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在宅終末医療に関わる現場医師の声。「自分の家」に敵う「ホスピス」はない。
『自宅で死にたい―老人往診3万回の医師が見つめる命 (祥伝社新書)』 〔'05年〕
東京・足立区の千住・柳原地域で在宅医療(訪問診療)に20年以上関わってきた医師による本で、そう言えば昔のお医者さんはよく「往診」というのをやっていたのに、最近は少ないなあと(その理由も本書に書かれていますが)。
ドキュメンタリー「下町往診ものがたり」('06年/テレビ朝日)出演の川人明医師
著者の場合、患者さんの多くはお年寄りで、訪問診療を希望した患者さんの平均余命は大体3年、ただし今日明日にも危ないという患者さんもいるとのことで、残された時間をいかに本人や家族の思い通りに過ごさせてあげるかということが大きな課題となるとのことですが、症状や家族環境が個々異なるので、綿密な対応が必要であることがわかります。
本書を読むと、下町という地域性もありますが、多くの患者さんが自宅で最後を迎えたいと考えており、それでもガンの末期で最後の方は病院でという人もいて、こまめな意思確認というのも大事だと思いました。
また、家族が在宅で看取る覚悟を決めていないと、体調が悪くなれば入院して結果的に病院で看取ることとにもなり、本人だけでなく家族にも理解と覚悟が必要なのだと。
「苦痛を緩和する」ということも大きな課題となり、肺ガンの末期患者の例が出ていますが、終末期に大量のモルヒネを投与すれば、そのまま眠り続けて死に至る、そのことを本人に含み置いて、本人了解のもとに投与する場面には考えさせられます(著者もこれを罪に問われない範囲内での"安楽死"とみているようで、こうしたことは本書の例だけでなく広く行われているのかも)。
基本的には、「自分の家」に敵う「ホスピス」はないという考えに貫かれていて、本書が指摘する問題点は、多くの地域に訪問診療の医療チームがいないということであり、在宅終末医療に熱意のある医療チームがいれば、より理想に近いターミナルケアが実現できるであろうと。
多くの医者は在宅を勧めないし、逆に家族側には介護医療施設に一度預けたらもう引き取らない傾向があるという、そうした中に患者の意思と言うのはどれぐらい反映されているのだろうかと考えさせらずにはおれない本でした。




韓国の朴正煕政権(1963‐79年)は'72年に戒厳令を発してから急速に独裁色を強めましたが、本書は、その思想・言論統制が敷かれた闇の時代において、政府の弾圧に苦しみながらも抵抗を続ける学生や知識人の状況をつぶさに伝えたレポートです。
'06年に韓国・盧武鉉大統領は、田中角栄首相(当時)と金鍾泌(キム・ジョンピル)首相(当時)との間で交わされた事件の政治決着を図る機密文書を発表('73年11月、金鐘泌当時国務総理(左)が、東京の首相官邸で田中角栄首相に会っている。金総理は金大中拉致事件に関連し、朴正煕大統領の謝罪親書を持って陳謝使節として日本を訪問した)、'07年には、韓国政府の「過去事件の真相究明委員会」の報告書で、KCIAが組織的にかかわった犯行だったことを認めていますが、これらのことは既に本書において推察済みのことでした(しかし、金鍾泌というのは、朴政権の立役者でありながら、後の金大中政権でも総理になっている。朴正煕の娘も政治家として活躍していて、この辺りが韓国政治のよくわからないところで、韓国政治って不思議だ)。
本シリーズは第4部まで続き、後に"T・K生"が自分であることを明かした池明観(チ・ミョンクワン)氏によると、書かれていることの80%以上は事実であると今でも信じている」とのことです。




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映画「ディア・ハンター」そのものは、アカデミー賞を受賞した一方で、以上のような観点から「ベトナム戦争を不当に正当化している」との批判もありますが、解放戦線の捕虜となったことがトラウマとなり、精神を病んでいく男を演じたクリストファー・ウォーケンの演技には、鬼気迫るものがあったように思います(癌を病んでいたジョン・カザール(享年42)の遺作でもあったなあ)。


小林英夫・早稲田大学アジア太平洋研究センター教授 (略歴下記)
本書によると、日本軍は開戦後まもなく上海に上陸し、さらに南京に侵攻、国民政府・蒋介石は首都・南京を捨て、重慶にまで後退して戦力補充を図ったために戦局は消耗戦へと移行する―、こうした流れはもともと蒋介石により仕組まれたものであり、過去に消耗戦の経験を持たず「決戦」的な戦争観しか持たない日本(このことは太平洋戦争における真珠湾攻などで繰り返される)に対し、蒋介石は、日本側の長所・短所、自国の長所・短所を的確に把握していて、消耗戦に持ち込めば日本には負けないと考えていたようです。

マルコ・ポーロの黄金伝説に導かれて西へ西へと行ったら本当に"黄金の国"があったというのが、偶然ながら、彼らの征服欲に拍車をかけることになったのだなあと(本書によると、コロンブスは、エスパニョラ島―今のドミニカ・ハイチをジパング、キューバを中国だと思っていたらしいが)。








本書は、その多岐にわたるマヤ文明の全貌(といっても一部しか解明されていないということになるが)と特質を理解する入門書、基本書といえますが、著者が有名な「ティカル遺跡」(現在のグアテマラの北部にある)を訪問するところから始まり、マヤの生活や社会構造、宗教や数表記、暦法などを解説していく過程には引き込まれるものがあります。
本書と同じく講談社現代新書で中央アメリカの古代文明を扱ったものとして、青木晴夫氏の『マヤ文明の謎』('84年)があり、そちらを読んだ後で本書を読んだのですが、アステカもマヤと同じく高度の天文技術を持った文明でありながら、驚かされるのは、アステカでは18カ月周期の正確な暦に沿って、各月ごとに様々な形で生け贄を捧げているということ。
ラテンアメリカ民俗学の第一人者・増田義郎氏の『古代アステカ王国―征服された黄金の国』('63年/中公新書)の中にも、高度に文明化した水上首府(公衆トイレとかもあってスペイン人が驚いたという)の街の中央にピラミッドがあり、その頂きの祭壇は、生け贄になった犠牲者の血に塗られているという、現代の我々から見れば極めてアンバランスな宗教と文明の同居状態が紹介されていました。

ピサロがペルーに上陸した頃のインカ王朝は、第11代皇帝ワイナ・カパックの後を継いで皇帝となった嫡男ワスカールを、先帝の庶子アタワルパがこれを打ち破って帝位を奪ったばかりの時で、アタワルパというのは軍事的才能があった実力者でした。
増田 義郎 氏
栄華を極めたアステカ王国は、スペインの"残虐な征服者"コルテスにより一夜で滅ぼされたかのように思われていますが、コルテスがアステカ王国に入る前も、湖上に浮かぶ水上首府テノチティトラン入城後も、アステカ王モンテスマとの間で様々な交渉や駆け引きがあり、両軍が戦闘体制に入ってからは、コルテスが劣勢になり、命からがら敗走したこともあったことを本書で知りました。
『世界戦史99の謎―トロイの木馬からナポレオン・トンキン湾まで』サンポウ・ブックス〔'75年〕





カルロス・ゴーンがルノーから日産に出向し同社のCOOに就任したのが'99年、その後2年で同社の業績を回復し、'01年には社長兼CEOに就任していますが、更には'05年からルノーのシュヴァイツァー会長の後を継いで親会社の会長兼CEOにもなっているところを見ると、やはりルノー・グループの中でも彼は傑出した人材だったということでしょうか。





35歳のときにうつ病を発症したという人が書いたビジネスマン(ビジネスパーソン)のためのメンタルケアについての本で、自分がうつ病になっているだけに、うつにならないようにするにはどうすれば良いか、それ以上悪化させないようにするにはそうすればよいか、治った後に再発を防ぐにはどうすれば良いかが、ビジネスマンの視点に立って具体的に書かれています。

同著者の、同じ日経文庫の『メンタルヘルス入門』と同時刊行で、『メンタルヘルス入門』では、マネジャーや人事労務担当者による"組織で取り組むストレスマネジメント"を扱っていますが、本書では、勤労者に向けて、個人が"自らのストレスをマネジメントできるようにするにはどうすればよいか"という観点で書かれていて、産業カウンセラーとの共同執筆になっています。
'06年に安全衛生法が改正されて、過重労働者に対する面接指導が一部義務化されるなど、メンタルヘルスに関する施策が一段と強化されました。

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