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「●犯罪・事件」の インデックッスへ
「凶悪犯」を厳罰に処すという予め想定された結論に向かう裁判。
『自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』 (2005/03 洋泉社)
'01年4月に浅草で発生した女子短大生殺人事件は、「レッサーパンダ帽の男」による凶悪な犯行として世間を騒がせましたが、男が高等養護学校の出身者で知的障害があり、自閉症の疑いが強いことは、当初マスコミでは報道されませんでした。
本書はこの事件の東京地裁判決(無期懲役)に至るまでの3年間の公判を追ったルポルタージュですが、審理過程で、男が「自閉症者」なのか「自閉的傾向」があるに過ぎないのかで、弁護側と検察側の分析医の間で激しい意見の対立があったことや、更には、判決に大きな影響を与えた警察の調書が、取調官の先入観による"作文"的要素が強いものであることなどを、本書を読んで知りました。
著者は養護学校教員を21年間務めた後に'01年4月にフリージャーナリストになった人で、経歴上、弁護寄りの立場から裁判を見るのは自然なことですが、敢えて被害者側の家族に対しても真摯に取材し、その悲しみの大きさを伝え、男が負わねばならない「罪と罰」の重さを示しています。
しかし同時に、男が持つ「障害」への理解のないまま進行する裁判の在り方が、同種の犯行の防止に効果があるのだろうかという疑問を呈しています。
実際に本書を読むと、この裁判は、「凶悪犯」を厳罰に処すという予め想定された結論に向かっているようですが、男がどこまで「罪」を理解しているのかは疑問で(それが「反省の色もない」ということになってしまう)、その場合の「罰」とは何かということを考えさせられます。
性格破綻者の父親が支配する男の家庭環境は極めて悲惨なものでしたが、男自身に福祉を求める意思能力がなく、硬直した福祉行政の中で孤立し、事件に至ったことは被害者にとっても男にとっても不幸なことだったと思います。
その中で、それまで男を含め家族を1人家族を支えていた男の妹が、公判中にガン死したというのは、更に悲しさを増す出来事でした。
事件が起きたゆえに、それまで何ら福祉的支援を受けていなっかた重病の妹が家にいることが明らかになり、民間の「法外」福祉団体のスタッフによっ"救出"され、最後の何ヶ月だけある程度好きなことができたというのが救いですが、それすらも事件があったゆえのことであることを思うと、複雑な気持ちになります。
裁判の結果(判決よりも過程)に対する無力感は禁じ得ませんが、裁判の在り方、福祉行政の在り方に問題を提起し、自閉症についての理解を訴えるとともに、若くして亡くなった2人の女性への鎮魂の書ともなっています。
【2008年文庫化[朝日文庫]】