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初読は土俗的な暗いイメージ、再読でみずみずしい情感と神話的な虚構性を。
『誰か故郷を想はざる―自叙伝らしくなく (角川文庫)』 (旧版)
角川文庫 新版
(表紙イラスト:林 静一)
寺山修司(1935‐1983)の『家出のすすめ』('72年/角川文庫)を読んで実際に家出したという人がいたとかいないとか言われていますが、直接の原因とならなくても、20代後半から大学の文化祭などで"家出のすすめ"を説いていた彼の言葉は、当時の多くの若者にとって強いインパクトがあったのではないでしょうか。
特に地方の若者にとっては、都会への"脱出"を図る潜在的誘因にはなったりしたのではないかと...。
一方本書は、彼の30代前半の自叙伝的エッセイ集で、第1章「誰か故郷を想はざる」と第2章「東京エレジー」から成りますが、初読の際には「誰か故郷を想はざる」の土俗的な暗いイメージに馴染めませんでした。
『書を捨てよ、街に出よう』('67年/芳賀書店)などの方が良かったという印象です(タイトルからして能動的ではないか)。

しかしその後、彼の映画、自伝的作品「田園に死す」('74年)や「草迷宮」('78年)(母がいつも口ずさんでいた手毬唄のルーツを探そうと青年が各地を回り、情報を捜し求めていくうちに巡り逢う数々の女性との関わりの中で成長していく青年の話)、実験映画「迷宮譚」('75年)、「二頭女」「マルドロールの歌」「一寸法師を記述する試み」('77年)などに触れて(何れも新高恵子や蘭妖子という不思議なムードを醸す女優が出ていた。これらの映像作品そのものは、アブストラクトに弱い自分にとってはいまだに評価不能なのだが...)

改めて本書を読むと、かなりイメージ的に重なり、エッセイの一篇一篇が抒情詩のようなみずみずしい情感をもって伝わってきました。
ああ、これって散文詩なのだ。この中にいる寺山少年というのは、神話の登場人物みたいだなあと。
「草迷宮」 「迷宮譚」
「マルドロールの歌」 「一寸法師を記述する試み」
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「草迷宮」●制作年:1978年(日本公開:1983年)●制作国:フランス・日本●監督:寺山修司●製作:ピエール・ブロンベルジュ●脚本:寺山修司/岸田理生●撮影:鈴木達夫●音楽:J・A・シーザー●助監督:相米慎二/ピエール・ブロンベルジェ●原作:泉鏡花「草迷宮」●時間:40分●出演:三上博史/若松武/新高恵子/伊丹十三/中筋康美/福家美峰/末次章子/蘭妖子/根本豊/サルバドール・タリ●公開:1983/11●配給:東映●最初に観た場所:新宿東映ホール (83-11-12)(評価:★★★☆)●併映:「迷宮譚」(寺山修司)/「消しゴム」(寺山修司)/「質問 (寺山修司へのインタビュー記録映画)」(田中未知)
新宿東映ホール (1972年〜「新宿日活」、1978年〜「新宿東映ホール」→「新宿東映パラス2」2004年1月9日閉館
彼の自叙伝的作品の虚構性については既に多く論じられているところで、映画「田園に死す」については、彼自身はっきり、「これは一人の青年の自叙伝の形式を借りた虚構である」(演出ノート)と述べていますが、同じことが文章において端的に表れているのが、この「誰か故郷を想はざる」ではないでしょうか。
私生児の母、自殺した級友のエピソード(これ、かなり強烈)など、すべてが虚構というわけではないでしょうが、成人した彼が、映画を作るようにして、或いは自らの神話を編むようにして、自分史を脚色しているという感じがします。
47年間の生涯に様々なことを成し遂げ、今も各芸術分野に多くの影響を残している寺山ですが(自分の少し上の世代には、テラヤマと、亡くなった友人の名前を呼ぶような感じで言う)、虚構を通して構築しようとした彼のアイデンティティとはどのようなものだったのでしょうか。
ちょっとだけ、三島由紀夫のことを思い出しました(ついでに美輪明宏まで思い浮かべてしまった)。
【1968年単行本[芳賀書店(『自叙伝らしくなく―誰か故郷を想はざる』])/1973年文庫化・2005年改版[角川文庫]】
