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ディベート方式の「歌合わせ」で、短歌の愉しみや特性がわかる。
『短歌パラダイス―歌合二十四番勝負 (岩波新書)』 ['97年]
小林恭二 氏 (作家)

楽しい句会記録『俳句という遊び』、『俳句という愉しみ』(共に岩波新書)の著者が、今度は、ベテランから若手まで20人の歌人を集めて短歌会を催した、その際の記録ですが、そのやり方が、室町時代を最後に今では一般には行われていない「歌合」の古式に倣ったものということです。
歌合わせ自体がどのように行われ、どのようなバリエーションがあったのか詳細の全てが明らかではないらしいですが、本書でのスタイルは、ちょっと「ディベート」に似ていて面白かったです。
『俳句という遊び―句会の空間 (岩波新書)』['91年] 『俳句という愉しみ―句会の醍醐味 (岩波新書)
』['95年]
2つのチームに分かれ、テーマ毎に詠まれた短歌の優劣を1対1で競い合うのですが、チーム内を、自ら歌を作って俎上に乗せる「方人(かたうど)」と、歌は出さずに弁護に回る「念人(おもいびと)」に分け、本来のプレーヤーである「方人」は批評には参加できず、一方、弁護人である「念人」は自分では歌を作らず、個人的に敵味方の歌をどう思おうと、とにかく自陣の歌が相手方のものより優れていることをアピールし、そして最後に、「判者」が勝負の判定を下すというもの。やっぱり、これは「ディベート」そのものではないかと。
『俳句という遊び』の時と異なり、作者名は最初から明かされているのですが、面白いのは、思い余って作った本人が自分の歌を解説したりすると(「方人」は「念人」を兼ねることはできないので、これは本来はルール違反)、これが意外とエクスキューズが多くてつまらなく、弁護人である「念人」の自由な(勝手な?)解釈の方がずっと面白かったりする点であり、短歌という芸術の特性をよく表しているなあと。
『俳句という遊び』の時と同様、2日がかりですが、2日目は3チームに分けて、チーム内でとりまとめをした上で作品を俎上に提出するなど、趣向を変えて競っています(1日目の方が、より「「ディベート」的ではあったが)。
良い歌を作っても、それ以上の出来栄えの歌とぶつかれば勝てないわけで、ここでは、あの俵万智氏がその典型、著者も「運が悪い」と言ってます。(彼女は元々"題詠"が苦手なそうだが、この時作った歌「幾千の種子の眠りを覚まされて...」と「妻という安易ねたまし春の日の...」は、『チョコレート革命』('97年/河出書房新社)-これ、大半が不倫の歌だったと思うが-に収録されている。やはり、愛着があるのか)。
短歌をそれほど知らない人でも、誰のどのような歌が彼女の歌に勝ったのか、見てみたいと思うのでは。
一方、題が作者らに沿わないと良い歌が出揃わず、互いの相手方の歌に厳しい批評が飛びますが、それぞれが舌鋒鋭いものの、どこか遊びの中でのコミュニケーションとして、言う側も言われる側もそれを愉しんでいる(実際はピリピリした面もあるかと思うが、そうした緊張こそ愉しみにしている)という点では『俳句という遊び』と同じ「大人の世界」―。
でも結局、負ける場合は、自陣の歌を褒める根拠が人によってバラバラになっていることが敗因となていることが多いのが、興味深いです。
『俳句という遊び』に続いて、これまた"野球中継"風の著者の解説が楽しく、読み始めると一気に読み進んでしまう本ですが、だいぶ解ってきた頃に、「座」や「連衆」という概念に表される日本の芸術観の特性についての解説などがさらっ入っているのもいい。

結城康博 氏 (ケアマネジャー・淑徳大学准教授)
こうした中、在宅のお年寄りを騙して高額商品を売りつける悪徳業者がいるというのは腹立たしいことですが、問題となった訪問介護のコムソンなどは、国に対して、家事などの「生活援助」しかしていないものを「身体介護」をしたと偽って不正請求していたわけで、利潤追求の財源は国民の納めた保険料であったことを考えると、国民はもっと怒っていいのではないかと。



秦郁彦 氏


「ミッドウェー海戦」の敗戦は、空母「赤城」が味方機の着艦を待ってから攻撃に移ろうとして逆に敵機の先制攻撃を受けたことが敗因だ(そこに日本人的感情=仲間意識が働いたことが「失敗の本質」である)とよく言われますが(操縦士の人命ではなく、その選抜的能力に着目すれば、感情論の入る余地はないのだが)、その他のミスや読み違いが数多くあり、それら以前にも作戦意図の共有化や偵察機の索敵機能などに根本的問題があったことがわかります(但し、本書の後に書かれた『失敗の本質』も、基本的な敗因考察においては同じ)。



大竹文雄・大阪大学教授 (自身のホームページより)




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理論経済学者・飯田経夫の本で、第1章で、「日本人はもう充分豊かになっている」「自分たちの住まいをウサギ小屋というのはやめよう」といい、これは当時('80年)としては多くから反発もありそうな呼びかけですが、そう述べる論拠を著者なり示していて、この章と、続く第2章で「ヒラの人たちの頑張りと平等社会」が日本を支えているという論は、今読んでもなかなか面白いし、外国人労働者が日本に入ってきたとき、日本の"平等社会"はどう変質するかといった考察などには、興味深いものがありました。


これに比べると、都留重人(1912‐2006、本書刊行時は一橋大学学長)の『経済学はむずかしくない[第2版]』('74年、初版は'64年)は、一応はタイトル通りの「入門書」と言えるものであるようで、"バロメータ"という概念を中心に据え、目には見えない経済の状態を反映するバロメータにどのようなものがあるかを、平易な事例と言葉で解説しています。 

「アメリカの深層部・恥部・細部をくまなく歩きまわり、鮮烈な映像でとらえたホットな報告書」と口上にあるように、今見ればやや意図的な露悪趣味も感じないことはないものの、男性ストリップに熱狂する女性たちや、アラバマのKKK(クー・クラックス・クラン)のメンバーなど、当時のベトナム戦争後のアメリカの文化や社会の荒廃をよく捉えていて、サウスブロンクスの少年ギャングを追った「サウスブロンクスは、この世の地獄だ。」などは、今読んでも衝撃的です。
元々、集英社が版元である「日本版PLAYBOY」の企画であり、それ風の表紙に収まっているマリリン・モンローは、実は"そっくりさん"で、今は日本でも比較的知られていることかも知れませんが、アメリカにはタレントのそっくりさんだけを集めたプロダクションがあり、チャップリン、ウッディ・アレン、チャールズ・ブロンソン、ロバート・レッドフォードなどの他、キッシンジャーのそっくりさんまでいるという話に、当時は驚きました。
秋葉原通り魔事件 NHKスペシャル「追跡・秋葉原通り魔事件」(2008.6.20)より



本書は"トリック"というテーマには限定せず、ロス疑惑事件の三浦和義"疑惑人"逮捕('85年9月)前後の過熱報道など様々なケースを取り上げていますが、多くの報道陣の目の前で殺人が為された豊田商事事件(永野会長刺殺事件)('85年6月-何だか、事件が続いた時期だった)について、現場に居合わせたカメラマンの、夢中でシャッターだけ切り、急に身の危険を感じて逃げるべきかその場に居るべきか、という考えが一瞬頭の中をよぎったものの、後は冷静さを失い、結局自らはどうすることも出来なかったという証言を載せているのが関心を引きました。


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湯浅 誠 氏 (NHK教育「福祉ネットワーク」(2007.12.19)「この人と福祉を語ろう 見えない『貧困』に立ち向かう」より)
個人的には、福祉事務所が生活保護の申請の受理を渋り、「仕事しなさい」の一言で相談者を追い返すようなことがままあるというのが腹立たしく、また、違法な人材派遣業などの所謂「貧困ビジネス」(グッドウィルがまさにそうだったが)が興隆しているというのにも、憤りを覚えました。






「ウォー・ゲーム」●原題:WAR GAMES●制作年:1983年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・バダム●製作総指揮:レオナード・ゴールドバーグ●製作:ハロルド・シュナイダー●脚本:ウォルター・F・パークス/ローレンス・ ラスカー●音楽:アーサー・B・ルービンスタイン ●時間:114分●出演:マシュー・ブロデリック/ダブニー・コールマン/ジョン・ウッド●日本公開:1983/12●配給:MGM/UA●最初に観た場所:テアトル新宿 (84-09-16) (評価:★★★)●併映:「大逆転」(ジョン・ランディス)






「太陽がいっぱい」は、原作はパトリシア・ハイスミスの「才能あるリプレイ氏」(『リプリー』(角川文庫))で、'99年にマット・デイモン主演で再映画化されています(前作のリバイバルという位置づけではない)。

「第三の男」●原題:THE THIRD MAN●制作年:1949年●制作国:イギリス●監督:キャロル・リード●製作:キャロル・リード/デヴィッド・O・セルズニック●脚本:グレアム・グリーン●撮影:ロバート・クラスカー●音楽:アントン・カラス●原作:グレアム・グリーン●時間:104分●出演:ジョセフ・コットン/オーソン・ウェルズ/トレヴァー・ハワード/アリダ・ヴァリ●日本公開:1952/09●配給:東和●最初に観た場所:千代田映画劇場→日比谷映画 (84-10-15) (評価:★★★★☆)
「恐怖の報酬」●原題:LE SALAIRE DELA PEUR●制作年:1953年●制作国:フランス●監督・脚本:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー●撮影:アルマン・ティラール●音楽:ジョルジュ・オーリック●原作:ジョルジュ・アルノー●時間:131分●出演:イヴ・モンタン/シャルル・ヴァネル/ヴェラ・クルーゾー/フォルコ・ルリ●日本公開:1954/07●配給:東和●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10) (評価:★★★★)●併映:「死刑台のエレベーター」(ルイ・マル)
「太陽がいっぱい」●原題:PLEIN SOLEIL●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:ルネ・クレマン●製作:ロベール・アキム/レイモン・アキム●脚本:ポール・ジェゴフ/ルネ・クレマン●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:パトリシア・ハイスミス 「才能あるリプレイ氏」●時間:131分●出演:アラン・ドロン/マリー・ラフォレ/モーリス・ロネ/ エルヴィール・ポペスコ/●日本公開:1960/06●配給:新外映●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ (83-02-21) (評価:★★★★)








「デス・トラップ 死の罠」の原作は「死の接吻」「ローズマリーの赤ちゃん」のアイラ・レビンが書いたブロードウェイの大ヒット舞台劇。ドンデン返しの連続は最後まで飽きさせないもので、「スーパーマン」のクリストファー・リーブが演じる劇作家志望のホモ青年も良かったです(この人、意外と演技派俳優だった)。
「ディーバ」は、オペラを愛する18歳の郵便配達夫が、レコードを出さないオペラ歌手のコンサートを密かに録音したことから殺人事件に巻き込まれるというもので、サスペンスでもラブ・ストーリーでもあったのですが、それ以前に、映画全体を通して視覚的・聴覚的に不思議な雰囲気のある作品で、セザール賞の最優秀新人監督作品賞(ジャン=ジャック・ベネックス)のほかに、同賞の撮影賞(フィリップ・ルースロ)、音楽賞(ウラディミール・コスマ)も獲っています。 Jean-Jacques Beineix's "Diva"





「ディーバ」●原題:DIVA●制作年:1981年●制作国:フランス●監督:ジャン=ジャック・ベネックス●製作:イレーヌ・シルベルマン●脚本:ジャン=ジャック・ベネックス/セルジュ・シルベルマン●撮影:フィリップ・ルースロ●音楽:ウラディミール・コスマ●原作:デラコルタ●時間:117分●出演:フレデリック・アンドレイ/ウィルヘルメニア=ウィンギンス・フェルナンデス/リシャール・ボーランジェ/シャンタル・デリュアズ/ジャック・ファブリ/チュイ=アン・リュー●日本公開:1981/12●配給:フランス映画社●最初に観た場所:大井武蔵野舘 (84-06-16) (評価:★★★★)●併映「パッション」(ジャン=リュック・ゴダール)
「私が密かに愛した映画」で「パワー・プレイ」を推した橋本治氏が、「すっごく面白いんだけど、これを見たっていう人間に会ったことがない」とコメントしてますが、見ましたよ。



映画の解釈が深く、第1集では、「禁じられた遊び」で、死の意味もわからないうちに親を失った幼児のする"お葬式ごっご"に「真の死への畏敬」を見い出す点などは、まだオーソドックスな方かも知れませんが、黒澤明の「生きる」で、志村喬より伊藤雄之助のメフィストフェレス的役回りに注目していたり、健さんが出た山田洋次作品の「嘘」を描いて秀逸であるという読み解きも面白く、他にも、娯楽映画なども含め、新たな視点に気づかせてくれる解説が多くあり、映画評論としても第一級のものであるように思えます。
「禁じられた遊び」●原題:JEUX INTERDITS●制作年:1952年●制作国:フランス●監督:ルネ・クレマン●脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ポスト●撮影:ロバート・ジュリアート●音楽:ナルシソ・イエペス●時間:86分●出演:ブリジッド・フォッセー/ジョルジュ・プージュリー/スザンヌ・クールタル/リュシアン・ユベール/ロランヌ・バディー/ジャック・マラン●日本公開:1953/09●配給:東和●最初に観た場所:早稲田松竹 (79-03-06)(評価:★★★★☆)●併映:「鉄道員」(ピエトロ・ジェルミ)

Roy Scheider (1932‐2008)


"おでこのジョン"ことジョン・カザールは「狼たちの午後」での鬱々とした演技が良く(この映画でのチャールズ・ダーニングもいい)、「ディア・ハンター」に起用された際に、彼がガン宣告を受けたため出演させることを渋った製作側に対し、降板に反対するロバート・デ・ニーロらに口説かれ、治療を受けながら演じたという、その「ディア・ハンター」が彼の遺作となりました。


「狼たちの午後」●原題:DOG DAY AFTERNOON●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:マーティン・ブレグマンほか●脚本:フランク・ピアソン●撮影:ジヴィクター・J・ケンパー●時間:125分●出演:アル・パチーノ/ジョン・カザール/チャールズ・ダーニング/クリス・サランドン●日本公開:1976/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:池袋文芸坐 (77-12-14) (評価:★★★★)●併映:「セルピコ」(シドニー・ルメット)
エド・ローターは「ロンゲスト・ヤード」の鬼看守役で、バート・レイノルズと拮抗した演技を見せていましたが(「X‐ファイル」にも出ていた)、この人や「十二人の怒れる男」のリー・J・コップなどは、"脇役"の域を超えているかも。ジャック・ウォーデンも、「十二人」の1人でしたが、「ジャスティス」で判事役をやったほか、「評決」でポール・ニューマンと組む弁護士役をやるなど、裁判絡みの役が結構あったなあと。




Charles Martin Smith


挙げていくとキリがありませんが、脇役から主役級になった人、TVドラマで活躍している人もいるし、映画からテレビに移って役柄のイメージが変わった人もいます。
William Shatner&Candice Bergen in Boston Legal
