpg チベット旅行記 3.jpg 講談社学術文庫(全5巻) 〔'78年〕
チベット旅行記 1 (1) (講談社学術文庫 263) チベット旅行記 2 (2) チベット旅行記 3 (3) (講談社学術文庫 265)
チベット旅行記 4 (4) (講談社学術文庫 266) チベット旅行記 5 (5)

 インド仏典の原初の形をとどめるチベット語訳「大蔵経」を求めて、100年前に鎖国状態のチベットに渡った河口慧海(1866-1945)のことを知ったのは、中学校の「国語」の教科書だったと記憶しています。
河口慧海.jpg 雪のヒマラヤを這っている"不屈の求道者"慧海の挿絵が印象的でした。

 事実、「近代日本の三蔵法師」」と言われた人ですから、「高貴なインテリ僧」を思い描いていましたが、この旅行記(探検記)を読んでかなりイメージが変わりました。
 語り口がユニーク、エキセントリックというか、誇大妄想癖があるかと思えば、すっとぼけている面もあるというか、彼が帰国後に一時、大ボラ吹きではないかと言われたのもわかります。

 かなり粘着質なのか、出発のときにどんな餞別を貰ったかということから(だからなかなか出発しない)、チベットの人はどうやって用を足すのかということまで(ほとんど文化人類学者の視点)細かく書かれています。
 結果として、当時の日本やチベットことがよくわかる記録となっています。
 そのくせ、時々記述がジャンプしたりして、彼がどういうルートでインドから徒歩でヒマラヤ越えしたのかなどはよくわかりません。
 これは、彼のチベット旅行が"密入国"であったことも関係しているのでしょう。

 旺文社文庫に1巻で収められていましたがその後絶版になり、講談社学術文庫では5分冊になっています(講談社学術文庫はときどき、こうした細かい分冊方式をとるけれど、どうして? 本書に限って言えば、表紙は学術文庫の方が良いが)。

チベット旅行記 高原の泥沼中に陥る.gif   チベット旅行記 モンラム祭場内の光景及び問答.gif
高原の泥沼中に陥る      モンラム祭場内の光景及び問答 (ともに電子書籍版(グーテンベルグ21)より)

 仏教・仏典に関する記述など専門家以外にはやや退屈な部分もありますが、'04年に中公文庫BIBLIOでエッセンスを1冊にまとめた抄本が出ていますので、そちらの方が手軽には読めるかも知れません。
 さらにサワリだけならば、電子書籍版(グーテンベルグ21)で閲読できます。

 【1978年文庫化[旺文社文庫 (全1巻)]/1978年再文庫化[講談社学術文庫 (全5巻)]/1980年単行本・2004年改訂〔白水社 (上・下)〕/2004年抄本〔中央公論新社 (全1巻)〕】

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50年史に10年分足したものが60年史になるのではないのだと認識させられる。

戦後史.jpg  『戦後史 (岩波新書 新赤版 (955))』  〔'05年〕

 戦後60年の日本の歴史が、政治・外交・経済から、思想・社会・文化・風俗に至るまでの幅広い視点でコンパクトに書かれて、「戦後」を俯瞰するのに"手頃な"著作となっています。
 また、終戦時10歳だったという著者の時代ごとの個人的記憶も盛り込まれていて、著者の年齢だからこそ語れるリアリティがありました。

 戦後50年に「戦後」とは何かがいろいろ論じられたのに、敢えてここで戦後60年史を書くことについて著者は、この10年間の地殻変動のような国際的環境の変化を挙げていますが、それはイタリアの歴史家の「すべての歴史は現代史である」という言葉とも符合します。
 
 つまり、50年史に10年分足したものが60年史になるのではなく、新たな事態や事実に直面した場合に、今までの歴史認識の再検証を迫られることがままあるということでしょう。
 それらは本文通史の中で度あるごとに具体例として示されています。

 そして著者は、日本においては「終った戦争」と「終らない戦争」の二重構造があり、戦後民主主義(国際ジャーナリストの松本重治は「負け取った民主主義」と呼んだ)を否定的に捉える論調が強まるなかで、"戦後"をどういうかたちで終らせるか、我々は岐路に立っているとしていて、この指摘は"重い"と思いました。

 個人的には、司馬遼太郎の愛読者でありながら"司馬史観"というものを批判しているという著者に関心があって本書を手にしましたが、本文中に示された多くの参考文献(比較的新しいものが中心)は、著者の旺盛な研究意欲とバランス感覚を表すとともに、それらの巻末索引が読者への親切な手引きともなっています。

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意外性を感じる独自の「黒幕」説。興味深くは読めたが...。

謎とき 本能寺の変.jpg謎とき本能寺の変.jpg  『謎とき本能寺の変』 講談社現代新書 〔'03年〕  

 1582(天正10)年に起きた「本能寺の変」は、日本史最大の謎の1つとされていますが、従来の「光秀怨恨説」(明智光秀が個人的怨恨により単独実行したとする説)に対して、「朝廷関与説」(信長の権勢に危機感を持った朝廷が参画したとする説)がよく聞かれます。
 しかし本書では、本当の黒幕は、京都からの追放後、毛利氏に身を寄せていた足利義昭ではなかったか、というかなり意外なものです。

本能寺の変 時代が一変した戦国最大の事変.jpg 確かに、智将・光秀が何の後ろ盾も将来展望もなくクーデーターに及んだというのは考えにくいのかも知れません。
 しかし、都を追われ遠く中国地方に居候の身でいた抜け殻のような将軍が、光秀の後ろ盾になるのかどうか疑問を感じます。
 著者は本書刊行の前年にNHKの「その時歴史が動いた」('02年7月24日放送分)にゲスト出演し、松平アナの前ですでにこの「足利義昭黒幕説」という自説を展開していたのですが、あのときの番組の反響はどうだったのでしょうか。

 ('07年7月刊行の学研の新・歴史群像シリーズ『本能寺の変―時代が一変した戦国最大の事変』でも、この説は「朝廷関与説」などと並んで3大有力説の1つとしてとりあげられている。)

 本書自体は、冒頭で本能寺の変にまつわる従来の諸説を整理し、また政変から毛利氏と対峙し備中高松城を水攻め中だった秀吉の帰還(中国大返し)、山崎(天王山)の合戦までの流れを、信長や秀吉の政治観などを交えながら(大学教授らしく文献に基づいて)検証的に解説していて、それなりに興味深く読めるものではありました。
 
 全行程200kmをたった5日で移動したという秀吉の「中国大返し」の迅速ぶりなどについても、話が出来すぎているみたいで謎が多いようです。 
 筒井康隆の歴史SFモノに、黒田官兵衛が電話で新幹線の座席を買い占めて、秀吉軍が岡山から「ひかり」で移動するというナンセンス小説(「ヤマザキ」)があったのを思い出しました。

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「靖国」に纏わる戦後史を時系列で追いつつ、国家が死者を追悼することの意味を問う。

靖国の戦後史.jpg  『靖国の戦後史 (岩波新書 新赤版 (788))』 〔'02年〕

Yasukuni Shrine.jpg '05年に入り、『靖国問題』(高橋哲哉/ちくま新書)、『靖国神社』(赤澤史朗/岩波書店)、『国家戦略からみた靖国問題』(岡崎久彦/PHP新書)、『首相が靖国参拝してどこが悪い!!』(新田均/PHP研究所)、『靖国問題の原点』(三土修平/日本評論社)など「靖国」関連本の刊行が相次ぎ、'06年に入っても『戦争を知らない人のための靖国問題』(上坂冬子/文春新書)などの、この問題の関連本の出版は続きました。
 これら書籍は過去のものも含め、その多くが首相の靖国参拝などについて賛成派と反対派に明確に分かれ、本書もその例外ではありません。

 ただし本書の特徴として、「靖国」に纏わる戦後史を時系列で追っていて、基本的な知識を得るうえで参考になります。
 そうした歴史を通して、著者は、国家が死者を追悼することの意味を批判的視点から問うているのですが、こうして見ると、「靖国問題」の不思議な歴史的側面も見えてきました。

 戦後、GHQの国家神道廃止方針により靖国神社は一宗教法人となりますが、'52年の安保条約発効前後に、民間宗教法人となって初の首相参拝(吉田茂)や天皇の参拝が行われている。
 また、'58年の前後数年にほとんどの軍属戦没者が合祀されている(その膨大な情報を神社側はどうやって入手したのかというのも本書が指摘する問題点の1つ)。
 '78年のA級戦犯合祀は秘密裏に行われましたが、翌年に判明。しかしその時々においては、何れも今日ほど大きな議論にはなっていない。
 う〜ん。仮に外圧(中国・韓国からの批判)がなければ、「靖国問題」がここまでクローズアップされたかどうか。

 「靖国問題」が注目されるようになったのは、'85年の中曽根首相の10回目の参拝で(所謂「公式参拝」とした問題、この時も中国・韓国からの批判が問題化の契機になった)、以来11年間首相参拝は途絶えましたが、'96年に橋本首相が1度だけ参拝し、問題が再燃。首相参拝は以後、小泉首相までありませんでした。
 結局のところ、首相参拝を合法であるとする根拠説明が出来ないということでしょうが(靖国神社を特別宗教法人にしようという動きなどもそこから派生しているのだろう)、にも関わらず小泉首相は'01年から6年連続して「靖国参拝」を敢行したわけです。
 う〜ん。「公的とか私的とか私はこだわりません。総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した」という話では、中国・韓国が納得しないでしょうね。

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「●文春新書」の インデックッスへ 

「歴史探偵」的趣きの鼎談。歴史の違った見方を教えてくれる。

昭和史の論点.jpg  『昭和史の論点』 文春新書 〔'00年〕 坂本 多加雄.jpg 坂本 多加雄 (1950−2002/享年52)

 雑誌『諸君!』で行われた4人の昭和史の専門家の鼎談をまとめたもの。
 文芸春秋らしい比較的「中立的」な面子ですが、それでも4人の立場はそれぞれに異なります。

 『国家学のすすめ』('01年/ちくま新書)などの著者があり、52歳で亡くなった坂本多加雄は「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーでもあったし、秦郁彦は「南京事件」に関しては中間派(大虐殺はあったとしているが、犠牲者数は学者の中で最も少ない数字を唱えている)、半藤一利は『ノモンハンの夏』('98年/文藝春秋)などの著書がある作家で、保阪正康は『きけわだつみのこえ』に根拠なき改訂や恣意的な削除があったことを指摘したノンフィクション作家です。

 しかし対談は、既存の歴史観や個々のイデオロギーに拘泥されず、むしろ「歴史探偵」的趣きで進行し、張作霖事件、満州事変、二・二六事件、盧溝橋事件...etc.の諸事件に今も纏わる謎を解き明かそうとし、またそれぞれの得意分野での卓見が示されていて面白かったです(自分の予備知識が少なく、面白さを満喫できないのが残念)。
 昭和史と言っても敗戦までですが、最近になってわかったことも随分あるのだなあと。昭和天皇関係の新事実は、今後ももっと出てきそうだし。

 歴史に"イフ(if)"はないと言いますが、この対談は後半に行くに従い"イフ(if)"だらけで、これがまた面白く、歴史にはこういう見方もあるよ、と教えてくれます。
 その"イフ(if)"だらけを一番に過激にやっているのが秦郁彦で、やや放談気味ではありますが、こうした立場を越えた自由な鼎談が成り立つのは、月刊「文芸春秋」の編集長だった半藤一利に依るところが大きいのではないかと思います。

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江戸庶民の生活の息吹が感じ取れて楽しい図絵集。時代小説ファンにお薦め。

商売.jpg 『江戸商売図絵』 中公文庫 〔95年〕 三谷 一馬.jpg 三谷 一馬 (1912-2005/享年93)

112815.jpg 文庫本で600ページ以上ある江戸時代(中期以降)の「商売図鑑」で、店商売や物売りから職人や芸人まで数多くの生業(なりわい)の様を絵画資料から復元し、それぞれにわかりやすい、結構味のある解説を加えています。

 「紅屋」で"光る口紅"を売っていたとか、「髢屋」(かもじ=つけ毛・ウィッグ)とか、江戸時代の庶民は大いにお洒落を楽しんだ?
 「鮨屋」「鰻屋」「居酒屋」のように今の時代に引き継がれているものもありますが、「楊枝屋」「烏帽子屋」となると、店を構えた上でのこうした単品の商売が成立ったのが不思議な気もして、現代のスーパー・コンビニ社会から見ると驚くべき細分化ぶりです(「鳥屋」でペットと鳥肉を一緒に売っている図もありますが)。
染物屋 (本書より)

江戸商売図絵 1975.jpg 物売りにしても多彩で、「ビードロ売り」とか「水売り」とか風流で、「八百屋」「魚屋」などが江戸と大阪で格好が違ったりするのも面白し、「熊の膏薬売り」が熊の剥製を被っているのは笑えて、「物貰い」というのがちゃんとした職業ジャンルであったことには驚かされます(掛け声や独特のパフォーマンスなども紹介されています)。
 さすがに「七夕の短冊売り」とか月見用の「薄(ススキ)売り」というのは、年中それしか扱っていないというわけではないのでしょう。

 青蛙房から出版された元本の初版は'63年で'75年に三樹書房から新装版が出されましたが、古書店で5万円という稀こう本的な値がついたらしく、やはり小説家とか劇画家には重宝したのかも...。

 本書は'86年の単行本(それでも5千円近い定価)を文庫化したものですが(定価1,300円)、江戸庶民の生活の息吹が感じ取れて一般の人にも充分楽しいし、時代小説好きならば、そうした本を読む際のイメージがより生き生きするのではないかと思います。

『江戸商売図絵』 三樹書房版 (1975)
 
 

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私的な日記のつもりが、300年後「元禄版ブログ」の如く多くに読まれているという感慨。

元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世.jpg元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世.png元禄御畳奉行の日記』 中公新書 元禄御畳奉行の日記 上.jpg 元禄御畳奉行の日記 下.jpg元禄御畳奉行の日記 上 (アイランドコミックスPRIMO)』 『元禄御畳奉行の日記 下 (アイランドコミックスPRIMO)』 横山光輝版 〔嶋中書店〕

元禄御畳奉行の日記(げんろくおたたみぶぎょうのにっき).jpg 元禄(1688-1703年)の時代に生きた平凡な尾張藩士、朝日文左衛門が、18歳のときから書き始め、死の前年1717(享保2)年まで26年間にわたり綴った日記『鸚鵡籠中記(おうむろうちゅうき)』を通して、その時代の生活や風俗、社会を読み解いていくものですが、とにかく面白かった。横山光輝などはこれをマンガ化しているぐらいです。

『元禄御畳奉行の日記(げんろくおたたみぶぎょうのにっき) 中公文庫 コミック版(全3巻) 

 この文左衛門という人、武道はいろいろ志すもからきしダメ。特に仕事熱心なわけでもなく、家庭ではヒステリーの妻に悩まされ、そのぶん彼は趣味に没頭し、芝居好きで文学かぶれ、博打と酒が大好きという何となく愛すべき人柄です。
 そして、食事のおかずから、小屋で見た芝居の感想、三面記事的事件まで何でも書き記す"記録魔"なのです。

 刀を失くした武士が逐電したり、生類憐みの令で蚊を叩いた人が島流しになったりという話や、 "ワイドショーねた"的な情痴事件、当時流行った心中事件などの記録から、当時の社会的風潮や風俗が生き生きと伝わってきます。
 零落した仲間の武士が乞食までする様や、貧困のすえ自殺した農民の話など、爛熟した元禄時代の影の部分も窺えます。

 文左衛門自身はというと、さほど出世欲は無いけれど、まあ堅実なポジションを得るサラリーマンみたい(月に3日の宮仕えというのは随分と楽チンだが)。
 あるいは、業者の接待を気儘に受ける小役人というところか(出張してもほとんど仕事していない!)。
 女遊びもするが、酒好きの度がスゴイ。
 遂に体を壊して45歳で亡くなってしまいますが、極私的なものであるはずの日記が、300年後にこうして「元禄版ブログ」みたいな感じで我々の眼に触れているという事実は、彼の生きた証であり感慨深いものがあります。
 書いている間に本人はそういう意識が多少はあったのでしょうか。

 【1987年文庫化[中公文庫]】

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米軍同行取材に対する批判もあるが、多くのカラー写真が訴えるものはやはり重い。

カラー版  ベトナム 戦争と平和.gifカラー版 ベトナム 戦争と平和.jpg  『ベトナム戦争と平和―カラー版』 岩波新書 〔05年〕

 ベトナム戦争で新聞社所属のカメラマンとして活動した著者に対して、たとえ著者が心情的に解放戦線寄りだったとしても、米軍に同行し、目の前でその米軍に虫けらのように殺されるベトナムの兵士や民間人を撮影していることに対する批判的な見方はあるかも知れませんが、イラク戦争にしてもそうですが、こうした取材スタイルになるのはある程度やむを得ないのではないでしょうか(本書には"北側"からの取材も一部ありますが)。
 
 故沢田教一のように、被写体となった家族を自ら救い、さらにその写真がピュリツァー賞を受賞すると、戦時中に関わらずその家族を訪問し、賞金の一部を渡したというスゴイ人もいましたが、本書は本書なりに、多くのカラー写真が訴えるものは重いと思いました。

 どうも個人的には、1973年の和平協定で米軍が撤退した時の印象が強いのですが、本書はサイゴン陥落はその2年後だったことを思い出させました。
 戦争終結直前に死亡した政府軍兵士の墓も哀しい。政府や軍の幹部がとっくに海外に逃亡した頃に亡くなっているのです。
 その後もカンボジア、中国との武力紛争を繰り返し、国力が衰退を極めたにも関わらず、よくこの国は立ち直ったなあという感想を持ちました。
 ドイモイ政策もありますが、戦時においても爆弾の跡を灌漑用の溜池として利用するような、国民のバイタリティによるところが大きいのではないでしょうか。

 現在のべトナムの姿もあり、経済振興と人々の明るい表情の一方で、枯葉剤の影響を受けて生まれてきた子どもの写真などが、戦争の後遺症の大きさを感じさせます。
 今やハノイなどは観光ブームですが、ここを訪れるアメリカの観光客は、ただ異国情緒だけ満喫して帰って行くのでしょうか。
 ベトナムという国の観光収入だけ考えれば、それでいいのだろうけれど...。

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「奇人伝」と言うより、生き方(自己実現)の系譜として読めた。

奇人と異才の中国史.jpg  『奇人と異才の中国史』 岩波新書 〔05年〕 井波 律子.jpg 井波 律子 氏(国際日本文化研究センター教授)

 春秋時代から近代までの2500年の中国史のなかに出現した56人の生涯を、時代順にとりあげ、1人3ページ程度にコンパクトに紹介・解説しています。
 孔子や始皇帝から魯迅まで、政治家、思想家、芸術家などとりあげている範囲は広く、誰でも知っている人物もあればさほど一般的でない人物もありますが、そうした人物の"奇行"を蒐集しているわけではなく、オーソドックスな人物列伝となっています。
孔子.jpg
 孔子は55歳からスタートした14年間の諸国遊説によって自らの思想を充実させたとのことで、もし彼がどこかに任官できていれば、逆に1国の補佐役で終わったかもしれず、弟子もそんなに各地にできなかったでしょう(因みに彼の身長は216cmあったとか)。                                    孔子

王陽明.jpg 明代中期に陽明学を起こした王陽明は、軍功を挙げる一方で、朱子学を20年研究し、自己の外にある事物それ自体について研究し事物の理に格(いた)ることで認識が定成するというその考えを結局は受け入れられず、転じて自らの心の中に知を極めることにし、〈知行合一〉の考えに至ったとか―。
 〈思想〉が最初からその人物に備わったものではなく、年月を経てその人のものとなったことがわかり、興味深かったです。                                                   王陽明

 こうした思想家の列伝も充実していますが、全体としては、歴史の授業などではあまり詳しく習わない、あるいはまったく取り上げられない文人や女性が比較的多いのが本書の特徴でしょうか。
 加えて、政治と関わりながら、途中から隠者のような生活に入った人も多いのは、『中国文章家列伝』('00年/岩波新書)、『中国の隠者』('01年/文春新書)などの著作がある著者らしいと言えます。

 本書は新聞連載がベースになっているため、それぞれの評伝は短いけれどよく纏まっており、その人物がどのような「生き方」を志向したかがわかるような書き方で、生き方(自己実現)の系譜として読めました。

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短時間で、中東関連ニュースに対する理解を深めたい人にピッタリ。

中東 迷走の百年史.jpg  『中東 迷走の百年史』 新潮新書 〔04年〕

 高校の世界史の授業というのは、どうしても西洋史中心で、さらには、近現代史をやる頃には受験期に入っているので、最後は殆ど駆け足で終ってしまう―、その結果「中東の近現代史」などは、習った記憶すら無いという人も多いのではないでしょうか。

 ところが今や、海外から伝わる政治的紛争やテロのニュースには、中東乃至はイスラム過激派に関するものが非常に多いという状況で、今までの経緯が分からないから、関心もイマイチ湧かない、ということになりがちかも。
 でも、そうした背景を少しでも知って、ニュースに対する理解を深めたいという人に、本書はピッタリです。
 200ページ前後の新書で活字も大きく、さほど時間をかけずに読めるのが特長です。

 イラク、イスラエルとパレスチナ、サウジアラビアとイエメン...など12の国や地域をあげ、国を持たない中東最大の少数民族「クルド」もとりあげていて、それぞれの歴史や現況をコンパクトに解説していますが、こうして見ると紛争の火種が絶えない地域ばかりで、まさに「迷走」の歴史です。
 
 植民地時代や米ソ冷戦時代の「負の遺産」や、国家権力者の専横もさることながら、国際テロ組織の暗躍がこうした紛争に暗い影を投げかけていることがよく分かります。
 アフガン戦争の時に、米国とともに対ソ抗戦したイスラム原理主義者の一部が、イスラム過激派として9・11テロの実行犯などに流れていったことに、歴史の皮肉を感じます。
 サウジ、アフガン、東アフリカと場所を移しつつテロリストを養成しているオサマ・ビンラディンは、ある意味、独裁国家の元首よりタチが悪いかも。

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ストーリー部分をうまく整理。結構ドラマチックな話も含まれているものだと...。

マンガ 聖書物語.jpg  『マンガ聖書物語 (旧約篇)』 講談社+α文庫 〔'98年〕 十戒2.gif 「十戒 [DVD]

聖書物語.JPG 自分も含め一般の日本人は、聖書の内容をそれほど詳しく知っているわけではなく、旧約聖書に至ってはほとんど言っていいくらい知らないのではないかと思います。
 映画「十戒」などのイメージは多少あるものの、原典をパラパラめくる限りそれほど面白そうにも思えず、特に旧約聖書の場合は、原典からストーリーを抽出しにくいということが、馴染めない最大の理由かも知れません。
 本書は、そうした旧約聖書のストーリー部分をうまく整理してマンガにしていて、内容を理解するうえでの良い助けになるものであると思います。

 こうして見ると、結構泣かせるようなドラマチックな話もあるのだと...。兄たちに諮られて異国(エジプト)に売られ、その後エジプト王になったヨセフの話などは、なかなかのストーリー展開で、最後にヨセフが兄たちを許す場面は感動的です。
 今まで知らなかったことも多く知ることができ、例えばオリーブの枝を咥えた鳩が平和のシンボルとされているのは、ノアの箱舟に洪水が引き安心して暮らせることを知らせに来た鳥がそうだったからだとか、今までそんなことも知らずホント無知でした(そうすると国連のマークも旧約聖書の影響を受けているということか)。

 旧約聖書は、"人類の歴史"というものが意識されて書かれた最も古い部類の物語だと思われますが、今の聖書は後に何百年にもわたって再編集されたものらしく、聖書学者によると創世記なども後の方で書かれたものだということで、つまり終末論がまずあって、そこから遡って編纂されているようです。
 このことは、個人としての人間が自分の死を意識し、そこから遡って自らの出自を問う考え方の指向と似ていますが、山本七平などは、そうした個人の有限の人生と"完結するものであるべき"歴史といった相似的な捉え方の中に、ユダヤ教やキリスト教の歴史観の特徴を見出していたように思えます。
 日本人の場合は、「行く川の流れは絶えずして...」と言う感じで、川べりで歴史を傍観していて、どこかに始まりと終末があるわけでもなく、一方、自分の人生の始まりと終わりは意識しているが、それが歴史の始まりと終わりのどのパートにあたるかという意識は無いのではないかと。
 こうした日本人の考え方では、「救世主」とか「最後の審判」という発想は出てこないのだろうなあと思ったりもしました。
 
 マンガのタッチは今ひとつかな、という感じで、また、マンガにすることで宗教的な意味合いや重みが脱落してしまっている部分も大いにあるかもしれませんが、西洋キリスト教圏文化などの背景にある重要な物語のストーリーを少し知っておくのもいいのではないかと思います。

十戒.bmp 「十戒」パンフレット (1977)

 冒頭に挙げた映画「十戒」('57年/米)は、セシル・B・デミル監督が自らが手がけたサイレント大作「十誡」('23年/米)を、10年の製作期間と1350万ドル(当時)を投じて自らリメイクしたもので、「出エジプト記」の話を、モーセとラメセスの「兄弟げんか話」に置き換えてしまったきらいはありますが、分かり易いと言えば分かり易い「旧約聖書入門」映画であり、聖書をベースした作品としてはやはり欠かせない1本です。

Yul Brynner in The Ten Commandments.jpg 紅海が真っ二つに割れるシーンなどのスペクタルもさることながら(滝の落下を逆さまに映している?)、モーセが杖を蛇に変えるシーンなどの細かい特殊撮影も当時にしてはなかなかのもの(CGの無い時代に頑張っている)。

十戒3.jpg モーセを演じたチャールトン・ヘストン(1924-2008/享年84)の演技は大味ですが、それがスペクタクル映画にはむしろ合っている感じで、一方、もう1人の主役ラメセスを演じたユル・ブリンナー(1920-1985/享年65)は、父親がスイス系モンゴル人で母親はルーマニア系ジプシーであるという、ファラオ(エジプト王)を演じるに相応しい(?)ユニヴァーサルな血統(「王様と私」('56年/米)ではシャム王を演じている)。
 更にエドワード・G・ロビンソン(1893-1973/享年79)などの癖のある演技をする俳優が脇を固めていました。
 何れにせよ、もう1度観るにしても、劇場などの大スクリーンで観たい作品です。

十戒2.jpg

十戒1.JPG

十戒2.JPG

十戒3.JPG

渋谷東急.jpg 「十戒」●原題:THE TEN COMMANDMENTS●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督・製作:セシル・B・デミル●脚本:イーニアス・マッケンジー/ジェシー・L・ラスキー・Jr/ジャック・ガリス/フレドリック・M・フランク●撮影:ロイヤル・グリッグス●音楽:エルマー・バーンスタイン●時間:222分●出演:チャールトン・ヘストン/ユル・ブリンナー/アン・バクスター/エドワード・G・ロビンソン/ジョン・デレク/イヴォンヌ・デ・カーロ/デブラ・パジェット●日本公開:1958/03●配給:パラマウント●最初に観た場所:渋谷東急 (77-12-08)(評価:★★★☆)

 渋谷東急 (東急文化会館5F) 2003(平成15)年6月30日閉館

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マンガを侮るなかれ。わかりやすい。世界史は概略がわかればいい。

まんが 世界の歴史5000年.jpg世界の歴史5000年』 学習研究社 〔'98年〕 バカのための読書術.jpg 『バカのための読書術』ちくま新書

 比較文化学者の小谷野敦氏が『バカのための読書術』('01年/ちくま新書)の中で、現代の若者の知力低下を嘆き、特に歴史を知らなさ過ぎる、世界史を大学の一般教養の必修科目にしたらどうかと書いていましたが、伝統的な教養主義へ復古せよという大袈裟なレベルではなく、商社などの入社試験問題にごく簡単な歴史問題を入れても誰も出来ないために点差がつかないという話を聞いたことがあり、少なからず共感を覚えます。

 とは言え、中公文庫の何十巻もある『世界の歴史』『日本の歴史』を順番に読んでいくのもたいへんで、小谷野氏は、初学者は、歴史小説でも学習マンガでもいいと言っています(石ノ森章太郎の『マンガ日本の歴史』(中公文庫)は少し長すぎるので、マンガ家・カゴ直利氏の本を推奨していた)。

マンガ日本の歴史 55.jpg 石ノ森章太郎 『マンガ日本の歴史 第55巻』  日本の歴史年表事典.jpg カゴ直利 『日本の歴史年表事典』
 
 個人的にも、特に世界史に関しては、一般的な日本人にとって読みやすい歴史小説が少ないので、学習マンガというのは概要をつかむ上では良いのではないかと思います(世界史は概略がわかればいい、とも小谷野氏は言っている)。

 そうした意味で、木村尚三郎監修(マンガは七瀬カイという人が描いている)の本書は、「大昔から現代までの世界の歴史の流れと、各時代のおもな人物の活躍を分りやすく解説。重要事項・重要人物を文とまんがで解説し、歴史学習のポイントがよく理解できる」という謳い文句に違わない内容で、大判で読みやすく、読みがなもふってあるので、親子でも使える良書だと思います。

 かつて受験勉強をした大人が読む場合、学校時代の参考書や世界史地図が手元に残っていれば、それを傍らに読むといいのではないかと思いますが、そうやってきっちり読むと、おおまかな世界史の概略が掴めるのではないかと思います(全1巻ですが読了するのに相当時間がかかると思います)。
 姉妹版の『まんが 日本の歴史2000年』('98年/学習研究社)もお薦めです。

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歴史的反証を多く含み、モンゴル帝国の新たな側面が見えてくる本。

モンゴル帝国の興亡.jpg モンゴル帝国の興亡 下.jpg 『モンゴル帝国の興亡〈上〉軍事拡大の時代 モンゴル帝国の興亡〈下〉―世界経営の時代』 講談社現代新書 〔96年〕

 上巻「軍事拡大の時代」で、チンギスの台頭(1206年カン即位)から息子オゴタイらによる版図拡大、クビライの奪権(1260年即位)までを、下巻「世界経営の時代」で、クビライの築いた巨大帝国とその陸海にわたる諸システムの構築ぶりと、その後帝国が解体に至る(1388年クビライ王朝滅亡)までを、従来史観に対する反証的考察を多く提示しつつ辿る、密度の濃い新書です。

 拡大期、(ドイツ会戦「ワールシュタットの戦い」は実際にあったか疑わしいとしているものの)遠くハンガリやポーランドに侵攻し、またバクダッド入りしてアッバース朝を滅ぼすなど、その勢いはまさに「世界征服」という感じですが、皇帝が急逝すると帝位争奪のために帰国撤退し、それで対峙していた国はたまたま救われるというのが、歴史に影響を及ぼす偶然性を示していて(そのために一国が滅んだり生き延びたりする...)何とも言えません。

クビライ.jpg クビライの時代には帝国は、教科書によく出てくる「元国及び四汁(カン)国」という形になっていたわけですが、本書では一貫して「国」と呼ばず、遊牧民共同体から来た「ウルス」という表現を用いており、また、ウルス間の対立過程において、それらの興亡や版図が極めて流動的であったことを詳細に示しています。

 チンギスの名を知らない人は少ないと思いますが、クビライ(Qubilai, 1215‐1294)がやはり帝国中興の祖として帝国の興隆に最も寄与した人物ということになるのでしょう。
 人工都市「大都」(北京)を築き、運河を開削し海運を発達させ、経済大国を築いた―伝来の宗教的寛容のため多くの人種が混在する中、これら事業に貢献したのは、ムスリムや漢人だったり、イラン系やアラブ系の海商だったりするわけで、2度の元寇で日本が戦った相手も高麗人や南宋人だったのです。

クビライ

 "野蛮"なモンゴル人による単一民族支配という強権帝国のイメージに対し、拡大期においてすら無駄な殺戮を避ける宥和策をとり、ましてモンゴル人同士での殺戮など最も忌み嫌うところであったというのは、そうした既成の一般的イメージを覆すものではないでしょうか。
 安定期には自由貿易の重商主義政策をとり、そのために能力主義・実力主義の人材戦略をとり、多くの外国人を登用したという事実など、帝国の新たな側面が見えてくる本です。

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オスマン帝国が超大国になりえた理由、衰亡した原因を独自に考察。

オスマン帝国―イスラム世界の「柔らかい専制」.jpg オスマン帝国.jpgオスマン帝国』 講談社現代新書 鈴木董.jpg 鈴木董 氏 (東大東洋文化研究所教授)

 学校教育の世界史の中でもマイナーな位置づけにある「オスマン帝国」は、イスラム帝国につきまとう「コーランか剣か」という征服者的イメージに、近年の過激な原理主義のイメージが重なり、ネガティブ・イメージさえ持たれているかもしれません。
 しかし本書を読むと、内陸アジアの遊牧民に始祖を持つトルコ民族が築いたこの国が、宗教的に寛容な多民族国家であり、多様な人材を登用するシステムを持った「柔らかい」支配構造であったがゆえに超大国たりえたことが、よくわかります。
スレイマニモスク
スレイマニエモスク.jpg オスマン帝国と言えばスレイマン大帝(スレイマン1世)ですが、1453年にビザンツ(東ローマ)の千年帝都コンスタンティノープルを無傷のまま陥落させたメフメット2世というのも、軍才だけでなく、多言語を操り西洋文化に関心を示した才人で、宗教を超えた能力主義の人材登用と開放経済で世界帝国への道を拓いた人だったのだなあと。
 そして16世紀のスレイマン時代に、エジプト支配、ハンガリー撃破、ウィーン包囲と続き(やはり戦いには強かった)、3大陸に跨る帝国の最盛期を迎えますが、古代ローマ帝国に比する地中海制海権を握ったことも見逃せません。

 本書後半は、スレイマンが帝国の組織やシステムの整備をどのように行ったが、政治・行政・司法・財政・外交・軍事・教育など様々な観点から述べられており、特に、羊飼いから大臣になった人物がいたり、小姓から官僚になったりするコースがあったり、また、そうした人材登用のベースにある「開かれた大学制度」などは興味深いものでした(次第に富裕層しか行けないものになってしまうところが、今日の「格差社会」論に通じるところがあります)。

 1571年のレパント海戦に敗れて帝国は衰退の道を辿りますが、一般には「魚は頭から腐る」というトルコの諺を引いて、権力者や官僚の堕落と腐敗が衰亡の原因とされているところを、著者はまた違った見方を示しているのが興味深いです。

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独自視点でヨーロッパ史中心の世界史を批判した原子物理学者の著書。

新しい世界史の見方3.jpg 新しい世界史の見方-ユーラシア文化の視点から2.jpg  謝 世輝.jpg謝世輝 氏(元東海大学文明史教授)
新しい世界史の見方 (講談社現代新書)』『新版 新しい世界史の見方―ユーラシア文明の視点から

 本書ではヨーロッパ史中心の世界史を批判し、ユーラシア史こそ世界史の中心であるとしています。
 その証拠に四大文明はすべてユーラシア大陸に起源を持ち、その後も騎馬民族文化、インド文明、中国文明、イスラム文明の4つが世界文明をリードしてきたのであって、"ユーラシアの片田舎に過ぎない"ヨーロッパを世界史の中心に据えるのは偏向であると。
 そして、インド、中国、イスラムの文明の特質とそれらの豊かさ、高度さを検証し、文明史区分の見直しをしています。

 インド数学における零の発見、中国での木版印刷や火薬の発明、イスラム文明における天文学や医学の先駆性などの技術面だけでなく、イスラムの道徳、インドの悟性、中国の思考法など、その人間観・世界観における優越性にも言及し、
それらにはかなりの説得力を感じました。

世界史の新しい読み方.jpg 著者はもともと原子物理学者で、以後、科学技術史から文明史、世界史などに研究対象を広げ、さらにその後は、成功哲学の啓蒙書を多く著述・翻訳しています。
 著者の近著にはスピリチュアリズムの色合いが強いものが多いのですが、'70年代に出版された本書は、既成の文明史観に対する斬新な批判と優れた示唆に富むものであり(ほぼ同じ主張内容で文庫化されている著書もある)、現在でも一読の価値があると思います。

30ポイントで理解する世界史の新しい読み方―脱「ヨーロッパ中心史観」で考えよう(PHP文庫)』('03年)

《読書MEMO》
●中国文化の特徴→決定的な宗教が無いため現実主義/四大文明で唯一、再生を繰り返す(漢民族は不死鳥)(32p)
●ウパニシャッド哲学...宇宙の根源ブラフマンと人間の本体アートマンの合一(梵我一如)(85p)
●零の発見とインド数字(→アラビア)(89p)
●11世紀トレドに集まるイスラム天文学者→ポルトガルへ(113p)

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「教会史を勉強すると信仰心が揺らぐ」と言われる所以がここにあるという気がした。

魔女狩り.jpg 『魔女狩り』 岩波新書 〔70年〕

 本書を読んで、「魔女裁判」は15世紀から17世紀に特に盛んに行われ、とりわけ1600年をピークとする1世紀が魔女狩りのピークだったことがわかり、ちょうどルネサンス時代と重なる、中世でも末期の方のことだったのだなあと再認識しました(もっと以前のことかと思っていた)。
『魔女の鎚』の表紙
200px-Malleus_1669.jpg 十字軍を契機に始まった「異端尋問」が「魔女裁判」に姿を変えていく過程が、文献などにより緻密に検証されており、カトリック法皇などの政治的意図の下に、ベルナール・ギー(映画『薔薇の名前』にも出てきた異端尋問官)の『魔女の鎚』などの書によって理論強化(無茶苦茶な理論だが)され、異端者の財産没収が経済的動機付けとなって(聖職者同士の争いまで生じたとのこと)、ヨーロッパ中で盛んに行われたわけです。

 科学史家の眼から、裁判の不合理性や拷問の残虐さが淡々と綴られていますが、刑罰史的に見ても貴重な資料が多く含まれていると思いました。
 『犯罪百科』のコリン・ウィルソンなども研究対象としているように、これは「教会の犯罪史」と言えるかもしれません。
 キリスト教に帰依しようとしつつあった知人の大学教授が、「宗教史(教会史)を勉強すると信仰心が揺らぐ」と言っていたのを思い出しました。

 結局、異端者として捕らえられた者は、自分が魔女であることを自白すれば絞首刑にされた上で死体を焼かれ、否認し続ければ生きながらにして焚刑に処せられる(これが捕らえられた者にとっていかに大きな恐怖であったことか)、しかも(存在するはずもない)共犯者の名を挙げない限り拷問は続くという、そのことによる新たな犠牲者の創出という悪循環が、教会の正義の名の下で続いたわけです。

 現代に置き換えれば、原理主義や"民衆の暴力"というものに対する批判の意味での読み方(自省も含めて)もできますが、最終章で紹介されている、裁判の後に長い年月を経て世に出た、処刑を控えた人(異端者には男性も含まれた)が家族などに宛てた手紙に見られる、その張り裂けんばかりの悲痛な心の叫びは、ただただ胸に迫ってくるばかりです。

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わかりやすいが、入門書として良いかどうかは別問題。

「タオ=道」の思想.jpg「タオ=道」の思想2.gif「タオ=道」の思想』 講談社現代新書 〔'02年〕孔子・老子・釈迦「三聖会談」.jpg 諸橋轍次『孔子・老子・釈迦「三聖会談」』('82年/講談社学術文庫)

 『「タオ=道」の思想』は、中国文学者による「老子」の入門書で、その思想をわかりやすく紹介し、終章には「老子」の思想の影響を受けた、司馬遷や陶淵明ら中国史上の人物の紹介があります。

 「和光同塵」
 「功遂げ身退くは、天の道なり」
 「無用の用」
 「天網恢恢、疎にして漏らさず」
 などの多くの名句が丁寧に解説されていて、
 「大器は晩成す」
 という句が一般に用いられている意味ではなく、完成するような器は真の大器ではなく、ほとんど完成することがないからこそ大器なのだとする解釈などは、興味深かったです。

 但し、「もし今日、老子がなお生きていたならば、いつもこの地球上のどこかでくり返し戦争を起こし、どこまで行きつくか知れない自然環境の破壊に手を貸している人智の愚かしさに、彼はいきどおっているにちがいない」という記述のように、著者の主観に引きつけて筆が走っている部分が多々見られます。
 「老子」が"老子"という人物1人で成ったものでないことは明らかだし、その"老子"という人物すら、実在したかどうか疑わしいというのが通説であるはずですが...。

 漢字学者・諸橋轍次氏の『孔子・老子・釈迦「三聖会談」』('82年/講談社学術文庫)などもそうでしたが、文学系の人の「老子」本には、同じような「人格化」傾向が(諸橋氏の場合はわざとだが)見られます。
 『孔子・老子・釈迦「三聖会談」』は、聖人らの三者鼎談という架空のスタイルを用いることにより、例えば老子の説く「無」と釈迦の説く「空」はどう異なるのかといった比較検討がなされていて、そうした解説にもいきなりではなく落語の枕のようなものを経て入っていくため親しみ易く、入門書としてはそう悪くもないのかも知れませんが、「学術文庫」に入っているというのはどんなものでしょうか(見かけ上"学術"っぽく見える部分も多々あるから紛らわしい)。
 
 英米文学者・加島祥造氏の『タオ―老子』('00年/筑摩書房)における「老子」の名訳(超"意訳"?)ぐらいに突き抜けてしまえばいいのかも知れませんが(「加島本」の"抽象"を自分はまだ理解できるレベルにないのですが)、本書も含め入門書として良いかというと別問題で、入門段階では「中国思想」の専門家の著作も読んでおいた方がいいかも知れません。

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うんちくのオンパレード。読み物として楽しく読める「老荘本」だが、入門書としては...。

飲食男女.jpg 『飲食男女―老荘思想入門』 朝日出版社 〔'02年〕  混沌からの出発.jpg 福永 光司/五木 寛之 『混沌からの出発』 中公文庫 〔'99年〕

河合隼雄2.jpg福永光司.jpg 河合隼雄氏が、中国哲学者で道教思想研究の第一人者・福永光司(1918‐2001)に老荘思想について聞くという形式で、老荘思想のエッセンスや後世の文化、われわれの身近な生活に及ぼした影響などを多岐にわたって紹介した本。

 本書にもある通り、老子の宇宙生成論を要約した有名な言葉である、「道は一を生じ、一はニを生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」 とういうのは、実は陰陽の交わりをも表していて、それがタイトルの「男女」につながっています。
 いろいろな漢字の由来や、道教が日本に伝わって天皇家の神道になったという話など、うんちくのオンパレードで、湯川秀樹の量子論は荘子の「場の理論」であるとの指摘なども興味深く読めました。

 ただ、話題が思想・哲学論と文明・文化論の間を行き来するので(それが本書のユニークさでもあるが)、「入門」と言っても体系的理解のためのものではありません。
 活字も大きく読み下し文にはカナがふってあり読みやすいのですが、内容的には前提知識が無いとわかりにくいかもしれない部分が多い本かも知れません。
 
 福永氏には本書のほかに、作家の五木寛之氏に講義する形式での道教入門書『混沌からの出発-道教に学ぶ人間学』('97年/致知出版社、'99年/中公文庫)があり、こちらは宗教としての道教を中心に書かれています(五木氏は当時、仏教の方は詳しいが、道教については初学者だった)。

 本書にある「馬の文化=北回り=騎馬民族=儒教」、「船の文化=南回り=漁労・水田稲作農耕民族=道教」という考え方はそこでも述べられていて、もともと巫術性の強かった道教が、老荘の思想を採り入れ神道的な道教に変容していくその過程で、日本の文化や天皇制、仏教などに与えた影響を、本書同様に身近な例を挙げるなどして解説しています。
 ただし、本書のような対談形式ではなく、五木氏と交互に書き分けていて、五木氏の部分は人生論的エッセイになっていて、全体としては本書以上にモヤッとした感じがしました。

《読書MEMO》
●「取」という字は耳を取るという意味、戦争で負けた兵の耳を削ぐことを指す
●宝(寶)、売(賣)、買、財に含まれる貝の字は中国南部の文化に由来(16p)
●老子の哲学「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」の三は陰気と陽気と和気、老荘の文化は飲食男女(23-24p)
●山東半島・斉(せい)(3C)の道教が日本に伝わって天皇家の神道に(39p)
●学(學)という字のメ2つはムチで叩くことを意味する(121p)

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老荘思想に関心を持つための入門書として。

マンガ老荘.JPG  マンが老荘2.jpg 『マンガ老荘の思想』 講談社+α文庫 〔'94年〕

 哲学や思想の解説書をマンガ仕立てにしてしまうと、エッセンス部分が抜け落ちて何だか俗っぽくなってしまうということはママあることですが、「講談社+α文庫」のこの台湾の漫画家による「マンガ中国の思想シリーズ」は、古典の捉え方がしっかりしていて、比較的そうしたマイナス面が少なくて済んでいるかも知れません。
 このシリーズは世界各国で翻訳されているそうです。

 本書は、老子・荘子にある数多くの説話を親しみやすいマンガで簡潔に再現し、一般の人が老荘思想(に関心を持ってもらうための)入門書としてとっつきやすいものとなっています。
 直感的な「老子」よりも形而上学的(論理的)な「荘子」を先にもってきているのもわかりやすいです。

 「荘子」には、「朝三暮四」、「蟷螂の斧」、「亡羊の嘆」、「井の中の蛙」、「蝸牛角上の争い」といった我々に馴染みのある言葉も多いです。

 老子や荘子などの人物が極端にカリカチュアライズされ愛嬌のあるものとなっていますが、描画全体に中国の山水画のようなシズル感があり、これらが老荘思想というものと雰囲気的に何となく"マッチ"しているのです。
 単行本を文庫化したものなので、活字が小さくなり少し読みにくいのが難かなとも。

 【1987年単行本〔講談社〕/1994年文庫化[講談社+α文庫]】

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正確な理解のために。すべての現代人のために。

森 三樹三郎.jpg 『老子・荘子』 講談社学術文庫 〔'88年〕 森 三樹三郎2.jpg 森 三樹三郎 (1909-1986、略歴下記)

 この本で、荘子のいうところの 「万物斉同」 が、運命肯定的で人格神を持たない中国民族の人生観のベースとなっていることを知りました。
 「無為自然」、 「和光同塵」 といった老子の考え方に共鳴する人も多いのではと思います。
 「無」としての道、無からの万物の生成論は、思想というよりは形而上学(哲学)の世界、量子物理学を想起させる部分さえあります。

 思想の概要、周辺の時代背景、伝記(老子は存在そのものが不確かだが)を説明したうえで、上記のようなテクニカルタームの解釈に入るのでわかりやすいです。
 道教イコール老子・荘子の思想ではなく、神仙思想や享楽主義は後に付加されたなど、正確な理解の助けとなるのもこの本の大きな特長です。
 後世への影響も詳しい。禅宗は老荘的だけど、相違点もあると。文学や書画も、儒教より老荘思想によって育てられたのか。

 老荘の哲学は、理想を超えた大きな何かという感じです(荘子は理想への努力さえ否定しているから)。
 そうしたものがぼんやりとでも見えれば、人生違ってくるのかな...と。

 「神を失った現代人にとっては、神の無い宗教を待望するしかない。それに応えるものの一つとして、老荘の哲学がある」という著者の結語にうなずかされます。
_________________________________________________
森 三樹三郎(もり みきさぶろう、1909-1986)
中国思想史の研究者。京都府生まれ。旧制・大阪府立高津中学校卒、京都大学文学部哲学科卒業。大阪大学を退官後、同大学名誉教授。その後、仏教大学教授。 専攻は中国哲学史。文学博士。

《読書MEMO》
●【老子の集発点=自然主義】 「無為自然」知識の否定(22p)/道徳の否定-仁義忠孝が強調されるのは社会が不道徳な状態にあること、仁義忠孝の強調は新たな災いを招く、捨て去るべし/「和光同塵」(光を和らげて塵に同ず)(26p)
●【老子の人生哲学】 柔弱の徳-赤子に帰れ/女性原理-柔は剛に勝つ/水の哲学/不争の哲学/保身処世の道-功成りて身退くは天の道なり(38p)
●【老子の万物生成論】 無からの万物の生成-「天下の万物は有から生じ、有は無より生ず」「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」一は、陰陽に二分する以前の気(ガス状の粒子)をさす(60p)→量子物理学との類似
●【荘子の思想】(67p-)「万物斉同」=無限者による絶対的無差別の世界、死生を斉しくす、無限者である運命の肯定(ただし運命の主宰者はいない)荘子の言う造物者とは「自然」→儒家や道家を超えて、中国民族の人生観に(90p)
●【荘子の理想への努力の否定】 高尚で世間に同調しない「山谷の士」、仁義を語る学者、大功を語る「朝廷の士」、山林に住む隠遁者、養生する「導引の士」の何れも、意識的努力している。意識しなくても行い高く、身修まり、国治まり、心のどかで、長生きするのが、天地自然の道(聖人の道)(224p)
●【荘子の言葉】 「邯鄲の歩を学ぶ」「井の中の蛙」(229p)/生死は一気の集散であり、同類のものである(244p)

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著者の「荘子」への思い入れを感じる。その分、一面的な捉え方も。

荘子-古代中国の実存主義.jpg荘子 古代中国の実存主義.jpg荘子―古代中国の実存主義』中公新書 〔'64年〕 荘子(前369~前286).bmp 荘子(前369-前286).

福永 光司.jpg 道教思想研究の第一人者・福永光司(ふくなが・みつじ 1918‐2001)による本書は、初版出版が'64年で、中公新書の中でもロングセラーにあたります。
 荘子の生い立ちや時代背景をもとにその人間観を著者なりに描くとともに、「道」の哲学や「万物斉同」の考えなどをわかりやすく説明しています。

 「荘子」に見られる洞察の数々は、儒家批判から生じたとものだとしても、現代とそこに生きる我々に語りかけるかのようです。「平和」が「戦争」の対立概念としてある限り戦争はなくならない、などといった言葉には、なるほどと頷かされます。
 
 不変の真理とは不変のものは無いということ、ならば生を善しとし死を善しとしようという「荘子」への著者の思い入れが感じられますが、そのぶん著者も認めているように「荘子」の理解に一面的な部分があるので、荘子哲学に関心がある方は他書も読まれることをお薦めします。

《読書MEMO》
●「平和」が「戦争」の対立概念としてある限り戦争はなくならない〔除無鬼篇〕(102p)
●知恵才覚のある人間は発揮の場がなければ意気消沈し、論争好きな人間は恰好の論題がなければ生きがいを失い、批評家はあら探しの種がなければ退屈する〔斉物論篇〕(110p)
●神を「アリ」「ナシ」と規定したところで、現象世界のレベルの話で意味はない〔則陽篇〕(110p)
●神がこの世を作ったとしても、その神を誰が作ったのか(自ずから生じたということになる)〔斉物論篇〕(133p)
●道は現実世界の中にあり、物とは存在の次元が違う〔知北遊篇〕(136p)
●道は通じて一となし、万物は道において斉(ひと)しい。真実在の世界においては、人間の心知(分別)に生じる差別と対立はその根源において本来一つ、一切存在はあるがままの姿において本来斉しい〔斉物論篇〕(144p)
●この世において不変の真理があるとすれば、それは一切が不変でない-一切が変化するという真理だけ〔則陽篇〕(153p)

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とりあえず死に際のことを心配するのはやめようという気持ちになった。

臨死体験.jpg 臨死体験 下.jpg 『臨死体験〈上〉 臨死体験〈下〉』 (1994/09 文芸春秋)

Elisabeth Kübler-Ross.gif 体外離脱などの臨死体験は、「現実体験」なのか「脳内現象」に過ぎないのか―。著者の基本的立場は脳内現象説のようですが、自分もこの本を心霊学ではなく超心理学の本として読みました。

 石原裕次郎の体外離脱経験、ユングの青い地球を見たという話など面白く、さらに終末医療の権威エリザベス・キューブラー・ロスの「私は〈プレアセス星団〉まで行ってきました」という話には結構ぶっ飛びました。〈プレアセス星団〉って昴(すばる)のことです。

Elisabeth Kübler-Ross (1926‐2004)

 臨死体験の内容の共通性はよく知られていますが、日本と海外の違い、経験者の死生観に与えた影響や、電気感受性の高まりなど生理的変化の報告までとりあげられて、「脳内現象」派の人にも興味深く読めると思います。

  心強かったのは、臨死体験の恍惚感に対する脳内麻薬説。
 死の恐怖には"死ぬ瞬間"に対する恐怖の占める比重がかなりあると思いますが、このエンドルフィンの部分を読んで、創造主の意思が働いているかのような不思議さを感じるとともに、とりあえず死に際のことを心配するのはやめようという気持ちになりました。
 それが、この本から得た最大の成果でした。

 【2000年文庫化[文春文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●体外離脱は脳内現象か現実体験か
●エリザベス・キューブラー・ロス...『死ぬ瞬間』ターミナル・ケア第一人者・精神科医、体外離脱でプレアデス星団へいった????
●レイモンド・ムーディ(医学博士)...『かいまみた死後の世界』'75(文庫上19p)
●ケネス・リング(現実体験説)......『オメガに向かって』 臨死体験者の宗教観の変化→精神的進化論(文庫上263p)
●キルデ(医学博士)...『クオラ・ミヲラ』 自己催眠による体外離脱・自動書記で本を書く・UFOとの出会い、宇宙人に医学検査される
●『バーバラ・ハリスの臨死体験』(立花隆訳)
●体外離脱=石原裕次郎も臨死体験者、ユングは青い地球を見た(文庫上53-57p)
●ユーフォリア...臨死体験中の恍惚感(文庫上129p)
●恍惚感のエンドルフィン説(脳内麻薬物質)...夏目漱石の臨死体験(文庫上131p)
●臨死体験者の電気感受性の高まり(ケネス・リングの報告)(文庫上363p)
●入眠状態での創造性開発:湯川秀樹など(文庫下71p)
●ドッペルゲンガー現象(自己像幻視=もう一人の自分を見る)(文庫下160p)
●前頭葉てんかん等の脳内現象説に対する現実体験説の最後の拠り所→体外離脱しなければ見えないものを見てきた事例←真偽判定

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ユリゲラーは"下手な奇術師"?人がいかに騙されやすいかがわかる。

超能力のトリック.jpg  『超能力のトリック』 講談社現代新書 〔'85年〕   ユリ・ゲラー.jpg 「ユリ・ゲラー

Harry Houdini
HarryHoudini1899.jpg 本書はタイトルの通り、テレパシーや透視、予知能力、念力など世間で超能力ではないか言われているもののトリックを、マジック研究家の立場から次々と解き明かしていくものです。

 ですから本書自体は「超心理学」そのものについての本ではありませんが、宮城音弥『超能力の世界』〈'85年/岩波新書〉にも紹介されていた〈マージェリー〉という有名な女性霊媒師のトリックを、フーディーニ(Harry Houdini)という奇術師が暴いていく過程などは結構スリリングでした(図説が詳しく、宮城氏のものよりわかりやすい)。

 あのユリゲラー(懐かしい〜)については、スプーン曲げから透視や念力まで、フーディーニならぬ著者自身がその"稚拙な"トリックを解き明かしています。

 本書で知ったのですが、ユリゲラーはイカサマがばれて母国イスラエルを追放になった後に米国に渡ってマスコミデビューし成功、スタンフォード研究所の調査もパスしたけれども、後であれはおかしいのではという話になり、それで更に日本に活動の場を移したということだったそうな(その後、訳のわからないシングル版レコードを出したりもしたが、ミステリー作家になって成功し、エルビス・プレスリーの旧邸宅を購入している!)。
 普通レベルの奇術師なら簡単にできるところを、"下手な奇術師"ユリゲラーが下手にやればやるほど人々が信じてしまうという逆説が面白い。  

「汚れた超能力」2.jpg「汚れた超能力」3.jpg そう言えば、「刑事コロンボ」が新シリーズで11年ぶりに再開した際の第1弾(通算では第46話)が「「汚れた超能力」(「超魔術への招待」)というもので(このシリーズの作品には全て"モデル"がいるという触れ込みだった)、これに出てくる「超能力」とは、被験者が地図所上で任意に示した場所に行き、そこで見たものを「超能力者」が念視して書写するというものであり、これは、ユリゲラーの名を一躍世界に広めたスタンフォード大学での超能力テストを再現したものだそうです。

Columbo: Columbo goes to the Guillotine (1989)

 トリックは判ってしまえばチープで、新シリーズの第1弾としては物足りないものでしたが、「トリックが単純であればあるほど騙され易い」という本書にあるセオリーには適っていたかも(監督のレオ・ペンはショーン・ペンの父親)。 

 本書では「超能力」についての正統的説明も一応はされていますが、むしろ「超能力と言われるもの」についての本と言った方が適切で、マジシャンの"企業秘密"が勿体ぶらずおおっぴらに書かれていて、気軽に楽しく読めます。
 しかし一方で、昔も今も人というものがいかに騙されやすいかを思い知らされ、怖さも感じます。
 こんな"稚拙"なトリックにひっかかって怪しげな宗教に入る人もいるわけで...。

ガダラの豚.jpg 因みに中島らもの『ガダラの豚』('93年/実業之日本社)という日本推理作家協会賞を受賞した小説には、本書を参照したと思われる部分が多々あり、実際その本の巻末の「参考文献」欄にも本書の名がありましたが〈この小説にはフーディーニのような人物が登場する〉、そうした"ネタ"が詰まった本とも言えます。

「汚れた超能力」.jpg「新・刑事コロンボ(第46話)/汚れた超能力」 (「刑事コロンボ'90/超魔術への招待」)●原題:COLUMBO: COLUMBO GOES TO THE GUILLOTINE●制作年:1989年●制作国:アメリカ●監督:レオ・ペン●製作:スタンリー・カリス/ジョン・A・マルティネリ/リチャード・アラン・シモンズ/ピーター・V・ウェア●脚本:ウィリアム・リード・ウッドフィールド●撮影:ロバート・シーマン●音楽:ジョン・カカヴァス●時間:93分●出演:ピーター・フォーク/アンソニー・アンドリュース/カレン・オースティン/ジェームズ・グリーン/アラン・ファッジ/ダナ・アンダーセン/ロバート・コンスタンツォ/アンソニー・ザーブ●日本放映:1993/05 (NTV)●最初に観た場所:自宅(VHS)(91-09-04)(評価:★★★)

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心理学の権威が超能力を「科学」した先駆的書物。

超能力の世界.jpg超能力の世界』岩波新書 〔'85年〕 神秘の世界2.jpg 『神秘の世界―超心理学入門 (1961年)』 

 本書は'85年の出版ですが、'61年に同じ岩波新書から出た『神秘の世界』の改訂版です。
 著者は、臨床心理学者であり精神医学者でもあった宮城音弥で、心理学の啓蒙書も多く書いていますが、この本は初版当時から「超心理学入門」と謳っていて、一般心理学とは一線を画しています。

 著者が心理学の権威だったからこそこうしたテーマで書けるのであって、仮に普通クラスの学者が当時こうした内容で本を書けば、学界から孤立したのではないでしょうか。
 ただしこの本は〈スピリチュアリズム〉とも一線を画しているため、霊魂不滅論者の期待に沿うものではありません。

 超能力をESP、遠隔操作、予知に分け、過去の超常現象の報告例の科学的信憑性を検証し、サギ師の事例(無意識的サギを含め)や、死後の生存(憑依や死者との交信事例)にも触れています。

 多くの超常現象の報告も興味深いですが、著者の統計的手法などを用いた科学的・論理的分析は、「科学する」とはどういうことかをそのまま示しています。
 そして、何らかの特別な能力の存在を認めなければ説明がつかない"有意な"結果の報告も多くなされています。

《読書MEMO》
●超常現象の種類...テレパシー/遠隔認知または透視(ESP)/遠隔操作(サイコキネシス)/予知(2p)
●精神の一部分が人格から分離したときに、心霊現象のような現象が起こるとすれば、霊魂を仮定しなくとも、無意識によってこの現象の解釈は可能(181p)
●超心理学は深層心理学とスピリテュアリズム(心霊論)の間に位置する(210p)

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広く浅くだが、一定の切り口でわかりやすく纏まっている。

図解雑学 ユング心理学.jpg 『図解雑学 ユング心理学』 ['02年] jung.jpg Carl Gustav Jung (1875‐1961)

 「心理学と錬金術」「黄金の華の秘密」「空飛ぶ円盤」「個性化とマンダラ」...これらはみんなユングの著作のタイトルであり、こうして見ると何が何だかわからなくなってくる?
 しかもユングが一般向けに書いた著作は『人間と象徴』ぐらいしかない―となると、どうしてもユング心理学を知ろうとすると、入門書探しから始めざるを得ないのではないでしょうか。
 ということでの「図解雑学シリーズ」ですが、本書は"広く浅く"ですが、一定の切り口でわかりやすく纏まっていると思いました。

 第1章と第3章が「対話のためのユング心理学」「病者との対話」となっていて、「対話」というキーワードを切り口にコンプレックス、元型論(アニマとアニムスなど)、集合的無意識といった概念や、夢分析、箱庭療法などの心理療法についての解説がされています。

 また第2章でユングの生い立ちと生涯をとりあげ、1つの伝記として読めるとともに、彼の提唱した様々な概念が、彼自身の体験に由来するものであったことがわかり、興味深かったです。

 ユングはフロイトとの決別後に「中年の危機」状態となり、その後生涯にわたり幻覚に悩まされ続け、そうしたことが彼の神秘主義や錬金術への傾倒などと関係があることを知りました。

 最後の第4章ではユングが後世に与えた影響を紹介し、ユング派の3つの流れ(古典派・元型派・発達派)や「トランスパーソナル心理学」などを紹介しています。

 カール・ロジャーズらの提唱した「人間性の心理学」にユング心理学などの要素が加わったものが「トランスパーソナル心理学」(個を超えた心理学)であり、やはりこれもまたユングの系譜であることなどがわかります。
 
 この本だけで充分というわけではありませんが、右ページが図やイラストになっているため、とっつきやすく読み返しやすい"参考書"ではあります。

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考察は深いが、夢の解釈は文学的で、夢の構造分析は哲学の世界に。

夢分析.jpg  『夢分析』 岩波新書〔'00年〕  夢判断 フロイト.jpg フロイト『夢判断』新潮文庫(上・下)〔旧版〕

 2000(平成12)年度「サントリー学芸賞」(思想・歴史部門)受賞作(他の業績を含む受賞)。
 本書でなされている夢分析は、フロイト派のそれがベースになっていますが、同時に、『夢判断』という古典に対する著者なりの読解を示すものにもなっています。

 エディプス・コンプレックスに関係する夢としてフロイトがあげている中から「裸で困る夢」、「近親者の死ぬ夢」、「試験の夢」という露出、殺害、自覚を表す"類型夢"を、自己を再確認する過程として解釈している点などに、それがよく表れているのではないかと思います。

 しかし何れにせよ本書は、夢はすべて幼年期の体験の再活性化であり、夢に現れる多くのものには共通の意味があるというフロイトの考え方が前提になっているので、この考え方が必ずしもしっくりこない人には、著者の解釈は、フィクション(文学または新たな神話)を構築する作業にも見てとれるのではないでしょうか。

 夢が"現在の自分の状況を楽にする(=快感原則)"、あるいは"睡眠を保護する"といった「義務」を負っているという捉え方についても同じことが言えるのではないかと思います。

 最終章の、夢と現の関係("夢を語ること"と"人生"のアナロジー)についての考察は面白いものでした。
 人生は一夜の夢であり、我々はそこから醒めなければならならず、人生を寝倒してはいけない、という意識が、死に対し能動的に心の準備をするように仕向けるという...。

 深い考察に基づく著作であることには違いないのですが、夢の解釈についてはある種の文学の世界に、夢の構造分析においては(意図的にでしょうが―著者はラカン派らしいけれど)哲学の世界に入ってしまい過ぎているような気もします。

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この線でいくと、星占いでも何でも心理学になり得るのではないかと...。

トランスパーソナル心理学入門―人生のメッセージを聴く (講談社現代新書).jpg トランスパーソナル心理学入門.jpgトランスパーソナル心理学入門―人生のメッセージを聴く』講談社現代新書 〔'99年〕

 本書によれば、〈トランスパーソナル心理学〉とは"個を越えたつながり"を志向する心理学で、行動主義・科学主義心理学や精神分析への批判から、第3の流れとして登場したマズローやロジャーズらの〈人間性心理学〉の、そのまた発展プロセスの中で生まれた"第4の勢力"としています。

 マズローらの〈人間性心理学〉が「自己実現」を目指すとすれば、それさえもエゴイズムやナルシズムから新たな心の呪縛に陥るという矛盾を孕むもので、〈トランスパーソナル心理学〉では、その呪縛を解き放つために、「私の癒し」と「世界の癒し」「地球の癒し」を不可分とした"個を越えたつながり"を志向することで自分に起こる全ての出来事に意味を見出し "個が生きるつながり"を回復するとしています。

 カウンセリングでの応用においては個人の〈超心理学〉的体験も重視しますが、むしろ考え方としては〈超心理学〉のレベルをも超えてスピリチュアリティを重視した心理学で、こうした考えに惹かれる人もいれば、新手の宗教のように思えて引いてしまう人もいるかも知れないと思います。

 自分も(将来的には考え方が変わるかも知れないけれど、今のところ)後者の方で、実際、本書で紹介されているケン・ウィルバーには、 『宗教と科学の統合』という著作もあるし、自らの想像力が貧困なのかも知れませんが、この線でいくと、本書巻末にもその名のある「鏡リュウジ」じゃないけれど、星占いでも何でも心理学になり得るのではないかと(ウィルバーには、『ウィルバー・メッセージ 奇跡の起こし方』という著書もある)。

 著者の諸富氏は、日本トランスパーソナル学会の会長であるとともにカウンセリングの専門家であり、〈フォーカシング〉などの技法を生かした心理療法の記述は参考になりましたが、確かに〈フォーカシング〉を〈トランスパーソナル心理学〉の応用的手法と捉えることが出来るかもしれませんが、「世界の癒し」「地球の癒し」となると、心理学の「了解」範囲を超えているような気がします。

 こうした心理学の流れががあるということは知っておいて無駄ではないと思いますが、本書は新書という手軽さはあるものの、諸富氏自身も本書の内容を「私の色に染まったトランスパーソナル心理学」と自ら述べているように、ウィルバーの思想の人生論的解釈と、プラグマティカルな心理療法に重点が置かれ、どの部分が心理「学」なのかよくわからない本でした。

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河合隼雄、養老孟司との共通点も感じられて面白かった。

kbn7205p.jpg  『「甘え」の周辺』(1987/03 弘文堂)「甘え」の構造.jpg「甘え」の構造』('71年初版/'91年改訂版)

 『「甘え」の構造』の土居健郎による対談・講演集で、「甘え」の良し悪しや、国際的に見た場合の日本人の「たてまえ」と「ほんね」の問題から、家庭問題、健康と病気、幸福願望とストレス、教育問題まで、広いテーマに触れています。

 『「甘え」の構造』('71年/弘文堂)は、『日本人とユダヤ人』('70年/山本書店)などの「日本人論」ブームの中で出版されベストセラーとなり、続編も出ましたが(何だか『バカの壁』ブームみたい)、本書はブームから15年以上を経たものです。

 著者も当初は、「甘え」を日本人の中に"発見"したという言い方をしており、自分も「日本人論」として読みましたが、本書では「甘え」を、概念としては日本的だが西洋人の心理にもある普遍的なものだともしています。もともとフロイトの母子関係論から発想されているもので、そうなるのは自然なことなのかも。
 精神分析派とユング派の違いはありますが、河合隼雄氏の「母子社会論」に近いものを改めて感じました。

東京物語.jpg 本書にある、小津安二郎の映画「東京物語」や漱石の『こころ』の読み解きはしっくりくるもので、こうした「物語」分析にも、河合氏に通じるものを感じます
 この土居氏による、『こころ』の「先生」のKに対する心情を「甘え」として捉えた(そして、「私」の「先生」に対する傾倒も同じであるという)分析は、漱石研究家の間でも話題になりました(類似した「甘え」の構造が男性同士の同性愛に見られることを指摘したのは、当時としてはセンセーショナルだったかも)。

 精神障害者の社会的扱いの問題など、精神分析医という本職に近いところで語っている章が多いのも本書の特徴ですが、障害者が復帰しにくい日本社会という指摘は、養老孟司氏が『死の壁』などで展開しているコミュティ論と同じで、また東大での最終講義「人間理解の方法」は、「わかっている」とはどういうことかを扱っていて、『バカの壁』に通じるものがあります。

 東大医学部出身で東大名誉教授という点で養老氏と、心理療法の権威であるという点で河合氏と同じですが、『「甘え」の構造』に比べずっと読みやすくなった語り口にも、養老氏の口述エッセイ、河合氏の講演集と同じトーンを感じてしまいます。

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喫煙者にとってのタバコの心理的効用を多角的に検討している。

タバコ―愛煙・嫌煙.jpg  『タバコ―愛煙・嫌煙』 講談社現代新書 〔'83年〕

cigar.jpg 本書出版の頃には既にタバコの健康に与える害は強調され、嫌煙運動は広まりつつありましたが、敢えて著者は、ストレス解消や作業能率向上などの、喫煙者にとってのタバコの効用を検討することも必要ではないかとし、タバコが人間の心理や行動に及ぼす影響を多面的に分析・考察しています。

 反応時間テストで、喫煙者がタバコを吸うと心理的緊張力が高まり、非喫煙者を上回る好成績を上げるそうですが、喫煙者と非喫煙者は同一人物ではないので、この辺りに実験そのものの難しさがあることも、著者は素直に認めています(それでも、タバコが長期記憶を良くするが短期記憶には影響がないといった実験結果は興味深い)。

 一方でタバコには心理的緊張力を解く効果もありますが、深層心理を表面化させ、詩人や作家の創造活動に繋がるケースがあるのではないかという考察は面白いです(フロイトは、医師に禁煙を命じられていた間は「知的関心が大幅に減少した」とボヤいていた)。

 コロンブスが米大陸から持ち帰ったタバコは、流布されて長い期間「薬」とされていたなどという歴史から、喫煙習慣と性格の相関、女性の場合は女子大の学生の方が共学よりも喫煙率が高いなど、性格・社会・文化心理学な観点まで、とりあげている範囲は広く、ニコチンの生理学的な影響やガンと喫煙の相関についてもしっかり言及しています(1日に吸う本数もさることながら、"吸い方"の影響が大きいことがわかる)。

 読み物としても楽しいですが(喫煙者ならば妙に安心できる?)、マスメディアが「タバコ=悪」という単一論調である今日において、「分煙」という現実的方法を探る際に一読してみるのもいいのでは。

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テーマは「中年の危機」。でも幅広い世代に対しての示唆に富む。

働きざかりの心理学 PHP文庫.jpg働きざかりの心理学 (PHP文庫)』['84年]働きざかりの心理学.jpg 『働きざかりの心理学』 新潮文庫

JR Shinbashi Station.jpg 働きざかりのミドルが家庭や社会の中で遭遇する様々な課題を心理学的に考察し、わかりやすく解説した本で、中心となるテーマは「中年の危機」。しかし、幅広い世代に対しての示唆に富む本だと思います。
 40歳から50歳の間に"思秋期"が来るという本書の考えのベースになっているのは、ユングの「人生の正午」という概念です。
 日常生活の人と人の繋がりにおける諸事象から、より根源的な心理学のテーマを抽出する著者の眼力は、この頃からすごかったのだなあと、改めて感じました(単行本は1981年刊)。 
 若者論における、「場の倫理」に対する「個の倫理」という切り口などが、個人的にはとりわけ秀逸だと思えました。
  
 また、主に年長者が重視するという「場の倫理」にも、微妙な側面があることを指摘しています。 
 「場の倫理」というのは、日本は欧米に比べ企業などで特に強く働くのでしょうが(企業のトップなどは、それなりに年齢のいった人が多いということもある)、「場に対する忠誠心は、その場においては満場一致の絶対性を要求しながら、場が変わったときには態度の変更のあり得ることを認めるというのは不思議だ」と著者は述べています。
 確かに日本の場合、「決議は百パーセントは人を拘束せず」(山本七平)というのは、企業でよくあることではないかという気がしました。 
 役員会での決定事項が簡単に覆ったりするのは、会議の後でそれぞれのメンバーはまた別の「場」へいくと、そちらの「場」の平衡を保つことがより重要事項となる―そこで役員会ともう1つの「場」との調整が再度図られるということなのでしょうか。 
 (自分の見た例だと、連日にわたり"最終決定"役員会を開いていた会社があった。)

 アニマ(男性の深層に存在する女性像)とアニムス(女性の深層に存在する男性像)というユングの提唱したやや難解な概念についても、平易に述べています(個人的には、アニマ/アニムスという考えは、ユング個人に思考特性の色が濃い概念であり、どこまで普遍化できるか疑問を感じていますが)。
 著者が言うには、女性の場合、中年になって初めてアニムスが働きはじめることもあり、それは夫ではなく子供に投影され猛烈な教育ママとなることがある―、とか。
 河合氏は今はソフトなイメージがありますが、結構、この頃の河合さんは言い方がシビアです。

 【1984年文庫化[PHP文庫]/1995年再文庫化[新潮文庫]】

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ユング心理学の用語や分析家としての姿勢のニュアンスが、"対談"を通して語られることでよくわかる。

魂にメスはいらない2.jpg 『魂にメスはいらない―ユング心理学講義』 朝日レクチャーブックス 〔'79年〕 魂にメスはいらない.jpg 『魂にメスはいらない―ユング心理学講義』 講談社+α文庫 〔'93年〕

河合隼雄・谷川駿太郎.jpg 本書は、詩人・谷川俊太郎が河合隼雄にユング心理学について話を聞くというスタイルになっています。
 河合氏によるユング研究所に学んだ時の話から始まり、夢分析などに見るユング心理学の考え方、箱庭療法の実際、分析家としての姿勢などが語られ、最後はイメージとシンボル、自我と自己の違いの話から、谷川氏との間での創作や世界観の話にまで話題が及び、内容的にも深いと思いました。

 ユング心理学の用語や分析家としてのあるべき姿勢が、"対談"を通して語られることで、ニュアンスとしてよく伝わってきます。
 心理療法について体系的に理解したい人には、河合氏の『ユングと心理療法』('99年/講談社+α文庫)の併読をお薦めします。

 本書は「朝日レクチャーブックス」(朝日出版社)の1冊で、'79年に刊行されたものです。
 このシリーズは30冊あり、廣松渉←五木寛之、今西錦司←吉本隆明、岸田秀←伊丹十三など、学者に作家が話を聞くというパターンがほとんどですが、いずれも内容が濃いものばかりです(そのわりに文庫化されているものが少ないのが残念)。
 その中でも本書は、聞き手(谷川)のレベルが高く、対等な対談者となっている稀なケースだと思われます。

 【1993年文庫化[講談社+α文庫]】

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夢の謎を科学的に解説し、様々な夢解釈法を紹介した楽しい本だった。

夢の世界99の謎.jpg 『夢の世界99の謎』 サンポウ・ブックス job37_2.jpg 大原 健士郎 氏 (略歴下記)
 
Dream.jpg  現代の生理学の常識としては、夢を見ない人はいないと言われていて、赤ちゃんでも夢を見るし、赤ん坊の寝ているときの眼球の動きから、所謂"夢見"の状態であるREM(rapid eye movement)睡眠が見つかったことは有名です。

 本書は、日本の自殺研究の権威・大原健士郎氏の著作ですが、自殺の研究を始める前から夢の研究に強い関心があったとのことです。
 「夢で発明や発見ができるか」「正夢や予知夢はあるか」といった素朴な疑問に、科学的見地に立って回答するとともに、夢の解釈について、フロイトや、それを批判したアドラー、ユング、フロムらの考えをわかりやすく解説しています。

 アメリカ流反フロイト主義の中でも、本書出版当時としては新しい、アン=ファラデー女史の『ドリームパワー』W.デメント『夜明かしする人、眠る人』などにある研究成果や、F.パールズ「ゲシュタルト療法」の立場での夢解釈などがわかりやすく紹介されているのも、本書の特長です。                                                   
 また、夢の生理学的側面についても、「動物から眠りを奪うとどうなるか」といった疑問に答えるところから始まり、睡眠時無呼吸やナルコレプシーについても解説しています。
 様々な歴史的人物が行った夢の謎解きや、夢とテレパシーの関係についての考察などもあって、読みどころ満載の楽しい本です。

 このサンポウ・ブックスのシリーズは他にも『幻の古代生物99の謎』など良いものがあり、絶版となった今は、その一部が古書市場で高値になっているとのことです。
 ただし本書については、「知的生きかた文庫」に『夢の不思議がわかる本』('92年)として、ほぼ同じ内容で移植されています。

夢の不思議がわかる本.jpg 『夢の不思議がわかる本』 知的生きかた文庫 ('92年)

《読書MEMO》
●「黄梁一炊(こうりょういっすい)の夢」「邯鄲の夢」...盧生(ろせい)が宿で栄華が思いの儘になるという枕で寝ると皇帝になって50年世を治め、さらに不老長寿の薬を得る夢を見るが、それは黄梁(粟飯)が炊ける間の事だった(34p)
●ゲシュタルト療法(フレデリック・パールズ)...自由連想法(精神分析)は問題の周辺をぐるぐる回るだけで自己の神経症に直面することを避ける自由分裂に過ぎない。(ゲシュタルト療法では)集団の中で自分自身の夢を語るという方法で、自身の表情、声の調子、姿勢、身振り、他人に対する反応に患者の注意を向けさせ、その人の人格の欠陥をさがし、気づかせるとともに治療に応用する(157p)

_________________________________________________
大原健士郎 (精神科医)
1930年、高知県伊野町生まれ。東京慈恵医大大学院博士課程修了。六六年、ロサンゼルス自殺予防センター特別招聘(しょうへい)研究員として、一年間留学。七七年、浜松医大教授。神経症の治療法として知られる森田療法のほかアルコール依存、薬物依存なども研究テーマ。「精神医学はまだ科学の名に値しない」が持論。

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フロイトは限度を越えて「了解」しているという考えは受け入れやすいものだった。

夢 宮城音弥.jpg 『夢 (1972年)』 岩波新書

alexanders dream.jpg 本書は1953年刊行の初版がベースとなっています。
 心理学の権威で多くの啓蒙書を残したこの著者の、学生時代の卒論は「睡眠」をテーマにしたもので、「夢」というのは著者の早期からの関心事だったようです。

 人はなぜ夢を見るのか、夢の心理とはどんなものか。
 そうした問題を、フロイトなどの諸理論を引きながら考察し、わかりやすく解説しています。

Alexander's Dream by Mati Klarwein (1980)

 実験的に夢を製造することはできるのか、夢の中で創作は可能なのか、夢の無い睡眠というのはあるのか、盲目の人はどんな夢を見るのか、といった多くの人が興味を抱くだろう疑問にも答えようとしています。
 個人的には、夢における時間感覚について、崖から墜落した人などがよく体験する"パノラマ視現象"などとの類似を指摘している点などが興味深かったです。


 夢には我々の了解できない面があるものの、精神分析によって心理的原因を求めていけば、結局はかなりの部分その意味を了解できるのではないか、という著者の考えはオーソドックスなものです。
 ただし、その「了解」には限度があるとも著者は言っています。

 夢はすべて「過去の願望の変装したもの」であるというフロイトは、限度を越えて「了解」しているのであって、意味の無いものにムリに意味をつけようとしているという著者のフロイト批判は、読者には受け入れられやすいものではないかと思います。

《読書MEMO》
●フロイトとユングの夢分析の違い...「ミネルヴァがジュピターの頭から生まれた」
 フロイト:「性器から出生」の社会的抑圧に対する「転移」、
 ユング:知恵が神神から由来したことを示す象徴
 (ユングは夢を「前向きな解釈」と「後ろ向きな解釈」に分類した-夢を見る者の目的を示すことを強調)(61p)

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異常を通して人間心理の不思議に迫る。記憶喪失の症例が印象的だった。

異常の心理学 旧.jpg 異常の心理学.jpg異常の心理学』 講談社現代新書 〔'69年〕 相場均.jpg 相場 均 (1924‐1976)
 
 本書では、魔女狩りから説き起こし現代の精神医学に至るまで異常心理の歴史とでも言うべきもの述べたうえで、群集心理、催眠現象、記憶喪失、知覚のゆがみ、異常性格などさまざま事象・症例をあげて考察し、人の心の中に潜む異常性を浮き彫りにしています。

うその心理学.jpg 前著『うその心理学』('65年/講談社現代新書)に続いての心理学全般にわたる入門書としても読めますが、病理学から社会心理学までやや間口を広げすぎた観もあります。

うその心理学』 講談社現代新書 〔'65年〕

 個人的に印象に残ったのは、ある記憶喪失の症例で、患者の青年が催眠療法で記憶を取り戻す過程で自分の家は富豪だったと思い出したように言ったが、実は貧農だったという話。
 著者は記憶喪失を「精神の自殺」と表現していますが、この青年は過去の記憶を何重にも封印したことになります。
 このことは精神力動論的にはわかりますが、理屈でわかっても、実際どうしてそうなるかは、やはり不思議だと思いました。                
 著者の相場均は、『孤独の考察』('73年/平凡社)などの名著がある心理学者で、クレッチメル『体格と性格』('78年/文光堂)の訳者でもあります。
 たまたま生前の著者に接する機会がありましたが、連続殺人犯・大久保清の精神鑑定を依頼されたけれども、「死刑になることがほぼ確実な人物の鑑定はやりにくい」として断ったと話していました。

 学生の前で、石原慎太郎・裕次郎兄弟の性格の違いを分析してみせたりもしていた。慎太郎氏が瞬きが多いのは、作家特有の神経症的気質からきていると...。
 また、自分の母親が最近亡くなったことを振り返り、「ボケて死ぬのが一番幸せかもしれない」とおしゃっていましたが、その数ヵ月後、大学の夏休み中に急逝されました。
 まだ50代前半の若さだったのが惜しまれます。                     

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「知能指数の極めて高い人=天才」ではないことを教えてくれる本。

天才.jpg  『天才』 岩波新書 〔'67年〕  ミケランジェロ.jpg ベートーベン.jpg ゲーテ.bmp ドストエフスキー.jpg マルクス.jpg

 「天才」とは何かを指摘した本で、ミケランジェロからベートーベン、ゲーテ、ドストエフスキー、マルクスまで数多くの天才をとりあげ、彼らを心理・精神医学的に分析していて興味深く読めます。

 著者によれば、知能指数の極めて高い人が「天才」なのではなく、それは「能才」と呼ぶべきもので、「天才」には創造的能力が無ければならないということです。
 しかし、「天才」の多くは知能指数が高かった(つまり「能才」の素質を兼ねていた)と推定されるようです。

 また「天才」は、成功し世に認められなければ「天才」とは呼ばれないわけです。 
 ですから「天才」は、〈時代の要請〉との相性が合った人たちとも言えるのではないでしょうか。 
 
 ところが、「天才」の多くには心理学的に異常な面があり(その異常性が創造性に結びつくと著者は考える)、「能才」に比べて社会的適応性が無かったか、あるいはそれを犠牲にした人物がほとんどを占めています。
 従って、後世に認められたとしても、生きている間は不遇だったりするケースが多いのです。

 著者の主張は、「天才」は正常な精神の持ち主ではない、というアリストテレスの「天才病理説」に帰結します。
 従って、教育で創られるものでもない、ということになります。
 
Raffaello.jpg 興味深いのは、ラファエロのように、推定知能指数が110程度の「天才」もいることで、「天才」の1割は“正常”(?)だったという研究もあり、彼もその1人です。
 ラファエロは14歳ですでに画家として有名でしたが、画風や仕事ぶりは職人(または親方)タイプだったそうです。
 「天才」グループに紛れ込んだ“偉大なる職人”とでも言うべきでしょうか。

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オーソドックスな入門書。精神分析は「了解心理学」であるという説明は"しっくり"くる。

精神分析入門.jpg 『精神分析入門』 岩波新書 〔'59年〕 psy04ph1.jpg 宮城 音弥 (1908-2005/享年97)

精神分析入門/宮城音弥.jpg '05年に97歳で逝去した心理学者・宮城音弥氏の著作。
 初版が1959年という古い本ですが、精神分析の入門書としてはオーソドックスな内容だと思います。

 本書によれば精神分析とは、心理学とくに深層心理学としての「精神分析」を指す場合と、フロイト学説としての「精神分析」を指す場合があるとのこと。
 本書では前者に沿って、精神分析を深層心理学の観点から説き起こし、引き続き、人格心理学、性心理学、異常心理学、臨床心理学など広い観点から解説しています。
 そして最後に、フロイトの理論や、以後の、ユング、アドラー、新フロイト派の理論を紹介しています。

 ただし本文を読めば、精神分析という精神療法がフロイトによって完成されたことには違いなく、フロイトは、その方法を通して、様々な学説を発表したのだということがわかります。

 精神分析における「抑圧」「合理化」「同一視」「昇華」といったタームは、無意識を解析するさまざまな手掛かりを我々に与えてくれます。

 しかし、これって「科学」なのだろうかという疑問が付きまといます。

 この疑問に対し、本書で用いられている精神分析は「了解心理学」であるという説明は"しっくり"くるものでした。
 つまり、観察者と被観察者の間の了解(共感)のもとに成り立つ心理学であって、一般の自然科学の方法とは異なると。
 パーソナリティを研究する場合に、自然科学の方法ではその一部の解明にしか役立たないということでしょう。

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創始者フレデリック・パールズ自身によるまさに理論と実践の書。

ゲシュタルト療法.jpg 『ゲシュタルト療法―その理論と実際』 フレデリック・パールズ.jpg フレデリック・パールズ (1893‐1970) in 「グロリアと3人のセラピスト」

 「ゲシュタルト療法」は、人間の精神は部分や要素の集合ではなく、全体性や構造こそ重要視されるべきとした「ゲシュタルト心理学」(ゲシュタルトは「全体」という意味のドイツ語)をベースとしており、また「今・ここ」で「いかに」「なにを」話しているかを問題とするように、実存哲学の考え方も取り入れられています(本書にある“ゲシュタルトの祈り”にその考え方がよく表れている)。
 「理論」の部分は前提知識がないとやや難しく感じられるかも知れませんが、創始者フレデリック・パールズ自身による著書で翻訳されているものは本書しかないので、読む価値はあると思います。

 ユダヤ人精神科医であったパールズは、フロイト派の精神分析医としてスタートしていますが、本書では自由連想法などに対しては完全に批判的で、むしろ「ゲシュタルト療法」というのはその対極にあるものと言ってよいかも(ただし、フロイトという先達に対して著者は、深い尊敬の念も抱いている)。
 患者例として神経症のかなり難しい症例などが選ばれていますが、技法としては、患者の声の調子や姿勢、身振り、他者に対する反応を注視し、その人の人格的欠陥を探し、自身に気づかせながら治療するという、言わば積極的に患者の“態度”に働きかけていく手法をとっています。
 これは、アルバート・エリスの論理療法が、その人の“思考”に積極的に働きかけるのとも、また異なるわけです。

 以前にビデオで見たもので、「グロリアと3人のセラピスト」というのがあります。
 聡明だが現実生活に悩みをもつ若い女性が、ロジャーズ(来談者中心療法)、パールズ(ゲシュタルト療法)、エリス(論理療法) という心理療法の3大創始者のセラピーを1日の間に続けて受ける(!)、その様子を収めた記録映画です。
 面接中に一番口数が多かったのがパールズで、どんどん女性の話を中断して、そのとき女性がとった態度などを話題として割り込んでくる―。しかも瞬時に、その態度に対する彼なりの解釈を添えて。

 女性が面接終了後、パールズ先生は少し怖かったというようなことを述べていたのが印象的でした(残念ながら、貴重な体験をしたこの女性は、その後間もなく、交通事故死してしまった)。
 個人的には、実践場面においてのこの療法は、かなりセラピストのタレント(資質)に依存する部分が大きいのではという気がしています。

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交流分析(TA)の対話例を多くとりあげ、詳細かつわかりやすく解説。

自己実現への道2.jpg 自己実現への道.jpg自己実現への道―交流分析(TA)の理論と応用 (1976年)

 「交流分析(TA-Transactional Analysis)」は米国の精神科医エリック・バーン博士によって創始されたパーソナリティー理論の一つであり、心理療法として開発されたものですが、本書はその理論と実践場面での応用についてかなり早い時期に翻訳紹介された本で、バーン博士の直接の弟子にあたる人たちによって書かれています。

 「交流分析」とは要するに人と人とのやりとりの分析であり、
transa.bmp ◆P:ペアレント(親)、
 ◆A:アダルト(大人)、
 ◆C:チャイルド(子供)
 という3つの自我状態をクライエントとセラピストがロールプレイし、P-P、P-A…といった対人パターン(3×3=9通り)の中で状況にふさわしい態度・考え方・行動様式を対話分析を通じて獲得していくもので、本書ではその具体的な対話例を多くとりあげ、詳細かつわかりやすく解説しています。
 さらに、CP(批判的な親)、NP(保護的な親)、A(客観的な大人)、FC(自由な子供)、AC(順応した子供)という5パターンに拡大した応用についても、実例を示して解説していて、1セッションの中での役割変換のダイナミズムなども理解しやすいものとなっています(この5パターンが基本形で、さらに右図のような応用形があるのだが)。

 P(親)、A(大人)、C(子供)という自我概念は、フロイト理論の超自我・自我・エスにほぼ対応しているようですが、最初に本書を読んだときに、非常にプラグマティカル(実用的)なものを感じました(そのことは、“Born to Win” という原題からも窺える)。

 精神分析というものが既に先行して行われていたこと、人種の坩堝社会の中で対話コミュニケーションが重要な位置づけを持つなど、日本とは異なる土壌や文化が背景にあり、一方で、日本において普通の社会人が、例えばチャイルド(子供)という自我状態にスッと入っていくロールプレイがどこまで可能かという難しさは感じました(TAは日本では、理論はあるが技法は弱い、ともよく言われている)。
 しかし日本でも、教育現場などを中心に以前からTAが行われており、またその応用であるエコグラムによる自己分析などは、ビジネスの現場でもとりあげられるようになってきています。

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第一人者による「論理療法」の考え方の実生活での応用。

〈自己発見〉の心理学.jpg  〈自己発見〉の心理学2.jpg 『「自己発見」の心理学』 講談社現代新書 〔'91年〕

 人は「ねばらなぬ」の思い込み(ビリーフ)に縛られており、その非合理性に気づき、そこから自己を開放することの大切さを、「論理療法」の第一人者である著者が、自らの人生観や経験を交えわかりやすく述べています。

 社会、学習、家庭、職業の4つの生活局面から、「人を拒否すべきではない」「暗記式の勉強はすべきでない」「配偶者はやさしくなければならない」「いばるべきではない」といった普段何となく正しいと信じられている考え方(ビリーフ)を4つずつ16個挙げ、それらに反駁していく過程は、こなれた文章により理解しやすく、そのまま「論理療法」の考え方(技法)の応用を示すものにもなっています。

 「家庭は憩いの港たるべきである」と考えるのではなく「...にこしたことはない」とか、「第二の職場である」と考える方が事実に即している―。
 ナルホドと、以下、自分なりに考えてみました。

 会社で仕事でしんどい思いをして、やっと終わってホッとして、これで家に帰ってくつろげると思ったら、家に帰ってもやること(やらされること?)がいっぱいあってイライラする...。
 つまりこれは、家でもやるべきことがあったという事実A(Activatin event)に対して、イライラするという結果C(Consequence)が生じているのですが、この結果を招いているのは 「家庭は憩いの港たるべきである」という思い込みB(Beliefe)であると。
 この思い込みが誤りではないかという反駁D(Dispute)をし、最初から「家にも仕事がある」と思っていれば、会社での仕事が終わっても、「ああ、これで今日の仕事の8割が終わった。家に帰って、あと2割、"家の仕事"をやらなくちゃ」という前向きな考えになる効果E(Effect)が得られるということか。
 
《読書MEMO》
●目標達成志向の人生観とプロセス主義の人生観(今ここを大事にする)(62p)
●家庭は憩いの港である→にこしたことはないが第二の職場であると考える(119p)
●職場で女性がお茶汲み→男性が女性に母親を期待することを許容する文化(144p)
●おとなになってからも自力で大人の小学校教育を自分に施す(163p)
●「認められたいと願うのは自分の利益優先ゆえ、生き方として高級ではないと思う人がいる。地の塩としての生き方の方が高級だというわけである。
 このような考え方には検討の余地がある。
 この人生は自分のために用意されたものではない。したがって世人は私に奉仕するために存在しているのではない。それゆえ、自分のことは自分でするというのが、この人生を生きるための常識である。
 人は私を認めるために生きているのではない。人に認めてほしければ、自分で人に認めてもらうよう何かをすることである。自力で自分を幸福にする。そのことにひけめや恥かしさや自責の念を持つ必要はない。自分がまず幸福にならないと、人を幸福にするのはむつかしいからである」(188‐189p)
●会社は私を認めるべきだ、認められない人間はダメだ→人を不満に陥れる(192p)

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「ABC理論」などをわかりやすく丁寧に説くオーソドックスな入門書。

自己変革の心理学.jpg  『自己変革の心理学―論理療法入門』 講談社現代新書 〔'90年〕

 副題にある論理療法とは、「非合理的・非論理的な思考をみつけて取り出し、それに有効な反論を加えて、次第に考え方を変えさせ、人を自滅の方向から救い出すもの」(本書)で、カウンセリング理論の一つです。

 本書では"自己訓練法"というとらえ方をしていますが、カウンセリングの目的が自己実現の「援助」であり、変容するのは本人自身であることを考えれば、これが自己変革を図るための手立てにもなり得ることは納得できると思います。

ABC.gif 論理療法でいうイラショナル・ビリーフやABC理論(ABCDE理論)をわかりやすく説くために著者の経験やマンガを引いたりしていますが、内容的にはオーソドックスで、最後に「論理療法のまとめ」と「実践のためのアドバイス」を配しており、入門書として丁寧な構成になっています。

〈自己発見〉の心理学.jpg 同じく現代新書に『〈自己発見〉の心理学』('91年)という論理療法の権威・国分康孝氏の著作があり、こちらも論理療法の入門書ですが、イラショナル・ビリーフに焦点を当て実生活での応用などを説いたものであるため、論理療法を体系的に知りたい人は、先に本書を読んでそのアウトラインを掴んでおいた方がよいのではと思います。

《読書MEMO》
●私は大学の教師になる以前、予備校の教師をしていたことがあるが、そこでは、「浪人までした以上、第一志望の大学に入れなければ自分の人生はもうダメだ」と思い込んでいたり、それに似た考えに固まっている学生はきわめて多かった。(中略)人間が意識的・無意識的に行っている思考には、論理的・合理的で適切に、その人の自己実現につまりは幸福な人生に導いていくものと、非合理的・非論理的な思考で、それは自分で自分をダメだと決めつけたり、その不当な思い込みに自ら縛られて二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなり、結局は人を自滅の方向へ進ませてしまうものがあるということである。論理療法とは、先に述べた後者のような、非合理的・非論理的な思考を見つけて取り出し、それに有効な反論を加えて、しだいに考え方を変えさせ、人を自滅の方向から救い出し、人がよりよき自己実現、幸福な生活に向かうのを援助しようとする(12p)
●受付の対応だけで「あの病院は冷たい」...過度の一般化(19p)
●カウンセリングとは、言語的および非言語的ココミュニケーションを通して、相手の行動の変容を試みる人間関係(38p)
●諸悪の根源は非論理的な文章記述にあるというのが、論理療法のαでありω(82p)
●適切な感情を自分のものとする(176p)
●ABCDE理論...
・A(Activating event)
・B(Belief)
・C(Consequence)
・D(Dispute)
・E(Effect)

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「論理療法」の創始者自身によるロールプレイの実演を通してその技法を学ぶ。

論理療法にまなぶ.jpg 『論理療法にまなぶ―アルバート・エリスとともに・非論理の思いこみに挑戦しよう

ellis.gif この本は「論理療法」の創始者アルバート・エリス(Albert Ellis)が来日した際の講演と、臨床心理士など専門家とのワークショップで自らカウンセリングをロールプレイした際の記録を中心に、クライエント役となった先生がたも含め、それを目の前で見ていた専門家たち(他派を含む)の寄稿により構成されています。

 論理療法は、本書にもありますが、「〜ねばならない」という不合理な信念を持つ人に対して「どういう根拠でそういうのですか」「あなたの考えが正しいことを立証してほしいのですが...」などと聞いて自問自答を促進させ、その応答を論駁していくことで不合理な信念からの束縛を解いていこうとする心理療法です。
 
 一般には"論理"という名のとおり、クライエントの〈思考〉に働きかける手法と解されていますが、そうした〈思考〉面だけでなく、クライエントに特定のイメージを描かせたり、宿題を与えるなど、〈感情〉や〈行動〉にも働きかける統合的手法であることが、創始者の実践(実演)場面における言葉を通して一般にもよくわかる1冊です。

 私見ですが、"論理"という言葉が、この療法が日本人に不向きなような印象を与えている面もあるかと思います。
 しかし〈思考〉だけでなく〈感情〉や〈行動〉にも働きかける手法であるという観点に立つと、そう不向きでもなく、むしろ日本人に向いているのではないかと思います。

「●来談者中心療法」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●論理療法」 【196】 今村 義正/国分 康孝 『論理療法に学ぶ

「来談者中心療法」のカウンセリング事例。「来談者中心療法」の実際を知るうえで格好の入門書。

来談者中心療法.jpg来談者中心療法 心理療法プリマーズ』(2003/09 ミネルヴァ書房)Carl Ransom Rogers.jpg Carl Rogers

 一般に「来談者中心療法」はカール・ロジャーズによって開発され、ロジャーズ理論とイコールとされていますが、厳密に言えばそれは100%正しいとは言えず、本書にもある通り、ロジャーズが強調した〈純粋性・受容・共感的理解〉という概念は、セラピストの人格とクライエントに向かう態度であり、彼自身は技法論を提唱していません。    

 この本では、来談者中心療法とは何か、その技法論とは何かなどの歴史と理論に冒頭約3割を充て、それでは専門家たちはどのようにしてカウンセリングを行っているのかを実際の事例で示すことに、残り約7割を充てています。

 本書での6人のカウンセラーによる6つの事例は、10回程度のものから60回を超えるものまで面接回数もその内容も多様ですが、単なる逐語記録の抜粋ではなく、カウンセラー自身の考え方や状況説明に加え、自身での振り返りや何を学んだかなどが述べられいます。
 
 例えば、クリスチャンであるカウンセラーが、新興宗教にはまっているクライエントに向かった場合、どこまで介入すべきかといった難しいケースなども、実事例としてこれらの中にあります。

 1つ1つの事例の末尾に東山氏がコメントをしていおり、「来談者中心療法」の実際を知るうえで格好の入門書だと思います。

「●来談者中心療法」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【195】 東山 紘久 『来談者中心療法

「相づち以外はしゃべらないこと」が第一歩。実生活でも役に立つ本。

プロカウンセラーの聞く技術.jpgプロカウンセラーの聞く技術』 ('00年/創元社)higashiyama.jpg 東山 紘久 氏(経歴下記)

 来談者中心療法の権威である著者が一般向けに書いた、人の話を「聞く技術」の本ですが、来談者中心療法の実生活での応用編ともとれ、カウウセラーを目指す人にも技法面で大いに参考になるのではないかと思います。

 久しぶりに友人と会食することになり、何か相談ごとでもあるのかなと思って行ったけれども、ついつい会った途端に自分の話ばかりしてしまい、その時は楽しかったけれども、ウチに帰った後で相手の話はあまり聞かなかったことに気付き、しゃべり過ぎたと後悔する...。
 そうした経験をよくする人にはお薦めです。
 本書の31章の中から、自分にとってのチェックポイントに線を引き、人に会う前にもう一度なぞっておく。
 そういうことを繰り返していくうちに、本書の効用を実感することがあるかと思います。
 そうした意味では、実生活でも大いに役に立つ本と言えるかも。

 因みに第1章の中に「相づち以外はしゃべらないこと」とあり、これがこの本の第1段階ですが、このことを実行するだけでも結構たいへんかも知れませんし、その難しさを意識することで、自分の未熟さに対し謙虚な気持ちにもなれます。

 他人から"頭のいい"人と思われたければ、"頭のいい話し方"の本を読む前に、まずこの本を読んでみてはどうでしょうか。

《読書MEMO》
●相づち以外はしゃべらないこと(11p)
●「なるほど」「なあるほど」「なるほどね」「なるほどねえ」「なるほどなあ」と「なるほど」だけでも使い分ける(26p)
●相手の話したことを繰り返すのは、すばらしい相づち効果(29p)
●悪口を言うからこそ我々は悪くならないですんでいる(48p)
●相手の思いのままに聞き、自分の思いは胸にしまっておく(101p)
●プロは相手の話の内容よりも、なぜその話をするのかに関心」ある(158p)
●聞きだそうとしない(193p)

_________________________________________________
東山 紘久 (臨床心理士・京都大学副学長)
昭和17年、大阪市に生まれる。
昭和40年、京都大学教育学部卒業。
昭和48年、カール・ロジャース研究所へ留学。教育学博士、臨床心理士。
現在は京都大学大学院教授。専攻は臨床心理学。
著書には、『遊技両方の世界』創元社、『教育カウンセリングの実際』培風館、『愛・孤独・出会い』福村出版、『子育て』(共著)創元社、『母親と教師がなおす登校拒否――母親ノート法のすすめ』創元社、『カウンセラーへの道』創元社 他

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フォーカシング入門書。ロージャーズ理論入門としても読め、奥も深い。

心のメッセージを聴く.jpg心のメッセージを聴く2.gif 『心のメッセージを聴く―実感が語る心理学』 〔95年〕 photo_ikemi2.jpg  池見 陽(あきら) 氏 (略歴下記)

季節・夏.jpg 本書自体は、E・ジェンドリンにより「心の実感」に触れるための方法として開発された「フォーカシング(focusing)」の技法について解説した入門書ですが、「フォーカシング」は、ジェンドリン自身が彼の師にあたるC・ロジャーズとのカウンセリングの共同研究を通して、その成功・不成功例の比較からから開発した技法であるため、本書ではそのベースとなった「ロジャーズ理論」(来談者中心療法)の解説もなされています(著者自身もジェンドリンの弟子であると同時に、ロジャーズの"孫弟子"にあたる)。

 自分自身、何気なく手にした本書で初めて、ロジャーズのカウンセリング・マインド(「一致」と「不一致」、「共感的理解」、「無条件の肯定的関心」)の何たるかを知ったわけで、それまで来談者中心療法のクライエント役になった経験などがあったにも関わらず、その本質がわからないでいました。
 そうした意味では来談者中心療法の入門書としても読め、同時に、より広い意味でのカウンセリング・マインドとは何かを知る上でも参考になると思います。

 失敗したカウンセリングとは「心の実感」からのメッセージを引き出すことに失敗しているのであり、〈フォーカシング〉は、(1人でも出来ますが)自分の内側に感じられる「心の実感」に触れ続け、停滞した心を開いて、成長や創造性的問題解決を図るものです。
 本書は事例を挙げてわかりやすく書かれているものの、かなり奥が深く、(1人でも出来るとは言え)より実践を経ないと本当に理解できないのではと思われる面もありました。

 ただ、技法論としての、冒頭において「開かれた間をおく」というやり方は、何か禅的でもあり興味深く、日常生活でも応用が可能な気がしました。
 人間存在を、心身一元論・二元論を超えて、私とは体の「内」にいるのでも「外」にもいるのでなく「関係的な存在である」と捉える考え方は、実存主義の「世界-内-存在」に通じるものですが、「体験」も"関係"であり、ある事柄にフォーカシングすることで、その事柄に関する暗在的な"関係"が「からだ」の実感として体験されるというのは、流行の"身体論"的人生論を超えた高次の自己探求法に繋がるものかも知れないと思いました。
 
 尚、フォーカシングを来談者中心療法とは別個の体系(フォーカシング指向心理療法)として捉える見方もあることを付記しておきます。
_________________________________________________
池見 陽(医学博士)
臨床心理士で専門はフォーカシング指向心理療法。現在、関西大学教授で、大学での教育研究のほか、臨床は自動車メーカーの健康保険組合で行っている。日本フォーカシング協会会長、日本人間性心理学会理事、兵庫県臨床心理士会理事や The Focusing Institute の認定コーディネーター。

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「不完全な人間が、不完全性を認めながらもがんばりつづける」という姿勢が大事であると。

カウンセリングの話.jpg 『新版 カウンセリングの話』 (2004/01 朝日選書)

ca_img02.jpg カウンセリングの入門書ですが、カウセリングの働きが、カウンセラー自身にとっての深い意味の発見であることを示唆する本となっています。
 まずカウンセリングの定義や理論前提を充分に解説し、続いてX理論・Y理論やマズローなどのカウンセリングに関する「人間観」と、来談者中心療法や論理療法などの「理論」を、それぞれバランスよく網羅しています。

 読者の理解を深めるために突っ込んだ説明もなされていますが、著者の考えを述べている部分はその旨を明記していて、入門書として適切でそれでいて内容の薄っぺらさはありません。

 最終章では著者のカウンセリング観、カウンセラーに求められる資質などが述べられていますが、「不完全な人間が、不完全性を認めながらもがんばりつづける」そういう姿が身についたとき、カウンセラーは真の援助者になれるのではないか、というその考えに頷かされます。

《読書MEMO》
●マグレガーのX理論(人間なまけもの論)・Y理論(人間信頼論)
●マズローのD(dificiency=欠乏)心理学とB(being=人間存在)心理学(29p)
 欲求五段階説(31p)
 1.生理的欲求/2.安全の欲求/3.所属と愛の欲求/4.承認の欲求/5.自己実現の欲求
●カウンセリングの理論
1.精神分析
2.特性因子理論 (F・パーソンズ.)
3.来談者中心療法 (C・ロジャーズ)
4.行動療法(系統的脱感作)
5.論理療法 (A・エリス)
6.ゲシュタルト療法 (F・パールズ)
7.TA(交流分析)(エリック・バーン)

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「●ちくま新書」の インデックッスへ

「原因究明」型のトラウマ理論より「解決志向」を説く。

立ち直るための心理療法.jpg  『立ち直るための心理療法』 ちくま新書 〔'02年〕 矢幡 洋1.jpg 矢幡洋 氏 (臨床心理士)

ca_img01.jpg 本書ではまず、「心の病気」を、
 1.精神病(うつ病・精神分裂病)
 2.心身症
 3.神経症
 4.依存症
 5.適応上の問題
 の5つに区部し、それぞれについてわかりやすく解説しています(この区分はほぼ国際的な基準に沿ったものである)。
 例えば神経症の解説についても、「森田神経症」や「退却神経症」などもフォローするなど、行き届いた感じがしました。
 さらに、それらに該当する場合、「精神科医」に診てもらうべきか、「カウンセラー」に診てもらうべきかを述べていますので、専門家の支援が必要な人にとっては良い"助け"になるかと思います。
 またそれは、カウンセラーにとっても、同じことが言えるかもしれません。

 最近は「心の病気」を「アダルト・チルドレン」や「PTSD」といった概念で説明することが流行っていますが、著者はこうしたトラウマ理論はぶっとばせ!と言っています。
 こうした"原因究明"は治療とは直結せず、新たな問題を増やす恐れさえあるという著者の言説には、説得力を感じます。
 どうやって「立ち直る」かが問題なのだと―。

 この考え方は、後半部分の心理療法の実際についての説明にも表れていて、「解決志向セラピー」や「ナラティブ・セラピー」というものに代表される「ポストモダンセラピー」に、特に頁を割いて説明しています。
 この他にも、諸外国で行われているセラピーを紹介していますが、大方が自らの体験に基づいた記述なので、どのようなものかをイメージしやすいと思います。

 著者は精神科医ではなく臨床心理士ですが、精神病院や精神科クリニックなどでの勤務経験が豊富で、自らをカウンセラーとしては精神科医寄りかも知れないと言っています。
 本書には良い意味で、その特色が出ていると言えます。

《読書MEMO》
●心理療法の種類
 ・言語によるアプローチ(精神分析、クラエアント中心療法、ポストモダンセラピー)
 ・変性意識状態による治療法(自律訓練法、トランスパーソナル心理学、イメージ療法)
 ・ボディワーク(センサリー・アウェアネス、フェルデンクライシス身体訓練法、オーセンティック・ヌーブメント他)
 ・芸術療法(アートセラピー、音楽療法他)

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語られているのは、"技法"よりもクライエントに向かうときの"姿勢"の話。

心理療法個人授業.jpg 『心理療法個人授業』 〔'02年〕 心理療法個人授業2.jpg 『心理療法個人授業 (新潮文庫)』 〔'04年〕

 南伸坊氏が"生徒"になって各界の専門家の授業を受けるというスタイルのシリーズ第4弾で、"先生"は河合隼雄氏。
 
解剖学個人授業.jpg 同じこのシリーズの、養老孟司氏が先生役の『解剖学個人授業』('98年/新潮社)を読んでいたので、南伸坊という言わば"素人"さんを介在して、一般読者の入りやすい切り口から学問の特定分野の世界を紹介し、読者により身近に感じてもらおうというのがこのシリーズの狙いであって、必ずしも体系的に○○学とは何かを述べているものではないということはわかっていました。
 本書も大体はそうしたコンセプトに沿ったものですが、基本的にはわかりやすい言葉で書かれているものの、内容的には奥が深いと思います。

解剖学個人授業 (新潮文庫)』 

 「授業」というタイトルにつられて知識や技法論を求め過ぎて本書を読むと、思惑違いということになるのではないかと思います。
 この本で述べられているのは主として"技法"以前の話、つまりクライエントに向かうときの姿勢についてであり、そちらの方が"技法"そのもよりずっと大事なのだと思いました。

 個人的には、来談者中心療法の祖とされるカール・ロジャーズが、セラピストの人格とクライエントに向かう態度を強調する一方で、技法論そのものはあえて提唱しなかったこととの共通性を、河合隼雄氏に見出した思いがしました。
 心理療法というのは、心理療法家個人が人間として先ずどう在るのかに依存するところが大きいのではないかと。

 【2004年文庫化[新潮文庫]】

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心理療法における問題を扱うと同時に、著者のエッセンスが随所に。

人の心はどこまでわかるか.jpg人の心はどこまでわかるか2.jpg  『人の心はどこまでわかるか』 講談社+α新書 〔'00年〕 
                                                                 河合 隼雄 氏
河合 隼雄.jpg 河合隼雄氏が、心理療法家として活躍している中堅の方々との対談を通して、対談の後に個別に寄せられた質問に答える形をとりながら、その中で自分がどうして心理療法家になったか、心理療法を通して何が見えてきて何が難しいと感じたかなども含めまとめたもの。
 西洋人の父性原理を通してみる日本人の心の問題や、氏にとってのユングの存在についてなど、“河合隼雄”のエッセンスが詰まっています。

 結局のところ人の心はわからないのであって、そのことを認識した上で努力を重ねる、その姿勢が大切なのだということでしょう。
 著者の言を借りれば、いかにわからないかを骨身にしみてわかった者が「心の専門家」であると―。
 特に、事例研究の重要性を説いていたのが印象に残りました。

エトルリヤの壷.jpg 西洋人の父性原理につて述べた部分では、その象徴的な話として紹介されている、村の掟を破った自分の息子を父親が銃殺するというプロスペル・メリメ「マテオ・ファルコーネ」という小説の話が印象的で、この父親の感覚は日本人には理解しがたいものでしょう。
 理解しがたいということは、カウンセラーとしての父性・母性のバランスを考える場合、それだけ日本人の場合、父性の役割をもっと意識した方がいいというのが、河合氏の考えのようです。
 この辺りは『母性社会日本の病理』('76年/中央公論新社、'97年/講談社+α文庫)で氏が展開した、日本は母性社会であるという比較文化論的な流れを引いているようです。
 
 しかし、全体として心理療法においてセラピストが直面する諸問題を扱った本書が、発刊後すぐに10万部突破の売れ行きを示したのは、編集部がつけたというタイトルのうまさ、著者のネームヴァリュー、「講談社+α新書」の創刊ご祝儀的要素などいろいろあるにしても、やはり日常社会の人間関係などを難しく感じている人が多い時代だということなのでしょうか。

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カウンセリングの入門書であり名著。ゆっくり読みたい。

カウンセリングを語る.JPG カウンセリングを語る 上.jpg カウンセリングを語る 下.jpgカウンセリングを語る〈上〉〈下〉』 講談社+α文庫(表紙絵:安野光雅)

カウンセリングを語る 単行本.jpg 本書は、著者がかつて四天王寺人生相談所(お寺の付属機関)で毎年カウンセリングの話をした、その通算20回の講義内容がベースになっています。
 元本(単行本)は'85(昭和60)年に出版されたものですが、それまでに長年にわたって話した内容が全体として一貫性を持ち、しかも章を追うごとに深化していくのは見事です。
 入門書であり、名著でもあると思います。

 上巻では、学校や家庭での身近な問題から説きおこし、心を聴くとは? カウンセラーの人間観とは? 治るとは? カウンセリングの限界とは? 危険性は?といった切り口で、カウンセリングとは何かを語っています。
 さらに下巻では、カウンセリングにはなぜ「××派」などがあるのかという話からその多様な視点と日本的カウセリングを考察し、カウセリングを行う際の実際問題とその対し方を述べ、最後は死生観や人生観にまで突っ込んだ話となっています。

 著者はカウンセリングが宗教に通じるものがあることを肯定していますが、この本自体が"法話"のような趣があります。
 本書を読むことは、〈知識的〉読書というより〈体験的〉読書とでも言うべきでしょうか。
 文庫上・下巻で600ページを超えますが、ゆっくり読みたい本です。

 【1985年単行本[創元社 (上・下)]/1999年文庫化[講談社+α文庫 (上・下)]】

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「●人材育成・教育研修・コーチング」の インデックッスへ

「キャリア発達支援」というメンタリングの本筋を押さえた入門書。

メンタリング入門.jpg 『メンタリング入門』 日経文庫 〔'06年〕

mentor.bmp 「メンタリング」について書かれた本の中には、リーダーシップ論やコーチングの技法論とまったく同じになってしまっているものも散見し、「高成果型人材を育成する」といった、短期間でパフォーマンスの向上を求めることが直接目的であるかのような書かれ方をしているものもあります。

 本書は、キャリア・カウンセリング理論の第一人者による「メンタリング」の入門書ですが、 「メンタリング」の目的は、メンティ(メンタリングを受ける人)の「キャリア発達を援助する」ことであるとしています。

 企業内で良いメンター役になるにはどうすればよいかということについて、相手に関心を持ち、自分の価値観を押しつけず、自らも誠実かつ寛大であり、相手から学ぶ態度を持つなどといった、メンターがメンティに向き合う際の姿勢を重視し、またメンターが自身のキャリアの棚卸しをすることなどを通して自身の成長をも促すとしていて、そうした考え方のベースにカウンセリング理論があることが読み取れます。

 最終章では、企業内で「メンター制度」として導入し運用する際のポイントが述べられていて、その中で提唱している、メンティに希望するメンターを選ばせる「ドラフト会議方式」などは、メンターの本来の姿は自然発生的な私的なものであり、制度はその仕掛けであるという考え方からすれば、納得性の高いものと言えます。

 新書ゆえの簡潔さで、物足りなさを感じる部分もありますが、入門書ほど著者の「見方」が入るものはないかもしれず、個人的には著者の「見方」は「メンタリング」の本筋を押さえたものだと思います。
 メンターを志す方は、本書を足掛かりにカウンセリング心理学の本などに読み進むのもいいのではないでしょうか。
 
 ただし、1つ付け加えるならば、メンターとカウンセラーはまた少し異なるということも意識しておくべきでしょう(メンターはメンティを「組織」の目指す方向に向かわせるべきものでもある)。 
キャリアカウンセリング入門.jpg
 著者の渡辺氏も『キャリアカウンセリング入門-人と仕事の橋渡し』('01年/ナカニシヤ書店)の中で、コーチングやメンタリングとカウンセリングの違いを詳説していますし、日本の企業社会では、「上司はカウンセラーよりもメンターになることの方が現実的である」と思われる(同書111p)と書いています。

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わかりきっていることの羅列にがっかり。独自の提案が欲しかった。

キャリア・カウンセリングが会社を強くする.jpg 『キャリア・カウンセリングが会社を強くする―本気で、個人も会社もしあわせになる法、教えます』 (2004/10 経済界)

 著者は今や大手となった再就職支援会社の設立者で(後にその会社は外資系になりました)、ある意味、業界の先駆者的な人であると言えるかと思います。
 その後〈キャリア工学ラボ〉というものを設立し、自分はたまたま著者のセミナーを聴く機会があって、その前に本書を読みましたが、残念ながら本もセミナーもやや期待外れでした。
 セミナーを聴いていて気づいたのですが、本書は著者のセミナー内容を書き起こしたような内容だったのですね。
 
 内容があまりにわかりきっていること、手垢のついた表現の羅列で、著者自身の独自の提案というものが無いと感じました。 
 一方、自らの経験によるものとしては、「派遣スタッフの身に“安住”しているような人は、チャレンジ精神に欠けるのだ」、「学校の先生は社会人の礼儀を知らない」など決めつけ型の表現が目立ちます(この辺りは、限定的な聴衆を対象としたセミナーのノリか)。

 例えば、個人が幸せになれば家族も幸せになれ、その幸福感は職場にも連鎖する―といった表現は、セミナーの中で聞き手を惹きつけるうえではある程度効果的なフレーズであるかも知れないし、キャリア・カウンセリングの本筋からも外れてはいない(ワーク。ライフ・バランスという考え方)と思いますが、活字にした場合、その本を選び、お金を払って買って読む側に対して、内容の提供レベル的にどうなのかなあと言う感じも(因みに、自分が受けたセミナーは、コンサルティング会社の販促セミナーだったので無料でした)。
  
 日本におけるキャリア・カウンセリングという分野の歴史が、企業経営との関連ではまだ浅いために(そうしたセミナーにも社命で何となく参加している人事担当者などもいたりして)、まず、こういうところから説いていかなければならないのかなとも思いました。

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キャリア行動の専門家とプロ・キャリアカウンセラーのコラボ。個人的には良かったが...。

会社と個人を元気にするキャリア・カウンセリング.jpg 『会社と個人を元気にするキャリア・カウンセリング』 ('03年) 金井壽宏.jpg 金井壽宏 氏

 組織には組織の価値観や規則があり、社員が組織にとって望ましい発想や行動パターンをとってくれて、なおかつそれが社員にとっても元気の源となり自己実現につながるならば、そらは素晴らしいことでしょう。しかしなかなか現実にはそうはいかない...。

SPRACHCAFFE Business.bmp 個人は当然、自らのキャリアや価値観を重視するわけで、そうしたなかで企業は、企業のアイデンティと個人のアイデンティの調和をいかに図るかが大きな課題になってくるに違いなく、そのことを意識した場合において(まだそういう意識を持てないでいる企業経営者も多いけれど)、キャリアカウンセリングというのは会社生活と個人生活を調和した状態に近づけるひとつの手立てになると思われます。
 
 本書はキャリア行動などが専門の金井壽宏教授と、プロのキャリアカウンセラー(臨床心理士)らの共著ですが、上述の問題に一歩でも迫ろうという意欲は感じられます。 
 金井教授が冒頭で最近とりあげられることの多いミドルの課題を提示し、以降カウンセラーがキャリア・ストレスやミドルの危機、カウンセラーの役割などについて1章ずつ述べ、後段で金井教授がリーダーシップやトランジッションについて述べています。

アイデンティティ.jpg 岡本祐子氏の「アイデンティの螺旋式モデル」は厚労省のキャリア・コンサルティング技法報告書にも採用されたものであるし、「成人期の発達を規定する2軸・2領域」論は是非多くの人に触れて欲しいものです。
 渡辺三枝子氏のキャリア・カウンセラー論も素晴らしい内容でした。
 全体的にはバラエティに富んだ、意欲的かつ面白いコラボレーションだと思います。

 ただし少しケチをつけるならば、別の章では、学術的論文を50頁以上にわたりベタで掲載して1章を構成していたりもし、この部分は"バラエティ"と言うよりは"水増し"の感があり、少なくとも一般読者向けを思わせるタイトルとは相容れないのではないでしょうか。

《読書MEMO》
●客観的キャリアと主観的キャリア(意味づけ・将来展望)(10p)
●ワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事と家庭の間で生じる葛藤)(39p)
●成人期の発達を規定する2つの軸と2つの領域-職業人・組織人・家庭人・自立(自律)した個人(岡本祐子)(61p)
 ・人としてのアイデンティの達成-職業人としての有能性
 ・組織に対するケア-後進の指導育成・組織の人間関係への主体的関与
 ・家族に対するケア-親役割・夫役割
 ・一人の人間、生活者としての自立/自律性

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参考になる部分は確かにあるが、読んでいていろいろと効率が悪いのが難点。

ライフキャリアカウンセリング.jpgライフキャリアカウンセリング―カウンセラーのための理論と技術』(2002/04 生産性出版)

life-transitions.bmp キャリアカウンセリングを"ライフキャリア"という観点(個人の役割・環境・出来事など、人生における重要な要素すべてを考慮して最適な選択を行おうとする考え方)から理論的に整理し、さらにオープニングから、情報収集、理解/仮定、行動化、目標/行動計画、評価/終了までの6段階に構造化して、各段階の実践的アプローチを具体的に解説しています。
 
 クライエントの意思が明らかな場合でも、"ライフキャリア"の観点からは違った結論が導かれるのではないかと思われる場合は、クライエントのパートナーとしてそのことを率直に伝え、クライエントの視野を拡げ、クライエントが自主的に最良の選択をすることを"サポートする"ことを旨としていて、基本的にはオーソドックスなキャリアカウンセリングの考え方に近いと思われます。
 ただし理論と技術を総合的にとりあげ、ここまで具体的に詳説した本というのは従来はあまりなく、キャリアカウンセリングに携わる人にとって参考になる部分は確かにあるかと思います。

 ただし、本の造りが拙くて、かなり読みにくく感じました。
 これでは、参考になる部分があっても、後で読み返すときに探しにくいという気がします。
 さらには、性差や民族といった観点からもライフキャリアについて述べていますが、グローバルな(米国的な)観点に立つ分、日本人に対するカウンセリングとウェイトの置き方が異なるため、読んでいて効率が悪い。
 こうした欠点もいろいろあり、価格(3,400円)、時間などからみてROI(投資効率)的には今ひとつでした。

《読書MEMO》
●キャリアカウンセリングの構造化...
 ◆オープニング→◆情報収集→◆理解/仮定→◆行動化→◆目標/行動計画→◆評価/終了までの6段階
●社会的認知学習理論(107p)/自己効力感(108p)
●タイプA行動...他人に対して敵対的でせっかちな態度を取り、時間に追われながら攻撃的・競争的に仕事取り組む傾向(123p)心臓発作を起こしやすい

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キャリアカウンセリング理論をバランスよく網羅している。

キャリアカウンセリング.jpgキャリアカウンセリング』('02年/駿河台出版社) clip_image002.jpg 宮城まり子氏(略歴下記)

 キャリアカウンセリングの理論・方法・進め方、意思決定のプロセスなどがバランスよく網羅された入門書だと思います。
 キャリアコンサルタントの資格試験の参考書としてよく纏まってるという点ではベストで、この1冊でほぼ合格点は取れるのではないかと思います。
 自分自身、マーカーで線を引き引きして使いましたが、記述問題で出たアセスメントに関する質問は、本書に書かれている内容で完璧に対応できたと思います。
 つまり別な言い方をすれば、択一問題レベルにとどまらず、記述問題に対応できるレベルであると言ってよいかと思います。と言っても、この1冊で終わらないようにしたいものです(自戒をこめて)。

 もともと「受験参考書」ではなく(そうした本はキャリア・コンサルタント、キャリア・カウンセラーの養成機関などから別に出版されています)、キャリアカウンセリングの「入門書」であり、また本書において解説されているキャリア・アンカー、プランド・ハップンスタンス、トランジションといった言葉は、最近多いキャリア行動に関する書籍にしばしば登場する言葉ですので、その方面に関心がある人が読んでも、概念把握を誤らずに基礎知識を得る上で参考になるかと思います。

《読書MEMO》
●特性因子理論(43p)/職業指導の父パーソンズ(20p)
●スーパーの理論...(発達論的アプローチ)→ライフステージ・自己概念
●ホランドの理論...(パーソナリティアプローチ)→6つの性格タイプ(現実・研究・芸術・社会・企業・慣習)
●クランボルツの理論...(意思決定論的アプローチ)→計画された偶然性
●シャインの理論...キャリア・アンカー
●シュロスバーグの理論...トランジッション・ノンイベント
●ハンセンの理論...人生の4要素...仕事・学習・余暇・愛)の統合、意味ある全体

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宮城 まり子
早稲田大学大学院心理学専攻修士課程修了。臨床心理士として臨床活動を行い、1992年より産能大学、2002年より立正大学心理学部助教授。大学教育の傍ら外部EAP機関(精神科)にて臨床活動を行う。専門はカウンセリング、キャリア心理学、生涯発達心理学、産業組織心理学。主著「キャリアカウンセリング」(駿河台出版)など。

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「キャリアにはアップもダウンもない」という言葉に頷かされる。

キャリアカウンセリング入門.jpg 『キャリアカウンセリング入門―人と仕事の橋渡し』 (2001/09 ナカニシヤ出版)

C o n s u l t i n g   &  C o a c h i n g.jpg キャリアカウンセリングの入門書に触れ、もう少し突っ込んだ標準テキストを求める人には格好の本だと思います。
 歴史や背景理論から援助の具体的技法まで広く触れていますが、随所に明快な考察が見られます。
 「キャリア」という言葉ひとつにしても、「職業」との対比で、キャリアは個人から独立して存在し得ず、時間をかけて創造していくもので、個々人にとって独自のものである、としています。
 確かに「職業」という概念は個人から独立して存在するが、「キャリア」と言う場合は「誰かのキャリア」だ...と納得。

 しかしこの本で一番心に残ったのは、著者の渡辺三枝子氏が"キャリアアップ"という言葉を用いたら、キャリアの権威である心理学者サビカスに「キャリアにはアップもダウンもないんだ」と即座に叱られたという話です。
 キャリアとは主観的なものであり、評価できるのは本人しかいないということです。
 "キャリアアップ"という言葉があまりにも一般化している中で、目からウロコが落ちる思いをしました。

《読書MEMO》
●キャリアにはアップもダウンもない(前書き3p)
●キャリアの特徴「個人から独立しては存在しえない」「時間をかけて創造していくものである」「個々人にとってユニークなものである」「職業との関わりにおける個人の行動(心理的過程)(19-20p)
●予測としては、一人の人が生涯に7回から8回転職するだろう(31p)
●自己効力感(71p)・クルンボルツの社会的学習理論(73p)
●コーチとメンターの違い(108p)

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事例は参考になるが、レベル的には勉強会の意見交換のレベル。

事例キャリア・カウンセリング.jpg 『事例 キャリア・カウンセリング―「個」の人材開発実践ガイド』 キャリア開発/キャリア・カウンセリング.jpg 『キャリア開発/キャリア・カウンセリング―実践個人と組織の共生を目指して

 前半でキャリア・カウンセリングに対する著者ら(企業出身者で現在、キャリア・カウンセリングの研究及び実施機関を運営している人たちが主)の視点が述べられ、後半3分の2がキャリア・カウンセリングの事例研究となっています。

 前半部分の、社内委員会などによる面接とキャリア・カウンセラーによるカウンセリング、さらには治癒的なカウンセリングを"面接の三様態"として整理した部分はわかりやすいものでした。
 後半部分の10の事例も、こうした具体例が本書刊行当時('99年)一般書の中で出てくることはあまりなかったので、ある程度は参考になりました。

 ただし、何れも著者らが主催したキャリア開発のワークショップに参加した人たちの事例であることを考慮しなければならないし、参加者の意識にかなりバラツキがあるのも気になりました。
 「妻から呑気を責められる」などという家庭内の悩みも、ライフキャリアという観点に立てばキャリア・カウンセリングの範疇に入るのかも知れませんが、「生きている実感が持てない」「自然体で生きられない」などという悩みは、本書内でも指摘されているように、来談者がカウンセリングを通じてのセラピューティクな関係を求めているのであって、こういう人に向き合うには、セラピスト(心理療法家)としての高度な経験と技法が必要になってくるのではないでしょうか。
 あるいは著者の1人が告白しているように、つい寝てしまったカウンセリングが、来談者に「今回の面接が一番良かった」と言われたように、何もしないでいるか...。
 
 また、事例研究そのものが著者グループの勉強会の意見交換記録のレベルに留まっていて、課題の取り上げ方が恣意的で、内容も充分に総括されているようには思えませんでした(事例討議まで、カウンセリング記録の手法を準用してそのままベタで載せているのが、果たしていいのかどうか)。
 著者グループの次著『キャリア開発/キャリア・カウンセリング』('04年/生産性出版)へのステップ段階における本(または記録)だったと言えるのではないでしょうか。

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物足りない内容。よく言えば"おさらい"的。"焼き直し"感は拭えない。

キャリアの常識の嘘.jpg 『キャリアの常識の嘘』 ('05年/朝日新聞社) 金井壽宏.jpg 金井 氏 高橋 俊介.jpg 高橋 氏

 『部下を動かす人事戦略』('04年/PHP新書)に続く金井壽宏、高橋俊介両氏の共著で、「職種が自分に合うことが重要だろうか」「キャリアにとって忠誠心はプラスになるか」「部下は上司が育成すべきか」といった問いに両氏が答える形式になっていますが、就職しようとする学生などキャリアの入り口にある人に対する指南書といったところでしょうか。

 金井氏は、今まで多くの自著でも紹介してきた「キャリア・ドリフト」「キャリア・トランザクション」などの概念や理論を織り交ぜながらキャリア・デザインについて論じ、また高橋氏は、単線的な上昇志向より「キャリア自律」が大切であることを説いていますが、方向性としては金井氏と重なり(すり寄ってきた?かつては「成果主義」を進めるコンサルを標榜し、目いっぱい上昇志向を煽っていたではないか)、読んでいてどちらが書いているものかふとわからなくなるときもありました。

 一応、中高年などでキャリアの上で迷いを感じている人なども読者対象としているようですが、実社会の経験がある人が読むにはややモヤっとした感じで、「キャリア学」的関心から本書を手にした人にとっても物足りないかも。
 特に両氏の本を何冊か読んだことのある人にとっては、よく言えば"おさらい"的なのかもしれませんが、"焼き直し"感は拭えないと思います。
 
 そうした意味でも、(シリーズ名とは言え)タイトルの「常識の嘘」や帯の「目からウロコ!」というのは大仰で、どのあたりのターゲットを指してそう言っているのかと突っ込みたくなります(オーソドックスなんです。書いてあること自体は)。

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結局のところ"スローキャリア"というものが何なのかよくわからない。

スローキャリア.jpgスローキャリア』 ('04年/PHP研究所) スローキャリア2.jpgスローキャリア (PHP文庫)

Slow.jpg 著者の提唱する"スローキャリア"というのは、"上昇志向でない動機によってドライブされる"キャリアのことを指すらしいのですが、この定義がわかりにくい。

 キャリアアップや組織で出世することだけに血道を上げ、本来の自分らしいキャリア形成という目的から逸脱してまでも「勝ち組」となることにこだわる考え方に疑問を投げかけるという姿勢はわからないでもないのですが、著者自身が「上昇志向」「勝ち組」「キャリアアップ」などという言葉を使うことで、そうした価値基準の中にどっぷり浸っているようにもとれます。
 これは、この本が「THE21」という"キャリアアップ"特集とかをよく組んでいる雑誌に連載したものを単行本化したものであることとも符合します。

 基本的には、著者が今まで説いてきた「キャリア自律」、クランボルツの「計画的偶発性理論」などがベースとなっていて、キャリア計画より普段の仕事への取り組み姿勢が大切だという落とし処だと思いますが、"スローキャリア"とは逆の"ファストキャリア"的発想に近いのではないかと思われる記述も多い一方で、"スローキャリア"を"スローフード""スローライフ"になぞらえる記述もあり(少なくとも"スローフード"の"スロー"と"スローキャリア"の"スロー"は別物または異質のものではないだろうか)、読む側としては混乱します。

 平易な文体で書かれていてさらっと読めるものの、流行語としては流行らせようしたのではないでしょうが、"スローキャリア"がまずありきで論を進めていてる感じがしました。

 「はっきりいおう、スローキャリアをめざす人は、お金という唯一のものさしでその人の価値を決めることができるという、ある種アメリカ的な考え方を否定すべきだ」
 ―と言われても、結局のところ"スローキャリア"というものが何なのかよくわらないので、結果的には通俗的な人生論にしか聞こえてこないという面がありました。

 【2006年文庫化〔PHP文庫〕】

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バランスがとれ、わかりやすく、かつ深みのある考察。

キャリアの教科書.jpg 『キャリアの教科書』('03年/PHP研究所)佐々木直彦.jpg 佐々木直彦 氏 (略歴下記)

 エンプロイアビリティの基本能力を 専門能力/自己表現力/情報力/適応力とし、雇われ続ける能力に限定せず、転職を可能にする能力、やりたい仕事を続けるための能力という観点を示しているのが新鮮でした。
 企業のエンプロメンタビリティ(雇う力)にも言及していてバランスがとれています。

プレゼン能力.jpg 本論では、エンプロイアビリティ向上のために実践し(フィールドワーク)考え(コンセプトワーク)人とつながる(ネットワーク)ことの重要性を、図解やケーススタディと併せ、またキャリア行動に関する理論を引きながら、わかりやすく具体的に説いていています。

 プレゼン能力の大切さを特に強く訴えている点など、プランナーでありコンサルタントである著者の体験からきているかと思いますが、何のために自己表現するかというところまで踏み込んでいて、考察に深みを感じます。

 ただ、図説の中にはいかにもプランナーが描きそうな矢印の多用が見られ、洗練されたイラストや写真も時には邪魔に感じられることがあったのが残念でした。
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佐々木直彦 (ささき なおひこ)
一橋大学社会学部卒業。リクルート、産業能率大学研究員を経て、現株式会社メディアフォーラム代表取締役。組織変革、営業・顧客リレーション改革、リクルーティング、キャリア創造などのコンサルティングに携わる。一方、トップから内定者まで、さまざまな階層を対象とした「プレゼンテーション」「問題解決」などに関するセミナーの講師をつとめる。著書に『大人のプレゼン術』『キャリアの教科書』(いずれもPHP研究所)、『コンサルティング能力』(日本能率協会マネジメントセンター)、『仕事も人生もうまくいく人の考え方』(すばる舎)ほか。

《読書MEMO》
●エンプロイアビリティの基本となる4つの能力...
 1.専門能力
 2.自己表現力
 3.情報力
 4.適応力(26p)
●エンプロイアビリティの3つの観点...
 1.雇われ続けるためのエンプロイアビリティ
 2.好条件での転職を可能にするためのエンプロイアビリティ
 3.やりたい仕事をやり続けるためのエンプロイアビリティ
●企業のエンプロイメンタビリティ(45p)
●3つのワーク(フィールドワーク/コンセプトワーク/ネットワーク)(60p)
●グランボルツ博士のプランド・ハップンスタンス・セオリー(96p)

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趣旨は、社員の自律的キャリアの構築促進。内容がこなれていない。

キャリア論.jpg 『キャリア論』 (2003/06 東洋経済新報社)  高橋 俊介.jpg 高橋 俊介 氏

car02.jpg サブタイトルからは窺えますが、"会社側は"何をすべきなのかという本で、そのあたりが「キャリア論」というタイトルからは少しわかりにくく、それでも個人として買っても役に立ったという人も少なからずいるらしいのは、本書が〈自律的キャリア(CSR=Career Self Reliance)〉を形成・促進することを説いているためだろうと思われます。

 この本が企業側に対して明らかにしようとしているのは、社員の〈自律的キャリア〉の構築を促進していくことは、必ずしも優秀人材の流出には繋がらず、むしろ企業にとっても望ましいものであるということです。
 それはそれで、企業側部にパラダイム転換を促す1つ筋の通った主張になっていると思います。

 ただし、そのことを説明するためにクラスター分析の手法を使って多くのページを割いていますが、学術論文か、その手前のゼミ論文のような生硬さで、一般読者はもちろん企業の担当者にとっても、読んでいて何故こんなゼミの講義みたいな話に付き合わさればならないのかという気分になってきます。

 文体にも著者独特の分かりやすさが見られず、どこまで誰が書いたのかわからない、やや"手抜きの1冊"と見ました。

 著者が以前から言っている〈自律的キャリア(CSR=Career Self Reliance)〉というが概念にも、少なくとも本書では深化は見られず、加えて〈企業の社会的責任=CSR(Corporate Social Responsibility)〉というハヤリの言葉とカブったのが、ちょっと気の毒。

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報告書レベルを超えた内容。ただし、ちょっと大企業中心?

仕事で「一皮むける」.jpg  『仕事で「一皮むける」』 光文社新書 〔'02年〕 金井壽宏.jpg 金井壽宏 氏

 関西経済連合会のワークショップとして、参加企業のミドルが企業トップ(経営幹部)にインタビューし、自らの〈キャリアの節目〉を振り返りってもらったものをまとめたものを、さらに金井教授が新書用に再構成し、解説をしたものです。
Career and Work Success.jpg
 金井教授の「一皮むける」という表現は、その仕事上の経験を通して、ひと回り大きな人間になり、自分らしいキャリア形成につながった経験のことを指し、ニコルソンのトランジッション論などのキャリア理論がその裏づけ理論としてあるようです。
 直接的には南カリフォルニア大の経営・組織学教授モーガン・マッコールが著書『ハイ・フライヤー』('02年/プレジデント社)の中で述べている“クォンタム・リープ(量子的跳躍)”という概念と同じようですが、“クォンタム・リープ”といった言葉よりは“一皮むける”の方がずっとわかりやすいかと思います(一方で、“ターニング・ポイント”という言葉でもいいのではないかとも思うが、ここでは“キャリア”ということを敢えて意識したうえでの用語選びなのだろう)。
 その言葉のわかりやすさと、金井氏の思い入れが、本書を単なる報告書レベルを超えたまとまりのあるものにしています。

 経営幹部が選んだ自らの“一皮むけた”経験の契機が様々であるにも関わらず、配属や異動であったり、初めて管理職になったときであったり、プロジェクトに参画したときであったりと、ある程度類型化できるのが興味深く、自分に重なる事例に出会ったときはハッとさせられます。
 日経の「私の履歴書」みたいな実名記載ではない分、飾り気が無く、自らのキャリアに対する素直な振り返りになって、誰もが自分にも類似したことが思い当たる〈キャリアの節目〉となった事例を、本書の中に見出せるのではないかと思います。

 ただし、大企業での話ばかりで、多階層組織、事業部制を前提とし、新規事業、海外生活などを経験したといったことがキーになっていたりする話などは、今ひとつピンと来ない読者もいるのではないかと思いました。
 関経連には中小企業はいないの?

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深い考察と確信。キャリア行動に関して読んだ本の中では最良の部類。

キャリア・コンピタンシー.jpg 『キャリア・コンピタンシー』('02年/日本能率協会)04_12_6_2.gif 小杉俊哉 氏 (略歴下記)

 本書では、キャリア・コンピタンシーを構成する9つの要素を示し、キャリア理論やカウンセリング理論を引きながら論を進めていますが、最終的には借り物の理論をなぞってスキルのみ伝授して終わるのでなく、著者自身がキャリア及び生き方について深く考察し、確信を持って読者をインスパイアしようとしているのが伝わってきます。
 それだけに、「読み手との相性」で評価が割れる本かと思います。

 自分の場合は、最後の「自分自身であること」に至るまで物語を読み進むように引き込まれ、著者自身のキャリアの振り返りにも感動しました。
 知識を期待して読み始めましたが、既知のクランボルツの挿話にしても、高橋俊介、金井壽宏といった人の本の中で読むよりも深い印象を受けたりしたのは、自分だけでしょうか。
 
 キャリア理論やカウンセリング理論の紹介も的を射ており、そうした知識の整理にも役立ちますが、個人的には知識以上のものが得られという読後感があり、キャリア行動に関する本で今まで読んだものの中では、自分にとっては最良の部類に入るものでした(相性が良かったのかも)。

《読書MEMO》
●専門プロフェッショナル(34p)とビジネス・リーダー(40p)
●キャリア・コンピタンシーを構成する9つの要素
 1.自己認識
 2.ビジョン
 3.楽観・柔軟
 4.環境理解
 5.状況判断
 6.アサーション・表現力)
 7.影響力・対人手腕
 (以下、コアコンピタンシー)
 8.直感
 9.自分自身であること
●モチベーション・ファクターとリベンジ・ファクター(66p)
●MBTI(マイヤーズ・ブリッグス・インディケイター)(76p)
●シャインのキャリア・アンカー(124p)
●クランボルツのプランド・ハップンスタンス(125p)

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小杉俊哉
1958年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、日本電気株式会社(NEC)入社。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー インク、ユニデン株式会社人事総務部長、アップルコンピュータ株式会社人事総務本部長を経て独立。現在、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授、株式会社コーポレイト・ユニバーシティ・プラットフォーム代表取締役社長。自律的キャリア開発・リーダーシップの研究とそれに基づく人材育成、組織・人事コンサルティング、およびベンチャー企業への経営支援を行っている【著書】「キャリア・コンピタンシー」(日本能率協会マネジメントセンター)「組織に頼らず生きる」(平凡社)「ラッキーをつかみ取る技術」(光文社新書)他多数

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著者の本領発揮!キャリアを考え、キャリア論を知るうえでの良書。

働くひとのためのキャリア・デザイン.jpg  『働くひとのためのキャリア・デザイン』 PHP新書 〔'00年〕 金井壽宏.jpg 金井壽宏氏 (略歴下記)

 キャリアとは何かを考えるうえで、また、どういったキャリア観があり、自らのキャリアをデザインするとはどういうことなのか考えるうえで大変参考になります。著者自身のキャリア観にも好感が持てました。

career.jpg キャリア理論を学ぶうえでも、シャインの〈3つの問い〉、ブリッジスの〈トランジッション論〉、クランボルツの〈キャリア・ドリフト〉といったキャリア行動や意思決定に関する理論や概念が、最近のものまでバランス良くカバーされており、役に立つのではないでしょうか。

 またそれらの解説が大変わかりやすいうえに、著者の「この理論を自分のキャリアを決める際に生かしてほしい」という熱意が伝わってきます。

business.jpg 単行本の執筆も多く、最近は組織・人事全般に関わるテーマでも本を出しているのは経営学者ですから当然ですが、実はこの新書本に著者の本領が最も発揮されているのではないか、という気がします。

《読書MEMO》
●シャインの「3つの問い」(36p)...
 1.何が得意か (能力・才能についての自己イメージ)
 2.何がやりたいか (動機・欲求についての自己イメージ)
 3.何をやっているときに意味を感じ、社会に役立っていると実感できるか
    (意味・価値についての自己イメージ)
●ブリッジスの「トランジッション論」...危機の1つとしての「転機」、一方で躍進感・前進感も(72p)
●ニコルソンのモデル...準備→遭遇→順応→安定化というサイクルの節目をキャリアの発達につなげる(84p)
●クランボルツの「キャリア・ドリフト」(114p)...
 ・デザインの反対語→流されるままでいいのか→偶然性や不確実性の効用(キャリアドリフトのパワー)
●キャリアにアップもダウンもない、主観的意味づけや統合がキャリア理解を強化(137p)
●キャリアの定義...長い目で見た仕事生活のパターン(140p)
●レビンソン...生涯を通じて発達するという概念(202p)
●ユング...「人生の正午」(221p)
●エリクソン...ライフサイクル論(221p)

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金井壽宏 (神戸大学大学院経営学研究科教授)
1954年生まれ。兵庫県神戸市出身。京都大学教育学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学でPh.D(マネジメント)、神戸大学で博士(経営学)を取得。現在はリーダーシップ、モティベーション、キャリア・ダイナミクスなどのテーマを中心に、個人の創造性を生かす組織・管理のあり方について研究。

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刊行時はキャリア行動の教科書的な読まれ方。今でも示唆は多い。

キャリアショック.jpg 『キャリアショック―どうすればアナタは自分でキャリアを切り開けるのか?』 ['00年]

4211281012.jpg 自分の思い描いていたキャリアの将来像が予期しない環境変化により崩壊してしまうことを「キャリアショック」とし、そうしたことが起こりうる現代において自分のキャリアをどう捉え、どう開発していくかを説いています。

 変化の激しい時代においては、最初に目標があっても必ずしも予定通りにはいかない、ということは多くのビジネスパーソンが感じているところ。
 しかしそうした時代だからこそ、自律的なキャリア形成を図るよう心掛けるべきである、というのがメインの主張です。

 キャリアアップという言葉を使わず、「幸福なキャリア」を築くにはどうしたらよいかということを、プランド・ハップンスタンス(計画的偶然性)などキャリア行動の概念を用いて説明する過程は、先駆的で、かつわかりやすいものでした。
 実際にキャリアチェンジした人の事例を多く挙げていて、キャリアコンピテンシーの高め方が身近に理解できる1冊。

 本書が刊行された'00年は、民間のコンサル会社ワイアットの社長だった著者が独立を経て慶応大の教授に転身した年ですが、この一般向けの著書はキャリア行動の教科書的な読まれ方をしました。
 ただし、その後あまりにこうした本や考え方が出尽くして、今読むと当時ほどの目新しさはありません。
 それでもなお、キャリアの入り口にいる学生や、今を自分のキャリアの転機ととらえて転職を考えている人には、今もって示唆の多い内容ではあると思います。

  高橋 俊介.jpg 高橋 俊介 氏 (略歴下記)

 【2006年文庫化(ソフトバンククリエイティブ[SB文庫])】
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高橋 俊介
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授
組織・人事に関する日本の権威の一人。プリンストン大学大学院工学部修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ザ・ワイアット・カンパニーに勤務後、独立。
人事を軸としたマネジメント改革の専門家として幅広い分野で活躍中。主な著書に「自由と自己責任のマネジメント」「自立・変革・創造のマネジメント」「キャリアショック」「組織改革」「人材マネジメント論」がある。

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キャリアの節目で悩んでいる人には、元気づけられる事例やヒントが。

「選職社会」転機を活かせ.gif「選職社会」転機を活かせ0』 ('00年/日本マンパワー出版) NancySchlossberg.jpg Dr. Nancy Schlossberg

MidCareer.jpg 全米キャリア開発協会(NCDA)の会長などを務めた著者による本書は、人が人生の転機やキャリアの節目にぶつかったとき、それをどう乗り越え、どうすれば豊かな人生が送れるかということをテーマとしています。

 著者は、どんな転機でも「見定め」、「点検し」、「受け止める」ことで必ず乗り越えられるとし、その「点検」のところでは、リソースとしての4つのS(Situation:状況、Self:自分自身、Support:周囲の支え、Strategies:戦略)を見極めるとが、成功への道に繋がるとしています。

 この論旨の流れに沿って、人生の転機や困難に直面した人がそれをどう乗り越えたかという事例が多く紹介されていて(本書の原題は"Overwhelmed"(途方にくれて))、アメリカ人というのはこういう逆境から立ち直る話が好きなのだなあという気もしましたが、もちろん日本人にとっても、とりわけ人生やキャリアの節目で悩んでいる人には、元気づけられる事例や考え方のヒントが本書には含まれていると思います。
 
 原著の出版は'89年と少し古く、一般的なキャリア理論の紹介も一部にありますが、必ずしも充分に網羅しきれていません。 
 キャリア学の金井壽宏氏も「どんな転機でも必ず乗り越えられる」という考え方において、本書に賛同していたような覚えがあります。
 そうした意味では、理論書というより啓蒙書に近い感じがします(人生論ではないと訳者あとがきにはありますが...)。
 
 興味深かったのは、「人生半ばの危機」説に批判的なことで、人はあらゆる時期に転機に見舞われるとしていている点で、例えば母と娘が同時期に出産するといったことが起こる社会においては(そうしたことがどれぐらいの頻度でアメリカ社会にあるのかはよくわかりませんが)、確かに固定的なライフステージを想定していない方が、こうしたダイバーシティ(多様性)に対応できるのかもしれないと思いました。

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円高不況期に書かれた転職・人材会社利用ガイド。今に通じる部分も。

転職.jpg 『転職―人材紹介のプロが教える「考え方・選び方・売り込み方」okamoto.jpg岡本義幸 氏(略歴下記)

Change of career.bmp 本書は'87(昭和62)年の出版であり、人材会社(人材斡旋会社)の社長が書いた「転職」のためのガイドブックです。
 この分野では古書に属するものかも知れませんが、読み直してあまり旧い感じがしないのは、本書が書かれ時期が、その直前までバブル景気前の円高不況期であったために、バブル崩壊の際と背景が少し似ているからではないかと思います。
 プラザ合意('85年)による急激な円高が未曾有の鉄鋼不況を招き、新日鉄などが大規模なリストラ策を打ち出したのがこの頃でした。

 転職先の見つけ方・見分け方や、履歴書の書き方から面接での自分の売り込み方などが70項にわたって書かれていますが、「受付嬢で会社がわかる」とかはちょっと平凡ですが、「中小企業なら社長面接のある企業を選べ」とか、なかなか面白いアドバイスもあります。

 当時それほど一般のビジネスパーソンには馴染みのなかった人材会社の活用の仕方について書かれているほか、外資系の会社というものの見つけ方・見分け方が詳しく書かれているのが特徴でしょうか。
 外資系の企業で勤務する場合「本社に2名の友達を持て」というアドバイスは、日本企業の支社・支店に勤める人にも当てはまるかも。

 結局、日本の景気は回復してバブル期に入り、高度専門職能(当時ならば金融・SEなどの専門知識・能力が最も需要があった)を持つ人が、自分をより高く売るためにこういう人材会社を利用したように思います(採用会社が斡旋会社に払う手数料も、かなり高かったように思う)。

 最後に著者の将来予測があり、「企業の国籍は無くなる」とか「理科系出身者が三次産業に押し寄せる」などというのは当たっている面があり、「社長の10人に1人は女性になる」というのは、まだそこまでいってはいないという感じでしょうか。
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岡本 義幸
ボイデン・ジャパン 代表取締役会長。同志社大学経済学部卒。米国大沢商会取締役社長、株式会社ケンブリッジ ヒューイット インターナショナル(現ヒューイット アソシエイツ)社長を経て、1995年、ECI株式会社を設立。現在、同社の代表取締役会長を務める。 

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ネーミング企画者必携だが、普通にパラパラ読んでも雑学的に面白い。

13か国語でわかる新・ネーミング辞典.jpg13か国語でわかる新・ネーミング辞典』 ('05年) 最新ヒット商品をつくるネーミング辞典.jpg 最新ヒット商品をつくるネーミング辞典 8か国語対照.jpg 『8か国語対照 最新ヒット商品をつくるネーミング辞典』 ('91年新書版/'00年改訂版)

 様々なジャンルのキーワード3,550語についての〈英・仏・独・伊・西・希・羅・露・葡・蘭・中・韓・刺〉の13か国語対照辞典ですが、最後の「刺」って何?

 本書の前身として、ネーミング用キーワード3,500語を分野別に配列した、英語、仏語、独語、イタリア語、スペイン語、ギリシャ語、ラテン語、ロシア語の8カ国語対照の『ヒット商品をつくるネーミング辞典』('91年初版・'00年改訂版/学習研究社)があり、個人的にはネーミングにも使用しましたが、普通に辞書として使ったりもし、あとはパラパラめくって読んでいるのが結構楽しいという感じでしした。
 
 その後PART2として、英語、ポルトガル語、オランダ語、中国語、韓国語、アラビア語の6か国語対照のものが'03年に出されており、今回はその2冊を合体させたもので、本のヴォリュームとしては従来の1冊分とさほど変わらず、分野別から50音順になり、別に分野別索引もあり使いやすくなっています(最後の「刺」はアラビア語でした)。

 エスペラント語が無いとか、アジア系言語をもっととか、いろいろな要望はあるかも知れませんが、ネーミング企画をする人にとっての商業ネーミングにおける最大公約数的需要は満たしているので、必携ではないでしょうか。
 一般の人が雑学的興味で読んでも、なかなか面白いのではと思います(言語学に興味のある人ならなおのこと)。

 今回「ヒット商品をつくる」というのがタイトルから消えていて、巻末付録に〈名づけに使える日本の古語&方言〉を収録しているところをみると、子どもやペットの名付けに『ヒット商品をつくる〜』を使った人が結構いたのかなあ。
 そのためにわざわざ辞典を買うの?という声もあるかもしれないけれど、自分の会社を創るときに買ったという人もいますから、使う回数の問題ではなく、思い入れの大きさの問題でしょうね、きっと。

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ネーミングの実践的な手法解説と併せて、新たな発見が満載。

ネーミング発想法.jpg  『ネーミング発想法』 日経文庫 〔'02年〕

 コピーライターの書いたネーミングの本というのは職人芸を披露しているようなところがありますが、本書は日経文庫らしく(?)、ベーシックな入門書という感じです。
 
 「DoCoMo」「au」「BIGRLOBE」などのネーミング開発を手掛けた「ジザイズ」という会社(この会社名がネーミングの法則から外れて濁音を敢えて多用しているというのが面白い)の社長である著者は、ブランド戦略の第一歩としてネーミングを位置づけ、造語メカニズムを解き明かし、商標登録など権利問題にも触れています。
 ですから、本書で「方法」を知ることができても、「発想力」がつくかどうかは別の話だと思います。
 
 ただし、本書の中核を成す、「方式に則って造語する『言葉の発明』」、「辞書の中から見つけ出す『言葉の発見』」、「視点を変えたネーミング発想法」の各章は、たいへん面白かったです。
 実践的な手法の解説と併せて、「クルマの名前ってこんなにラテン系言語が多いのか」といった新たな発見が満載です。
 そう言えば、著者も大阪外大のイスパニア語学科出身でした。

《読書MEMO》
●ネガティブミーニング(カルピス、モスバーガー、クリープ...)(37p)
●混同されやすい3文字(UFJ (United Financial of japan) とUSJ)(72p)
●雑誌名...サライ(ペルシャ語で「宿」)、じゃらん(インドネシア語で「道」(77p)
●乗用車(98p)...
 ラテン語...アルデオ(輝く)、イプサム(本来の)、プリウス(より前に)
 スペイン語...セフィーロ(そよ風)、ドミンゴ(日曜日)、エクシード(盾)
 イタリア語...アルテッツァ(高貴)、ジータ(小旅行)、ピアッツァ(広場)

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読みやすいが、一般の人が応用するのは難しい面も。

すべてはネーミング.gif  『すべてはネーミング』 光文社新書 〔'02年〕

 “売れる”ネーミングとは何かを、自らの経験をベースに、読みやすい語り口で説いています。
 また、ネーミングの“売り込み”におけるプレゼンテーションの重要性にも触れていて、広告宣伝の世界を垣間見ることができます。
コピーライターの発想2.jpg
 以前に、業界の草分け的存在である土屋耕一氏の『コピーライターの発想』('84年/講談社現代新書)という本を読んで、なかなか面白かったのですが、土屋氏の弟子第一号を自認する著者も、すでにベテランの域に(何だか職人の系譜という感じ)。
 
 「11PM」の企画で「ふんどし」に名前をつける話などは面白いけれど、ちょっと年代を感じます。
 洗濯機の「からまん棒」や新宿「MyCity」、雑誌「saita」などもこの人の仕事。
 六本木ヒルズに新規出店('01年11月)した食品スーパーマーケット(FOO:D magazine)のネーミングの話もあります。
 本書にはありませんが、「新生銀行」「JAL悟空」なども著者が手掛けたもので、トップランナーとしての息の長さを感じます。

 都市型スーパーマーケット「FOO:D magazine」のそのネーミングに至るまでの話は、名付け作業以前のマーケティングの重要性を感じました。
 西友が展開する店ですが、店舗内に「SEIYU」のロゴは一切使われてませんね。この高級スーパーは。
 
 それと、特に感じるのは、近年の仕事に共通する、ロゴなどのビジュアルの重要性でしょうか。
 こうなってくると、専門家と職人のコラボレーションの世界で、興味深くはあるものの、一般の人が応用するのは難しい面もあるかもしれません。
 
 エッセイ風にまとめられていて、体系的な入門書ではないけれど、こうした本をキッカケにコピーライターを目指す人もいるのだろうなあという気はしました。

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「情報の整理が出来なければセンスはうまく働かない」には共感。

情報を見せる」技術.jpg  『「情報を見せる」技術』 光文社新書 〔'03年〕  中川佳子.jpg 中川佳子 氏 (略歴下記)

 本書は副題に「ビジュアルセンスがすぐに身につく」とあり、色彩デザインなどのビジュアル、つまり情報伝達の技術的方法論を具体的に論じていて、これは新書本の中では珍しいのではないかと思います。
 
 著者はNHK特集「驚異の小宇宙・人体」でCGを担当するなどのプロですが、本書はPowerPoint などを使った一般的なプレゼンを想定して書いていて、細部はやや専門的ですが、大筋ではそれほど"理解する"のが難しいものではありません。
 テクニックとは活用の機会さえあれば"実際に使える"もので、知っておくに越したことはないと思います。

 個人的には前半部分の、「センスは学べる」ものであるが「情報の整理」が出来なければセンスはうまく働かないという箇所に共感しました。
 「情報」には"収集"と"活用"の2つのレベルがあるということ、つまり、イメージを広げるための情報と、イメージに具体性を与えるための情報があるというのです。
 
 拙いプレゼンの多くに、発表者が自らのイメージを広げるために収集した情報がそのまま盛り込まれていて、それが受け手がイメージをつくる際にむしろ妨げになっていることがあるなあと、自分がやったプレゼンも含め、今更ながら思った次第です。
_________________________________________________
中川佳子
CGクリエーター/株式会社アイ・コム代表/武庫川女子大学助教授
1984年つくば博松下館CG制作。1986年よりNHK特集「人体」プロジェクト参加。1992年よりNHK『音楽ファンタジー夢』のオリジナルCG作品制作。2000年連続テレビ小説『オードリー』(NHK)タイトルCG制作などTV番組、展示映像、ゲーム等、CG制作を手がける。
1985年日経CGグランプリゴールド賞、1994年SIGRAPH VIDEO REVIEW収録。著書に『情報を見せる』『技術-ビジュアルセンスがすぐに身につく-』(2003年、光文社)。

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プレゼンを総体的に把握。欠点もあるが、得るところが大きかった。

プロフェッショナル・プレゼンテーション.jpg 『プロフェッショナル・プレゼンテーション』 (2003/02 東洋経済新報社)
                                    
◆プレゼンテーションの全体像 (まとめ)
0701000331.jpg 本書ではプレゼンテーションの構成を「コンテンツ」と「デリバリー」に分け、さらに前者を「ストーリーライン」と「ビジュアルエイド」に分けて考え方や技法を提示しています。
 「コンテンツ」とは言うまでもなく、中身をどう作るかということであり、「デリバリー」とはオーディエンス(聞き手)にどう届けるか、つまりどう発表するかということですが、この構成を最初に示すことで本自体の全体像が掴みやすくなっていて、また"説得的プレゼンテーション"という概念提示をすることで内容がシャープになっています。 

 世の中には企画の書き方の本も、Power Pointの使い方の本も、発表の仕方の本も多くあり、それらは本書で言うところの「ストーリーライン」、「ビジュアルエイド」、「デリバリー」にそれぞれ該当するわけですが、3つ揃って初めてプレゼンテーションと言えるはずなのに、こうした3つ揃えてしっかり解説した本を今まで見かけなかったのが不思議です。

◆ストーリーラインをつくる (まとめ)
070201.jpg 「ストーリーライン」構築の説明部分が特にしっかりしていて(〈演繹法〉と〈帰納法〉の部分など一部において説明がやや"くどい"部分もありましたが、人事企画やコンサルティングなどの実務でも念頭に置くべきことが多く記されているように思いました。
 
 最終章「デリバリー」部分(高橋氏の執筆部分)が口述筆記か書き流しという感じでいかにも"箔付けのための名前貸し"という印象を受けるなど、いくつか欠点もありますが、全体としてそれを補うだけの得るものがある本でした。


《読書MEMO》
●プレゼンの構成=コンテンツ(ストーリーライン・ビジュアルエイド)とデリバリー
●コンテンツ作成の流れ= キーメッセージの明確化 → 論理構築 → 根拠の証明 → ストーリー設計 → ビジュアル作成
●MECE(ミーシー)...モレがなくダブりがない(42p)
●政策メッセージの3つの根拠=必然性・効用・実現可能性(68p)
  

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豊富なカラー図解。「説得する」ということを常に念頭に書かれている。

説得できるプレゼンの鉄則 PowerPoint上級極意編.jpg 『説得できるプレゼンの鉄則 PowerPoint上級極意編―勝負をかけるプレゼン資料はこう作る

 マイクロソフトの PowerPoint がプレゼンテーションの標準ツールになって久しい今日、仕事上、使えないよりは使えた方が良いに決まっています(ディレクティブな立場にある人でも、大事なプレゼンの直前に、何が修正可能で、何が難しいかを知っておいてくれた方が、スタッフの方もありがたい)。

 本書は、実習用CD-ROM付きであることもさることながら、全頁カラーで図解も豊富、マニュアルによくある味気なさが無く、また「勝負をする」「差を付ける」「説得する」ということを常に念頭に置いて書かれているので、マニュアル嫌いな人でも、読み物としてざっと読んでみるといった入り方ができます。

 「上級極意編」とありますが、マニュアルとしては中級レベルとみていいのではないでしょうか。
 デザインや色彩の用い方についての解説が詳しいのが特長ですが、Officeデータの貼り付け方の解説などはよく整理されていると思いますし、「プレゼン成功の鍵」などの囲みコラムにも、役立つ知恵が簡潔に述べられています。

 個人的には、上達への道は、まず使ってみること、そしてやはり、いろいろな場で PowerPoint を使ったプレゼンに接してみるのが良いのではとないかと思います。「あのテクニック自分も使いたい」みたいな気持ちが、習得意欲につながるのではないでしょうか。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 勝負をかけるプレゼン資料作成法
第2章 デザイン・レイアウトで差を付ける
第3章 カラー化で差を付ける
第4章 Officeデータ活用で差を付ける
第5章 マルチメディア活用で差を付ける
第6章 アニメーションで差を付ける

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プレゼン直前にセルフチェック用として使える本。

「分かりやすい説明」の技術.jpg 分かりやすい説明の技術.jpg  『「分かりやすい説明」の技術』 講談社ブルーバックス 〔'02年〕

Business man and women clapping their hands after a good presentation.jpg 著者のブルーバックスにおける「分かりやすい」シリーズ3冊のうちの1冊で、
この本の前後に
 ◆『「分かりやすい表現」の技術-意図を正しく伝えるための16のルール』('99年)、
 ◆『「分かりやすい文章」の技術-読み手を説得する18のテクニック』('04年)
がそれぞれ出ています。
 何れもスラスラ読めて、書いてあることも至極まっとうです。
 それで、いざ実践場面になると、すでにやっていることはやっているし、分かっていてもできないことはなかなかできない、という感じではないでしょうか。 

 著者はこのブルーバックスのシリーズを書いているときは、まだ“勤め人”だった人で、現場感覚というものがわかっている人が書いているなあという感じがします。

 さらに、このシリーズ3冊の特長は、著書自体が「分かりやすさ」の実践になっていることです。
 「読み返しチェック」が楽にできます。
 そうした意味では、プレゼンテーションをテーマとした本書「説明の技術」が、プレゼン直前の時間の無いときの自己チェック用として最も使えると思いました。
 
 プレゼンテーションの準備って、時間が無いときほど、ついコンテンツの修正に最後にまでかかりきりになり、こうしたわかりきっているはずの〈説明〉の技術についての基本事項がおろそかになりがちですから。

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明日プレゼンを控えた人が読んでも役に立たないのでは。

人を動かす! 話す技術.jpg  『人を動かす! 話す技術』 PHP新書 〔'02年〕 sugita.jpg 杉田 敏 氏 (プラップジャパン副社長) 

070110.jpg 著者はNHKラジオ「やさしいビジネス英語」の講師として知られるとともに、外資系のPR会社の副社長でもあります。
 ですから、基本的にはプレゼンテーションの本でありながらも、コミュニケーションということを広く捉え、その中での広告、オンライン、対面、媒体を使った様々なコミュニケーションの、それぞれのポイントの説明がなされており、内容的にも的を射ています。
 
 また、送り手(S)からメッセージ(M)がチャネル(C)を通して受け手(R)に流れるだけでなく、そこに受け手がアクションを起こすという効果(E)が生まれなければならないとする「SMCRE理論」や、エトス(信頼)、ロゴス(論理)、パトス(感情)からなる「説得の3要素」の説明もわかりやすいものでした。

 「エトス」による説得とは話し手の人格や資質により相手の信頼を得るものであり、「ロゴス」による説得とは論理を積み重ねて相手を納得させるもの、「パトス」による説得とは聞き手の感情に訴える説得ということで、哲学者アリストテレスが定義した「成功するコミュニケーション」が典拠であることは知られているところです。
 この中で「エトス」を重視しているのは、米国のコミュニケーション学の潮流を引いたものだと思いますが、「ロゴス」第一主義だった米国人の反省が、「パトス」重視の日本人にも生きるという"妙"を感じました。

 自らの豊富なビジネス経験やアイアコッカ、ブッシュのエピソードまで引き合いに出しての話には引き込まれます。
 ただ個人的には、プレゼンに役立つかなと思って本書を手にしたため、その部分ではたいしたことは書いてない不満が残りました。明日プレゼンを控えた人が読んでもそれほど役に立たないのではと思います。

 日本の経営トップやリーダーと呼ばれる人は、もっと表現訓練をした方がいいのかも、という感想のみが残りました。
 それが、"メディアトレーナー"でもある著者の狙いだったのかも。

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相手との共感的一致を得るための信頼関係(ラポール)形成の重要性を強調。

プレゼンテーションの技術―言葉だけでは人を動かせない.jpgプレゼンテーションの技術―言葉だけでは人を動かせない』 (1987/06 TBSブリタニカ)

 大手広告代理店・博報堂の営業部長さんが書いたプレゼンテーションの本で、'87(昭和62)年の刊行と少し古いですが、刊行当時はかなり読まれたようで、続編も出ました。

 タイトルに「技術」とあり、ましてや広告代理店勤務のスペシャリストによるものであるため、テクニック一辺倒の内容かと想像しがちですが、確かにプレゼンのテクニック的なことにも触れられているものの、全体を貫くのは「“プレゼン心”とは何か」ということで、相手との共感的一致を得るためのラポール(信頼関係)の形成の重要性を強調しています。

 情報収集やリハーサルも大切ですが、相手の課題をしっかり把握しなければ共感的一致は得られず、相手の立場になって考えることができなければ「ラポールの世界」は構築されない、そうした前提があっての情報収集やリハーサルであることを忘れてはならず、また導入部分のきっかけづくりというのも大事であるという、何れも著者が現場で感じ取ったプレゼンの核心が伝わってくるような内容です。
 
 実際に著者が経験したビジネス・プレゼンテーションの事例が多く紹介されているとともに、著者自身が「“プレゼン心”とは何か」ということを探るために、業界内のプレゼンの名人と言われる人だけでなく、トップセールスマンや建築家などと接し、教唆を得たことをひとつひとつポイント整理していて、読みやすい内容です。

 ちょうど広告業界の専門用語だった「プレゼンテーション」という言葉が広くビジネスの場面で使われるようになり始めたころのもので、さらに日常生活のあらゆる局面でプレゼンテーションというのものが役に立つということ著者は示しています。

 冒頭に、ポール・ニューマンにクルマのCMへの出演を依頼し(これ、スカイラインですね)、困難な状況下で彼を口説き落とした経験が書かれていますが、これなども相手はポール・ニューマン1人で、プレゼンテーションといのは必ずしも大人数の前でやるものとは限らないということが分かり、ビジネスの(時として生活の)あらゆる場面がプレゼンの場になりうることを物語っていると思いました。

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楽しく読めて役に立つプレゼンに関する100のアドバイス。

プレゼンテーション必勝テクニック.jpg 『プレゼンテーション必勝テクニック』 (1986/10 プレジデント社) presentation business.jpg

 原著タイトルは"How to Make Effective Business Presentations-And Win!"('83年)で、英国の「話し方教室」の先生が、プレゼンテーションにおける話し方のコツなどをまとめたものですが、効果的プレゼンテーションとは何かということを、その準備の段階から説き起こし、〈かゆい所に手の届く記述〉や〈即効ノウハウ〉も多くて、得られるところ大でした。

 細かいテクニックもいろいろ紹介されています。
 「上着を脱ぐのが適切である場合もある」(60p)などいうのは、自分自身もプレゼンの研修で教わったなあ。聴衆が、これから大事なことを話すのかなって気になるのですね(外国人がこういうのをナチュラルにやるのがうまい)。
 「理解しにくい言葉で聞き手をバカにしない」(110p)というのも大事だと思います。専門用語を多用しすぎると、そのつもりがなくても、聞き手がバカにされているように感じてしまうことがある。

 それと、本自体が面白く読めるというのもいいです。

 MAP理論

MAP理論.jpg 例えば〈MAP理論〉というのを紹介していて、聴き手の座る位置によってその態度は決まるという。
 話し手から見て向かって左側に座るのが支持派、同意しそうもない人は右側に座り、プレゼンをメチャクチャにする人がいるとすればその真中あたりにいる。
 正面に座る人は"男爵"と呼ばれ、話し手が良ければ理性的だが、ダメだと思うと話し手にとって代わる。
 右列後方の壁際にいるのは"狙撃兵"で、仲間外れにすると銃弾を撃ち込んでくる...。

 〈MAP〉は May's Audience Positioning の略で、要するに〈MAP理論〉とは著者が勝手に創った理論だとわかりますが、何となく当たっているような気がして面白いです。
 要するに「聴衆の全員が話し手に好意的であるとは思わない方がいい」というアドバイスなのだというふうに、自分自身は解釈しました(でも、実感としても結構あてはまる?)。
 こうした機知とユーモアに富んだアドバイスが、あと99個あります。

 既に古書の部類に入る本ですが、最近読んだ『プレゼンなんて怖くない!―アメリカ人が教えるプレゼンテーションの秘訣53』(ロッシェル・カップ著/'06年/生産性出版)などと比べても、こっちの方が中身がずっと濃いと思いました。

《読書MEMO》
●MAP理論(44p)
・プレゼンをする人から見て左側に座る人は右派、保守的、支持的な「いい子」
・支持しない人たちは、向かって右側に座る、その真ん中に「ぶちこわし屋」
・プレゼンをする人の真正面に座るのは中立者「男爵」、社長がよく座り、プレゼンテーター(=「王様」)が頼りないときは自分がとって変わる
・向かって右列の奥にいる人は聞き手になろうとしない人「狙撃兵」

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コミュニケーション能力を高めるための考え方のヒントを提示している。

なぜあの人とは話が通じないのか.gif  『なぜあの人とは話が通じないのか? 非・論理コミュニケーション』 光文社新書 〔'04年〕

Communication.bmp 「話が通じない人」とコミュニケーションする場合、言葉や論理に頼りすぎない方が良い場合もあり、それが著者の言う「非・論理コミュニケーション」ですが、「なぜ話が通じないのか」という切り口から、コミュニケーション・トラブルの対処法、背後にある力関係、日本的な"面子"の問題、非言語コミュニケーションの役割、「聴く」ことの重要性、異価値に対する柔軟さの必要性などを指摘し、コミュニケーション能力を高める様々なヒントを提示しています。

 コミュニケーション学の本には、米国の理論を引くものが多い。本書で引用されているものも'70年代の米国のものが主流です。
 ただし、理論紹介が目的化してしまっていたり、逆に実用を強調するあまり1つの理論を万能薬のように唱える本が多い中、本書での事例と理論のとり上げ方は納得性の高いもので、日本においてはどうかという考察もしています。

 例えば米国流コミュニケーション学によく出る「エトス(精神的訴求)」という言葉ですが(もともとは哲学家アリストテレスの思想で、「優れたリーダーの3つの条件」はエトス(精神)・パトス(情熱)・ロゴス(意義)であるというのがベースになっているのですが)、それについての説明でも、元来エトスとは「高い精神性」のことだったのが、近年は情報ソースの「信憑性」を指す傾向にあるというように最近動向を押さえながらも、さらに日本では、それに「カリスマ性」といった情緒的要素が入る傾向があると指摘しています。

 全体を通して、答えを示すよりも考え方のヒントを提示するようなスタンスで、お仕着せがましさが無くて自分には合った本でした。

中西 雅之.jpg 中西 雅之 氏
略歴(ホームページより)
1953年東京都生まれ。国際基督教大学卒業後渡米、ヴァージニア大学で修士号、カンザス大学で博士号を取得。カンザス州立大学専任講師、共立女子大学専任講師を経て、現在、津田塾大学学芸学部英文学科コミュニケーションコース教授。専門はコミュニケーション学。コミュニケーションを人間の最も基本的な社会活動と捉え、対人関係、小集団、組織、異文化、メディアなど様々な状況におけるコミュニケーションの諸問題について実証データを基に研究している。

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本書使用上の注意書を皮肉を込めてを付けるとすれば…。

頭がいい人、悪い人の話し方2.jpg 頭がいい人、悪い人の話し方.jpg  『頭がいい人、悪い人の話し方』 PHP新書 〔'04年〕

 どうして本書がベストセラーになったのか、読み終えて(途中から通読になってしまいましたが)今ひとつピンとこなかったのですが、よくよく考えると、方法論的な何かを得るというよりも、読み手によってはカタルシス効果のようなものがあるのではないかと思った次第です。
Caution.bmp 
 “充分なカタルシス効果”を得るための、本書の「使用書」と「注意書」を皮肉を込めてを付けるとすれば、こうなるのでは…。

 《貴方の周囲に“どうもシャクにさわる人”がいたとしたら、その人の話し方を本書の“頭が悪い人の話し方”のどれかに当てはめてください(必ずいくつか当てはまるようになっています)。
 その結果、その人は“頭が悪い人”であることが明らかになり、納得できた気持ち、スッキリした気分になれます。
 実際の対処法も参考までに示してありますが、この部分に過度の現実性を求めないでください。
 相手が仕事上の上司なら堪えるしかないのが現実なのです。
 そのことよりもまず“スッキリした気分”になることが大切なのです。》

 《ご自分の話し方に “頭が悪い人の話し方”ととられる部分がないかをチェックするのは構いません。
 ただしあまり熱心にやり過ぎると、自分に当てはまる項目が思った以上に多くなることもあり、自己嫌悪に陥るか本書が嫌いになるか、何れにせよこれまでの作業がムダになる恐れがありますのでご注意ください。》

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コミュニケーションの指南書。エトス(精神性)の高い本。

山田.jpg伝わる・揺さぶる!文章を書く』 PHP新書 〔'01年〕 p_01.jpg 山田ズーニー氏 (略歴下記)

ca_img03.jpg ちょっと引き気味になりそうなタイトルですが、読んで見るとなかなかでした。
 著者はあの進研ゼミのベネッセ・コーポレーションで、小論文通信教育誌の編集長をしていた女性です。
 しかし内容は、小論文に限らず、上司を説得する文章、お願いの文章、議事録、志望理由(自己推薦)の文章、お詫び文、メールの書き方など、高校生の試験向けというよりは、ビジネスシーンでの実践的活用に即したものとなっています。

 しかも、文章(著者は実用以上、芸術未満と規定していますが)を書く上でのテクニックにとどまらず、“伝わる・揺さぶる”文書を書く上での根幹となるものを示唆していて、むしろコミュニケーション全般にわたる指南書とも言えます。

 書かれていることに読者をアッと言わせようというような作為性はなく、「自分を偽らない文章を書くことによってのみ、読み手の心は動く」のだという著者の考えが、そのまま真摯な語り口で実践されている本です。

 こうした本は頭で理解できても、なかなか実践は難しいもの。
 特に著者の言う「自分の頭でものを考える」ということ。何か忘れた気持ちになったとき、また読み返してみるのも良いかも。読み返す価値のあるエトス(精神性)の高い本だと思います。
_________________________________________________
山田ズーニー (コミュニケーション・インストラクター)
1984年ベネッセコーポレーション入社。進研ゼミ小論文編集長として高校生の「考える力・書く力」の育成に尽力。
2000年に退社。同5月より「ほぼ日刊イトイ新聞」に「おとなの小論文教室。」を連載。
以降、執筆、講演、編集長・ライターの育成など文章表現教育を幅広く行うようになる。

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全部を熟読すると、どうすればいいのか、かえってわからくなる。

アタマにくる一言へのとっさの対応術.jpg 『アタマにくる一言へのとっさの対応術』 ('00年/草思社) アタマにくる一言へのとっさの対応術2.jpg 『アタマにくる一言へのとっさの対応術 (SB文庫 ヘ 1-1)』 ['07年]

cat communication.bmp 著者はドイツ人で、大学で心理学を学び、今はコミュニケーショントレーナーであるということですが、タイトルに惹かれた人が多かったのか、かなり売れた本です。

 自分の意見を否定されたり相手から侮辱を受けたりし「アタマにきた」場合に、どう対応すれば良いかが、具体例と併せて数多く書かれていますが、大まかに分けて、無視して相手を空回りさせたり、話題を変えるなどして相手をはぐらかす方法と、我慢しないで、相手に対し一言ビシッと、できるだけ効果的な言葉で言い返す方法、があるということでしょうか。

 その場で即、「言葉」による対応をすることで自分を護る、という点が西洋的で、「はぐらかし」というのは、彼らにとっては一種の応用形なのかも。
 日本人は「はぐらかし」てばかりで、外国人から嫌われている気もしますが...。

 でも、「どうしていいかわからなくなったら黙りこむ」とも書かれていて、全部を熟読すると、かえって、どうすればいいのかわからなくなってしまうような本でもあるような気もします。
 そこで、もっと理解を深めようと、『グサリとくる一言をはね返す心の護身術』('02年/草思社)などの続編までも買ってしまうのかなあ(家の本棚にいつの間にか?ある)。
 
 個人的に思うのは、自分に一点の非も無ければ、比較的ゆとりを持って対応できるだろうし、相手の指摘で自分の方の筋に自信が持てなくなるとイライラ度が増すのではないかとも思うのですが、この本は、一応自分はまったくもって正しいという前提で書かれているようです。

 【2007年文庫化〔SB文庫(ソフトバンク クリエイティブ )〕】

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真面目だが愉快で刺激的。発想・思考トレーニングの示唆も多い。

危険な文章講座.jpg 『危険な文章講座』 ちくま新書 〔'98年〕

pen2.jpg 鬼才コラムニストとして知られる著者が「危険な」と冠するからには一体どんな内容かと思いきや、技術論よりも、文章を書く際に邪魔になる囚われから読者を解き放つことに主眼を置いた真面目な文章論でした。
 「批判」と「悪口」の違いを述べた部分など、啓蒙書としての倫理性すら感じます。

 しかしながらユニークな視点は健在で、書くことは「自己相対化」作用であることを「幽体離脱体験」に喩えて論じ、「文は人なり」という精神主義を喝破するのに「酒鬼薔薇聖斗」の手紙を立花隆らが「文章はセミプロ級で書いたのは高学歴者」などと推察したことを例に挙げるなど、巷にある真面目くさった文章読本に比べれば、愉快で刺激に満ちたものとなっています。

 発想と思考のトレーニングについての示唆も多っかたと思います。
 情報収集やカード整理といった作業は、それ自体が自己目的化してまだ始まっていないはずの〈思考〉にすり代わってしまう傾向があると。
 こうして書評を書くのも、どこかにその恐れがあるということを、いつも認識しておくべきだということでしょう。

《読書MEMO》
●メモをっとることは大事だが、本当に大切なのはその後の作業。「とにかく自分の頭から生まれたランダムでアンバランスな断片を、どのようにして他者に共有してもらえる表現へと鍛えあげていくのか」
情報収集やカード整理は、往々にしてそれ自体が自己目的化してしまって、まだ始まっていないはずの〈思考〉にすり代わってしまう傾向がある(156p)

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ビジネスパーソンの大半が意識的・無意識的に既に実践していること。

理解する技術.jpg理解する技術 情報の本質が分かる』 PHP新書 〔'05年〕 分かりやすい説明の技術.jpg 『分かりやすい説明の技術』

 本書は、講談社ブルーバックス『「分かりやすい表現」の技術』シリーズの著者によるものですが、今度は大量の情報から必要なものを抽出するテクニックを説明しています。
 この著者の本は本当に読みやすく、「脳内関所」といった言葉使いなども含め、〈PHP新書〉に場を移しても変わっていません。

 ただし、本書目次を見れば分かりますが、今回は書かれていることが一段とオーソドックスで、基本的な事柄ばかり。目新しさはやや乏しいかなという感じです。
 オーソドックスであること自体が良くないわけではありませんが、情報現場にいるビジネスパーソンの大半は、意識的または無意識的にこれら本書に書かれていることの多くを既に実践しているだろうし、中には意識していても個人のやり方があって本書の通りにはならなかったり、出来なかったりするものあるのではないでしょうか。

 その辺りの自己チェック用としては読めないこともありませんが、この程度の内容で「目からウロコの連続!」みたいな人は、ビジネスマンの中にはあまりいないと思うのです。

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使えば Excel の100倍便利!と思える。データベースは使う人が自分で作ろう!

はじめてのデータベース.jpg 『Accessはじめてのデータベース―Access2003/2002/2000対応』 (2004/03 技術評論社)

db.bmp 電卓計算した数値を Word で入力していた人が、同じことが Excel で出来ることを知ったとき、「ああ、Excel は Word の100倍便利だ!」と思っても不思議ではありませんが、ある意味それは、Access と Excel の関係でも言えます。

 1つの数値を訂正するだけで、関連する100個の表の数値も一瞬にして直る―これを Excel でやろうとすると、使用関数やリンク設定を記憶しておく必要がある場合が多く、Access が使えれば「ああ、Access は Excel の100倍便利だ!」と思えることになるのでは。

 本書は、「住所録を作る」で終わっているように、入門の入門、基礎の基礎というべきレベルのものですが、データベースの概念について若干触れている点で、初学者には薦めやすいものです。

 この本のデータベース理論の解説も、ほんのサワリだけで充分とは言えませんが、世の中には、こうした話も端折って、テーブル、クエリ、フォーム、レポートの関係さえ充分に示さないまま、「さあ、テーブルを作ろう」みたいな感じで各論に入っていくマニュアル本が多く、学習者は今学んでいることの「意味」が判らず、マニュアルの最後まで辿りついた"奇特な"人だけが、「ああ、こういう関係性の中でのテーブル、クエリ、フォーム、レポートだったのか」と事態が飲み込める―だったら最初にそう言ってよ、と。

 データベースは(Accessd で作れるような一定レベルのものであれば)、仕事でそれを必要としている人がプレーンな状態から自分で作るのがベストで、外注先などとのプロジェクト作業で作成してもよいのですが、仕事の流れがよく判っていない人に丸投げしたばっかりに、使いづらいものを我慢して使用している(あるいは、更新しなくなり死んでいる)ケースも結構ありますネ。もったいない。

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「企画会議」に絞った内容。ビジネス会議にはもっといろいろな側面があるのでは。

会議革命 単行本.jpg会議革命会議革命.jpg会議革命 PHP文庫』 〔'04年〕 saito_takashi.jpg 齋藤 孝 氏 (略歴下記)

 会議を効率的に進めるヒントを10の法則にまとめています。
 「インスパイア・アイテムを用意する」とか「身体モードを切り替える」とか、著者らしい提案でいいと思いました。
 状況的になかなか出来ない面もあるかもしれませんが、念頭に置いておくと煮詰まったときの打開策になるかも。

070111.jpg さらに、会議を変えるための具体的方法を提示しています。
 ポジショニングにおいて、2人で共通の資料を頂点とした直角二等辺三角形をつくるというのはいいと思います。
 本書にもありますが、カウンセリングの実施場面などにおいても、まず椅子の位置を変えるというのがセオリー的にあります。
 「丸テーブル」方式というのも、集団面接の現場などでは、依然からよく採用されています。
 「キーワード・シート」にアイデアを(3色ボールペンを使って!)書き込んでいく「マッピング・コミュニケーション」というスタイルも、会議というよりは2人から3人の打ち合わせにおいて有効な手法ではないでしょうか。

 全体に、「企画会議」に絞った内容となっていますが、ビジネスの現場では、報告のための会議やコンセンサスを得るための会議も結構多く、そっちの方の効率の悪さに悩まされている人も多いのでは。
 著者の認識では、「報告会議」は本来の会議ではなく、「今日の会議は報告だけ」ということになれば出席率は下がるということのようですが、「企画会議」的なものは人任せで、「報告会議」にだけ出てくるタイプの人もいるでしょう。
 そういう人が、結構思いつきでものを言ったりする...。

 【2004年文庫化[PHP文庫]】
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齋藤 孝 (明治大学文学部教授)
1960年、静岡生まれ。
東京大学法学部卒業。東京大学大学院教育学研究科学校教育学専攻博士課程等を経て現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。

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「ブログ」隆盛の今日においては"鮮度落ち"の内容か。

ホームページにオフィスを作る.gifホームページにオフィスを作る』光文社新書 〔'01年〕2000logo.gif「野口悠紀雄Online」

 本書の肝は、第2章の冒頭にある「ホームページは自分だけが使うつもりで作るとよい」ということです。
 本書が刊行された時点('01年)では画期的な提唱でしたが、「ブログ」隆盛の今日においては、根底部分ではすでに多くの人が実践しているものとなっています(本書を読んで「ブログ」を始めたという人もいるかと思いますが)。

 もちろん第3章の「ノグラボ」「野口悠紀雄Online」に見る、利用者とのイントラクションなどの有効な活用方法は今読んでも示唆に富むものですが、誰もがすぐにできて、かつ同じ効果が期待できるというものでもありません。
 むしろやや自己宣伝的で、一般読者への落とし込みが充分なされていない分、著者の『「超」整理法』シリーズなどと比べ不親切さを感じました。

 『「超」整理法』シリーズ1〜3('93年・'95年・'99年/中公新書)を読んだ流れで本書を手にしましたが、どの本においても著者の先見性を感じるとともに(そのことは認めます)、近著から順番に賞味期限が切れていくのではないかという皮肉な思いがしました。

 本書も、現時点での有効性で評価するのはちょっとキツイかもしれません。
 「ホームページは自分だけが使うつもりで作るとよい」という発想の先駆性に対して星1つプラスしたつもりですが、自分のホームページの宣伝的であることに対して(この手の本は他にも結構あるが)星1つマイナス、といったところでしょうか。

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「わからない」を前提にした自分の方法を探るべきだと。回りくどかった。

「わからない」という方法.jpg 『「わからない」という方法』 集英社新書 〔'01年〕

 著者によれば、20世紀は知識を得ることで何でも答えが出ると思われた「わかる」が当然の時代だったのに対し、21世紀は「わからない」を前提とした時代であり、正解を手に入れさえすれば問題はたちどころに解決すると信じられた時代は終わったのであって、そのような「信仰」は幻想に過ぎないということが明らかになった今、「わからない」を前提にした自分なりの方法を探るべきであると。

 自分の直感を信じ、それに従って突き進むのが著者の言う「わからない」という方法ですが、それには、「俺、なんにもわかんないもんねー」と正面から強行突破する「天を行く方法」と、「わかんない、わかんない」とぼやきながら愚直に失敗を繰り返し、持久力だけで問題を解決する「地を這う方法」があり、著者は実際の自分の仕事がどのような方法でなされたかを例をあげて説明しています。

 『桃尻語訳 枕草子』などの仕事は後者の例で、「わからない」を方法化していく過程が説明されていますが、この人、基本的には「地を這う方法」なのではないか、と思いつつも、全体を通しての著者独特の"回りくどさ"もあり、自分がどれだけ「わからない」という方法に近づけたかやや心もとない感じです。
 「自分の無能を認めて許せよ」という啓蒙的メッセージだけは強く受け止めたつもりですが...。

 '05年に『乱世を生きる-市場原理は嘘かもしれない』(集英社新書)が出た時に、『「わからない」という方法』、『上司は思いつきでものを言う』に続く"橋本治流ビジネス書の待望の第3弾!"とあり、ああこれらはやっぱりビジネス書だったんだなあと...。

 前半部分「企画書社会のウソと本当」の部分で、「企画書の根本は意外性と確実性」だと喝破しており、「確実性」とはもっともらしさであるということを、「管理職のピラミッド」の中にいる「上司」の思考行動パターンへの対処策として述べていて、この辺りは『上司は思いつきでものを言う』への前振りになっているなあと思いました。

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情報環境の急速な変化とともに読み方が変わらざるを得ない本。

「超」整理法 3.jpg 『「超」整理法〈3〉』 中公新書 〔'99年〕 「超」整理法 2.jpg 『「超」整理法2 捨てる技術』 中公文庫

 『「超」整理法』('93年/中公新書)からのシリーズ第3弾ですが、中公文庫版の方では本書が『「超」整理法2』となっているように、『「超」整理法』の「押し出しファイリング」論の続編のような内容です。
 
070112.jpg 「押し出しファイリング」で溜まってきた情報を捨てるノウハウとして、"とりあえず捨てる仕組み"である「バッファー・ボックス」を提唱しています。さらに「バッファー・ボックス」には、「受入れバッファー」と「廃棄バッファー」があると。
 本書の提案の中核である「廃棄バッファー」は、PCの「ごみ箱」にあたるとしていますが、多分、そのPCの「ごみ箱」から逆発想したのではないでしょうか。
 しかし以前は「ポケット一つの原則」を提唱していたのに、どんどんボックスが階層化してくるのは仕方ないことなのでしょうか。

 この本の通りやると、ボックス(箱)だらけになることはある程度覚悟する必要があるのではという気もしますし、個人で仕事している人などで、実際にそうなっている人もいます。
 でも、サーバーやハードディスクにある電子情報がマスターで、紙情報は大体の所在がわかればいいという人も多い。
 そうした人の中には、「本」についてもPC内に書庫データベースを持てば同様だと言い切る人もいます。
 著者のように、大量の蔵書や学生レポートなどを扱う大学教授などはそうはいかないのかも知れませんが...。
 
 本書は'99年の刊行ですが、すでに(著者の予見通り)PCの(ハードディスクの)"大容量時代"を迎え、情報環境が当時と変わってしまった部分もかなりあると思いました。

 【2003年文庫化[中公文庫(『「超」整理法2』)]】

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時代を感じる部分もあれば、今もって得るところがある部分もある。

「超」整理法 続.jpg続「超」整理法・時間編―タイム・マネジメントの新技法』中公新書 〔95年〕 「超」整理法3.jpg 『「超」整理法3―タイム・マネジメント』中公文庫

 前著『「超」整理法』(中公新書)が'93年、本書が'95年の刊行ですが、やはり前著の「押し出しファイリング」というのはある意味強烈だったなあと。
 それに比べると本書は、タイムマネジメント全般を扱っていて、「押し出しファイリング」の復習みたいな章もあり、やや焦点が定まっていない印象を受けます。
070100.jpg 
 だだ、時間管理を軸とした仕事の進め方についての指摘などには鋭いものがあります。「中断しない時間帯を確保する」など。
 でも、実際の問題は、それができる状況かどうかということも大きいのではないでしょうか。「TO DOリストの作成」然りです(ん?これは意志力の問題かナ)。

 電子メールに関する当時としては慧眼だったその便利さの指摘も、今や誰もが当然のように享受しています。
 むしろ、ファックスの「受信紙にメモして送り返す」などの利用法は、今もって使える(だだし、電子メールでも同じことはできる)。
 
 また電話を「問題だらけの連絡手段」とこき下ろしていて、終章で携帯電話を使用する際のマナーの社会的ルールを確立せよと言っているのも、電車内で携帯電話を使うビジネスマンのCMが流れていた当時のことを考えると先駆的だったのかも知れません。

 【2003年文庫化[中公文庫(『「超」整理法3―タイム・マネジメント』)]】

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特に個人ワーカー、主婦などには最も適した整理法ではないか。

「超」整理法.jpg「超」整理法 』 中公新書 〔'93年〕 「超」整理法 1.jpg 中公文庫  野口 悠紀雄.jpg 野口悠紀雄 氏

 本書の刊行は'93年ですから随分前のことになりますが、刊行後10年を経て'03年に文庫化されたりもしており、ロングセラーと言ってよいかと思います。

 本書での提言の核は、何と言っても「押しだしファイリング」でしょう。
 書類を内容別に分類して格納するのではなく時間順に並べてしまう方式で、これは、内容に沿って分類して置き場所を決める「図書館方式」と対照を成すものであり、「整理」というとすぐにこの「図書館方式」や「五十音方式」を思い浮かべてしまいがちな人には、「分類する」という考え方自体から脱却したこのやり方は、発想のコペルニクス的転換を促すものでした。

 その他にも、電話を使うことよりも、パソコンで作成した文書をプリントアウトせずに電信ファックスする方法を推奨したりしていて、これなどは今で言う「仕事の連絡は電子メールで」という考え方と同じで、著者の先見性を窺わせるものでした。

 ただし本書にもあるように、「押しだしファイリング」は"個人用"であり、「時間順」という検索キーは個人の記憶に基づくものであるため、会社の一部署などで情報を共有する場合は、この方法では困難が生じるだろうと。

 個人的にも、電子ファイリングにおいてこの方式を採用してますが(ファイル名の冒頭にすべて作成年月日を入れるなどして)、ある時点で自分以外の人と情報共有することになったりすると「あのファイルはどこにありますか」といつも聞かれることに...。

 読み返して、この"留意点"を再認識した以外には特に新たな発見もなかったのですが、まだ読んでいない人には、今読んでもそれなりに示唆が得られる、そうした普遍性はあるのではないでしょうか。
 特に個人ワーカー、主婦などには最も適した整理法だと思います。

 【2003年文庫化[中公文庫]】

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まず「人と問題を切り離す」というところから、意識して始めるべきか。

『ハーバード流交渉術』.jpg  ハーバード.jpg Getting to Yes Negotiating Agreement Without Giving in.jpg
ハーバード流交渉術 (1982年)』/『ハーバード流交渉術』1998年改訂版/"Getting to Yes: Negotiating Agreement Without Giving in"

 日本人の場合、「交渉」というとすぐに「権謀術数」とか「手練手管」という言葉を思い浮かべ、交渉問題そのものよりも相手の性格や立場のことを考えがちではないでしょうか。

 本書は特に日本人向けに書かれたものではありませんが、ここに示されている交渉の戦術は、そうした日本的な交渉とは対照的で、要約すれば、
 1.人と問題を切り離せ
 2.立場でなく利害に焦点を合わせよ
 3.複数の選択肢を用意せよ
 4.客観的基準を強調せよ

 ということになります。
 これらの戦術をどう実践するかが平易かつ説得力をもって書かれていて、理論と実例のバランスもとれているように思えます(こうした書き方も含めて実に"アメリカ的"な本)。

070113.jpg 「以心伝心」とか「阿吽の呼吸」のようなものにすがることなく、自分の考えをロジックで通していく、多民族国家の根底にある「ディベート文化」を感じました。
 ただし、相手を叩きのめすということではなく、"お互いの"問題解決とその後の良好な関係維持のための交渉であるという目的意識がはっきりしているのがいいです。

 原著"Getting to Yes: Negotiating Agreement Without Giving in"は'81年刊行という"古典"ですが、ハーバード大に交渉学研究所があって、当時所長であった著者は国防省のコンサルタントもしており、その理論は中東和平交渉などでも応用されているというから恐れ入ります。
 その後、"Getting Together: Building a Relationship That Gets to Yes"(『続 ハーバード流交渉術―よりよい人間関係を築くために』('89年/TBSブリタニカ))、"Getting Past No: Negotiating Your Way from Confrontation to Cooperation"(『決定版 ハーバード流"NO"と言わせない交渉術』('00年/三笠書房))と続編が出ているところをみると、アメリカでも結構売れた?

 最後の方では、「相手の方が強い時」、「相手が話に乗ってこない時」、「相手が汚い手口を使ってきた時」などの対処法も書かれていたりして、通して読んで損はないですが、まず「人と問題を切り離す」というところから、今までより意識して始めるべきでしょうか。

 【1989年文庫化[知的生きかた文庫]/1998年単行本改訂[TBSブリタニカ]】

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自分の “粗製濫造”商品(いわゆる「堀江本」)が自分の首を絞める…。

儲け方入門.jpg 『儲け方入門〜100億稼ぐ思考法』 (2005/03 PHP研究所) 100億稼ぐ仕事術.jpg 『100億稼ぐ仕事術 (SB文庫)

 本書は、'04年のライブドアによる球団買収騒動と'05年のテレビ局買収騒動の間に書かれたもので、'03年11月に『100億稼ぐ仕事術』(ソフトバンククリエイティブ)を出して以来9冊目の「堀江本」、既にやや粗製濫造気味ではありました。
 著者はその後も衆院選に立候補するなどし、経済や社会、政治の既成の概念や風潮に風穴を開けた面はあるかと思いますが、ライブドア事件を経て、かつて書店に平積みされた「堀江本」もその面影は無く、図書館にでも行かないと見つからないないとか…。
 
 著者の経営、ビジネス、ファイナンスなどについての考え方自体はそれなりに筋が通っている部分もあったと思い、“事件”を起こしたから書いてあることも全部ダメというのもどうかなあと。
 ただし特別に斬新なわけでもなく、また、成功したから言える面もあるし、(後日明らかになりますが)人に言えないこともいっぱいやっているだろうし、ベンチャーにはいいが、既存の企業にはどうかというものもあります。 
 
 でも当時のホリエモンの“固定客”にはそれで充分だったのかもしれませず、同時に彼らがライブドアの個人株主にもなっていたわけですが、企業にはびこる老害や無意味なヒエラルキーを小気味よく斬っていく様は心地よく感じられるでしょう。
 ファンには、本書が最も言いたいことがよく語られていると好評だったようです。

 ただ、知名度が上がって「ホリエモンってどんな人」と思って読む読者が増えると、「お金で買えないものはない。(中略)女心だって買える」というような表現は、社会的責任のある企業経営者としてどうなのという反発も出て当然で、選挙に出てこの点を突っ込まれ、「部分をとりあげての批判をしないで、ちゃんと僕の本を読んでください」と言ってましたが―。
 
 しかしこの本には、稼げない人は元々その能力が無いのだから、最初から高望みするなというようなことも書いてあり、まさに「勝ち組」支配の論理で貫かれていて、「能力の無い人は天才に食わせてもらえばいい」と書いてあっても、それについての具体的施策を述べている箇所はなく、これでよく選挙に立候補したなあと。

 結局、選挙戦の途中で、「本の内容についてはコメントしない」という方針へ方向転換しています。
 そうせざるを得なかったのでしょうが、こうした細かい“変節”も、その後の逮捕事件などの衝撃が大きかったために、やがて忘れ去られてしまうでしょう。 

 彼は、著書(=自分)に対する固定的なファンの反応が、世の中の大方の反応ではないかと勘違いしていた面があったのかも。

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斎藤氏自身のメッセージを込めたビジネス啓蒙書とみていいのでは。

座右のゲーテ.jpg 『座右のゲーテ -壁に突き当たったとき開く本』 光文社新書 〔'04年〕

 これを機に『ゲーテとの対話』(岩波文庫で3分冊、約1200ページあります)を読む人がいれば、その人にとっては“ゲーテ入門者”ということになるかも知れませんが、本文中に「ビジネスマンこそ、自分の資本は何かということを問われる」などとあるように、基本的には斎藤氏自身のメッセージを込めたビジネス啓蒙書とみていいのでは。
 仕事術、処世術から氏の専門である身体論、教育論、さらに人生論まで幅広いです。

 ゲーテは常に偉大なものに対しては素直だったそうですが、斎藤氏もそうあろうとしているのでしょうか。
 教養主義を過去のものとする風潮に対する氏の考えには共感できる部分もあるのですが、大芸術家や文豪から、スポーツ選手、歌手、漫画家まで、多方面から引いてきた“いい話”が満載で、誰でもこの人のヒーローになっちゃうのかな、という感じもしました。

 個々にはナルホドと思う箇所もありました。「豊かなものとの距離」の章で、憧れの対象と付かず離れずの距離を置くことを説いていることに納得!
 ゲーテはシェイクピアの作品との付き合い方を「年1回」という言い方で、「適当にしておけ」と言っているそうです。
 著者自身の経験からか、藤沢周平の作品の読み易さをから、そこにハマって他のものを読まなくなると、世界が広がらなくなるとも言っています。

 ただし、変に固まってしまうことを戒めると同時に大人になり切れないことの弊害を説くというように、「すべてを語って何も語らず」みたいな感じもして、文章自体が平易でスラスラ読める分、読後の印象がやや薄いものになった気がします。

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「人望」を得ようとするその「心根」が部下に嫌われるのではないだろうか。

「人望」とはスキルである.jpg  『「人望」とはスキルである』 カッパ・ブックス 〔'03年〕

 「人望=スキル」であるならば、人事考課の要素に「人望」というものがあってもおかしくないでしょう。測定可能なはずだから。
 実際には測定困難であるにしても、業績評価は別として、管理職登用に際して「品格」や「識見」を考課要素に入れている企業はあります。いわゆるヒューマン・スキルの1つとして。
 ただし、習熟やトレーニングによって高められるのは、「品格」や「識見」であって、「人望」はそれに付随するものであるはず(ただし、両者の間に不確定要素がいっぱい入るわけですが)。
 そうすると「人望=スキル」というのは、かなりユニークな論ではないか―。

 そう思って本書を手にしたところ、何のことはない、「人望」は「スキル」で磨くことができるということを言っているに過ぎないことがすぐにわかりました(この段階でも「人望」という言葉を「品格」や「識見」と誤って使っているわけですが)。

 内容的には、上司が部下を「ほめる」「しかる」「動かす」「励ます」といった際の基本的なテクニックを説いたコーチングの本と言えるかと思いますが、ケーススタディごとにわかりやすく解説されていて、実際この本は結構売れたようです。
 
 しかし、とり上げられている事例があまりにパターン化されたもので、部下に対するお気楽な性善説的見方は、現場を外からしか見ることがない「心理屋さん」のものという気がしました。
 コーチング・テキストとしても組織心理学の本としてもやや底が浅く、いわゆる「ビジネス一般書」レベルだと感じました。
 
 とにかく、部下は、組織目標に向かって自分が働きやすくしてくれる上司についていくのであって、上司本人が「人望」を得るためにする行為については、その「心根」を嫌うのが普通ではないかと思うのですが、最初の用語の定義でひかかってしまった自分の読み方が、やや斜に構えたものになってしまったのかも知れません。

 【2007年文庫化〔 ソフトバンク クリエイティブ 〕】

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〈映画〉から〈海〉へ、〈カリブ海〉から〈地中海〉へ。プロジェクの交渉過程やディズニーのこだわりがわかり、興味深い。

海を超える想像力.jpg 『海を超える想像力―東京ディズニーリゾート誕生の物語』 (2003/03 講談社)

 オリエンタルランド(OLC)社長が語るディズニーリゾートの誕生まで、さらに誕生後20年の歴史で、巨大プロジェクトがどういう形で進行したのかということだけでなく、「顧客満足」を念頭に置いたディズニーの〈細部へのこだわり〉がわかるという点でも面白かったです。

 '60年の会社設立当時は、浦安沖埋立て事業が当面の仕事で(だから社名に"ランド"と付いている)、そこに商業・住宅・レジャー施設を誘致して活用しようという漠たる計画しか無かったわけで、その時にディズニーランド誘致を構想した高橋政知という人がやはりスゴイ。

 開業後も「テーマパークは生き物であり、進化を止めたとき老化が始まる」と言う通り、様々なプロジェクトが常に生起しているのがわかり、著者が社長となり陣頭指揮したディズニーシー開業の秘話は興味深く、とりわけ、ライセンシーのOLCとライセンサーのディズニーの交渉過程は、外国人と交渉することがあるビジネスパーソンなどには参考になる部分が多いのでないでしょうか。

1-3.jpg 「第2パーク」構想でディズニー側が最初に示したプランは、MGM(映画)だったんですね。でも、日本人は米国人ほど映画文化に執着は無く、そこで〈シー(海)〉になったとのこと。
 〈シー〉と決まってからも、相手(米国本社側)はシーと言えば〈カリブ海〉をイメージしているけれど、日本人が憧憬を抱くのはむしろ〈地中海〉であって、結局「メディタレーニアン(地中海)ハ―パー」ということになったとか、入り口の巨大アイコンも、米国側は当初〈灯台〉を想定していたけれど、それだと日本から見るとウェットな世界になってしまうので(「喜びも悲しみも幾歳月」の世界?)結局〈地球〉になったとか―、そうした文化的修正の過程も興味深いです。

 〈シー〉や〈イクスピアリ〉にどれだけOLC側の独自姿勢が生かされているかと宣伝気味の嫌いはあり、著者が経済同友会の副代表にもなったように経営は一定の安定期にあるかと思いますが、まだ投資負債は残っているはずで、さらに大衆に近いビジネスだけに利用者サイドからも毀誉褒貶はあります(個人的にも、平日に関わらず、ポップコーンを買うだけで30分以上も並ぶような状況は何とかして欲しい!)。
 
 とは言え、そうしたことを抜きにして、プロジェクト物語としてよく纏まっていて(ライターがいい?)、〈シー〉開業前に亡くなったランド設立の立役者・高橋氏の遺体を乗せた霊柩車が夜のパーク内に入っていく最後のところには、ちょっとグッときました。

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こんな人に"分相応"を説かれたくはないなあ、という気もしてしまう。

年収300万円時代を生き抜く経済学.jpg
年収300万円時代を生き抜く経済学 給料半減が現実化する社会で「豊かな」ライフスタイルを確立する!』['03年/光文社]

 冒頭で小泉内閣の経済政策を批判し、デフレへの対応を誤ったゆえに雇用創出にも失敗し、失業の拡大を招いたとしています。
 デフレは止まらず、このままでは日本に新たな階級社会が作られ、所得は3階層に分かれると。

 つまり、1億円以上稼ぐ一部の金持ちと年収300万円くらいのサラリーマンと年収100万円台のフリーター的労働者に。最初の大金持ちになれるのは1%ぐらいしかいないから、金持ちになる幻想は捨てて、なんとか真ん中の年収300万円の層に留まり、その中でどう生きるべきかを考えよと。
 アメリカンドリーム的な成功を目指して必死で働くよりも、ヨーロッパの一般市民階級のように人生を楽しむことを優先せよと、発想の転換を促しています。

 これは大企業などに長年勤め、すでに子どもの教育も持ち家のローン終わり、なおかつ一定の蓄えがあり、老後の公的年金や上乗せとしての企業年金が保証されている人ならば納得するかもしれませんが、不況やリストラで年収300万円を稼ぐのも大変な立場にいる人にとってはどうでしょうか。

 アルゼンチンの楽天的な国民性をあげ、都道府県別の自殺率と失業率の逆相関を「ラテン指数」と名付けたりしていますが(沖縄県が最も高い)、最後は気の持ちようみたいな結論は、著者自身のお気楽な精神論にすぎないのではないかとも思えます。

 自分は車を外車からカローラにし、その後軽自動車に変えたとか言っても、一方で、本書がベストセラーになるや「年収300万円時代」とタイトルに入った本を何冊も書いている―(誰かが計算してたが、本書の印税だけで軽く3千万円を超えるとか)。
 こんな人に"分相応"を説かれたくはないなあ、という気もしてしまいます。

 大体、『〈非婚〉のすすめ』('97年/講談社現代新書)などという本を書きながら、自分はしっかり結婚している、そういう人なので、書いてあることにあまり踊らされない方がいいかも。

 【2005年新版文庫化[知恵の森文庫]】

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キャスト・細部への配慮・こだわりが顧客満足へ。楽しく読めて感動も。

ディズニー7つの法則.gif  Walt Disney World.jpg
ディズニー7つの法則―奇跡の成功を生み出した「感動」の企業理念』 ['97年/日経BP社]

Disney World Characters.jpg 「顧客満足」コンサルタントによる本書は、「ディズニーのために書かれたものではない」ということですが、読みやすい小説仕立て、各方面5人のビジネス人男女が、ディズニー・ワールドの探検ツアーを通してその成功の秘密を体感していく様が描かれています。

 来園者を〈ゲスト〉、従業員を〈キャスト〉と呼ぶディズニーの経営姿勢が、どういった形でテーマパークに生かされているかがよくわかり、「顧客満足」とは何かということをテーマとした本ですが、ビジネス全般に通じる示唆を含んでいて、また読み物として感動させられる箇所も多くありました。
 
 ディズニー・ワールドには行ったことはないけれど東京ディズニー・リゾートは定期的に家族と訪れていて、"順番待ち担当"の身にどうしても目につくのは〈キャスト〉の仕事ぶりで、いつもスゴイなあと思って見ています。
 「全員がゴミを拾う」ことが〈キャスト〉に徹底しているのはよく知られているところですが、「金箔」の話など、テーマパークの「細部へのこだわり」が新たにわかり、利用者の立場から読んでも興味深く楽しいものです。 

かうれミッキー.jpg そして、それらが〈ゲスト〉のためだけでなく、むしろ〈キャスト〉へ向けてのメッセージであるという点が、個人的には最も興味深く思われ("隠れミッキー"なども元は内輪受けからスタートしているようです)、そうした配慮やこだわりが、結果的には〈ゲスト〉の満足度にもつながっていくのだということがよくわかりました。

 原題はタイトルが"Inside The Magic Kingdom"、サブタイトルが"Seven Keys to Disney's Success"で、こちらの方が自分にはしっくりきました。
 邦題は「7つの法則(Seven Keys to Disney's Success)」の方が本題にきているためにセミナー本っぽい感じがしますが、セミナー本としても使えるように「7つの法則」に纏めているのであり、まず読み物として読んで、感動した部分があれば自らの心に刻むようにすればいいのではないかと思います。

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ボードの一員としてその場にいるような臨場感。コーラ戦争は終わっていない。

20040529.jpg           The Other Guy Blinked.jpg  enrico_sm.jpg Roger A. Enrico, PepsiCo
コーラ戦争に勝った!』 新潮文庫 〔'87年〕/"The Other Guy Blinked: How Pepsi Won the Cola Wars"

 後にペプシコ社会長となるロジャー・エンリコは、コーラ業界において、'70年代から激しさを増して「コーラ戦争」とまで呼ばれたコカ・コーラとの覇権争いの最中にペプシコ社社長に就任しますが、本書は彼が、その挑戦意欲・決断力とリーダーシップ、さらには徹底したマーティング戦 略により、シェアの奪回を果たした過程が描かれています。

 今もって示唆に富む内容ですが、翻訳がいいのか(常盤新平氏訳)、読んでいて自分がペプシコのボードの一員としてその場にいるような臨場感があり、読み物としても楽しめました。

 本書冒頭にあるように、敗れたコカ・コーラ社は方針転換し、'85年に〈ニュー・コーク〉を発表しますがこれは不評に終わり、僅か90日で元の味に戻しています(ただし、素早い決断をしたゴイズエタ会長は、後にその素早さゆえに名経営者と言われた)。

Pepsi Michael.jpg マイケル・ジャクソンのCM起用が本書終盤のヤマで、契約を結ぶことが出来た時点でエンリコはペプシの勝利を確信したフシがありますが、当時のマイケルは、大衆の好悪が割れるようなキャラクターイメージではなく、圧倒的スーパースターだったということでしょう(今でもポップス・ファンにとってスーパースターであることには違いないが)。

 CMによるイメージ戦略の威力は、コーラ以上に味そのものの識別が微妙なビールの業界における、アサヒスーパードライの成功を想起させます(飲料商品というのは多分にイメージ商品なのです)。

ペプシネックス.jpg 日本でのシェアは圧倒的にコカ・コーラの方が勝っているので、その点では本書の内容は少しピンとこない部分もあるかも知れません。
 その後ペプシコは、日本での事業をサントリーに売却していますが、マーケティングやR&Dと原液供給はアメリカ本社主導で行う〈ボトリングシステム〉を維持していました。
 しかし日本でのシェアの伸び悩みは続き、ついに〈完全ボトリングシステム〉の方針を変更し、サントリー主導で開発した日本向けブランド「ペプシネックス」を'06年に発売しています。 
    
 「コーラ戦争」はまだまだ続いているという感じです。

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保守的で内向きなGM役員の中で、異彩を放った競争心と挑戦意欲。

晴れた日にはGMが見える.jpg  J・パトリック・ライト「晴れた日にはGMが見える」.jpg On a Clear Day You Can See General Motors.jpg ジョン・デロリアン.jpg ジョン・Z(ザッカリー)・デロリアン
晴れた日にはGMが見える』新潮文庫/日本語訳単行本/原著(ハードカバー)
 
バック・トゥ・ザ・フューチャー デロリアン.jpgバック・トゥ・ザ・フューチャー.jpgデロリアン.jpgDMC‐12
 スティーヴン・スピルバーグ製作総指揮の映画「バック・トウ・ザ・フューチャー」('85年/米)(監督はロバート・ゼメキス)は、ストーリーはお決まりのパターン、予定調和でしたが、50年代の音楽・ファッションがふんだんに盛り込まれていて、SFXも楽しめるというエンタテイメントに徹した、テンポのいい娯楽作品でした。
 あの映画でお馴染みのクルマと言えば「DMC‐12」(通称"デロリアン")ですが、本書はそのデロリアンを開発したジョン・デロリアン(1925-2005/享年80)の話で、彼がGM史上最年少で役員になりながらも、経営陣と対立して同社を辞すまでが描かれています(本書はライターを使ってますが、彼自身は後に、GM退職後の「DMC‐12」開発のことなども含めた自筆自伝を書いています)。

 暴露本とも言え、その分、経営書と言うよりはビジネス書、ビジネス書と言うよりは小説のように面白く読めます。
 私企業でも大きくなると役所と変わらぬ官僚主義が横行することがよくわかり、それに驚き、怒り、呆れるデロリアン氏に共感しますが、彼自身も自分の考えを通す上で強引過ぎる点は無かったのかという疑問も湧き、この点でアメリカでも本書に対する評価は割れるようです。
 それでも、大企業の役員が保守的で内向きな視点しか持てない傾向に陥りがちなのがよくわかって興味深く、これは'70年代のGM社内の話ですが、今でも実際にGMは大企業病に喘いでいるわけです。

アイアコッカ.jpgアイアコッカ―わが闘魂の経営』 ['85年/ダイヤモンド社]    TUCKER.jpg

 フォード社で社長を務めながらもオ-ナー一族と対立し、クライスラー社の社長に転じたリー・アイアコッカと比べると、アメリカの自動車メーカーのトップクラスで異彩を放つ人物が持つ競争心と挑戦意欲に富んだ気質という点では似ていますが、デロリアンはアイアコッカ以上にクルマづくりそのものにこだわった感じがします。
 

タッカー・トーペード
TUCKER 1988.jpgTucker '48 Torpedo.jpg むしろこの人、フランシス・F・コッポラ 監督の映画「タッカー」('88年/米)(製作総指揮ジョージ・ルーカス)のモデルにもなったブレストン・タッカーに近いかも。
 ブレストン・タッカーは軍需工場を経営していましたが、来るべき現代にふさわしい新しい新車の設計、開発を自ら計画し、1945年に「タッカー・トーペード」という自動車を生産します。
 最終的には、こうした彼の動きに警戒感を抱いたGMなどの「ビッグ3」に潰されてしまうものの、独力でクルマの生産まで漕ぎつけるところが、いかにも起業家という感じで、しかも今時流行のITとかではなくクルマづくりである点を考えてもスゴイ。
 但し、この「タッカー・トーペード」は50台しか生産されませんでした(映画では現存する47台が愛好家の全面協力により使われた)。一方、デロリアンの手による「DMC‐12」は約9,000台生産されています。

 しかし独立後のデロリアンは、ジウジアローのような超一流デザイナーとの出会いはありましたが、本田宗一郎を補佐した藤沢武夫のような経営補佐に恵まれませんでした。
 そのことは、本書を読んで窺える彼の性格からも何となく感じられ、会社も倒産し、'05年に80歳でひっそりと亡くなりました(でも、デロリアンの名は残った!)。

新宿スカラ座 (新宿スカラ1・2・3) 2007(平成19)年2月8日閉館
バック・トゥ・ザ・フューチャー チラシ.jpg新宿スカラ座.jpgスカラ座.jpg「バック・トゥ・ザ・フューチャー」●原題:BACK TO THE FUTURE●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ゼメキス●製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ/キャスリーン・ケネディ/フランク・マーシャル●製作:ボブ・ゲイル/ニール・カントン●脚本:ロバート・ゼメキス/ボブ・ゲイル●撮影:ディーン・カンディ●音楽:アラン・シルヴェストリ●時間:116分●出演:マイケル・J・フォックス/クリストファー・ロイド/リー・トンプソン/クリスピン・グローヴァー●日本公開:1985/12●配給:UIP●最初に観た場所:新宿スカラ座(85-12-07) (評価★★★)

タッカー (1988).jpg「タッカー」●原題:TUCKER●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:フランシス・フォード・コッポラ●製作:フレッド・ルース/フレッド・フックス●製作総指揮:ジョージ・ルーカス●脚本 アーノルド・シュルマン/ディビッド・セイドラー●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:ジョー・ジャクソン●時間:111分●出演:ジェフ・ブリッジス/ジョアン・アレン/マーティン・ランドー/フレデリック・フォレスト/マコ岩松●日本公開:1988/10●配給:東宝東和 (評価★★★☆)

 【1986年文庫化[新潮文庫]】

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短時間でビジョン、ミッション、バリューなどの概念整理はできるが...。

組織変革のビジョン.jpg  『組織変革のビジョン』 光文社新書 〔'04年〕 金井壽宏.jpg 金井壽宏 氏 (略歴下記)

 大学教授であり、教育研修コンサルタントでもある著者によって書かれた本書は、働く個々人に対し「ビジョン」、「ミッション」、「バリュー」を創ることで、生きていく方向性や指針が見つかるとし、とりわけビジョニング(自分自身のマイビジョンを創ること)が自己改革をもたらすと説いていますが、併せて、企業を活性化するためには「組織ビジョン」と「個人ビジョン」の相乗効果が大切であると言っていて、組織論の書としても読めます。

 「経営理念」の重要性というのがわかっていても、企業によっては額縁に入れて飾ってあるだけで形骸化していたりして、何でも横文字が良いというわけではありませんが、自社の「ビジョン」「ミッション」「バリュー」はそれぞれ何であるかという切り口で改めて問い直してみるということも、創造的組織改革への道筋を探る上で無駄ではないと思います。

 「ビジョン」は長期のもの、「ミッション」は短期のもの、「バリュー」は現状からビジョンへ至る過程での価値観・行動規範であるという概念区分がスッキリしていてわかりやすく、リーダーシップ論などのマネジメント理論も紹介されています。

 短時間で概念整理するには良い本だと思いますが、最終章の組織メンバーがCOEになったつもりで組織変革を考える「バーチャルCEO」 や「忌憚のない議論が大切」といった提案部分が、独自性が弱かったり(ジュニア・ボードという手法は以前からあります)、抽象的だったりするのがやや物足りなかったです(基本的にはやはり個々人に向けた啓蒙書という感じでしょうか)。

《読書MEMO》
●ジョン・P・コッター『リーダーシップ論』でマネジメントよりリーダーシップが大事、コーチングによる組織活性化が必要(56p)
 ★コッターのリーダーシップの定義...①方向設定 ②人的連携 ③動機付けと鼓舞
●ジェームズ・C・コリンズ『ビジョナリーカンパニー』 成功の鍵はビジョン(110p)
●好き嫌いチャートと強み弱みチャート(116p)
●ルイス・ガースナー(ナビスコ会長→IBMのCEO)『巨象も踊る』 顧客志向へ変革(149p)

_________________________________________________
金井壽宏 (神戸大学大学院経営学研究科教授)
1954年生まれ。兵庫県神戸市出身。京都大学教育学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学でPh.D(マネジメント)、神戸大学で博士(経営学)を取得。現在はリーダーシップ、モティベーション、キャリア・ダイナミクスなどのテーマを中心に、個人の創造性を生かす組織・管理のあり方について研究。

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短時間でビジョン、ミッション、バリューなどの概念整理はできるが...。

ビジョニング.jpgビジョニング―あなたのビジョンは今、組織で活きていますか。』('04年/日経BPクリエーティブ)

VisionMissionValues.jpg 教育研修コンサルタントによって書かれた本書は、働く個々人に対し「ビジョン」、「ミッション」、「バリュー」を創ることで、生きていく方向性や指針が見つかるとし、とりわけビジョニング(自分自身のマイビジョンを創ること)が自己改革をもたらすと説いていますが、併せて、企業を活性化するためには「組織ビジョン」と「個人ビジョン」の相乗効果が大切であると言っていて、組織論の書としても読めます。

 「経営理念」の重要性というのがわかっていても、企業によっては額縁に入れて飾ってあるだけで形骸化していたりして、何でも横文字が良いというわけではありませんが、自社の「ビジョン」「ミッション」「バリュー」はそれぞれ何であるかという切り口で改めて問い直してみるということも、創造的組織改革への道筋を探る上で無駄ではないと思います。

 「ビジョン」は長期のもの、「ミッション」は短期のもの、「バリュー」は現状からビジョンへ至る過程での価値観・行動規範であるという概念区分がスッキリしていてわかりやすく、リーダーシップ論などのマネジメント理論も紹介されています。

 短時間で概念整理するには良い本だと思いますが、最終章の組織メンバーがCOEになったつもりで組織変革を考える「バーチャルCEO」 や「忌憚のない議論が大切」といった提案部分が、独自性が弱かったり(ジュニア・ボードという手法は以前からあります)、抽象的だったりするのがやや物足りなかったです(基本的にはやはり個々人に向けた啓蒙書という感じでしょうか)。

《読書MEMO》
●ジョン・P・コッター『リーダーシップ論』でマネジメントよりリーダーシップが大事、コーチングによる組織活性化が必要(56p)
 ★コッターのリーダーシップの定義...①方向設定 ②人的連携 ③動機付けと鼓舞
●ジェームズ・C・コリンズ『ビジョナリーカンパニー』 成功の鍵はビジョン(110p)
●好き嫌いチャートと強み弱みチャート(116p)
●ルイス・ガースナー(ナビスコ会長→IBMのCEO)『巨象も踊る』 顧客志向へ変革(149p)

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企業に見られる組織心理のダイナミズムを解き明かしてはいるが...。

ホンネで動かす組織論.jpg  『ホンネで動かす組織論』 ちくま新書 〔'04年〕 photo_ota.jpg 太田 肇 氏

 本書は3部構成になっていて、第1部「なぜ、やる気がでないのか」、第2部「ホンネの抑圧が組織を滅ぼす」において企業や組織におけるタテマエとホンネの乖離とその弊害を説き、第3部で「ホンネからの組織づくり」、つまり旧来の「全社一丸」的な"直接統合"ではなく、「個人が組織の一員でありながら、組織と同じ目標を追求する必要はない」という"間接統合"の考え方を提唱しています。

 組織における人の行動や人間関係についてのさまざまな事例やエピソードには非常に頷かされるものが多く、著者が一般企業などで見られる組織心理のダイナミズムに精通していることがわかります(さすがサラリーマン経験者!)。
 
 一方、提案部分の方は、「内発的動機づけ」(高橋伸夫『虚妄の成果主義』などでも強調されていましたが)など仕事の「面白さ」を重視しすぎるのを戒め、むしろ「目立ちたい」といった承認願望など「健全な利己心」をベースに動機づけを図ることを提唱しています。

 全体を通して読みやすくスラスラと読めてしまいますが、「タテマエ・ホンネ論」というのは意外と、どこまでがタテマエでどこまでがホンネなのかわかりにくく、またタテマエがすべて弊害とは言い切れない部分もあり、その点本書は、やや問題を単純化しすぎた「タテマエ・ホンネ論」になっているのも否めないのではないかと思いました。

《読書MEMO》
●いかに会社に貢献するかよりも、いかに自分が評価されるかが関心事(48p)
●有給休暇の権利を行使しないことは、サービス残業と同じように、やる気をアピールする手段になる。(54p)
●やる気をみせるためのファザード(演技)は組織にとっても社員にとっても有害でこそあれ何の価値も無い、一種の病理現象(中略)。演技を続けるうちにタテマエがホンネに近づくという奇妙な現象が起きている(57p)
●いくら会社が情報を共有するように呼びかけても、その価値に見合う対価が得られない限り、積極的に情報を出そうとはしなくなる。(67p)
●私用を優先させたければ、仕事上の理由を装うことが必要になる。(94p)
●「私」より「公」が優先される組織では、個人はホンネを隠そうとする(98p)
●タテマエの行使を控える会社や管理者に対し、社員は協力的な姿勢や打算を超えた貢献によって報いようとする。(120p)

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「組織心理学」から「組織論」、「文化社会学」的な話へと展開。

上司は思いつきでものを言う.jpg  『上司は思いつきでものを言う』 集英社新書 〔'04年〕 橋本 治.jpg 橋本 治 氏 (略歴下記)

 このタイトルに、誰もが自分の会社のことだと思うのではないでしょうか。著者独特のやや回りくどい言い回しも、本書に関しては「そうだ、そうだ」というカタルシスの方が勝り、それほど気になりませんでした。

 「埴輪の製造販売」会社での会議の例え話で、「埋葬品でなく美術品としての埴輪を」という部下の提案に対し、上司の「いっそ、ウチもコンビニをやろう」というトンチンカン発言に会社の決定が靡いていく様は、企業の中にある「ありふれた不条理」をうまく描いていると思いました。

 著者によれば、結局、上司とは現場という"故郷"を離れ、管理職という"都会"に住む先輩で、田舎の青年団の後輩(部下)が持ってきた村おこしプラン(企画)に対し、故郷をバカにしている先輩はアラ探しをし、故郷を愛し過ぎている先輩は、自分も青年団の一員になったような錯覚に陥り、いずれの場合も「思いつきでものを言う」のであると。

 「組織心理学」の話かと思い読み進むと、日本の会社の下から上への流れがない組織的特徴を指摘する「組織論」そのものの話になり、さらに中国から伝わった儒教が日本的変容を遂げて、官僚や企業組織の中にどのように反映されたかという、「文化社会学」的な話になってきます。
 
 確かに本書については、前書きにサラリーマン社会の欠点を書こうとしたとあるように、そのあたりが著者の最も言いたかったことなのかも知れませんが、こうした歴史文化論的分析に対しては、賛否が割れるとかも知れません。

 一方、こうした困った上司への対処法としては、その場で「ええーっ」と呆れればいいと。
 個人的には、このやり方自体にさほど現実味を感じず(実践している人はいるかも知れないが)、これらも含めて、そういう下からの声が無さ過ぎるのだという著者の批判の一形態としてこれを捉えた次第です。
_________________________________________________
橋本 治(はしもと おさむ)
1948年、東京生まれ。作家。東京大学文学部国文科卒。77年『桃尻娘』で講談社小説現代新人賞佳作受賞。以後、小説、評論、戯曲、古典現代語訳、エッセイ、芝居の演出等で幅広い創作活動を続ける。主な著作に『江戸にフランス革命を!』『窯変源氏物語』『ひらがな日本美術史』等。『宗教なんかこわくない!』で第9回新潮学芸賞、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で第1回小林秀雄賞を受賞している。

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目新しさは少ないが、組織腐敗のメカニズムを旨く解き明かしている。

組織戦略の考え方.jpg 『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』 ちくま新書 〔'03年〕 沼上 幹 (ぬまがみ つよし).jpg 沼上 幹 (ぬまがみ つよし)氏 (一橋大教授)

 硬そうなタイトルですが、ビジネス誌「プレジデント」に連載したエッセイがベースになっていて、文章が平易でスラスラ読めます。
 冒頭で「組織設計の基本は官僚制である」と言っているのが、組織はフラットな方がいいという昨今の通説に対峙して一見ユニークですが、読めばある意味至極当然のことに気づきます。
 組織論の入門書としてよく紹介される本で、体系的に整理されているわけではありませんが、書かれていること1つ1つの内容はオーソドックスです(目新しさは少ないとも言えるかも)。
 マズローの欲求階層説について、自己実現欲求もさることながら、承認・尊厳欲求の充足が大切だということなども、かなり以前から一般に指摘されていることです。

image2.jpg むしろ、組織にいる人に働く組織心理の傾向の分析や説明には、誰もが思い当たるものが多くあるのではないかと思われます(まるで企業小説のように書かれていて、しかも現実味がある!)。
 
 組織腐敗のメカニズムをうまく解き明かし、一応はその診断と処方も提示しているので、自分が関わっている組織の問題に引きつけて読むことができれば、問題解決の方向性やヒントが見えてくるかもしれず、それだけ本書を読む価値は出てくるかと思います。

《読書MEMO》
●組織構造自体は何も解決しない(62p)ムチャクチャな組織に問題があるとしても、組織変革すれば全面的に問題が解決するわけではない(62p)
●(マズローの欲求段階説について)自己実現欲求の追求という方向が美しく、安上がりであるゆえに、多くの人がそこに目を奪われ、所属・愛情欲求や承認・尊厳欲求などを忘れてしまう(87p)
●エリートとノン・エリートの間に、当たり前のことを当たり前に黙々と処理してくれる信頼できる中間層がいないとエリート・システムもうまく機能しない(120p)
●全方位全面戦争型の戦略計画などは、何も考えていない、何も決めていない明確な徴候(132p)
●「厄介者の権力」...育ちの良い優等生の「大人」たちが組織内で多数になると、厄介者の言うことがかなり理不尽であっても、組織として通してしまう場合が出てくる(144p)
●「バランス感覚のある宦官」...(スキャンダルで)密告者が権力を握るのではない。根性のない優等生たちが恐怖にとらわれ、その恐怖心を気持ちよく解消する「美しい言い訳」を創り上げる宦官が権力を握る(171p)
●「キツネの権力」...公組織と業者という二つの世界をつなぐ唯一の橋であることを権力基盤とした、トラの威を借る「キツネの権力」が生み出される。天下った人が二つの組織の間をいろいろかき回す。(201p)

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Energy(情熱)、Energize(元気づけ)、Edge(決断力)、Execute(実行力)。

ジャック・ウェルチ リーダーシップ4つの条件.jpg  『ジャック・ウェルチ リーダーシップ4つの条件』 (2005/11 プレジデント社)

 本書は、ウェルチのリーダーシップ論の成り立ち及び展開と、それに沿って彼がGEで行った経営改革や人材育成戦略について、識者の評価を交えながら紹介し、またそのDNAを受け継いだ経営者たちはどうであったかが書かれています。

 彼の言う「リーダーシップ4条件」とは、Energy(エネルギーまたは情熱)、Energize(元気づける)、Edge(決断力)、Execute(実行力)」ですが、CEO就任当時は頭脳、心、ガッツという原初モデルだったというのが面白い(ウェルチ自身としては整合性のとれたものだったが、人に伝わりにくかった?)。

Four Types of Managers.png また、マネジャーを、タイプA(右図1)「価値観に忠実で成果を上げる」、タイプB(右図2)「価値観に忠実だが必ずしも成果を上げるとは限らない」、タイプC(右図4)「価値観に忠実ではないが成果を上げる可能性がある」の3タイプに分け、タイプBやCをタイプAに変身させるのは困難で、試みる価値もなく、将来的にはよその企業へ押し付けるべき人材だとしています。

From General Electric's year 2000 annual report.

 これも1種の原初モデルで、後にもっとわかり易いマトリックス型人材モデル(右図)として提示していますが、例えば、本書の中でも述べられている、「差別化とは、極端であることだ。最も優れた者に報酬を与え、無能な者を排除する」といった成果主義や、「トップ20%、活力のある70%、底辺10%」という選別主義の考え方の基となっているように思えました。 

 有名な「ナンバー1、ナンバー2」戦略がドラッカーの影響を受けたものであることは知られていますが、「企業にカリスマは不要である」という考え方でもドラッカーと一致し、"カリスマ性"よりも"情熱"を重んじたというのは興味深いです。
 個人的には、日本人の情緒的指向性としては、競争に価値を置く"情熱家"よりも、なんとなく共存を図る "カリスマ"の方へ向かいやすく、日本版ウェルチが誕生しにくい原因になっているのかも、と思った次第です。
 
 翻訳モノの"ウェルチ本"は少なからずどれも、彼の自伝『ジャック・ウェルチ わが経営』('01年/日本経済新聞社)と被ってしまう傾向にあり(その"絶賛"姿勢も含め)、本書も本としては悪くはないのですが、もう少し「華々しい結果」より「苦労したプロセス」について書いて欲しかった気もします。

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若い読者への啓蒙書? 物足りない内容で、浮つきムード、パクリ感も。

脱カリスマ時代のリーダー論.jpg  『脱カリスマ時代のリーダー論 NTT出版ライブラリーレゾナント011』 (2005/06 NTT出版ライブラリーレゾナント)

 著者は一橋大学イノベーション研究センターの教授で、その著書や講演は比較的若い人に人気があうようでが、本書も「誰でもリーダーになれる」という考え方で貫かれていて、【第4章 ベンチャーにおけるリーダー】とあるところなどからも、起業などを目指す若い読者を対象にした啓蒙書という感じでしょうか。

 リーダーは別にカリスマである必要は無く、リーダーシップは勉強すれば身につくものであり、必要なものは〈ビジョン構築能力〉、〈目標設定能力〉、〈組織設計能力〉、〈制度設計能力〉の4つである―という“持論”を軸に、様々なビジネスリーダーの決断や行動を紹介しながら論を進めています【第1章 戦略としてのリーダーシップ】。
 さらに、「変革することこそリーダーの役割」であり【第2章 イノベーション・リーダー】、「部下はリーダーの“顧客”である」と考え、部下のデータを集めて部下とのコミュニケーションを図り、ミッションを刷り込むことでモチベーションを向上させよと【第3章 データベース・リーダーシップ】。

 「経理や総務にも成果がある」(42p)など部分的には共感する箇所もあり、人材マネジメントやキャリアに関する諸理論なども紹介されてはいるもののさほど目新しさは無く、中間管理職なども読者層として想定しているようですが、ある程度ビジネスキャリアがある人には物足りない内容です。
 有名経営者などの話を随所にちりばめ、「スローラーナーやアンカンファタブルな人材」「ディメンション・シフトのフェーズによってフレキシブルに…」(225p)などカタカナ用語を多用しているのも、むしろ浮ついた感じがします。

 リーダーシップは必要だが、カリスマ的リーダーは不要であると言ったのはピーター・ドラッカーで、その考えに共感し「エッジ」ということを強調したのはジャック・ウェルチですが、文中にその名は出てこず、多少経営書を読んでいる人ならば、本書がタイトルから中身まで“パクリ”の連続であるという印象は払拭できないのではないでしょうか。

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色眼鏡で部下を見がちな「失敗おぜん立て」上司に自省を促す書?

よい上司ほど部下をダメにする.jpg 『よい上司ほど部下をダメにする』 〔'05年〕 The Set-Up-To-Fail Syndrome.jpg The Set-Up-to-Fail Syndrome: How Good Managers Cause Great People to Fail (Hardcover)

 原題は“The Set-Up-To-Fail Syndrome”で、本文では「失敗おぜん立て症候群」と訳されていますが、この方がタイトルよりも内容を端的に表しているかと思います。

 つまり、マネージャー(上司)というものは部下に対してレッテルを貼りがちで、いったん「できない部下」というレッテルを貼ると、部下の自信を平気で傷つけたり余計なアドバイスをしたりし、また頻繁に報告を求め、細かいチェックを入れるため、ますますその部下のヤル気を削ぎ、自主性を抑えてしまいがちであり、いわば「失敗のおぜん立て」をしているようなものであるという、その1点に絞って本書は書かれています。

  「できない部下」に悩まされながらもどこかで「できないままでいて欲しい」という願望があり、自分が下してきた評価をいまさら変えたくないので、たまにいいことをしても認めようとしないなどの鋭い見方も示されていて、多くの管理者が読んで冷や汗をかく部分もあるかもしれません。

 確かに「できない部下」をそのままにしておくことは、これからの人材難の時代に業務効率に多大のマイナスを及ぼすに違いないと思います。
 本書で示されている解決の方法は、やはりコミュニケーションを密にするということで、このあたりにはあまり目新しさは感じませんが、言いたいことは「よい上司」より「尊敬される上司」になれ(メンターを志向せよ)ということでしょうか。
 事例が数多くとり上げられているので、過去の経験を想起しつつ、自分に言い聞かせるように熟読すれば、上司にとってそれなりの自己変革(自省)効果はあるかも(そのためには先ず謙虚にならなければ)。

 アメリカで80年代から今日まで数多く書かれている組織心理学の本のような印象を受けますが、この本を書いているのはフランスの経営大学院の教授らで、こういうテーマのもとに事例を集めて論理的に整理していくところはやはり欧米的な感じがします。
 上司が色眼鏡で部下を見てしまいがちなものであるということは、日本も含め万国共通なんだなあという感想を持ちました。

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読みたい人が読めばいい本で、人に押しつけて読ませる本ではない。

上司が「鬼」とならねば部下は動かず.jpg 『上司が「鬼」とならねば部下は動かず―強い上司、強い部下を作る、31の黄金律

 単行本は'00年の刊行ですが、発売当初ベストセラーになり、'04年には"「新潮文庫」入り"を果たしています。
 タイトルはキツイけれども、言っていることは、部下に甘い上司はダメだということもさることながら、上司は会社のことを常に考えろとか、変化を嫌ってはいけないとか、「対部下」よりも「対自分」の話が結構多いです。

 上司は命令者であり、優れた上司とは優れた命令を出すことの出来る人であり、優れた命令とは、言語明瞭で、内容に過不足なく、論理的相手を納得させるものであると。
 おっしゃるとおりですが、階層化された日本の企業で、管理職が単独で即断できることというのは、ある程度限られているのではという気もします。

 上司としての威厳さえあれば、やさしい口調で命令しても、部下は従うと...。
 上司の威厳って何?と思わず突っ込みたくなります。
 結局のところ"硬軟取り揃え"で、帰結するところが"精神論"だったりして、社長に無理やりこの本を読まさせられた幹部とかは、かえって混乱するかもと、少し意地悪く考えたりもしました。

 コーチングという観点から見れば、あまりに旧来の上司・部下という概念に囚われ過ぎていている感じがしましたが、著者がこのシリーズの近著で、「社員道」というものを「武士道」に模して説いているのを見ると、「ああ、むべなるかな」という感じです。
 
 ところどころ良いことも書いてあり、書かれていることを全否定するつもりはないけれど、読みたい人が読めばいい本で、人に押しつけて読ませる類の本ではないと思います。

 【2004年文庫化[新潮文庫]】

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リーダーシップとマネジメントは別、組織変革を促すのは前者だと指摘。

コッター.jpg 『リーダーシップ論―いま何をすべきか』 (1999/12 ダイヤモンド社)  whatleadersdo.jpg John P. Kotter on What Leaders Really Do (Harvard Business Review Book)

Executive Leadership Skills.bmp リーダーシップ論のバイブルとまで言われている本ですが、本書の要諦は序章にまとめられていて、つまり、リーダーシップとマネジメントは別物であり、 
 「マネジメントの仕事は、計画と予算を策定し、階層を活用して職務遂行に必要な人脈を構築し、コントロールによって任務をまっとうすること」 
 であるのに対し、 
 「リーダーとしての仕事は、ビジョンと戦略をつくりあげ、複雑ではあるが同じベクトルを持つ人脈を背景とした実行力を築き、社員のやる気を引き出すことでビジョンと戦略を遂行することである」ということです(25p)。
 
 著者は本書で、リーダーシップの新しいスタイルを述べているのではなく、リーダーシップの普遍的性質を解き明かそうとしているのですが、その1つに、マネジメントがオフィシャルな組織ラインを通じて実行されるのものであるのに対し、リーダーシップはインフォーマルな人的ネットワークを構築して組織に働きかけるものであると言っています。 

 これは著者が有能とされるゼネラル・マネジャーに対するインタビューと実地調査をまとめた『ザ・ゼネラル・マネジャー』('82年発表)で、その行動特性としての「人的ネットワーク構築」を指摘していたことと符合します(本書の最終章に同趣旨の要約あり)。
 
 実際に組織を動かす人は、マネジメントとリーダーの仕事の両方をこなすわけですが、組織を変革しようとする際の原動力はリーダーシップにあり、変革が急がれる部門にマネジメント重視の管理者を置いても変革は進まないという著者の指摘は、経営者が社内ポストやプロジェクトへの人員配置を考える際のヒント乃至チェックポイントになるのではないでしょうか。

 個人的には、リーダーというのは素質的なものもあると思うのでが、著者は、リーダーは育成できるものだとしています(ただし、同時に不足しているとも言っている)。
 優れたリーダーというのはインフォーマルな人的ネットワークの構築ができ、そうした依存関係の中でパワーを発揮しているというのが著者の見方で、エンパワーメント(権限委譲)が次のリーダーを育成し、組織改革を促すという点は、大いに賛同するところです。
 
 本書の序章には、コッター教授の有名な「成果に導く組織変革の8段階」なども示されていますが、本書に書かれていることは何れも実地で生かされなければ意味が無いわけで、まずリーダーシップとマネジメントの違いを日常において意識することから始めてみてはどうでしょうか。

《読書メモ》 
●成果に導く組織変革の8段階
 第1段階:「危機意識を高める」
 第2段階:「変革推進チームをつくる」
 第3段階:「ビジョンと戦略を掲げる」
 第4段階:「ビジョンと戦略を周知徹底する」
 第5段階:「行動の障害を取り除く」
 第6段階:「短期的な成果を生みだす」
 第7段階:「さらなる変革を推進する」
 第8段階:「新しい文化を定着させる」 

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有能なゼネラル・マネジャーとは人的ネットワークの構築が上手い人?

ザ・ジェネラルマネジャー.JPG  ザ・ゼネラル・マネジャー.jpg  The General Managers.jpg John P. Kotter.jpg
ザ・ゼネラル・マネジャー―実力経営者の発想と行動 (1984年)』 『The General Managers』ペーパーバック版 John P. Kotter

 著者のジョン・コッターは、日本でもそのリーダーシップ論に関する著作などで知られるハーバード・ビジネススクールの組織行動論の教授ですが、本書は彼の邦訳された著作の中では比較的初期のもので(原著出版は'82年)、有能とされるゼネラル・マネジャー(GM)というものが、ビジネスの各場面においてどういった発想をし、行動をとっているのかを「精査」したものです。 

 様々な業種から15人のGMを選び、1人1人について、職歴・経歴・家族状況などは当然のことながら、どのような職業上の要求に応えることが求められるのか、パーソナリティや知識、対人関係はどうかなどをまず押さえたおいたうえで、職務への取り組み方はどうかをアジェンダ設定から時間の使い方まで、インタビューなどを通してこと細かく調べ、各人の間に見られる類似点や相似点を探っています。
 
 面白いのは、そうして得られた結果が、有能とされるGMの人物像というのが、難敵を次々と倒す「カウボーイ」でもなければ、MBA資格 を有する切れ者テクノラートでもなく、人的ネットワークの構築活動に長け、ある意味そうした依存関係の中で行動しているということです(出版当初はかなりの意外性があったかも知れません)。

 それにしても1人につき1ヶ月以上かけてこうしたフィールドリサーチをし、事実を積み上げて検証する、これがハーバード・ビジネススクール流であるというのが興味深いです。
 要するに極めて帰納法的で、後に展開される彼のリーダーシップ論も、現場の生身のリーダーをしっかり見てきた経験の上に語るから、説得力があるのでしょう。

 本書の翻訳には、後にキャリア行動を研究分野とする金井壽宏氏と、以降もコッターの著作に関わり続ける加護野忠夫氏の神戸大コンビが関わっていて(金井氏は当時まだ講師)、金井氏のずっと後の著書には、こうしたビジネス現場のフィールドリサーチを模したもの、例えば『仕事で「一皮むける」』('02年/光文社新書)などもあり、そうした点でも興味深かったです(本書の原著出版から20年後の話ですが、これが日米のこうした分野での研究の開きか)。

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「チーズはどこへ消えた?」の著者らによる寓話風ビジネス書のはしり。

1分間マネジャー.jpg1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』〔'83年〕 チーズはどこへ消えた.jpg スペンサー・ジョンソン 『チーズはどこへ消えた?』('00年/扶桑社)

人を動かす.jpg '80年代にアメリカで出版され始めた行動科学的なマネジメント書は、日本にも多く翻訳輸入されましたが、'83年に邦訳出版された本書は、そうした日本での翻訳本ブームの端緒となったものです。

 それまでもD・カーネギー『人を動かす』('58年/創元社)などのロングセラーはあり、要点が極めて端的に纏めてある点では本書も同じですが(共に3項目に纏めてある)、本書は「1分間」というキャッチや145ページという薄さ、内容が寓話風になっているところなどが目新しかったのではないでしょうか。

仕事は楽しいかね?.jpg かつてあるところに青年がいて、優れたマネジャーを探していた―みたいな設定は、その後も多くの本に模倣されたようです(デイル・ドーテン著『仕事は楽しいかね?』('01年/きこ書房)などもその類)。

 本書で言っているのは、部下マネジメントにおいて大切なのは、
 1.目標設定
 2.褒めること
 3.叱ること
 であり、褒めたり叱ったりするのは"人格"に対してではなく、相手の"行動"に対して行うべきだということではないかと思いますが、これが結構日本人の苦手とするところであり、逆に日本人にも受けた理由ではないかと思います。
 本書を「座右の書」とする人も多いようですが、少し皮肉っぽく考えると、自分が本書に書かれていることを守れないかも知れないという不安が常にどこかにあるから、「座右の書」となりうるのではないかと思ったりもします。

 ただ、そういう意味では、D・カーネギーの「人を動かす3原則」の方が、まだ「座右の銘」としてピンと来るものがあると言うか、個人的にはしっくりきました。

 著者のK・プランチャード(心理学者)とS・ジョンソン(精神医学者)はその後も「1分間シリーズ」を続々と出し続け(「1分間ファザー」「1分間マザー」っていうのもありました)、『チーズはどこへ消えた?』(S・ジョンソン著/'00年/扶桑社)に至っては動物まで登場させて、物語の寓意を検討するディスカッションまで入れた手とり足とりの解説ぶりですが、アメリカ人ってだんだん子どもみたいになってきているのではと思いきや、日本でもこの「チーズ」本は結構売れました。

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「敵対的M&A」=「悪いM&A」ということにはならないと。

会社の値段.jpg 『会社の値段』 ちくま新書 〔'06年〕 森生 明.jpg 森生 明 氏 (株)M・R・O代表取締役

 著者は、ハーバード・ロースクールで学び、外資系投資銀行などでM&A業務経験を持つM&Aアドバイザーで、企業価値評価の理論と実践について書いた『MBAバリュエーション』('01年/日経BP社)という著書もある人。

 本書でも企業価値の具体的な算定方法に触れていて、前著に至る入門書ともとれますが、特徴的なのは、なぜ「会社に値段をつけるのか」という根源的問いを発し、「米国流」の〈株主至上主義〉の考え方の背景や本質を解説している点です。
 一方で、日本で使われている「企業価値」という言葉に該当する英語は無いとして、その曖昧さを指摘しており、ライブドアのニッポン放送株事件を実例に引いたこの辺りの説明はわかりやすいものでした。

 要するに日本では、誰にとっての「企業価値」なのかが曖昧であり、「すべてのステークホルダーにとっての企業価値」という日本的な表現を、著者は心情的には理解しながらも何も言っていないのと同じとし、ストレートに「株主価値」基準で「会社の値段」をきちんと算定すべきだというのがその主張で、そのことが社会・経済の混乱を防ぐことに繋がるのだと。

 「敵対的M&A」に対する日本企業や日本人の抵抗感は強いけれども、ハゲタカファンドが暗躍する背後には、市場原理がうまく機能していないという国家や銀行に責を帰すべき問題もあり、また、ライブドア事件などを見てもわかる通り、株式市場における適正な情報開示や投資家の成熟ということも大事であり、ファンドばかりが悪者ではないということでしょうか。

 著者の立場(企業買収のファシリテーター?)からすれば当然の論旨とも思え、また敵対的買収に対する防衛策を説いた他の本とは考え方も前提となる視座も異なるところですが、健全なM&Aとは本来は支配権の売買であって、経営者としての力量を競い合うのがM&Aの本質であり、「シナジー効果」など新たな価値を生むM&Aであれば、「敵対的M&A」だから悪いということにはならないということが、よくわかる本でした。

《読書MEMO》
●株式公開もM&Aも、会社を売るという意味では本質的に違いはない(15p)
●「企業価値を創造するのは、その企業活動に参加するすべての人である」という優等生的回答は何も解決しない(86p)→企業価値創造の担い手は経営者であり、その経営者の評価は株主や投資家が行う(90p)
●経営者は会社の値段を適正に反映した株価が市場でちゃんとつくように情報発信し、説明する努力を惜しむな(177p)

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一般社会人向けのM&Aの入門書として最適。刊行時の直近の話題も豊富。

これくらいは知っておきたい 図解でわかるM&A.jpg  『これくらいは知っておきたい>図解でわかるM&A』 (2005/07 日本実業出版社)

 本書は1項目を見開き2ページずつまとめ、右ページに必ず図解を配していますが、この図やイラストがそれぞれに本文内容のエッセ ンスをうまく表していて、理解の助けとなり、後で読み直すときも便利です。

livedoor_top02.jpg なぜM&Aが行われるかその目的を示し、狙われやすい会社や、買収が実際にどのように進められ防衛策はどのようなものがあるのかを、事例をあげながら解説しています。
 やはりライブドアとフジテレビを巡る話が、単独の事例としても、また様々な用語の解説の中にも多く出てきます。
 そうしたものをうまく解説に取り入れているので、一般書としてはかなり広い範囲を網羅しているにもかかわらず身近な感覚で読めるのも特長です。

 本書は'05年7月刊ですが、制御機器メーカーの「ニレコ」が計画していた新株予約権を活用したポイズン・ピル(毒薬条項)を裁判所が差し止めた('05年6月)といった本書出版直近の事例までカバーしていて、"時機"を捉えて発刊された本と言えます。

《読書MEMO》
●札束の脅迫、グリーンメール(114p)
●生え抜きがオーナー社長になるMBO(116p)
●相手のフンドシで相撲をとるLBO(118p)
●ポイズン・ピル(134p)
●企業を救うゴールデン・パラシュート、ティン・パラシュート(136p)
●白と黒の騎士、ホワイトナイト、ブラックナイト(138p)
●パックマン・ディフェンス(140p)
●焦土作戦、スコーチド・アース(142p)
●クラウン・ジュエル・ロックアップ(144p)
●サメよけ戦略、シャーク・リペラント(146p)
●株式の非公開、ゴーイング・プライベート(118p)
●委任状の争奪戦、プロキシ・ファイト(158p)

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面白さで言えば、ナビスコの事例が一番面白い。あとは通読でも。

企業合併.jpg  『企業合併』 文春新書 〔'01年〕 メガバンクの誤算.jpg  『メガバンクの誤算―銀行復活は可能か
 
 著者は元長銀執行役員で、放漫な経営陣を批判して銀行を辞し、コンサルタントに転じてた人で、 『メガバンクの誤算-銀行復活は可能か』('02年/中公新書)などの著書もあります。

 本書において、資本家や投資家の飽くなき欲望と、冷徹な資本の論理がぶつかり合うのが欧米の企業合併であるとすれば、日本のそれは、経営者の面子や旧財閥のしがらみ、行政の強引な介入などが絡んだ経済合理性の無い企業合併ばかりで、それでは経済の国際化がますます進むなかで、国際競争についてはいけなくなることを示唆しています。

 前半3章でRJRナビスコ、タイムワーナー、スイス銀行といった海外の合併事例を、後半3章で三井物産・三菱商事の大合同、海運大再編、新日鉄など国内の事例を取り上げています。
e0076461_1221590.jpg
 読んで面白いのは海外のもので、とりわけRJRナビスコの、〈経営陣によるMBO〉vs.〈投資顧問会社によるLBO〉の対決劇と、その後フィリップ・モリスに買収されるまでの顛末を追った第1章の「タバコとビスケット」は、スケールの大きさと逆転に次ぐ逆転劇で引き込まれるように読めます。
 
 LBO、ゴールデン・パラシュート、ベア・ハッグ、TOB、白馬の騎士といった要素がすべてこの章に盛り込まれていて、その用語が出てきたところで著者が簡潔な解説を挟んでいるため、今まであまりこうした用語に縁の無かった自分の頭にも、その意味がすんなり入ってきました。

 ただ、後半の日本の合併劇は、著者自身が言うように“あまりドラマがない”もので、その狙いもスケールメリットを図るという一本調子なものばかり。
 一応最後まで読みましたが、ナビスコの章だけじっくり読めば、あとは通読でよかったかも知れません。

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入門書としてならば「図解雑学M&A」クラスで充分だったかも。

M&Aの戦略と法務.jpgM & A の戦略と法務 (新版)(2005年版)』  M&A.jpg 『図解雑学M&A』(05年/ナツメ社)

 M&Aの実務を中心に解説したもので、自分のレベルが『図解雑学M&A』('00年/ナツメ社)という入門書と併読という感じで選んだぐらいのレベルだったので、本書はやや難しかったし、「戦略」といっても、経営戦略としては抽象的なもので、具体的に詳しく述べられているのは「法務の戦略」ではないかと思ったりして...。

 もちろん"法務の専門家ではない経営層や戦略部門にもわかりやすく"書いてあると言うように、M&Aの種類など丁寧に記されていますが、その先のノウハウについては、実際にM&Aの作業に入ると、法律や会計の専門家が担う部分がかなり含まれています。
 
 新聞・ニュースなどで対等合併と言われているものも、法的には吸収合併がほとんどだそうですが、M&Aの実態は百社百様で、名称で括り切れない部分も多々あるかと思います(その意味では本書はむしろ、参考書として自らが対峙しているケースに当てはまる部分だけをを読むという使い方になるのでは)。

 『M&Aの戦略と法務』も『図解雑学M&A』も共に、会社法改正に合わせて'05年に新版が出ていますが、企業内での法務の専門職ならばともかく、一般読者はまず「図解雑学シリーズ」クラスからのスタートでいいかも。

《読書MEMO》
●友好的M&Aの種類...①株式譲渡 ②新株引受 ③営業譲渡 ④合併
 ①〜③は原則として取締役会決議、④は加えて総会の特別決議(2/3以上)要
●新株引受の種類...①第三者割当増資 ②転換社債・ワラント債引き受け
●合併の種類...①新設合併 ②吸収合併

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内部告発と公益通報の違い。新法の条文内容を検証、問題点も指摘。

内部告発と公益通報.jpg  『内部告発と公益通報―会社のためか、社会のためか』 中公新書 〔'06年〕

 本書では、一般に言う〈内部告発〉と'06年4月施行の「公益通報者保護法」で言う〈公益通報〉は、どこが同じでどこが違うのかが、どのような場合が"保護"の対象になるのかなどが解説されています。

time.bmp 実際に起きた内部告発事件(エンロン・ワールドコム、牛肉偽装、警察公金不正流用、原発トラブル隠し、自動車クレーム隠しなど)の経緯が要領よく纏められていて、そうした事件を参照しながら、内部告発があった場合の企業側のとるべき対応手順などにも触れられています。

 また、今後はより微妙なケースも起きると考えられ、告発のための内部資料の持ち出しなどにおいて、「目的は手段を正当化するか」という難問が浮上することを示唆し、実際に企業側が報復手段としての懲戒処分を行い、懲戒の有効無効を争う裁判で、地裁と高裁でまったく逆の判決が出たケースなどが紹介されていて、この問題はなかなか難しいなあと思いました。
 さらにこれらを踏まえ、内部告発を行おうとする人への助言もなされています。

070114.jpg 「公益通報者保護法」は、通報先に優先順位(内部→行政機関→マスコミ等)が定められていて、保護対象も労働者に限られている(派遣労働者や取引先労働者も保護対象に含むが、取引先事業主などは含まない)ことなどから、内部告発を抑制するのではとの批判も多い法律ですが、著者は "公益"という前向きのネーミングを評価し、冷静に条文内容を検証してその意図を汲むとともに、曖昧部分などの問題点も指摘しています。

 著者は元労働基準監督官ですが、最後に、「日本の法律は守れるのか」という根本問題を、高速道路の制限速度やサービス残業を摘発する役所の残業の青天井ぶり(逆に残業しなくても残業代が"パー配分"されていたりもする)を例に提起し、もともとの法律が守れるかどうかの検証を欠いたコンプライアンスは成り立たないとしています。
 
 このことに関連して、現代社会には"義憤"需要のようなものがあり(また、それに応えるマスコミなどの義憤産業もある)、カタルシスのための義憤では内部告発も公益通報も単に義憤劇で終わってしまうと警告していて、大いに考えさせられました。

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企業のグローバル化とCSRの関係を指摘するなどした良書。

企業倫理をどう問うか.jpg 『企業倫理をどう問うか―グローバル化時代のCSR』 (2006/01 NHKブックス)

 本書は、「企業の社会的責任」とは何か、「CSR」とは何か、そしてそれが「企業倫理」とどう関係しているかを読者に理解してもらい、読者が「行動」を起こすことを期待して書かれた本であるとのことで、「企業倫理」という言葉そのものの(字義的)考察は本書内では敢えてしていない、と冒頭で断ってあります。

 しかし、新聞記事に見る「企業倫理」「企業の社会的責任」という言葉の使用頻度の過去推移分析がしてあり、それがなかなか興味深く、リクルート事件で「企業の社会的責任」という言葉の使われたのを最後に('88年)、その後の'90年代の企業不祥事では「企業倫理」という言葉が使われていて、それが'04年頃からそれに代わるように、また「企業の社会的責任」がよく使われているとのこと.。
 '90年代終わり頃から使われ始めた「コンプライアンス」という語に「企業倫理」が吸収されていったフシもあるとのことですが、その理由やそうした変遷を経ての言葉の意味合いの変化なども分析もされています。
 一方「CSR」の方も曖昧性を残す言葉ですが、発祥元の欧州ではボトムラインがきっちり定められているようです。

 サブタイトルには「グローバル化」という言葉もありますが、特にグローバル企業の労働搾取や環境破壊問題が広く指摘されていて、国際企業が独裁政権と商取引の上で手を組んで、結果として環境破壊や人権侵害に間接的に関与する形になっていたり、あるいは、有名スポーツブランドのサッカーボールが、発展途上国の児童労働によって生産されていたりする―こうしたことをチェックする動きが海外のNGOなどにはあり、倫理基準(「CSR」)に抵触する製造・流通過程を経た商品は安くても買わない、そうしたことが最初に述べた「行動」するということに繋がるということです。

 著者の真摯な問題意識に貫かれている良書ですが、海外の多国籍企業の問題に限らず、国内企業の「偽装請負」なども、まさに労働搾取との批判を避けて通れない問題ではないかと思いました。

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「●中公新書」の インデックッスへ 

コンプライアンス=「法令遵守」という訳語は不完全であると指摘。

コンプライアンスの考え方.jpg 『コンプライアンスの考え方―信頼される企業経営のために』 中公新書 〔'05年〕

 コンプライアンス=「法令遵守」、つまり「法令違反を犯さないこと」がコンプライアンスだと理解されがちですが、欧米で「コンプライアンス」と言えば、「法令遵守」だけでなく「企業倫理」も対象とするのが一般的であるとのこと。
 では「経営倫理」「企業倫理」とは何なのか、また「コーポレート・ガバナンス」「CSR」「リスク・マネジメント」といったものとはどういう関係にあるのかを解説し、さらに「コンプライアンス」への取り組み方や、どこから始めてどこまでやるべきかなどが書かれています。

 ただし全体としては、実務書と言うよりは、用語の定義的な話がかなりの比重を占め、これら外来語の背景にある法文化などにも触れていますが、何となく一般化した外来語が溢れる中、コンプライアンスの定義的位置づけを隣接概念と併せてを理解することも必要かと思われ、そうした意味では充実した解説がされている本です。

 「コンプライアンスは大事なこと」と理解しつつも、形式主義に陥ったり、意識教育がなされていないことで起きる事故や悲劇を例に挙げながら、コンプライアンス・プログラム(長期的な視野に立って会社の健全な活動を促すための総合的なプログラム)への主体的な取り組みを訴えています。

 自社に「コンプライアンス委員会」があるとすれば、まずメンバーがどのあたりまで「企業倫理」や「主体的取り組み」というものを意識しているか、「法令遵守」に汲々とし受身的になっていないか、本来のコンプライアンスの在り方との距離を測るうえでも、参考になるかと思います。

《読書MEMO》
●コンプライアンス=「法令遵守」という訳語は不完全、ややもすると誤ったとニュアンスを伝えてしまう危険性も(4p)
●「遵守」は最終的に個人→コンプライアンスの中心にあるのは「組織的な対応手法」(5p)
●コンプライアンスは法令だけでなく企業倫理(ビジネス・エシックス)も対象とする(7p)
●監査役がコンプライアンスの中心的な役割を担うと考えると、コンプライアンス・プログラムがカバーする領域が限定され、無理が生じる(監査役に業務執行権はなく、基本的には「適法性監査」をしていれば十分)(79p)
●コーポレート・ガバナンスの2つの狙い...1.コンプライアンス 2.経営パフォーマンス・業績向上(コーポレート・ガバナンスの一環としてコンプライアンスがある)(88p)
●CSR(corporate social responsibility)「企業の社会的責任」
・コンプライアンスもCSRも同じような価値観と狙いを持っている
・CSRはどちらかと言えば、ポジティブな目標を高く掲げ、「法的責任」よりも「社会的責任」に焦点をあてている(99p)。
● CSRは欧州でブーム、米国ではコンプライアンスが先行
● 法律の規制内容は何も変わっていないのに、その取締りが強化されるようになったものも少なくない(例えば、コンプライアンスの中で軽視されがちであった労働法の分野―サービス残業に対する塹壕手当の不払い解消に向けた厚生労働省の取り組み強化)(212p)

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人生論と「一般向け」の経営財務の話をミックスしたような感じ。

会社にお金が残らない本当の理由.jpg会社にお金が残らない本当の理由』 ['03年/フォレスト出版] 岡本吏郎氏.jpg 岡本 吏郎 氏(税理士)

 主に中小企業の経営者向けに書かれた本だと思いますが、タイトルの妙もあって?ベストセラーに。人生論と経営財務の話をミックスしたような感じなのも、広い読者層を得た一因かも。

 有名経営者などではなく、若手の税理士の人が書いているというのも興味を引きますが、その著者の姿勢が、生き方において節制的で堅実、経営指南においても、上っ面に惑わされず実をとるという感じなのが面白い。
 ポイントを絞ってわかりやすく書かれているため、財務部門以外にいる一般会社員にも気軽に読めて、これから起業しようとする人などにも参考になる部分はあるかと思います。

 むしろ、当の経営者や現場の経理担当者の多くは、本書に書かれていている、決算書の作為性、耐用年数の現実との不整合、社会保険料の重さなどは、日常的に肌身に感じているはずのことで、「よくぞ言ってくれた」みたいな感じはあるかも知れませんが、耐用年数問題でも、会計上と税務上で使い分ける手法などは、既に本書以上の知識は頭にあるのではないでしょうか。

 「合法的裏金」というような表現はいかがなものかと思いますが、役員の報酬や賞与については、中小企業(零細企業?)なりの考え方(=給与の中に貯蓄しておくという)を示していると思います。
 この本に関して言えば、著者が属する「成功法則」本を"量産"しているグループの人たちが書いたものの中では、相対的にはマトモな方だと思います。

《読書MEMO》
●税金を取るために「耐用年数」は長くなっている-果たして4年もパソコンを使う人がどこにいるか(117p)
●本当のかっぱらいは「社会保険」(123p)-半分を会社が負担してくれていると思っているが、その分確実に給料は安くなっている
●決算書に潜むゾンビ(127p)-代表は「固定資産」。建物の耐用年数20年は長すぎ(価値が無いのに償却が終わっていない資産がある)
●「役員報酬」は合法的裏金(185p)-給与所得控除を受けるメリット。

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臨場感満載の倒産ドキュメント。倒産を防ぐには銀行から借りない?

潰れない会社にするための12講座.jpg 『潰れない会社にするための12講座』 中公新書ラクレ 〔'02年〕

 前半部分の「倒産ドキュメント」が、企業小説のような臨場感に溢れ、面白かったです。
 著者の創業会社が上場会社の懐に入り、その上場会社が銀行の強制回収で破綻、創業会社も破産の憂き目に遭いますが、その際の銀行の身勝手な回収手口や債権者会議の様子などが、生々しく再現されています。

 一方で、現実を直視しないトップがいて、その能天気ぶり、無責任ぶりは漫画チックでもあり、全体としては“悲喜劇”の様相さえ呈していています(もちろん、著者の言うように一番の被疑者は社員であり債権者であって、それらの人にとっては許せない話でしょうが)。

 著者の奮闘で会社は何とか再建したものの、ここまでの記述は、ダメ社長と銀行に対する怨念に満ちていて、後半の「12講座」に入ってもやや怨念引き摺り気味で、一種のリベンジ・ファクターのようなものが、著者の経営コンサルタントとしてのモチベーションや自負に繋がっているのかも、と。

 かつて自分が出た起業セミナーで、ある“倒産社長”が、「倒産しない秘訣は銀行からお金を借りないこと」とやや冗談めかして言ってましたが、著者の考え方も同じで、「手形支払いゼロ、銀行借入ゼロ」を目指し、銀行支配から脱却をせよと―。これは、経営基盤の弱い中小零細企業などでは特に言えることかも知れません。

 著者は、そのための経営改革として、売り上げよりを利益重視し、経費を削減せよと説いています。
 数字を示していますが、この辺りは業態や会社規模によって異なってくるでしょうが、方向性としては低成長期にほとんどの企業が考えたことで、著者の想定する短期間での荒療治が必要な状況であれば、最後は本書にもあるとおり、どうしても人件費の問題になってくるのでしょう。

 思い切ったリストラができるか、正しい人材選別が可能か、といったことは、結局、トップの決断力から評価制度まで幅広く関連してくる問題で、うまくいかない会社というのはますます悪循環に陥るのだなあと、本書前半の話に思いが戻りました。

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マネジメントの観点からの「活用方法」に力点を置いた入門参考書。

超図解ビジネス キャッシュフロー戦略入門.jpg 『カラーでわかるキャッシュフロー戦略入門』 (2000/02 エクスメディア)

 本書は、「キャッシュフロー入門」というより、まさにタイトル通り、キャッシュフローを絡めた「会計戦略入門」という内容の本で、書かれたのが金融ビックバンから会計ビッグバンにかけての時期なので、特にそれらのこととの関連で、大競争時代のトータル・キャッシュフロー・マネジメントはどうあるべきか、という方向へ論旨が帰結するように構成されています。

 キャッシュフローの入門書は数多くあり、経理・財務部門でキャッシュフロー算定などを実務として行う人はそちらの方をとりあえず参照した方が良いと思いますが、経理・財務部門以外の人などで(経理・財務部門の人でもいいのですが)、キャッシュフローの背景や構造、それが何を表すか、なぜ重要なのかを知りたい人にとっては、最初の1冊としてお薦めできる入門参考書ではないかと思います。
 「作成方法」よりも、マネジメントの観点からの「活用方法」が書かれているとでも言うべきでしょうか。
 (最終章などはほとんど、例の〈スター〉〈問題児〉〈負け犬〉〈金のなる木〉の4つのセルから成る「PPM分析」との関係で述べられている。)

 「キャッシュフロー入門」の本に比べ「キャッシュフロー戦略」の本は、いきなり難解になるものが多いような気がしますが、この「超図解」シリーズは、もともと、エクセルやワードのマニュアル本を出しているシリーズです。
 本書の体裁もそれらに沿ったものであり、ふんだんに図表を用い、かつオールカラーで見開きごとに1テーマであるため、読みやすいものとなっています(少なくとも、入り込みやすい。これは入門書として大事なことではないでしょうか)。

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テキストとしてまとまっているが、もう少し面白いものを期待していた。

経営者の条件.jpg  『経営者の条件』 岩波新書 〔04年〕

 本書ではまず、経営者を「オーナー経営者」と「サラリーマン経営者(専門経営者)」に区分し、実事例を挙げながらその特質を分析しています。 
 そのうえで、経営者の役割や求められる能力を、学者や経営者の言説に基づいて示し、日本的組織の中で「専門経営者」が果たしてきた役割やその限界を考察しています。 
 さらに後段では、多発する経営不祥事に触れ、経営者と企業倫理の問題を考察しています。
 これらは、リクルート社の専務として、あの江副浩正という創業社長を「専門経営者」の立場から支えてきた著者ならではの流れであり考察であるかと思います。

 HRR(リクルートの人事測定事業社)の初代社長でもあるということで面白いものを期待しましたが、本題である「条件」等については、ドラッカー、P・コッター、ジャック・ウェルチなどの言っていることをそのまま引いていて、著者自身の独創があるわけではなかったのが残念でした。
  経営者能力のアセスメント手法(HRRのもの)の紹介などにその特徴が表れている程度です。 
 それでも、経営者の機能とは何かなどを再整理するうえでの“テキスト”としてのまとまりはあるかと思います。
 
 セゾングループやダイエーグループのオーナーの挫折と「専門経営者」の奮闘に触れていますが、そのあたりをもっとドラマチックに書いたら面白いかとも思うけれど、そうしたら「新書」ではなく「小説」になってしまうのかも。

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有名経営者の本などに読み進むには手頃な手引きになるかも。

ビジネスを変えた7人の知恵者.jpg  『ビジネスを変えた7人の知恵者』 (2003/12 角川書店)  What the Best Ceos Know.jpg "What the Best CEOs Know: 7 Exceptional Leaders And Their Lessons for Transforming Any Business"

 経済・経営ジャーナリストである著者によると、米国は'90年代終わりから'00年にかけてエンロン事件などの企業不祥事により、大物経営者というのが何か胡散臭いイメージで見られるようになり、あのジャック・ウェルチに対してさえも、不倫騒動や法外な退職金に対する批判があるとのことです。
 しかし、だからと言って、かつて企業の危機を乗り越えた天才的な経営者たちが残した変革の偉業まで否定するのは間違いで、彼らがどのように考え、ピンチをチャンスに変えたのか、その戦略的思考を今一度検証し整理してそこから学ぶというのが、本書の趣旨です(原題は"What the Best CEOs Know")。

 取り上げられている7人のCEO(本書出版時には、ほとんどがその職を辞している)は、
 1.デルコンピュータのマイケル・デル
 2.GEのジャック・ウェルチ
 3.IBMのルー・ガースナー
 4.インテルのアンディ・グローブ
 5.マイクロソフトのビル・ゲイツ
 6.サウスウエスト航空のハーブ・ケレハー
 7.ウォルマートのサム・ウォルトン
 ですが、例えばウェルチの場合は、真の学習する企業をつくることを目指し、そのためにどうしたかというように、それぞれの戦略的思考の特長的部分に的を絞って書かれています。

 マイケル・デルもルー・ガースナーも、企業文化を顧客志向に変えたことが大きな特徴であり、こうして見ると当然のことながら、彼らの戦略的思考には重なり合う部分も多い。
 そうした中で、サウスウエスト航空のハーブ・ケレハーの「第一の顧客として社員を厚遇する」というのは、すごく際立っているように思えました。

 全体として教科書のような構成で、各章に設問があり、こんな問題に直面したとき彼ならどうするかと問うていますが、それこそ正にそのCEOの直面した問題なので、本文を読んだ後ではある程度見えてしまう...(自社のことに引き付けて考えて欲しいという著者の意図という程度に見てよいのでは)。

 時間が無い人には便利な"要約本"ですが、1人当たりの紙数が限られているので"要約"され過ぎてしまっている感じもして、物足りなさがあります。
 ただ、今までその経営手腕の中身を知らなかった有名経営者の本などに読み進むには、手頃な手引きになるかも知れません。

《読書MEMO》
●卓越した7人のCEOの共通項(54p)
1.「外向き」志向の持ち主である
2.「伝道師の資質」をもつ
3.企業文化の重要性を認識している
4.次世代の商品、事業手法の開発や導入に取り組んでいる
5.すぐれたアイデアは誰が考えたものでも積極的に取り入れる
6.経営術の世界に新しい知見をもたらしている

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ドラッカーの著作に触れた人の復習用、初めての人の元本に至る橋渡しとして。

経営の哲学― ドラッカー名言集.jpg 『経営の哲学― ドラッカー名言集』 (2003/07 ダイヤモンド社)

 P・F・ドラッカー(1909‐2005)の著作から、その多くを翻訳してきた上田惇生氏が、「経営」についての言葉を選んで編集した名言集で、『仕事の哲学』、『変革の哲学』、『歴史の哲学』と合わせた4部シリーズのうちの1冊。
 米国などでも、ドラッカーの本で一番売れているのは、こうした「金言集」のようです。

 1ぺージに1つの抜粋で、少し贅沢ですが余白が多くて読みやすく、しかし一言一言は重いと思います。
 ドラッカーの著作に触れたことのある人の復習用としても使えますが、彼の著作を初めて読もうという人が、そのニュアンスや自分との相性を測るうえでも良いのではないのでしょうか。

 本書では、マネジメントの役割、事業の定義、戦略計画、コア・コンピタンス、顧客、マーケティング、イノベーション、生産性、利益、コスト、意思決定、目標管理、人のマネジメント、組織構造、社会的責任の15の章立てに沿って、200近い名言が紹介されていますが、やはり、総合経営書である『現代の経営(上・下)』('54年著作/'65年/ダイヤモンド社)『マネジメント-課題・責任・実践』('74年/ダイヤモンド社)からの抜粋で約半分を占めているようです。

 こうした年代を経た著作の言葉が生きているというのは、1つには物事の本質をついているということの表れであり、またもう1つには、経営学者の言葉と言うよりも、社会学者、心理学者、思想家の言葉のような普遍的性質を持っているからではないかと思います。

 とりあえず今は時間が無いという人にお薦めですが、ドラッカー初体験の人の場合は、元本(もとほん)の文脈の中で捉えないとわかりにくい要素もあるので、あくまでも元本に至る橋渡しの書として、予め位置づけておいた方が良いと思います。

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アグレッシブな経営文化。潔い不退転の姿勢。キャリアに伴う偶然性。

ウェルチにNOを突きつけた現場主義の経営学.jpg 『ウェルチにNOを突きつけた現場主義の経営学』 光文社新書 〔'03年〕

 ほとんど偶然に近いかたちでGEの日本法人に就職し、異例の出世で米国本社の副社長にまで昇りつめたものの、ジャック・ウェルチと事業部門の撤退を巡って対立し、個人で起業するに至った―という著者の自伝的経営論です。

 メーカーにおける「購買」という仕事の一端が窺えて興味深かったですが、それ以上に、こうした米国企業における個人の職域や専門性に対する考え方が、いかに日本企業と異なるかが著者の経験を通じてよくわかります。
 個人主義・実力主義であることには違いないが、部下を育てなければ次のステージにいけないなど、日本企業も学ぶ点は多いのではと思いました。

 ジャック・ウェルチに表象されるGEのアグレッシブな企業文化は有名ですが、経営陣もそうした経営文化に耐え得る“ウィナーズセンス”の持ち主でなければならず、その中にたまたま日本人である著者がいただけともとれます。
 「ウェルチにNOを突きつけた」と言っても、上司はウェルチであって、「NOを突きつけた」のはウェルチの方だろうと突っ込みたくもなりますが、常に何かあれば全責任を負う覚悟でいる著者の不退転の姿勢には、潔さが感じられ好感が持てます。

 GE退社後に「レーザーターンテーブル」(=針無しレコード再生機、値が張ります)の事業に賭ける話もさることながら、前段のGEに就職するまでの話はキャリアというものに偶然性がつきまとうことを示していて、読み物としても面白いものでした。

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出井氏の下、バリューチェーン・カンパニーを目指したソニーだったが...。

非連続の時代.jpg 『非連続の時代』 (2002/12 新潮社) 非連続の時代2.jpg 新潮文庫 〔'04年〕

 ソニーの社長だった著者が社長就任の'95年から'02年までの間に内外に向けて行ったスピーチを集めたものですが、それぞれに単なる挨拶や世相分析にとどまらず、しっかりしたメッセージ性があり、また「収穫逓増の法則」といった経営理論から「複雑系」などのアカデミックな内容も含まれていて、それらを噛み砕いて話す技量には感心させられます。

 テレビとPCは融合すると言ったビル・ゲイツの予測が外れた理由の考察(「30度の法則」に納得!)や「Qualia(クオリア)」の話(茂木健一郎氏に感化されすぎ?)などもあります。

 盛田昭夫氏はスピーチのときに原稿を見なかったそうですが、出井氏がどうしてかと問うと「人を口説くとき原稿を見ますか」と言われたとのこと。出井氏も原稿を見ないで、これだけの話をしたのだろうか。

 インターネット普及によるネットワーク社会の到来で、人と企業は自ずと変らなければならず、そのためには過去の経験や現状に囚われない新しい発想に基づく「非連続の改革」というものが欠かせないと言っています。

 個人的に興味深かったのは、GEを「ポートフォリオ・カンパニー」、ディズニーを「バリューチェーン・カンパニー」とし、ソニーは後者を目指すとしているところで、エレクトロニクス、ゲーム、コンテンツ(映画・音楽)をその核に置いていること(製品としてのVAIOのコンセプトなども見えてきます)。

  '99年の段階で携帯電話がタダで売られているのを見て従来型ものづくりの限界を知り、その背景にある通信事業も国際競争にさらされるなか、コンテンツビジネスを志向したのはわからなくもありません(MGM買収に見られるように、同じものづくりでも、ソフトウェア志向になった)。

 「オールソニーのシナジー効果の最大化」を図った...しかし、その結果、イノベーションの弱体化(ウォークマンがiPodにとって代わられるなど)を招いたのは皮肉。
 経営悪化に伴い、買収の赤字を補填していたのは旧来のビジネスであり、社内の上層部の体質は極めて内向きで、商売のやり方は杜撰な殿様商売だった...等々、内実が暴露されているようですが、著者が「賢人会議」で講演している間に、社内ではいろいろな不満がくすぶっていたのでしょうか(現実は理想どおりにはなかいかないものだなあ)。

 【2004年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●ジョン・コッターの「変革のための8つのステップ」の出井流アレンジ(19p)
1.危機意識の確立と共有
2.経営ビジョンの創造と伝達
3.アクションを起こすための強力なマネジメント体制の確立
4.具体的な目標設定
●「ポートフォリオ・カンパニー」と「バリューチェーン・カンパニー」(76p)
・ 「ポートフォリオ・カンパニー」...各ビジネスユニットが独立でビジネス展開し、成果を上げられないユニットは切り捨てるか他社へ売却
・ 「バリューチェーン・カンパニー」...それぞれのビジネスユニットが互いに密接な関係を持ってシナジー効果を高め合う

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「実直」で「分析的」なCEOが書いたIBM復活の物語。

巨象も踊る.jpg 『巨象も踊る』 (2002/12 日本経済新聞社) Who Says Elephants Can't Dance.jpg Louis Gerstner "Who Says Elephants Can't Dance?: How I Turned Around IBM"

 巨大企業IBMはかつて、パソコンのOSの支配権をマイクロソフトに、マイクロプロセッサーの支配権をインテルに委ねましたが、その後のパソコンの普及、企業情報システムのダウンサイジングなどにより、'90年代初頭にはそれらの新興企業とは対照的に、メインフレーム主体のその経営は悪化していました。
 にもかかわらず、社内には連帯感や危機感が薄く、いわば大企業病が蔓延していた―。

 そこへCEOとしてナビスコから来たのが情報産業の門外漢ルイス・ガースナーですが、彼がどのようにして大企業病からの脱却を図り、経営を安定させたかを、本書では専門ライターを使わずに自身が克明に述べています(原題は"Who Says Elephants Can't Dance?"-「踊る」ということをポジティブな意味で使っている)。
 
 基本的には、サービス主導モデル、ネットワーク主導モデルを確立するという戦略を立てるわけですが、顧客志向の企業体質に転換を図るうえで最も障壁だったのが「企業文化」をどう変えるかという問題であったと―。
 また、ネットワーク、eビジネスに対する考え方は、企業買収に極めて慎重でありながらもノーツを有するロータスに対しては買収に踏み切り、また(彼の退任後ですが)パソコン事業を中国企業に売却したことにも表れていているかと思います。

 個人的には、ジャック・ウェルチがアグレッシブで、インスピレーションの人という印象なのに対し、彼は派手さはありませんが実直で、コンサルタント出身らしく理知的・分析的であるという印象を持ちました。
 もちろん競合企業に対してはアグレッシブなのですが、それらのトップ、例えばビル・ゲイツなどに対しては、自分とは異質の人種と見ているようです。
 むしろ彼が最後の方で批難しているのは、ネットバブルとその崩壊を招いた投資銀行などです。
 でも彼はその後、カーライル・グループという世界最大級の投資顧問会社のトップに収まっている...。

《読書MEMO》
●わたしの経営哲学(抜粋)(42p)
・手続きによってではなく、原則によって管理する。
・われわれがやるべきことのすべてを決めるのは市場である。
・速く動く。間違えるとしても、動きが遅すぎたためのものより、速すぎたためのものがいい。
●報酬制度についての四つの主な変更(135p)
・ 均質性→差別化
・ 固定報酬→変動報酬
・ 内部ベンチマーク→外部ベンチマーク
・ 社員の権利→業績本位
● 成功を収めている経営者の三つの基本的な性格(288p)
・ 焦点を絞り込んでいる
・ 実行面で秀でている
・ 顔の見えるリーダーシップがすみずみまで行き渡っている
● マッキンゼーにいたころ、多数の企業を見てきて、「ビジョン」が「戦略」とおなじものだと考える経営者が多いのには驚いていた。(中略)ビジョンをまとめると、自信と安心感が生まれるが、これはじつはきわめて危険なことだ。(294-295p)
● わたしが一貫して確信している点だが、称号は個人ではなくポストにつくべきであり...(394-395p)

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マネジメントの総合書であり教科書であると同時に、質の高い啓蒙書。

ドラッカーマネジメント.jpg  『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』 〔'01年〕 抄訳マネジメント.jpg 『抄訳マネジメント―課題・責任・実践』 〔'75年〕

 P・F・ドラッカー(1909‐2005)の大著『マネジメント-課題・責任・実践』('74年/ダイヤモンド社)の「抄本」は、米国の大学やMBAコース、セミナーなどでもテキストとして使われており(ちなみに、この"圧縮版"も、著者とは別の人がサマリーを作ったのではなく、ドラッカー自身が書いている)、日本でも『抄訳マネジメント』('75年/ダイヤモンド社)として親しまれてきましたが、本書はその「抄訳」の内容をほぼ移植したものです。 

Peter Ferdinand Drucker.bmp ドラッカーは'70年代に既に、「経済学のフリードマン」と並び称される「経営学の泰斗」としてその名を馳せており、経営に「マネジメント」という考え方を入れたのも、「目標管理」という概念を開発したのもこの人ですが、にも関わらず「経営学者」というより「思想家」に近いかも知れず、'80年に出版されたThe Best of Everything という本では「教祖のベスト」としてその名が挙げられていて、本書なども「啓蒙書」的な感じがします。

 ただし、本書を読んで実感するのは、産業界の事実をよく観察した上でロジックをあてはめ、それに社会学や心理学的な視点からの人間的要素を加味し(この点が読者の共感を呼ぶ要因の1つだと個人的には思っていますが)、トータルな理論体系を構築している点です。

 企業とは何かということから説き起こしているように、先ず巨視的にマネジメントの使命・目的・役割論から入って、マネジメント課題の次元とそれぞれの次元に求められているものを整理したうえで、組織や人の問題、トップの役割やマネジメント戦略について語っています。

 企業の機能は「マーケティングとイノベーション」であるとスッパリ定義してみせるなど、切り口も纏め方も明快で読みやすく、マネジメントの総合書であり教科書であると同時に、ビジネスパーソンにとって質の高い啓蒙書でもあると思います。
 
《読書MEMO》
●企業=営利組織ではない。企業の目的は社会貢献であり、ただし、高い利益をあげて、初めてそれができる(14p)
●「企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす」(16p)
●労働における5つの次元...生理的・心理的・社会的・経済的・政治的次元(59p)
●心理的支配...マクレガーの〈X理論とY理論〉に関し、産業心理学はY理論への忠誠を称するが、その前提たるやX理論そのものである(65p)
●働き甲斐を与えるのは「責任と保障」であり、責任の条件には
 1.生産的な仕事、
 2.フィードバック情報、
 3.継続学習
 の3つが不可欠(73p)
●「人こそ最大の資産である」必要なのは実際に行うことである(81p)
 1.仕事と職場に対して、成果と責任を組み込む
 2.共に働く人たちを生かすべきものとして捉える
 3.強みが成果に結びつくように人を配置する
●「目標管理の最大の利点は、自らの仕事ぶりをマネジメントできるようになることである」(140p)
●組織の条件(198p)...
 1.明快さ
 2.経済性
 3.方向づけの容易さ
 4.理解の容易さ  
 5.意思決定の容易さ
 6.安定性と適応性
 7.永続性と新陳代謝
●五つの組織構造(204p)...
 1.職能別組織
 2.チーム型組織
 3.連邦分権組織(事業部制?)
 4.擬似分権組織
 5.システム型組織(CFT?)

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話題になったウェルチ流の事業戦略・人材戦略・リーダーシップ。

ジャック・ウェルチわが経営.jpg ジャック・ウェルチわが経営 下.jpgジャック・ウェルチわが経営<上><下>』 ('01年/日本経済新聞社)

 本国出版、日経連載、日本語出版の間が1ヶ月という早業だったと思いますが、文庫化('05年4月)も、M&Aが巷間に話題の折で、ある意味ジャストタイミングでした。

 まず注目は事業戦略。ナンバー1・ナンバー2戦略は、実践例と共に読む者をひきつけますが、有名なこの戦略は、あのピーター・ドラッカーの言葉からヒントを得てるようですね。
 たしかにすさまじい"M&Aぶり"ですが、一方で買収企業の企業文化がGEのそれと相容れるかどうかを重視していることもわかります。
 組織戦略、人材戦略においてもそうですが、"価値観"重視です。
 
 その人材戦略の1つ、トップ20%がAの人達で、活性化すべきは真ん中70%のBの人達、ボトム10%のCのの人達には会社を去ってもらうというのは、管理職に限っての話ですが、徹底しています。
 日本のS社では早速マネして社員に同じことを導入し、すぐさま解雇争議となり、会社側が敗訴しています。

 一時期"日本版ウェルチ待望論"がありましたが、大企業でどれだけそうした事例があったでしょうか。
 日本的リーダーシップとなるとまた違ってくるのでしょうか。
 競争心の強い彼の性格(自身が唱えるリーダーシップの4Eの1つ"Edge"(決断力)には競争心という意味合いもある)が随所に表れていますが、自分の上司やライバルがこんな人だったらちょっとキツイなあと、個人的には思ったりもして...。 

 【2005年文庫化[日経ビジネス人文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●ナンバー1かナンバー2でなければ、再生、売却、もしくは閉鎖(上178p)
●活性化カーブ...Aプレイヤートップ20、Bバイタル70、Cボトム10(上250p)
●Aプレイヤーの4つのE...
 ・活力(Energy)
 ・周囲の活力を引き出す(Energize)
 ・決断力(Edge)
 ・実行力(Execute)
 各々Pationにより結びつく(上251p)

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かなりノー天気では。この本で勇気の出る人がいるのなら、まあいいが。

勇気の出る経営学.gif  『勇気の出る経営学』 ちくま新書 〔'01年〕

 もともとは経営史が専門の著者ですが、起業セミナーなどの講師やパネリスト、はたまたコーディネーターとしても活躍していて、そのノリのいい語り口に接した人も多いと思います。
 本書はそのノリをそのまま活字にしたような感じですが、自分にはかなりのノー天気な内容に思えました。

 経営者に対しては株主市場主義に基づく人的リストラの必要を説いていますが、著者の言う“敗者復活”のシステムが日本の労働市場では充分に機能していないからこそ、安易にリストラに踏み切れないという面もあるでしょう。
 そうした面を知りながら、「楽しい会社」を目指せとか、団塊の世代よ団結せよとか言う、企業や個人に向けての著者の呼びかけには、何か空しさを感じます。

 引いてくる事例が、サウスウエスト航空とかGEとか、あるいはシリコンバレー型のべンチャーだったりして、アメリカ偏重が甚だしい。
 全員がべンチャーを目指せというような論調になっているのも、お気楽。なれない人はどうするのかという視点が見られません。
 リーダーシップ論に至っては、どこかの国の国王やダライ・ラマなど、最初から権威に土台の上にいる人をとり上げ礼賛していますが、たまたま著者と接触があったにしても、説得力は乏しい感じがします。

 社員のエンピロイアビリティを高めることが株主利益に相反するという著者の発想は、まさに人材“飼い殺し”のススメでしょう。
 普通の読者なら、細部のエピソードに感応する前に、全体のバラバラぶりに気づくかと思いますが、書いている本人がそのことに気づいていないことが一番のノー天気では。
 
 ―と突っ込みばかり入れましたが、不況下においてやたら悲観論や脅威論が横行しがちな中で、若い人に向けて楽観的な明るいメッセージを発することで、それにより多少とも勇気が出る人がいるなら、これはこれでいいのかも…。

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「ナレッジマネジメント」の概念整理には役立つが、応用するのはたいへん。

知識経営のすすめ.jpg 『知識経営のすすめ―ナレッジマネジメントとその時代』 ちくま新書 〔'99年〕 野中郁次郎氏.jpg 野中郁次郎・一橋大名誉教授

 「ナレッジマネジメント」というのは日本にとって"逆輸入"概念であり、では誰が最初に"輸出"したのかと言えば、野中郁次郎氏ということになるのでしょうが、本書は、その野中氏自身と広告会社出身の紺野氏による「知識経営」(ナレッジマネジメント)の一般向け入門書です。

 米国企業がこぞって力を入れた「ナレッジマネジメント」というものが、ベストプラクティス知識の共有を主眼としたもので、情報システムを整備して意味情報を活用しようとするこうした動きは、あくまでも「形式知」寄りの「ナレッジマネジメント」で、本来の「ナレッジマネジメント=知識経営」の初期兆候にすぎず、本書ではそうした「ナレッジマネジメント」を敢えて「狭義の知識経営」とし、本来の「知識経営」とは概念区分しています。
 データベースは「情報」に過ぎず、「知識」は人の中にあるという考えはわかりやすいし、同時に、共有化することの難しさもそこにあると思います。

 本来の「知識経営」における知識創造のプロセスは、「暗黙知」と「形式知」の相互作用であるべきで、そこで出てくるのが有名な野中理論、「SECI(セキ)」という暗黙知・形式知の変換プロセスですが、この辺りから、理論的にはきれいだが、実際の経営現場での応用イメージが涌きにくくなる。
 それに救いの手を差し出すかのように、後段で「知識創造」を促す「場」の役割と重要性を説き、そのデザイン方法を示していますが、どうしても「理論的にはきれいだけど...」という印象はやはり残りました。
 ホンダの「わいがや」など具体例もありましたが、企業文化として既にそうしたベースがある企業とない企業とでは、障壁の高さが異なると思います。

 今読んでも、本書の趣旨はよくわかるのですが、"職人"的ベテランにとって「暗黙知」は自らの雇用の生命線だったりもするので、知識ワーカー個々が「志の高さ」を持つ―といった個人倫理に依存するだけではうまくいかないという気もします。

《読書MEMO》
●SECIプロセス(111p)
◆共同化:暗黙知からあらたに暗黙知を得るプロセス(身体・五感を駆使、直接経験を通じた暗黙知の共有、創出)
◆表出化:暗黙知からあらたに形式知を得るプロセス(対話・思慮による概念、デザインの創造(暗黙知の形式知化))
◆統合化:形式知からあらたに形式知を得るプロセス(形式知の組み合わせによる新たな知識の創造(情報の活用))
◆内面化:形式知からあらたに暗黙知を得るプロセス(形式知を行動・実践のレベルで伝達、新たな暗黙知として理解・学習)

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面白かった。卓越したアイデアと倫理的な人柄が伝わってくる本。

ogura.jpg 『小倉昌男 経営学』 〔'99年〕 31572675.jpg自ら語る小倉昌男の経営哲学 (日経ベンチャーDVD BOOKS)]

 '05年7月に80歳で逝去した元ヤマト運輸社長の著書(没後すぐにDVD BOOKなど多くの特集企画が組まれた)。
 すでに'95年に同社の会長をスッパリ退き、この初めての自著が出たときには、福祉財団の仕事に専念していました(『福祉を変える経営-障害者の月給1万円からの脱出』('03年/日経BP社)という著書もある)。

 「宅急便」はヤマト運輸の商標ブランド名だということを、遅ればせながら本書で知りました。
 著者は、昭和51年に日本で初めて個人宅配事業をスタートさせるのですが、成功の可否を探る労働生産性やマーケティングに関する考察過程が描かれていて、運輸業界の実態も分かり面白かったです。
 セミナーや他業種から学ぼうとする姿勢が素晴らしいと思いました。
 マンハッタンの交差点にUPS(米国の運送会社)のトラックが4台停まっているのを見て、“集配単位の損益分岐点”というものを着想したのも、四六時中、新規事業のことが頭にあったからでしょう。
 「吉野家」や「JALパック」からサービスの形態を学んだり、“ハブ空港”の仕組みから集配ネットワークシステムをモデル化したり、本当によく考え、また自ら周囲を説得して実行する経営者だったのだなあと。

 セールスドライバーは“寿司職人”であるという発想がわかりやすいです。
 社員の仕事への誇りを大切にし、労働組合を経営に生かし、人事においては年功序列を排し、組織フラット化を図ることを提唱しています。
 人事評価というものは難しく、上司の評価だけでは頼りにならないので「下からの評価」「横からの評価」を入れるが、評価項目は実績ではなく“人柄”だと言い切っています。

 日本では客観的に通用する実績評価の方法は見当たらず、一方、人柄の良い社員は顧客にも喜ばれるのは確かだからと。
 社員数が、NTTやJR東日本を除いた純粋な民間企業では最も多いというのは知りませんでした。もちろん、財務体質の強化も図っている。宅急便事業は日銭の入る商売だというのもナルホドと。

 三越の岡田社長の専横に憤慨し、得意先としての関係を断つ話も冒頭にありますが、社長在任中の最大の“ケンカ相手”は旧通産省。マスコミを利用して世論を味方につけるやり方がうまいと思いました。
 「ミスター規制緩和」と言われた著者の、卓越したアイデアと倫理的な人柄が伝わってくる本です。

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マネジメントの今日的な問題を重点的にとりあげている読みやすい本。

明日を支配するもの.jpg  『明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命』 〔'99年〕 d_t.gif P・F・ドラッカー(『明日を支配するもの』刊行の頃〔90歳〕)

Management Challenges for the 21st Century.jpg P・F・ドラッカー(1909‐2005)の'99年の著作で(「原題は"Management Challenges for the 21st Century")、世界17カ国で同時出版されベストセラーとなったものですが、章立ては次の通りとなっています。
 第1章 マネジメントの常識が変わる-パラダイム転換
 第2章 経営戦略の前提が変わる-21世紀の現実
 第3章 明日を変えるのは誰か-チェンジ・リーダー
 第4章 情報が仕事を変える-新情報革命
 第5章 知識労働の生産性が社会を変える-先進国の条件
 第6章 自らをマネジメントする-明日の生き方

 こうして見るとマネジメント全般についての集大成的著書にも見え、実際過去の自著からの引用も多いのですが、本書の特徴は、マネジメントにおける21世紀的な問題、つまり今日的な問題(かつ既にその兆しが現れている問題)を重点的に取り上げて説いていることで、常に時代の先を見据える著者らしいものです。

 第1章のマネジメント論では、従来のマネジメントの常識が変わったことを指摘し、第2章の経営戦略論でまず論じているのは、「競争力戦略」のことと言うより「少子化」の問題や「コーポレートガバナンス」の問題です。
 第3章は「リーダーシップ論」と言うより、今後「チェンジ・リーダー」となりうる組織とはどういうものかという「経営組織論」です。
 また、そうした流れの中で、個人としてどう生きるかについて述べた第6章は、仕事・キャリア・人生設計についての示唆の富むもので、これもまた著者らしい内容です。

 最後に日本の読者向けに「日本の官僚制」について述べた文章が付いていますが、日本は官僚主導の社会であり、すべてを先延ばしする「官僚」の本質(そのために経済バブルとその崩壊を招いた)を指摘しながらも、それに代わる指導層が現れない限り官僚支配は続くとし、また、日本というのは、国民の関心もそうだが、「経済」よりも「社会」が優先する国だと言っているのが興味深いです。

 本文中にある多くの例証を見ても、89歳にしてよく社会動態を観察し分析している点に感心させられます。
 彼の「3大古典」などと言われる著作に比べ、取り上げられている事例に近年のものが多く、また、日本について触れられている部分が上記のほかにも多くあります。 
 先進国での人口激変を指摘する際にも、まず日本を取り上げ、日本の人口は21世紀末に5000万あるいは5500万人に減少すると指摘しています。 
 
 全体を通して文章自体がエッセイ風であることなどからも、比較的誰にでも親しみやすい1冊ではないかと思います。

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グローバル化による「市場個人主義」の台頭に、疑念を提示している。

働くということ グローバル化と労働の新しい意味.jpg 『働くということ - グローバル化と労働の新しい意味』 中公新書 〔'05年〕

 英国人である著者は50年来の日本研究家で(個人的には、江戸後期の寺子屋の教育レベルが当時の英国以上のものであったことを示した『徳川時代の教育』('65年)を鶴見俊輔が高く評価していたのを覚えている)、日本の社会や労働史、最近の労働法制の動向にも詳しく、また、日本企業の年功主義が「年=功」ではなく「年+功」であるとするなど、その本質を看過しているようです。
 
 自国でもこうした「日本型」志向が強まるのではと予測していたところへ新自由主義的な「サッチャー革命」が起き、官の仕事の民への移行、競争主義原理の導入、賃金制度での業績給の導入などを、官が民に先んじて行うなど予測と異なる事態になり、その結果、所得格差の拡大など様々な社会的変化が起きた―。

 著者から見れば、日本の小泉政権での官の仕事の民営化や市場競争原理の導入、あるいは企業でのリストラや成果主義導入が、20年遅れで英米と同じ"マラソン・コース"を走っているように見えるのはもっともで、それはまさに米国標準のグローバル化の道であり、そうした「改革」が、従来の日本社会の長所であった社会的連帯を衰退させ、格差拡大を招く恐れがあるという著者の言説は、先に自国で起きたことを見て語っているので説得力があります。

 著者は、こうした社会的変化の方向性を「市場個人主義」とし、不平等の拡大を"公正"化するような社会規範の変化とともに、「日本型」など従来の資本主義形態の多様性が失われ米国の文化的覇権が強まる動向や、「勝つためには人一倍働くことが求められる」といった単一価値観の社会の現出が、働く側にとって本当に良いことなのか疑念を抱いています。

 グローバル化が加速するなかで、「働くこと」の意味は今後どう変遷していくかを考察するとともに、日本は、これまでの日本的な良さを捨ててこの流れに追随するのか、またその方向性でしか選択肢はないのかを鋭く突いた警世の書と言えます。

《読書MEMO》
●仕事の満足感...知的好奇心を満足させるもの、芸術的喜びが見出せるもの、競争・対抗の本能を満足させるもの、リーダーシップや指導力が行使できるもの...加えて、ヘッジファンドの運用者などに典型的に見られる「ギャンブラーの興奮」など(63p)
●渋沢栄一...『論語』注釈を通じて、企業家リスクと投機家リスクの道徳的違いを説く→「小学生に株を教えるのは悪くないアイデア」とする竹中平蔵教授には、企業家リスクと投機家リスクの道義的違いは無意味?(68p)
●日本人にとって大事なのは、日本がその(文化・倫理的伝統、民情、行動特性といった)特徴を維持すべきかどうか、維持できるかどうか(83p)
●経済学がますます新古典派的伝統によって支配されるようになるにつれて、市場志向への傾斜が促され、自由化措置を正当化する力が増してきた(104p)
●同質化の傾向は、グローバルなエリートを養成するアメリカのビジネス・スクールによって強化されている(176p)

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社会学的視点で若者の職業意識を探るが、マーケッターの域を出ていない。

仕事をしなければ、自分はみつからない.jpg  『仕事をしなければ、自分はみつからない。』 マイホームレス・チャイルド.jpg 『マイホームレス・チャイルド―今どきの若者を理解するための23の視点

 増え続けるフリーターの問題をどうするかというよりも、フリーターの"生態"のようなものを書いた本で、この本を読んで一番よくわかることは、著者がマーケッターであるということだったかも知れません。
 社会学的視点でフリーターの職業意識を探ろうとしていますが、マーケッターの域を出ず、タイトル(「生きる道」)にも充分に応えているとは言えないのでは。

 『マイホームレス・チャイルド』('01年/クラブハウス)の中でフォーカスした「真性団塊ジュニア世代」('75〜'79年生まれ、本書執筆時の20代前半)を「フリーター世代」とし、その職業意識をインタビューなどから探ろうとしていますが、「若者の農民化」とか「常磐線スタイル」「週刊自分自身」といった表現はいかにも"それ"らしく、一方、提言の部分は、若者に対しては「自分探し」にこだわるな、社会(教育)に対しては「中学六年制」だけというのはいかにも弱い。

 著者の本は統計の用い方が我田引水ではないかという批判がありますが、マーケッターというのは多分に自らの直感をもとに論理を展開するという面もあり、またプレゼンなどでは、統計をずらずら並べるより、第2部「若者のいる場所」のように写真などビジュアルで示した方が、その場での訴求力はあったりする(聞き手が眠らない)...。ただしこうした手法は、学者らから見れば、"俗流"若者論と言われる所以となるのでは。

 第2部以降は文化社会学、家族社会学的な視点に立とうとしているようでもありますが、やはり"ウォッチャー"的立場を出ていません。
 だだし、フリーターへのインタビューがうまくまとめられていて、この部分ではある意味端的に若者の職業意識をあぶり出しているのと、「三浦半島ってどこですか?」などの"オヤジ"的な憤りにやや共感を覚えた部分もありましたが(この部分が教育論ときちんとリンクしていないのが残念)、これもやりすぎると若者への生理的偏見の持ち主ととられかねないかと思います。

《読書MEMO》
●「"できちゃった婚"の増加は若者の"農民化"のため」(32p)...現状の中で停滞
●「歩き食べ」...3食"歩き食べ"ですませる若者も。携帯電話を使う時、ふと立ち止まるかどうかが世代の分かれ目(121p)
●「常磐線スタイル」(140p)...車内飲食
●「週刊自分自身」(194p)...携帯電話で交わされる情報は、自分自身で週刊誌をつくっているようなもの

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ICを熱く語るが、現実問題を認識し解決への示唆にも富んでいる。

インディペンデント・コントラクター.jpg 『インディペンデント・コントラクター 社員でも起業でもない「第3の働き方」』 ('04年/日本経済新聞社)

business2.jpg リクルートからセガに移り、その後インディペンデント・コントラクター(IC)となった秋山進氏と、『賃金デフレ』('03年/ちくま新書)の著者で日本総研の山田久氏が、ICとは何かについてその現況と今後を語っています(2人は同じ大学の同じ学部を'87年に卒業した同期生)。

 秋山氏の体験談をもとに、山田氏が労働経済的な観点などから補足しつつ対談は進められていますが、ICとして仕事する楽しさ、充実感だけでなく、社会制度面でのデメリットや、顧客との契約をとる難しさ、仕事が終れば契約は打ち切られることもあるという不安定さなど仕事上の悩みも語られています。

 ICの正確な定義は無いようですが、統計上は日本でも米国でも不況になるとその数が増えるようで、両者はこの数字の中には無理やり正社員の座を追われた「擬似IC」が相当数含まれているのではと見ています。
 またICと「フリーランス」の違いについて、「フリー」というのが会社の圧政を逃れ自由になるという意味合いなのに対し、会社から独立して一人前の個人として会社と契約する人と見ています(こうした評価には主観が入るので、正確な定義にはつながらないという気はしますが)。

 主に働く側からの見方で語られていますが、企業側も今後インディペンデント・コントラクターを活用していくには、企業の内と外の仕事をモジュール化し、ICを一種の業務モジュールとして使いこなしていくことが必要になっていくことを示唆しています。
 余計なものを持たずにリスクを軽減したい経営者にとって、インディペンデント・コントラクターは経済合理性を持つと説いています。
  
 両者とも既存の企業を否定しているのではなく、教育の場としての価値は認めていて、ICになったらお世話になった会社に恩返しできるような、そうした関係が理想であるとしています。
 会社を辞めて自分でベンチャーを起こすのも大変だし、ベンチャー企業などに転職しても、独裁的な経営者のもとに仕えるならば結局不満は解消されないでしょう。
 本書は「第3の働き方」について前向きに熱く語った本ですが、現実問題に対する認識とその解決に向けた示唆にも富んでいるものだと思います。

《読書MEMO》
●インディペンデント・コントラクター(IC)の3つの特徴(69‐70p)
 1.何を遂行するかについて自ら決定できる立場を確保している
 2.実質的に個人単位で、期間と業務内容を規定した、請負、コンサルティング、または顧問契約などを、複数の企業や各種団体と締結する
 3.高度な専門性、業務遂行能力を有している

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取材姿勢には概ね好感が持て、働くことの意味を考えさせられる。

働くということ.jpg 『働くということ』 (2004/09 日本経済新聞社)

 日経連載中から読んでいましたが、広い世代の人々の働き方を取材し、その多様化を如実に示すものとなっています。
 会社を辞めて独立したり、大企業からベンチャーへ行ったり、会社内でも新規事業を立ち上げたり...。

 92歳の「現役」エンジニアとか、居酒屋を開いた元「裁判官」とか、かなり特別じゃないかと思われる事例もありますが、成功して結果を出した人だけでなく、将来に向けて努力している真最中の人も追っています。
 ワークライフ・バランス的な問題も視野に入れ、またフリーターに対して頭ごなしに否定的な見方をしてはいないなど、取材姿勢には概ね好感が持てました。
 "ひとり「プロジェクトX」"みたいな話も多く、じっくり読むとグッとくるものもあります。

 こうしたワークスタイルの多様化は、本書の中で"元祖"『働くということ』('82年/講談社現代新書)の著者・黒井千次氏が指摘するように、
 「昔は企業に身売りしたが、今は企業が脆弱になり、全部を売ろうとしても買ってくれない」
 という状況と、ある意味で対応関係にあるのではないでしょうか。
 
 企業内で会社に対し"不満"を言っていた時代から、企業内にいること自体に"不安"を感じる時代へ社会的ムードがシフトする中、自らが働くことの意味は、困難ではあるが自らの経験を通じて探すしかないという時代が来たのだ思いました。

 【2006年文庫化[日経ビジネス人文庫〕】

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著者に悪意は無いが、あえて皮肉な見方をすれば...。

13歳のハローワーク.jpg13歳のハローワーク』〔'03年〕 おじいさんは山へ金儲けに.jpgおじいさんは山へ金儲けに』('01年/NHK出版)

 親たちは何故こんなデカくて高い本を買って狭いウチに置いておくのでしょうか?(図書館で借りた人も多いとは思うが)

 経済書を500冊読破したとかいう著者は、本書と同じ画家とのコンビで『おじいさんは山へ金儲けに』('01年/NHK出版)を出しています。
 こちらの方は寓話による金融投資論で、そうした教育が日本でほとんど行われていない点を突いたものですが、著者のオーサーシップ(作家性)が全面に出すぎて『本当は恐ろしいグリム童話』みたくなってしまい不評でした
 ―親が絶対買わない。

 "学習"した著者は『13歳〜』ではサーチャー(の統括ディレクター)に徹し、その内容の質的な善し悪しはともかく、職業情報を整理したものが学校になく、家庭でも職業教育のようなものが行われていないという日本の現状の虚を突いたかたちになって成功しました。
 ベースにあるのは労働経済学的な考え方で、受給バランスの発想です。
 サラリーマン以外の職業の多くは「買い手市場」であり、そう簡単になれるものではないと...。
 ―親が安心して子供に買う。が、子供はそれほど読まない。
 
 本書の主な情報源となっているのがインターネットであることは明らかですが、インターネット情報というのは過去または現在に偏りがちで、どうしても未来というものの比重が小さくなるのではないでしょうか。 

 同様に本書には、"キャリア創生"といった考えが入る余地はほとんどなく、一定の過去から現在にかけて認知を得ている職業についてのみ語られているので(1人1人の読者は「へぇ〜、こんな職業もあるのか」と思うかもしれませんが)、それらの需給バランスを検証すれば、大方が「買い手市場」の、就くのが難しい職業ということにならざるを得ないのではないでしょうか。
 
 まあ、子供が、こういう仕事が世の中に存在しているということを知り、働いている人のことをイメージすることの教育上の意味が無いわけではないと思うので、星1つオマケという感じですが、本当に「子供」が読んでいるのかなあ。

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フリーター分析や漱石読解は興味深い。結論は「自助努力」論?

若者はなぜ「決められない」か.jpg  『若者はなぜ「決められない」か』 ちくま新書 〔'03年〕

 「フリーター」について考察した本書は、フリーター批判の書でも肯定の書でもないとのことですが、フリーターは早い時期に、自らの不安定な立場と可能性の実像を把握しておくべきだと冒頭に述べています。
 著者は、フリーターは労働意欲に乏しいのではなく、「本当の仕事」との出会いを求め "恋愛"を繰り返しているような人たちだとしていますが、「自由でいられる」などのメリットの裏に「単純労働にしか関われない」といったデメリットともあることを認識せよとし、「いろいろな仕事が出来て楽しい」と言っても、それぞれの仕事で関われる限界があるとしているのは、確かにそうだと思いました。

 でも彼らが、親の気持ち知らずでフリーターをしているのではなく、サラリーマンの親の苦労を見てきたからこそ社会に一歩踏み出せないでいる面もあり、また、それを支えるモラトリアム社会の土壌もあるが、これはやや異常な構造だと。
 一方、進路を「決められない」若者だけでなく、自分の将来はこれしかないと「決めつけている」ことで、現状フリーターをしている若者もいると指摘しています。

 著者はフリーリーターを「階級」として考えるようになったと言い、好きなことを仕事にしたいというのは「高等遊民」の発想とも言え、「労働=金儲け」とし勤労を尊敬しない伝統が日本はあるのではないかと。
 明治・大正の文豪の小説の登場人物を引き合いに出し、夏目漱石が「道楽=生き甲斐(小説を書くこと)」と「職業(教師)」を峻別しながらもその間で苦悩したことを、彼の作品の登場人物から考察していて、この辺りの読み解きは面白く読め、また考えさせられます(小説家としての彼自身も「業務目的」と「顧客満足」の間で悩んだと...)。

 その他にも、「オタク」や「ゆとり教育」などへの言及においては鋭い指摘がありましたが、全体結論としては、まず自分をよく見つめ、生計を何で立てるかを考えて、それから好きなことをやりなさいという感じでしょうか。
 当然、フリーター問題の具体的な解決策などすぐに見出せるわけでなく、著者の論は「自助努力」論で終わっている感じもしますが、開業歯科医であり評論家でもある著者の生き方と重なっている分、一定の訴求力はあったかと思います。

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「働くということ」とはどういうことなのかを哲学的に考察したい人に。

2602150.gif近代人の疎外』 岩波同時代ライブラリー 近代人の疎外 (1960年).jpg近代人の疎外 (1960年)』 岩波新書

 本書は、ヘーゲルからマルクス、フロム、サルトルなどへと引き継がれた「疎外論」とそれらの違いを追うとともに、「疎外」が近代生活において重要な問題であることを、テクノロジーや政治、社会構造の変化といった観点から分析しています。

 とりわけ著者は、マルクスが初期に展開した、資本主義の拡大による労働力の商品化や搾取、いわゆる商品支配の増大によって「疎外」が生じたとする労働疎外論に注目し、歴史的要因への固執に対し批判を加えながらも、それがドイツの社会学者テンニエスの「ゲマインシャフト(共同社会)」から「ゲゼルシャフト(利益社会)」への変化を本質意志から選択意志への移行と関連づけた考え方と重なるものとしています。
 そして、この疎外を克服するための方法は、宗教でも哲学でも教育でもなく、社会構造そのものが変わらなければならないだろうとしています。

近代人.jpg 原著は'59年の出版。著者はドイツで経済学、社会学、哲学を学んだ後、ナチスに追われ米国に亡命した人で、本書で展開される著者の「疎外論」は、アメリカ社会心理学の系譜にあるかと思われますが、哲学的かつ広い視野での社会分析がされています。

 当初、岩波新書('60年刊)にあり、'60年代の「疎外論」ブームで版を重ねましたが、実存主義やマルクス主義の沈滞と同調して忘れ去られかけていたものが、ライブラリー版で復活したものです。

 イギリス人の日本研究家であるR・ドーアも近著『働くということ―グローバル化と労働の新しい意味』('05年/中公新書)の中で「ゲマインシャフト」から「ゲゼルシャフト」への変化に触れていましたが、株主資本主義が幅をきかす昨今、企業内で働く個人、およびその個人と他者との関係はどうなるのかというテーマは、ますます今日的なものになってくるかと思います。

 また、マルクス、テンニエスの社会思想やサルトルの実存哲学などをわかりやすく解説しているという点でも良書。
 翻訳もこなれているので 「働くということ」とはどういうことなのかを哲学的に考察したい人にも良い本だと思います。

《読書MEMO》
●疎外=自分自身にとって見知らぬ他人となってしまった人間の状態(新書3p)
●疎外された人間はしばしば大いに成功を収めることがある。それはある種の無感覚を生み出す。したがって、その人が自分自身の疎外を自覚することはなかなかむずかしい。(新書5p)
●政治からの疎外...朝鮮戦争で戦場の兵士に何故この戦争に加わっているのかを聞くと「まあボールが跳ねているようなものさ」としか答えられなかった。(新書64p)
●本質意志⇔ゲマインシャフト、選択意志⇔ゲゼルシャフト(新書86p)
●動物は肉体的欲望に支配されて生産するが、人間は、肉体的欲望から自由である場合に初めて本当に生産する〔経済学・哲学草稿〕。(新書108p)
●作家フォークナーのエピソード...個人攻撃は悪趣味だが、売れ行きの良い商品となる(裁判費用は損失勘定、売れ行き増加は利益勘定に)(新書123p)→著述家さえも商品支配の下にある

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入社前よりも、社会人3年目以降何年かごとに読み返すような内容。

働くということ 旧版.jpg 〔'82年〕 働くということ 黒井.jpg  『働くということ (講談社現代新書 (648))―実社会との出会い』

働くということ 実社会との出会い1.jpg働くということ 実社会との出会い2.jpg 著者は作家であり、東大経済学部を卒業後富士重工業に入社し15年勤務しましたが、在職中に芥川賞候補になった人で、企業とその中で働く個人の人間性や生きることの意味を問う作品を書いていました。

 ただし、'70年に富士重工を退職して専業作家になってからは、当初は社会一般の問題に素材を拡げたりもしたものの、その後はどちらかというと都市における普通の人間の営みなどを描いた小説が多いような気がします(たまたま、自分の読んだのがその傾向の作品だったのかも知れないが)。
 
 本書では、自らの問題意識の原点に帰るようなかたちで、働くことの意味を、著者自身の会社勤めの経験を振り返りつつ考察しています。
 特に入社時の戸惑いや仕事に対する疑問が率直に綴られていますが、書かれたのが15年の会社勤めと専業作家としての12年を経た後であることを思うと、入社時の記憶というものはやはり強烈なのでしょうか。

 本書での著者の「労働」に対する疎外感の考察には、個人的には、F・パッペンハイムの近代的疎外論を想起させるような深みが感じられましたが、語られている言葉自体は平易かつ具体的で、結論的には「職業意識」という観点から、働くということが自己実現につながることを肯定的に捉えています。

 本書はよく「新社会人に贈る本」のように見られていて、それはそれでいいのですが、むしろ社会人3年目ぐらい以降、何年かごとに読み返すのにふさわしい内容ではないかと思います。

 かけがえのない読書体験に絞ったという引用の中に『イワン・デニーソヴィチの一日』の一節があり、極限状況においてさえ人を駆り立てる、著者の言う「労働の麻薬」というものには普遍性を感じます(実は自分も『イワン・デニーソヴィチの一日』の中でこの部分が一番印象に残ったのです)。
 
 ただし若者の中には、この「麻薬」にたどり着く前に、会社が"強制収容所"だと少しでも思えた段階で、転職または独立してしまう人も多いのではないかと思います。
 企業が脆弱化し、長期雇用が揺らぐ今日においては特に。

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“親向け就職ガイド”。「あ〜、とうとうこんな本、出ちゃった」という感じも。

大卒無業.jpg 『大卒無業―就職の壁を突破する本』 (2006/05 文藝春秋)

 本書は“親向けの大卒就職ガイド”であり、子どもが大学を卒業するにあたって、“大卒無業者”にならないようにするにはどうすれば良いかということが書いてあります。
 子どもをフリーターやニートにしないようにするにはどうすれば良いかという本は結構多く出版されていますが、本書の場合、大学卒業時に的を絞っているのが特徴でしょうか。

 著者はリクルート出身で、親向けの就職情報サイトを立上げ、大卒無業時代における「親のサポート力」の大切さを訴え続けているそうですが、本書では近年の大卒就職戦線の状況が、これまでの背景や流れとともに要領よくまとめられていて、そうしたことにこれまで疎かった人にもわかるように書かれています。

 本書によれば、子どもに対する「無知・無関心・過保護」が“働かない子ども”をつくるということですが、OB訪問の仕方からエントリーシートの書き方、面接時に留意すべきことまでこと細かく書いてある本書は、想定読者が親であることを考えると、ある意味これも「過保護」的では?

 「あ〜、とうとうこんな本、出ちゃった」という感じもしないではないですが、毎年卒業する大学生のうち、就職するのは僅か55%、5人に1人はフリーター(契約社員・派遣社員・アルバイト等)でもない「無業者」となっているという現実があるならば、こうした本が出てくるのも「むべなるかな」という感じ。

 いいことも書いてありました。
 「子どもの就職を成功させる条件」の中に「オフィスでアルバイトをさせよう」というのがあり、ファミレスやコンビニなど仕事仲間が同世代ばかりの環境では、異なる世代と円滑にコミュニケーションする能力は身につかないと。

 若者(と親?)に対する愛情溢れる本であるとの評価もありますが、著者は本書執筆時点でリクルート関連会社の新卒採用部門にいるわけで、人材会社の新たな市場開拓戦略というものが背後にあるようにも思えます。

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「働きすぎ」の原因を多様な観点から分析し、提言しているが...。

働きすぎの時代.jpg 『働きすぎの時代』 岩波新書 〔'05年〕  森岡孝二.jpg 森岡 孝二 氏(略歴下記)

business01.jpg わが国の労働の現場における「働きすぎ」の実態とその原因を、グローバル化、情報時代化、消費資本主義化、規制緩和など様々な観点から分析しています。

 働きすぎは日本に限らない。世界貿易センタービルがテロ攻撃を受けた際に、ビル内で「従業員は仕事に戻れ」というアナウンスが流れたという話はゾッとします。
 一方、アメリカではメールはPCでの利用がほとんどだが、日本人は携帯電話でのメールの使用も多く、旅行先などにも携帯電話を持っていくというのは、日本人のテクノ依存症とそれに伴うストレス増大の危険性を示していると思いました。
 
 また、重大な列車事故の背後にある収益競争や、ネット書店で本を注文したら翌日には届くスピードの背後にある、アルバイトの厳しいノルマや宅配業運転手の超長時間労働についての指摘などは、我々が享受している"便利さ"のために犠牲になっているものを考えさせます。

 著者は、「労働基準」と「ワーク・ライフ・バランス」の観点から、36協定の実態のいい加減さを指摘したり、「スローライフ」「ダウンシフティング(減速への切り替え)」といった概念を紹介したたりしつつ、働きすぎにブレーキをかけるために施策をいくつか提案しています。
 
 「1日の残業の上限を原則2時間にする」などの提言は、〈一律型〉のワークシェアを提唱する熊沢明氏などの提言の具体版とも言えるかもしれませんが、著者が反対する「ホワイトカラー・エグゼンプション」にむしろ期待する経営側との溝はあまりに深いと言わざるを得ないのでは。
 こうした著者の主張がどこまで経営者の耳に届くか、"立場の違い"による平行線のままでは問題は改善されないだろうとも思いました。
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森岡孝二(もりおか・こうじ)
1944年大分県生まれ。関西大学経済学部教授。株主オンブズマン代表。専門は、株式会社論、企業社会論、労働時間論。香川大学経済学部卒業、京都大学大学院経済学研究科博士課程退学。83年4月以降、現職。経済学博士。 著書は、『独占資本主義の解明』『企業中心社会の時間構造』『日本経済の選択』『粉飾決算』など多数。訳書に『働きすぎのアメリカ人』『浪費するアメリカ人』 『窒息するオフィス 仕事に強迫されるアメリカ人』など。趣味はバード・ウォッチング。

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漠然とした福祉国家論が多い中では注目すべき「思考の補助線」ではないかと。

企業福祉の終焉―格差の時代にどう対応すべきか.jpg企業福祉の終焉 - 格差の時代にどう対応すべきか』 〔'05年〕 橘木 俊詔.jpg 橘木俊詔 氏(略歴下記)

 冒頭で企業は福祉から撤退すべしとしながらも、すぐには提言内容に入らず、本書前半分は、企業福祉の発展した理由と経緯、現状と意義についての記述になっていて、この部分は、企業福祉を歴史的・国際的視点からの概説したテキストとして纏まっていると思います(勉強になった!)。

 法定福利費の一定割合の企業負担の始まりなど、普段あまり考えなかったことについて知り得、同じ福祉国家でも、スウェーデンなどは財源を主に社会保険料に依存し、デンマークは税負担の福祉国家であるなどの違いがわかります。

 中盤以降は、企業福祉の現状に対する評価と、著者の持論展開に入っていきますが、考えのベースにあるのは、格差社会に対する危惧、福祉の普遍主義かと思います。

 社宅や保養所などの法定外福利については、バブル崩壊後どの企業も縮小しているのは明らかですが、企業スポーツなどを含め、そうしたものが既に役割を終えていることを論証し、また退職金制度は企業間格差が大きいゆえに労働移動を阻害しているとしています。
 法定福利費についても、社保未加入(または滞納)という形での企業の"撤退"が拡がっているのは指摘通りで、企業規模や雇用身分による受益格差は無視できないものでしょう。

 著者は、企業自体にもベネフィット感の薄い法定福利費の企業負担は止め(負担軽減分の行き先は企業の裁量になるが)、非法定福利は極力"賃金化"し、医療や健康保持、資格取得支援など、従業員のニーズに沿ったものに絞り込むべきとしていますが、国の社会保障制度としての財源はどうするかというと、「累進消費税」というものを提案しています。

 著者が殆ど触れていない徴収の問題(国民年金の保険料徴収不足を自動徴収の厚生年金が補っている現状)、高齢化社会の問題(国保・老人医療の赤字を健康保険が補っている現状)や制度移行時の問題など、疑問符は数多く付き、これでは給付の安定が保てないなど多くの反論があるかもしれませんが、著者自身も、こうした考え方をどこか頭に置いておくのもいいのではないかというスタンスのようです(そうすると"学者の空論"という批判がまたあるわけですが)。

 企業側にも受け入れられる要素が多く含まれている提言で、漠然とした福祉国家論が多い中では、むしろ「思考の補助線」になる得るものとして注目すべきではないかと思いました。

《読書MEMO》
●企業には、年金制度や健康保険制度に参加していない既婚女性を好んで採用したり(中略)する傾向がある。これらの制度が特定の労働者の優先的採用を促すのは避けられるべきである→制度は企業の採用活動に対し中立的であるべき(101p)
●「帰属家賃」→持家の人や社宅に住んでいる人は、(中略)家賃分に相当する付加的な所得を受けているとみなせる→大企業とそこで働く人が有利(104p)
●退職金制度 → 労働移動に中立的でない(企業間のポータビリティが未整備)(107p)
●法定福利費の企業負担の経緯
・労災・医療保険→企業が負担しやすい自然ななりゆき
・老齢年金→公的年金制度が労災・医療保険制度に遅れて整備されたことに理由(128-129p)
●「累進消費税」...高額商品には高税率、一般商品には低税率といったように、商品の種類によって税率に差を設ける(172p)
●ベネッセは福祉における創業者利益を得たが、(中略)次の企業が同じ施策を導入しても、同様に優秀な人材を集められる確立は低下する(186p)

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1943年、兵庫県西宮市生まれ。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程終了。著書「日本の経済格差」(岩波新書)はエコノミスト賞受賞。他に「家計から見る日本経済」、近刊「消費税15%による年金改革」(東洋経済新報社)は学生との共著。

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教授と学生の合作だが、解決案としての具体性に欠ける。

脱フリーター社会.jpg 『脱フリーター社会―大人たちにできること』 (2004/11 東洋経済新報社)

 増え続けるフリーターの問題に対しての、前半が著者の主張で、後半が著者のゼミの学生からの提言になっていますが、後半の学生の提言を前半で先生が補うというか、「長い前書き」のような感じです。

 学生の提言は、サービス残業の削減、割増賃金制度の見直し、さらにこれらによって生まれた追加雇用を若者の正規雇用に(例えばトライアル雇用制度を拡充するなどして)回すといった、主に企業に向けてのものであり、“先生”はこれに加えて、フリーターの親は子供を甘やかさず、高齢者は早期リタイアも考えてみるべきといった感じ。

 学校・公共機関等における職業教育の充実など、政策提案的なものも含まれていますが、全体に解決策としての具体性が乏しく、企業側が聞く耳を持たなければそれまででは、と思われる部分もありますし、新聞などの一部の書評子にも、本書はメッセージ部分が弱いと書かれていた記憶があります。
 
 学生が書いた部分の方がむしろ纏まってはいますが、ゼミ論のような構成や生硬な文章は、一般書としてそのまま出すのはどうかという気もしました。
 ただしこの点については養老孟司氏が、こうした「まとめ」を学生が書くのはたいへん良いことで、学生と自分のものを並べて書く“先生”はむしろ偉いと思うというようなことを書いていましたが…。
 
 養老氏はむしろ、学生の「自分に合った仕事」という表現にケチつけていました。「自分とは、仕事で規定される程度の安直なものではない」と。 
 でも、それをここで持ち出すのは、主観レベルと客観レベルの混同ではないかという気もするのですが…。

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ニートの背後にある職業観の"一端"を知る上で参考に。

ニート.jpg 『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』 ('04年/幻冬舎) 仕事のなかの曖昧な不安.jpg 『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在』 ('01年/中央公論新社)

 『仕事の中の曖昧な不安』('01年/中央公論新社)の著者である労働経済学者・玄田有史氏が、今度はニート(NEET=Not in Education, Employment, or Training)に注目し書いた本。
 本書によればニートとは、副題にもあるようにフリーターや失業者のように働ける人ではなく「働くことができない人」を指し、所謂「ひきこもり」を包含するが、「かなりの数の少数派」として急速に拡大しているとのことです。
 著者はニートの背後にあるのが本人の甘えだけではなく、誰でもニートになる可能性があり、ニートの増加をくい止める"方法"はあると言っています。

 共著者である曲沼美恵氏が、14歳で全員が就労体験をする兵庫県の「トライやる・ウィーク」と富山県の「14歳の挑戦」を経験した若者をインタビュー取材していますが、本書はこのカリキュラムがその"方法"だと言い切っているわけではありません。
 しかし、インタビューを読んで、この両県の試みには多くの示唆を含まれているように思えました。
 こうしたカリキュラムに対する評価の低い若者や、中学卒業後にドロップアウトした若者まで取材している姿勢には好感が持てました。

 一方、ヤングジョブスポットなどの公共施設で"もとひきこもり"の若者などを取材していますが、ニートと呼ばれる人の就労意識のようなものも見えてきます。
 しかし、この人たちは求職活動をして(または訓練を受けて)いるのだから今はニートではない。
 それを踏まえたうえでのタイトルなのかも知れませんが、そう考えると、ニートの定義というのは存外に難しいのではないかとも思われます。

 『仕事の中の曖昧な不安』('01年/中央公論新社)での「若者の失業は中高年の雇用を維持する代償」という著者の言説は賛否両論を呼びましたが、本書はそうした労働経済学の視点とは別に、ニートという社会現象の背後にある若者の職業観の"一端"を知る上で参考になるのではないかと思いました。

 本書に対しては、具体的な解決策が何も提示されていないという批判もありましたが、最後は若者に対して呼びかける精神論みたいになってしまっているのも事実。
 でも、この本1冊にそこまで求めるのはどうかとも思います。

 【2006年文庫化[幻冬舎文庫]】

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真摯なルポルタージュだが、少し偏りもあるように感じた。

ルポ解雇―この国でいま起きていること.jpg  『ルポ解雇―この国でいま起きていること』 岩波新書 〔'03年〕

 解雇ルールをめぐる労働基準法改正(平成15年改正)の道程と、現社会で不当な解雇に対し労働者の権利主張がいかに困難かを同時に追ったルポです。

 本書によると、改正労基法の当初条文案の「使用者は(中略)解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる」という部分は野党の反対により削除されたわけですが、その理由は、要は"解雇できる"という言葉が一人歩きするからということです。

 それは確かに著者が強調する通りの(一般マスコミ・ジャーナリズムのレベルでの)論点だったわけですが、逆に著者の立場に立つならば、「わざわざ謳わなくても、もともと解雇権はあるのだ」という"譲歩"の裏にある経営者側の論理をもっと押さえるべきではないだろうかとも思ったりしました。

 関連してですが―、合理的理由を欠く解雇について、法律論上、立証責任は労働者側にありますが、著者も指摘の通り、裁判の現場においては使用者側が合理性の立証責任を負っています。
 著者は "解雇できる"という言葉が一人歩きした場合、裁判所が労働者側に立証責任を負わせることが多くなることを危惧していますが、そんなに裁判官は偏向しているのでしょうか(そうだと言う人もいるかもしれませんが)。
 
 全体としては、真摯なルポルタージュであることに違いなく、特にこうした国会等での審議過程の追跡は、今回以降の法改正にも影響してくることなのでその意義は大きいと思いますが、部分的に少し偏りもあるように感じました。

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生活者多数のニーズを凝視し、〈一律型〉のワークシェアを提唱。

リストラとワークシェアリング.jpg  『リストラとワークシェアリング』 岩波新書 〔'03年〕 .jpg 熊沢 誠 ・甲南大名誉教授

 著者はまず「労働をめぐる4つの現実」(深刻な失業・人べらしリストラ・長時間労働・パートタイマーの処遇差別)を実証的に指摘し、「ワークシェアリング」を「この現実の暗い労働世界に灯された希望の思想」とし、具体的解決策として〈一律型〉のワークシェアを提唱(これが本書の最大の特徴ですが)しています。

 一般にワークシェアには、◆緊急避難型、◆中高年対策型、◆雇用創出型、◆多様就業促進型の4タイプがあるとされていますが、緊急避難型や雇用創出型といった〈一律型〉のものは暫定措置であり、本来的には、多様就業促進型(オランダのモデルが有名)、つまり〈個人選択型〉を目指すべきであるというのが一般の論調(脇坂明『日本型ワークシェアリング』など)です。

 これに対し本書では、〈一律型〉ワークシェアさえなかなか普及していないのは企業の消極性に原因があるとし、その背後にある 経営者の、「精鋭」は黙っていてもサービス残業をしてくれるのに、わざわざ「精鋭」と「そこそこの人」の労働時間を一律削減して「そこそこの人」の雇用を確保することはないという論理を浮き彫りにし、成果主義の浸透は一般労働者にも「ワークシェアして使えない人物を残してもお荷物になる」というような意識を醸成していることを指摘ししています。
 しかし著者はそれでもなお、冒頭の「4つの現実」に照らし、生活者多数のニーズを凝視した場合、〈一律型〉ワークシェアを推進する必要があると説きます。

女性労働と企業社会.jpg 日本のワークシェアが難しいと認識しながらも、「同一職種同一賃金」による〈一律型〉ワークシェア(時短)のイメージのもと、男性正社員・女性正社員・女性パートの賃金格差を縮めることを実現可能な範囲で具体的に提示するなど、問題解決に向けた真摯な姿勢が窺えます
 女性のペイエクイティを高めることで、女性の場合、労働時間が減っても一定の収入が確保できる考えは、前著『女性労働と企業社会』('00年/岩波新書)の内容とも関連しているかと思います。

 著者は〈個人選択型〉を全否定しているわけではなく〈一律型〉と併せて進めるべきとしていますが、確かに、〈個人選択型〉ワークシェアが実態として「ワーキングマザー」に限定されたものにしか成り得ないならば、全体効果は限られたものとなるでしょう。
 その前に解決すべきは、こうしたサービス残業の放置や賃金格差の問題であり、これを克服しなければ、〈一律型〉だけでなく〈個人選択律型〉も充分に浸透しないだろうということを、本書は的確に予見しているように思えました。

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オーソドックスな解説と雇用システム、人事制度に踏み込んだ提案。

日本型ワークシェアリング 2.gif 日本型ワークシェアリング.jpg  『日本型ワークシェアリング』 PHP新書 〔'02年〕

 本書ではワークシェアリングを4タイプに分けて解説していて、内容はオーソドックスですがそれもそのはず、著者は、厚生労働省の「ワークシェアリングに関する研究会」の学者メンバーとして、本書でも紹介されている調査研究報告書(2001年4月。インターネットでも概要の閲覧が可能)の作成に携わった労働経済が専門の人です。

 著者の主張は、失業増への対策としての「緊急避難型」ワークシェアリングは不可欠だが、長期的には「多様就業促進型」を見据えよ、というもので、現在それを阻害するものとして「残業の恒常化」と「パートと正社員の賃金格差」をあげています。

 単に問題点を指摘するだけでなく、先行企業の取り組み事例などを紹介し、「雇用システムの多元化」(正社員とパートの間に中間層を設けることなど)を提唱し、またワークライフバランスを考慮した「ファミリーフレンドリー」企業を目指すことを提案するとともに、育児休業の支援策などとして「短時間正社員」(パートとフルタイムを往来できる正社員)などの制度を具体的に提案しています。

 著者の人事制度に踏み込んだ提案に共感するとともに、やはり個人的には、パートと正社員の賃金格差が、現実問題として大きいのではという気がします。
 欧州ではパートと正社員の時間当たりの賃金格差が違法とされている国も多いということですが、日本ではどれだけ「私」を犠牲にして会社に貢献しているかが、賃金の時間単価にまで影響しているのではと思いました。
 厚労省は、この本の出版前から毎年「ファミリー・フレンドリー企業表彰」を実施していますが、こういうことも、まだ充分に知られていないのではないでしょうか。

《読書MEMO》
●ワークシェアリングの4つのタイプ
 ⅰ 雇用維持型(緊急避難型)...1人当たりの労働時間を減らして仕事を分け合い、雇用を維持していくタイプ。
 ⅱ 雇用維持型(中高年雇用維持型)...ⅰを中高年に限定し、定年後の雇用対策として行なうタイプ。
 ⅲ 雇用創出型...国または企業単位で労働時間を短縮し、マクロ経済全体として雇用を増やすタイプ。
 ⅳ 多様就業対応型...フルタイム以外に、多様なパターンの就業を可能にするタイプ。

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労働現場を見据えた鋭い分析で、過度の「能力主義」化に警鐘を鳴らす。

能力主義と企業社会.jpg能力主義と企業社会』 岩波新書 〔'97年〕 .jpg 熊沢 誠 ・甲南大名誉教授 (経歴下記)

 労働問題研究の第一人者で労働の現場に精通する著者が、日本企業の能力主義管理のこれまでと現在(1997年)を分析し、企業が強めようとしている能力主義管理によって職場や労働はどのように変わり、働く側(エリートだけでなく、ノンエリートの正社員、契約社員、パートタイマーを含む)にどのような問題が生じるかを指摘しています。
 そして、彼ら(彼女ら)の意識調査アンケートを踏まえつつ、過度の「能力主義」化傾向に警鐘を鳴らし、「ゆとり」「仲間」「決定権」というキーワードで問題解決の糸口を提示しています。

 著者は賃金制度のタイプを「集団・個人」と「顕在・潜在」という2軸で切り分けていて、結果それは、
 ◆実力(顕在能力)
 ◆職務
 ◆年功(年齢勤続)
 ◆職能(潜在能力)
 という4区分になるようです。
 従来の能力主義は、顕在能力よりも潜在能力を重視するものだったとし、それを“狭義の能力主義”とするとともに、本書で言う「能力主義」には「実力」主義を含めており、「能力主義」化傾向と言う場合には、むしろ業績に基づく「実力」主義化のことを指しているようです。
 本書では「成果主義」という言葉は使われていませんが、ほぼ現在言われる「成果主義」の問題点を指摘していると捉えてよいかと思います。

 米国は処遇格差の大きい「実力」主義で日本は年功型の横並びという“通念”に対し、米国は同一職務同一賃金の「職務」型で、日本では戦前から格差を容認する土壌があったものが戦後の労働組合の台頭で競争制限・平等処遇に傾き、今また格差容認の戦前型に戻ろうとしているという捉え方は興味深いものでした。
 その他にも、ノンエリートがそうした企業の「能力主義」化の方針に従う心理(要するにリストラさえされていなければ、俺のレースはまだ終っていない、とでもいう意識)など、実に鋭い分析が随所にありました。

 「横並び」の時代は終って「個人主義」「業績重視」「プロフェショナル」の時代へ、という“識者の大合唱”に対して、その日本のサラリーマンをみんなプロ野球の選手に仕立ててしまうような考え方が、協働型の業務スタイルの現状や、補助的業務従事者、契約社員、パートタイマーなどにも果たして当てはまるのかを冷静に分析しています。
 そうしたことを踏まえての提案部分は、主に労働組合に期待するところが大きいようですが、組合がそこまで機能するかどうかが問題だと思いました。
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熊沢 誠(くまざわ まこと)
1938年三重県に生れる.1961年京都大学経済学部卒業(1969年経済学博士).甲南大学教授などを経て,現在は甲南大学名誉教授,研究会「職場の人権」代表.専攻は労使関係論,社会政策論.
著書に『寡占体制と労働組合』(新評論,1970年),『労働のなかの復権』(三一書房,1972年),『国家のなかの国家』(日本評論社,1976年),『新編日本の労働者像』(ちくま学芸文庫,1993年),『日本的経営の明暗』(ちくま学芸文庫,1998年),『能力主義と企業社会』(岩波新書,1997年),『女性労働と企業社会』(岩波新書,2000年),『リストラとワークシェアリング』(岩波新書,2003年),『若者が働くとき』(ミネルヴァ書房,2006年)など.

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日本的雇用の概説としてはまとまっていて、多角的視点を示していた。

日本の雇用.jpg日本の雇用―21世紀への再設計』ちくま新書 〔'94年〕 simada.jpg 島田晴雄 氏(略歴下記)

koyo.jpg 本書は'94年に「ちくま新書」の創刊ラインアップの1冊として刊行されたものですが、「日本の雇用」の今までと今後を、国際経済・労働経済の観点から概説し、企業や社会が今後取り組むべき改革の方向性を提言しています。

 平成不況で雇用リストラが進行し、「終身雇用」が崩れるというのが一般的な見方だとすれば、著者はまず「終身雇用」は法的にも制度的にも保障されていたものではない一種の〈幻想〉であるとし、さらに、不況のためと言うよりも、日本経済が成熟段階にきたこと、円高の進行、高齢化社会の到来などのメガトレンドが、従来の雇用システムの見直しを迫っているのだとしています。

 年功賃金のような「終身雇用」的な考えをベースした制度が従来果たしてきた役割を認めながらも、企業は今後、賃金制度を能力主義化したり、新卒一括採用を見直したり、中高年の能力開発や女性の活用を検討する必要があり、また国は雇用需要を創出するような規制緩和や産業政策が必要になると...。

 「終身雇用」に対する考え方などは今思えば独自のものではないけれど、日本的雇用の概説としては平易な記述でよくまとまっていて、また、賃金プロファイルを住宅ストックと関連づけるなど(要するに若いうちに持ち家が買えるようにすべきだという考え)、人事・賃金制度に対して多角的な視点を示していて、この本自体は入門書として悪くないと思います。

 本書を読むと、「新産業・雇用創出計画」は著者の当時から提言だとわかりますが、著者が「小泉構造改革」に深く関わるにつれて、一部の著作の内容が政策プロパガンダ的になっていった気がします。
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島田晴雄
1943年生まれ。慶應義塾大学教授。2000年より東京大学先端科学技術研究センター客員教授。2001年より経済財政諮問会議(内閣府)専門委員、内閣府特命顧問。2004年より富士通総研経済研究所所長。専攻は労働経済学。
[編集] 主な著書...『日本経済 勝利の方程式』講談社、『痛みの先に何があるのか―需要創出型の構造改革』東洋経済新報社、『住宅市場改革』東洋経済新報社、『ヒューマンウェアの経済学―アメリカのなかの日本企業』岩波書店

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日経の「定年後大全」より広い範囲での実用性で優っている。

定年前2.jpg定年前―50代サラリーマン危機管理マニュアル』 ('05年/朝日新聞社) 定年後大全.jpg定年後大全 2005-06』 (日本経済新聞社)

 これから「大量定年時代」を迎えるにあたって、50代サラリーマンにとって、自分の周囲には、今後の雇用情勢はどうなるか、あるいは老後の年金はどうなるかなど、仕事、お金、健康、家族に関する諸問題が山積しているかように見えるのではないでしょうか。
 中高年社員の方々を見ていても感じますが、「知らない」ということへの不安がまず大きいように思えます。

定年前2.jpg 本書は「定年前」というのがひとつミソですが、その時になって慌てるのではなく、まだ時間のあるうちに予め知識を蓄え、心構えないし準備をしておく、つまり"自分でやる危機管理"という切り口で、今考えておくべき問題をとり上げていて、リストラへの対処から退職後の失業保険や健康保険、マネープラン、年金や生命保険に関すること、さらには老親・妻子を含めた家庭問題や生き方の指針まで、その内容は至れり尽くせりです。

 「転籍命令は拒否できるか」「失業保険はいくらもらえるか」「退職後の健康保険はどれを選ぶか」「生命保険の保険額はいくら必要か」など57項目を4ページずつ簡潔にまとめ、定型マニュアル的文章ではなく読み物として読みやすいように、また見落としがちなことに注意を引くような書き方になっています。

 この本とほぼ同じ趣旨で出版されているものに『定年後大全 2005-06』('05年/日本経済新聞社)がありますが、奇しくも朝日VS.日経、価格も発刊月も同じで、日経版の方は経済部が書いたもので若干マネープラン寄りです。
 内容のバランスと30代・40代の人が読んでも損はないという実用性の点で、こちら朝日版の方をお薦めします。

 網羅している範囲が広く、年金のことなどは突っ込んで書かれており、企業の労務担当者やライフプランセミナー担当者にも"使える"1冊だと思います。

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この1冊で大方のケースに対応できる。問題は買い替えのタイミング。

年金相談標準ハンドブック.jpg  『年金相談標準ハンドブック』 2006年版

 国民年金、厚生年金だけでなく、厚生年金、共済組合の新制度から旧制度までカバーしていて、実務者が相談業務を行う際に、この1冊で大方のケースに対応できるかと思います。
 巻頭に年金相談ツールがあり、「一部繰上げ」や「全部繰り上げ」も表を見て説明できるのが便利です。

 しかし思えば、「特別支給の老齢厚生年金(在職老齢厚生年金)」というのは、将来の老齢厚生年金の給付額に影響しないという意味ではいい制度だったなあと。
 それは段階的に縮小されて何れ無くなり、それを補うものとして「繰上げ制度」があるものの、「一部繰上げ」や「全部繰り上げ」の仕組みを個々に説明して理解してもらうだけでも大変なのに、将来の年金給付額にも影響するとなると、「損益分岐年齢」という問題にぶつかり、「あなたは何歳まで生きますか」という話になってくるので、複雑さが増します。
 
 公的年金制度の仕組みを説明するにあたって、共済制度や旧制度まで加えると、基本事項を網羅するだけでこれだけのページ数になってしまうのか、という思いもあります。
 '01年に初版が出て、その後法改正に合わせて毎年改訂版を出しているのは親切なのですが、だんだん分厚くなってきて600ページ近くなり、価格も上がって4.000円近い値段となり安くないので、利用頻度との兼ね合いですがどこで買い換えるかが難しいかもしれません。 
 
 著者らが悪いわけではないのですが、年金制度をこんなに複雑にした張本人は誰だと言いたくもなります(と、ほとんど愚痴になってしまいました)。

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参考になる部分もあるが、かなり疑問を感じる部分もある。

社会保険料を安くする法.jpg 『社会保険料を安くする法―厚生年金・健康保険・雇用保険・労災保険』 2004年版

 年金・社会保険の専門家が、主に中小・零細企業の事業主に向けた書いた社会保険料の“節約”指南書で、参考になる部分もありますが、疑問を感じる部分もありました。

 例えば、社員を月末退職ではなく末日1日前に退職させれば、確かに会社にも社員にもその月の社会保険料負担は無いのですが、仮にその社員が翌月すぐ別の会社で勤務するとしても、辞めた月の国民年金保険料の納付義務は発生し、社員に保険料と手続きの負担を負わせることになり(手続きしなければ“空白の1ヶ月”となり給付に影響する)、医療保険についても空白期間が発生することになる―そうしたことを社員に説明しなければならないはずだけれど、そのことについては触れられていません。

 本書で紹介している、妻子で業務を営む法人会社の社長が60歳になったら個人会社を設立して報酬を分割したり、逆に個人会社が法人会社を設立して事業所得を分割して社会保険料を安くする方法は、法人所得税税との兼ね合いにおいてそれがトータルで得かどうかは、かなり複雑かつ不確定な話になってくるでしょう。

 定年社員や退任役員を個人事業主化する方法は一般にも行われていることですが、報酬や経費負担の取り決めの明確化および契約書作成などの労務コストをも考慮しておく必要があります。

 本書は1年から2年ごとに改訂版が出されていて、いかに事業主が社会保険料の負担を重圧と感じているかが窺えますが、雇用形態の見直しなどを検討するうえで参考になる部分もある反面、社保料の節減のみに偏り過ぎて近視眼的になっている印象を受け(ページの都合で端折ったのかも知れませんが)、本書を読んだ事業主さんまで近視眼的にならなければいいなあと危惧します。

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労務トラブル多発のポイントを重点的に解説。本格的かつ実務的。

新・Q&A人事労務相談室 採用、配置・異動から退職・解雇まで.jpg 『新・Q&A人事労務相談室―採用・配置・異動から退職・解雇まで』 (2006/03 生産性出版)

 ‘02年に刊行された『Q&A 人事労務相談室』(「基本編」と「賃金・諸手当・退職金編」の2冊)に続くもので、特に法律実務においてトラブルが多く、また判断が難しい事案も多い「採用、配置・異動から退職・解雇まで」を、Q&Aで82問とりあげています。

 「職安に出した労働条件と異なる条件で採用することは違法か」「退職後に同業他社で働くことを禁止する旨の契約を結ぶことはできるか」「内部告発によって会社に損害を与えた場合に懲戒処分をすることはできるか」「有期契約で雇用する契約社員を契約期間の途中で解雇することはできるか」等々、実際に企業内で起きそうな問題について、改正法規、判例に準拠し、明快・平易に解説しています。

 また、今日的なテーマとして、契約社員やアルバイトなどの非正規雇用の社員に関する質問や、高年齢者雇用安定法の改正に伴い、これからの企業経営や労務管理に及ぼす影響が大きいと思われる高年齢者の継続雇用に関する質問、さらには、労働者派遣に関する質問も取り上げています(本書刊行後に社会的問題になるまでに世間の注目を浴びるようになった「偽装請負」についても既に触れられている)。

 解釈が微妙な、それでいてどの企業でも起き得るような問題を優先して取り上げているという感じで、前シリーズでもそうでしたが、1つ1つの設問に対する回答が要約された形で示され、それに続いて、かなり突っ込んだ解説がされており、今回はさらに密度が濃い内容になっていると思いました。

 いわゆる簡単なトラブル対応型の実務書でここまで深く書いてあるものは少なく、学術的な労働法の専門書になると実務を離れて法解釈が主になってしまうものが多い気がしますが、結構、現場では、解釈が難しく、それでいて実際にいち早く対応を図らねばならないことが多いのではないでしょうか。

 企業内で「採用、配置・異動から退職・解雇まで」に関してのトラブルに遭遇することの多い実務担当者が(ほとんどが該当するような気がしますが)、そうした問題に直面した際に過たずに判断し対応するには必携の本のように思えます。

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文章も図説もわかりやすい。話し合いによる解決の大切さを示している。

小さな会社の労務トラブル「円満」解決法.jpg 『小さな会社の労務トラブル「円満」解決法』 (2005/12 日本実業出版社)

 勤務時間や休憩をめぐるトラブルから非正社員の雇用や処遇をめぐるトラブルまで、小さな会社でよくありがちな労務トラブル110のケースをあげ、それらの解決に向けて、法解釈だけでなく現実的な対応を示しています。

 平成18年4月改正の高年齢者雇用安定法まで対応していて、「個人情報をタテに健康診断書の提出を拒否された」などといった今日的な問題も扱っています。

 文章も図説もわかりやすく、ケースごとに最後にポイントを1センテンスにまとめていて、巻末に注釈入りのモデル就業規則が付いているのも便利です。

 会社の規模が小さいからと言って、適用法規が変わるわけではないのですが、労使の話し合いによって「円満」に解決できる面が多々あることを示していて、経営者と社員の距離がより近い小さな会社ほどその余地は大きく、またそうした努力や工夫をせずに法規解釈だけを当てはめると、逆に問題が大きくなる可能性もあることを感じました。

《読書MEMO》
●実務上は、土日の休日のいずれか出社した場合は、休んだ方を法定休日にする(72p)
●休日の接待ゴルフは、社の命令であっても勤務時間ではないのが通説(76p)
●休日に半日出勤した場合でも、全1日の振替休日を与えた方が社員に不満を抱かせない(半日振休が認められていない
●パートの年休付与日数は、契約更新後の新しい週所定勤務日数に応じて付与される(230p)

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現実に企業で起きやすい問題に対しての具体的対処法を示す。

サービス残業・労使トラブルを解消する就業規則の見直し方.jpgサービス残業・労使トラブルを解消する就業規則の見直し方』 〔'05年〕 デフレに勝つ賃金改革.jpg 『デフレに勝つ賃金改革―北見式実践マニュアル』 ('00年/東洋経済新報社)

 社員にサービス残業をさせていたところへ監督署の臨検が入り、時間外手当の遡及支払いを命じられた、あるいは就業規則等の是正勧告を受けたという話は、業種、企業規模を問わずよく見聞きするところとなっています。
 本書は、そうしたトラブルを招かないようにするための就業規則・賃金規定の作成や労務管理のあり方について具体的に述べられていて、時間管理の問題のほかにも、年次有給休暇や配転の問題、パート・嘱託社員の労務管理問題など広くとりあげて、法規に沿った対処方法を解説しています。

 個人的に注目したのは役職手当に関する部分です。
 前著『デフレに勝つ賃金改革』('00年/東洋経済新報社)で、役職手当を「役職手当」と「役職時間外手当」に分け、金額は大きくあるべき(例えば部長は役手10万円・時間外なし、課長は役手1.5万円・時間外7万円、係長は役手1万円・時間外5万円)と主張していましたが、これは役職手当に「時間外」が含まれていることを明示するとともに、昇進したら時間外が付かなくなり賃金が減るという矛盾を避けるにも良い方法だと思いました。
 しかし、役職手当の金額が大きくなると既得権化し、人材登用が硬直化する恐れもあるのではとも思われました。

 本書でも、役職手当の金額を大きくして実力主義を徹底させるという考えは同じですが、金額を固定せずに貢献度に応じて変動させることを提案しています(例えば部長は役手13万〜20万円・時間外なし、課長は役手8万〜12万円・時間外なし、係長は役手1万円・時間外あり、主任は役手5千円・時間外あり)。
 これは洗い替え方式の「役割業績給」的な考え方であり、前述の既得権化の問題をクリアするうえでも、より良いやり方だと思います。

 現実に企業で起きやすい問題に対しての具体的対処法が練られていて、かつ事業主にも分かりやすく書かれていると思います。

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人事・労務の実務寄り。判例の読み方が光る1冊!

雇用社会.jpg新・雇用社会の法』 〔'04年〕 実践・変化する雇用社会と法.jpg実践・変化する雇用社会と法』 〔'06年〕

 菅野教授の著書では『労働法』(弘文堂・法律学講座双書)が知られていますが、人事・労務実務担当者が勉強のために読む労働法の本としては、こちらの方がわかりやすいのではないでしょうか。

 本書は04年版で、'02年版の『新・雇用社会の法』の改訂版ですが(『雇用社会の法』は'96年刊行)、その間に改正のあった労基法への対応ほか、派遣問題や労使紛争解決システムなど近年のテーマも扱い、全般的なわが国の雇用問題、長期雇用システム信仰の揺らぎにも言及しています。

 Q&A形式ですが、「人事権とは何か?」「労働契約の期間は当事者間で自由に定めることができるか?」といったものから「○○社は......」といった判例を扱ったものまでとりあげ方が多様で、すぐに回答を示すよりも考え方のプロセスを示すことに重点が置かれているのが特徴です。
 また、中にはあえて回答を特定していないものもあり、現行法への問題提起にもなっています。
 
 司法修習を経て大学教授になった著者らしく、実務寄りで、判例の読み方が光る1冊ですが、'06年3月には、企業内で起きる雇用に関する問題についての対応に主眼を置いた『実践・変化する雇用社会と法』(共著/有斐閣)が刊行されています。 
 それぞれの価格は3千円以上しますが(『新・雇用社会の法』 3,780円、『実践・変化する雇用社会と法』 3,045円)、古書市場狙いならば本書の方がコストパフォーマンスがいいかも。
 
《読書MEMO》
●秋北バス事件...不利益変更を一方的に課すことは原則許されないが、【労働条件の統一的決定要請】からすれば、就業規則に合理性があれば、反対労働者も適用を拒むことはできない
●みちのく銀行事件...55歳以降の基本給および賞与の大幅引き下げ→年収の40%から50%)には、合理性がない
●スカンジナビア航空事件...裁判所は、希望退職に応じない社員に対する年俸契約への切り替えのための解雇を「変更解約告知」(労働条件変更のための解約)とし、合理性が不利益を上回っているとし、新契約拒否社員の解雇を認めた
●賞与を払わない...就業規則の内容を下回る労働条件は、労働者の個別同意があっても違法(59p)
●就業規則の効力...【法規範説】(労働者・使用者を拘束する法規範。使用者が一方的に定めることができるのは a..営権に基づく説 b..企業内慣習法説 【契約説】→判例は秋北バス事件で、法規範説(入社した時には、その内容を受け入れることになっているということは、就業規則=労働条件という慣習が成立しているから、労働者は就業規則の存在・内容を知らなくても適用を受ける)(60p)
●職種転換...日産東村山工場で車両部門一筋の機械工を全員を組立ラインに配転→会社勝訴(141p)
●転勤...東亜ペイント事件で、母病気、妻保母という状況でも神戸から名古屋への転勤は甘受すべき〈会社勝訴〉(142p)...配転・転勤に関する会社の裁量権は比較的大きい
●「擬似パート」(実質フルタイムで正社員と同じ仕事をしている)に、時給換算で正社員の8割までの額との差額請求権を認めた(丸子警報器事件)(274p)

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法改正部分を中心に、実務家向けにわかりやすいQ&A方式で。

Q&A 改正労働法解説.jpg  『Q&A改正労働法解説』 (2003/12 三省堂)

crush.jpg 弁護士グループによる著作で、実務家向けにわかりやすいQ&A方式で書かれています。

 平成15年の労働法改正に対応した内容です。
 労基法で言えば、「有期労働契約」(期間の上限が1年から3年になったことなど)、「裁量労働制」(企画型裁量労働制の要件緩和など)、「解雇」(解釈・運用自体は従来と同じ)などに関する改正部分がが焦点としてとり上げられていて、その他にも職業安定法や労働者派遣法の改正などもありましたが、それらについても触れられています。

 改正の経緯や今後の未見通しも含め解説するとともに、解釈の余地を残すものについて特に重点的にとり上げています。

 法改正部分にとどまらず、労働法全般を通して実務家が直面することが多いと思われる事項をとりあげてかなり突っ込んで書かれています。
 例えば成績不良社員への対応などについてで、実務上のリファレンスとしても使えるものとなっているかと思います。

《読書MEMO》
●労基法(H.15年改正)...「有期労働契約」1年→3年、1年を超えれば2週間前の予告で退職自由(専門的業務3年→5年、この間の退職は合意によるしかない)
●「企画型裁量労働制」本人同意が必要、「専門業務型」同意不要(何れも変更なし)企画型裁量労働であっても労働時間の状況等を把握すべしという指針
●解雇権濫用の立証責任→法律上は労働者に、裁判上は使用者に
●派遣法(H.15年改正)...26業務無期限(以外は3年)に、紹介予定派遣では事前面接が可能に

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判例を通して「解雇ルール」を探る実務家・企業の必携書。

解雇ルール.jpg 『詳細!改正労基法「解雇ルール」のすべて―裁判例の整理と法的手続』 ('03年/日本法令)

1183485780.jpg 副題に「裁判例の整理と法的手続」とありますが、メインは解雇に関する裁判例の解釈を通しての概念整理です。
 解雇を「狭義の普通解雇」、「整理解雇」、「懲戒解雇」の3つに区分して概説し、以下それぞれの判例とその解釈を示しています。

 裁判例がよく網羅されていて、部分的曲解を排するために比較的長文の引用になっていますが、判例タイトルが太字斜字体になっているので読みやすい。
 解釈も極めてシャープで、著者なりの考え方も明示されています。
 個別労使紛争についても、同じ区分に沿って事例が紹介されていて、最後に本文でとり上げた300件以上の判例の検索が付いているのも丁寧だと思います。

 労基法改正により解雇権濫用の法理が明定されたわけですが、それは「合理性」という抽象的な概念に拠るものでしかありません。
 結局のところ、どのような解雇が有効となり、どのような解雇が無効となるか、要するに「解雇ルール」は、判例を当たるしかないというのが現実でしょう。
 そうした意味において本書は、キャッチコピーの通り、まさに「実務家・企業の必携書」だと思います。


 【2009年改訂版[日本法令(『詳細!最新の法令・判例に基づく「解雇ルール」のすべて』)]】

《読書MEMO》
●就業規則の絶対的必要記載事項に「解雇事由」が明定(2004.01〜)(47p)
●解雇の分類...「狭義の普通解雇」「整理解雇」「懲戒解雇」(57p)
●ナショナル・ウエストミンスター銀行事件(東京地裁・平成12年)(130p)...4要件は総合的に判断すべき(4要件論を排斥、「4要素」論)
●懲戒処分にかかわる諸原則(152p)
 (a)罪刑法定主義
 (b)効力不遡及の原則
 (c)一事不再理の原則(二重懲罰の禁止)

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ジェンダーハラスメントなど今日的テーマを多くとりあげている。

Q&A%20「社員の問題行動」対応の法律知識.jpg 『Q&A 「社員の問題行動」対応の法律知識』 (2003/08 日経文庫)

may I help you?.jpg 雇用リストラを行ったり成果主義の浸透する企業内では、窒息するかのようにトラブルや問題行動を起こす社員が増えている傾向を生じやすく、企業側としてはそれらへの対応を一歩誤ると、不当解雇とされて訴訟問題に発展したりする恐れもありますし、セクハラ問題などが表ざたになれば企業イメージや社員のモラールの低下にもつながりかねません。
 
 本書は、問題が起こる前に企業がとるべき予防策としてのコンプライアンス徹底と、問題が起きた場合の迅速な対応について、勤務時間、勤務態度、私生活上の問題、セクハラや人間関係、仕事能力や人事考課・賃金、情報漏えい、会社との対立、転勤・異動、退職といった広い範囲にわたり、それぞれに起こりうる具体的な問題例とその対応をQ&A形式でコンパクトにまとめてあります。

 女子社員のお茶くみの問題(ジェンダーハラスメント)や内部告発の問題(ホイッスルブロワー)など、今日的テーマや問題を多くとりあげているところに特徴があるかと思います。
 中には実際にそうした状況に遭遇してみなければ判断の難しい問題もありますが、企業側と社員の双方が、他人を尊重する人権意識と品格ある行動規範を持つことが大切であるという本書の主張を前提に置いて対処すべきなのでしょう。

《読書MEMO》
●会社の裁量で欠勤を有給休暇に振りかえることは可能(56p)
●架空領収書は、他人印章を使用したり、記載業者が実在のものであれば、「私文書偽造罪」(66p)
●業務上の人身事故は、車の所有者でなくとも、会社が責任を負う(「運行供用者責任」)(76p)
●女性社員の意に反しての不要なお茶汲みはジェンダー・ハラスメントの恐れ(106p)
●ホイッスルブロワー(内部告発者)(170p)
●社宅契約は、利用料が相場の数分の1だと賃貸借契約にあたらない(182p)
●退職願の撤回...通常、「合意解約」の申し込み。

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賃金・諸手当・退職金などの法的問題でふだん疑問に思っていることに的確回答。

賃金・諸手当・退職金.jpg 『Q&A人事労務相談室 賃金・諸手当・退職金―迷ったときの判断基準84項目』 ['02年]

070508.jpg 前著『Q&A人事労務相談室』('02年/生産性出版)が労務問題全般を扱った「基礎編」であったとすれば、第2弾の本書では、特に賃金・諸手当・退職金にまつわる問題やトラブルにターゲットを絞り、その法規上の扱いや現実の対応を、より突っ込んでわかりやすく書いています。

 実務上発生する解釈の微妙な問題について判例を引いてすっきりした形で答えているので、問題が発生した場合の解決の手引きとしても、また自社の制度等の法的整合性を確認するうえでも役立つと思います。

 労働条件の不利益変更を、会社側が就業規則の改定というかたちで一方的にやっても、一定の合理性があれば法的に認められる場合もあることがわかります(だからと言って一方的に就業規則を改定するのではなく、そこはやはり社員に対しては事前に充分説明をする必要はある)。

 管理職の深夜割増し残業代を時間単価の125%で払っている会社がありますが、この場合25%だけで払えばいいのです。
 給与の締切日を20日締めから月末締めにするにはどうすればよいのか? 毎月払いの原則があるので、注意が必要です。
 大企業などで部下を持たないスタッフ職を「管理監督者」とし残業代は支給していないケースがありますが、法的根拠はあるのでしょうか?―等々、何となく曖昧になりがちな部分や、実務担当者さえふだん疑問に思っている問題に、法令と実務の両面に沿ったかたちで回答しています。

 人事・労務担当者は知っておくべきことが多くて大変だと思いますが、書かれている内容は、そうした仕事に関わる上では知識として重要なことばかりで、また一般のビジネスパーソンにとっても、こうした賃金のことでの問題に直面した場合には役立つ本かと思います。

《読書MEMO》
●不利益変更を就業規則で包括的に→合理性あればOK(秋北バス事件)(16p)
●業務上災害のため休業中の者の賞与を欠勤控除してもよいか→OK(22p)
●割増算定除外→家族・通勤・別居・子女・住宅・臨時・1ヶ月超える(53p)
●管理職深夜割増は×1.25でなく×0.25でよく、割増込みの場合不要(74p)
●給与の締切日・支払日の変更方法(82p)
●半日休業の休業手当(100p)
●部下を持たないスタッフ職でも管理職と同等地位にある者は管理監督者(149p)

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人事労務担当者の知っておくべき常識集。判例の抽出・解釈が適切。

Q&A 人事労務相談室.jpg 『Q&A 人事労務相談室―迷ったときの判断基準84項目』 (2002/07 生産性出版)

迷ったときの判断.jpg 企業には当然のことながらいろいろな社員がいるもので、何かと人事部にクレームをつけてくる社員の中には、「六法」や労基法関連書籍を肌身離さず持っている社員もいて、総務や人事の担当者の方がこうした社員に対して苦手意識を抱き、及び腰になっているケースが、中小企業などで時々あります。  
 
 しかし企業内で発生する労務管理上のトラブルには、背景や細部においては個々に事情が異なるものの、おおまかに見ればいくつかの類型があり、対応する側が労働法規を理解し、予め法的に落ち度の無いように社内ルールの策定・運用に心がけていれば、こうした相手には「法的にはこうなっている」という切り替えしが効くため、むしろ対応しやすいのではないかとも思えます。
 
 夜の接待はどのような場合が残業になり、どのような場合がならないのか?
 自宅への"持ち帰り"残業の扱いはどうなるのか?  
 欠勤を有給休暇に振り替えたいという社員がいるが申し出をきかなければならないのか?
 解雇した社員が貸付金を返さないがどうすればよいか?
 年俸制の社員の年俸を期中に下げることはできるか?

 本書は、社会経済生産性本部のウェブサイトに寄せられた種々の質問をベースに、その回答者である著者が、こうした労働時間・休暇、賃金、解雇・退職、懲戒などに関する疑問やトラブルについて、その法規上の扱いや具体的な対応方法をわかりやすく書いています。

 判断が微妙な事案に対しての、それに対応する判例の抽出や解釈も適切で、人事労務担当者にとって役に立ち、またある意味では本書は、"人事担当者が知っておくべき常識集"ではないかと思います。
 もちろん一般サラリーマンにとっても、"泣き寝入りしないための知識集"として読めます。

《読書MEMO》
●パートタイマーは短時間労働者、アルバイトは短期間労働者(2p)
●夜の接待は使用者の特命がない限り、商談でも労働時間にならない(60p)
●持ち帰り残業も、特殊ケースを除き労働時間にならないという説が有力(63p)
●欠勤の有給休暇への振替は、労働者の申し出と使用者が承認が必要(92p)
●解雇社員が貸付金を返さない→内容証明〒&身元保証人代位返済(175p)
●年俸の期中変更→就業規則の定めがない場合は個別同意でやる(252p)

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問題社員対応について書かれた本の嚆矢となった、人事・労務の実務担当者向けの良書。

「問題社員」対応の法律実務.jpg「問題社員」対応の法律実務「問題社員」対応の法律実務 続.jpg続「問題社員」対応の法律実務』 ('06年)

business3.jpg 法律家が「問題社員」という的の絞り方で書いたものとしては嚆矢となったもので、もちろん今でもその内容は古くありません。

 Q&A形式ですが、最初に出てくる"茶髪"社員への対応などは、当時、法律家が書いたものとしては新鮮(?)で(著者は労働法・労務問題のエキスパート弁護士)、ビジネス書のベストセラーランキングで上位に入っていたかと思います。
 判例の取り上げ方が妥当で、説明も一般向けにわかりやすく書かれているのが良かったと思います。

 弁解の多い始末書は、あえて無理やり書き直させたりしないでおくと、逆に裁判のときには会社側に有利になることがあるなど、企業の実務担当者向けの細やかなアドバイスが多く含まれているのも特長です。

 '06年7月に同じ著者による本書の続編となる『続「問題社員」対応の法律実務-いざというときの対処法』(日本経団連出版)が刊行されています。

《読書MEMO》
●高知放送事件...アナウンサーの2度の遅刻に対する解雇の解雇権濫用(10p)
●失踪社員の退職処理→簡易裁判所への「公示送達」(16p)
●医師に会って話を聞きたい→患者本人(休職中の社員)の同意必要(42p)
●弁解の多い始末書を書き直しさせない→裁判の時は逆に有利になることも(47p)
●給与・退職金は4分の3が差し押さえ禁止、給与は21万円までは残す(70p)
●「バス会社」のバス運転手の休日マイカー飲酒運転事故→解雇有効(92p) 
●「ミッション系短大」の女性講師が未婚の母に→解雇有効(93p)
●産休だと無給なので年休を請求することは自由(99p)
●急病の欠勤を事後に年休に振り返ることを認めるかは会社が決める(113p)
●社宅明け渡しに借地借家法の適用はなく適度の猶予を置けばよい(126p)
●海外留学(本人希望)直後の退職には、特約付金銭消費貸借契約で(136p)
●反省の意を強調するための退職届→「心理留保」により無効(182p)

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就業規則の作成実務をしている人には大いに役立つ。

syugyou.jpg  『変革期の就業規則―実務からみた問題点と規定例』 (大型本)

Morning chorei.jpg 就業規則を作成するうえで労働法に精通しているにこしたことはないですが、労働法に詳しいからすぐにでも就業規則が作れるというものでもないかも知れません。  

 本書は就業規則作成の実務に沿って、「総則」「人事」「服務規律」「労働時間」「休暇」「賃金」「退職金(退職年金)」「安全衛生・災害補償」「懲戒」「教育・研修」の順に10章にわたって、基本的な考え方、問題点、焦点、裁判例、行政解釈、参考条文などをあげ、具体的に解説しています。
 
 特に条文例が豊富でリアリティがありますが、それもそのはずで、日経連(当時)が加入企業に協力要請して集めた就業規則の中から実際の条文を抜粋し、「検討を要する実例」「参考となる実例」として評価および論拠解説をしています(個人的にこの作業に協力したが、提供したものの大部分が「参考となる実例」として紹介されていたので、少しホッとした。このような紹介のされ方をするとは、事前に聞いてなかったが、予め言ってしまうと事例が集まらないのだろうなあ)。

 この冊子(大判286ページ)は、コンサルティングファームの人事コンサルタントなどの間で重宝がられていると聞いたことがありますが、就業規則の作成実務をしている人には、内部者であろうと外部コンサルであろうと、大いに役に立つのではないかと思います。

 ただし、'98年刊の改訂版ではあるものの、'00年1月までの法改正・行政解釈にしか対応していないので、今後の改版が望まれます(常に労働法制が変わる中で、そのタイミングはとりづらいだろうとは思いますが)。

《読書MEMO》
●検討を要する例
「この規則に定めのない事項については。労働基準法、その他の法令に定めるところによる」
(中略)これは労基法で規定されており、重ねて規則で既定することは実益が少ないであろう。(17p)
●「退職届を出した社員は会社の承認があるまではその職務に従事しなければなならない」(△)→「ただし、退職願提出後2週間を経過した場合はその限りではない」(◎)(58p)
●年俸制対象者が年度途中に退職した場合の年俸全額の請求権→月俸:毎月の賃金支払日に当該期間の請求権発生、賞与:就業規則による(197p)

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労働法の基本知識を実践に即して解説。入門書としても復習用としても。

人事の法律常識.jpg  『人事の法律常識 (日経文庫) 〔第6版〕』日経文庫 安西 愈(あんざい まさる).jpg 安西 愈(まさる)弁護士

 人事担当者が知っておくべき労働法の基本知識を、この分野の第一人者弁護士である著者が実践に即して解説した新書本で、新任の人事担当者などが通勤時間帯などで読むにはちょうど良い本かと思います。

 最初に3章を割いて、労働契約と就業規則の関係や、労働者が労働契約上負う義務、就業規則の制定・変更とその効力などについて説明したうえで、続く各論において、人事全般、賃金、勤務時間管理、休暇管理、退職・解雇・懲戒などの具体的な法律実務を解説しています。

 人事担当者に労働法の知識は不可欠ですが、本書序章にもあるように、労働法は法律、判例、社会通念、企業内規範などの上に立つものであり、法律だけでなく判例の動向などにも常々注意を払っておく必要があることがわかります。

 本書は『人事マンの法律常識』('81年/日経文庫)を法改正に沿って改訂した第5版('99年刊行)で、当時の均等法や育児・介護休業法の改正がひとつ焦点になっています(それで、タイトルも「マン」を削った)。

 '04年に「第6版」が刊行され、章立ては前版と同じですが、労働基準法の平成15年改正(有期労働契約、解雇、裁量労働制に関する改正)などが反映されたものになっています。

人事の法律常識 〈第7版〉.jpg 新任担当者向けと最初に書きましたが、労働慣行と就業規則の関係や、労働者の義務について触れられた部分は、普段あまり意識されないものの重要な事柄であり、就業規則の服務規律などを検討するうえで、ここに書かれていることを前提として理解しておくと役立つのではと思われました。
 全般に労働契約に関してのしっかりした見識を踏まえての解説がされているため、個人的にときどき復習的に読み直したりしています。(その後、第7版が刊行され、一部が、労働契約法、改正パート労働法などに対応した内容に改められている。)

改訂第7版                                                        
 【2004年改訂6版・2008年改訂7版[日経文庫]】
                                                      
《読書MEMO》
●第2章「労働契約上の労働者の義務」の内容
労働義務とは/業務命令に従う義務/職場秩序を守る義務/職務専念義務/信頼関係を損なわない忠実義務/誠実な業務遂行義務/職場の人間関係配慮(セクハラ禁止)義務/業務の促進を図る義務/会社の名誉・信用を守る義務/いわゆる内部告発と名誉・信用毀損/兼業禁止義務/企業秘密を守る義務/協力義務/使用者の配慮義務

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社員向けに書かれた本を読むのも初学者にとっては1つの方法。

070125.jpg 主に社員向けに書かれた労働法入門書で、日常起こりうる労務問題についてアドバイスするという立場で平易に書かれていますが、同時に、使用者たる企業に対しても、従業員を雇用する限りはこれだけのことは知っておいた方がいいですよ、というニュアンスが含まれています。

 '94年の刊行で、個人的には相性の良かった本であり、「解雇」と「不払い残業」の問題が最初の1章、2章にそれぞれきていて、時代に即応していたという感じがします。

 労働法は以降、(本書に書かれている内容レベルではさほど影響がないものの)細部においては改正部分が多くあるので、今時点でこの本自体をわざわざ古書市場に探し求めたりする必要は無いかと思いますが、こうした社員向けに向けたスタンスで書かれたものは、人事部に新たに配属された管理者やスタッフなど、初学者が最初に読む本としても入りやすいのではないかと思います。
 (それまで法律関係の本を読んだことがない部下に、いきなり労働法全書のようなものを読ませるのは酷だし、効率が良くない。)

 こうした本は少なくなく、一般書店で充分入手できます。
 ただし、本を選ぶ場合は、読みやすさだけでなく、一応、著者の来歴もチェックしておいた方がいいかも知れません。
 本書の著者は労働基準監督官を経て弁護士となった人で、個人的にはこの著者の本に関しては信頼を置いています。

外井 浩志.gif   外井 浩志 氏 (弁護士)

 昭和56年 3月 東京大学法学部公法学科卒業
 昭和57年10月 司法試験合格
 昭和60年 4月 安西法律事務所入所
           (第一東京弁護士会登録)
 平成18年 4月 外井(TOI)法律事務所開所

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IT時代特有のストレスからくる「心の病」をわかりやすく解説。

ITエンジニアの「心の病.jpgITエンジニアの「心の病」技術者がとりつかれやすい30の疾患』('05年/毎日コミュニケーションズ)

070109.jpg ITエンジニアがとりつかれやすい30の疾患を解説し、症例と対応策を述べています。その中にはITエンてんかん、VDT症候群、ドライアイ、手根管症候群など特にITエンジニアが罹りやすい病気もありますが、頭痛、慢性疲労症候群、自律神経失調症、社会不安障害(対人恐怖症)、うつ病、適応障害、インターネット依存症、過敏性大腸症候群、ディスペプシア(胃のもたれ)、狭心症・心筋梗塞、脳梗塞など、ITエンジニアに限らず働く人のすべてが「心の病」が昂進して発症するおそれがあるものが多く含まれていることがわかります。

 冒頭に大手広告代理店社員の過労自殺事件を取り上げ、過労自殺は企業の責任であることを明言し、社員のストレスは企業のリスクであること、企業にメンタルヘルス対策が不可欠であることを強調しています。

 しかし実際には「心の病」を見抜くのはそれほど簡単ではありません(本書によると「腰痛」も30疾患の中に含まれていて、「心の問題」に起因することがあるらしい)。

 そこで後半部分では、過労自殺などに至るまでの見落としがちな危ない兆候を、「デフコン(警戒態勢)1〜4」までの危険度別に紹介し、予防法や効果的なストレス解消法を説いています。

 全体に平易な文章で、データもよく整理され用語解説も丁寧で、わかりやすい内容となっています。

 確かにIT時代特有のストレスというのは増えているのでしょう。
 携帯メールの普及などは、着信を常にチェックをしないと落ち着かないといった状況を生み、本人はその意識がないのかもしれませんが、著者からみれば一種の依存症であるとのこと。
 メールの返信に追われたり、相手からの返信がないとイライラしたりするのは、ストレスを増長させる原因になるのではないかと著者は言っています。

《読書MEMO》
●統合失調症(8p)
●スロー・フード運動(29p)
●うつ病と大うつ病(36p)
●A型人間(118p)
●昇進うつ病(142p)

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「●「うつ」病」の インデックッスへ

「社内うつ」とは本当のうつ病ではなく、職場ストレスが引き起こす「適応障害」だという考え。

仕事中だけ「うつ」になる人たち.jpg仕事中だけ「うつ」になる人たち―ストレス社会で生き残る働き方とは』 ('04年/日本経済新聞社)

 心理学者の小杉正太郎氏とワトソン・ワイアットの川上真史氏が、最近増えていると言われる「社内うつ」の問題について、その発生原因やそれを取り除く方法を対談形式で語っています

070101.jpg 小杉氏は本書で、本当のうつ病(内因性うつ病)は人口の0.3%に過ぎず、今ビジネスの世界で起きているのは「心因性うつ状態」と「適応障害」であるとし、「心因性うつ状態」は死別体験や社会的立場の危機などで生じるが、「適応障害」は特定の人物や状況に遭遇した時だけ生じると言っています。
 そして、「職場ストレスが引き起こす適応障害」を「社内うつ」と呼んでいます。

 個人の体質からくる「うつ病」は完治が難しいが、「社内うつ」は、例えば人間関係のトラブルが原因の場合、その原因となっている相手とのコミュニケーションを改善するなどしてトラブル原因をとり除けば、解決されるであろうと...。

 ストレス問題の解決法として氏は「積極的コーピング」という考え方を示していますが、それは、感情に直接焦点を当てるのではなく、原因となっている問題に焦点を当て解決することに主眼をおいた対処方法のことです。
 むしろ外部の専門家より内部の管理職が意識すべきことかも知れません。
 そのためには、氏の指摘のように「ストレス耐性」などと言って耐えることが美徳とされている企業風土を変えていく必要も感じました。

 一方、川上氏は、企業側から見たマネジメント問題としての提案をしていますが、"ハイパフォーマーを守るための制度"的な考え方が窺えるのが少し気になりました。
 氏のコンピテンシー論も興味深かったのですが、もともと達成動機論(達成動機の高い社員を多くする)だったものを、自分が日本流に行動論にアレンジし、つまり、真似していると同じ気持ちになってくるという方法論として導入したということらしいです。
 興味深い話ですが、そうした「自分がやった」という氏の自負は一体どこから来るのだろうか、やや疑問を感じました。

小杉正太郎.jpg 小杉正太郎 氏 (心理学者/略歴下記)  kawakami.jpg 川上 真史 氏 (ワトソン・ワイアット)

《読書MEMO》
●最近の医学では、「DSM-Ⅳ」というマニュアルが多く採用され、症状の程度と持続期間によって「大うつ病」と「軽症のうつ病(気分変調障害)」に分けている(本書でも「軽症うつ病」という言葉を併せて使用)。

_________________________________________________
小杉正太郎 (早稲田大学文学部教授)
1939年生まれ。早稲田大学大学院博士課程修了。1966年から携わった海底居住の心理学的研究を契機として、環境・ストレス・行動などをキーワードとする心理学的研究に従事。多数の企業にカウンセリングルームを開設し、従業員を対象とした心理ストレス調査と職場適応の援助を実施している。心理ストレス研究の第一人者として執筆活動・講演活動も活発に行う。主な著書に『社内うつ』(講談社)、『ストレス心理学』(川島書店)、『仕事中だけ「うつ」になる人たち』(川上真史氏との共著、日本経済新聞社)などがある。

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「タイプA」行動などをイラスト入りでわかりやすく解説。

068.gif
あなたならどうなる?100のサイン.jpg 
 
 
  
 

 ディスカヴァー・トゥエンティワン
 http://mujina.agz.jp/stress.html
  

 本書はストレスが高まったときに現われやすいサイン
(危険信号)を100種類とりあげ、原因や放置するとどう
なるかという簡潔な説明を、動物を擬人化したイラスト
との見開きで示しています。

 冒頭の9つは、「タイプA」行動と言われるもので、Aは〈Aggressive(攻撃的な)〉の頭文字ですが、競争心が高く攻撃的で、何事にも過剰適応し、常にストレスが高いタイプです。

 米国で、虚血性心疾患の患者に共通する行動様式として発見され、カウンセリングの本などにも出てくる言葉ですが、本書では擬人化された動物のイラスト入りでたいへん分かりやすく紹介されていて、思わず笑いそうになりながら、かつ参考になりました。

 要するに、「タイプA」行動と言われる行動特性を多く有する人は、心筋梗塞で突然ポックリ逝く恐れが平均より高い確率であるということですが、本書によれば、これは遺伝ではなくあくまでも行動様式の形態なので、自分で変えることができるとのことです。                                                   
笑わなくなる.jpg このほかに、欝(うつ)の兆候などを、イラストと簡潔なコメントでわかり易く示していて、楽しみながらも大いに参考になります。



 

「笑わなくなる」

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外部人材市場が充分に形成されていない環境での雇用調整は、また別の話ではないか。

「クビ!」論。.jpg 『「クビ!」論。』 朝日文庫 〔'04年〕

 著者は、外資系の銀行や証券会社で人事部長を歴任し、1000人を超える社員のクビを切って「クビキラー」と恐れられた人だそうですが、本書の前半部分では、外資系企業において解雇通告が実際どのように行われるかが生々しく語られていて、社員を「自主退職」に追い込むテックニックなどが述べられています。

 人事担当者が読んで参考になるというよりも、身につまされる思いで読んだサラリーマン読者が多かったのではないでしょうか。
 中盤ではそうした社員側に立ち、どんな社員がクビになるか社員としての防衛策を説き、後半では、日本企業で行われているクビ切りのあり方を批判しています。

 外資系企業と日本企業の人材に対する考え方の違いがわかる一方、著者の経験が金融・証券という特殊な業界に限られているので、「ウチも外資だけれど全然違うよ」といった感想を抱く人も多いかと思います。

 著者は「解雇通告」をしただけで、実際にリストラの決定を下したのは経営陣のはずですが、そのあたりの経緯や状況がM&Aであるということ程度しか述べられていないのでよくわからない。
 また、日本企業の(一般の職種)のように外部の人材市場が充分形成されていない環境での雇用調整に対して、外資系の企業の(金融スペシャリスト)のやり方を倣え的な論法は、無理があるような気がします。

 外資系企業を辞めさせられた社員が再就職支援サービスを意外と利用しないのも、スペシャリスト人材の市場があるからであり、訴訟問題が少ないのも、そんなことに費やす時間が勿体無かったり、訴権放棄約款があったりするからで、逆に日本の中小企業においては、再就職支援サービスなどの退職パッケージを用意できる企業さえ稀な方ではないでしょうか。

 突っ込みたくなる所は多いのですが、「自分で考え自分で生きようとしない」日本のサラリーマンに対する憤りはわからなくもなく(なぜか団塊の世代に著者の矛先が集中している)、リストラを行っている側の現場の声がこうして上がってくるのが珍しいことも、本書がベストセラーになった要因の1つでしょう。

 【2004年文庫化[朝日文庫]】

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「●中公新書」の インデックッスへ

リストラを検討する際に踏まえておいた方がいい基礎知識が整理されている。

雇用リストラ.jpg 『雇用リストラ―新たなルールづくりのために』 (2001/08 中公新書)

biz01.jpg 経営環境が悪くなり、会社の役員会で「リストラするしかない」「いや、ウチは終身雇用だから...」「じゃあ、退職勧奨ではどうか」などの会話が飛び交うとき、そもそもそうした雇用リストラに関するタームを、役員が共通した正しい認識で用いているかどうか、まず懸念される場合があります。

 本書では、雇用リストラの種類とそれがどう計画・実行されているのかを実態に沿って説明していますが、元・労働基準監督官が書いたものだからと言って「リストラ、いかん」という話ではなく、市場経済下ではどの企業も繁栄を保障されているわけではなく、雇用リスクの存在は必然的なものだとし、そうしたリスクを最小化するための社会ルール(例えば解雇制限法)の必要を訴えている本です。

 日本は"終身雇用"で欧米は"解雇自由"という一般認識の誤りを指摘していますが、確かに労基法にも就業規則にも"終身雇用"の文言は無いわけで、一方米国などでは、勤務期間に基づく先任権制があり、レイオフ順位がハンドブック(個人別の就業規則のようなもの)に明記されていたりします。

 また一般に雇用リストラは、採用の停止・抑制、賃金カット、希望退職、正社員解雇などの順序で行うとされていますが、解雇は最後になるべきだがその前段階は固定的な順序設定はないと―。そもそも、賃金カットは雇用に直接的に関係ないが、一方、希望退職は雇用者に選択権があるなど、質的に異なる―。

 雇用問題を扱った本ですが、企業リスクの最小化という観点に立っており、企業が雇用リストラを検討する際に踏まえておいた方がいい基礎知識(前提知識)的なものが整理されているため、一読の価値はあるかと思います。

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雇用調整をせざるをえない状況になった時には役に立つ実務書。

人事リストラクチャリングの実務.jpg 『人事リストラクチャリングの実務―人員削減の効果的な進め方』 (2000/06 実業之日本社)

biz02.jpg 雇用調整の考え方と進め方が分かりやすく書かれて、出来ればお世話になりたくない本ではありますが、雇用調整をせざるをえない状況になった時には役に立つ実務書です。
 
 本書が強調しているのは、雇用調整の目的を明確化して、それに沿って実施規模を策定し、周到な計画のもとに実施に当たるべきだということで、ビジョン無き雇用調整は、目標の未達、コア人材の流出、残った者の士気の低下などの悲劇を招くと警告しています。

 実施規模の策定については、余剰人員をどのように算定するのかを具体的に示していて、人員削減の方法や進め方についても、いきなり指名解雇をするのではなく、希望退職や出向促進、早期定年制度(早期退職優遇制度)の活用などを先ず検討することを勧めています。
 さらに実施に際しては、いかにコア人材を確保し不要人材をリリースするか、その手法を示しています。

 企業でリストラの嵐が吹き荒れたときに、希望退職と退職勧奨ないし指名解雇が抱き合わせで実施されるケースが多かったようですが、本来は「退職勧奨」は会社業績に関係なく改善の見込みが無いローパフォーマーに対して行うべきもので、一方「指名解雇」は一定基準で対象者を選別するため、ローパフォーマーでなくとも選別対象になることがある性質のものであることがわかり、こうした概念整理をするうえでも役立ちます。

 著者は30歳代でアウトプレースメント(再就職支援)会社の社長を務めた人ですが、雇用調整を人材フロー、キャリア支援という観点から積極的に捉える一方で、日本企業の体質に沿った「面談」の細やかなアドバイスがあり、バランスがとれた指南書だと思います。

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解雇される者の怒りをいかに最小にとどめるかの指南書。

上手なクビの切り方.jpg 『上手なクビの切り方』 ['85年/徳間書店]

 "Dear Valued Worker, You're Fired" by Lisa Belkin
Dear Valued Worker, You're Fired.jpg 原題は"How to fire an employee (社員の解雇の仕方)"で、社員側から見れば「冗談じゃないよ」というタイトルですが、前説で経営評論家の青野豊作氏も、この「いかにもアメリカ的な奇書」と言い方をしています。

 氏は、本書は「解雇される者の怒りをいかに最小にとどめ、同時の残る従業員の理解を最大にして解雇を効果的に行うか」(214p)という観点から書かれてはいるものの、「解雇通知は、月、火、水のいずれかの曜日の早朝に行う方が良く、金曜日は絶対に避けること」(256p)などのアドバイスには"胡散臭さ"を感じるとし、ただし社員側としてどうしたら首切り攻勢に負けないかを探るうえでの効用がある本と述べています。

 著者は大統領の特別人事補佐官だった人ですが、本書には、部下に解雇を言い渡す方法とか、先任権(これはアメリア独特ですが)、職務遂行能力、人事考課の考え方や、解雇に踏み切る前に検討すべき次善策とか、止むを得ず解雇をした場合の不服申立てに対する対応などが、事例をあげてこと細かく書かれていて、アメリカは社'80年代不況で、こうした行動心理学的アプローチでの解雇ノウハウの研究が盛んに行われたことを示しています。

 本初邦訳の出版は'85年で、この年のプラザ合意以降、日本はいったん不況に陥りますが、その後持ち直しバブルの頂点へと向かう...。
 本書の中で1章を割いている「アウトプレースメント(再就職支援)会社」についても、当時の日本ではほとんど馴染みが無かったでしょう。

 日米で企業風土や労働法規の違いこそあれ、書かれていることは行動心理学に根ざしているため、大方はオーソドックスに思われ、本書が「奇書」と見られたのは、当時の日本の状況では、まだリストラに対する実感が一般に湧かなかったのだと思います。

 翻訳者の近藤純夫氏はあとがきで、「あらゆる意味で日本をリードするアメリカの現象は、必ずや日本の常識となるといがくる」と述べていますが、その予測は'90年代に的中し、外資系のアウトプレースメント会社にすでに蓄えられていたこの本にあるようなノウハウを、日本の大企業がコンサルティング料を払って教えてもらったりしたわけです。

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新卒者よりもキャリアを生かした転職を考えている人に役立つ本か。

MBA式 面接プレゼン術.jpg 『MBA式 面接プレゼン術』 (2005/08 英治出版) Executive Coaching.jpg

 トップMBAの面接プレゼン術を紹介した本ということで、米国企業における面接はどんな点にポイントを置いて実施されていうのかという興味で読んでみました。

 書かれている内容はオーソドックスで、米国においても、マナー(礼儀)から来る第一印象やパーソナリティ(人柄)などは重要で、応募者は予備面接の段階からその辺りをバッチリ見られているのだなあと。
 企業研究などの事前準備が大切であることも、日本の場合と同じです。
 履歴書を書くに当って、日本とはフォーム自体がやや異なるわけですが、先ず応募者は、「面接官から見てどういう人が理想的か」というチェックリストを作れというのは、日本でも通じる良いアドバイスだと思いました(日本の"就活本"の場合、「自己分析」からスタートしていたりするものが多い)。

 巻末の想定問答集も含め、良いやりとりの事例を中心にとりあげていて、悪い例はほとんど載っていないのもいい(日本の"就活本"の場合、悪い例はリアリティをもって数多く紹介されていて、良い例は少なくて現実味も無く、読んだ応募者が禁制事項ばかり頭に入り萎縮してしまうのではと、老婆心ながら思ってしまうものもある)。

 「自分がふさわしいか」ということが重要なのでなく、「自分がふさわしいということをどう伝えるか」を重視していて、著者はハーバード・ビジネス・スクールの学生を対象とした面接指導員をしていた人であることを考えれば納得がいきます。
 本書に「自分探し」などいう言葉は出てこず、要するにMBAホルダーが専門外の職種を希望することはまず無いし、そうした意味では、新卒者よりもキャリアを生かした転職を考えている人に役立つ本かと思いますが、巷に溢れる"就活本"に何か違和感を覚えている新卒者の方も読んでみる価値はあるかも。

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この本と相性が合う人は、今まで面接で相当苦戦をしている?

面接力.jpg 『面接力』 (2004/11 文春新書)  梅森浩一.jpg 梅森 浩一 氏 (略歴下記) クビ.jpg

 ベストセラーとなった『「クビ!」論。』('03年/朝日新聞社)から『「サラリー」論。』('04年/小学館)と読み進んで、この著者の著作には特定の外資系企業で行われていることを過度に一般化して語る傾向があると感じ、少し気になっていたのですが、本書に関しては、的が「面接」に絞られているせいか、それほど違和感が無く、内容的にもマアマアまとまっています。

 ただしこうした本の当然の帰結ですが、結局のところ対話力、コミュニケーション力が大切という当たり前の話に落ち着いてしまいます。
 面接のテクニックも一応は示していますが、ダメな例はよくわかるものの、良い例というのは今ひとつピンときません。
 これは、良い受け答えというのは本来ユニークなものであって、こうして本に書かれ一般化されてしまえば陳腐化してしまうということもあるのではないかと思います。
 それでも、面接を受け続けている間は、結果に一喜一憂し、逆に自分のことがわからなくなることもあるので、セルフチェック用に読めなくもありません。「そっかあ〜」みたいな感じでしっくりくる人もいるかもしれません。
 まあ、相性のようなもので、皮肉な見方をすれば、この本と相性が合い過ぎる人というのは、今まで面接で相当苦戦をしているかも知れない…と勝手ながら思うのです。

 それと、タイトルが、面接を受ける側にとっての「力」なのか、面接をする側にとってのそれなのかわかりにくいのもどうかと。
 結局双方にとってのことのようですが、時々どちらに対して言っているのかわからなくなるような書き方が気になりました(この人の今までの著作も大体において、企業・人事部担当者と一般サラリーマン・学生の両方に向いているのですが)。
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梅森 浩一 (アップダウンサイジング・ジャパン代表)
1958年生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、三井デュポン・フロロケミカルに入社。1988年チェース・マンハッタン銀行に転職。1993年、35歳でケミカル銀行東京支店の日本統轄人事部長に就任。以後、チェース・マンハッタン銀行、ソシエテ・ジェネラル証券東京支店で、人事部長を歴任。
主な著書に『「クビ!」論。』(朝日新聞社)『面接力』(文春新書)『残業しない技術』(扶桑社)『超絶!シゴト術』(マガジンハウス)『梅森浩一のサクッ!と手帳2007』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

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事前準備が可能なら、プライオリティ判定材料として使える程度では?という気もする。

逆面接.jpg 『逆面接―たった10分で人を見抜く法』 shimizu.jpg 清水 佑三 氏(日本エス・エイチ・エル社長)

 従来の面接(著者は「単純面接」と言っている)では面接官が質問し応募者が答えるが、応募者が用意周到にりっぱな回答を用意してきた場合など、面接官が感心してしまい、応募者の資質や本音を見抜けないで面接が終わってしまうことがあると―。
 そこで著者が提唱するのが、応募者に質問させ、その質問力から応募者の資質や本音を見抜こうという「逆面接」ですが、著者が言うほどに特段の効果があるのか、個人的にはやや疑問です。

 「逆面接」的なことは、通常の面接でも、面接の最後の場面などで行われており、それは、応募者の資質(頭の回転の速さ)や企業に対するプライオリティ(本音の優先度)を推し量るためのものであったり、応募者に対して採用側が対等の関係にあることをアピールするためであったりしますが、それなりに意味があると思います。
 ただし「逆面接」の本来の効果は、応募者にとっての意外性に依るところが大きく、これは「単純面接」での採用側の質問についても言えることで、なんら「逆面接」に限ったことではありません。

 「逆面接」を面接の中心に据えて実施した場合、そういうやり方をあの企業では行っているという情報が流れれば、結局は面接官は、応募者が用意してきた質問と、何故自分がその質問をするのかという口上を長々と聞かされることになりかねません(これを避けるには理屈上は、筆記試験と同様に1日で全員に対し実施するしかない)。
 応募者の自己紹介や志望理由が面接官にとってしばしば単調に聞こえるのは、予め用意されているからであり、それと同じことが「逆面接」にも充分起こり得ます。

 ですから、「逆面接」の効果が現実にあるとすれば、もちろん頭の回転の速さも判るかも知れませんが、むしろ、質問が途切れないように、どれだけ「その企業の面接だけのための"準備"をしてきているか」を見ることにより、企業に対するプライオリティを探ることができるということではないでしょうか。
 
 本書の中では、「コンピテンシー面接」についてこれまであまり指摘されてこなかった問題点、つまり手法として体得することの困難さを的確に指摘しています(この部分は大いに賛同)。
 しかし、「逆面接」の場合は「面接官に負荷がかからない」とか「性格が悪い人」が面接官に向くなどの主張は、現実から乖離した詭弁またはレトリックであると思います。

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「面接本」としてより、「パズル本」としての充実度の方が高い?

ビル・ゲイツの面接試験.jpg 『ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?』 (2003/06 青土社) Fuji.jpg "How Would You Move Mount Fuji?: Microsoft's Cult of the Puzzle--How the World's Smartest Companies Select the Most Creative Thinkers"

Bill Gates.jpg 米国のコンピュータ会社の採用面接において「パズル問題」が用いられることは伝統的なもののようですが、マイクロソフトのそれは、ビル・ゲイツのパズル好き、パズルによって人の思考能力が測れるという信念に負うところ大であるという印象を、本書を読んで受けました。

 マイクロソフトにおける面接の歴史だけでなく、米国におけるIQテストの歴史やそれに対する評価の変遷(それがもたらした悲喜劇)などについても触れられており、IQテストに限界があり、「あなたの強みと弱みは何ですか?」というありふれた質問にもさほど意味が無いとすれば、そんな質問をする代わりに「論理パズル」をしたほうが良いというのはわからないでもないです。

 マイクロソフトの採用試験で出された「論理パズル」が多く紹介されており、その中には純粋な「論理パズル」もあれば、サブタイトルの問題や「世界中にピアノの調律師は何人いるか」などといった正解の無い問題もあり、後者の問題は、「くだらない」「わかりっこない」と思ったら受験者の負けで、根気強く解答に行き着く道筋を考えていく、いわば問題解決への意志力を見ているように思えます(少なくとも〈右脳的〉発想力を見ている問題ではない)。
 何れにせよ、著者も述べているように、本書で取り上げているのは質問のたたき台であり、そのまま模範例として使えるものは少ないでしょう。

面接.jpg 面接の指針として「ストレス面接はしない」「面接評価は申し送りしない」など共感できる部分もありましたが、全体には今ひとつまとまりがなく、本書が結構売れたのはタイトルのお陰ではないかと思います。
 「面接本」としてよりも「パズル本」としての充実度の方が高いのは(本文中にあるマイクロソフトの「論理パズル」の解答に後半100ページ費やしている)、著者がゲーム理論の解説書『囚人のジレンマ』('95年/青土社)の著者と同じ人物であることも関係しているでしょう。

 「南へ1キロ、東へ1キロ、北へ1キロ歩くと出発点に戻るような地点は、地球上に何ヵ所あるか」という問題の答えが「北極点」だけでないことに、本書で初めて気づきました。
 読み物として楽しめるものの、そうしたことを知る目的で本書を手にしたわけではなかったのですが...。

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人材獲得戦略・人材定着戦略がポイントがよく纏められている良書。

ハーバード・ビジネス・エッセンシャルズ 2.jpg 『ハーバード・ビジネス・エッセンシャルズ (2) 人事力』 (2003/03 講談社)

 本書は、「マネージャーや経営者向けに、優れた人材を獲得し定着させるための基礎知識をまとめたもの」(7p)ということで、特に目新しいことばかりが書かれているわけではないですが、採用(面接を含む)など人材確保戦略の押えておくべき基本的ポイントがよく纏められている良書だと思いました。

070104.jpg 採用において必ずしも新卒中心ではないという日本との違いはありますが、それ以外の日米の差はあまり感じられず、面接に際して「職務記述書」を作るところは米国らしいですが、それに拘束されず最終的に人物を重視するとか、社員が辞める理由なども、人間関係や上司の問題とかが多いというのは日本と同じです。

 採用(人材獲得戦略)と同じくらいのボリュームを、人材教育・キャリア開発戦略を含む人材定着戦略にも割いているのもいいと思います。
 人材定着の成功事例として、"定番"とも言える〈サウスウエスト航空〉と〈SASインスティチュート〉が紹介されています(やはりこの2社は米国内でも先進事例なのか?)。

 シリーズの性格上"教科書"っぽい外枠ですが、翻訳がカタカナを濫用せずきちんと日本語に訳されていて、全体で150ページ強とコンパクトなので落ち着いて読めます。

 米国は'90年代に熾烈な人材獲得競争の時代を迎え、'00年のITバブル崩壊までそれが続きましたが、その時に蓄えたノウハウが本書で体系的に整理されていて、これから日本が迎えるであろう人材難の時代に、経営者に多くの示唆を与える本であると思いました(因みに本書の監修は、『雇用の未来』('01年/日本経済新聞社)の著者ピーター・キャペリ教授が行っている)。

《読書MEMO》
●Cクラスの社員は、同じCクラスの社員を採用する傾向がある(8p)
●構造化面接か非構造化面接か...構造化面接(すべての候補者に同じ質問をする)→回答を比較できる利点があるが、候補者の情報を十分に引き出せるとは限らない、非構造化面接(自由に質問する面接)→候補者をよく知ることはできるが、他者と比較しづらい→中間的手法が望ましい(柔軟性を損なわず、核となる質問セットは全員に対し行う)(26p)
●採用の二つの落とし穴...何が何でも「売れっ子」指向、類を以って集める(38p)
●候補者の志向を見極める...サウスウエスト航空の採用方針「前向きな姿勢がなければ、どんなに能力があっても採用しない」(60p)
●人材はなぜ留まるのか...◆やりがいのある仕事◆良い会社であること◆魅力ある報酬◆能力開発の機会◆ライフスタイル(これらの訴求価値(EVP)が要注目)(84p)
●人材はなぜ辞めるのか...◆会社のリーダーの交代◆直属の上司との軋轢◆親しい仲間の退職◆職務変更に対する不満(直属の上司がカギ「時代遅れの会社で素晴らしい上司のために働く方が、開けた文化の会社でひどい上司の下で働くより良い」と考える)
●価値ある社員と社員グループを見分け、グループの違いに応じた人材維持策を講じているかをチェックする(99p)
●Cクラス社員を見分け、その異動・解雇についての説明責任をマネージャーに求める(123p)

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実践に裏打ちされた言葉。経営者にとっては一読の価値あり?

採用の超プロが教えるできる人できない人.jpg 『採用の超プロが教えるできる人できない人』 サンマーク文庫 〔'03年〕 p0201.gif 安田佳生 氏

 「一人の採用に200万円かけろ」、「できる人から辞めていくというのはウソ」、「社員の満足なしに顧客の満足なんてない」など、見出し自体は、他の誰かでも言いそうなことばかりですが、本文に説得力があります。
 評論家の意見ではなく、採用コンサルティング会社のトップとして顧客に対し言い続け、自らの社内でも実践し、それによって会社を伸ばしてきた著者の考え方そのものだからでしょう。 
 
 中にはかなり、著者の会社の主たる顧客である「ベンチャー企業」寄りの提言もあり、「ストレス耐性」の不可欠性を強調するなど、これもある意味ベンチャー寄りの考え。ベンチャーって意外と体育会系のノリのところが多いのですが、「ストレス耐性」を一般論として強調しすぎるなど、やや時代にそぐわないのではと思わせる点もあります。 
 (この本自体が人生論のような色合いを帯びていることとも関係しているのでしょうが。)  
 
 しかし全体としてはベンチャーに限らず、企業のこれからの採用活動のあり方を、経営者のマインドセット(思い込み)を取り除くというやり方で、わかりやすく示唆していますので、経営者の方には一読の価値があるかも知れません。
 (繰り返しになりますが、人生論っぽい要素もあるので、読者との相性で受け入れられないということもあるかも知れませんが。)

 著者の会社の会社案内を何度か目にしましたが、既成概念にとらわれずグッと人を惹きつけるものです(まあ、会社案内を作っている会社の会社案内がショボくてはしょうがないけれど)。
 また、著者の会社には社長室がありませんでした。社長である著者は、社員のデスクの真ん中で仕事しています。

  ひとつケチをつければ、本書の前書きは一般のビジネスパーソン向けに書かれているのに、本文はおおかた経営者向けであること。
 続編『仕事の選び方人生の選び方』('06年/サンマーク出版)の前書きで初めて、前著は「経営者の方を対象としたつもり」と出てくるのは少しマズイのではないかと思いました。

 【2006年文庫化】

《読書MEMO》
『採用の超プロが教えるできる人できない人』
●世界でいちばん人件費の高い会社にしたい!
●八割の社長が間違った社員教育をしている(公文式でいくべき(100に対し120の仕事を))(18p)
●経験者=仕事ができるは間違い(特別な事情がない限り辞めない)

『採用の超プロが教える仕事の選び方人生の選び方』
●「話すのが好き」=接客業は間違い
●やりたいことを見つけるには「何をやるか」ではなく「誰とやるか」(顧客を含め)
●仕事ができる人ほど「サボっている」感覚を持つ(95点とっても残り5点が気になる)
●結果オーライからプロセスオーライへ(結果を自己評価してはいけない)

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大切なのは研修対象者の明確化と英語学習の「空気づくり」。

日産を甦らせた英語.jpg 『日産を甦らせた英語』 光文社ペーパーバックス 〔'04年〕ゴーン社長.jpg

 前半部分で、日産がどのように企業内英語研修に取り組んできたかを軸に、「成功する企業」の英語研修というものを検証していますが、その過程で、日産のリバイバルプランと社内英語の関係や、クロス・ファンクショナル・チーム(CFT)やコミットメント(必達目標)という言葉が何を指すかなどもおおまかに掴めます。

 実際に自社で効果的な英語研修を行おうとする場合、「全体的な底上げか?ピンポイント式か?」研修対象者を明確にしておかないと、教える側も辛いものがあり、研修自体も非効率なものになるというのは、よくわかります。

 もう1つ、大切なのは英語学習の「空気づくり」であるとのことですが、これが一番難しいのではないでしょうか。
 この点では日産の場合、ゴーン氏が来たことで、自ずとそうしたグローバル志向の社内雰囲気になったのではないでしょうか(他のフツウの企業に比べれば条件がいいと言えばいい...)。
 研修担当者の立場から見ると、本書で推奨している「習熟に応じて」費用援助するというのは、なかなかいいやり方ではないかと思いました。 

 後半は、英語を学習するビジネスパーソン向けの効果的な学習方法について触れ、さらに「異文化間コミュニケーション」について書かれています。

 〈a〉と〈the〉の使い分けにおいて、ある会社の社長 president は知らなくても1人しかいないから the president であり、特定されてないマネジャーを the manager とやると、「どのマネジャーか?」と訊かれてしまうなど、ビジネスの現場に沿った解説はわかりやすく、日本は予め基本認識が共有されている「高コンテキスト(文脈)文化」で"以心伝心"への依存度が高いが、アメリカなどは「低コンテキスト文化」であることを踏まえよ、等々の話は、読み物としても面白ものですが、体系的に論じるには紙数不足か。
 
 企業内での英語研修のあり方を模索する担当者にとっても、日産の再生について興味がある人にも、、ビジネス英語の学習者にとっても役立つ本...と言いたいところですが、ピンポイント的には参考になる指摘はあったものの、総体的には読者ターゲットが拡散し、何れに対してもやや浅い内容のものとなっていることは否めないと思います。

 企業内英語研修の専門家で、日産のそれを担当したという著者が、当事者としていろいろ書きたかったのは分かりますが...。

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コーチング及びメンタリングについてよく整理されているが、効果測定がどれぐらい浸透し得るのかはこれからの課題。

パフォーマンス・コーチング―会社が変わる・組織が活きる.jpg 『パフォーマンス・コーチング―会社が変わる・組織が活きる』(2004/05 日本実業出版社)

 本書は従来のコーチングの中に「パフォーマンス」の概念を新たに導入し、コーチングのプロセスなどを重視することでパフォーマンスを改善する意識を高めることに力点を置いています。
 著者によれば、すでに欧米ではこうした考えに基づくコーチング手法が普及しているとのことです。

personal-executive-coaching.jpg 本書の興味深い特徴の1つは、上司や部下といった年功序列的な階級意識の強い言葉を使うのをできるだけ避けているということです。
 高業績を生み出すチームとは自律型組織であり、今後は支援型のリーダーシップ、つまりメンターが求められるという考えです。
 著者によれば、コーチングはメンタリングに包括され、さらに今後は、全組織的・戦略的なメンタリングによる人材開発が重要になるとしています。
 このことは、コーチングにおいて「協働環境の確立」が重要な要素であることなどとも繋がってくるのだなあと納得。

070103.jpg パフォーマンス・コーチング及びメンタリングについての理解を(理論上)深める上で、よく整理された本だと思います。
 ただ、本書で言うメンタリングの効果測定のようなものが、どれぐらい日本で浸透し得るのか、また、上司以外にメンターを配するというところまで果たしていけるのか。
 コーチング研修は盛んですが、"やっている人"は既にやっているだろう。ただし本書のように、組織のテーマとして捉えた場合、理想と現実の谷間を埋めていく作業はこれからではないかという気がしました。

《読書MEMO》
●パフォーマンス・コーチングの基本姿勢...自立/自己支援/プラス志向/イメージの創造/協働環境の確立
●パフォーマンス・コーチングの効果を最大にするには...企業理念を明確に伝える余=バリュー、ミッション、ビジョンを明確化する
●パフォーマンス・コーチングの基本スキル...質問する/傾聴する/(相手の心を)観る/伝える(オウム返し→要約・置換え→掘り下げ質問→フィードバック→選択肢の決定)

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「コーチング=組織文化」と説く基本姿勢には共感。よく網羅されている分、やや浅いかも。

コーチングの技術 上司と部下の人間学.jpgコーチングの技術―上司と部下の人間学.jpg    菅原裕子 (ワイズコミュニケーション代表取締役).jpg 菅原 裕子 氏 (ワイズコミュニケーション代表取締役)
コーチングの技術―上司と部下の人間学』 ['03年/講談社現代新書]

 コーチングについて、その〈基本的な考え方〉、〈実践での技術〉、〈グループや自分自身への応用〉のそれぞれに3分の1ずつを充てた構成です。

 コーチングは"技術"である以上に"組織の文化"であり、組織全体にコーチングマインドが浸透しているときに、初めてその"技術"が活きると著者は言っています。
 そのためには、個人が自らのビジョンを語ることができる、コミュニュケーション環境の整備された企業(状況)でなければならないと。
 また、「相手をサポートしようとする気持ちが、働きやすい組織や、一緒にいて喜びの感じられる関係を創る」とも言っています(要するに相互作用なのです)。

business_coaching.bmp こうした前提を踏まえたうえで、実践的な事例を挙げつつ、ミラーリング、ベーシング、バックトラッキングといった"技術"論に入る姿勢には好感が持てました。
 さらに応用として、グループ・コーチング(ファシリテーション)やセルフコーチングにも触れています。
 結果として網羅する範囲が広い分、それぞれの突っ込みは浅くなったような気がしますが、それはあくまでも入門書であるから仕方がないのかも。

後輩が会社に慣れ、仕事に前向きになれるような工夫.jpg コーチングの人間観は、相手をまず「能力を有する存在であると捉える」ということだと著者は述べていますが、カウンセリングとの共通点を感じました(カウンセリングの立場では、コーチングは「職場」への適応を通して個人の発達を支援するものという捉え方をし、一方カウンセリングの場合は、個人の発達を通して、仕事や職場への適応を促進するとされているのですが)。
 
 また、この本にはメンタリングという言葉が出てきませんが、著者の言うコーチングには、そうしたものと重なっている部分もあるように思えました。
 「まず、コーチとしての資質を自身の中に見つけなさい。ただし、その資質が完全に発揮できる時を待つのではなく今すぐ始められる何かを始めましょう」という著者の言葉に異論はありませんが、それとは別に、今後、より明確なコーチングの定義が必要になるのではないかという気がします。

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「職業的コーチ」を目指す人にとっては良書だが...。

コーチ1.jpg                    Co-Active Coaching.jpg 
コーチング・バイブル―人がよりよく生きるための新しいコミュニケーション手法』/"Co-Active Coaching: New Skills for Coaching People Toward Success in Work And Life"

 本書はコーチングのプロを目指す人のための入門書で、"コーアクティブ・コーチング"というものが提唱されているように(原題は"Co-Active Coaching")、コーチとクライアントが協働してコーチングを進めていくことを重視し、「クライアントが答えを持っている」ということを鍵(前提)にしています。 
 さらに具体的なコーチングの進め方として、傾聴、直感、好奇心、行動と学習、自己管理といったコーチとしての技術的ステップについて、それぞれモデルを紹介しつつ丁寧に解説しています。

 全体を通してカウンセリング理論がベースになっていて、中途半端に参照しているという程度ではなく、しっかりとそれに根ざした記述内容です。
 「クライアントの人生全体を取り扱う」という考え方を鍵として、仕事・キャリアだけでなく、健康や家族、余暇や自己啓発などもバランスよく充実させるべき対象分野であるとしている点は、ライフキャリア・カウンセリングの考え方と同じです。

 また、コーチングの初期段階では傾聴を重視し、その深化・全方位化に注力すべきとしている点や、好奇心、自己管理(何れもコーチ自身のです)を技術項目に入れている点でもカウンセリングと重なり、本書にあるクライアントの自己変容を阻害する"グレムリン"というのも、論理療法における"イラシャナル・ビリーフ"の1種と見てよいのではないでしょうか。

business coaching MP.jpg 毎週1回、30分から1時間ぐらいのセッションを繰り返し、それを3ヶ月から半年続けるような"有料"のスタイルが前提となっているようで(休憩の取り方まで書いてある)、プロのコーチを目指す人にとっては良書だと思いますし、将来こうした職業的コーチの需要は増えるでしょう。
 また、社内コーチを目指す人にも、カウンセリングの理論と実践に触れた本として役立つとは思います。
 
 ただし、社内コーチの場合はこうしたカウンセリングと同じような状況設定は難しい場合が多く、またパフォーマンスを改善することが活動目標になるため、本書を読んで"バイブル"として期待したものとのズレを感じるのではないでしょうか(カウンセリング理論にさほど触れたことのない人は、新鮮味を感じるかもしれませんが)。
 
 本書を手にしただけでは、そこのところの違い(つまり基本的にはプロ用に書かれたものであるということ)がわかりにくいのが、少しひっかかります。

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あくまでも"企業内"で独自に研修を企画し実施するために必要な知識を紹介。

企業内研修.jpg 実践・企業内研修.jpg 『実践・企業内研修』 (1996/02 生産性出版)

seminar.bmp 本書の特徴は、あくまでも"企業内"で独自に研修を企画し実施することを前提にしていることで、それは「企業文化を創造し発展するも目的を外部者に依存するわけにはいかない」という考え方に基づいています。

 この考えが100%正しいかどうかは別として、コンサル会社の書いた研修本にはすぐに外部講師が登場し、また実際に大企業の研修などで、企画も実施も全部外部に丸投げし、頭と終わりの挨拶だけ社内講師がやるというのも珍しくないので、この姿勢にまず一定の共感を覚えます。

 構成は、第1部が企業内研修について(企業研修概要、社内インストラクターの実務)、第2部が企業内で実施できる研修(新入社員研修、管理者研修、営業研修、プロジェクト管理、企業戦略、ビジネス文書作成、プレゼンテーション・スキル、ビジネス・コミュニケーション・スキル、クリエイティブ・マインド、ビジネス・キャリアアップ、EM法)、第3部が研修コースの開発(ビジネス・コミュニケーション、創造性開発)となっていて、2部、3部のそれぞれの研修については、その目的、コース概要、研修の進め方、基本的な知識がまとめられています。

 切り口が多岐にわたり、網羅している範囲が広い。多少以前に出た本ですが、流行(ハヤリ)ではなく普遍的な事柄を扱っているので、今でも充分通用する内容だと思います。
 ただし、読み物風にまとめられている部分もあり、読者によって合う、合わないはあるかもしれません。

 大体、「研修」というもの自体が、誰にでも善し悪しを論評できるので、その辺りが担当者には頭の痛いところではないでしょうか(法律問題なら、法でこうなっています、で済んでしまいますが)。
 個人的には、「管理者研修」と「企業戦略研修」の章がたいへん参考になりました。

《読書MEMO》
●ランチェスターの法則(田岡信夫著『ランチェスターの法則』サンマーク出版)
 ・第1法則=一騎打ちの法則=兵器や戦術が同じなら兵力数の差が行き残りの差に
 ・第2法則=ただし広域の総合戦、近代戦では、戦力差は2乗の差で現れる
 ・第1法則は弱者の法則、第2法則は強者の法則
 《事例》
 第2次世界大戦...米国にとって戦略力6.7:戦術力3.3が理想、戦略力とは戦略物資の補給力(B29が決め手)、戦術力とは部隊編成、兵士の訓練、兵器の性能(124p)
●EM法(Effective Management)...KT(ケプナー・トリゴー)法を飯久保氏が改定したもの-さまざまな業務の問題を状況分析で分類し、原因分析(過去)、結果分析(現在)、リスク分析(将来)の3つで解析し、最適の解を求める(226p)

「●目標管理・人事考課」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1220】 元井 弘 『目標管理と人事考課

目標管理制度も、最後は「上司力」に依るところが大きいということなのかもしれない。

できる上司の「面談力.jpg  『できる上司の「面談力!」』 (2006/02 すばる舎)

業績評価.jpg 「目標管理制度」を「制度」としてだけ導入しても、設定された目標の内容やレベル、評価のあり方等についてスタッフの充分な理解が得られていなければ、運用に際して支障をきたすというのはよく言われることです。
 
 本書は、部下に対し行う1対1面談について書かれていて、ここで想定している「面談」とは、そうした「目標管理」に関わる面談(目標設定面談、進捗状況の確認面談、評価のフィードバック面談)のほかに「キャリア」面談が含まれています。
 そして、面談においていきなり本論に入るのではなく、導入においての投げかけを工夫し、また面談目的を明らかにすること、さらに本論においては、会社の方針や現状を理解させ、部下の本音を聞きだすことなどが大事であるとしています。

 目標設定面談において大切なのは部下の「納得感」であるとしており、目標の根拠(会社の経営状況・基本方針)を示し、達成の必然性(部下への期待・目標数値・副次成果)、活動計画(概要の把握・活動内容の明確化・結果イメージ)を理解させよと。

 著者はベテランの教育・キャリアコンサルタントで、書かれていることはオーソドックス、事例も含め全体にごく簡潔にまとまっており、さらさら読める分物足りなさもありますが、忙しい中間管理職が手引きとして読むには手頃かもしれません。
 本書にある「部下の話を聴く」姿勢というのもつい忘れがちですし、間接・支援部門においては「数値化しにくい目標」をどう明確化するかということも重要なことだと思います。

 ただし、〈キャリア〉面談ということになると、日常の相互の意思疎通の度合いもうまくいく・いかないを別ける要因となるのではないでしょうか(個人的には、直属上司が行うのが必ずしも良いとは思わない)。
 いきなりストレスを抱えていないかなどと訊かれても、答えるスタッフもいれば何も言わないスタッフもいるでしょう。。

 「目標管理制度」が、最後は「上司力」「面談力」に依るところ大なるものがあるというのは、避けられないことかも知れないと思いました。

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さまざまな業種の考課フォーマットの事例が掲載。参考例として使えるものもあるかも。

社員の業績評価を正しく行なう手順.jpg 『新版 社員の業績評価を正しく行なう手順』 (2003/10 中経出版)

  〈業績評価〉と言うよりも〈人事考課〉制度全般について、考え方から運用上のポイント、制度の組み立て方や、評価表の作成と記載手順、考課者としての注意点などがオーソドックスにまとめられれています

2791489497.jpg 人事考課は(1)業績考課、(2)意欲・態度考課、(3)能力考課の3つから成るとし、ベースになっているのが職能資格制度であるようなので、後半では業績重視へ転換とその方法を説くものの、全体的にはトラディッショナルな考え方に基づく解説書という印象でした。
 出版は'03年ですが、'96年に出たものの改訂版であることが影響しているのかもしれません(依然、縦組みだし...)。
 
 コンピテンシー評価についても最終章で触れてはいますが、評価よりも教育に活用しようという考え方です。
 しかし、これはこれで今でも1つの考え方として通用するかと思います。
 自分自身も、コンピテンシー評価を導入したところ、業績評価でのマイナスをカバーし、全体評点を上方修正するために使われてしまったというような例をみたことがあり、評価として用いる場合、難しい面もあることを感じたことがあります。

 本書にはさまざまな業種の考課フォーマットの事例が掲載されていて、場合によってはすぐにでも参考例として使えるもののあるかと思います。
 実務者が考課フォーマットを新たに作成しなければならない状況になった場合、これらの中に自社に適合するタイプ(或いは近いタイプ)を見つけることができるかもしれません(自分の場合がそうでした)。

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目標管理の本質を理論的に解説。制度導入の際の心構えの書としても読める。

目標管理2.jpg 『新版 目標管理の本質―個人の充足感と組織の成果を高める』 (2003/04 ダイヤモンド社)

 目標管理について書かれた実務書といえば、まず目標管理とは何かという話が序章にあって、導入方法やシートの作成方法などが述べられていたりするのですが、本書は、その「目標管理とは何か」ということにほぼ丸々1冊費やしており、そうした意味では、タイトルに沿った理論書です。
 内容の堅さはありますが、成果主義に対する批判のなかで目標管理こそ元凶ではないかという声もある中、今一度その本質を理解しておくことは意味があるのではないかと思われます。

 本書で言う目標管理は、ドラッカーの提唱したMBO(Management By Objectives And Self-Control)の考え方に準拠していて、著者は彼の経営思想に沿って企業の目的や社会的責任とは何かということから説き起こし、企業は「共生の価値観」に基づく人間集団であって、マネジメントとは「人と仕事を結びつけること」であると。
 ならば、MBOとは「チャレンジ目標」を手がかりとしたマネジメントであり、そのことを前提に、By Objectives の意味は何か、And Self-Control をどう解釈するかなどを述べています。

 本書の中核は、「チャレンジ目標」と「セルフ・コントロール」こそ「MBOの基本原理」であることを述べた第6章ではないかと思いますが、そこで著者は、「チャレンジ目標」を設定することの意義を説き、それがノルマ管理と同じにならないようにするには「セルフ・コントロール」されていることが条件であると。
 「セルフ・コントロール」には内発的動機づけが必要であるとし、そのためのアプローチとして、自己実現欲求の喚起、責任感の醸成、チャレンジ目標の納得設定をあげています。

 著者はそのためのコミュニケーション・コストの増大は覚悟せよ!と言っていますが、個人的にも、このあたり(とりわけ目標設置の「納得性」)がMBOの成否を決めるのではないかと思われ、最終的には著者の言うように、人間関係を円滑化するコミュニケーションがベースになければならず、「聴く姿勢」を持つことなどを通しコミュニケーション・ギャップを解消していくことで、問題解決型コミュニケーションが促進されていくということだと思いました。
 システムだけ作って「はい、終わり」ではダメで、結局は個々の人間同士の関係性の問題に行き着くのだなあと改めて思いました。

 目標管理というものの基本を押さえるほかに、導入する際の心構えとしても読め、巻末近くでは、MBOと経営戦略の結合、人事評価との関連についても述べられていて、経営・人事戦略におけるMBOの位置づけを再認識するうえでも参考になります。

《読書MEMO》
●「By Objectives」...目標による管理→「チャレンジ目標」を手がかりとしたマネジメント(24p)
●他律統制マネジメント、「人間関係論」の限界→MBO「And Self-Control」
●専門知識活用型マネジメントの押さえどころ→セルフ・コントロールによる「専門能力の開発」、「アメとムチ」に代わる「内なる力」による動機づけ(43p)
●「自己実現欲求の喚起」によるセルフ・コントロール(83p)...ドラッカーはの「Ⅹ理論・Y理論」批判(「Y理論」は楽観的過ぎるとドラッカーは批判)。著者「Y理論の弱点を克服し、Y理論によるマネジメントを機能させることは可能」(93p)
●「チャレンジ目標の納得設定」によるセルフ・コントロール(104p)...目標の「意味づけ」と「見通しづけ」による納得、「上位計画の共感的理解」による納得、「目標達成の見通しづけ」による納得

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豊富なサンプルは、目標管理シート作成の参考になる。

目標管理.jpg目標管理の考え方・進め方・強め方―業績アップと適切な人事考課の実現!』 〔'03年〕

 本書の冒頭で、目標管理とは何かについて触れられていますが、ピーター・ドラッカーが開発したマネジメントとしての目標管理(MBO)は、「目標を管理する」と言うよりは、「目標により管理する」ということであり、「目標による経営」という意味合いのものであることがわかります。  
 
目標.jpg 著者によれば、多くの企業で導入されている目標管理には、実質的に2つの側面があり、1つ目は「人事考課に連動させ、賃金や賞与といった処遇面での評価の手段として取り入れる」、すなわち「人事考課制度のサブシステムとしての側面」と、もう1つは「会社と働く社員の成長発展に向けて望ましい目標を設定し、達成に向けて進捗管理し、評価の時点では次の成長発展に向けてのさらなる目標に結びつける」、いわゆる「経営管理システムの側面」です。
 
 どちらが欠けても目標管理は成立しないわけで、こうした前提を常に意識しておかなければ、例えば経営トップの目標と社員の目標に、その方向性においてズレが生じるといったことが起こるのだろうと思います。
 
 本文は「理論編」、「導入編」、「推進編」、「運用強化」から成りますが、「推進編」を中心に、目的別の目標管理シートのパターン例が、記入要領と併せて豊富にとりあげられています。
 実務担当者が目標管理シートを作成・改定する際の参考になるかと思います(ただしコピーしてそのままは使うことはできません)。

 こうしたシートのサンプル集は(本書掲載のものはパターン例であって実際の使用例ではないが)、経済団体などからも出版されていますが、価格的にはずっと割高であるため、個人で手元にそうした事例集があれば便利だろうなあと思われる人には、手頃な1冊だと思います。

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評価される側にすれば、この本で"勝つ"のは難しい?

人事評価に勝つ 新書.gif 『"人事評価"に勝つ!』 宝島社新書 〔'02年〕

人事評価に勝つ.bmp 著者は目標管理・人事考課の専門家であり、本書では人事評価に派生する様々な問題を具体的にとり上げていますが、これは企業で人事評価に携わる人が、自分自身が留意すべき事柄をチェックする用にも使えると思いますし、人事部サイドで考課者訓練を実施する際の参考書としても使えると思います。
 事実、本書は著者が実施した考課者訓練(考課者研修)を素材にした事例が多いようです。

 でも、ここで1つ一般読者の立場で疑問に思うのは、考課者研修に参加するのは主にマネージャーはないかということです。
 マネージャーにとっての「紙上考課者訓練」的意味合いは本書にはあるかと思いますが、評価される側の一般社員にとっては、「ウチの会社の管理職にも、これぐらいキチンと考課者研修を受けさせてくれよ」という感想に止まるかも。

 事実、実際に評価される側の一般社員がとることが出来る対応策として本書にあるのは、
  「上司との充分な話し合いを」
  「自らの働きぶりをPRせよ」
  「人事部門に見直しを提案しては」
  「自分を腐らせず仕事に取り組む」
 といった類のものが多くなっています。
 こうしたアドバイスだけで"勝て"と言われても...。
 
 会社や上司の行う人事考課に"勝つ!"つもりで本書を買った人には、ややフラストレーションの残る内容だったかも知れません。

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コンピテンシーをベースとした「評価シート」の具体的モデルを示す。

コンピテンシー戦略の導入と実践.jpg 『コンピテンシー戦略の導入と実践―会社を強くする人材マネジメント』(2000/09 かんき出版)

 コンピテンシーをベースとした評価制度の設計が中心で、その他に業績評価の方法や基本給の設計方法にも触れ、米国型のベースサラリーの作成方法なども紹介しています。

コンピテンシー.jpg 本書によれば、コンピテンシーモデルの作成方法には、
 ・「ハイパフォーマーへのインタービューなどを通してオリジナルで作成する方法」と、
 ・「既存のモデルを利用する方法」
 があるということです。

 個人的には、
 ・〈ボトムアップ方式〉
 ・〈トップダウン方式〉
 というように解していましたが、本書を読んで、ほぼ同じことを指しているのではないかと納得しました。

 著者の考えは、例外的な場合を除き後者の方が、つまりモデルを用いる方が現実的ということですが、個人的にはほぼ同感です。

 コンピテンシーモデルは、本来は職務・職位別に検討されるべきで、本書では25項目のコンピテンシーを挙げるとともに、それをどういった職務・職位で用いるべきかを示しています。
 さらに評価シートの事例を、営業、生産、研究開発、人事、総務、財務・経理、経営企画、顧客サービスなど11職種×3職位(一般職、監督職、管理職)=33通り例示していているのが、本書の大きな特長です。

 一方、各コンピテンシーのレベルを8段階に分けていますが、これを見ていると評語の内容が抽象的で、著者の説に従えばコンピテンシーとは具体的な"スキル"に近いものであるはずなのに、これでは職能資格制度が陥った失敗を繰り返しそうな感じがしないでもありません。

 それでも、単に抽象的な理論説明に止まらず、「評価シート」の具体的モデルを示していることは評価できるし、自社のコンピテンシーモデルや評価シートを作成する際の参考になるかと思います。

「●退職金・企業年金」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【706】 大津 章敬 『中小企業の退職金・適年制度改革実践マニュアル

加入後のサポートも大事。企業の担当者レベルでも一定の知識を備えておく必要が。

確定拠出年金ハンドブック .jpg 『Q&A 確定拠出年金ハンドブック』 (2005/05 セルバ出版)

 ファイナンシャル・プランナーによって書かれた本書は、基本的には確定拠出年金(日本版401k)の加入者のための入門指南書で、制度加入後の資産運用に際しての経済環境の見方や運用方法などについてとりわけ詳しく書かれています。

 ただし、確定拠出年金の導入背景やその概要、退職一時金・税制適格年金、厚生年金基金等との違いや制度移行に際しての留意点などについても詳しく、且つわかりやすく纏められており、また「個人型」と同じ比重で「企業型」についても説明されているので、企業の人事・労務担当者など、導入を検討したり導入後の教育を企画・実施する側の人にとっても、基礎知識を身につけ、チェックポイントを整理する上での手引書として使えるのではないかと思いました。

 140項目余りからから成るQ&A方式で、一般読者サイドに立っている上に図表が多く使用されているため理解やすい内容ですが、それによって情報量が少なくなるということはなく、やや詰め込み過ぎ(?)のきらいもあるくらいギュッと詰まった内容で、一般書としてこれぐらいのレベルのものが入手できるのは有り難いことです。

 確定拠出年金を企業として導入する場合は、制度加入時の金融商品選択などの教育も重要ですが、運用教育はその時に限られるものではなく、運用中の加入者へのサポートも大事です。
 金融機関やファイナンシャル・プランナーアウトソーシングするしても、企業の担当者レベルでも、日常寄せられる社員からの基本的な質問には答えられるようにしておきたいものだと思います。

【2011年改訂版】

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退職金制度改革は、金融機関でなくその会社主導で進めるべきという考えに基づく実務書。

退職金規程と積立制度.jpg 『退職金規程と積立制度―税制適格退職年金制度廃止!中小企業に最適 確定給付から確定拠出へ制度改革12の行程』 (2005/01 経営書院)

 税制適格年金制度の廃止など退職金・企業年金制度が大きな転換期にある中小企業が「人事」と「財務」の両側面に留意しながら、どのような行程を経て退職金制度改革を進めていけば良いのかを、あくまで中小企業の立場に立って提案しています。
 一般にはどの制度に移行するかに関心が集まりがちですが、本書ではそれだけでなく、それ以前の、「適年」の積立金をどう処理していけば良いかという問題について特に丁寧に書かれていると思います。

 「退職金規程」と「積立制度」のパターンや意義、原資積立てや給付の仕組みを充分解説したうえで、具体的に「適年」を他の制度に移行させる手法を示していますが、可能性として考えられるものを網羅的にカバーしながらも、主たる提案としては、確定拠出(日本版401k)へ制度移行を推奨しています。

 ただしその前に、実際に「定額方式」「給与比例方式」の規程例をもとにその違いを解説したうえで、「既得権」等、保証額の決め方や制度廃止の場合の分配方式などを詳説しており、こうして見ると「給与比例方式」の場合の保証額の決め方がとりわけ難しく、特に自己都合退職と定年退職で、退職事由係数の格差が大きいような場合においてそのことを感じます。

 複雑な制度問題を扱った「実務書」ですが、事業主にもわかりやすい言葉で書かれて、まず自社の企業年金制度がどういった性格のものであるかを主体的に理解することが大事であることがわかります。
 そのうえで、不利益変更問題や制度廃止の場合の分配金の課税問題などもカバーしているため、退職金・企業年金制度の概要把握の助けとなるだけでなく、改革の方向性を検討する段階での留意点のチェック用としても使えると思います。

 年金財政の「収支報告書」の読み方などが解説されていることなどもその表れですが、退職金制度改革は金融機関主導ではなく企業がリードしながら進めていくべきであるという著者の考え方に符合する執筆内容であり、共感と信頼を覚えました。

 【2008年第2版】

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あおり気味のタイトルだが、しっかりした内容の入門書。

会社の年金.jpg会社の年金が危ない-厚生年金基金・適格退職年金はこうして減らされるそして会社は行き詰まる』 
 やや煽り気味のタイトルですが、内容はしっかりしているように思えます。
 一般向けにわかりやすく書かれた入門書ですが、企業年金業務に携わる新任の実務家や管理職が読んでも有益な内容ではないかと思いました。

 従来型の厚生年金基金や税制適格年金は、加入者側からみれば(退職給付を年金で受給中の人も同様ですが)「給付減」となる可能性が大きく、また企業側から見れば、「掛金の引き上げ」は避けて通れない、あるいはその必要に迫られる可能性が高いという著者の前提は、ここ何年かの企業年金の財政状況を見ればけっして大袈裟なものではないでしょう。

 単年度では株式市況の回復などで年金資産の今まであった評価損を大幅に圧縮したというような話があるにしても、それは今までの負債を軽減したということであり、また少しでも利回りが悪化すれば、企業は再び退職給付債務の償却に追われることになる...。
 
 著者は、どうしてこうした事態になったかを"憤りを込めて"解説するとともに、一般に想定される給付減額の方法について、それがどのようにして実施されるのかを、年金を受け取る側の視点から"冷静に"解説していてます。  
 
 その冷静さはとりもなおさず、著者が、現実に従業員と向き合って対応しなければならない企業側の立場もわかって書いているということによるもので、この辺りのバランスの良さと実務的な観点が(社員側から見れば、「どっちの味方なのか」という感情論的な反発はあるかも知れませんが)、経済評論家などによって書かれた類書とは異なるところではないでしょうか(著者は公認会計士です)。

●新しい退職給付会計基準によって会社が経理処理している場合、掛金の引上げが会社の損益に影響を与えることは原則としてない。税金の計算にあたっては、掛金は損金に算入されるので節税効果がある(法人税・住民税・事業税あわせて約40%)
●適格退職年金では受給者の給付減額を実施するための手続きについての明文規定が無い。そのため、国税当局に事前にネゴし、全員から同意書をとる。確定給付年金では加入者の2/3以上の同意があればよい。

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退確定給付企業年金の理解に重宝する的を絞った1冊。

確定給付.jpg  『確定給付企業年金のすべて』 (2002/10 東洋経済新報社)

 既存の税制適格年金・厚生年金基金から新企業年金等への移行動向は、大雑把に言えば、大企業が確定拠出年金(日本版401k)、中企業が確定給付企業年金、小企業が中小企業退職金共済制度といったところではないでしょうか。

 この中で、大企業の日本版401k導入などは新聞等でも報じられ耳に入りやすいのですが、確定給付企業年金についての一般情報はやや不足気味で、関連の書籍も少ないので、その確定給付企業年金に絞った1冊となっている本書は重宝するかと思います。
 
 とりわけ、制度移行や企業合併の際の措置や手続き、制度間の関係(日本版401k〔確定拠出年金〕、前払い制度等との併設など)について、詳しくわかりやすく説明されています。 

 本書を読んで新ためて認識を深めたことは、税制適格年金などが従業員の全員加入を原則としているのに対し、確定給付企業年金は確定拠出年金(日本版401k)などとの制度併存が可能であるため、従業員に選択可能な制度構築も可能であるということです。

 日本版401k(確定拠出年金)は自社にそぐわないが個々にはそれを望む従業員もいるかも知れず、と言って現在の適格年金には当面は手の着け様がなく、一方で中退共は加入要件を満たさない、とういうような困難なジレンマに陥っている企業の担当者には、特にお薦めの本です。

《読書MEMO》
●確定拠出年金(企業型)は、前払い、確定給付との選択が認められている
 =加入者となることを希望する者のみを加入者とすることが可(16p)
●確定給付は50歳で辞めたら即、年金受給が可能だが、49歳で辞めたら60歳まで「年金の」支給はされない(22p)
●適年から確定給付への移行は、移行前から加入者については、退職一時金の支給要件のままでいくことができる(但し、制度管理が二重になる問題)

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退職金問題に悩む事業主向けにわかりやすく書かれている。

図解 小さな会社の退職金の払い方.jpg 『図解 小さな会社の退職金の払い方』  (2001/11 東洋経済新報社)

 税制適格年金、厚生年金基金の問題点や、確定拠出年金、確定給付企業年金、中退共のメリット、デメリットがわかりやすくまとめられています。
 いずれについても実務に踏みこんで書かれており、60歳以降の継続雇用や同族会社役員の退職金のあり方についても触れています。

 中小・零細企業向けには中退共を推奨していますが、手放しの評価ではなく、いい加減な辞め方をした社員や顧客を奪って辞めた社員に対しても支払われるなどのデメリットもきちんと説明しています。
 「退職金前払い制度」や確定拠出年金は中小企業に馴染まないとする著者自身の考えもしっかりと、その理由とともに述べられています。この点が一番参考になりました。

 あくまでも著者の考え方であり、また中小零細企業のすべてに著者の主張があてはまるかというと、業態や社員構成、企業風土などによって異なるかと思います。
 その点は著者も「この制度が一番いい」というような書き方はしていません。
 ですからこの本を読めばすべてが解決するというわけではありませんが、退職金問題に悩む事業主にはお薦めです。

《読書MEMO》
●前払い制度を導入して、退職金を廃止したらどうなる?→中小企業にとって退職金は老後資金とは限らず、手切れ金としの役割も→人員整理が困難に(32p)
●中退共のデメリット→問題のある辞め方をした社員にも直接払われてしまう(懲戒解雇したときは減額や不支給も可能だが、その分の積立金は戻らない(69p)
●適格年金制度の優れているところは自己都合係数を自由に設定可能(77p)
●確定拠出(401k)は中小企業に馴染まない面も(102p)
 ・1.入社間もない社員の退職金を減らせない
 ・2.突然辞めたり、ライバル企業に行く人の退職金を減らせない
 ・3.原則として60歳にならないと給付が行われないのは問題
 ・4.積立金の運用方法が選択できるとしても、そんなノウハウがない

 ★それでも規約型企業年金制度よりはいいのではないか
●退職金制度を減額変更する場合は、代替措置として他の面での労働条件の向上が必要→「定年後の継続雇用」がいい

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退職給付会計の仕組み、小企業向けの簡便法などがよくわかる!

図解 ひとめでわかる退職給付会計.gif  『図解 ひとめでわかる退職給付会計』 ['00年/東洋経済新報社] 2時間でわかる図解 退職給付会計早わかり.jpg2時間でわかる図解 退職給付会計早わかり (2時間でわかる図解シリーズ)』 ['00年/中経出版]

 新会計基準の主な柱の1つである「退職給付会計」は、経理・財務担当者にもよくわからないという人が多いようですが、それは、今まで企業年金会計が会社のバランスシートにおいてオフバランスであり、財務諸表作成において考慮する必要がなかったのと、個人としても自社の企業年金制度の仕組みに関心があまり無かったり、ゆえによく知らなかったりするためだと思います。 
  
 中小企業などでは、企業年金の運用管理は人事・総務部門の所轄になっていることが多いようですが、人事・総務部門の担当者側からすると、今度は会計のことがよくわからなかったりする...。 
 しかし、企業にとって「退職給付会計」が大きな経営問題である以上、「主体的な判断」をするための最低限の知識は企業内部に蓄積・共有されるべきです。
 この問題に対して金融機関やコンサルタントなどの外部者は、サゼッションすることはあっても指示はできないのですから。  
 
 自分自身、退職給付会計を理解する上で類書も何冊か読みましたが、本書が最もわかりやすかったです!
 PBO(退職給付債務)の概念、バランスシートなどへの影響、会計基準変更時差異と遅延認識、退職給付信託などのポイントが、図解と併せてよく理解できます。
 とりわけ、年金数理計算の仕組みについての説明部分は、説明資料を作る際にエクセルで本書と同じものを作ってみましたが、PBOの概念を理解する上で大きな助けになりました。

 発行されて少し時間のたっている本ですが、小企業などこれから新会計基準(退職給付会計)に移行するところにとっては、小企業向けの「簡便法」の説明も、会社退職金、企業年金にわけてわかりやすく書かれていて、参考になるかと思います。

 本書以外では、『時間でわかる図解 退職給付会計早わかり』('00年/中経出版)がわかり易かったです。
 「2時間で」というのは少し無理がありますが、3日ぐらいかけて少しずつ読めば、概要はかなりつかめるかなという感じ。
 「簡便法」のところなどは、前著と併せ読むと、より理解し易いかも知れません。
 ただ、縦書きであることが、そうした計算式の出てくるようなところでは、ややツライかも。

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「●講談社現代新書」の インデックッスへ

特に1箇所、パラダイム転換となるユニークな提言があった。

人事制度イノベーション―「脱・成果主義」への修正回答.jpg 『人事制度イノベーション』 (2006/06 講談社現代新書) 滝田誠一郎.jpg 滝田 誠一郎 氏

040.gif 人事情報・人事政策専門誌のライターとして20年にわたり企業の人事戦略や人事制度改革を追い続けてきた著者による「成果主義」が抱える問題への回答試案といったところでしょうか。
 サブタイトルの意味は成果主義を否定しているのではなく、成果主義の歴史は脱・成果主義の歴史でもあり、あくまでも次なる成果主義はどうあるべきかという修正回答案です。

 その前に成果主義の歩みを振り返り、また現在の問題点として、成果に応じた報酬格差がキチンとついていないことを挙げているのは、現場を見てきた著者らしい指摘で、その原因として、評価・目標管理制度の運用問題と併せて、「差をつけられない」というメンタリティの問題を指摘しているのも鋭いです。

 第3章(90p-167p)の人事・賃金制度の提案部分で、メリハリのある処遇方法や人材活用のヒントとして幾つか示していますが、特権・特別待遇などの非金銭的報酬で報いるというのは巷でも論じられていることであり、「社内FA制度」なども既に大企業を中心に実施例は多い。

 個人的に、最も必要であり、ユニークかつ"パラダイム変革"的だと思ったのは、3章の冒頭で述べられている「世代別逆転」成果主義という考えで、若年層ほど成果主義の色合いが強い賃金制度にすべきであるというもの。

 同評価であれば上位職層ほど多く昇給するのが当然、という考えが、長く人事の仕事をしている人ほどあるのではないでしょうか。
 これではバブル崩壊後に入社した社員は、いつまでたっても今の中高年の賃金水準に届かず、そうした将来シナリオを理解した若い社員から順に会社を去っていく...。
 少子化による人材難はもう始まっており、「世代別逆転」成果主義というコンセプトは、ひとつ念頭に置くべきものであるように思いました。

《読書MEMO》
●第3章 人を活かす人事・賃金制度のヒント(90p-167p)
1.ジェネレーション・ギャップ賃金制度―「世代別逆転」成果主義
〈メリハリのある処遇方法 ①〜③〉
2.フリンジ・ベネフィット制度―プロセス評価に応じた特権・特別待遇
3.マイレージ制度―成果以外の貢献度をポイント化して特権・特別待遇
4.報酬ミリオネラ制度―報奨金で貢献に報いる
〈人材活用のヒント ①〜③〉
5.中高年コーチ制度-スタッフ管理職のモラールアップ
6.社内ダブルワーク制度-社内人材バンクを通じた社内アルバイト
7.社内人材マーケット制度-自己申告制度・社内人材公募・社内FA

「●人事・賃金制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1151】 竹内 裕/白木 勉 『パートタイマーのトータル人事制度

賞与制度構築・見直しの基本的ポイントを押さえる上での良書。

tyuuken.jpg 『中堅・中小企業の業績連動賞与』 (2005/10 日本経団連出版)

 本書は、中堅・中小企業を対象に、経営者にも従業員にも納得できる、わかりやすい賞与の決定・配分方式を実務的に解説したものです。
 
 賞与の意味や人件費、賃金制度の中での位置づけなどをしっかり整理したうえで、実力主義、短期決済型賞与の実現形としての業績連動賞与の方法論を示しているので、実務者にとっては、制度策定だけでなく、賞与制度変遷の流れの中で自社の賞与制度がどういう位置づけにあるかを探るうえでも参考になるかと思います(根拠データや解説図表も豪富です)。

 著者は賃金人事コンサルタントですが、労務行政研究所などの出身であるためか、内容的には本書出版時点でのオーソドックスとも言えるべきものです。
 例えば賞与の配分ロジックは、責任等級と成績にもとづき個々の貢献度をポイント評価し、賞与総原資にもとづくポイント単価を乗じて個人支給額を決定する「ポイント制」賞与を推奨していますが、併せて、成績評価において「分布規制」を行うことを唱えています。
 
 「ポイント制」賞与において評価がインフレ化すると、会社業績が良いのにポイント単価が下がってしまうという矛盾が生じるため「分布規制」という考え方はセットになってくる―こうした制度の瑕疵を未然に防ぐための見落としがちなポイントについても、きっちり言及されています。

 170頁余で1,700円という価格ですが、制度構築の基本的ポイントを押さえるためのテキストとしての密度は、価格に見合ったものだと思います。

「●人事・賃金制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【039】 菊谷 寛之 『中堅・中小企業の業績連動賞与

キャリアパスがどこまで描けるかがカギになるか。参考になる点は多い。

3時間でわかる「職種別賃金」入門.jpg  『3時間でわかる「職種別賃金」入門』 (2005/08 中央経済社)

Japanese Businessman.bmp 著者は、中堅・中小企業に適合する人事・賃金制度を紹介した書籍などで定評のある人事コンサルタントですが、本書では、成果主義の問題点を解消する切り札として「職種別賃金」制度の導入を提唱しています。

 必要性や概要だけでなく、管理職、営業職、販売接客職、技術職、SE職、製造職、事務職といった代表的な職種ごとに、具体的に賃金表や評価表の事例を示しながらわかりやすく解説していて、人事のキャリアが浅い担当者や経営者にとっても読みやすいかと思います。

 この本を読んで、自社にある職種の数だけ賃金制度を入れようとする人は少ないと思います。
 まず何のために変えるかということと、本書にもありますが、自社におけるキャリアパスをしっかり構築することが肝要かと思います。
 そうした意味では、「コース別人事制度」をすでに導入している企業では「職種別賃金」制度は導入しやすいだろうし、中小企業などで職種転換が頻繁に行われるような企業であれば、導入に慎重を期すべきでしょう。

 子会社などで、親会社とまったく業態が異なるのに、親会社と同じ賃金制度を採用している会社などでは、自社のメインとなる職種に合った賃金制度を検討する際に、本書が参考になるかもしれません。

 その他にも、賃金制度だけでなく、例えば管理職であれば「進路選択制度」といった具合に、職種別に「その他人事制度」についての提案が盛り込まれていて、参考になる点は多いかと思います。

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 by wadamy
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職務と役割を明確に区分。理論整理にだけでなく実践的参考書としても役立つ。

07010002.jpg役割業績主義人事システム.jpg
役割業績主義人事システム』 〔'03年/生産性出版〕

 本書の最大の特徴は、一般に"「職能主義」から「職務・役割主義」へ"といった具合に一括りに言われる"職務"と"役割"を、明確に概念区分している点にあるかと思います。

 "役割"というのは、「職位・職務上の責任・権限である職責に、業務の拡大・革新等のチャレンジ度を付加したもの」で、"職務"というものが業務的な捉え方であるとすれば、"役割"というのは機能的な捉え方ということになり、等級制度の策定などにおいて従業員を格付け区分する際には、"職務"よりも"役割"という概念を入れた方が、制度策定 およびその後の制度運用に柔軟性を持たせることが可能であるということです。                                    
                     
 また、役割における最終結果(アウトプット)しか見ない成果主義を不充分とし、最終成果に結びつく行動実績(インプット)を併せて見ること(業績主義)を提唱しています。
 こうした職能、職務、役割、業績といった概念が最初にわかりやすくまとめられています。

 内容構成は、等級制度(役割等級制度)→基本給(役割業績給)→賞与制度→退職金制度→目標管理制度→人事考課制度といった流れになっていますが、例えば役割業績給の運用についても7つのパターンを解説しているように、"簡潔かつ詳しい"記述となっています。

 とりわけ、7パターンの冒頭にある「評価替え(洗い替え)」方式や、その応用型である「複数グレード型評価替え」方式に、先進性と導入の実現性を感じます。

 目標管理の基本要素は、成果目標、課題目標、役割目標としていますが、人事考課においては、目標達成度以外に、プロセスの評価(マネージャーはマネジメント考課)と役割行動評価(コンピテンシー)を提唱しています。

 役割等級制度を入れる場合、一般職については職能主義を残すとすれば、職能資格制度とのダブルラダーになりますが、本書に示された「役割キャリア給」という"属人的役割給"の概念を用いることで、役割等級制度に一本化するやり方もあるなあ、とか、制度構築に際してのいろいろなヒントが得られ、理論の構築・整理にだけでなく実践的参考書として役立つ本だと思いました。

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ユニークな提案も多く含まれている。事業主、実務者、コンサルタントにお薦め。

新型〈人事制度・労務管理〉活用ガイドブック 多様な生き方を活かす人事制度のすすめ.jpg 『新型 人事制度・労務管理活用ガイドブック』 (2005/02 明日香出版社)

 人事労務管理の諸問題とその対応、特に中小零細企業が雇用の多様化・流動化のなかでとるべき人材戦略・制度を重点的に扱っています。

 採用/賃金/休暇/退社/勤務/育成/共伸のテーマ区分で、テーマごとに人事制度や労務管理の工夫、法規上の留意点などが書かれています。
 例えば賃金面では範囲給、ジョブロール(役割)の概念、年俸制、ポイント制退職金などを、制度面では在宅勤務、社内FA、目標管理、キャリアコンサル、社内メンター、社内ベンチャーなどの制度を提唱し、最近の人事潮流に沿ったものとなっています。

 さらに、中小零細企業のA&R(人材確保)戦略の一環として、サインオンボーナス(採用内定時に入社を条件に一時金を払う)のようなユニークな提案もあります。

 企業型401kの前段階としての「個人型」の提案や、就業規則とは別に個別労働契約の締結を推奨している部分に、人事労務管理の個別化傾向を実感しました。

《読書MEMO》
●プロフィットシェアリング(利益配分)とパフォーマンスボーナス(業績賞与)
●〔採用〕サインオンボーナス
 ・1.一定期間の就労の強要はできない(前借金の禁止)
 ・2.金銭貸借契約とするのは可能だが、返済額が高額で強度のプレッャーを伴う場合は問題
 ・3.一定期間内の退職の場合違約金(労働契約不履行の場合の違約金の契約は違法)/税法上は一時所得(社保控除しない・確定申告)(21p)
●〔休暇〕有給休暇の買い上げ→原則。法定外は可(法定日数を超える分、退職・解雇により消滅する分、時効により消滅したもの)(80p)
●〔退社〕年俸制社員→民法:6ヶ月以上の期間で報酬を定めた場合、3ヶ月前までに解約(退職・解雇)の申し入れが必要→年俸制でも毎月1回以上払いのため、解雇予告は30日前(月給制と同じ)と考えるべき。民法→1ヵ月の期間で報酬を定めた場合、月の前半で解約申し入れの場合は次期以降、月の後半の場合は次々期以降解約可能、期間の定めのない雇用の場合は2週間前、会社からの解約の場合は30日前、となっている(109p)

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改正高年齢者雇用安定法に対応しきれていない事例も…。

定年延長再雇用制度事例集.jpg  『定年延長再雇用制度事例集-高年齢者を活かす12社の取り組み』 ('05年/日本経団連出版)

 日本経団連が、大企業の人事部の中堅実務者を集めて研究会を開催し、並行してワークショップ方式で各社事例をとりまとめ本にしたもの。
 高齢者雇用に関して、石川島播磨重工業、JR東日本、富士電機、伊勢丹、日立製作所、三井造船など12社の施策が、定年延長、再雇用など具体的な人事制度を中心に紹介されています。

 高年齢者の継続雇用にあたっては、賃金制度だけなく、退職金制度、企業年金制度の改定をはじめ、能力開発やキャリア支援、ライフプラン研修、技能や技術の伝承、健康管理などの総合的な取り組み施策が必要なことがわかります。
 つまり会社の人事戦略の方針決定が重要であるということで、白元のように「年功型・能力主義・終身雇用」を打ち出した例もあるのは興味深いです。

 ただ紹介されている事例は、'01年度からの老齢厚生年金の支給開始年齢引き上げに対応しようと'90年代から制度改定を検討し導入されたものが多く、本書は'05年に入り出版されたものですが、'04年12月施行の改正高年齢者雇用安定法にまだ対応しきれていないものもあります。

 改正同法の実質的な施行は'06年4月で、通達などを通してその具体的な中身がある程度見えてきたのは'05年に入ってからではないでしょうか。
 仕方がない面もありますが、3,000円という本の価格が割高に感じられました。

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端的に言えば「事例集」なのだが、図表が少なくて読みにくい。

隣りの成果主義.jpg 『隣りの成果主義』 (2004/11 光文社ペーパーバックス)

force_01.jpg 普段は人事専門誌に賃金・人事制度の取材記事を執筆している著者が、一般向けに書き下ろしたものですが、内容的にはやはり賃金人事制度の"取材記事"であり、端的に言えば「事例集」です。
 当然のことながら、実名で登場する取材企業の制度に対する表立った批判はありません。
 本書内には成果主義の定義が見当たらないのですが、「成果主義人事」が「成果を持続的に高めていける組織・人材を創り出すための仕掛け・仕組みを創り出すこと」(ワトソンワイアット)であるならば、成果主義を具体化したものは仕組み(制度)であり、さらにその中心には賃金制度がくるかと思います。
 そうした意味では、本書のタイトルにほぼ偽りは無いということになりますが...。

 人事担当者が近況を俯瞰したり、経営者に「世の中こうなっていますよ」と示したりする分には一部使えるかも知れません。
 しかし如何せん、ただでさえこうした事例は読み解くのに苦労しますが、本書には図表が少なく、字面だけ追うにしては英語表記の部分が邪魔なために、読みにくいものとなっているのが残念です。
 
 著者がいつも人事専門誌に書いている賃金・人事制度の紹介記事は、理解の助けとなる図表が添えられていて、その内容もわかりやすいものです。
 "ペーパーバックス"での「事例集」という企画が、著者にとって気の毒な面もあったかも知れませんが、文章を削ってでも図表をもっと入れるべきだったのではないでしょうか。
 
《読書MEMO》
●ヤマダ電機・ソフトバンクBB...全社員年俸制(8p)
●近畿日本ツーリストの役員評価...役員も成果主義に→退職金廃止→報酬諮問委員会が中期的な「成果責任」(Accoutability)と毎期の「業績目標」達成度を評価(187p)
●高橋伸夫東大教授への疑問..."成果主義の失敗"ではなく"成果主義"そのものを批判、「仕事による動機づけ理論」「日本型年功制」のメリットは正しいが、「賃金原資」「職能給の運用」の2点で、「日本型年功制」の復活は困難(224p)
●1次評価だけでなく最終評価もフィードバックすべき

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人事部まかせでいい、給与だけいじればいい、といった考えを正す本。

経営者のための成果主義改革の正しい進め方.jpg 『経営者のための成果主義改革の正しい進め方-図で見てわかる成果主義賃金導入の具体例

 人事・労務の総合コンサルタントとして、中堅・中小企業向けの経営コンサルを手掛ける著者による成果主義改革の手引きであり、本書で言う「成果主義」とは、「成果を重視した組織の考え方」で、小手先の給料いじりでは改革にならず、人事制度改革は、組織改革、経営改革というソフトをサポートするハードであるべきものだとしています。

0013.gif そうした考えに沿って、管理者のレベルアップやトップの強いリーダーシップ、社員との信頼関係などが必要であるとし、プロジェクト方式での人事制度改革の導入の進め方や、成果を出せる風土・環境はどうやって作るのか、目標管理制度や人事考課はどうあるべきかなどを説いています。

 全体を通して経営者向けにやさしく書かれているように思え、「トップの関心、支援が成否を分ける」というのはまったく同感で、目標管理制度や人事考課など給与制度の「周辺制度」が実は大切であるという視点にも共感を覚えます。

 ただ、表紙のキャッチに「人と組織を活性化させる給与制度を実現する」とあるものの、給与制度については、「図でわかる成果主義賃金の具体例」として付録的にあるだけなので(コンパクトに纏まってはいるが)、実務者にはやや物足りないかも。

 人事部へ丸投げすればいいと思っている経営陣や、給与だけいじれば済むと思っている人事担当者がいるとすれば、その誤謬を説いて諭すという意味では良い指南書だと思います。
 
《読書MEMO》
●《年俸制の具体例》
①職位、評価ランクによる年俸制...職位、評価による絶対額洗い替え方式
②等級、評価ランクによる年俸制...等級、評価によるく絶対額洗い替え方式
  (評価ランクは役割の大きさ×達成度で決める)
③職位、役割、評価による年俸制...職位・役割ランク別基準額×評価係数
④資格年俸+役割年俸...何に対して支給するかが明確(日本的)
⑤レンジマトリックス方式...本人の基本給レンジと評価によって増減額が異なる
●《月給制の具体例》
⑥等級、評価ランクによる月給制...等級、評価による絶対額洗い替え方式
⑦業績等級制...⑥において給与ランクを決める際に、改定前の給与ランクによって同じ評価でもどの給与ランクになるか異なる
 (レンジマトリックスと似た概念)
⑧職能給と洗い替え方式の併用...定昇型職能給+洗い替え業績給

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今世紀に入っても「職能資格制度」堅持を唱えているのは、ある意味ユニーク?

クス.jpg 『日本型成果主義の基盤 職能資格制度―その再点検・整備・リニューアル方策』 〔'03年〕

 「職能資格制度」の生みの親で、それを日本企業に広めた立役者であり“権威”とされる著者が、「成果主義」的な賃金制度は時代の流れであるとしながらも、その中での「職能資格制度」の在り方やリニューアル方法を示した本。
 「職能資格制度」の歴史や果たして来た役割を知ることが出来、また「職能資格制度」導入に際しての入門手引書としても読めます。

 ただし、例えば、社員格付け制度がまだ無いある企業において新たに何らかの等級制度を導入する場合に、今後の人事制度が「人基準」から「仕事基準」へ移行していくことがほぼ市場の要請でもあると考えれば、わざわざ今から新たに「職能資格制度」を入れることには、それなりの根拠と注意が必要かと思います。
 
 本書で示されている「職能資格要件書」やそれを作成するための「職務調査」の手法なども、1人1人の課業やそれをこなすために求められる職能がある程度固定的・階層的に捉えることが可能であることが前提で、本書の初版は'75年ですが、産業構造等の変化などにより、必ずしもこうしたやり方があてはめにくい業態が多くなっているのでは…。

 今世紀に入っても「職能資格制度」を中心に据えた本を書いているのは著者ぐらいで、「日本型成果主義」の条件を「人基準」とし「職能資格制度」は堅持すべきだという著者の主張はむしろユニーク(時代に逆行的?)なものであるという印象も受けます。

 ただし個人的には、最初から全否定することも、こうでなければならないと決め込むことも、ともに人事制度改革の選択肢の幅を狭めてしまうことになるのではないかと思います(やはり“一般論”的には「職能資格制度」は時代に逆行していると思うが、中小企業には様々な業態があるので、今在る制度を全面改定するのがいいのかどうかは最終的には個別に判断せざるを得ない)。

 「成果主義」を導入しても「職能資格制度」を残している企業は多くあり、それは移行期における激変緩和措置であったりするばかりでなく、“部分的”にはメリットがある場合も少なからずあることに一応は留意すべきでしょう。

 本書では「人基準=能力主義、仕事基準=成果主義」という枠組みが前提となっていますが、等級制度を軸に考えればわかるように、「仕事基準」は「職務・役割主義」であるのが正しく、「成果主義」はむしろ「能力主義(顕在能力)」に近いのではないかと思います。

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「職能給」を存続させながら、実質的には「職務・成果主義」を実現。

役割能力.jpg 『役割能力等級制度の考え方・進め方』 (2003/09 インデックス・コミュニケーションズ)

 役割能力等級制度」という考え方を軸に、等級制度だけでなく、評価制度、賃金制度(基本給・手当・業績連動賞与・年俸制・退職金制度)から昇進管理、能力開発、人事面接までをトータルな人事制度とみなして、それぞれについて、理念と実務の両方の観点から、最近の動向や事例にも触れながらわかりやすく解説しています。

 中核となる「役割能力等級制度」とは、
  ・等級数が多すぎて年功的な運用に陥りがちな従来型の職能資格等級を改め、
  ・等級区分を職能と役割を複合した観点から4〜5のクラスに絞込み、
  ・賃金管理の運用上、必要に応じて各クラスの中でさらに等級区分を行うものです。
 (各クラス・等級の「役割能力基準書」は、一般職は「職能基準」で、管理監督職は「役割基準」で作成する。)

 また本書では、基本給制度において、
  ・「職能給+役割手当」
  ・「職能給+役割給」
 というタイプを中心に提唱していますが、
  ・「職能給」を範囲給(等級別上下限額を決める)として厳密運用するとともに、
  ・前者の「役割手当」は、役職自体同じでも責任度によって金額が異なるものとし、
  ・後者の「役割給」は、職能給と同ウェイトの金額的比重を持つとともに、評価の変動によって毎回洗い替えされるものとしています。

 こうした制度および運用であれば、
  ・「職能給」を存続させながら、実質的には「職務・成果主義」の処遇が実現可能で、さらには
  ・「役割」重視の考え方を打ち出しながらも、成長過程にある一般職に対しては能力の伸長に応じた処遇が可能であるため、
  ・移行が比較的容易なうえに、従業員にも受け入れられやすい提案ではないかと思います。
 
 事業主にも読みやすい構成と文章で、かつ、人事制度のトレンドを踏まえながらも、小さな会社でも導入しやすいオリジナルな機軸を示した良書だと思います。

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執行役員制度導入にあたってまず何を決めるべきかがわかる。

執行役員制度―導入のための理論と実務.jpg 『執行役員制度―導入のための理論と実務』 ('03年改定版) 浜辺陽一郎 (はまべ・よういちろう).jpg浜辺 陽一郎 氏(弁護士・早稲田大学大学院法務研究科教授)

030.gif 執行役員制度について、執行役との違いも含めた法的な位置づけから、規程の策定など導入の実務までが、詳しくわかりやすく書かれています。
 初版が'99年で、その後'00年、'03年と改版されていますが、当初から貫かれている本書の特徴として、執行役員とは委任契約なのか雇用契約なのかを先ず論じ、結局は導入する会社によって自由に定められるものであるとしていることがあげられるかと思います。
 そして、それぞれを採用した場合のメリット・デメリットを示し、以降に続く制度や規程の作り方、選任や解任、報酬や退職金の問題もすべて、委任型・雇用型・混合型に区分してそれぞれ説明していることにあります。

 わかりやすく言えば、「委任型」とは取締役に近いもので、就任するときに社員身分を喪失するため、退任したら役員と同じで後が無い(顧問や参与という形で残ることは考えられますが)もので、「雇用型」は社員としての雇用身分を維持しながらの就任となるため、退任しても原則として一般社員の身分に復帰するものです。
 
 執行役員制度を導入するにあたってまず決めること、それは委任契約とするか、雇用契約とするか、それとも双方が混合した契約とするかを明確にすること、それによって制度の意味合いから作り方まで大きく違ってくるということがよくわかる良書です。

 【1999年初版/2000年第2版/2003年第3版/2008年第4版】

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主張が明確で、戦略と実務の両面にわたってバランスのとれた本。

成果主義の人事・報酬戦略.jpg 『成果主義の人事・報酬戦略―いかにして事業の成功につなげるか』 ('02年/ダイヤモンド社)

compensation.jpg 本書では、成果主義の人事・報酬システムをいかにして成功させるかということを「戦略」的視点から捉え、業績と人件費のバランスを図り、適正総額人件費の枠内で報酬を支払うためには、資格・等級はどうすべきか、賞与や月例給与はどうすべきか、業績評価はどう改革すべきかなどについて、具体的な制度策定や運用に踏み込んで述べられています。

 成果主義人事や「業績」「成果」といったものに対する考え方が明確に示されていて、「業績評価」を徹底して報酬に反映させるという考え方で貫かれており、能力評価は成果主義人事戦略の邪魔でしかないと言い切っています。

 一方で、昇進・昇格など「任免評価」は、業績評価と別のアセスメント評価とし、事業戦略の将来を見据えた未来志向の評価であるべきだとし、また昇進に代わる価値も有能な社員を失わないためには必要であると。

 「人件費」ではなく「総額人件費」という考え方のもとに、適正総額人件費、適正労働分配率を維持することの重要性を理論的に解明し、「賃金」ではなく「報酬」という考え方に沿って、月例給・賞与・退職金における報酬性を高めることを説いています。

 昇給査定の評価項目に「能力評価(理解力・判断力...)」「情意評価(積極性・協調性...)」などといった項目がまだ入っている企業の担当者には、パラダイム変換を促す本かも知れません。

 個人的にも、「上司と部下が面接で目標を決めると失敗する」とか「年俸制は経営者を選ぶ」といった著者の主張の論拠などは示唆に富むものだったし(著者の言う「年俸制」とは賞与固定型の「完全年俸制」のことだと思いますが)、戦略と実務の両面にわたってバランスのとれた本だと思います。

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日本型職務・成果主義を具体的に提唱。賃金コンサルを目指す方に最適。

ふじ.jpg  『職務・成果主義による新 賃金・人事制度改革マニュアル』 (2002/09 日本法令)

force_03.jpg 本書は、アメリカの賃金・人事制度の特長から積極的に学びつつ、日本的な伝統を生かした日本型職務・成果主義を、豊富なコンサルティング経験に基づいて具体的に提唱しています。
 例えば、アメリカの伝統的なジョブ・グレード制度の問題点と90年代以降のブロードバンディングへの流れを分析しつつ、日本型の職務グレード制度を提唱していますが、その辺りの解説が、系統立っていて、実に理路整然としていると思いました。
 また、コンピテンシーやアカウンタビリティという米国から輸入された概念についても平易に解説しています。
 
 評価制度について、絶対評価法の一種である「成果認定制度」、つまり目標管理の項目と評価の項目の関係を1対1対応で捉えるのではなく、もっと柔軟性を持たせるものを提案しているのは、成果主義導入に際しての「目標」と「評価」の関係の問題を乗り越える良い方法ではないかと思いました(総合商社などで既に導入している企業もある)。  
 
 日本企業において、評価制度にコンピテンシーやアカウンタビリティを採り入れる場合には、業績評価、職務遂行評価(アカウンタビリティ)、行動プロセス評価(コンピテンシー)という位置づけとなるであろうという導きは、わかりやすさと実務面での説得力があります。 
 職種が多いために職種別の職務要件書が作成されていない場合は、職務遂行評価を行動プロセス評価の一項目としても差し支えないとするなど、理論的整合性と実効性、導入実現性を兼ね備えているという印象を持ちました。

 日本の賞与制度とアメリカのボーナス制度を対比させつつ、業績・成果反映型の賞与制度と併せて、インセンティブ・ボーナスやペイ・バック制度を提唱しており、ストック・オプションや年俸制の解説も、パターン別の説明によってわかりやすいものとなっているほか、法規上の留意すべきポイントがしっかり押さえられています。 
 また、ポイント制退職金制度や退職金前払い制度と併せて、確定拠出年金などの新企業年金への移行問題も丁寧に扱っています。

 日本型職務・成果主義をトータルな人事制度としていかに実現するかについてキッチリ書かれた数少ない本で、実務家や賃金コンサルを目指す方にはかなり使える1冊だと思います。

《読書MEMO》
●経営理念(58-60p)...経営理念は社会的使命(ミッション)、企業理念は経営姿勢・原則(プリンシプル)
 経営理念→行動理念、企業理念→基本理念が導き出される
 ビジョン=中長期の企業目標、ビジョン→経営戦略が導き出される
●成果認定法(136p)...
 1.業務目標に対する成果【目標管理】
 2.職務遂行レベルの達成度(≒【アカウンタビリティ】)→3.に含めても可
 3.行動プロセスの評価(≒【コンピテンシー】)

「●人事・賃金制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【028】 藤原 久嗣 『職務・成果主義による新賃金・人事制度改革マニュアル

リサーチャー的視点で、先駆となった人事賃金制度をわかりやすく紹介。

これからの人事がわかる本.jpg 『これからの人事がわかる本―ベアも定期昇給もなくなる!?正社員がいらなくなる!?』PHP研究所

これからの人事.bmp 本書前書きにもありますが、人事制度の中でも特に賃金制度(報酬政策)の紹介に重点を置いて書かれています。
  読者層として若手・中堅サラリーマンを意識したということで、1項目3ページ単位で1つの話題をまとめるよう工夫されていて、専門用語の使用を最小限に抑えた文章と見やすい図表により分かりやすい内容となっています。
 人事賃金制度の新しい動きを追うだけでなく、「成果主義とのつきあい方」という章を設け、その受け止め方を考えるヒントを与えていますが、同調ないし反発する前にまず分析ありきという冷静なスタンスです。

 '00年の出版ですが、当時話題となった
 ◆〈日興證券〉〈住友商事〉〈博報堂〉の賃金制度
 ◆〈デンソー〉や〈ぴあ〉の評価制度
 ◆〈パソナ〉のカフェテリアプラン
 ◆〈ベネッセ〉の自己選択型能力開発制度
 ◆〈コニカ〉のポイント制退職金制度
 ◆〈コマツ〉の退職金前払い制度
 などが要点を絞って紹介されていて、その後これら制度に追随する企業が幾つか出たことを見ても、人事賃金制度の先行事例に対する著者の慧眼が窺えるかと思います。

 そうした制度やトレンドの良し悪し、つまり価値判断にはさほど踏み込まないので、何だか立場がハッキリしないなあという印象を持つ読者はいるかも知れませんが、新任の役員や人事担当者が人事・賃金制度の動向を大まかに把握したいという場合などには、各制度のポイントを押さえた良い本だと思いました。

 著者は、総合労働研究所勤務を経て'89年に独立、以後、雇用労働分野に関する取材記事・論説記事を「労政時報」「賃金実務」等の専門誌に寄稿する傍ら、調査・評論・講演活動を行っている人ですが、「PANフィールド・リサーチ」の所長(本書執筆当時)ということで(「PAN」は「鍋」、「フィールド」は「田」かからとったと著者の講演で聞いた)、その基本的立場は、人事制度のリサーチャー、トレンドウォッチャーであるとみてよいかと思います。

《読書MEMO》
●日経連の雇用ポートフォリオ
 1長期蓄積能力活用型グループ
 2高度専門能力活用型グループ
 3雇用柔軟型グループ
●複数賃率表(洗い替え方式)...毎年1号昇号するが同一レンジ内では一定号までしかなく、上限にいくとSからDの範囲で評価によっての塗り替えのみ(62p)
●賃金制度の3つのタイプ...職能給・職務給・成果給(または業績給)(79p)
●主な事例...日興證券・博報堂・ぴあ(ぴあアイデンティティーバリュー)・ベネッセ(能力開発ポイント)・コマツ

「●人事・賃金制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【027】 鍋田 周一 『これからの人事がわかる本

本書はインディペンダント・コントラクターの「具体的」提唱の先駆け。

「人件費の構造改革」で会社は蘇る.jpg 『「人件費の構造改革」で会社は蘇る―変動人件費を定着させる新しい雇用形態へのチャレンジ

契約.jpg 著者は本書において、人件費の構造改革の要を「人件費の変動費化」に置き、契約社員制度、社内請負契約、社内自立法人化、戦略的配置転換、戦略別会社設立などを提唱しています。
 これらは主に雇用形態に関するものですが、そのメリットや法的な立場の違いについてわかりやすくまとめ、営業委託契約書の見本なども載せています。

 インディペンダント・コントラクターのような概念がまだそれほど普及していなかった(あるいは一部の特殊な業態においてしか成り立たないものであると思われていた)'00年の出版であることを考えると、先駆性と具体性に優れ、今もって役立つ本だと思います。

 同時に、こうした多様な雇用の形態や新たな事業体を模索することが、大企業に限って求められている人材戦略・事業戦略ではなく、中小企業の経営者・管理者も、従来の固定概念を除いて取り組むべき問題であることを本書は示唆しています。

 著者は九州地方を中心に、主に中小企業を対象とした経営指導を行ってきた若手コンサルタントですが、「エネルギーをかけても変わらない人材に期待はできない」といった発言には過激さも感じるかも知れませんが(同じことはGEのジャック・ウェルチも言っていますが)、「経営者の善し悪しは、カネの使い方とプライベートの常態でわかる」などの言葉とともに、著者自らのコンサル経験を通して得られた教訓であることがわかるだけに、説得力があります。

《読書MEMO》
●これからの雇用形態...
 ・1.契約社員(94p)
 ・2.社内請負契約-契約社員との違いは雇用ではなく個人事業主(103p)
 ・3.社内自立法人化-グループ会社の法人経営者になる(123p)
●経営者の善し悪しは、カネの使い方とプライベートの状態でわかる(160p)
●小手先のリストラは、大きな時間の損失になる(230p)

「●人事・賃金制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【026】 嶋田 利広 『「人件費の構造改革」で会社は蘇る

「基本給」パターン14例を具体例をあげて丁寧に解説。実践的で密度の濃い1冊。

「仕事給時代」の人事・賃金システム.jpg「仕事給時代」の人事・賃金システム-新しい職能・業績給の実践手法』〔'00年/ダイヤモンド社〕

仕事給.bmp 本書では、人事・賃金制度のこれからを展望したうえで(第1章)、人事制度を策定するにあたっては、まず仕事をベースとする「職務基準」でいくのか能力をベースとする「職能基準」でいくのか、両者をミックスさせたものにするかを決めなければならないとし、それぞれの等級制度の具体例で説明しています(第2章)。
 
 さらに、賃金制度における「基本給」の構築においても、年功給から仕事給への移行を前提に、「職能給」「職務給」または「職務・職能給」をその中心に据えるべきとし(本書ではこれらを「仕事給」という概念で捉えている)、併存型を中心に「基本給」のパターンを14例あげています(第3章)。 
 
 「基本給」パターン14例の内訳は、「年齢給+職能給」が3つ、「職務給+職能給」が2つ、「職務・職能給」が2つ、「職務給+職務遂行給(業績給)」が2つ、職掌・職群により区分けした「混合型」が3つ、「業績給一本型」が1つ、「全社員年俸制」1つとなっています。

 以降(第4章〜第8章)、それぞれの「基本給」パターンを解説していますが、説明と企業での採用事例が密接に結びつき、具体性のある内容になっています(むしろ先行企業で採用されている事例などから14例を抽出したという印象で、この数の多さが本書の最大の特長だと思います)。 
 
 最初は基本パターンだけでこんなにあるのかという印象も受けますが、例えば同じ「職務給+職能給」型でも、職務給を固定的なものにするか変動的要素を入れるかで、制度の意味合いが異なってくることが、事例の解説などを通してよくわかり、これだけのパターンをあげていることにそれなりの意味があることが理解できます。

 「基本給」制度だけでなく、業績賞与制度(第9章)や新しいタイプの退職金制度(第10章〜第12章)、65歳継続雇用における人事賃金制度(第13章)、確定拠出年金制度(第14章)にも触れられていて、理解の助けとなる図表や資料も豊富で、賃金制度を策定する側から見て、実践的で密度の濃い1冊であると言えます。

「●人事・賃金制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【025】 松田 憲二 『「仕事給時代」の人事・賃金システム

人材コンサルティング会社による本。たいへん実践的かつ戦略的だと思えた。

実践Q&A 戦略人材マネジメント.jpg  『実践Q&A 戦略人材マネジメント』 (2000/04 東洋経済新報社)

business plans that they create will.bmp 戦略人材コンサルのウイリアムマーサー社(現マーサーヒューマンリソースコンサルティング社)による本書は、SHRM(戦略的人材マネジメント)がテーマですが、制度に踏み込んで書かれているため、書名どおり実践的です。

 それは、本書の95項目のQ&Aのうち、資格制度改革が27項目、報酬制度改革が12項目、評価制度改革が13項目、福利厚生・退職金年金制度が10項目という具合に、「制度」関連の項目が占める割合の高さにも表れています。
 
 ただし、「報酬制度はなぜ単純化した方が良いのか」「報酬レンジによって社員にどのようなメッセージを伝えるのか」「昇給マトリックスによって社員にどのようなメッセージを伝えるか」などといった設問の立て方からも窺えるように、制度について語る場合も常に戦略的思考をバックに据えているのがわかります。  
 このことは、制度策定において、大変重要なことであると思います(バックに戦略がなければ、制度のための制度になってしまいます)。 
  
 本書では、資格制度については基本的には"役割主義"を提唱しており、「役割評価」においてその評価基準となる6つのファクターを示し、その1つ1つについて1項ずつ(見開き2ページ)を割いて説明してます。  
 また、評価の核になる「コンピタンシー」についても、概念定義や測定方法を詳説し、"コンピタンシー・モデルを作るために必要なコンピタンシー"などといった項目もあり、評価におけるコンピタンシー以外の評価要素の選定とそれらとの組み合わせ方(一般的には目標管理制度との組み合わせとなる)、目標管理制度の機能のさせ方についても述べられています。  
 こうした説明の細やかさにも、「役割評価」「コンピタンシー」「目標管理制度」などが、目的概念の把握が充分でないまま制度策定がスタートした場合に、「導入すること」自体が目的化し、戦略的意図の伴わないのものになってしまう―これではでは意味が無いのだという本書のメッセージが感じ取れます。
 
 人事制度改革に取り組んでいる実務者にとってすぐに役立つばかりでなく、SHRM(戦略的人材マネジメント)に携わるすべての人にとって、戦略的HRM理論を概念整理する助けにもなるのではないかと思いました。

《読書MEMO》
●BSC(バランスドスコアカード)... 1.財務の視点 2.顧客の視点 3.社内ビジネスプロセスの視点 4.学習と成長の視点-企業価値向上へ向けての戦略的ストーリーを描くことを意図している(66p)
●役割評価の6つのファクター...◆知識.◆対人・マネジメントスキル◆分析・判断力◆相違・気転◆意思決定力 ◆影響力
●報酬制度は何故単純化した方が良いのか(112p)
●報酬レンジによって社員にどのようなメッセージを伝えるのか(116p)
●昇給マトリクスによって社員にどのようなメッセージを伝えるのか(120p)

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中堅・中小企業に向けた執行役員制制度の提唱は示唆に富む。

こんなに会社が変わる執行役員制.jpgこんなに会社が変わる執行役員制-即実行できる中堅・中小企業の役員・管理職改革』〔'99年〕

執行役員と取締役.jpg 執行役員制=大企業のものというイメージがある中で、中堅・中小企業に対する経営改革、取締役制度改革の一環としての執行役員制を、そのメリットや形態と併せて提唱しています。
 
 著者の提唱する執行役員制における〈執行役員〉とは米国のオフィサーに近いもので、〈取締役〉(ディレクター)は本来的な役割や求められる資質が〈執行役員〉とまったく違うことをわかりやすく説明し(日本企業の従来の〈取締役〉はオフィサーに近い)、社員の「上がり」は取締役でなく執行役員とすべきであるとしています。

 この本の出版当時('99年)、あいまいな「日本型」執行役員制の導入が多くの企業で見られましたが、著者の主張は明快で、〈執行役員〉と〈取締役〉は兼務しない方がいいい と言っています。
 
 確かに、オーナー会社などで、会社資産の処分など経営に関する重大な決定に際して実質的な発言権の無い取締役が役員会に出ていたり、取締役でありながら経営計画の策定にほとんど関与しておらず現業部門の管理・監督に明け暮れている人がいたりするわけで、この人たちは本来は〈取締役〉であるより〈執行役員〉であるべきでしょう。

 取締役・執行役員・管理職のそれぞれの評価のあり方にも踏み込んで書かれています。
 すでに執行役員にした社員に対し今更のように能力評価をしている会社もある(その必要があるのならば、彼らは〈執行役員〉ではなく、それ以前の〈社員〉であるべき)、そうした状況を見ると、今日でも示唆に富む本だと思います。

《読書MEMO》
●執行役員制は3点セットで威力を発揮(人員削減、社内分社化・カンパニー制、取締役会改革)(24p)
●役員はexecutive、その内、取締役はdirector、執行役員はofficer(28p)
●社長と代表取締役は違う-代取は商法上の名代にすぎない(44p)
●事業部制(P/Lのみ)とカンパニー制(B/Sも)は違う(49p)
●米国ではプレジデントは取締役会が任命する執行役員の筆頭のこと(通常CEOを兼ねる)(98p)
●執行役員はアカウンタビリティ・リスポンスビリティで評価すべきで、能力があるとか積極性があるとかで評価すべきではない

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中小企業向けだが、賃金・人事に関する筋(すじ)論が貫かれている。

経営が苦しいときの給料の払い方.jpg 『経営が苦しいときの給料の払い方―解雇を避けて企業と社員を守るマル秘テクニック』 (1999/06 東洋経済新報社)

 中小企業に対する豊富なコンサルティング経験に裏づけされた著者の、事業主に対する適切なアドバイスには定評があり、本書においても、オーナー事業主からよく出てきそうな無茶な(?)内容の相談に対し、時に優しく時に厳しく応えています。

 私見ですが、本書は賃金の制度や管理そのものについては、中小企業向けに何か特別の提案をしているわけでも、また特別の許容をしているわけでもありません。
 「解雇を避けて企業と社員を守る」という本書サブタイトルを含め、これらに貫かれているのは賃金・人事に関する筋論だと思います。

 なお、本書で述べられている人件費実績の個別管理は、中小企業における人件費管理の必須事項であると思います。
 全面的に賛成するとともに、人件費予算の管理も同じ考え方でやるべきだと思います(どちらかというと「予算」の方が先ではないか)。

《読書MEMO》
●会長職の父に役員報酬を払いながら、赤字で悩んでいる→会長は無給・年金を貰うべき
●歩合給にしたい→まず業績型賞与に
●管理職手当をカットしたい→残業のつくスタッフとの逆転が起きる
●賃下げしたいが退職金に響く→そんな退職金規程は早急に改定すべき
●賞与をゼロにしたい→年間2ヶ月は確保すべき、どうしてもというなら...
●退職金制度なんて古いのでは→中小企業では「老後資金」ではなく「手切れ金」
●一方的な賃下げは合法か?→同意ナシの引き下げが認められたのはスカンジナビア航空事件ぐらい

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論理的でありながら実務的。入手しやすく、読んで損しない。

宮本 眞成 『年俸制の実際』.jpg 19916538.jpg 『年俸制の実際』 日経文庫 〔'97年〕

force_02.jpg 年俸制は、大企業の管理職層を中心に'90年代中盤から2000年にかけて一気に導入が進みましたが、年俸制にテーマを絞った実務者向けの書籍は意外に少ないのではないかと思います。
 それでも導入ブームの際に経済団体などから何冊か概論的なもの出版され、またその後も事例集などが出ましたが、値が張るものが多いのが難点です。
 それに対してより一般向けのものは、コンサルタントが独自の応用例をいきなり開示する技術論的なものであったりします。

 本書は、年俸制とは何かということから説き起こしつつ、制度の設計・導入や運用の実務(役割評価や目標管理、達成度評価など)のポイントがわかりやすくまとめられているのではないかと思います。
 導入のためにどういった環境整備が必要か(等級制度、評価制度、社内体制の整備など)に章を割くとともに、「将来展望」の章において、年俸制を体系的に分類し、分類にそった形で先行企業の事例を紹介するなど、理論的でありながら実務的であるのが本書の特徴でしょうか。
 
 著者は、日本IBMの人事管理部長(執筆時)ですが、日経連(現・日本経団連)の職務分析センター(現・人事賃金センター)の「年俸制研究部会」の座長を務めていたこともある人です。
 ですから、著者は外資系企業の人事部長ですが、この本の提案部分において示されているのは「日本型年俸制」です。

 '97年の出版ですが、新書版で購入できる「年俸制」に的を絞った本は、本書以外にはほとんど無い状態で、その点本書は実務者が概念整理や導入検討をする際には手にしやすい本であり、また読んでおいて損は無い本だと思います。

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非正社員の活用に向けての新たな「人材ポートフォリオ」を提示している。

正社員時代の終焉-多様な働き手のマネジメント手法を求めて.jpg  『正社員時代の終焉-多様な働き手のマネジメント手法を求めて』  ookubo2.gif 大久保幸夫 氏

 この10年で全雇用者に占める非正社員比率は上昇を続け3割を超えましたが、企業はこうした非正社員を本当に有効に戦力化しているのだろうか、ただ人件費面での方策として非正社員を入れているだけで、人材育成などの戦略的観点が軽視されているのではないか、そうした思いから「多様な働き手のマネジメント手法を求めて」というサブタイトルに期待し、本書を手にしました。

 第3章で内田恭彦氏(ワークス研究所主任研究員・神戸大学大学院経営学研究科助教授)が、'95年に日経連が示した「雇用ポートフォリオ」の3グループ区分(長期蓄積能力活用型、高度専門能力活用型、雇用柔軟型)の発展型として、米国のSHRM研究による分析をベースに、企業特殊性の高低と知識レベルの高低を軸とした4象限から成る新たな「人材ポートフォリオ」を提示していて、以降の分析はこの人材ポートフォリオをベースに進んでいきます。

 すでに"3グループ区分"では捉え切れなくなっているというのは実感としてあり、人材ポートフォリオというものを人材育成という観点でみると、働き手がこの人材ポートフォリオの象限間を移動するダイナミック(動的)なものであるとしているのも納得できます。
 ただし個々の経営者にとっては、現実にどの仕事、どの社員がどの"象限"に収まるべきものなのかをイメージすることが大切で、それが無ければ本書を読むことは単なる"お勉強"で終わってしまうのかも。

 非正社員のキャリア志向のさまざまな類型や、業務委託(インディペンダント・コントラクター)の拡大傾向示し、そのマネジメントの要点やリスク管理にも触れていますが、ここまで現状分析にページを割きすぎ、非正社員の活用等に悩む経営者にどこまで応えきれているか、全体としてやや物足りなさを感じます。

 余談ですが、労働法に規定されているわけではないのに、厳然と世の中にある〈正社員〉と〈非正社員〉の違いについて、江戸時代の商家の「丁稚」(長期契約)と「下男下女」(短期契約)の違いに由来していると本書の中にある。知らなかった。
 
《読書MEMO》
●企業は、派遣社員や業務委託の実態がつかめず、人件費にも反映されず、人材に対する全体像が霧の中に隠れてしまった(24p)
●戦略を起点に、必要な人材を労働市場から獲得する企業経営パターン(アングロサクソン系)と、企業内部に人的資源を蓄積し、環境に合わせて活用していく企業経営パターン(日本企業)(86p)
●ヒューマンリソース・アーキテクチャー(米国の戦略的HRM)の人材調達様式(組織と人材の関係/人事管理のあり方)(80p)
・第1象限(戦略価値:高、企業特殊性:高)...内部育成(投資的/コミットメント)
・第2象限(戦略価値:高、企業特殊性:低)...外部調達(共生的/市場価値)
・第3象限(戦略価値:低、企業特殊性:低)...契約(取引的/服従重視)
・第4象限(戦略価値:低、企業特殊性:高)...提携(パートナー/協働)
●新たな人材ポートフォリオの考え方
・第1象限(知識レベル:高、企業特殊性:高)...正社員
・第2象限(知識レベル:高、企業特殊性:低)...〈取引費用大〉正社員(期待)・契約社員、〈費用小〉アウトソース
・第3象限(知識レベル:低、企業特殊性:低)...〈取引費用大〉正社員(期待)・非正社員、〈費用小〉アウトソース
・第4象限(知識レベル:低、企業特殊性:高)...〈システム化できない〉正社員(期待)・非正社員、〈システム化できる〉第3象限へ

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“内向き・外向き”を軸に、サラリーマンの働き方や人事システムに言及。

外向きサラリーマン」のすすめ―ポスト成果主義の時代をどう生きるか.jpg 『「外向きサラリーマン」のすすめ』 〔'06年〕 囲い込み症候群.jpg 『囲い込み症候群―会社・学校・地域の組織病理』 ['01年] 

 本書の狙いは、〈内向き〉〈外向き〉をキーワードに、サラリーマンの働き方と人事システムを掘り下げて考えてみようというもので、前半で〈内向きサラリーマン〉の生む組織の病理を、後半で〈外向きサラリーマン〉の仕事や働きぶり、そしてそれらを生かす人事システムを述べています。

 著者は『囲い込み症候群』('01年/ちくま新書)の中で、そもそも個人では出来ないことを実現するためにつくられた組織が、いつの間に目的から外れ、組織が個人を縛る「囲い込み」症候群に陥るということを指摘していましたが、〈内向き〉という表現は、企業の「囲い込み」姿勢であると同時に、「囲い込まれた側」のとりがちな姿勢として捉えられるかと思います(冒頭の就職学生の急変ぶりは、著者の実感がこもっている)。

 要するに、会社側は「成果主義」を導入したが「囲い込み」は放棄しようとはしなかったわけで、そのために、社員が一体化して顧客や市場から評価を得ようとする「社外競争」よりも、社員間の壁を厚くし社内での限られたパイを奪い合う「社内競争」に拍車がかかり、その結果として成果主義の歪みと言われている現象が起きているが、これは成果主義が良いか悪いかという次元の問題よりも、こうした〈内向き〉の姿勢やシステムを排除しない限りは、これからの時代に生きる企業や人の姿は見えてこないというのが著者の考えです。

 〈外向き〉の人事政策をとった企業の事例は、全社員を個人事業主とするなどといった、一部の先行企業において、それもまだ緒についたばかりのものが多いという感じですが、いつまでも正社員・非正社員といった雇用形態の違いによって処遇の格差づけをしている日本の企業の人事施策に対する著者の批判には、考えさせられるものがあります。
 
 興味深かったのは、米国の人事管理においても組織の論理で個人を統制しているというのは同じであるとし(コンピテンシーなどを持ち出して知的労働まで標準化することに著者は批判的である)、むしろ参考にすべきは、年齢や性別による処遇格差が小さく、残業時間よりも成果を求める〈外向き〉の中国の人事システムや人々の働き方ではないかとしている点でした。
 
 組織論が専門で、「個人を生かす組織・社会、働き方」を研究テーマとしている著者らしい内容で、サラリーマン向けのビジネス書、生き方の本であると同時に、「人事部はいらない?」という章もあり、今ある人事システムの今後の方向性を探るという意味では、企業の人事担当者が読んでも得るものはあるかも知れません。
 photo_ota.jpg 太田 肇 氏 (略歴下記)
_________________________________________________
太田 肇
1954年生まれ。同志社大学 政策学部 教授、経済学博士、日本労務学会常任理事。主な研究分野は組織論(「個人を生かす組織・社会、働き方」について)。
主著…お金より名誉のモチベーション論』東洋経済新報社 2007年、『「外向きサラリーマン」のすすめ』朝日新聞社 2006年、『認められたい!』日本経済新聞社 2005年、『ホンネで動かす組織論』ちくま新書 2004年、『選別主義を超えて』 中公新書 2003年、『囲い込み症候群』ちくま新書 2001年、『ベンチャー企業の「仕事」』中公新書 2001年 (中小企業研究奨励賞本賞受賞)、『「個力」を活かせる組織』日本経済新聞社 2000年、『仕事人(しごとじん)と組織』有斐閣 1999年(経営科学文献賞受賞)。

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"変節"? コンサルタントは機を見るに敏でなければならないのか?

10年後の人事―成果主義はどう変わる?.jpg10年後の人事―成果主義はどう変わる?』 ['05年/日本経団連出版]舞田 竜宣.jpg 舞田竜宣 氏

10年後の人事p.bmp "10年後"と言うよりは、現在の人事制度の方向性とこれからの人事部のあり方といったところでしょうか。
 資格等級制度、報酬制度、評価、採用・育成、人事機能などについて書かれています。
 評価制度におけるコンピテンシーの位置づけや採用・育成におけるA&R戦略は、著者(現在はヒューイット・アソシエイツ株式会社社長)や著者が以前に属した戦略コンサルティングのマーサー社が書籍や専門誌で既に発表しているものとほぼ同じで、本書の中では「非金銭的報酬」について2章分を割いて説明しているのがひとつの特徴でしょうか。この部分は、ある程度参考になりました。

 個人的には資格等級制度において、職能等級と職務等級の混合型およびブロードバンドとナローバンドの組み合わせを提唱しているのに少し驚きました。
 マーサー社の最近までの主張は、職務主義(役割主義)一本のブロードバンドだったはず。これも"成果主義の揺り戻し"なのか。コンサルタントは機を見るに敏でなければならないのか?
 マーサー社の指導のもとに何とか職能資格制度を廃して職務主義に移行した結果、社内が少しギスギスしている会社があったとしたら、次はどうすればいいのだろうか?

 「非金銭的報酬の応用法」については、同社がこれまでにも提唱している"優秀人材の囲い込み"戦略の流れだと思いますが、本書ではより具体的ではあるものの、賃金や役職以外は極めて平等主義的な処遇をすることで、"そこそこの社員"を含むより大多数のモチベーションを維持してきた日本の企業風土の中で、どこまでこうした"仕掛け"が拡がっていけるのか未知数の部分も大きいと思います。
 とは言え、金銭的報酬での処遇には自ずと限界があるわけで、今後企業ごとに、自社に合ったいろいろな工夫が求められるようになるには違いないでしょう。

 むしろ評価のところで述べられているコンピテンシーとコーチングの結合(コンピテンシー・コーチング)という考え方に共鳴を覚えました。
 コーチングについてのノウハウが書かれた本は巷にあふれていますが、「How」の前に「What」があるべきであるという主張には頷かされ、今後の議論の深化を期待したいと思いました。

《読書MEMO》
●非金銭的報酬(71p)
A acknowledgement(感謝)/B balance of work/life (オンとオフのバランス)/C culture(組織文化)/D development (成長機会)/E environment(労働環境)
● 非金銭的報酬の応用法(73p)...すぐれた業績を上げた、またはすぐれた発明をした研究開発者に対し、
 1.予算報酬...さらなる研究開発のための自由に使える予算を与える
 2.環境報酬...望みどおりの設備や環境を整備する
 3.テーマ報酬...取り組む研究開発テーマを自由に選ぶ権利を与える
 4.時間報酬...自由な活動に使える時間や充電のための長期休暇を与える
 5.社会的報酬...トップの感謝や周囲による賞賛、表彰、特別な呼称の授与、記念の刻銘など(心理的報酬)
●目標管理(115p)
(「目標管理」はもともと、自分で考えて目標を立てるという発想に基づいているが、「目標参画」の理念は必ずしも正しくないことが、その後の行動心理学・組織心理学の研究でわかってきた。)
目標に対して社員がどれだけ情熱を燃やすかは、その目標にどれだけ納得感が得られるか、その目標をどれだけ受容できるかにかかっている。誰が目標を設定するかは一義的な要素ではない。
●コンピテンシー→プロセス評価→コーチング→コンピテンシー・コーチング(121p)
プロセス評価とは、処遇の決定のためだけではなく、教育的な意味も多分にあり、今日の成果に加えて将来の成果もめざす意味もある。→コンピテンシーを使った日々の教育が必要→コーチングにおける「What」の明確化→それぞれの職務におけるコンピテンシーをコーングの技法を使って日々、上司が部下に指導する

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「虚妄の成果主義」の主張の繰り返し。しかも、かなりケンカ腰?

〈育てる経営〉の戦略―ポスト成果主義への道.jpg 『"育てる経営"の戦略―ポスト成果主義への道』 講談社選書メチエ 〔'05年〕 虚妄.jpg

FirstDay.gif 著者は本書で、成果主義は人材育成機能を破壊し、すべての成果主義は失敗すると断定し、 〈育てる経営〉を目ざすならば、社員の生活を守り、次の仕事の内容で報いるシステム「日本型年功制」を再構築すべきだと主張しています。

 これらは前著『虚妄の成果主義』('04年/日経BP社)の主張と同じであり、本書ではさらに、『できる社員は「やり過ごす」』('96年/ネスコ)などで展開した人材論や、経営における競争優位の源泉とは何かという考察(やや唐突な感じ)、青色LED訴訟にみる発明対価の判決に対する疑問提示などを行っています。

 「日本型年功制」(年功序列とは別物であることを著者は強調)が今までに果たした役割というのはそれなりに認めるべきだとは思いますが、それを維持していくことが難しいという現状をもう少し重く認識すべきではないかと...。

 自らを「急進的な反成果主義者」とする著者の論は、まず成果主義を修正するのではなく否定するところから始まり、本来は経営のサブシステムに位置づけられるべき(つまり会社の経営理念や人事戦略に沿うべきものである)処遇制度のベクトルとしての成果主義が、イデオロギー論争のテーマのようになってしまっているが何だか変な気がします(しかも、かなりケンカ腰?です)。

 本書ではモチベーションの問題について、前著『虚妄の成果主義』同様、"内発的動機づけ理論"(実験室的状況での理論という気がする)への執着が見られますが、モチベーションを向上させる例として本書で挙げられているのは、むしろ承認願望の充足などの「健全な利己心」(太田肇『ホンネで動かす組織論』)をベースとした動機づけであり、"内発的動機づけ理論"の裏づけにはなってないのではと思われました。

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成果主義、目標管理、人事考課の混同が見られるのが残念。

日本型「成果主義」の可能性.jpg 『日本型「成果主義」の可能性』 〔'05年〕  城 繁幸氏.jpg 城 繁幸 氏 内側.jpg 〔'04年〕

 べストセラーとなった『内側から見た富士通』('04年/光文社ペーパーバックス)の著者による第2弾で、出版元を変え、ペーパーバックスからハードカバーになりましたが、結論から言えば、前作ほど内容の濃さを感じませんでした。

 前半部分の前提となっている「日本企業の成果主義=目標管理」という見方はかなり表面的ではないかと思えました。
 「数値目標は一般社員にはなじまない」とする考え方にも、目標管理=人事考課という拡散的解釈が見られます(目標と評価をどうしてこう一緒くたにして論じてしまうのだろうか)。
 
 それでも一応は著者なりの立場で、一般社員の目標は数値目標にこだわらずチーム目標に対する個人の貢献度をアナログで評価すべきだなどの提案をしていますが、以前からそうしている企業は結構多いのではないでしょうか。
 管理者を評価される立場に立たせよ、「社内公募制度」や「FA制度」を設けよ、などといった主張も必ずしも目新しいものではなく、もう少し明確にオリジナリティのある著者の結論を示して欲しかったところですが、「可能性」というモヤっとしたタイトルからも察せられるとおり、「成果主義論争に終止符を打つ!」という帯の惹句に答えきれていない気がしました(自分が期待しすぎたか?)。

 「成果主義」というのは「業績・貢献度に基づく評価・報酬制度」であり、処遇制度の一方向性に過ぎないと思います。
 当然、良い成果主義もあれば、良くない(作り方や使い方の拙い)成果主義もあるでしょう。
 著者は実務経験者だけあって、サブシステムに過ぎない「成果主義」を、イデオロギーや理念のように論じる類書の轍は、ある程度踏まずにすんでいますが、本書において、日本型「成果主義」の体系的な展開が充分になされているとは思えませんでした。

 ベストセラーを出した後でもあり、「成果主義論争に終止符を打つ!」という帯の方が先に出来上がっていて、原稿の方は何かまとまりきらないうちに出版してしまったのかと勘繰りたくもなるような内容にも思えました。

《読書MEMO》
●「日本企業の成果主義=目標管理制度」(62p)
●目標管理制度が機能するための前提...1.目標が数値目標化できる/2.目標のハードルが同じ高さ/3.常に目標が現状にマッチしている/ 4.評価の際、達成度だけで絶対評価が可能→これらをすべて満たすには無理がある(75p)→最終的には相対評価になってしまう(90p)→目標の低レベル化と評価のインフレ(92p)
●数値目標は一般社員にはなじまない(132p)

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HRM基本フレームの理解に役立つが、発表済みのものの使い回しも。

ヒューマン・リソース・マネジメント.jpgヒューマン・リソース・マネジメント』(2004/10 ダイヤモンド社) 高橋 俊介.jpg 高橋俊介 氏

 ヒューマン・リソース・マネジメントについて、組織・人材・制度・報酬からキャリア・福利厚生まで最近のトレンドを入れて包括的に述べた入門書です。
 HRMの基本フレームの理解には役立つかも知れません。
 
 とは言え、全体的に一般論を教科書的に並べたという感じで、著者が今まであちこちで発表したものとも内容が重なるため、既に氏の著書を何冊か読んだ人には特に新鮮なものとして受けとめられないのではないでしょうか。 
 おさらい的に読むことはできますが、約200ページで2400円という価格は割が合わないと思います。

 ただ本書では、HRMに関する事例がわかりやすくとり上げられていて、スターバックスが顧客を装ったスパイによってサービスチェックをしているということや、リークルートの「じゃらん」の温泉紹介などは地元の主婦が書いていることなど、初耳の人には興味深いかも知れません。
 ただし、これら事例のほとんども、氏の他の著書で既にとり上げられているものです。

《読書MEMO》
●アメリカの職務主義は差別を禁じた公民権法('64)の影響が大きい。アメリカでは差別していると言われるリスクを回避するために「人」を見ず「仕事」を見る
●IBMのCEOガースナーが「巨象も踊る」や「私の履歴書」の中で披露した「青いシャツと白いシャツ」の話
●ケーススタディ
 ◆スターバックスコーヒー...アルバイトの定着を高めるためにストックオプション・フランチャイズなし直営店しかやらない・覆面調査(日本の400店でも実施)
 ◆GE...継続的リーダー育成機関クロントンビル
 ◆CSKコミュニケーションズ(沖縄)...採用は2次試験での点数の上昇度で決定
 ◆サウスウエスト航空...ビヘイビアインタビューで子どものころから人を喜ばせるのが好きだったかを聞く(企業ビジョンとの相性で採用)
 ◆ノードストローム(優れた接客で有名な百貨店)...販売員はすべてコミッション営業

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暴露本!? 結果として、「成果主義」導入の際の留意点を指摘している。

内側.jpg内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』光文社ペーパーバックス 〔'04年〕 special0502070103.jpg 城繁幸氏
 
014.gif元富士通の人事部社員の手によるもので暴露本という見方もできますが、「成果主義」の導入に伴う様々な問題点を具体的に指摘していて参考になりました。
 著者自身は「成果主義」を否定しているのではなく(冒頭にはそのメリットが述べられている)、ただそれが富士通の中ではうまくいかなかったと...。

 その原因は、ムラ社会的な企業風土の問題であったり、評価制度などシステムの問題であったり、管理職や人事部の問題であったりするのですが、何れも富士通に限らず普通の会社でもありそうなことなので、やや義憤にかられた記述が見られるものの(その部分がドキュメンタリーとして「あの富士通が...」という感じで読者の関心をそそる部分もあるのかも知れませんが)、結果として、一般の企業が「成果主義」を導入する際の留意点を示すことにもなっています。

 システムの問題に目をやると、評価制度は、相対評価からスタートしたためにどれだけ頑張った人がいても、部門や評価者に力がなければ好評価にはつながらないと(本社人事部は全員A評価)。そこで絶対評価に変えると、今度は評価のインフレを招いてしまったと。
 
 企画型裁量労働制は、本人に適用の拒否権があるわけですが、仕事量が多い社員は企画型裁量労働の適用を拒否し、従来どおり時間単価で支払われる方を選び、仕事の少ない人の方が適用を受諾したなどのことがあり、かえって人件費増につながったと。
 
 そのほかにも「成果主義」でありながら「降格制度」が無かったとか、人事部が目標シートをチェックしないで有給休暇の取得状況で評価修正していたとか、様々な問題点の指摘があります。 
 人事部が全員の目標シートをチェックするのは大企業では無理ではないかという気もします。ただし、休暇取得の多い社員の方の評価を下げるというのは論外でしょう。

 巻末には成果主義に対する提案もあり、著者は、目標管理制度の廃止や「公正評価委員会の設置」を訴えています。 
 裁量労働制については、それ以外の勤務制度との併存をやめるべきだと言っていますが、同感です。 
 ただし、現行法規下においては、"併存"を避けることが困難なケースの方が多いのではないかと思われます。

《読書MEMO》
●目標シートの達成度は人事ではノーチェック(これはいたしかたない?)、チェックするのは残業時間・年休・勤怠、「残業30時間なのにAはないでしょう」(これはひどい)(55p)
●F2成果主義の最大の欠陥は「降格制度」が存在しないこと(あっても機能しないこと)(83p)
●有給休暇の取得が少ないこと、暗黙の定時(22時)までいることなどで評価(130p)
●目標管理をやめ、成果のみで評価を決めればいい(200p)
●完全裁量労働制にすべし、時間外手当がつく社員と混在させるな(賛成)(207p)

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趣旨には賛同するが、本としての纏まりに欠ける。

CHO-最高人事責任者が会社を変える.gif 『CHO―最高人事責任者が会社を変える』 (2004/05 東洋経済新報社)

CHO.jpg 産学協同(主催は人材会社)で行われたCHO(チーフ・ヒューマン・オフィサー)研究会の成果をまとめたものです。
 個人的にもそのセミナーに出席したことがあり、セミナー内容は、これからの人事部の役割についてのパラダイム変革を促すもので、その頃M&Aの仕事で外資系企業のCHOと交渉する機会などもあり、相手の立場を読み解くうえで参考になりました。
 ただ、そのとき受けたほどのインパクトが本書からは感じられないのは、こうした研究会報告にありがちなことですが、分担執筆のかたちをとりながら、執筆者のベクトルが不揃いなためでしょう。

 本書では、第1・2章で金井教授がこれからの人事部とCHOの役割を、最終章で守島教授が人材マネジメントにおけるバリュー(人材価値観)の問題をそれぞれ解説していますが、中盤の3人の企業出身者の執筆パートは、組織(人事部)診断の手法にウェイトが置かれたかと思うと「会社とは何か」という話にいきなり戻ったりして、うまく繋がっていない印象を受けます。

CHO2.bmp 基本的には、これからのCHO(「人事部(長)」と言った方がいい)の役割が、「管理エキスパート」であることに加えて、「戦略パートナー・変革エージェント」であるべきだという本書の趣旨には賛同します(「サーバント・リーダー」という言葉は、あまり好きになれない。一方で「従業員チャンピオン」であるべきも言っているし)。

 企業経営との関連においての人事部に求められる機能を、①戦略パートナー、②管理エキスパート、③従業員チャンピオン、④変革エージェントの4つに分けたのはデイビッド・ウルリッチであり("Human Resouce Champions " 邦訳:「MBAの人材戦略」)、これもまた"輸入モノ"のコンセプトの応用であることには違いありません。

 個人的に接した経験では、外資系企業の地域CHOは、採用や人事評価、個々の賃金決定よりもバリューマネジメントが主たる業務で、広告宣伝部門のブランドマネージャーの仕事(例えば、誤ったブランドイメージがどこかの国で作られていないかチェックするような仕事)と少し似ているように思います。
 日本企業の人事部(長)がやる仕事の大半は、外資では支社・支店長レベルで完了していますが、その支社・支店長であっても、R&Dなどの支援部門のマネージャーであっても、会社の人材理念(バリュー)については同じようにきちんと語ることができる―。

 片や日本企業の人事部の多くは、人事権(採用や評価に関する権限を含む)を保持することが組織目的化しているので、組織診断もいいけれど、そんな悠長なことをしている間にも、委譲できるところから順次、現場に権限を委ねていった方がいいし、そうすることによって次の仕事、つまり組織・企業文化改革という「変革エージェント」としての仕事が見えてくるのではないかと思います。

 本書のサブタイトル「最高人事責任者が会社を変える」は、まったく逆方向(管理面の権限強化)に受け取られる誤解を招くのでは...。

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著者の主張が"現実"に食い込んでこないのが残念。

虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ.jpg  『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』 〔'04年〕  高橋伸夫.jpg高橋 伸夫 氏(略歴下記)

 '04年1月の刊行で、同年の(「週刊ダイヤモンド」の)「ベスト経済書」第1位に選ばれた本。
 「週刊ダイヤモンド」にしても「週刊東洋経済」にしても、「ベスト経済書」は学者やエコノミストに対するアンケート調査によって選出しているのですが(だから往々にして現場の感覚とズレたものが選ばれることがある?)、本書の場合、一般書店での売り上げもビジネス書としてはトップにきていた時期があり、「賃金による動機づけ」を"科学的根拠のない迷信"とスッパリ言い切ってしまうようなところが受けたのかもしれません。
 しかしながら、「そっかあ〜、なるほど」と思った"一般の社員"だって、「もっとお給料をあげてくれなきゃやる気湧かないヨ」とも思っているのが現実ではないでしょうか。
 
 ハーズバーグの「動機づけ衛生理論」において「賃金」が〈動機づけ要因〉ではなく〈衛生要因〉とされていることを、本書を読まずとも既に知っている人事部員にしても、「だから賃金は満足の対象ではなく、不満の対象にしかならないわけだ」と思うだけであって、火急の課題である賃金の問題を放置して、高橋教授が強調する「内発的動機づけ理論」や「未来傾斜原理」にそれこそ一方的に"傾斜"するなんてことは無く、仮にそうしたところで、今、社員の前に現実に何を提示できるのだろうかという問題が残ります(わが社は年功序列で行きます!って宣言するのだろうか?)。

 「望ましい動機づけの話と望ましい賃金制度の話は、本来は別次元の話」というのは正論だと思いますし、「次の仕事の内容」で報いるというのもわかります。
 しかし、論旨が「金銭的報酬で逆にやる気を失う」という負の相関の方へいってしまい(別次元の話じゃなかったのか?)、その査証に何ページもさいています。

 それはそれでたいへん解りやすく書かれていて、その後に続く「反復囚人のジレンマ・ゲーム」や「お返しプログラム」などといった話もたいへん面白いのですが、それらが、「読み物としては面白かったけどね」というある経営者の感想に表されるように、"現実"に食い込んでこないのが残念です。

 【2010年文庫化[ちくま文庫]】

《読書MEMO》
●望ましい動機づけの話と望ましい賃金制度の話は、本来は別次元の話(17p)
●年俸制導入企業の2つのタイプ...誕生まもなく、中途採用主体の会社と経営状態が危ない会社(給料が下がったのはお前の働きが悪いから、という論理)(19p)
●金銭的報酬で逆にやる気を失う...金銭で報いる仕組みよりも「次の仕事の内容」で報いるシステムの方が、人件費は安くすむ上に、動機づけの面でも優れている(30p)
●米国企業の創業者は強い文化が成功をもたらすと信じている(41p)
●達成感は仕事自体が与えてくれるものであり、金銭的報酬によるものではない

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高橋 伸夫
1957年生まれ。小樽商科大学卒業。筑波大学大学院社会工学研究科単位取得。学術博士(筑波大学)。東京大学教養学部助手、東北大学経済学部助教授、東京大学大学院経済学研究科助教授などを経て、現在は同大学大学院経済学研究科教授。専門は経営学・経営組織論。研究課題は日本企業の意思決定原理、組織活性化。特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター理事長も務める。主な著書に『虚妄の成果主義――日本型年功制復活のススメ』(日経BP社)『できる社員は「やり過ごす」』(日本経済新聞社)など。近著に『〈育てる経営〉の戦略――ポスト成果主義への道』(講談社選書メチエ)。

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著者のウンチクは楽しいが...これでは単なるエッセイにすぎないのでは。

数字と人情―成果主義の落とし穴.jpg 『数字と人情―成果主義の落とし穴』PHP新書 〔'03年〕 shimizu.jpg 清水佑三 氏 (略歴下記)

 タイトルの意味は、数字ばかり追う成果主義を批判し、人情の復権を訴えるということだと思いますが...。
 随所に見られる著者のウンチクは面白く、こういうウンチクは個人的には嫌いではないのですが、本書の趣旨とどう関わるのかがわかりにくかったです。

 競争原理を否定するその帰結が、諺、落語、歌舞伎に耳を傾けよ、というのはどうでしょうか。
 「音楽を聴こう」「植木に水をやろう」で、成果主義が抱える問題が解決できるのでしょうか。

 書きたいことを書いただけのエッセイで、新書として(ましてや成果主義云々という副題で)出す類のものではないと思いました。

《読書MEMO》
●成績の時代...赤い羽根募金まで地域割当てが
●「虫の知らせ」を研究したベルグソンとユング
●オックスブリッジの入試はエッセイと面接が主体(言葉は階層を表す)
●アメリカで抗鬱剤セロトニンの服用者は2000万人
●ダイソンの掃除機
●川上弘美『センセイの鞄』に見る他者への気遣い
●山本常朝『葉隠』→隆慶一郎『死ぬことと見つけたり』と西洋人のユーモアへの執着
●プロジェクトX"伏見工業高校ラグビー部"
●韓国のべストセラー『カシコギ』父子ともに癌にかかる話

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清水 佑三 (日本エス・エイチ・エル社長)
1966年慶応大学工学部卒業、1968年同修士課程修了。多次元尺度構成法を専攻。河出書房新社、ダイヤモンド・ビッグ社を経て、文化放送ブレーンの創業とともに役員就任。20年の役員経験を経て、1987年日本エス・エイチ・エル社の創業とともに社長就任。『人は誰でもカリスマになれる』(東洋経済新報社)『数字と人情』(PHP研究所)『逆面接』(東洋経済新報社)等の著書がある。

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電機メーカーの人事制度の取材はそれなりに深いが、提案面は肩透かし。

成果主義を超える.jpg 『成果主義を超える』 文春新書 〔'02年〕   江波戸哲夫.gif 江波戸哲夫 氏 (作家)

 『集団左遷』('93年/世界文化社)、『部長漂流』('02年/角川書店)などの企業小説や『会社葬送-山一証券最後の株主総会』('01年/新潮社)、『神様の墜落-"そごうと興銀"の失われた10年』('03年/新潮社)などの企業ドキュメントで知られる作家である江波戸哲夫氏が、企業を取材し、各社の成果主義人事制度の現状を分析、考察したものです。

 一般に人事制度の取材・とりまとめは専門のジャーナリストやライターが行うことが多いのですが、著者の取材はそれらに劣らない深さがあり、企業側だけでなく労働者や労働組合のコメントも取っているところにもバランスの良さを感じます。
 
 ただし、ある時期(2001年前後)のある業界の一定規模以上の企業のみを対象にした分析なので、確かに電機業界はいろいろな面で日本の産業のリーダー的役割を果たしてきた面はありますが(例えば週休2日制を最初に導入した大手企業は「松下」です)、これが日本企業全体の動向かと言われると若干の疑問もあります。

 鳴り物入りで導入された新人事制度の中には、一応機能しているものもあれば尻すぼみになっているものもあることがわかり、この辺りの取材はかなり緻密で、個人的には、大企業の人事部の中には、トレンドに合わせて何か新しい制度を入れて、自社適合性のチェックは後回しになっていると言うか、軽んじられている風潮があるのではないかと考えさせられる節もあります。
 いや、"自社適合"にばかり重きを置いていたら、何も出来ないまま同業他社から遅れていく、という焦りもあるかも。
 
 著者は、企業がリストラをしつつも根本的には雇用延長を図っていることに着眼し、企業への帰属意識(愛社精神)の効果は確かに見過ごせないとしています。
 しかしながら結論的には、企業は、年功序列・終身雇用制を弱めて従業員の帰属意識の減退を図りながらも、仕事へのエネルギーを引き出さなければならないという難しい課題を抱えていると...。

 確かにその通りですが、こうしたやや"感想"的結論で終わっているため、タイトルから具体的な"提案"を期待した向きには肩透かしの内容となっていることは否めないと思います。
 現実は、小説や映画のようなスッキリした締めくくり方にはならないということか...。


集団左遷2.jpg 因みに江波戸氏の小説『集団左遷』('93年/世界文化社)は映画化もされていて、バブル崩壊後に大量の余剰人員を抱えた不動産会社が、新規事業部に余剰人員50人を送り込み、達成不可能な販売目標を課して人員の削減を図るというリストラ計画を実行し、そうした中での50人のリストラ社員たちが逆境に立ち向かっていく姿を描いたものでした。

集団左遷」 ('94年/東映)

 梶間俊一監督はヤクザ映画系の出身の人で、テンポはいいし、"成果主義を超えた"かどうかはどもかく、一応"スッキリした締めくくり方"にはなっていますが、そこに至るつくりはやや粗いような気もしました(原作は未読。読めば結構面白いのかも)。
 柴田恭平がリストラされた社員のリーダーを熱演していて、この映画で「熱血ビジネスマン」のイメージが定着したとも言えるのではないでしょうか(脚本は'04年に自殺した野沢尚が書いている)。

「集団左遷」●制作年:1994年●製作:東映●監督:梶間俊一●脚本:野沢尚●撮影:鈴木達夫 ●音楽:小玉和之●原作:江波戸哲夫●時間:116分●出演:柴田恭平/中村敦夫/津川雅彦/高島礼子/小坂一也/河原崎建三/萬田久子/北村総一朗/江波杏子/伊東四朗●劇場公開:1994/12●配給:東映 (評価★★★)

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残念ながら、人事部(企業)の代弁者が語っているようにしか聞こえない。

成果主義は怖くない.jpg成果主義は怖くない―「仕事人生」を幸せにするキャリア創造』〔'02年〕 高橋 俊介.jpg 高橋 俊介 氏(略歴下記)

 内容は、前半7割が成果主義について、後半3割がキャリア創造についてといったところです。
成果主義は.bmp 成果主義が陥りやすい過ちを、米国の職務主義の失敗やビジョニングによる成功例などを引き合いにしながら指摘しています。 
 
 精緻な評価基準をつくることに固執していないか、コンサルタントに丸投げしていないか、数値至上主義になっていないかなどの指摘は、著者の豊富なコンサル経験からくるものでしょう。
 ここまでの部分は、企業の経営者や人事担当者に向けてのアドバイスと見てよいでしょう。
 
 ただし、成果主義を推し進めるうえでどうしても生じる「弱者」をどうするかという問題については、オランダのワークシェアリングの事例を挙げるのみで、あまり問題解決についての考察がされていない気がしました。
 振り返って一般のサラリーマンに向かって、成果主義に振り回されないキャリアを構築しよう説いていますが、こちらの方の内容はかなり漠然としています。

 本書の中でのコンサルタント批判はリアリティがありますが、著者自身のコンサルタント時代の顧客が企業の人事部だったわけで、一般読者に突然向き直って、キャリアの自律を説き、ただし会社に期待する受身の姿勢ではいけないと言われても、単に人事部の代弁者が語っているようにしかとれない読者も多いのではないかという気がします。キャリアショック.jpg

 もちろん著者は『キャリアショック』('00年/東洋経済新報社)などビジネスパーソン向けの本も書いていますが、この『成果主義は怖くない』という本に関して言えば、1冊の本の中で、企業・経営者側と社員側の両方に向いて話をしているのが少しぎこちない気がしました。
 タイトルは完全にサラリーマンに向けだと思うのですが...。
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高橋 俊介
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授
組織・人事に関する日本の権威の一人。プリンストン大学大学院工学部修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ザ・ワイアット・カンパニーに勤務後、独立。
人事を軸としたマネジメント改革の専門家として幅広い分野で活躍中。主な著書に「自由と自己責任のマネジメント」「自立・変革・創造のマネジメント」「キャリアショック」「組織改革」「人材マネジメント論」がある。

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むしろ、起業しようとしている人たちにとっての示唆を多く含んでいる本。

社員の幸せを追求したら社長も成果主義も不要になった.jpg 『社員の幸せを追求したら社長も成果主義も不要になった!』 〔'02年〕 kusaka.jpg 日下 公人 氏

 日下公人氏が自らが注目する、広島市に本部を置き、西日本を中心に展開する安売りメガネチェーン「株式会社21(トゥーワン)」のユニークな経営方式を紹介した、ケーススタディ本と言える内容かと思います。

「リストラ組」が起こしたメガネ革命.gif タイトルに「成果主義も不要になった!」とありますが、この会社は創業当初からユニークな経営方式を採っていて、
 ◆利益は社員で山分け
 ◆管理職がゼロ
 ◆ノルマ・目標設定はなし
 ◆社長は4年交代
 ◆社長の年収は社員の最高年収を超えてはならない
 ◆パートも取締役になれる
 ◆退職金は前払い
 といった常識に囚われない独自の経営のスタイルを通じて、社員が金銭的にも精神的にも安心して楽しく仕事ができ、会社業績も順調である、その結果、「成果主義というものを今更のごとく入れる必要が無い」ということだと思いますが、社員を動機づける人事システムとはどのようなものかを具体的に示唆したものとなっていると思いました。                                     NIKKEI NET 「リストラ組」が起こしたメガネ革命

人事破壊1.jpg 「管理職がゼロ」など、日下氏が以前に書いた『人事破壊』('94年/PHP研究所)の内容を地でいくような感じです('05年に続編、『人事破壊―その後10年そして今から 』が刊行されている))。

 この会社の場合、社員は株主でもあるので、株主による共同経営の会社ともとれますが、そうすると合資会社や協同組合でも同じコンセプトは成り立つかと思います。
 ただしこの会社は、全国に125店舗を持つまでに急成長しているので、「社長交代制」などのシステムが今後どうなるのでしょうか。企業の規模の変化は、往々にして質の変化にも及ぶのが一般的ですから。

 この会社の設立経緯が、あるメガネチェーンのリストラ組が集結したものであったことも考慮しておく必要はあると思います。
 今在る会社をどうするかということよりも、むしろ、起業しようとしている人たちにとっての示唆を多く含んだ本だと思いました。

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「●講談社現代新書」の インデックッスへ

人と組織に対する冷静な分析は秀逸。組織心理学の本としても読める。

007.gif成果主義と人事評価 旧.jpg成果主義と人事評価.jpg成果主義と人事評価』 講談社現代新書 〔'01年〕

 企業内での人事実務の経験者の手による本で、内容は、著者が都銀から証券子会社に人事部課長として出向していたときの経験がベースになっているのではないかと思われますが、「成果主義」や「人事評価」に派生する問題に対しての、担当者として真摯な取り組み姿勢を感じます。

070115.jpg 本書の中で秀逸だと感じたのは、本書の主テーマよりもその周辺部分の説明にあたるのかも知れませんが、普通の会社でよくある、人と組織に関する様々な非合理的な事象に対する、著者の冷静な観察と分析で、例えば次のようなものです。

 ―現代の社員は、業務フィールドに貢献するように働こうとする意図がはたらきやすい。
 業務フィールドの人間関係の中でどのような役割を演じたいかを先に決め、仕事をそのために利用する場合さえある。(91p)

 個人的には、自分が個人の裁量度が比較的に高い業態である業界に身を置いていただけに、こうした事例をかなり見てきたような気がします。
 著者は本書執筆時30歳代で、比較的現場が見えているのかも知れないという気がしました。
 そうした意味では、組織心理学、組織行動学の本としても読めました。

《読書MEMO》
●社員の具体的行動を促すのが目標管理だが、評価に使うと、目標が低いほど評価が高くなるという問題が生じる(32p)
●職場ではなく「業務フィールド」で働く傾向(86p)
 ―業務フィールドでの人間関係を良好に保っている人は仕事をスムーズに進めることができ、コンスタントに成果も上げやすい。そして、自分が良い仕事をしているという満足感を得ることができる。ただときとして社員が自分の業務フィールドでの人間関係を重視するあまり、会社全体としての最適な判断がなされないことがある。」(90p)
●仕事にリアリティの乏しい会社では非常事態を歓迎する心理が働き、潜在意識で災害を求めてしまう。そして自ら引き寄せた災いに直面して始めて精神的な均衡を回復する(127p)

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年功制・終身雇用批判は旗幟鮮明!ヘイ・グループの考え方が窺える。

まず、日本的人事を変えよ.jpg 『まず、日本的人事を変えよ!―「競争」と「評価」が活力を生む』 〔'01年〕 田中 滋.jpg 田中 滋 氏

0702004.gif 著者の1人田中滋氏は、コンピテンシーモデルなどで知られる〈ヘイ・コンサルティング〉の社長で、当然予想されることながら、本書の前半部分で、日本企業の年功序列や終身雇用を厳しく批判しています。
 
 職能資格制度「日本の会社が飛びついた後ろ向きの制度」で「仲間主義に根ざした能力主義」であるとし、また情緒的な日本においては、「やる気」が高く評価され業績評価は軽視されてきたとも、家族手当は「後進国的発想の最たるもの」だとも言っています。
 
 著者の海外経験や旧日本軍を引き合いに、日本的人事競争と評価を避け、一方でエリートなら失敗をしても保護される仕組みであると徹底批判しています。
 外資系コンサルティングファームの社長が旧日本軍の話を持ち出すのは意外かもしれませんが、伝統的な日本の官僚的システムの問題点を指摘するために引き合いにしているのです。

 後半部分では、著者らが属するヘイ・グループの提唱する人事システム(ヘイ・システム)が示され、さらに日本的経営全般に対する改革に言及しています。
 ヘイ・システムには世間的にも賛否両論ありますが、そのバックにある考え方を知る上でも、本書に示された日本的「人と組織」に対する分析や批判は一読の価値があるかと思います。

 全体を通して旗幟鮮明で、その部分では爽快感さえ感じます。
 ただし、ヘイ・グループの“売り”は、企業における短期のドラスッティックな業績回復を実現させることであり、長期的観点での人材育成などにはさほど重きを置いていないことも念頭に置いて読むべきではないかと思います。

《読書MEMO》
●職能資格制度…日本の会社が飛びついた後ろ向きの制度、仲間主義に根ざす日本独特の「能力主義」(66p)
●情緒的な日本の人事(84p)…改めて業績評価をするのは他人行儀、「同じ釜の飯を食う」とういう表現は長期雇用を前提にしている/さまざまな手当に象徴される「競争排除の原理」(129p)…家族手当は後進国型発想の最たるもの
●ジョブ・ディスクリプション/ヘイ・システム…求められる「ノウハウ」「問題解決能力」「アカウンタビリティ(成果)」(139p)
●成果主義報酬…1.成果主義給与 2.プロフィット・シェア・ボーナス 3.ターゲット・ボーナス

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論旨に目的と手段の逆転が見られる。学者が描くユートピア的な発想という印象を受けた。

定年破壊.jpg 『定年破壊』 〔'00年〕  清家篤 (慶応大学教授).gif 清家 篤 氏 (略歴下記)

定年退職.jpg 著者は「生涯現役社会」の提唱者であり、本書でも定年制の非合理性とそれを廃止することのメリットを説いています。
 では定年制がなぜあるかというと、年功賃金での長期の収支勘定合わせのためにあり、また企業に雇用調整の自由度が少ないのもその理由であると。

  だから、こうした制度を変えて賃金をフラットにし、自らの選択による能力開発を可能にし、1社が雇用保障するのではなく労働市場を通じた雇用保障体制を築き、労働市場そのものを活性化すれば定年制は廃止でき、そのことがプロフェッショナルとしての職業人生を送ったり、早く引退することを選択したりして個人の手に人生設計を取り戻すことにつながると―。

 部分的には鋭い指摘もあると思いました。
  しかし確かに著者の言うように、定年制には非合理的な面もあるだろうけれど、同じく著者の言うように、定年制を無くすためにはしなければならないことも随分あるわけです。
 
 定年制を無くすために賃金制度を見直すというのは、現実に即して考えると目的と手段が逆転しているともとれるし、定年を廃止した場合にどうなるか、ということについての考察があまりに楽天的で、学者が描くユートピアのような印象を受けました。

 玄田有史氏も『仕事のなかの曖昧な不安』('01年/中央公論新社)の中で「定年破壊」に批判的でしたが、問題は
 「それがすでに会社に雇われている人々の雇用機会を確保することにはなっても、新しく採用されようとする人から就業機会を奪うこと」
 にあると言っています。
  企業の人を雇用する力が弱くなっている状況においては、そうしたことも考慮しなければならないでしょう。
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清家 篤
慶應義塾大学商学部教授。博士(商学)。専攻は労働経済学。1978 年、慶應義塾大学経済学部卒業後、同大学大学院商学研究科博士課程修了、同大学商学部助教授を経て、1992 年より現職。
この間、カリフォルニア大学客員研究員、日本労働研究機構特別研究員、経済企画庁経済研究所客員主任研究官等を歴任。
社会保障審議会委員(厚生労働省)、労働政策審議会委員(厚生労働省)、国民生活審議会委員(内閣府)、高齢社会対策の総合的な推進のための政策研究会座長(内閣府)、東京地方労働審議会会長(厚生労働省東京労働局)、日本銀行金融研究所顧問(日本銀行)などを兼務。
近著に『生涯現役社会の条件』中公新書(1998 年)、『人事と組織の経済学』(共訳)日本経済新聞社(1998 年)、『労働経済』東洋経済新報社(2002年)、『勝者の代償』(訳)東洋経済新報社(2002 年)、『生涯現役社会をめざして』日本放送出版協会(2003 年)、『高齢者就業の経済学』(共著)日本経済新聞社(2004年)などがある。

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「●講談社現代新書」の インデックッスへ

「成果主義」の問題点分析は先駆的だったが、提案面では弱かった。

リストラと能力主義 旧.jpgリストラと能力主義.jpg 『リストラと能力主義』 講談社現代新書 〔'00年〕森永 卓郎.jpg  森永 卓郎 氏(略歴下記)

 本書で言う「能力主義」とは、本文中にもある通り「成果主義」のことを指しています。
Japanese businessmen.jpg どうしてこういうタイトルにしたかと言うと、出版当時においては「成果主義」という言葉がまだ"市民権"を得ていないという著者の判断だったそうです。
 
 確かに、経済学者の熊沢誠氏が本書の3年前に書いた『能力主義と企業社会』('97年/岩波新書)などを見ても、「成果主義」という言葉は使われておらず、「能力主義」を、潜在能力を重視する"狭義の能力主義"と、業績に基づく"実力主義的な能力主義"に概念区分して用いていますので、その3年後というのは、まだ「成果主義」という言葉の意味がどういったものを指すのか、一般的概念が不統一だったのかも知れません。
 
 それでもタイトルにやや納得のいかないものも感じますが、内容的には、人件費削減が目的化する日本型リストラの問題点や、成果主義にまつわる評価や人事部の中央集権的なあり方の問題、目標管理制度の陥りやすい欠点などを早くに指摘したと言えるもので、著者の慧眼はさすがだと思います。

 銀行系シンクタンクの研究員でありながら、親会社の銀行が融資先企業にリストラせよと煽っている時期に、リストラ批判(日本型リストラへの批判)をやってのけているという姿勢もいいし(それも銀行のイメージ戦略の1つかも知れませんが)、成果主義には「自由と自己責任」に基づく人事制度が必要という著者の主張は、すんなり納得できるものです。理念としては...。

年収300万円時代を生き抜く経済学.jpg しかし、本書の中にある、企業に向けた著者の「ワークシェアリング」や「定年制度」に対する提案は、具体面ではさほど実現されていません。
 ワークシェアリングは同一労働・同一賃金の法規制があるオランダだから出来たと言えますが、日本ではそのままの導入は難しいし、中高年齢層の勤務日を段階的に減らす「まだら定年制」も、発想としては面白いし、今後はどうなるか分かりませんが、今のところ導入企業は無いようです。

  一方、サラリーマンに説く自立・自営の道や副業のススメは、今や著者の十八番となり、年収300万円で生き抜けと言っている...。「空論家」と言われないように頑張ってほしいとは思っていたのですが...。
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森永 卓郎
1957年生まれ。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、日本経済研究センター、経済企画庁総合計画局等を経て、91年から(株)三和総合研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)にて主席研究員、 現在は客員研究員。獨協大学教授。専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、教育計画。ミニカー他、様々なコレクターとしても有名。

主著:『萌え経済学』(講談社 2005年)、『森永卓郎式ニュースの読み方』(日本証券新聞社 2005年)、『「所得半減」経済学』(徳間書店 2004年)、『「家計破綻」に負けない経済学』(講談社現代新書 2004年)、『辞めるな!キケン!!』(扶桑社 2004年)、 『ミニカーから全てを学んだ-人生から世界経済まで』(枻出版 2004年)、『二極化時代の新サラリーマン幸福術ー年収1億円でも不幸な人生、年収300万円でも楽しい人生』(経済界 2003年)、『続 年収300万円時代を生き抜く経済学 実践編!』(光文社 2003年)、『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社 2003年)、『日本経済最悪の選択-誰が日本をこんなにだめにしているのか』(実業之日本社 2002年)、『シンプル人生の経済設計』(中公新書 2002年)、『デフレとお金と経済の話』(実業之日本社 2001年)、『日銀不況』(東洋経済 2001年)、『リストラと能力主義』(講談社現代新書 2000年)、『バブルとデフレ』(講談社現代新書 1998年)、『〈非婚〉のすすめ』(講談社現代新書 1997年)

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「社長レースからだれも降りない理由」など、雇用マネジメントに冷静な洞察。

新・雇用革命.jpg
新・雇用革命―人材流動化時代の新しい労働形態(SOHOアウトソーシングナレッジマネジメント)とプロ人材の条件

営業.jpg 本書は'99年の出版ですが、終身雇用・年功序列の崩壊、失業率の上昇、転職・独立の気運、雇用の流動化により変化していく会社と社員の関係、多様化するだろう就業形態を見据え、そうした中で企業はどうすれば良いのか、また個人は「プロ人材」としてどう生きていくかを提唱したものでした。 

 著者の1人である牧野昇氏は工学系の出身ですが、三菱総合研究所の会長として経済と技術開発にその精通ぶりを発揮し、本書の随所にあるように雇用マネジメントにも深く冷静な洞察を示しています。

 例えば本書の中で、日本のサラリーマンが「社長レースからだれも降りない理由」は「負けても失うものが意外に少ないから」としています。

 「ゼネラリストとして成功しないより、スペシャリストとして成功した方が、それは幸福だろう。しかし、ゼネラリストとして成功しないことと、スペシャリストとして成功しないことの間には、大きな格差がある。だからスペシャリストを志向することはリスクなのである。少なくとも今まではそうであった。」
Business Man.jpg これを読み、なるほど、わかりやすく的確な指摘だと思った記憶があります。
 
 これからは変わっていくかもしれない、というのが本書の見方だったのですが、確かにこの頃から、日本企業における長期雇用は揺らぎを見せ、大企業を中心に「キャリアプランニング研修」などが行われ始めたのもこの頃からです。 

 しかし、少なくとも中高年に関しては、外部労働市場はその後もそれほど整備されず、自ら企業を飛び出してスペシャリストとして何かやるという人の数は限られていたのではないか、つまりは「社長レースからだれも降りない理由」というのが、「自ら会社を飛び出さない理由」に置き換えられて、根強く生き続けたと思われます。 
 
 結局のところ長期化する不況の中で、企業は、強制力を持った人的リストラというやり方で"余剰な"人員を外部へ押しやるという傾向が続いたのではないでしょうか。

Makino.gif 牧野 昇 氏 (略歴下記)
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牧野 昇 (株式会社 三菱総合研究所 特別顧問)
1949年 東京大学大学院卒業。専門は経済及び産業政策・技術開発。著書「製造業は不滅です」(経済界)「環境ビジネス新時代「静脈産業」が巨大市場を切り拓く」(経済界)「オ-プン・リソ-セス経営勝ち残る企業像-バ-チャル・コ-ポレ-ション」(経済界)「総予測21世紀の技術革新」(工業調査会)「手にとるように経済用語がわかる本 新時代のキ-ワ-ド集」(かんき出版)「ITで世の中が変わる「iモ-ド」が創る新世紀」(PHP研究所)など。

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"雇用ポートフォリオ"や"成果主義"だけを提案していたわけではなかったのだが...。

新時代の日本的経営.jpg 新時代の日本的経営2.jpg 『新時代の「日本的経営」―挑戦すべき方向とその具体策』 ['95年]

 日経連(現日本経団連)が企業参画による「新・日本的経営システム等研究プロジェクト」('93年12月発足)の報告として纏めた冊子で、'95年5月に刊行されています。 
平成不況の政治経済学―成熟化社会への条件 佐和隆光2.png ですからまさに、「バブル崩壊」で株価も低迷を続け、「平成不況」という言葉が定着し始めた時期にプロジェクト作業をしていたことになります。
 ('93年1月に日本経済新聞社から『平成不況は終わった』(?)という本が、'94年1月に『平成不況の政治経済学』(佐和隆光/中公新書)が出版されている。)
 
 経営側に対する主な提案としては(一部、行政への要望も含まれていますが)―、
 ◆雇用システムにおいては、職務構成と能力構成との関係をチャレンジ型のダイナミックな形態にしておくことで、各人の能力や勤労意欲を高め、活力ある企業経営を実現するために、"自社型雇用ポートフォリオ"の考え方を導入すべきだとし―、
 ◆人事諸施策については、職務にリンクした職能資格制度や専門職制度、目標管理・能力開発・人事考課制度などの拡充を―、
 ◆賃金制度については、年功的賃金や"定期"昇給を見直し、職能・業績重視の賃金制度、業績反映型・職務リンク型の賃金体系を―、
 といったことが唱えられており、その他にも裁量労働制の拡大や情報化時代に対応した動態的組織、個性重視の能力開発など、多くの提案がなされています。

situation_img01.gif この中で最も知られるところとなったのが、
1.長期蓄積能力活用型グループ
2.高度専門能力活用型グループ
3.雇用柔軟型グループ

の3タイプを想定した"雇用ポートフォリオ"(右図、出典:『新時代の「日本的経営」』(1995)日本経営者団体連盟)ですが、雇用システムの方向性として実際に以後の動きがそのようになっているのではないでしょうか。
 さらに言えば、パートの職務領域と契約社員、アルバイト(フリーター)の職務領域というように、より細分化してきている気がします。

 一部労働側からは、企業が生き残るための弱者切捨て、格差社会を招く市場原理主義の原点のような冊子内容に見られているムキもありますが、確かに今で言う「成果主義」を提唱しているものの、能力開発、企業福祉、新たな労使関係などの提案も含まれていて、あくまでも組織と人材を活性化するためのトータルな提案でした。
 
 しかし、やはり注目を集めたのはその「成果主義」の部分であり、本冊子刊行の'95年を〈「成果主義」元年〉とする見方もあるようです。

《追記MEMO》
●この報告書を書いた日経連(現日本経団連)の小柳勝二郎賃金部長は、「雇用の柔軟化、流動化は人中心の経営を守る手段として出てきた。これが派遣社員などを増やす低コスト経営の口実としてつまみ食いされた気がする」と語っている。(2007年5月19日付朝日新聞)
 経営側が雇用ポートフォリオなど、自分たちにとって都合のよい部分だけを「つまみ食い」したというのが、本当のところだったのかもしれない。

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人事管理のあり方の大きなトレンドに慧眼。「クラスター専門職」育成を説く。

人事革命.jpg 『人事革命―組織・人が生き返る"クラスター戦略"』 〔'87年〕 

001.gif '05年に79歳で亡くなった津田眞澂・一橋大名誉教授は、日本的経営論や人事管理論、労使関係論の権威でしたが、日本的人事管理に関する多くの著作を残されました(下段参照)。

 本書は、'87(昭和62)年の刊行とやや旧いものの、企業に対し産業構造の転換や高齢化社会の到来に備えるための人事制度改革の必要をわかりやすく説いています(ちょうどバブル期前の円高不況期で、この頃は企業側にもそれなりの危機感があったかと思われます)。
 また企業にだけでなくビジネスパーソンに向けても、そうした「人事革命」の際に求められる人材とはどういったものかが書かれた一般書で、著者の警告や予言の多くが今日的なものになっていることがわかり、人事マネジメントの大きなトレンドを見据えた慧眼が窺えます。

 著者は、情報化社会の到来で、重厚長大産業が育成してきたような 専門職能を持たない従来型のゼネラリストは不要になるとし、当時、伊勢丹や西武などの流通業で導入が始まった「全員専門職」制度を評価しつつ、そこからいかにゼネラルなものを引き出し、広域的な視野を持つマネジャーを育成するかが課題であるとしています。
07_40_58_web.jpg
 著者が提案しているのは「クラスター専門職」制度で、"クラスター"には「ブドウの房」という意味もあるように、複数の職業能力を持つ専門職の育成を説いており、これは最近のキャリア開発論にある「T型人材からπ(パイ)型人材へ」という主張に重なるものです。

 具体的に人事ローテーションなどの計画的人材育成の段階的手法も示していますが、多くの日本企業が、好景気のときはあまりこうしたことを考えず、不況になるとローテーションするだけの人材ストックが無いという状況を呈したことは皮肉なことだと思います。

《読書MEMO》
●「これからは会社に行っても、社会的欲求を満たすことができない。社会的欲求を満たすだけのストックと能力を、自分のなかに持っていないと、生きていけない時代になったのである」(55p)
●親会社はあくまでも基地として機能し、対等の立場で子会社が機能する"本社・分社制度"が多くなる(80p)
●"何でも屋"でも"その道一筋"の人間でもだめなのである(92p)
●これからのサラリーマンは自立できる準備が必要(100p)

日本的経営の進路.jpg 日本的経営の人事戦略.jpg 新世代サラリーマンの生活と意見.jpg 経営戦略と基盤人事.jpg 日本的情報化経営.jpg 新・人事労務管理.jpg

◆1人3作以上①(あ行-な行)      ◆1人3作以上②(は行-わ行)

◆自然科学・医学 ●あ ジェフリー・アーチャー ●あ 芥川 龍之介 ●あ 安部 公房 ●あ 有栖川 有栖 ●い 池波 正太郎 ●い 伊坂 幸太郎 ●い 五木 寛之 ●う ドン・ウィンズロウ ●う 氏家 幹人 ●う 内田 樹 ●う 浦沢 直樹 ●え 江戸川 乱歩 ●お 大江 健三郎 ●お 大岡 昇平 ●お 小川 洋子 ●か 加賀 乙彦 ●か G・ガルシア=マルケス ●か 河合 隼雄 ●か 川上 弘美 ●か 川端 康成 ●き 桐野 夏生 ●く アガサ・クリスティ ●こ パトリシア・コーンウェル ●こ 小林 恭二 ●こ 小谷野 敦 ●さ 斎藤 美奈子 ●し ウィリアム・シェイクスピア ●し 志賀 直哉 ●し 司馬 遼太郎 ●た 高杉 良 ●た 高村 薫 ●た 太宰 治 ●た 多田 富雄 ●た 立花 隆 ●た 谷崎 潤一郎 ●ち 陳 舜臣 ●つ つげ 義春 ●つ 筒井 康隆 ●て ジェフリー・ディーヴァー ●て コリン・デクスター ●て 手塚 治虫 ●と コナン・ドイル ●と フョードル・ドストエフスキー ●な 中上 健次 ●な 中島 らも ●な 夏目 漱石 ●の 野坂 昭如 ◆小説・随筆など (1人3作以上)②(は行-わ行) メイン

◆1人3作以上②(は行-わ行)      ◆1人3作以上①(あ行-な行)

◆小説・随筆など (1人3作以上)①(あ行-な行) ●は 萩尾 望都 ●は 橋本 治 ●は ダシール・ハメット ●は M・バルガス=リョサ ●ひ 東野 圭吾 ●ひ 平岩 弓枝 ●ふ フレデリック・フォーサイス ●ふ ケン・フォレット ●ふ 藤沢 周平 ●ふ 藤原 新也 ●へ アーネスト・ヘミングウェイ ●ほ 保坂 和志 ●ま 松本 清張 ●み 三島 由紀夫 ●み 道尾 秀介 ●み 宮城谷 昌光 ●み 宮部 みゆき ●む 向田 邦子 ●む 村上 春樹 ●む 村上 龍 ●も ギ・ド・モーパッサン ●も 茂木 健一郎 ●も 森 鷗外 ●や 安岡 章太郎 ●や 山岸 凉子 ●や 山口 瞳 ●や 山崎 豊子 ●や 山本 周五郎 ●や 山本 博文 ●よ 養老 孟司 ●よ 吉田 修一 ●よ 吉村 昭 ●よ 吉行 淳之介 ●る モーリス・ルブラン ●わ 渡辺 淳一 ◆小説・随筆など (1人2作以下)①日本 メイン

●は 萩尾 望都

【698】 ○ 萩尾 望都 『ポーの一族 (全5巻)』 (1974/06 小学館・フラワーコミックス) ★★★★
【699】 ○ 萩尾 望都 『11人いる! (1976/01 小学館文庫) ★★★☆
【1147】 ○ 萩尾 望都 『あぶな坂HOTEL (2008/03 集英社・クイーズコミックス) ★★★☆

●は 橋本 治

【151】 △ 橋本 治 『「わからない」という方法 (2001/04 集英社新書) ★★☆ 〔●仕事術・整理術〕
【253】 ◎ 橋本 治 『「三島由紀夫」とはなにものだったのか (2002/01 新潮社) ★★★★☆
【135】 ○ 橋本 治 『上司は思いつきでものを言う (2004/04 集英社新書) ★★★☆ 〔●組織論〕

●は ダシール・ハメット

【1397】 ◎ ダシール・ハメット (小鷹信光:訳) 『赤い収穫 (1989/09 ハヤカワ・ミステリ文庫) 《 ( 田中西二郎:訳) 『血の収穫 (1959/06 創元推理文庫)》 ★★★★☆
【1401】 ○ ダシール・ハメット (小鷹信光:訳) 『デイン家の呪い [新訳版]』 (2009/11 ハヤカワ・ミステリ文庫) ★★★☆
【1398】 ◎ ダシール・ハメット (池田真紀子:訳) 『ガラスの鍵 (2010/08 光文社古典新訳文庫) 《 (大久保康雄:訳) 『ガラスの鍵 (1960/05 創元推理文庫)》 ★★★★☆
【1402】 ○ ダシール・ハメット (船戸与一:訳) 『闇の中から来た女 (1991/04 集英社) ★★★☆

●は M・バルガス=リョサ

【1430】 ○ マリオ・バルガス=リョサ (野谷文昭 :訳) 『フリアとシナリオライター (文学の冒険シリーズ)』 (2004/05 国書刊行会) ★★★★
【1421】 ○ マリオ・バルガス=リョサ (鼓 直:訳) 『誰がパロミノ・モレーロを殺したか―ラテンアメリカ文学選集6』 (1992/08 現代企画室) ★★★★
【1429】 △ マリオ・バルガス=リョサ (西村英一郎:訳) 『継母礼讃 (1990/08 福武書店) ★★★

●ひ 東野 圭吾 

【475】 ○ 東野 圭吾 『秘密 (1998/09 文藝春秋) ★★★★
【476】 ◎ 東野 圭吾 『白夜行 (1999/08 集英社) ★★★★★
【477】 ○ 東野 圭吾 『手紙 (2003/03 毎日新聞社) ★★★☆
【1346】 ◎ 東野 圭吾 『幻夜 (2004/01 集英社) ★★★★☆
【478】 △ 東野 圭吾 『さまよう刃 (2004/12 集英社) ★★★
【1032】 △ 東野 圭吾 『容疑者Xの献身 (2005/08 文藝春秋) ★★★
【1034】 ○ 東野 圭吾 『流星の絆 (2008/03 講談社) ★★★☆
【1337】 △ 東野 圭吾 『聖女の救済 (2008/10 文藝春秋) ★★★
【1360】 ○ 東野 圭吾 『新参者 (2009/09 講談社) ★★★★
【1459】 △ 東野 圭吾 『カッコウの卵は誰のもの (2010/01 光文社) ★★☆
【1460】 △ 東野 圭吾 『プラチナデータ (2010/07 幻冬舎) ★★★
【1570】 △ 東野 圭吾 『マスカレード・ホテル (2011/09 集英社) ★★★

●ひ 平岩 弓枝

【612】 ○ 平岩 弓枝 『御宿かわせみ (上・下)』 (1980/08 文藝春秋) ★★★★
【613】 ○ 平岩 弓枝 『狐の嫁入り―御宿かわせみ』 (1983/01 文藝春秋) ★★★☆
【1109】 ○ 平岩 弓枝 『酸漿(ほおずき)は殺しの口笛―御宿かわせみ』 (1986/04 文藝春秋) ★★★☆
【1110】 ○ 平岩 弓枝 『白萩屋敷の月―御宿かわせみ』 (1986/10 文藝春秋) ★★★★

●ふ フレデリック・フォーサイス

【677】 ○ フレデリック・フォーサイス (篠原 慎:訳) 『ジャッカルの日』 (1973/04 角川書店) ★★★★
【677】 ○ フレデリック・フォーサイス (篠原 慎:訳) 『戦争の犬たち (1975/01 角川書店) ★★★★
【1395】 ○ フレデリック・フォーサイス 『第四の核 (上・下)』 (1984/09 角川書店) ★★★☆

●ふ ケン・フォレット

【1433】 ○ ケン・フォレット (鷺村達也:訳) 『針の眼 (1980/07 ハヤカワ・ノヴェルズ) ★★★★
【1434】 ○ ケン・フォレット (矢野浩三郎:訳) 『レベッカへの鍵 (1982/01 集英社) ★★★★
【1435】 ○ ケン・フォレット (矢野浩三郎:訳) 『鷲の翼に乗って (1984/01 集英社) ★★★★

●ふ 藤沢 周平 

【479】 ○ 藤沢 周平 『風雪の檻―獄医立花登手控え』 (1981/03 講談社) ★★★★
【480】 ○ 藤沢 周平 『密謀 (上・下)』 (1982/01 毎日新聞社) ★★★★
【481】 ○ 藤沢 周平 『漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え』 (1982/02 新潮社) ★★★★
【482】 ○ 藤沢 周平 『刺客―用心棒日月抄』 (1983/06 新潮社) ★★★★
【483】 ○ 藤沢 周平 『たそがれ清兵衛 (1988/09 新潮社) ★★★★

●ふ 藤原 新也 

【237】 ◎ 藤原 新也 『全東洋街道 (1981/07 集英社) ★★★★★ [●地誌・紀行]
【615】 ○ 藤原 新也 『東京漂流 (1983/01 情報センター出版局) ★★★★
【616】 ○ 藤原 新也 『なにも願わない 手を合わせる (2003/08 東京書籍) ★★★★

●へ アーネスト・ヘミングウェイ

【1021】 ○ アーネスト・ヘミングウェイ (高見 浩:訳) 『われらの時代・男だけの世界―ヘミングウェイ全短編1』 (1995/10 新潮文庫) ★★★★
【1025】 ◎ アーネスト・ヘミングウェイ (高見 浩:訳) 『日はまた昇る (2000/11 角川春樹事務所) 《(大久保康雄:訳) 『日はまた昇る (1955/02 新潮文庫)》 ★★★★☆
【1029】 ○ アーネスト・ヘミングウェイ (金原瑞人:訳) 『武器よさらば (上・下)』 (2007/08 光文社古典新訳文庫) ★★★☆ (○ (大久保康雄:訳) 『武器よさらば (1955/03 新潮文庫) ★★★★)
【1038】 ○ アーネスト・ヘミングウェイ (福田恒存:訳) 『老人と海 (1966/06 新潮文庫) ★★★★

●ほ 保坂 和志

【618】 ○ 保坂 和志 『草の上の朝食 (1993/09 講談社) ★★★★
【619】 △ 保坂 和志 『生きる歓び (2000/07 新潮社) ★★★
【618】 ○ 保坂 和志 『書きあぐねている人のための小説入門 (2003/10 草思社) ★★★☆

◆1人2作以下 ① 日本      ◆1人2作以下 ② 海外

◆小説・随筆など (1人3作以上)②(は行-わ行) ●あ行の現代日本の作家 ●か行の現代日本の作家 ●さ行の現代日本の作家 ●た行の現代日本の作家 ●な行の現代日本の作家 ●は行の現代日本の作家 ●ま行の現代日本の作家 ●や-わ行の現代日本の作家 ●「芥川賞」受賞作 ●「直木賞」受賞作 ●「野間文芸賞」受賞作 ●「毎日出版文化賞」受賞作 ●「日本推理作家協会賞」受賞作 ●「読売文学賞」受賞作 ●「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作 ●「谷崎潤一郎賞」受賞作 ●「週刊文春ミステリー ベスト10」 (第1位) ●「日本冒険小説協会大賞」受賞作 ●「山本周五郎賞」受賞作 ●「このミステリーがすごい!」 (第1位) ●「小林秀雄賞」受賞作 ●「本屋大賞」 (10位まで) ●その他の主な文学賞受賞作 ●近代日本文学 (-1948) 近代日本文学 【発表・刊行順】 ●現代日本の児童文学 ●日本の絵本 現代日本の児童文学・日本の絵本 【発表・刊行順】 ●コミック コミック 【発表・刊行順】 ◆小説・随筆など (1人2作以下)②海外 メイン

●あ行の現代日本の作家

【1108】 ◎ 青山 光二 『吾妹子(わぎもこ)哀し (2003/06 新潮社) ★★★★☆
【1066】 ○ 青山 七恵 『ひとり日和 (2007/02 河出書房新社) ★★★☆
【1543】 ○ 青山 文平 『白樫の樹の下で (2011/06 文藝春秋) ★★★★
【556】 △ 浅田 次郎 『壬生義士伝 (上・下)』 (2000/04 文藝春秋) ★★★
【557】 ○ 阿佐田 哲也 『麻雀放浪記 (全4巻)』 (1969/09 双葉社) ★★★★
【558】 ○ 阿部 和重 『シンセミア (上・下)』 (2003/10 朝日新聞社) ★★★☆
【1508】 ○ 池井戸 潤 『鉄の骨 (2009/10 講談社) ★★★☆
【1549】 ◎ 池井戸 潤 『下町ロケット (2010/11 講談社) ★★★★☆
【563】 △ 石田 衣良 『池袋ウエストゲートパーク (1998/09 文藝春秋) ★★★
【564】 △ 石田 衣良 『アキハバラ@DEEP (2004/11 文藝春秋) ★★☆
【1465】 × 石原 慎太郎 『スパルタ教育―強い子どもに育てる本』 (1969/11 カッパ・ホームズ) ★☆ [●教育]
【1343】 △ 磯崎 憲一郎 『終の住処 (2009/07 新潮社) ★★★
【1356】 △ 伊藤 計劃 『虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)』 (2007/06 早川書房) ★★★
【1365】 ○ 絲山 秋子 『沖で待つ (2006/02 文藝春秋) ★★★☆
【1564】 ○ 上田 三四二 『無為について (1988/09 講談社学術文庫) 《(1963/05 白玉書房)》 ★★★★
【1364】 ○ 冲方 丁 『天地明察 (2009/12 角川書店) ★★★★
【010】 △ 江波戸 哲夫 『成果主義を超える (2002/03 文春新書) ★★★ [●人事マネジメント全般]
【565】 ◎ 円地 文子 『食卓のない家 (上・下)』 (1979/04 新潮社) ★★★★☆
【1370】 ◎ 遠藤 周作 『海と毒薬 (1958/04 文藝春秋新社) ★★★★☆
【567】 ○ 奥田 英朗 『空中ブランコ (2004/04 文藝春秋) ★★★☆
【1350】 △ 恩田 陸 『中庭の出来事 (2006/11 新潮社) ★★☆

●か行の現代日本の作家

【568】 ○ 海音寺 潮五郎 『西郷と大久保 (1967/01 新潮社) ★★★★
【1328】 ○ 海堂 尊 『極北クレイマー (2009/04 朝日新聞出版) ★★★☆
【1510】 ○ 垣根 涼介 『君たちに明日はない (2005/03 新潮社) ★★★★
【1512】 △ 垣根 涼介 『張り込み姫―君たちに明日はない3』 (2010/01 新潮社) ★★★
【570】 ◎ 角田 光代 『対岸の彼女 (2004/11 文藝春秋) ★★★★☆
【1357】 ○ 角田 光代 『森に眠る魚 (2008/12 双葉社) ★★★☆
【553】 △ 金原 ひとみ 『蛇にピアス (2004/01 集英社) ★★★
【1067】 △ 川上 未映子 『乳と卵 (2008/02 文藝春秋) ★★★
【1107】 ○ 上林 暁 『聖ヨハネ病院にて (1949/08 新潮文庫) ★★★★
【1503】 △ 貴志 祐介 『悪の教典 (上・下)』 (2010/07 文藝春秋) ★★★
【1534】 ○ 北 杜夫 『どくとるマンボウ航海記 (1960/03 中央公論社) ★★★★
【1534】 ○ 北 杜夫 『マンボウ雑学記 (1981/09 岩波新書) ★★★☆
【1329】 × 北村 薫 『盤上の敵 (1999/04 講談社) ★★
【1330】 △ 北村 薫 『鷺と雪 (2009/04 文藝春秋) ★★★
【574】 △ 京極 夏彦 『どすこい(仮) (2000/02 集英社) ★★☆
【1135】 ○ 久坂部 羊 『廃用身 (2003/05 幻冬舎) ★★★☆
【1274】 ○ 倉橋 由美子 『偏愛文学館 (2005/07 講談社) ★★★★ 〔●文学〕
【577】 ○ 久世 光彦 『百閒先生 月を踏む (2006/04 朝日新聞社) ★★★★
【230】 ◎ 神坂 次郎 『元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世』 (1984/09 中公新書) ★★★★☆ [●江戸時代]
【578】 △ 幸田 真音 『日本国債 (上・下)』 (2000/11 講談社) ★★★
【578】× 幸田 真音 『代行返上』 (2004/02 小学館) ★★
【579】 ○ 小林 信彦 『人生は五十一から (1999/06 文藝春秋) ★★★☆

◆1人2作以下 ② 海外      ◆1人2作以下 ① 日本

◆小説・随筆など (1人2作以下)①日本 ●海外文学・随筆など 海外文学・随筆など 【発表・刊行順】 ●ラテンアメリカ文学 ラテンアメリカ文学 【発表・刊行順】 ●海外サスペンス・読み物 海外サスペンス・読み物 【発表・刊行順】 ●海外児童文学 ●海外絵本 海外児童文学・絵本 【発表・刊行順】 ◆映画 メイン

●海外文学・随筆など

【1525】 ○ ウジェーヌ・イヨネスコ (安堂信也/木村光一:訳) 「授業」―『授業・犀 (ベスト・オブ・イヨネスコ)』 (1993/12 白水社) ★★★☆
【653】 ○ フランツ・カフカ (高橋義孝:訳) 『変身 (1952/07 新潮文庫) ★★★★
【1104】 ○ トルーマン・カポーティ (村上春樹:訳) 『ティファニーで朝食を (2008/02 新潮社) ★★★★
【1071】 ○ アルベール・カミュ (窪田啓作:訳) 『異邦人 (1954/09 新潮文庫) ★★★★
【654】 ○ フセーヴォロド・ガルシン (神西 清:訳) 『紅い花 他四篇』 (1937/09 岩波文庫) ★★★★
【655】 ◎ ミラン ・クンデラ (千野栄一:訳) 『存在の耐えられない軽さ (1993/09 集英社) ★★★★☆
【1474】 ○ ニコライ・ゴーゴリ (平井 肇:訳) 『外套・鼻 (1938/01 岩波文庫) ★★★★
【1486】 ○ フランソワーズ・サガン (朝吹登水子:訳) 『悲しみよこんにちは (1955/06 新潮文庫) 《 (河野万里子:訳) (2008/12 新潮文庫)》 ★★★★
【656】 ◎ ジャン=ポール・サルトル (白井浩司/平井啓之:訳) 『聖ジュネ〜殉教と反抗〜 (上・下)』 (1971/08 新潮文庫) ★★★★☆
【658】 ○ アンドレ・ジッド (山内義雄:訳) 『狭き門 (1954/07 新潮文庫) ★★★★
【1424】 ? アルフレッド・ジャリ(作)/フランツィシュカ・テマソン(画) (宮川明子:訳) 『ユビュ王―comic』 (1998/02 青土社) ★★★?
【659】 ○ ミハエル・ショーロホフ (米川正夫/漆原隆子:訳) 『人間の運命 (1960/11 角川文庫) ★★★★
【1020】 ○ アラン・シリトー (丸谷才一/河野 一郎:訳) 『長距離走者の孤独 (1973/08 新潮文庫) ★★★☆
【1072】 ◎ ジョン・スタインベック (大門一男:訳) 『二十日鼠と人間 (1953/10 新潮文庫) 《 (大浦暁生:訳) 『ハツカネズミと人間 (1994/07 新潮文庫)》 ★★★★☆
【660】 ◎ ルイ=フェルディナン・セリーヌ (生田耕作:訳) 『夜の果てへの旅―世界の文学42 セリーヌ』 (1964/10 中央公論社) ★★★★★
【661】 ◎ エミール・ゾラ (安士正夫:訳) 『ジェルミナール (全3冊)』 (1954/08 岩波文庫) ★★★★☆
【662】 ◎ アレクサンドル・ソルジェニーツィン (木村 浩:訳) 『イワン・デニーソヴィチの一日 (1963/03 新潮文庫) ★★★★☆
【663】 ◎ アントン・チェーホフ (神西 清:訳) 『かもめ・ワーニャ伯父さん (1967/09 新潮文庫) ★★★★★
【1018】 ○ レオニード・ツィプキン (沼野恭子:訳) 『バーデン・バーデンの夏 (2008/05 新潮社) ★★★★
【1073】 ○ チャールズ・ディケンズ (村岡花子:訳) 『クリスマス・カロル (1952/11 新潮文庫) ★★★☆
【1037】 ◎ レフ・トルストイ (米川正夫:訳) 『イワン・イリッチの死 (1928/10 岩波文庫) ★★★★☆
【664】 ○ アンブローズ・ビアス (西川正身:訳) 「アウル・クリーク橋の一事件」―『いのちの半ばに』 (1955/08 岩波文庫) 《(大津栄一郎:訳)「アウル・クリーク鉄橋での出来事」―『ビアス短篇集』 (2000/09 岩波文庫)》 ★★★★
【676】 ○ ジョン・ファウルズ (小笠原豊樹:訳) 『コレクター』 (1966/09 白水社) ★★★★ [●海外サスペンス・読み物]
【1103】 ○ スコット・フィッツジェラルド (村上春樹:訳) 『グレート・ギャツビー (2006/11 村上春樹翻訳ライブラリー(中央公論新社)) ★★★★
【665】 ◎ ウィリアム・フォークナー (加島祥造:訳) 『八月の光 (1967/08 新潮文庫) ★★★★★
【1382】 ○ ジョン・B・プリーストリー (安藤貞雄:訳) 『夜の来訪者 (2007/02 岩波文庫) ★★★★
【666】 ○ ジョルジュ・ベルナノス (天羽 均:訳) 『少女ムーシェット (1971/04 晶文社) ★★★★
【1105】 △ ソール・ベロー (大浦暁生:訳) 『この日をつかめ (1971/03 新潮文庫) ★★★
【667】 ◎ ヘンリー・ミラー (大久保康雄:訳) 『北回帰線 (1969/01 新潮文庫) ★★★★★
【667】 ○ ヘンリー・ミラー (吉行淳之介:訳) 『愛と笑いの夜 (1968/01 河出書房) ★★★★
【668】 ? プロスペル・メリメ (杉 捷夫:訳) 「マテオ・ファルコーネ」―『エトルリヤの壷 他五編』 (1928/07 岩波文庫) ★★★?
【1517】 ○ ギ・ド・モーパッサン 『脂肪の塊 (1938/04 岩波文庫) ★★★★
【1374】 ○ ウィリアム・サマセット・モーム (西村孝次:訳) 『 (1958/07 角川文庫) ★★★☆
【1019】 ○ ヴィクトル・ユーゴー (豊島与志雄:訳) 『死刑囚最後の日 (1950/01 岩波文庫) ★★★☆

○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】

●ラテンアメリカ文学

【1422】○ フリオ・コルタサル (木村榮一:訳) 『悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集』 (1992/07 岩波文庫) ★★★★
【1411】 ? ホルヘ・ルイス・ボルヘス (鼓 直:訳) 『伝奇集 (1990/11 福武書店) ★★★?
【1421】 ○ マリオ・バルガス=リョサ (鼓 直:訳) 『誰がパロミノ・モレーロを殺したか―ラテンアメリカ文学選集6』 (1992/08 現代企画室) ★★★★
【1426】 ◎ カルロス・フエンテス (木村榮一:訳) 『アウラ・純な魂 他四篇―フエンテス短篇集』 (1995/07 岩波文庫) ★★★★☆
【1412】 ○ フアン・ルルフォ (杉山 晃/増田義郎:訳) 『ペドロ・パラモ (1979/10 岩波現代選書) ★★★★

○ラテンアメリカ文学 【発表・刊行順】

◆1人2作以下

◆小説・随筆など (1人2作以下)①日本 ●あ行の現代日本の作家 ●か行の現代日本の作家 ●さ行の現代日本の作家 ●た行の現代日本の作家 ●な行の現代日本の作家 ●は行の現代日本の作家 ●ま行の現代日本の作家 ●や-わ行の現代日本の作家 ●「芥川賞」受賞作 ●「直木賞」受賞作 ●「毎日出版文化賞」受賞作 ●「日本推理作家協会賞」受賞作 ●「読売文学賞」受賞作 ●「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作 ●「谷崎潤一郎賞」受賞作 ●「山本周五郎賞」受賞作 ●「日本冒険小説協会大賞」受賞作 ●「山本周五郎賞」受賞作 ●「小林秀雄賞」受賞作 ●「本屋大賞」 (10位まで) ●その他の主な文学賞受賞作 ●主な文学賞受賞作 【受賞年度別】 ●近代日本文学 (-1948) 近代日本文学 【発表・刊行順】 ●現代日本の児童文学 ●日本の絵本 現代日本の児童文学・日本の絵本 【発表・刊行順】 ●コミック コミック 【発表・刊行順】  ●海外文学・随筆など 海外文学・随筆など 【発表・刊行順】 ●海外サスペンス・読み物 海外サスペンス・読み物 【発表・刊行順】 ●海外児童文学 ●海外絵本 海外児童文学・絵本 【発表・刊行順】 ◆映画 メイン

●海外文学・随筆など

【653】 ○ フランツ・カフカ (高橋義孝:訳) 『変身 (1952/07 新潮文庫) ★★★★
【1104】 ○ トルーマン・カポーティ (村上春樹:訳) 『ティファニーで朝食を (2008/02 新潮社) ★★★★
【1071】 ○ アルベール・カミュ (窪田啓作:訳) 『異邦人 (1954/09 新潮文庫) ★★★★
【654】 ○ フセーヴォロド・ガルシン (神西 清:訳) 『紅い花 他四篇』 (1937/09 岩波文庫) ★★★★
【655】 ◎ ミラン ・クンデラ (千野栄一:訳) 『存在の耐えられない軽さ (1993/09 集英社) ★★★★☆
【656】 ◎ ジャン=ポール・サルトル (白井浩司/平井啓之:訳) 『聖ジュネ〜殉教と反抗〜 (上・下)』 (1971/08 新潮文庫) ★★★★☆
【658】 ○ アンドレ・ジッド (山内義雄:訳) 『狭き門 (1954/07 新潮文庫) ★★★★
【659】 ○ ミハエル・ショーロホフ (米川正夫/漆原隆子:訳) 『人間の運命 (1960/11 角川文庫) ★★★★
【1020】 ○ アラン・シリトー (丸谷才一/河野 一郎:訳) 『長距離走者の孤独 (1973/08 新潮文庫) ★★★☆
【1072】 ◎ ジョン・スタインベック (大門一男:訳) 『二十日鼠と人間 (1953/10 新潮文庫) 《 (大浦暁生:訳) 『ハツカネズミと人間 (1994/07 新潮文庫)》 ★★★★☆
【660】 ◎ ルイ=フェルディナン・セリーヌ (生田耕作:訳) 『夜の果てへの旅―世界の文学42 セリーヌ』 (1964/10 中央公論社) ★★★★★
【661】 ◎ エミール・ゾラ (安士正夫:訳) 『ジェルミナール (全3冊)』 (1954/08 岩波文庫) ★★★★☆
【662】 ◎ アレクサンドル・ソルジェニーツィン (木村 浩:訳) 『イワン・デニーソヴィチの一日 (1963/03 新潮文庫) ★★★★☆
【663】 ◎ アントン・チェーホフ (神西 清:訳) 『かもめ・ワーニャ伯父さん (1967/09 新潮文庫) ★★★★★
【1018】 ○ レオニード・ツィプキン (沼野恭子:訳) 『バーデン・バーデンの夏 (2008/05 新潮社) ★★★★
【1073】 ○ チャールズ・ディケンズ (村岡花子:訳) 『クリスマス・カロル (1952/11 新潮文庫) ★★★☆
【1037】 ◎ レフ・トルストイ (米川正夫:訳) 『イワン・イリッチの死 (1928/10 岩波文庫) ★★★★☆
【664】 ○ アンブローズ・ビアス (西川正身:訳) 「アウル・クリーク橋の一事件」―『いのちの半ばに』 (1955/08 岩波文庫) 《(大津栄一郎:訳)「アウル・クリーク鉄橋での出来事」―『ビアス短篇集』 (2000/09 岩波文庫)》 ★★★★
【1103】 ○ スコット・フィッツジェラルド (村上春樹:訳) 『グレート・ギャツビー (2006/11 村上春樹翻訳ライブラリー(中央公論新社)) ★★★★
【665】 ◎ ウィリアム・フォークナー (加島祥造:訳) 『八月の光 (1967/08 新潮文庫) ★★★★★
【666】 ○ ジョルジュ・ベルナノス (天羽 均:訳) 『少女ムーシェット (1971/04 晶文社) ★★★★
【1105】 △ ソール・ベロー (大浦暁生:訳) 『この日をつかめ (1971/03 新潮文庫) ★★★
【667】 ◎ ヘンリー・ミラー (大久保康雄:訳) 『北回帰線 (1969/01 新潮文庫) ★★★★★
【668】 ? プロスペル・メリメ (杉 捷夫:訳) 「マテオ・ファルコーネ」―『エトルリヤの壷 他五編』 (1928/07 岩波文庫) ★★★?
【1019】 ○ ヴィクトル・ユーゴー (豊島与志雄:訳) 『死刑囚最後の日 (1950/01 岩波文庫) ★★★☆

○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】

●海外サスペンス・読み物

【670】 ○ クライブ・カッスラー (中山善之:訳) 『タイタニックを引き揚げろ (1977/06 パシフィカ) ★★★★
【1101】 ○ ダニエル・キイス (小尾美佐:訳) 『アルジャーノンに花束を (1978/07 早川書房) ★★★★
【1033】 ○ スティーヴン・キング (深町真理子:訳) 『シャイニング (上・下)』 (1978/03 パシフィカ) ★★★★
【1023】 ○ A・J・クィネル 『スナップ・ショット (1984/01 新潮文庫) ★★★★
【671】 ○ マイケル・クライトン 『ジュラシック・パーク (上・下)』 (1991/06 早川書房) ★★★★
【1049】 ○ マイケル・クライトン 『ディスクロージャー (1993/12 早川書房) ★★★☆
【672】 ○ トム・クランシー 『レッド・オクトーバーを追え (上・下)』 (1985/12 文春文庫) ★★★★
【673】 ○ ジョン・グリシャム 『法律事務所 (1992/07 新潮社) ★★★★
【1074】 ○ アガサ・クリスティ 『検察側の証人 (1980/05 ハヤカワ・ミステリ文庫) ★★★★
【674】 ○ レイモンド・チャンドラー (双葉十三郎:訳) 『大いなる眠り (1956/01 東京創元社) ★★★★
【675】 ○ スコット・トゥロー 『推定無罪―プリジュームド・イノセント (上・下)』 (1988/09 文藝春秋) ★★★★
【684】 ○ マ-ク・ハッドン (小尾芙佐:訳) 『夜中に犬に起こった奇妙な事件 (2003/06 早川書房) ★★★★ [●海外児童文学]
【676】 ○ ジョン・ファウルズ (小笠原豊樹:訳) 『コレクター (1966/09 白水社) ★★★★
【1024】 ○ ジャック・フィニイ (福島正実:訳) 『ふりだしに戻る (1973/07 角川書店) ★★★★
【677】 ○ フレデリック・フォーサイス 『ジャッカルの日 (1973/04 角川書店) ★★★★
【677】 ○ フレデリック・フォーサイス 『戦争の犬たち (1975/01 角川書店) ★★★★
【678】 △ ダン・ブラウン 『ダ・ヴィンチ・コード (上・下)』 (2004/05 角川書店) ★★★
【1027】 △ ロバート・ブロック (福島正実:訳) 『気ちがい(サイコ) (1960/04 ハヤカワ・ミステリ) ★★★
【679】 ○ アーサー・ヘイリー 『ホテル (1970/06 講談社) ★★★★
【680】 ◎ ロス・マクドナルド (小笠原豊樹:訳) 『ウィチャリー家の女 (1962/12 ハヤカワ・ミステリ) ★★★★☆
【681】 ○ アリステア・マクリーン 『ナヴァロンの要塞 (1966/11 ハヤカワ・ミステリ) ★★★★
【681】 ○ アリステア・マクリーン 『荒鷲の要塞 (1968/01 ハヤカワ・ノヴェルズ) ★★★☆
【1102】 ○ エリザベス・ムーン (小尾美佐:訳) 『くらやみの速さはどれくらい (2004/10 早川書房) ★★★☆
【682】 ◎ ロバート・ラドラム (山本光伸:訳) 『暗殺者 (上・下)』 (1983/01 新潮文庫) ★★★★☆
【1030】 ○ エルモア・レナード 『五万二千ドルの罠 (1979/12 ハヤカワ・ノヴェルズ) ★★★★

○海外サスペンス・読み物 【発表・刊行順】

●海外児童文学

【683】 ○ アリソン・アトリー 『時の旅人 (1981/01 評論社) ★★★★
【1015】 ◎ エーリッヒ・ケストナー (高橋義孝:訳) 『飛ぶ教室 (1950/04 実業之日本社) ★★★★☆
【684】 ○ マ-ク・ハッドン (小尾芙佐:訳) 『夜中に犬に起こった奇妙な事件 (2003/06 早川書房) ★★★★
【685】 ◎ アン・フィリパ・ピアス 『トムは真夜中の庭で (1967/01 岩波書店) ★★★★☆
【686】 ○ ハンス・ペーター・リヒター (上田真而子:訳) 『あのころはフリードリヒがいた (1977/01 岩波少年文庫) ★★★★

●海外絵本

【1145】 ○ トミー・アンゲラー(ウンゲラー) (今江祥智:訳) 『すてきな三にんぐみ (1969/12 偕成社) ★★★★
【687】 ○ エリック・カール 『パパ、お月さまとって! (1986/11 偕成社) ★★★★
【1144】 ○ レイフ・クリスチャンソン(作)/ディック・ステンベリ(絵) 『わたしのせいじゃない―せきにんについて』 (1996/01 岩崎書店) ★★★★
【1080】 ○ モーリス・センダック 『かいじゅうたちのいるところ (1975/01 冨山房) ★★★★
【688】 ○ マレーク・ベロニカ 『ラチとらいおん (1965/07 福音館書店) ★★★★
【689】 ○ アン・ランド(作)/ロジャンコフスキー(絵) 『川はながれる (1978/11 岩波書店) ★★★★
【700】 ○ レオ・レオニ (谷川俊太郎:訳) 『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』 (1969/04 好学社) ★★★★
【1076】 ○ アーノルド・ローベル 『ふたりはともだち (1972/01 文化出版局) ★★★★

青字 ■人事・マネジメント・キャリア  緑字 ■人文社会・自然科学   茶字 ■小説・随筆など  薄茶字 ■映画

 ■著者名順 あ行 (①あ・い ②う・え・お か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行-わ行 平成以降の主な物故者 メイン

青字 ■人事・マネジメント・キャリア  緑字 ■人文社会・自然科学   茶字 ■小説・随筆など  薄茶字 ■映画

 ■著者名順 あ行(①あ・い ②う・え・お) か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行-わ行 平成以降の主な物故者  メイン

青字 ■人事・マネジメント・キャリア  緑字 ■人文社会・自然科学   茶字 ■小説・随筆など  薄茶字 ■映画

 ■著者名順 あ行 か行 (①か・き ②く・け・こ) さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行-わ行 平成以降の主な物故者  メイン

●か行 ①か・き
 
●か
【111】 ○ ルイス・V・ガースナー 『巨象も踊る (2002/12 日本経済新聞社) ★★★★
【1098】 ○ マイケル・カーティス 「汚れた顔の天使」 (38年/米) (1939/11 ワーナー・ブラザーズ) ★★★★
【1246】 △ マイケル・カーティス 「夜も昼も」 (46年/米) (1951/01 セントラル) ★★★
【687】 ○ エリック・カール 『パパ、お月さまとって! (1986/11 偕成社) ★★★★
【687】 ○ エリック・カール (あおき ひさこ:訳) 『ゆめのゆき (2002/11 偕成社) ★★★★
【568】 ○ 海音寺 潮五郎 『西郷と大久保 (1967/01 新潮社) ★★★★
【184】 △ ノーマン・C・ガイスバース/他 『ライフキャリアカウンセリング―カウンセラーのための理論と技術』 (2002/04 生産性出版) ★★★
【883】 ○ 貝谷 久宣 『気まぐれ「うつ」病―誤解される非定型うつ病』 (2007/07 ちくま新書) ★★★★
【1328】 ○ 海堂 尊 『極北クレイマー (2009/04 朝日新聞出版) ★★★☆
【1185】 ○ 海部 美知 『パラダイス鎖国―忘れられた大国・日本』 (2008/03 アスキー新書) ★★★☆
【655】 ○ フィリップ・カウフマン 「存在の耐えられない軽さ」 (88年/米) (1988/10 松竹富士) ★★★★
【976】 ○ 加賀 乙彦 『ドストエフスキイ (1973/01 中公新書) ★★★★
【569】 ◎ 加賀 乙彦 『宣告 (上・下)』 (1979/01 新潮社) ★★★★★
【793】 ◎ 加賀 乙彦 『死刑囚の記録 (1980/01 中公新書) ★★★★☆
【981】 ○ 加賀 乙彦 『小説家が読むドストエフスキー (2006/01 集英社新書) ★★★☆
【143】 ○ 加賀見 俊夫 『海を超える想像力―東京ディズニーリゾート誕生の物語』 (2003/03 講談社) ★★★★
【1510】 ○ 垣根 涼介 『君たちに明日はない (2005/03 新潮社) ★★★★
【1512】 △ 垣根 涼介 『張り込み姫―君たちに明日はない3』 (2010/01 新潮社) ★★★
【331】 ○ 陰山 英男 『本当の学力をつける本―学校でできること 家庭でできること』 (2002/03 文藝春秋) ★★★★
【333】 △ 陰山 英男 『学力は家庭で伸びる―今すぐ親ができること41』 (2003/04 小学館) ★★★
【570】 ◎ 角田 光代 『対岸の彼女 (2004/11 文藝春秋) ★★★★☆
【1357】 ○ 角田 光代 『森に眠る魚 (2008/12 双葉社) ★★★☆
【342】 ○ 加古 里子(かこ さとし) 『小さな小さなせかい―ヒトから原子・クォーク・量子宇宙まで』 (1996/03 偕成社) ★★★☆
【382】 ○ 笠原 嘉 『退却神経症―無気力・無関心・無快楽の克服』 (1988/05 講談社現代新書) ★★★★
【876】 ○ 笠原 嘉 『軽症うつ病―「ゆううつ」の精神病理』 (1996/02 講談社現代新書) ★★★★
【1198】 ◎ 風間 直樹 『雇用融解―これが新しい「日本型雇用」なのか』 (2007/04 東洋経済新報社) ★★★★☆
【1072】 ○ エリア・カザン (原作:ジョン・スタインベック) 「エデンの東」 (55年/米) (1955/10 ワーナー・ブラザース) ★★★☆
【644】 ◎ 梶井 基次郎 『檸檬 (1967/06 新潮文庫) 《檸檬・冬の日 他九篇』 (1954/01 岩波文庫)》 ★★★★☆
【280】 ○ 鹿島 茂/福田 和也/松原 隆一郎 『読んだ、飲んだ、論じた―鼎談書評二十三夜』 (2005/12 飛鳥新社) ★★★★
【010】 △ 梶間 俊一 「集団左遷 (1994/10 東映) ★★★
【784】 × 柏井 壽 『極みの京都 (2007/10 光文社新書) ★★
【885】 × 春日 武彦/平山 夢明 『「狂い」の構造―人はいかにして狂っていくのか?』 (2007/08 扶桑社新書) ★★
【885】 △ 春日 武彦 『問題は、躁なんです―正常と異常のあいだ』 (2008/02 光文社新書) ★★★
【917】 ○ ローレンス・カスダン 「白いドレスの女」 (81年/米) (1982/02 ワーナー・ブラザース) ★★★★
【1450】 △ ローレンス・カスダン 「ワイアット・アープ」 (94年/米) (1994/07 ワーナー・ブラザース映画) ★★★
【170】 ○ 学研辞典編集部 『13か国語でわかる新・ネーミング辞典 (2005/06 学習研究社) ★★★★
【670】 ○ クライブ・カッスラー (中山善之:訳) 『タイタニックを引き揚げろ (1977/06 パシフィカ) ★★★★
【1676】 × 勝間 和代 『断る力 (2009/02 文春新書) ★☆
【1530】 ○ クライブ・カッスラー (中山善之:訳) 『QD弾頭を回収せよ (1980/01 新潮文庫) ★★★★
【737】 ○ 加藤 仁 『社長の椅子が泣いている (2006/06 講談社) ★★★★
【740】 △ 門倉 貴史 『派遣のリアル―300万人の悲鳴が聞こえる』 (2007/08 宝島社新書) ★★★
【174】 ◎ 金井 壽宏 『働くひとのためのキャリア・デザイン (2000/12 PHP新書) ★★★★☆
【176】 ○ 金井 壽宏 『仕事で「一皮むける」―関経連「一皮むけた経験」に学ぶ』 (2002/11 光文社新書) ★★★☆
【185】 ○ 金井 壽宏 『会社と個人を元気にするキャリア・カウンセリング (2003/08 日本経済新聞社) ★★★★
【013】 △ 金井 寿宏/守島 基博/原井 新介/他 『CHO 最高人事責任者が会社を変える』 (2004/05 東洋経済新報社) ★★☆
【138】 △ 金井 壽宏 『組織変革のビジョン (2004/08 光文社新書) ★★★
【180】 △ 金井 壽宏/高橋 俊介 『キャリアの常識の嘘 (2005/12 朝日新聞社) ★★☆
【1191】 ? 金井 壽宏/野田 智義 『リーダーシップの旅―見えないものを見る』 (2007/02 光文社新書) ★★★?
【048】 △ 金津 健治 『"人事評価"に勝つ! (2002/04 宝島社新書) ★★☆
【049】 ○ 金津 健治 『目標管理の考え方・進め方・強め方―業績アップと適切な人事考課の実現!』 (2003/03 オーエス出版) ★★★☆
【1157】 ○ 金子 雅臣 『壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか』 (2006/02 岩波新書) ★★★☆
【553】 △ 金原 ひとみ 『蛇にピアス (2004/01 集英社) ★★★
【839】 ○ 狩野 力八郎 『自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本―健康ライブラリー イラスト版』 (2007/12 講談社) ★★★☆
【943】 △ 加納 喜光 『漢字の常識・非常識 (1989/06 講談社現代新書) ★★★
【653】 ○ フランツ・カフカ (高橋義孝:訳) 『変身 (1952/07 新潮文庫) ★★★★
【1104】 ○ トルーマン・カポーティ (村上春樹:訳) 『ティファニーで朝食を (2008/02 新潮社) ★★★★
【811】 ○ 上垣外 憲一 『雨森芳洲―元禄享保の国際人』 (1989/10 中公新書) 《(2005/02 講談社学術文庫)》 ★★★★
【1071】 ○ アルベール・カミュ (窪田啓作:訳) 『異邦人 (1954/09 新潮文庫) ★★★★
【1246】 ○ マルセル・カミュ 「黒いオルフェ」 (59年/仏) (1960/07 東和) ★★★★
【986】 ○ 亀井 俊介 『マリリン・モンロー (1987/07 岩波新書) ★★★★
【782】 ○ 亀井 俊介 『ニューヨーク (2002/03 岩波新書) ★★★★
【990】 ○ 亀井 俊介 『アメリカでいちばん美しい人―マリリン・モンローの文化史』 (2004/12 岩波書店) ★★★★
【1589】 ○ 亀田 高志 『人事担当者、管理職のためのメンタルヘルス入門―図でわかる、適切な対応ができる』 (2009/03 東洋経済新報社) ★★★☆
【982】 △ 亀山 郁夫 『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する (2007/09 光文社新書) ★★★
【709】 ◎ 加茂 善仁 『労災・安全衛生・メンタルヘルスQ&A― 労働法実務相談シリーズ9』 (2007/03 労務行政) ★★★★☆
【299】 × 香山 リカ/福田 和也 『「愛国」問答―これは「ぷちナショナリズム」なのか』 (2003/05 中公新書ラクレ) ★★
【303】 △ 香山 リカ 『いまどきの「常識」 (2005/09 岩波新書) ★★★
【903】 × 香山 リカ 『なぜ日本人は劣化したか (2007/04 講談社現代新書) ★☆
【663】 ◎ ユーリー・カラシク 「チェーホフのかもめ」 (71年/ソ連) (1974/11 日本ヘラルド) ★★★★☆
【1415】 ○ ガブリエル・ガルシア=マルケス (旦 敬介:訳) 『幸福な無名時代 (1991/01 筑摩書房) ★★★☆
【1416】 ○ ガブリエル・ガルシア=マルケス (井上義一:訳) 『青い犬の目 (1990/10 福武書店) ★★★☆
【1413】 ◎ ガブリエル・ガルシア=マルケス (鼓 直:訳) 『百年の孤独 (1972/05 新潮社) ★★★★★
【1427】 ○ ガブリエル・ガルシア=マルケス (鼓 直/木村榮一:訳) 『エレンディラ (1983/10 サンリオ文庫) ★★★★
【1414】 ○ ガブリエル・ガルシア=マルケス (野谷文昭:訳) 『予告された殺人の記録 (1983/04 新潮社) ★★★★
【1417】 ○ ガブリエル・ガルシア=マルケス (木村榮一:訳) 『わが悲しき娼婦たちの思い出 (2006/01 新潮社) ★★★☆
【654】 ○ フセーヴォロド・ガルシン (神西 清:訳) 『紅い花 他四篇』 (1937/09 岩波文庫) ★★★★
【875】 ○ アンリ・カルティエ=ブレッソン 『カルティエ=ブレッソンのパリ (1994/06 みすず書房) ★★★★
【875】 ◎ アンリ・カルティエ=ブレッソン 『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成 (2004/07 岩波書店) ★★★★☆
【1246】 ○ マルセル・カルネ 「天井桟敷の人々」 (45年/仏) (1952/02 東宝) ★★★★
【1574】 △ 河合 太介/渡部 幹 『フリーライダー―あなたの隣のただのり社員』 (2010/06 講談社現代新書) ★★☆
【1231】 ○ 河合 信和 『人類進化99の謎 (2009/05 文春新書) ★★★☆
【206】 ○ 河合 隼雄/谷川 俊太郎 『魂にメスはいらない―ユング心理学講義』 (1979/03 朝日出版社) ★★★★
【207】 ○ 河合 隼雄 『働きざかりの心理学 (1981/07 PHP研究所) ★★★★
【188】 ◎ 河合 隼雄 『カウンセリングを語る (上・下)』 (1985/04 創元社) ★★★★☆
【325】 ◎ 河合 隼雄 『子どもの宇宙 (1987/09 岩波新書) ★★★★★
【571】 ○ 河合 隼雄 『こころの声を聴く―河合隼雄対話集』 (1995/01 新潮社) ★★★★
【773】 ○ 河合 隼雄 『Q&A こころの子育て―誕生から思春期までの48章』 (1999/03 朝日新聞社) ★★★★
【189】 ○ 河合 隼雄 『人の心はどこまでわかるか (2000/03 講談社+α新書) ★★★☆
【1006】 ◎ 河合 隼雄 『「子どもの目」からの発想 (2000/05 講談社+α文庫) 《 「うさぎ穴」からの発信―子どもとファンタジー』 (1990/11 マガジンハウス)》 ★★★★☆
【1535】 ○ 河合 隼雄 『未来への記憶―自伝の試み(上・下)』 (2001/01 岩波新書) ★★★★
【1007】 ○ 河合 隼雄 『対話する人間 (2001/02 講談社+α文庫)《(1992/07 潮出版社)》 ★★★★
【190】 ○ 河合 隼雄/南 伸坊 『心理療法個人授業 (2002/06 新潮社) ★★★★
【219】 △ 河合 隼雄/福永 光司 『飲食男女―老荘思想入門』 (2002/07 朝日出版社) ★★★
【770】 △ 河合 隼雄/養老 孟司/筒井 康隆 『笑いの力 (2005/03 岩波書店) ★★★
【1263】 ◎ 河合 幹雄 『終身刑の死角 (2009/09 洋泉社新書y) ★★★★☆
【1266】 ○ 川上 紳一 『全地球凍結 (2003/09 集英社新書) ★★★☆
【545】 △ 川上 弘美 『蛇を踏む (1996/08 文芸春秋) ★★★
【572】 ○ 川上 弘美 『溺レる (1999/08 文藝春秋) ★★★☆
【573】 ○ 川上 弘美 『センセイの鞄 (2001/06 平凡社) ★★★★
【069】 ○ 川上 真史/小杉 正太郎 『仕事中だけ「うつ」になる人たち―ストレス社会で生き残る働き方とは』 (2004/07 日本経済新聞社) ★★★☆
【1067】 △ 川上 未映子 『乳と卵 (2008/02 文藝春秋) ★★★
【290】 ○ 川北 隆雄 『図解でカンタン!日本経済100