【646】 ○ 中 勘助 『銀の匙 (1935/11 岩波文庫) ★★★★

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自らの幼年期が、子どもの目線、子どものみが持つ感覚で描かれている不思議な作品。

銀の匙.jpg銀の匙』岩波文庫 銀の匙w.jpg銀の匙 (ワイド版岩波文庫)銀の匙2.jpg銀の匙 (角川文庫)

中勘助.jpg 1911(明治44)年に書かれた「銀の匙」は、それまで詩作などを中心に創作活動をしていた中勘助(1985‐1965)が、一高・東大時代の師である夏目漱石に勧められて20代半ばで初めて書いた散文であり、書斎の引き出しの小箱の中にしまった銀の小匙にまつわる思い出から始まるこの自伝的作品は、漱石に絶賛され、今でも多くの人に読み継がれています。

 とにかく文章が凛然として美しく、子どもの世界を子どもの目線で活写していて、文章はまぎれもなく大人の書いたものですが、時にぶっきらぼうとも思える終わり方などもしていて、子どもの日記を読んでいるような錯覚、とまでいかなくとも、それに近い感覚に陥りました。

 病弱・気弱な伯母さんっ子として育った幼年期の思い出の数々が、目の前で起きている出来事のように再現され、そこに滲むセンシビリティも子どものみが持つものであり、一方で、大人になった作者によってノスタルジックに「美化された過去」というものも感じますが、その美しさがまた読み手の共感をそそり、一体どこまで計算されて書かれているのか、不思議というか、"怪しさ"さえ覚えました。

 心理学の仮説では、〈幼児期の記憶〉は思春期に入ると急速に忘れ去られるが、実は深層心理にしっかり残っていて、大人になっても消えてはいないという考えがありますが、作者は、思春期以降も意識から無意識へと消え去ろうとする記憶を何度も抽出・反復していたのではないかと思われ、これは、病弱な幼年期を送った人に特徴的な所為ではないだろうか。

 今でいう小学校低学年ぐらいの頃の出来事がとりわけ生き生きと、みずみずしく描かれていてます。
 ただし、思春期に入る頃から結構この人、気力・体力とも充実してきたようで、1913(大正2)年から書かれた後編では、子どもながらに立派な反戦少年に(日清戦争だから古い話だが)なっていて、軍国思想に染まりながらエリートコースを歩む兄と訣別する―、そして伯母との再会。

 漱石は、後編は前編に比して更に良いと褒めたようですが、やはり、後編の「物語」っぽいつくりや立派に振舞いすぎる少年像よりも、それとは違った意味で"創作の怪しさ"が感じられる前編の方がいいです。

 【1935年文庫化・1962年・1999年改版[岩波文庫]/1988年再文庫化[角川文庫]/1992年再文庫化〔ちくま日本文学全集〕】

《読書MEMO》
●「銀の匙」...1911(明治44)年前編発表、1913(大正2)‐1914(大正3)年後編「朝日新聞」連載

  



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和田泰明

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【645】 ○ 志賀 直哉 『小僧の神様・城の崎にて』 (1968/07 新潮文庫) 《『小僧の神様 他十篇』 (1928/08 岩波文庫)》 ★★★★ was the previous entry in this blog.

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