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「犯人決めつけ」的な導入を"お約束事"として諒解してしまえば、『点と線』より楽しめるかも。

『時間の習俗 (1962年) (カッパ・ノベルス)』『時間の習俗 (新潮文庫)
』 [旧版/新版])『点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス (11-4))
』
関門海峡を望む和布刈神社/旧正月の和布刈神事 [共同通信社]

神奈川県・相模湖畔で運送業の業界紙の社長が、女性とカップルで旅館を訪れた後に死体で発見されるが、同伴の女性の行方は杳として知れず、容疑者であるタクシー会社の専務には、丁度その時刻、北九州・門司の和布刈神社で毎年旧正月深夜に行われる「和布刈神事」を参観し、その様子をカメラに収めているという完璧なアリバイがあった―。
『点と線』('57(昭和32)年発表)が掲載されたのと同じ「旅」誌の'61(昭和36)年5月号から翌年11号にかけて連載された作品で、『点と線』と同じように東京の三原警部補と博多の鳥飼刑事のコンビが、容疑者の完璧なアリバイに臨むもの。
『点と線』は『ゼロの焦点』と並ぶ作者の代表作ですが、社会派的色彩の強い『ゼロの焦点』に比べ、『点と線』の方が謎解きのウェイトが高いように思え、それでも『点と線』もまた犯人の動機から「社会派推理小説」と呼ばれるわけですが、その続編とも言うべきこの作品は(事件自体は全く別物)、完全にアリバイ崩しに焦点を合わせた純粋ミステリになっています。
三原警部補の頭の中が完全に「点と線」モードになっていて、一番完璧なアリバイを持っている、と言うより、考えられる容疑者の中で事件から最も遠そうな人物に最初からターゲットを絞り込んでおり(殆ど「刑事コロンボ」のような倒叙法に近いと言える)、この点が不自然と言えば不自然かも知れませんが、その分アリバイ崩しに"効率良く"没頭することが出来、結果として、"完璧過ぎる"アリバイや崩しても崩しても現れる新たなアリバイに、ここまで周到にやるからには犯人はこいつしかないと誰もが思うだろうと...途中から納得。
終盤の畳み掛けるようなアリバイ崩しの展開がテンポ良く、作家の力量を窺わせますが、「犯人決めつけ」的な導入を"お約束事"として諒解してしまえば、トータルで見て『点と線』より楽しめるのではないかとも思いました(写真トリック等には時代を感じるが、それも昭和ノスタルジーとして味わえばいいか)。
と言いつつ、何十年ぶりかの再読で相当に中身を忘れてしまっていて、幸か不幸か殆ど初読のような感じで読めましたが、こうした「推理」主体のものは、時々読み返したり映画化されたりしたものを観たりしないと、結構どんな話だったか忘れるなあと思った次第です(この作品は映画化はされていないが、下記の通り2度ばかりドラマ化はされている)。
•1963年「時間の習俗(NHK)」大木実・冨田浩太郎
•1982年「時間の習俗(TBS)」萩原健一・藤真利子
【1962年ノベルズ版[光文社]/1972年文庫化[新潮文庫]】
