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卓越した繊細な感性。「檸檬」もいいが、湯ヶ島時代の作品「冬の蝿」がよりいい。
『檸檬』新潮文庫〔旧版/新版〕
岩波文庫
梶井 基次郎 (1901-1932/享年31)
1925(大正14)年に発表された梶井基次郎(1901‐1932)の「檸檬」は、「えたいの知れない不吉な塊りが私の心を終始圧えつけていた」という書き出しの通り、既に独特のタナトスの影を落としていて、以降の作品にも、芥川の晩年の作品「歯車」のような暗いムードが漂っています。
アイ文庫オーディオブック「檸檬」
しかし「檸檬」は、鮮烈な描写と想像力、そしてラストの何か吹っ切った感じが明るく、その点が、彼の命日を"檸檬忌"と呼ぶほどに親しまれる作品である理由ではないでしょうか(吉行淳之介は梶井の小説を評価しながらも、本作の題は「檸檬」よりも「レモン」の方が良いと書いている)。
この作品の"レモン"のイメージは頭から離れません。但し、今までレモンを直接本の上に置いたイメージがありましたが(いくつかの文庫の表紙デザインもそのようになっている)、今回読み直してみて、ちょうど作者がレモンをテニスボールに見立てているように、テニスボールケースのような円筒状の容器に入れて、乱雑に積み重ねた本の上にそれを立てるように置いたというのが、正しかった...。
更に、「私」が入った本屋は、設定上、洋書・輸入雑貨も多く扱う「丸善」でなければならなかったのだろうけれど、自分は「日本橋の丸善」だと長く記憶違いしてて、正しくは「京都河原町の丸善」だったわけで(この河原町店は'05年に閉店したとのこと)、読み直していろいろ気づいた点がありました。
TBS 2010年2月17日放映 「BUNGO-日本文学シネマ」 梶井基次郎「檸檬」(主演:佐藤隆太)
梶井基次郎は知られている通りの"ゴリラ顔"ですが、外見に似合わず?小さい頃から病弱で、作品に見られる近代文学の中でも卓越した繊細な感性は、そうしたところからも来るものだと思います。
ただし、若い彼の京都時代の生活はかなりの無頼ぶりで、自らの神経を尖鋭化するためにわざと不健康で退廃的な生活に向かったように思え、実際、肺をこじらせて東大英文科を中退し、川端康成がいた天城湯ヶ島温泉へ転地しています。
新潮文庫版は執筆順に20の短篇を収めていますが、後半の湯ヶ島時代の作品はその清澄さを増している印象があり、評価の高い「冬の日」や、浪漫主義の香りがする「桜の樹の下には」もさることながら、「冬の蝿とは何か?」で始まる「冬の蝿」が個人的には良く感じられ、志賀直哉の「城の崎にて」と("湯治文学"?同士)読み比べると興味深いです。
晩年近い作品である「愛撫」「交尾」に猫が出てきますが、川端康成の小動物を描いた短篇を思い出しました(梶井の方が、描写が理科系っぽいけれど)。
最後の「のん気な患者」は、ブラック・ユーモア風でもありますが、作者自身が現実に死と直面しているため、"ブラック"が"ユーモア"を凌駕している感じがします。
【1954年文庫化[岩波文庫(『檸檬、冬の日 他9篇』)]/1967年文庫改版・1985年改版[新潮文庫]/1972年再文庫化[旺文社文庫(『檸檬・ある心の風景 他』)]/1989年再文庫化[角川文庫(『檸檬・城のある町にて』)]/1991年再文庫化[集英社文庫]】
《読書MEMO》
●「檸檬」...1924(大正13)年執筆、 1925(大正14)年発表 ★★★★☆「えたいの知れない不吉な塊りが私の心を終始圧えつけていた」
●「冬の日」...1927(昭和2)年執筆 ★★★★「季節は冬至に間もなかった」
●「桜の樹の下には」...1927(昭和2)年執筆 ★★★★「桜の樹の下には屍体が眠っている!」
●「冬の蝿」...1928(昭和3)年執筆 ★★★★☆「冬の蝿とは何か?」
●「愛撫」...1930(昭和5)年執筆 ★★★★「猫の耳というものはまことに可笑しなものである」
●「のん気な患者」...1931(昭和6)年執筆 ★★★★「吉田は肺が悪い」


小川未明(1882‐1961)は20代終わりから30代の時だけ旺盛な創作活動をし、昭和以降ほとんど新作は発表せず、児童文学界の重鎮的存在で在りながら、過去の作品群の作風を"子ども向けのヒューマニズム"と揶揄された時期もあります(宮沢賢治作品が「大人の童話」と言われるのと対照的に)。



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1921(大正10)年発表、翌年単行本刊行の『冥途』は、内田百閒(1989‐1971)が最初に発表したアンソロジーで、「冥途」「山東京伝」「花火」「件」「土手」「豹」など16篇の短篇からなりますが(福武文庫版は18篇所収)、何れも作者自身の見た夢をモチーフにしたと思われ、師匠であった漱石の「夢十夜」の系譜を引くものです




文学的には「生れ出ずる悩み」の方が評価は高い? 対し「小さき者へ」は、文庫本で15ページ程の掌編で、かつ「これって文学なの」みたいな感想もあるかと思いますが、個人的には、センチメンタリズムの中にも、わが子を一人前の人格として見る凛とした個人主義の精神が窺えて好きな作品です(なかなか、こんな親にはなれないが)。
一方、「生れ出ずる悩み」のモデルとなった木田金次郎は、この事件を契機に漁師をやめ画家として生きる決意をします(描き溜めた作品1,500点が岩内大火で焼失したというのは残念、美術館の彼の作品を見ると、力強く少しゴッホっぽい)。
さらに、「小さき者へ」で語られる側となった子のうち、長男は映画俳優になり(森雅之(1911-1973))、黒澤明監督の

'77年の刊行で、著者が「話の特集」('66年創刊)に'66年から'77年にかけて掲載した様々なパロディを一冊の本にしたもの。
その他にも、様々なパロディのオンパレードですが、何と言っても圧巻なのは、'70年から'77年の間5回に分けて掲載された、川端康成('68年ノーベル文学書受賞)の「雪国」の冒頭部分を、多くの文筆家らの作風に合わせて偽作したもの。










山本 夏彦(1915-2002/享年87)


「日日平安」は、映画「椿三十郎」('62年/黒澤プロ=東宝)の原作で、城代家老を陥れようとする次席家老ら奸臣たちに対し、城代の危難を救うべく起ち上がった若い侍たちを素浪人が助太刀するというストーリーは映画と同じ。
黒澤明は最初は原作に忠実に沿って、やや脆弱な人物像の主人公として脚本を書いたのですが、映画会社に採用されず、その後映画「用心棒」('61年)が大ヒットしたためその続編に近いものを要請されて、一度はオクラになっていた脚本を、「用心棒」で三船が演じた桑畑三十郎のイメージに合わせて「剣豪」時代劇風に脚色し直したそうで、ついでに主人公の名前まで菅田平野→椿三十郎と、前作に似せたものに変えたわけです(映画の中では、主人公が自分でテキトーに付けた呼び名とされている)。


1946(昭和21)年発表の「柳橋物語」は、上方に働きに出る〈庄吉〉に、幼さゆえの恋情で「待っているわ」と夫婦約束をした〈おせん〉が、江戸の大火(明暦の大火・1657年)で生活のすべてを失って記憶喪失になるまでショックを受ながらも、逃げのびる際に拾った赤子をわが子のように育てるものの、上方から戻った庄吉はそれを見て彼女の不義理ととる―という、たたみかけるような逆境に翻弄される一女性の人生を描いたもの。




2007年映画化 (角川映画/監督:浜本正機)











1980(昭和55)年上半期・第83回「直木賞」受賞作の「かわうそ」「犬小屋」「花の名前」を含む向田邦子(1929‐1981)の短編集。


















昭和22年秋、台風のため青函連絡船・層雲丸の転覆事故が起き、必死の救助活動が行われる中、3人の復員服姿の男が台風で不通になった列車から飛び降り、転覆事故の混乱に紛れ、本土へ向けて夜の海峡を船を漕いでいた。台風が去った後、転覆した層雲丸の乗客の遺体が次々と収容されるが、引取り人のいない遺体があり、収容遺体は実際の乗客数より2体多かった。一方、同じ台風の中、函館市内て質屋が全焼する火事があり、焼け跡から質屋一家の他殺体が発見され、質屋一家強盗殺人事件と、転覆事故の乗船者数より多い2体の遺体が結びついた―。
函館署のベテラン刑事の弓坂は、亡くなった男2人と行動を共にしていた犬飼太吉なる大男の行方を粘りつよく捜索を続け、太吉と思われる男と一夜を共にした女郎、杉戸八重の存在を突き止める―。
主人公・犬飼役の三國連太郎の生涯最高の演技に加えて、薄幸の女性・左幸子や刑事役の高倉健の演技もいいですが、高倉健と共に捜査にあたる元刑事役の伴淳三郎の演技がとてもいいです。

