「●た行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●な行の現代日本の作家」 【548】 長嶋 有 『猛スピードで母は』
やや出来すぎた人物像だが、ビジネスパーソンが読めば、グッとくる部分は多い「小説」。
『小説 上杉鷹山〈上巻〉・〈下巻〉
』 ['83年]/『全一冊 小説 上杉鷹山 (集英社文庫)
』 ['96年]
財政難に一時は廃藩の話まで出た米沢藩を再興した藩主・上杉治憲(はるのり、隠居後は鷹山)の話で、この人、戦前は国定教科書に取り上げられていた人物ですが、本書にもあるとおり、故J・F・ケネディ大統領が最も尊敬する日本人としてその名を挙げた人でもあります。
米沢織、絹製品、漆器、紅茶、鯉、一刀彫などの今に至る米沢の名産品は、みなこの人の産業政策の賜物だそうですが、こうした企業で言えば多角化経営みたいなものが本当に実を結んだのは、鷹山亡き後で、在命中の実績としては、天明大飢饉の際に1人の餓死者も出さなかった(本当かなあ)ことが最大のものと言えるのではないでしょうか。
その名を後世に残しているのは、「徳」を政治の基本に置き、それを経済に結びつけようと考え、倹約を推奨するけども「生きた金」は積極的に使い、それは「領民を富ませるため」だったという、徳治主義的な政治哲学の実践者であったから。
ケネディが鷹山を知るきっかけとなった本の著者である内村鑑三流に言えば、「愛と信頼」の政治ということになり、本書にも「愛」という言葉が何度か出てきますが、江戸時代に「愛」という言葉の概念が今のような形であったかどうか、個人的にはやや疑問。
それと、実際に高徳の人物であったとは伝えられていますが、ちょっと完璧に描きすぎている感じもして、35歳で隠居したのは、次代を育てるというよりは、財政難の折、参勤交代を免がれるための戦略だった(藩主が代わった年は免除される)というのが通説のようです。
藩政改革の道程は平坦ではなく、、反発する旧弊な重役たちとの確執など、企業小説を呼んでいるような面白さはあります。ときどき、「今の経営行動パターに合せれば」という感じで「企業目標の設定」「それに必要な情報の公開」とか箇条書きで説明が出てくるのが、社内研修テキストみたいでお節介のような気もしましたが。
人物の描き方もプロトタイプという感じですが、それでも佐藤文四郎とかにスポットを当て、その好漢ぶりを生き生き描いているのは、素直に爽快感を感じました。
テレビ番組『知ってるつもり!?」』で鷹山がフューチャーされたこともあり、本書はベストセラーとなりましたが、やはり企業の中で、改革派と抵抗勢力の間にいるようなビジネスパーソンが読めば、グッとくる部分は多い「小説」であることには違いありません。
【1995年文庫化[学陽社・人物文庫(上・下)]/1996年再文庫化[集英社文庫(全1冊)]】



しかしその後、彼の映画、自伝的作品「田園に死す」('74年)や「草迷宮」('78年)(母がいつも口ずさんでいた手毬唄のルーツを探そうと青年が各地を回り、情報を捜し求めていくうちに巡り逢う数々の女性との関わりの中で成長していく青年の話)、実験映画「迷宮譚」('75年)、「二頭女」「マルドロールの歌」「一寸法師を記述する試み」('77年)などに触れて(何れも新高恵子や蘭妖子という不思議なムードを醸す女優が出ていた。これらの映像作品そのものは、アブストラクトに弱い自分にとってはいまだに評価不能なのだが...)
改めて本書を読むと、かなりイメージ的に重なり、エッセイの一篇一篇が抒情詩のようなみずみずしい情感をもって伝わってきました。.jpg)

彼の自叙伝的作品の虚構性については既に多く論じられているところで、映画「田園に死す」については、彼自身はっきり、「これは一人の青年の自叙伝の形式を借りた虚構である」(演出ノート)と述べていますが、同じことが文章において端的に表れているのが、この「誰か故郷を想はざる」ではないでしょうか。






再読しましたが、やはり読み出したら止まらないぐらい面白い!
元本(十八史略)が紀伝体であるため皇帝など人物中心で書かれていて、「管鮑の仲」「宋襄の仁」「臥薪嘗胆」といった馴染みの故事成語を生んだ出来事なども最初から次々と出てくるので、親しみやすいかと思います。


























高橋和巳 (1931-1971/享年39)