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ベースは古風な悲恋物語? どこまでが作者の意匠なのか読み取りにくい。
『雁』 新潮文庫 [旧版/新装版]
1911(明治44)年9月から1913(大正2)年5月にかけて雑誌「スバル」に発表され、1915(大正4)年に刊行された本作の時代設定は、冒頭において明治13年(1880年)と特定されています。
僕(鷗外自身がモデルと考えられる)は上条という下宿屋に住む学生で、古本を仲立ちに隣室の岡田という医科大学生と親しくなる。
一方、無縁坂に住むお玉は、老父と自分の生活のために高利貸しの末造の妾となっているが、末造から貰った紅雀を鳥籠に入れて軒に下げていたところを蛇に襲われ、それを偶然助けた岡田に対し、以来、想いを寄せるようになり、岡田も無縁坂の"窓の女"のことを気にしている。
そしていよいよ、末造が訪れてこないとわかっている日が来て、お玉は岡田が通りかかるのを心待ちにするが―。
文庫で約130ページとそれほど長い小説ではないのですが、ここまでくるのが結構まどろっこしく、その割には、青魚の煮肴(鯖味噌煮)が上条の夕食で出されたために云々と、結末に至った"運命のいたずら"を作者(35年後の僕)自身があっさり解説していたりして、さらに、それ以上の説明もそれ以下の説明もしないとしつつも、同時に、当時お玉と岡田が相識であったことは知らなかったことを匂わせています。
でも小説的に考えれば、"運命のいたずら"と言うより、僕がお玉と岡田の恋路を"無意識的に"妨げたととれるわけで、では高利貸しの妾であるお玉が、外遊直前の東大医学生・岡田と何か睦まじく話ができれば次の展開があったのかというと、そんな可能性は限りなくゼロに近く、それを考えると、僕の無意識にあったものは悪意ではなくむしろ善意であったかも知れず、また岡田の無意識にも同じものがあったかも知れない―と考え始めるとキリがありません。
哀愁を帯びた悲恋物語には違いありませんが、個人的には、あまり好きになれないタイプの作品かも。
岡田が断ち切った「蛇」は何の象徴か、逃がすつもりで投げた石に打たれた「雁」は何の象徴か、幾多の先人が解釈を行っていてどうしても後追いにならざるを得ず、どこまでが作者自身の意匠なのか読み取りにくく、逆にそうしたものをとっぱらってしまうと、今度はやけに古風なお話が残るだけになってしまうような気もします。
鷗外作品のいくつかは、自らの体験を絡めた告白的要素がありながら(本作の「窓の女」自体は創作らしいが)、自分はどこか二重三重に安全な処に置いているような感じもあります。
【1948文庫化・1980年文庫改版[新潮文庫]/1949年再文庫化[岩波文庫]/1953年再文庫化[角川文庫(『雁、ヰタ・セクスアリス』)]/1965年再文庫化[旺文社文庫(『雁、ヰタ・セクスアリス』)]/1998年再文庫化[文春文庫(『舞姫 雁 阿部一族 山椒大夫―外八篇』)]】
《読書MEMO》
●「雁」...1911(明治44)年〜執筆、1915(大正4)単行本刊行
