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ルパンとホームズの最初の本格対決。一応、ホームズにも花を持たせているが...。
『ルパン対ホームズ (アルセーヌ・ルパン全集 (2))』['82年]
『ルパン対ホームズ (偕成社文庫―アルセーヌ・ルパン・シリーズ)』['87年]

ある数学教授が古道具屋で古びた小机を購入するが、なぜかその小机に執着する青年がおり、間もなく小机は教授の自宅から消失、小机には宝くじ100万フランの当たり券が入っており、盗んだのはアルセーヌ・ルパンだった。続いてある男爵が殺害され、競売に掛けられた彼の青いダイヤが盗み出されるという事件が連続して発生、両事件にルパンと「金髪の美女」が関与していることがわかるが、その先の捜査に行き詰まった警察は、事件解決のため、イギリスの名探偵シャーロック・ホームズを招聘する―。
Arsène Lupin contre Herlock Sholmes(リーブル・ド・ポッシュ版(旧版 1963/改版1973))
モーリス・ルブラン(1864-1941)による「ルパン対ホームズ」の最初の本格的対決モノで(原題:Arsene Lupin contre Herlock Sholmès)、上記「金髪の美女」と中編「ユダヤのランプ」を所収、1906年から翌年にかけて発表され1908年単行本刊行ということですから、ルパン・シリーズでも初期作品ということになりますが、作者がこのシリーズを書き始めた動機の1つに、シャーロック・ホームズ・シリーズに影響を受けたということがあるようですから、両者の対決が早々にあるのは自明のことだったのかも。
ルパンのデビュー短編集「怪盗紳士ルパン」の最後にホームズを実名で登場させてコナン・ドイルからの抗議を受け、原作ではシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)がハーロック・ショルメ(Herlock Sholmès)と改名されているわけですが、日本の翻訳界ではホームズと訳すのがお約束のようです。
ホームズの相方ワトソンも、原作ではウィルソンに改名されていて、石川湧訳の創元推理文庫版や堀口大學訳の新潮文庫版では原作のままウィルソンとしていますが、この竹西英夫訳の偕成社版は、(児童向けのためか)ワトソンとなっています。
「金髪の美女」は、3事件が絡み合うという込み入ったストーリーの割には、盗んだ机に偶然当たりくじ券が入っていたとか、ストーリーテリングが偶然に依拠している部分が多い気もし、ルパンがレストランで、これもまた偶然に、事件解決のためパリに来たばかりのホームズと再会したりもします。
Arsène Lupin contre Herlock Sholmes: La dame blonde (1983)
その際のルパンの狼狽ぶりと言うか緊張ぶりがやや意外で、一方でホームズの方は、10日間で事件を解決し、10日目にルパンを逮捕すると自信満々(売り出したばかりの20代の若手と、50代の高名なベテランという構図か)。
ところが、その10日間の前半から中盤にかけてはホームズにいいところはなく、仕舞いにはルパンに誘拐され、ワトソンは怪我まで負ってしまいます(ワトソンは「ユダヤのランプ」でも負傷する)。
それでもホームズは、最後には巧妙なトリックによって(何だかこっちが犯罪者みたい)逆転劇風にルパンを逮捕に追い込むということで、形だけはホームズに花を持たせたということでしょうか(逮捕されたルパンは、またもあっさり逃亡してしまうのだが)。
遅ればせながら今回(多分)初めて読んで、プロセスも含めれば「両雄互角の勝負」と言うよりは、ルパンの方が余裕綽々と言うかスマートという印象を受け、一方、この作品のホームズは結構ドタバタ感が伴い、本家本元のホームズとはちょっとイメージ違うなあと思いました(作者はショルメとして書いているからか)。
但し、ルパンの方も、ホームズとの対決行動の実行段階ではスマートであるものの、最初はホームズに対し、"宿敵"ガニマール警部(「ルパン三世」の「銭形警部」みたいなものか)に対するのとは比較にならないほどの警戒心や対抗意識を露わにする場面があり、この辺り、両者の対決を盛り上げる意図もあるのでしょうが、作者のホームズ・シリーズへのライバル意識が反映されているようにも思え、興味深かったです。
【1959年文庫化[創元推理文庫(石川湧:訳(『リュパン対ホームズ』)]/1960年再文庫化[新潮文庫(堀口大學:訳)]/1983年再文庫化・2001年改版[岩波少年文庫(榊原晃三:訳)/1987年再文庫化[偕成社文庫(竹西英夫:訳)]/2005年再文庫化[ポプラ社怪盗ルパン文庫版(南洋一郎:訳)]】


1907年に刊行された、モーリス・ルブラン(Maurice Leblanc, 1864-1941) による「アルセーヌ・ルパン・シリーズ」の最も初期のもの(1905-1907)を集めて編んだ短編集で、「ルパン逮捕される」「獄中のアルセーヌ・ルパン」「ルパンの脱獄」「ふしぎな旅行者」「女王の首飾り」「ハートの7」「アンベール女史の金庫」「黒真珠」「おそかりしシャーロック・ホームズ」の9編から成ります。
この短編集に関して言えば、早川書房のポケット・ミステリ(ハヤカワ・ミステリ)に中村真一郎訳がありますが(『強盗紳士ルパン』)、「アンベール女史の金庫」「黒真珠」が収められていないなど、原典とラインナップがやや異なります(創元推理文庫版の石川湧訳『怪盗紳士リュパン』も同じ)。


河出書房版を図書館から借りてみると(シャーロッキアンらしく『四つのサイン』としているが、より正確に言えば「四人のしるし」だろう。他の3人は字が書けないのだから)、注釈と解説、訳者あとがきで本全体の3分の1を占めていました(これだけで1つの読み物のよう)。

ハ―パーコリンズ版
1935年に発表されたアガサ・クリスティの長編推理小説で(原題:The ABC Murders)、一見無関係な殺人事件が連続して起きる「ミッシング・リンク・テーマ」の決定版とされている作品であり、更には、サイコ・スリラーという点でも、80年代のトマス・ハリスや90年代のジェフリー・ディーバーの諸作品の先駆け的要素を持った作品であると言えます。


デヴォンシャーの名家バスカヴィル家の当主、チャールズ卿が怪死を遂げた。ベーカー街を訪れた医師モーティマーの依頼によって、チャールズ卿の死に関する調査とバスカヴィル家の新たな当主となったヘンリー卿護衛のため、多忙のホームズに代わりワトスンが、依頼人と共にデヴォンシャーへと向かう。彼を待ち受けていたのは独特の雰囲気に包まれた沼沢地帯と、そこに暮らすいずれも一癖ある隣人たち、そして今なおその地の人々の胸に現実の恐怖として生き続ける、バスカヴィルにまつわる魔犬伝説だった―。
『緋色の研究』、『四つの書名』、そして、本作の後に書かれた『恐怖の谷』の3つの長編は何れも2部構成になっていますが、この『バスカヴィル家の犬』は、前半ワトスンの手紙乃至報告文が中心で、後半がワトスンのリアルタイムでの語りのようになっているものの、明確に2部に分かれてはいません。
光文社文庫版は、初版時のシドニー・パジェットの挿画が30点掲載されていて(新潮文庫版は挿画無し)、当時の時代の雰囲気や登場人物の風貌が分かりやすいです。

1927年、コナン・ドイルが亡くなる3年前に刊行されたシャーロック・ホームズ・シリーズの最後の短編集(第5短編集)で(原題:The Case-Book of Sherlock Holmes)、ドイルの没後60年に当たる1990年に著作権が切れるまでは、延原謙訳の新潮文庫版しかありませんでした(従って、創元推理文庫版の訳者は、阿部知二(1973年没)ではなく、最初から深町眞理子氏になっている)。
一方、新潮文庫版は、例によって「隠居した画材屋」(延原謙訳では「隠居絵具屋」)と「ショスコム荘」の2編が『シャーロック・ホームズの叡智』の方に組み入れられていますが、この仕分け基準が未だによく分らない...。しかも、新潮文庫版は光文社文庫版と異なり発表順には並んでおらず、では何順なのかというと、この辺もよく分らない...(でも、訳文そのものは格調高い)。
一方で、最後まで新たな境地を探ろうとしているのか、「白面の兵士」(この作品、ドイルは医師だったはずだが、ハンセン氏病に対する誤解がみられる)などのようにワトスンではなくホームズ自身が事件を語ったり、結構"変化球"が多いという感じでしょうか。
「消えた蝋面」(「白面の兵士」)山中峯太郎 1956年ポプラ社(名探偵ホームズ全集19)




『
アーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle、1859-1930)によるシャーロック・ホームズ・シリーズの最初の作品で、1886年に執筆され、翌1887年に発表されたもの(原題:A Study in Scarlet)。
19世紀のアメリカでのモルモン教の歴史が絡んだ、第2部の犯人の告白は結構「重たい」話であり、彼がどう裁かれるのかと思ったら実は重大な病気を抱えていて―というのは、その後のミステリでもよくあるパターンで、でも、これがホームズ・シリーズの後期に書かれたものだったら、ホームズの対処の仕方も少し違ったものになったかも知れないなあと。
シャーロッキアン2人が訳した河出書房のハードカバー版(小林司氏は日本シャーロック・ホームズ・クラブ主宰。先月(2010年9月27日)81歳にて逝去された)が、最も詳細(マニアック?)に解説されていて(本作のタイトルを『緋色の習作』としているのも"こだわり"の1つか)、挿画も発表当初のものを多く載せていますが、「入手しにくい・高い・重い」といった難点があります。
Dashiell Hammett(1894-1961)[本書表紙見返しより]
ヨーロッパで金持ちのロブソンに拾われてアメリカにやって来たルイーズは、彼の下を逃れようとして、ロブソンの地所に住む前科者のブラジルの小屋に転がり込むが、ルイーズを連れ戻そうとロブソンの手下2人がブラジルの小屋に押し入ったため暴力沙汰になり、ブラジルがそのうちの1人コンロイに大ケガをさせたことから、彼女はブラジルと一緒に逃亡することになる―。

『
コンチネンタル探偵社の調査員の私は、保険会社の依頼でダイヤモンド盗難事件遭った科学者エドガー・レゲット博士の屋敷を訪ねるが、やがて博士が不審な死を遂げ、更に関係者の自殺や謎の死など怪事件が次々起きる。レゲットの娘ゲイブリエルは麻薬に溺れており、レゲットの妻アリスの実家デイン家に纏わる呪いが、これらの事件に影を落としているようにも見える―。
3部構成のそれぞれにオチがあり、さらに第3部では、3番目の事件解決の後、更に連続したそれらの事件全体の黒幕が明らかになるという大ドンデン返しがあって、作者のプロット構築の才能が遺憾なく(やや過剰気味に)発揮されているのではないでしょうか。
パンフレット 






「ミーン・ストリート」('73年/英)は、マーティン・スコセッシ 監督の初期の映画で、しがないヤクザ者のチャーリー(ハーヴェイ・カイテル)が、組織に対する忠誠心や自分の生き方に自信を持てないでいる一方、気分によって仕事をし、酒・博打・女による借金で首が回らなくなっている親友のジョニーボーイ(ロバート・デニーロ)をかばい続けるがばかりに、共に窮地に追い詰められていく―という話。
主役はハーヴェイ・カイテルであり、親友を巡って葛藤する青年を見事に演じているのですが、それを凌いでいるのが、ジョニーボーイという無頼のキャラクターを演じているデ・ニーロ(当時29歳)の演技で、そのハチャメチャぶりと破滅型人格の底に滲む哀感には、当時スゴい役者が現れたものだと思わせるものがあったのではないでしょうか。
但し、個人的には、この映画を観て最も印象に残ったのは、教室内の不良少年の1人で、その悪ガキぶりは演技を超えて本物の不良に見え、しかも、本当に少しキレてしまっているような感じさえありました。
「ミーン・ストリート」●原題:MEAN STREETS●制作年:1973年●制作国:アメリカ●監督:マーティン・スコセッシ●製作:マーティン・スコセッシ/ジョナサン・T・タプリン●脚本:マーティン・スコセッシ/マーディック・マーティン●撮影:ケント・ウェイクフォード●時間:115分●出演:ロバート・デ・ニーロ/ハーヴェイ・カイテル/デヴィッド・プローヴァル/エイミー・ロビンソン/ロバート・キャラダイン/デヴィッド・キャラダイン●日本公開:1980/11●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:三鷹オスカー(81-03-18)(評価:★★★★)●併映「アリスの恋」(マーティン・スコセッシ)