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谷崎自身の願望の虚構化? 平易な文体だが、完成度、高いと言えるのでは。
『痴人の愛 (新潮文庫)』〔新版/旧版〕 中公文庫(復刻版 1998)
1925(大正14)年刊行の谷崎潤一郎(1886‐1965)の長編耽美小説で、「一人の少女を友達にして、朝夕彼女の発育のさまを眺めながら(中略)、云わば遊びのような気分で、一軒の家に住む」という主人公の意図は、今で言う「育成ゲーム」を地でいく感じ。
しかし、当時15歳のこの少女ナオミが実はとんでもないタマで、彼女を「立派な婦人に仕立ててやろう」という気でいた主人公は、成熟とともに増す彼女の妖婦ぶりに引き摺られ、ずるずると破滅への道を辿る―。
前半部分は前年に大阪朝日新聞連載されていますが、今ならさしずめ渡辺淳一を日経で読むみたいなものでしょうか。
だだし、通俗小説風でありながらも、このナオミに対する主人公の崇拝ぶりには、当時の日本人の西洋文化に対する崇拝が重なられていると、後の文芸評論家たちは言っています(この作品もまた文明批評なのか?)。
最初に読んだときは、主人公の隷属ぶりがある種「悲喜劇」的であるように思えましたが、読み手に「こんな女性にかまけたら大変なことになる」という防衛機制的な思いを働かせるような要素があるのかもしれません。
だから、西洋文明云々言う前に、この小説の主人公を反面教師にし、実人生での教訓的なものを抽出する読者がいても不思議ではないのではないかと。
でも、主人公がナオミに馬になってと言われて四つん這いになる場面で改めて思ったのですが、隷属することは同時に主人公の願望でもあったのでしょう(普通、いい大人が馬になったりはしないよ)。
そうした願望は谷崎自身の内にもあって、それを第三者の告白体にすることで巧みに虚構化しているような感じもしました。
平易な文体、単純な構成ですが、この作品の場合、かえってそのことで完成度は高いものとなっているように思います。
【1947年文庫化・1985年・2003年改版[新潮文庫]/1952年再文庫化[角川文庫]/1985年再文庫化[中公文庫]】
《読書MEMO》
●「痴人の愛」...1924(大正13)年発表、1925(大正14)年完結
