【505】 ○ 村上 春樹 『中国行きのスロウ・ボート (1983/05 中央公論新社) ★★★★

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過ぎ去った"時"を思い遣る。不思議と印象に残る「午後の最後の芝生」。

中国行きのスロウ・ボート 文庫.jpg中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)』 ['86年] 中国行きのスロウ・ボート.jpg中国行きのスロウ・ボート』 ['83年]  (表紙イラスト:安西水丸)

 '80(昭和55)年〜'82(昭和57)年発表の7つの短篇からなる著者の最初のアンソロジーで、この間に、長編の方は『羊をめぐる冒険』('82年/講談社)が発表されています。

 表題作の「中国行きのスロウ・ボート」は、今まで出会った3人の中国人のことが想い出話として語られているややエッセイ風の短篇ですが、2人目のアルバイト先で知り合った中国人の女の子を、送り際に誤って山手線の反対回りの電車に乗せてしまったことから、修復できない溝が2人の間に露わになる話が、何だか誰にでもありそうな話だけに、切ないノスタルジーが感じられます。
 しかしノスタルジックでありながらも、"誤謬"は逆説的な欲望なのかと今も自問していたりする「僕」がいる―。
 
 1人目の中国人小学校の先生の話は、著者が神戸で体験したカルチャーショックのようなものがモチーフになっているような気がしましたが、最後の百科事典を売り歩く中国人の旧友の話まで読んで、中国人というより"他者"とのコミュニケーションの難しさを感じさせる話だなあと、しみじみした気分にも。

 自分の背中に"貧乏な叔母さん"が貼りついたというシュールな展開の「貧乏な叔母さんの話」や、ホテルで知り合った女性から、以前に飼い犬を埋葬し、また掘り起こしたという"トラウマ"話を聞くことになる「土の中の彼女の小さな犬」など、後の作品にも繋がる独特のメタファーや"死"の雰囲気が感じられますが、さほど大仰に思惟的でなく、むしろ、さらっと叙情的なのがいい。

 表題作よりも印象の残ったとよく言われる作品が「午後の最後の芝生」で、学生時代に"芝刈り"のアルバイトで、ある中年女性宅を訪れた際のことを、30代になって振り返る話ですが、娘の部屋や衣装棚を見せてどんな女の子なのかを「僕」に想像させるというアル中気味の女性が謎深い。
 結局その中年女性とは大して出来事らしい出来事も無く、それでいて確かに不思議と印象に残る作品、強いて言えば、過ぎ去った"時"というものへの想いが感じられる作品でした。

 逆算すると昭和40年代前半という時期設定ということになりますが、"芝刈り"のアルバイトというのがアメリカの小説っぽいなあ。

中国行きのスロウ・ボート obi.jpg

 【1986年文庫化[中公文庫]】

 



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