2008年12月 Archives

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事件にも女性たちにも人生の虚無を感じさせられるが、それが"悪くない"。

カインの娘たち.jpg 『カインの娘たち (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 ['00年]  カインの娘たち コリン・デクスタ-.jpg 『カインの娘たち (ハヤカワ ポケット ミステリ)』 ['95年]

The Daughters of Cain.jpg オクスフォード大学ウールジー・カレッジの元特別研究員が何者かに刺殺された事件の捜査をモース主任警部は同僚から引き継ぐが、行方不明になっていた最大の容疑者である博物館の係員が、同じく刺殺体となってテムズ河畔で発見され、この係員を殺す動機のあると思われる3人の女性には、堅牢なアリバイがあった―。

 1994年末に発表されたコリン・デクスターの「主任警部モース」シリーズ11作目で(原題は"The Daughters of Cains")、"犯人探し"より"アリバイ崩し"をメインにもってきたような展開が斬新と言えるかも知れません。
 13作シリーズの終わりから3作目で、アルコールとニコチンでモースの体調はますます良くないみたいですが、持ち前の頭脳と勘で、途中大きく方針転換することもなく、時間とともに事件の核心へ近づいていく感じ。
 "The Daughters of Cain" (1994)

 謎解きが好きな人には物足りないかも知れませんが、むしろ波乱が少ない分、随所にある作者特有のペダンティックな味付けや、モースと魅惑的な女性とのやりとりが楽しめます。
 このシリーズ、後のものになればなるほど本格推理一本から人間(人情)ドラマ的な要素が加味されたのに推移していくため、本格推理ファンには初期作品の方が人気があるようですが、個人的には後期のものも好きです。                              

 女性に感情移入しやすいところは相変わらずですが、女性からもモテるなあ、このオジさんは。
 でも、結局最後は、事件に対しても女性たちに対しても、何か人生の虚しさのようなものを感じさせられる印象が残って、この虚無感みたいなものが、実は意外と"悪くない虚無感"というか、人生ってそうなんだよなあ、みたいにしみじみ共感してしまい、その点ではシリーズの後半の持ち味が出ている作品だと思いました。

モース警部シリーズ DVD-BOX.jpg主任警部モース カインの娘たち.jpg テレビ版も観ましたが、娼婦役の女性は自分が抱いていたイメージと違って、原作より知的で洗練されているような感じがし(モースの気持ちが傾くのがわかる気がした)、終わり方も、原作の趣意は変えないまでも、モースがわざと未解決事件にしてしまったみたいな感じでしたが、それはそれで必ずしも悪い後味ではなかったように思えます。
テレビ版「主任警部モース」(カインの娘たち)

 大学内での麻薬使用がモチーフに使われていますが、オクスフォードを舞台に実在の建物や施設を作品に織り込みながらも、オクスフォード大学に「ウールジー・カレッジ」というのは実在しないそうで、やはり、「麻薬」事件の舞台にするのに実名ではマズイと思ったのでしょうか(因みに作者はケンブリッジ大卒)。イギリスでは、大学って昔から麻薬売買の場だったのでしょうかね。
                              
「主任警部モース/カインの娘たち」●原題:INSPECTOR MORSE:THE DAUGHTERS OF CAIN●制作年:1996年●制作国:イギリス●監督:ハーバート・ワイズ●脚本:ジュリアン・ミッチェル●原作:コリン・デクスター●時間:104分●出演:ジョン・ソウ/ケヴィン・ウェイトリー/ジェームズ・グラウト/クレア・ホルマン/ガブリエル・ロイド/フィリス・ローガン/アマンダ・ライアン●日本放映:2001/05 (NHK-BS2)(評価:★★★☆)

モース 英ITV.jpg主任警部モース2.jpg「主任警部モース」Inspector Morth (英ITV 1987~2000)○日本での放映チャネル:NHK-BS2(2001)/ミステリチャンネル(2003~2004)


 【2000年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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英国風ペダンティシズムや気の利いた会話が楽しめるシリーズ中でも佳作と言える作品。

森を抜ける道 デクスター.jpg 森を抜ける道.jpg 『森を抜ける道 (ハヤカワ ポケット ミステリ)』['93年] 森を抜ける道1.jpg 『森を抜ける道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』['98年]

The Way Through the Woods.jpg スウェーデンの美しい娘がオックスフォード近郊で行方不明になったまま1年が経過し、捜査に行き詰った警察本部に、娘の死体が森に埋められていることを暗示するA・オースティンの謎めいた詩が送られてきて、それがタイムズ紙に掲載されたことから、事件に対する様々な見解や推理が新聞社に寄せられる―。

 1992年発表の、コリン・デクスターによる「主任警部モース」シリーズの10作目で(原題は"The Way Through the Woods")、第8作『オックスフォード運河の殺人』('89年)に続いて英国推理作家協会(CWA)賞ゴールド・ダガー賞を受賞した作品であるとともに、『ウッドストック行最終バス』('75年)と『キドリントンから消えた娘』('76年)などの初期作品と並んで、本格推理としてファンの間でも評価が高い作品。

 "The Way Through the Woods" (1992)

 事件は複雑ですが、モースはかなり早い時期からその真相に迫り、それまでの作品にしばしば見られるような、途中でそれまでの推理を根本的に組み立て直すことを迫られるような事態には陥っていないようで、但し読者としては、シャーロック・ホームズにおけるワトソン的役回りである彼の部下のルイス部長刑事と同じように、彼の推理を"推理"しながら読み進んでいくといったところでしょうか。

 コリン・デクスターは、クロスワードパズル作りのチャンピオンとしとしても鳴らしたそうですが、モースの趣味もクロスワードパズルで(そのことがこの作品では生かされている)、加えてワーグナーの音楽を愛し、読書家でもある―これだけだといかにも英国紳士っぽい雰囲気とペダンティックなムードを漂わせた人物ということになりますが、一方で酒と女性をこよなく愛し、仕事中にビールを飲んでばかりいて、署内ではアル中のように思われているし、美しい女性に出会うと淡い恋心を抱いて妄想を膨らまし、また老人っぽい頑固さや気短さを包み隠さず、時にはそれが子供っぽく見える場合もある、そうした人間臭い点に親近感を覚えます。

主任警部モース 森を抜ける道.jpg 本作は、プロットだけではなく、英国風のペダンティシズムや気の利いた会話表現が楽しめるもので、他の殆どの主要作品と同じくテレビドラマ化('95年)もされています。
 むしろ英国では、このシリーズはテレビドラマ化されたことで人気が沸騰した模様で(モース役のジョン・ソウが役にハマっている)、初期作品5作が'87年から'88年にかけて全てドラマ化され、その時点で元ネタとなる小説が不足したせいか、デクスターはテレビ局の要請により'89年から'93年にかけてドラマ用の脚本としても約20話を書いていて、これは最終的なシリーズ本編の数(13作)を上回ることになります。
 テレビ版「主任警部モース」(森を抜ける道)

 '92年発表の本作は、そうした忙しい最中に書かれたものであることを思うと、デクスターの売れっ子ぶりとその力量は推して知るべしといったところでしょうか。
        
 【1998年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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状況設定がシンプルな一方で、トリックは巧妙。本格推理として満足の1冊。

オックスフォード運河の殺 人.jpg 『オックスフォード運河の殺人 (ハヤカワ ポケット ミステリ)』 ['91年] オックスフォード運河の殺人.jpg 『オックスフォード運河の殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 ['96年]

The Wench is Dead.jpg 主任警部モースは不摂生が祟り胃潰瘍にため入院生活を余儀なくされるが、たまたま病院で入手した『オックスフォード運河の殺人』という130年前のヴィクトリア朝時代に起きたある殺人事件と裁判に関する郷土史家の研究書を読むことになり、それは、夫に会いに行くためにオックスフォード運河を船旅中のある女性が荒くれ者の船員に殺され運河に投げ込まれたという事件で、裁判により船員2名が絞首刑になっているというものだったが、モースはその記録を読み進むうちに、彼らは無実の罪で処刑されたのではないかと考えるようになる―。

 1989年発表のコリン・デクスター(Colin Dexter)による、オックスフォード、テムズ・バレイ警察の主任警部モースを主人公とした「主任警部モース」シリーズの第8作(原題:The Wench is Dead)で、2段組ながら200ページとコンパクトですが、一本筋の運河での事件という状況設定がシンプルな一方で、トリックは巧妙で、なかなか密度が濃く、本格推理として満足できる1冊でした。
 "The Wench is Dead" (1989)

 刑事や探偵がベッドや安楽椅子で文献のみを頼りに過去の事件を解くというパターンには、ジョセフィン・テイ女史の歴史ミステリの傑作『時の娘』('51年/早川書房)があり、一方こちらは史実を扱ったものではなく『オックスフォード運河の殺人』という研究書自体がコリン・デクスターの創作なのですが(原題"The Wench is Dead"はテイを意識したのかも知れないが、研究書のタイトルをストレートに持ってきた邦題の方がいいかも)、本書も傑作と言えるのでは(著者は本書により、英国推理作家協会(CWA)賞ゴールド・ダガー賞を初受賞)。

 『時の娘』の事件の舞台は15世紀で、それに比べると1859年の事件というのは比較的"最近"なのかも知れませんが、それにしても130年も遡って、当時の審判をひっくり返してしまうというのはなかなかのもの。
 同じ英国のアリソン・アトリー女史の『時の旅人』('81年/評論社)は16世紀にトリップするタイムトラベル・ファンタジーでしたが、本書での事件の検証場面にもあるように、英国の家って旧いものがよく色々な痕跡を留めているなあと感心しました(130年前の事件の証拠物件を破棄せず、保管しているというのもたいしたもの)。

 アイルランドまで墓を掘り返しに行くなど、やや酔狂が過ぎる気もしないでもないですが、これぞモースの探究心が本領発揮されたものとも言え、ラストのアナグラムは、いかにもクロスワードを得意とするモースらしい(デクスターらしい)ものでした。

 【1996年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ

文体は才気煥発だが、話の展開は巻子の狂気に焦点を絞った方がよかったかも。

乳と卵.jpg 『乳と卵』 (2008/02 文藝春秋) 川上未映子.jpg 川上未映子 氏

 2007(平成19)年下半期・第138回「芥川賞」受賞作。

 東京の下町・三ノ輪の「わたし」のアパートに、姉の巻子が東京で豊胸手術を受けるために、3日間の滞在予定で大阪から娘の緑子を連れて上京してくるが、豊胸手術に賭ける姉の意気込みには並々ならぬものがあり、一方、そんな母に反発して、中学生の緑子は誰とも口をきかず筆談で話をする―。

 結構、期待して読みましたが、文体に限って言えば、まさに才気煥発といったところ。
 改行を少なくし、句点も極力用いず、読点のみで延々と繋ぐ文体は、関西弁だからこそ効果的に成立するのか、野坂昭如、町田康を思わせるものがありますが、そうした系譜であるという決めつけ(?)の枠に捉われないオリジナリティを確立しているように思えました。

 但し、話の展開は、何だか纏まりがないような...。
 「わたし」が2人の親子関係や女性の身体について考えを巡らし(女性は女性で女性の身体を厳しい目でチェックしているのだということがわかり興味深かったが)、緑子は、自らの初潮に慄き、卵子に思いを馳せる―(タイトルを「チチとラン」と読むことに、ここで気づいた)。

 読み進むうちに、言葉を発さない緑子の方が結構まともで、姉の巻子の方が、身体だけでなく人格そのものが崩れているように思えてきて、だったら、芥川選考委員の選考委員の小川洋子氏が言うように、巻子の狂気に焦点を絞った方がよかったかも。

 母と娘の卵(タマゴ)のぶつけ合いは壮絶な"愁嘆場"で、やや芝居がかっている感じがし、女性性(ラン)の暗喩としてわかり易すぎる感じもしました。
 だから逆に、石原慎太郎氏のような、「乳房のメタファとしての意味が伝わってこない」という意見も出てくるのではないでしょうか。

 石原氏は、川上弘美氏の芥川賞受賞作『蛇を踏む』の時も、「蛇がいったい何のメタファなのかさっぱりわからない」「こんな代物が歴史ある文学賞を受けてしまうというところに、今日の日本文学の衰弱が窺える」と言っていましたが、たまにこの人の言うことに共感することもあります(「蛇」については自分も同意見)。
 でも、その言われた川上弘美氏も今や芥川賞選考委員になっているわけで、実力があるから賞を獲るのか、賞が実力作家を作るのか―。
 因みに、川上弘美氏はこの作品を「緑子のその後に興味がひかれる」ということで、まあまあ評価していたようです。

 【2010年文庫化[文春文庫]】

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老若男女のWデート? 春夏秋冬に合わせての起承転結。取り立てて欠点の無い作品。

ひとり日和.jpg 『ひとり日和』 (2007/02 河出書房新社) ひとり日和 大活字.jpg ひとり日和 大活字 下.jpg 『ひとり日和〈上〉 (大活字文庫)』 『ひとり日和〈下〉 (大活字文庫)』 (2007/10 大活字) 

 2006(平成18)年下半期・第136回「芥川賞」受賞作。

 20歳の私(知寿)は、親戚の71歳の吟子さんの家に居候することになった。駅が見える平屋での生活の中、彼氏と別れた私はキオスクで働き、今度は駅員の藤田君という男性に恋をして、一方、吟子さんは吟子さんで同年代のホースケさんという男性と淡々とした恋をしている―。

 あまり期待してなかったためか、予想以上の出来。
 最初のうちは知寿自身のありきたりの恋の話でアクビが出かかりましたが、70代の吟子さんの恋の話が始まって興味を引かれ、いつの間にか70代カップルと20代カップルのダブルデートみたいな状況(庭で花火をするだけだが)になっており、そこに至るまでが極めて自然に描かれていて、「こんなの、ないよ」と思わせる部分が殆ど無かったです。

 年の離れた女性同士で、時に張り合っているようにも見え、化粧水を勝手に使った使っていないとかでもめたりしているのも、何となくユーモラス。
 春夏秋冬に合わせて起承転結がカッチリあって、構成上もまずまず。
 主人公にそれほど魅力があるわけではないけれど、読んでいて厭な気分にもならないし、何か強いインパクトがあるわけではないけれど、取り立てて欠点も無い作品と言えるのでは。

 芥川賞選考委員会では、石原慎太郎、村上龍両氏が強く推挙し、他の委員も池澤夏樹氏を除いてあまり否定的な意見を述べる人はいなかったようですが、村上氏の言う「ヒロインは最後に自らをどこかで肯定し、外へ向かう。嘘のない自立を描いた、稀有な作品」という賛辞に触れると、果たしてそこまで響くものがあったかなあ、ちょっと褒めすぎではないかとは思いましたが。

 【2010年文庫化[河出文庫]】

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大人の男女3人の宝探し。甘いけれど許せる甘さの"青春映画"。

冒険者たち.jpg 冒険者たち2.jpg      冒険者たち1.jpg 予告編
冒険者たち [DVD]」         
Lino Ventura,Alain Delon,Joanna Shimkus in "LES AVENTURIERS"
LES AVENTURIERS.jpg パリ郊外の飛行クラブでインストラクターをしているパイロットのマヌー(アラン・ドロン)と新型エンジンの開発に熱中する元エンジニアのローラン(リノ・ヴァンチュラ)のもとに、芸術家の卵である前衛彫刻家レティシア(ジョアンナ・シムカス)が現れ、2人とも彼女に恋心を抱くが、やがて3人はアフリカの海底に5億フランの財宝が眠っているとの話を聞き、共にコンゴの海に旅立つことに―。

 大の大人3人が宝探しをするという、何だか甘い青春ドラマみたいな設定なのですが、ジョゼ・ジョヴァンニの原作を大幅に脚色したロベール・アンリコ監督の演出が巧みで、話のテンポも良く、この中では一番おっさん臭いリノ・ヴァンチュラ(当時48歳)の演技さえも許せてしまうものでした(この人、刑事役とかが十八番なのだが)。

Joanna Shimkus.jpg やはり、ちょっと胴長のジョアンナ・シムカス(当時24歳)の明るさが効いていて、周囲を巻き込んでしまう―それだけに、彼女が演じるレティシアが亡くなってしまうのが哀しく、そこから本来のリノ・ヴァンチュラとアラン・ドロン(当時32歳)の哀愁を帯びたギャング映画みたいなトーンになるといったところでしょうか。

 それでも、この映画は最後まで映像的には光に満ちているように思え、最後の方に出てくる銃撃戦の舞台となる軍艦みたいな島も良かったです。

 アラン・ドロンを軸に見れば「太陽がいっぱい」系の雰囲気かとも思えますが、結末から逆算的に見ると、リノ・ヴァンチュラの視点での物語ということになるのかも(アラン・ドロンというのは常に「見られる側」の存在であって、「見る側」にはならないような気がする)。
冒険者たち 1977年公開時チラシ.jpg リノ・ヴァンチュラ(1919-1987)は、俳優になる前はレスリングのヨーロッパ・チャンピオンだったそうですが、この映画での彼は、最近の俳優で言うと、ジャン・レノなどに通じるものがあるなあと勝手に思ったりしました。

 ドロンの歌うテーマ曲「愛しのレティシア」は、口笛の伴奏がホンダシビックのCFなどで使われましたが、サワリの部分を聞くだけで、レティシアを水葬に付す場面など、映画の様々なシーンが甦ってきます。


ロベール・アンリコ(Robert Enrico).jpg「冒険者たち」●原題:LES AVENTURIERS●制作年:1967年●制作国:フランス●監督:ロベール・アンリコ●脚本:ロベール・アンリコほか●撮影:ジャン・ボフティ●音楽:フランソワ・ド・ルーベ●原作:ジョゼ・ジョヴァンニ「生き残った者の掟」●時間:112分●出演:アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/ジョアンナ・シムカス●日本公開:1967/05●配給:大映●最初に観た場所:有楽町・ニュー東宝シネマ1(77-11-24)●2回目:テアトル池袋(84-11-11) (評価:★★★★) ●併映(2回目):「カリブの熱い夜」(テイラー・ハックフォード)

ロベール・アンリコ(Robert Enrico)

「冒険者たち」 パンフレット 1977年/1989年
冒険者たち 1977.png  冒険者たち 1989.png

ニュートーキョービル.jpgテアトル池袋.jpgニュー東宝シネマ1 1957年5月5日、有楽町ニュートーキョービル3Fに「ニュー東宝シネマ」オープン。1972年5月~「ニュー東宝シネマ1」、2005年4月~新生「有楽座」、2009年2月10日~「TOHOシネマズ有楽座」

テアトル池袋  1956年南池袋1丁目にオープン、1981年池袋駅東口前に移転、2006(平成18)年8月31日閉館

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一度観たら脳裏に焼き付き消えることのない神秘的かつ抒情的な映像美。

鏡.jpg 「鏡 [DVD]」 鏡 dvd.jpg 「鏡【デジタル完全復元版】 [DVD]

アンドレイ・タルコフスキー/鏡.jpg 私の夢に現われる母。それは、40数年前に私が生まれた祖父の家。うっそうと茂る立木に囲まれた家の中で、母は、盥に水を入れ、髪を洗っている。鏡に映った、水に滴る母の長い髪が揺れている。あれは1935年田舎の干し草置場で火事があった日のこと。その年から父は家からいなくなった―。(「タルコフスキー映画祭」チラシより)

 日本公開時チラシ(1980)

鏡2.jpg '75年に作られたこの作品は、アンドレイ・タルコフスキー監督(1932‐1986)の自伝的映像詩と言えるもので、映画は作者である"私"自身の語りと共に進行し、作者が胸に秘めた母への思いや、別れた妻や息子との間に織りなされる感情の綾を意織下の過去と現実を交錯させながら浮かびあがらせています(実際のナレーションは名優インノケンティ・スモクトゥノフスキーが担当している)。 

鏡5.jpg鏡4.jpg 夢のシーンが多くあるため映像が神秘的であり、それでいて、現実にあった出来事も含まれ、それらが自然に溶け合い、母親や別れた家族への想いが作者の悔恨の情と共に切々と伝わってきます。
 鏡に映る濡れた髪の母親の映像は圧巻で、風にそよぐ木立や草叢の映像も心象に呼応していて印象深いものでしたが、一度観たら脳裏に焼き付き消えることのないあれらのシーンを、カメラマンはどうやって撮ったのか不思議。

鏡3.jpg鏡1.jpg 少年(子供の頃の作者)が見る夢などの超常的なシーンは「惑星ソラリス」('72年)を想起させ、水を映したが映像が多い点では「ストーカー」('79年)を、火事のシーンは「サクリファイス」('86年)を想起させますが、それらの作品が、そのテーマが大きさのため観る者に相当の想像力を要求しているようにも思えるのに対し(特に「ストーカー」と「サクリファイス」は状況設定と実際の映像にギャップがあり、個人的には観ていて疲れた)、この「鏡」は、作者の母親や妻をモチーフにしていることもあって、しっくりと、また、しみじみと心に響きました。
 タルコフスキーは黒澤明と溝口健二に傾倒していたということですが、この作品には日本映画っぽいウェットな面もあるような気がします。

 監督の父親で有名な詩人であるというアルセニー・タルコフスキーの詩がナレーションに含まれていますが、内容的には圧倒的に母親に対するオマージュに満ちていると思え、男は往々にして、亡き母親に対して悔恨の情を抱いて生きるのかも知れないとも思いました。
 この作品にも、過去の戦争の記録映像など"ソ連"の歴史を物語るものが断片的に挿入されてはいますが、やはり、作品的には、叙事詩と言うより鮮烈な叙情(抒情)詩と言えるものではないかと思います。それも、超一級の。

「鏡」●原題:ZERKALO●制作年:1975年●制作国:ソ連●監督:アンドレイ・タルコフスキー●脚本:アレクサンドル・ミシャーリン/アンドレイ・タルコフスキー●撮影:ゲオルギー・レルベルグ●音楽:エドゥアルド・アルテミエフ●挿入詩:アルセニー・タルコフスキー●時間:108分●出演:マルガリータ・テレホワ/オレーグ・ヤンコフスキー/イグナト・ダニルツェフ/フィリップ・ヤンコフスキー/アナトーリー・ソロニーツィン●日本公開:1980/06●配給:日本海映画●最初に観た場所:岩波ホール (80-07-03) (評価:★★★★★
岩波ホール.gif 岩波ホール 1968年2月9日オープン、1972年2月12日、エキプ・ド・シネマスタート(以後、主に映画館として利用される)

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虚構と現実の交錯と奇抜なオープニング。W・ホールデンの実生活での死を想起した。

サンセット大通り.jpgサンセット大通り [DVD]」 Movie Poster of Sunset Boulevard (1950).jpg Movie Poster of Sunset Boulevard (1950)

Gloria Swanson/William Holden
SUNSET BOULEVARD2.jpg 売れないハリウッドの脚本家ジョーは借金取りから逃れる途中サンセット大通りの荒れた邸宅に迷い込むが、そこには、サイレント時代の大物ハリウッド女優ノーマが執事と2人で住んでいた。映画界へのカムバックを図るノーマは、自ら書いた脚本の手直しをジョーに依頼し、彼を住み込ませて仕事をさせるが、2人の関係はやがて仕事を超えたものとなり、自分を独占しようとするノーマに嫌気がさしたジョーは屋敷を出て行こうとする―。

 ビリー・ワイルダー(1906-2002/享年95)監督が、往年のスター女優の狂気とそれに翻弄されるジゴロのような立場の男を描いた作品ですが、落ちぶれた今も再起を夢見る元女優を、グロリア・スワンソンが鬼気迫る演技でみせていて、彼女は実際この時61歳で既に落ち目女優だったそうで、よく引き受けたなあ、この役を(役の候補は二転三転し、スワンソンも最初は断ったそうだが)。
                         
Erich von Stroheim/Buster Keaton   
SUNSET BOULEVARD  Erich von Stroheim.jpgSUNSET BOULEVARD  Buster Keaton.jpg グロリア・スワンソンに限らず、サイレント時代の名優が多く出ているのがこの作品の特徴で、執事役のエーリッヒ・フォン・シュトロハイムもそうだし、更にはノーマ邸でトランプゲームに興じる「かつての大物俳優達」も、喜劇王バスター・キートンをはじめ皆サイレント映画時代のスター達がカメオ出演しています。

サンセット大通り 1シーン.jpg この映画のオープニングは、最初はモルグ(死体置き場)で死体同士が、自分が死んだ経緯を語り合うというシュールなものが用意されていたそうですが、プールにうつ伏せに浮かんだ主人公ジョーの死体のモノローグから始まるというのもやはり奇抜だと思いました。

 往年のスターを起用することで虚構と現実を交えている点が作品の妙ですが、モンゴメリー・クリフト、ジーン・ケリーが断ったためにジョー役に抜擢された当時無名のウィリアム・ホールデンは、この作品で一躍名を馳すも、後にアルコール依存症となり、'88年、自宅で転倒して頭を切って血の海にうつ伏せになって死んでいるのを死後数日経ってから発見されていて、個人的にはそのことが冒頭のシーンとダブり、何か因縁めいたものを感じなくもありませんでした。

「銀座文化/シネスイッチ銀座」(1987-1997)
銀座文化・シネスイッチ銀座.jpg 「サンセット大通り」●原題:SUNSET BOULEVARD●制作年:1950年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:チャールズ・ブラケット●音楽:フランツ・ワックスマン●時間:110分●出演:グロリア・スワンソン/ウィリアム・ホールデン/エリッヒ・フォン・シュトロハイム:マックス/バスター・キートン/ナンシー・オルソン●日本公開:1951/10●配給:セントラル●最初に観た場所:銀座文化 (88-12-12) (評価:★★★★)

 銀座文化 (60年代「銀座文化劇場/銀座ニュー文化」、70年代「銀座文化1・銀座文化2」、1987年〜「銀座文化/シネスイッチ銀座」、1997年〜「シネスイッチ銀座1・シネスイッチ銀座2」) 

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ボギーとバコールの会話が気持ちよく噛み合っている作品(脚本自体が良く出来ていた?)

脱出2.jpg 「脱出 特別版 [DVD]」 脱出.jpg 米国公開示ポスター 私一人.jpg ローレン・バコール 『私一人』  ['87年/文藝春秋]

脱出3.jpg カリブ海にある仏領マルチニック群島のある島で観光用チャーター・ボートの船長をしているハリー(ハンフリー・ボガード)は、ホテル歌手のマリー(ローレン・バコール)に彼女がアメリカへ帰るための金を渡すため、レジスタンスのリーダーを逃がす仕事を請け負うが、ハリーが密航を幇助したと考えた島の警察が彼の仲間を拉致して拷問したことを知り、怒りを爆発させる―。

To Have and Have Not.jpg アーネスト・ヘミングウェイが1937年に発表した小説『持つことと持たざること(To Have & Have Not)』が原作で(脚本は、同じくノーベル賞作家のウィリアム・フォークナー)、ヘミングウェイは1926年発表の『日はまた昇る』以降、より正確には1927年刊行の『男だけの世界』から、その短編集のタイトル通りマチズムの傾向を強めていますが、この作品もその例に漏れるものではなく、一方で、この『持つことと持たざること』というタイトルは主に「貧富の差」のことを言っており、彼の作品に社会的傾向が最も見られた時期のものでもあります。

Hemingway, Ernest. To Have and Have Not (New York : Charles Scribner's Sons, 1937)

Tohaveandhavenot.jpg 原作の舞台はキーウエストやキューバになっており、それが仏領マルチニックに変えられたとしても、第2次世界大戦(ビシー政権下)の話なので仏領の島にドイツ傀儡政府の手先がいてもおかしくないのですが(この映画の制作年は1944年)、原作の社会的色合いは後退し、ハンフリー・ボガードの男気、乃至は、ローレン・バコールとのロマンスが前面に出ています。
 「持つと、持たざると」の目的語は「富・財産」から「勇気」に置き換えられている(?)感じで、これはフォークナーの意向というより、彼に脚本を依頼したハワード・ホークスの意向に違いないと、個人的には推測しています。

bacall.jpg この映画での共演を機に2人は結婚し、その結婚生活はボギーの死まで続きますが、考えてみれば、雑誌のカバーガールからスカウトされたローレン・バコールは、この作品がメジャー作品初出演だった(公開示のポスターでは下隅に小さく名前があるだけ)―それにしては、スクリーン上の彼女は貫禄充分と言うか、25歳年上のボギーと堂々と渡り合っているように見えました。
 しかし、1979年に刊行された自伝『ローレン・バコール/私一人』('84年/文芸春秋)の中では、撮影の時にはいつもがちがちに緊張しまくっていていたことを告白しています。
 2人の会話が気持ちよく噛み合っている作品でしたが、やはり、フォークナーの脚本自体が良く出来ていたというのもあるのかなあ。

脱出 輸入版ビデオジャケット.jpg脱出 輸入版ビデオジャケット2.jpg 『ローレン・バコール/私一人』によれば、ボギーが亡くなるその朝、出かける妻ローレン・バコールに声をかけた「バイバイ、キッド」が彼からの最後の"別れの言葉"になったそうですが、これは「脱出」でバコールが演じた歌手マリーの愛称だったとか。

「脱出」●原題:TO HAVE AND HAVE NOT●制作年:1944年●制作国:アメリカ●監督・製作:ハワード・ホークス●脚本:ウィリアム・フォークナー●撮影:シド・ヒコックス●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:アーネスト・ヘミングウェイ●時間:101分●出演:ハンフリー・ボガート/ローレン・バコール/ウォルター・ブレナン/マルセル・ダリオ/ドロレス・モラン/ホーギー・カーマイケル/ダン・セイモア/シェルドン・レナード●日本公開:1947/11●配給:セントラル●最初に観た場所:三百人劇場 (89-03-14)●2回目:歌舞伎町ーア2 (89-04-08) (評価:★★★★)

新宿ト―ア.jpg歌舞伎町トーア2 歌舞伎町・第二東亜開館(歌舞伎町東映、1996年1月~新宿トーア)上の歌舞伎町日活を「歌舞伎町トーア1・2」に分割 1990年代半ばに閉館 (新宿トーアは2009(平成21)年4月17日閉館)

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途中までヒューマニズム溢れるものだったが、ラストが解せない「フリークス」。

フリークス dvd.jpg フリークス.jpg 「フリークス [DVD]フリークス ポスター.jpg ポスター

フリークス 輸入版.jpg サーカス小屋の小人のハンスは、空中ブランコ乗りのクレオパトラに夢中だが、彼女は気のある振りをして彼を弄んでいるだけで、ところがある日ハンスが莫大な遺産を相続したことがわかると、今度は、強欲な彼女は怪力男ヘラクレスと謀ってハンスを騙して結婚し、彼を殺して財産を奪おうと毒を盛る。しかし、ハンスの仲間達がそれを見破り、ハンスは仲間達と共に2人への復讐に立ち上がる―。

フリークス2.jpg フリーク(畸形)のオンパレードで、シャム双生児、ガリガリの「生きる屍」男、髭女、半陰陽(ふたなり)、鳥のような顔をした男、小頭症の姉妹、下半身のない男、手足がない男...etc.と次から次へと出てきて、この作品はアートシアター新宿(ジュク)の定番プログラムだったのですが、近所の花園神社の大酉祭の見世物小屋の(ここで"牛女"と"蛇女"なるものを見たことがあるが)レベルどころではない。
 ロードにはかからない作品だと思っていましたが、'05年に渋谷シネマライズ(ライズX)で単館ながら上映されました(30年ぶりのロード上映とのこと)。

 ヨーロッパ映画だと、フェデリコ・フェリーニ「サテリコン」('69年/伊)フォルカー・シュレンドルフ「ブリキの太鼓」('79年/西独・仏)といった映画においても畸形や小人が出てくるけれども、アメリカ映画では、こうした人たちをスクリーンに登場させなくなって久しいようです。

 最初は不気味さもありますが、そうした見世物小屋でしか生きる術の無いような人たちを、この映画の監督は非常に温かい眼差しで描いているように思え、ヒューマニズム溢れるものであり、最後にハンスが仲間たちと復讐に立ち上がる場面では、観ていて「よし、行け」という気持ちになるまで感情移入させられていました。

「エレファント・マン」 パンフ/ポスター
エレファント・マン3.jpgエレファント・マン ポスター.jpgエレファント・マン2.jpg デヴィッド・リンチ「エレファント・マン」('80年/英)を観た時も、最後は大いに感動しました。
 しかし、「エレファント・マン」は見方によっては、ヒューマニズムを装いながらもその裏側で、人々の怖いもの見たさの俗物心理を暴いてみせているような感じもあり、何となくスッキリしない...。
 「お化け屋敷」に行く時のような"期待感"で映画館に行った人も少なからずいたように思え、デヴィッド・リンチはその部分での観客の期待にも応えようとしていたような気がします(実際、十分に応えていた)。
 その点では、この映画でのトッド・ブラウニングの畸形に対する温かい眼差しは、むしろ対照的かも。

 この作品の監督であるトッド・ブラウニング(1880‐1962)は、映画の世界に入る前はサーカス小屋の呼び込みをしていたそうですが、この作品では徹底して畸形を擁護しています。
 そして、畸形たちが結束して立ち上がった結果、ヘラクレスが畸形たちに殺されるばかりでなく、クレオパトラに至っては、不具にされて「ガチョウ女」として見世物小屋に売られてしまうというエンディングをもってきています。

 ここまでやるかという感じもしなくもないですが、クリス・ウェイラスの「ザ・フライ2/二世誕生」('89年/米・英・カナダ)で、ハエ男の遺伝子を引く主人公を「実験標本」として育てていた研究所長が、主人公の復讐に遭い、最後に主人公がハエ男から人間の姿に戻るのと引き換えに所長は醜い生き物に姿を変えられてしまうという結末が、この作品のエンディングとちょっと似ているなあと思いました。

 但し、人を外見で判断してはいけないというのがトッド・ブラウニングの言いたかったことだったとしたら、勧善懲悪のカタルシスのみを狙ったようなこのエンディングは、本来の彼の考えに沿ったものとは思われず、いささか解せません(MGMのプロデューサー側からの圧力で、こうした結末にせざるを得なかったという話もある)。
 深読みすれば、「ガチョウ女」になったクレオパトラを見て、自分でなくて良かったと思わなかったかを観客に問うているともとれるのですが...。

ピンクフラミンゴ/フリークス.png「フリ-クス 神の子ら (怪物団)」●原題:FREAKS●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督・製作:トッド・ブラウニング●製作:MGMスタジオ●脚本:ウィリス・ゴールドベック/レオン・ゴードン/エドガー・アラン・ウルフ/アル・ボーアズバーグ●撮影:メリット・B・ゲルスタッド●原作:トッド・ロビンズ●時間:100分●出演:ハリー・アールズ/オルガ・バクラーナ/ハーリー・アールズ/ヘンリー・ヴィクター●日本公開:1932/11●最初に観た場所:アートシアター新宿 (84-08-01) (評価★★★)●併映:「ピンク・フラミンゴ」(ジョン・ウォーターズ)
アートシアター新宿 (新宿厚生年金会館付近。1980年より黙壺子フィルム・アーカイブの活動拠点) 1980年代後半に活動停止

「エレファント・マン」●原題:THE ELEPHANT MAN●制作年:1980年●制作国:イギリス●監督: デヴィッド・リンチ●製作:ジョナサン・サンガー●脚色:クリストファー・デヴォア/エリック・バーグレン/デヴィッド・リンチ●撮影:フレディ・フランシス●音楽:ジョン・モリス●時間:124分●出演:ジョン・ハート/アンソニー・ホプキンス/ジョン・ギールグッド/アン・バンクロフト●日本公開:1981/05●配給:東宝東和●最初に観た場所:不明 (82-10-04)(評価:★★★☆)

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人間の強欲を皮肉をこめて描く、完璧主義者シュトロハイムらしい作品(オリジナルは9時間半)。

グリード.jpg greed 1.jpg 「グリード [DVD]」 Erich von Stroheim.bmp Erich von Stroheim

 サンフランシスコでヤミ歯科医をしている主人公マクティーグは、友人マーカスの恋人トリーナに横恋慕し、マーカスから彼女を譲って貰って妻にしたのだが、そのトリーナがある日5千ドルの宝くじを当てたため、マーカスはこれを妬んでマクティーグが無許可医であることを告発、一方、トリーナは5千ドルを守ろうと極端に倹約に走り、失職したマクティーグは妻のそうした態度に我慢できずに彼女を殺して金を奪い死の谷へ逃走。それを追うマーカスと灼熱の谷で5千ドルを奪い合う―。

 人間の強欲さ(greed)を描いた作品で、何だか、「三つの願い」を叶えて貰えることになった欲の張った夫婦が欲にかまけてそのチャンスを全て無駄にしてしまうという昔話を思い出しましたが、フランク・ノリスの原作小説『マクティーグ』は実話に基づいているとのこと。

greed 2.jpg 最後の男2人の死の谷での死闘は、モノクロ画面のお陰で却って灼熱感があり壮絶で、その後の「莫大な金はあっても一杯の水が無い」という "落ち"は確かに皮肉が効いていますが、映画全体としてはむしろ、大金を手にしたトリーナが、それを無駄遣いしてはならない思いから、いつの間にか常軌を逸した吝嗇家になっていく様の方が印象的で、こっちの方が人間心理の怖さを表しているかも知れないと感じました(この監督は女性をシニカルに描く傾向にある?)。

 完璧主義者エーリッヒ・フォン・シュトロハイム(Erich Von Stroheim、1885‐1957)監督の長編サレント映画作品はどれも途方もない長編で、現存しているのはすべて極端に短縮されているものばかりであり、この作品も、完成時は9時間半あったそうですが、知人宅で8mmフィルムで観たものは約100分の短縮版で、どうしても話が飛び飛びになってしまうきらいはありました(一般向けにビデオ化、DVD化されているものも、同じく短縮版)。

 シュトロハイムはスタジオセットを用いずオール・ロケでこの映画を撮っていますが、死の谷の場面の撮影では、暑さに耐えかねて体調を悪くするスタッフが続出し、死人も出たというから、スゴイ、そこまでやるかという感じ。
 その他にも、無声映画なのに出演者に台詞を全部暗記させたとか、この映画のために自宅や自家用車を抵当に入れたとか、完璧主義者らしい逸話に事欠かない作品ですが、如何せん長すぎて、映画会社上層部の意向でどんどん短縮編集されていったのは彼にとって気の毒(但し、9時間半全部を観たいかというと、個人的にもさすがにそんな気は起きないのだが)。

 こうした仕打ちに嫌気がさしたのかどうかは知りませんが、1920年代には監督としてのキャリアに終止符を打ち、俳優として活躍。ジャン・ルノワールの「大いなる幻影」('37年)の貴族出身のドイツ将校役、ビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」('50年)の執事役の名優ぶりはよく知られているところです。

「グリード」●原題:GREED●制作年:1924年●制作国:アメリカ●監督:エーリッヒ・フォン・シュトロハイム●製作:MGMスタジオ●製作総指揮:ルイス・B・メイヤー●脚本:エーリッヒ・フォン・シュトロハイム/ジューン・メイシス●撮影:ベン・F・レイノルズ/ウィリアム・ダニエルズ●原作:フランク・ノリス「マクティーグ」●時間:100分●出演:ギブソン・ゴウランド/ザス・ピッツ/ジーン・ハーショルト●日本公開:1926/11●最初に観た場所:杉本保男氏邸 (80-12-27) (評価★★★☆)

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「キートン・ライズ・アゲイン」で、レール・テクニックが彼の体の染み付いたものであったことを思い知った。

世界名作映画全集 99 キートンの大列車追跡.jpg  Buster Keaton.jpg 「世界名作映画全集99 キートンの大列車追跡 [DVD]

THE GENERAL  Buster Keaton.jpg 南北戦争を舞台にした機関車追跡劇で、キートンが機関士を務める蒸気機関車の名前が「将軍(General)」。愛する機関車を北軍に奪われ、彼は別の機関車で追走するが、その奪われた機関車には彼の恋人も乗っていた―。
 キートン黄金期の代表作で、その後「キートンの大列車追跡」という邦題になっていますが、その方が内容には沿ったタイトルと言えるかも。

 最後の方で本物の機関車を鉄橋ごと川に落下させるシーンがあり、この場面だけで映画作成予算の大半を使っているとのことです。
 そうしたスケールの大きさもさることながら、とにかく、機関車の線路の切り替えのテクニックを使ったアクション描写が巧みな映画でした。

Railrodder & Buster Keaton Rides Again.jpg キートンは、MGM解雇、離婚やアルコール中毒などによる没落期を経て、50代半ば頃から映画界に復帰しましたが(「サンセット大通り」('50年)に"かつての大物俳優"役で出演している)、晩年にも「線路工夫(The Railrodder)」('65年/カナダ、ジェラルド・ポタートン監督)という、トロッコを使った同趣の(つまり"レール・テクニック"を前面に押し出した)小品を撮って、自らスタント・アクションっぽいこともやっていれば、しっかり笑いもとっています。

 「線路工夫」もさることながら、そのメイキング・ムービーである「キートン・ライズ・アゲイン」('65年/カナダ)というのが興味深く、70歳に間近いキートンが、自ら線路の切り替えテクニックの指導をし、しばしばとり憑かれたように自分で機械の調整や操作をしています。  この記録映画の中で老優の日常の生活ぶりも紹介されていますが、個人的には、「線路工夫」の撮影の様子が、失った何かを取り戻そうとしている老人に見えて、切ないような印象も。  "Buster Keaton Rides Again / The Railrodder "(輸入版)

 彼が亡くなる1年前の映像ですが、老優の映画と機関車への執着を感じさせるとともに、「将軍」におけるレール・テクニックが彼の体の真底に染み付いたものであったことを、改めて思い知りました。

「キートンの大列車強盗 (将軍)」●原題:THE GENERAL●制作年:1926年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/クライド・ブラックマン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:デヴラクス・ジェニングス/バート・ヘインズ●音楽:コンラッド・エルファース●時間:106分●出演:バスター・キートン/マリオン・マック/グレン・キャベンダー/チャールズ・スミス●日本公開:1926/12●配給:東和●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)(評価:★★★★)●併映:「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」(バスター・キートン)/「線路工夫」(ジェラルド・ポタートン)

「キートン・ライズ・アゲイン」●原題:BUSTER KEATON RIDES AGAIN●制作年:1965年●制作国:カナダ●監督・撮影:ジョン・スポットン●製作:ジュリアン・ビッグス/ナショナル・フィルム・ボード・オブ・カナダ作品●出演:バスター・キートン/エレノア・キートン/ジェラルド・ポタートン●日本公開:1980/02●配給:有楽シネマ●最初に観た場所:アートシアター新宿 (84-05-27)(評価:★★★☆)●記録映画

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キートン映画では、面白さ、スリル、スピードともこの作品が一番だと思う。

 キートンのセブン・チャンス チラシ.jpg 1973年リバイバル公開時ポスター

SEVEN CHANCES  Buster Keaton.jpg キートン演じる破産寸前の青年実業家のもとにある日見知らぬ弁護士が訪れ、27歳の誕生日の午後7時までに結婚すれば700万ドルの遺産が彼に与えられるという親戚の遺言書を示すが、その誕生日というのは何と今日だった! 彼の"想い娘"は金目当ての結婚は嫌だと言い、仕方なく新聞にその旨の「花嫁募集」広告を出したところ、7000人もの花嫁候補に追われる羽目になる―。

 ということで、"7並び"から「セブン・チャンス」というタイトルになるわけですが、日本公開時のタイトルは「キートンの栃面棒」で、"栃面棒"というのは"栃の実"で作る栃麺という蕎麦の類をこねる棒のことで、転じて「面食らう」ことらしいですが、当時の日本では一般的に使われていたのかなあ、こんな言葉が。

セブン・チャンス.jpg キートンがウェディング・ドレスを着た大勢の花嫁候補に追いかけられるシーンは、彼のスラップスティック・コメディの真骨頂ですが、それ以上にスゴイのが、丘陵地に差し掛かったところで、花嫁が岩に転じたのかどうかよくわからないけれども、ゴロゴロ転がり落ちてくる無数の巨大岩石(全部で1500個)を彼がよけるシーンで、コメディとしてもそうですが、それ以上にアクション映画としてスゴイ!
 転がってくる無数の岩を次々とかわす場面などはシュールでもあり、一度見ておいて損は無いです。

 キートン映画では、面白さ、スリル、スピードともこの作品が一番だと思いますが、チャップリンのように"感動することを迫られる"ようなウェット感も無く、ただただ驚き笑えるという点では、この岩石落しのシーンも含め、スラップスティック・コメディの傑作と言えるでしょう。

キートンのセブン・チャンス.jpg キートンのセブン・チャンス/キートンの蒸気船(1973).jpg 「キートンのセブン・チャンス [DVD]
「キートンのセブン・チャンス/キートンの蒸気船」 (1973年公開時チラシ)

「キートンのセブンチャンス(栃面棒)」●原題:SEVEN CHANCES●制作年:1925年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本: ジーン・ハヴェッツ/クライド・ブラックマン/ジョセフ・ミッチェル●撮影:エルジン・レスリー●音楽:ロバート・イズラエル●原作:ロイ・クーパー・メグルー●時間:57分●出演:バスター・キートン/ロイ・バーンズ/ルース・ドワイヤー/フランキー・レイモンド●日本公開:1926年●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-16)(評価:★★★★)●併映:「キートンの蒸気船(船長)」(バスター・キートン)

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徳川無声に弁士としてついて欲しかったところ。

狂った一頁/十字路.jpg 狂った一頁/十字路(パンフレット).jpg 岩波ホール公開時ポスター・パンフレット (1975) 狂った一頁0.jpg

狂った一頁1.jpg 川端康成や横光利一ら、当時「新感覚派」と呼ばれた若い才人たちが脚本に参加して生みだした実験的無声映画。
 主人公の元船乗りの男は、かつて自分のせいで妻を追い詰めて狂人にしてしまったことに対する自責の念から、今は妻の入院する精神病院の小間使いをしているのだが、そこに玉の輿の結婚話を控えた娘がやって来て、母親が狂人であるために結婚できないと言う。小間使いは妻を精神病院から逃がそうとするが失敗する―。

 というのが話の前段部なのですが、冒頭からいきなり踊り狂う女性の断片的なモンタージュが入り、無声映画なのに字幕も無く、しかも、主人公の空想の場面と現実の場面が錯綜するので、筋自体はわかりにくく、「ACTミニシアター」のスタッフの解説がなければ何のことやらという感じ(このミニシアターでは、黒澤明の「羅生門」上映時にも、ドナルド・リチーによる読み解きをスタッフが解説してくれた)。

狂った一頁2.jpg 主人公の小間使いは宝くじで一等賞を獲った空想し、また、娘の結婚式を空想する。そして、最後に患者たちがオタフクのお面をつけることを空想する―(これは、主人公の空想だと思うが...。公開時には徳川無声などが弁士としてついて、この辺りの解説をしたらしい。別録りされていないのかなあ)。

「狂った一頁」●制作年:1926年●監督:衣笠貞之助●脚本:川端康成/横光利一ほか●撮影:杉山公平●原作:川端康成●時間:84分●出演:井上正夫/中川芳江/飯島綾子/根本弘/関操/南栄子●公開:1926/09●配給:衣笠映画連盟(新感覚派映画連盟)●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-10-28)(評価:★★★?)●併映:「十字路」(衣笠貞之助)

マラー/サド2.jpg 精神病院という限定された状況設定は、ピーター・ブルック監督の「マラー/サド」('67年/英)とちょっと似ているなあと思いました(正式邦題は「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」という長いもの。原題もギネスに世界最長大映画タイトルとして登録されている)。

 「マラー/サド」の舞台は19世紀はじめのフランスの精神病院で、ここでは治療の一環として演劇がプログラムに採り入れられており、そこへ収監されていたサド侯爵(1740-1814)が、フランス革命で活躍し後に暗殺されたマラーのドラマを患者達を使って演出するというもの(マルキ・ド・サド自身はナポレオン体制下に筆禍を招き、死ぬまでシャラントン精神病院に監禁されていた)。
 檻に入れられた患者たちが、看守により度々中断させられながらも演じる劇は、異様な雰囲気と張り詰めた緊張感に覆われていますが、物語劇というより前衛劇に近い印象を個人的には受けました。

マラー・サド.jpg その劇を檻の外から観る観客がいて、劇中劇の様相を呈していますが、演じているのは皆役者だったんだなあ(半分ぐらい、本当の患者が混ざっているのかと一瞬思ったが、そんなわけないか)。
 マラーを暗殺する女性を演じているのは、後に名女優としてその名を馳せるグレンダ・ジャクソンだし、その他患者らを演じているのは殆どが王立シェークスピア劇団のメンバーです。

 共に個人的には評価不能に近い作品ですが、「狂った一頁」は「マラー/サド」より40年ほど前に作られている!
 サイレント末期にこのような前衛的な作品が日本にあったこと自体、驚くべきことかもしれません(この作品は大正時代の最後の年に公開された)。

 監督の衣笠貞之助(1896-1982)は、後に「雪之丞変化」のような娯楽時代劇も撮っていて、松竹に黄金時代をもたらした監督の1人です。

マラー/サド.bmp「マラー/サド」(「「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントレ精神病院の患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」」)●原題:MARAT/SADE(The Persecution and Assassination of Jean-paul Marat as Performed by the Inmates of the Asylum of Charenton Under the Direction of the Marquis De Sade)●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:ピーター・ブルック●脚本:ペーター・ヴァイス/エイドリアン・ミッチェル/ジェフリー・スケルトン●撮影:デヴィッド・ワトキン●音楽:リチャード・ピアスリー●原作:ペーター・ヴァイス●時間:119分●出演:パトリック・マギー/グレンダ・ジャクソン/マイケル・ウィリアムズ/クリフォード・ローズ/フレディ・ジョーンズ/ヒュー・サリバン ●日本公開:1968/11●配給:ユナイト=ATG●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-04-08)(評価:★★★?)●併映:「叫びとささやき」(イングマル・ベルイマン)
 輸入盤DVD

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自分まで沼に浸かっている気分になった。プロパガンダに走っていないのがいい。
 
無人の野 パンフ.bmp 映画パンフ 無人の野.jpg「無人の野」 無人の野 ポスター.jpg 「岩波ホール」公開時ポスター (1982.08) CáNH đồNG HOANG.PHAN 1 CáNH đồNG HOANG.PHAN 2

グェン・ホン・セン 「無人の野」 (80年/ベトナム).jpg 舞台はベトナム戦争後期の1972年のメコンデルタ。葦の茂る水上家屋に住む若い家族(夫婦は解放戦線の連絡員をしている)の愛情溢れる暮らしと、命の危険に晒されながらも連絡員としての任務を果たそうとするしたたかな様を、リアルに描いています。

 アメリカ軍のヘリに襲撃されたりもしながらも、彼らの目を巧みにくらまし(ヘリが襲ってくると大人は沼に潜って竹筒で呼吸し見つからないようにするのだが、幼児はビニール袋に入れてそのまま沼に沈めて隠すというのがスゴかった)、自活するために水稲作を行いながらも、時に負傷者を助け、更には、解放戦線の作戦を援護するなど、いつも沼地に腰まで浸かりながら八面六臂の活躍を見せます。

無人の野1.jpg ああ、こうしてアメリカ軍の侵攻を阻んだのだなあと思わせる"戦術解き明かし"のような内容ですが、最後に夫がヘリに囲まれて悲劇が―。

 映画的には、水面の高さでのカメラワークが素晴らしい(自分まで沼に浸かっている気分になった)一方で、ヘリからの空撮と地上から見たヘリとの距離感が整合しないなどの粗い作りの部分もありますが、予算的・技術的要因によるものかも。

 ただ、ベトナム戦争が終わって5年後に作られた作品であることを思えば、かなり頑張っていると思うし、日本で観ることができた当時の数少ないベトナム映画の1つという点でも貴重な作品。
 ベトナム側の視点で作られた映画であるにも関わらず、プロパガンダに走らず、撃墜された米軍ヘリのパイロットの家族の写真を映し出すなど、普遍的な平和への願いが込められているように感じました。(CáNH đồNG HOANG.PHAN 7

 '07年にNHK‐BSで再放映されましたが、今やすっかり友好国同士になったなあ、アメリカとベトナムは。やはり、経済的互恵というのは大きい―。

「無人の野」●原題:CANH DONG HOANG●制作年:1980年●制作国:ベトナム●監督:グェン・ホン・セン●脚本:グェン・クァン・サン●撮影:ズオン・トゥアン・バ●音楽:チン・コン・ソン●時間:95分●出演:グェン・トゥイ・アン/ラム・トイ/グェン・ホン・トゥァン/ダオ・タイン・トゥイ●日本公開:1982/08●配給:「無人の野」普及委員会●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(83-03-19) (評価:★★★★)

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ノルマンディ作戦の「第1号の犠牲者」となった青年を通して、戦争の非人間性を浮き彫りに。

兵士トーマス チラシ.jpg「兵士トーマス」チラシ OVERLORD.jpg クライテリオン版DVD 兵士トーマス パンフレット.jpg シナリオ付パンフレット (「シネ・フロント」別冊)

Overlord, Dir Stuart Cooper, UK 1975 1.jpg 第二次世界大戦中、イギリスに住むごく普通の二十歳の青年の元に召集令状が届く。彼が両親に別れを告げて戦地に赴き、ノルマンディ上陸作戦において戦死するまでを、ドキュメンタリーフィルムを交えて淡々と描いた佳作。

 と言っても、通常の戦争映画とは異なり、兵営における非人間的な部隊生活の中で主人公の将来が少しずつ奪われていくような様や、そうした中、村のダンス・ホールで知り合った若い娘への想いを抱くも、前線に送られることが決まって、束の間の若者らしい夢も立ち切れられ、21歳にして遺言状を書くに至るまでの心理的経緯など、ノルマンディに向かうまでに主人公の身辺及び心の中での出来事が映画の大部分を占めています。

SOLDIER'S STORY.jpgOverlord, Dir Stuart Cooper, UK 1975.jpg モノクロですが、膨大な量を誇る大英帝国戦争博物館の未公開フィルムがふんだんに使われていて、ラストのノルマンディの戦闘シーンは、実際の空爆の映像なども交え、兵士の視点からの臨場感にあふれたものとなっています。

 主人公の青年は上陸艇から1歩踏み出したところで流れ弾に当たり、あまりにあっけなく死んでしまう―(普通の戦争映画ならここからがヤマなのだが、青年の視点から描かれたこの映画はここで終わる)。

 自らの死に脅えつつも(彼は自分の死ぬ場面の悪夢に悩まされ続ける)、遺言状をしたためたぐらいですから、主人公には死の覚悟がそれなりあったかと思われますが、それでもやはり、戦わずしてノルマンディ上陸作戦の「第1号の犠牲者」となった彼にとって("彼"自身は勿論架空の人物であると思われるが)戦争とは何だったのか、果たして「犠牲者」ということで片付けてよいものなのかと考えさせられます。

 国家と国家の争いの中で、主人公個人の死は、ある種の「数」(または、全体に対する「対数」)に過ぎないものとなってしまうのでしょう(だから、「犠牲」という言葉が使われる)。
 しかし、彼にとって自身の生は、かけがいのないものであったはずであり、但し、そうした生きたいという彼の人間的な気持ちに顧慮してはならないのが戦争であり、あくまでも人間を「駒」として捉えるという戦争の非人間性を見事に浮き彫りにした作品となっています。

 また、戦勝国であるイギリスので作られた映画であるだけに、ことさらに重いものがあります。

「兵士トーマス」●原題:OVERLORD●制作年:1975年●制作国:イギリス●監督:スチュアート・クーパー●製作:ジェームズ・クイン●脚本: クリストファー・ハドソン/スチュアート・クーパー●撮影:ジョン・オルコット●音楽:ポール・グラス●時間:84分●出演:ブライアン・スターナー/デヴィッド・ハリーズ/ ニコラス・ボール●日本公開:1978/07●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:自由が丘武蔵野推理(77-12-21)(評価:★★★★)●併映:「戦艦ポチョムキン」(セルゲイ・エイゼンシュタイン)

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ニュース映像を思わせるような画像。ドキュメンタリータッチで描くことで、客観性を保持している。

アルジェの戦い(トールケース仕様).jpg 「アルジェの戦い(トールケース仕様) [DVD]」 アルジェの戦い(パンフレット).jpg 「アルジェの戦い」.jpg パンフレット/ポスター

アルジェの戦い1.jpg 「アルジェの戦い」とは、フランスの支配に対するアルジェリアの独立戦争(「アルジェリア戦争」)を指しており、1954年11月、首都アルジェのカスバでアルジェリア民族解放戦線が蜂起したことから始まったアルジェリア人民の抵抗運動の火は、アルジェリア全土からヨーロッパの街頭にまで及んで至る所で爆弾闘争へと発展していき、1962年にアルジェリアは独立を果たします。

 この作品は、アルジェリア政府の協力を得てイタリア左翼映画人が作り出した映画であるとのことですが(監督はイタリア人のジッロ・ポンテコルヴォ(1919‐2006))、8万人のアルジェ市民の協力を得て5年の歳月をかけて完成させており、ニュース映像を思わせるような粗い画像が、ドキュメンタリータッチを盛り上げ成功しているように思います。

アルジェの戦い2.jpg 爆弾闘争のシーンが多く、最初観たときは戦時中のニュース映像ではないかとも思いましたが(その外にも記録フィルムなのか演出なのか判別がつかない部分が多くあったが)、建物の爆破シーンなどは、撮影用に家を新築し、それを1件1件爆破していったとのこと。
 爆弾闘争は、支配側の国から見れば「テロ」ということになるのでしょうが、被支配側から見れば、支配国(搾取する側)の圧倒的な武力に対抗するには、こうしたやり方しかなかったともとれます。
 ヴェネチア映画祭では、反仏的内容に腹を立てたフランス代表団が、この作品がグランプリに選ばれると全員退場しましたが、フランソワ・トリュフォーだけが会場に残ったというエピソードも有名です。

 映画の中で指導者の1人を演じている人物は、現実にカスバで地下組織を指導した人で、この映画のプロデューサーでもあり、後に、「私は機関銃をカメラにとりかえたのです。当時を再現し、あの感動を再び呼びさますことによって、ある国家や国民を審判するのではなく戦争や暴力のおそろしさを伝える客観的な映画を作りたいと念願していたのです」と語っています。

 「テロとの戦い」を声高に叫ぶ国家指導者がいますが、そうした意味では現在も別個の視座を提供してくれる作品であり、但し、爆弾闘争を英雄的に美化したりはせずに一定の客観性を保持しているのが、この作品の優れた点と言えるのでしょう。

「アルジェの戦い」●原題:L'ARGENT●制作年:1983年●原題:LA BATTAGLIA DI ALGERI●制作年:1966年●制作国:イタリア・アリジェリア●監督:ジッロ・ポンテコルヴォ●撮影:マルチェロ・ガッティ●音楽:エンニオ・モリコーネ●時間:123分●出演:ブラヒム・ハギアグ/ジャン・マルタン/ヤセフ・サーディ●日本公開:1967/02●配給:松竹映配●最初に観た場所:新宿アート・ビレッジ(79-02-24) (評価:★★★★☆)●併映:「ジョニーは戦場へ行った」(ドルトン・トランボ)

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