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漱石の『夢十夜』に通じる雰囲気。深読みするよりは、表現のオリジナリティを買うべきか。
『蛇を踏む』 (1996/08 文芸春秋) 『蛇を踏む (文春文庫)』 ['99年]
1996(平成8)年上半期・第115回「芥川賞」受賞作。
教師を辞め、今は数珠屋に勤めるヒワ子は、ある日、藪の中で蛇を踏む。
「踏まれたので仕方ありません」と、人間の形になった蛇は、その日から部屋に住み着き、「ヒワ子ちゃんのお母さんよ」と言って毎日食事の用意をして待っている―。
芥川賞の選考では、宮本輝と石原慎太郎が反対したそうですが(この2人は、いつもは意見が割れることの方が多い)、宮本輝の「しょせん寓話に過ぎない」、石原慎太郎の「蛇がいったい何のメタファなのかさっぱりわからない」という批判は、ともにわかる気がします。
第一義的には「蛇」は子を手放したくない母親であり、「蛇の世界はいいわよ」と言われて何となく自分からも親離れできない成人した子を描いているのだと思いました。
その描き方がファンタジックで、同じく文学でメタファを駆使する村上春樹などと違って、サイエンス・ファンタジーっぽい感じがこの頃からあります。今あちらの世界にワープしました...といちいち説明しているような。
では「蛇の世界」とは何なのか。やはり石原慎太郎氏が言うように「さっぱりわからない」のです(初めからソンナモノハナイということか)。
「蛇」の幻想は、太宰治の『斜陽』などの有名文学作品にも登場しますが、ムード的には、この作品は夏目漱石の『夢十夜』に通じるものがあると思いました。
「でも、死ぬんですもの、仕方がないわ」(「夢十夜」)の不条理性やトーン(文調)は、「踏まれたので仕方ありません」とほぼ同じような印象を受けますが、作者なりに自分のものにしているという感じはあります。
芥川賞受賞作家の中で、受賞後も継続的に一定の読者層を掴んでいる"実力派"だと思いますが、この作品に関して言えば、訴求力はあまり感じられず、表現のオリジナリティの方を買うべきだったのかなと思いました。
【1999年文庫化[文春文庫]】