2011年1月 Archives

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トム・クルーズ夫婦新婚時の作品。「ランドラッシュ」が印象深かった「遥かなる大地」。

遥かなる大地へ チラシ1.jpg 遥かなる大地へ チラシ2.jpg  遥かなる大地へ dvd.jpg      トップガン チラシ.jpg  トップガン dvd.jpg
「遥かなる大地へ」チラシ 「遥かなる大地へ [DVD]」   「トップガン」チラシ 「トップガン [DVD]

 農民が地主の横暴に苦しめられた19世紀末のアイルランド、小作農ジョセフ(トム・クルーズ)の父も、厳しい地代の取立ての混乱で事故死する。更に地主の配下に家を焼かれ、怒ったジョセフは地主を射殺しようと地主邸に向かうが失敗、銃の暴発のため負傷し、復讐相手の邸で介抱を受けるという間抜けな結果となる。そこには、放火の張本人で地主令嬢と結婚を図るスティーブン(トーマス・ギブソン)がいて、ジョセフは彼を襲うも再度失敗し、彼と決闘させられることに。そこへ、実はスティーブンのお高くとまった性格が嫌いで、堅苦しい生活を捨てアメリカ行きを望む地主令嬢のシャノン(ニコール・キッドマン)が現れ、ジョセフを攫うように連れ去り、2人のアメリカ行きの旅が始まる―。

 アイルランド系移民の苦労を描いたロン・ハワード監督の'92年作品で、トム・クルーズとニコール・キッドマンが仲良かった頃、と言うか、結婚したての頃の作品ですが、映画の中に出てくる「オクラホマ・ランドラッシュ」というのが印象深かったです。
1889年のランドラッシュ.jpg
 歴史では1889年4月22日にオクラホマへの白人の入植が認められ、15ドルの入植手続料を払った人々がオクラホマ境界線に集まり、正午を告げる号砲が鳴ると一斉に乗り込んでいき、1人当たり65ヘクタールの土地を手に入れることが出来たとのこと。

1889年のランドラッシュ

 要するに、新大陸のフロンティア時代の入植者に土地を格安で配るというもので、移民たちが白線に並んで「用意ドン!」で駆けっこして、ここからここまでは自分の土地だと主張した場所の土地が与えられるというスゴイものなのですが(当然、そこで醜い争いも生じる)、お嬢さんだが気が強いシャノンと、自分の土地を得るにはこの方法しかないと考えるジョセフは、このレースに参加する―。

 ロン・ハワードにはアイルランド人の血が流れていて、祖先にはこのオクラホマのランド・ラッシュに実際に参加した人もいたとのことで、随分前からこの映画の構想は練っていたそうです。
 ニコール・キッドマンをヒロインに想定していたところに、トム・クルーズが出演の名乗りを上げたそうですが(ロン・ハワードは2人が交際していることは知らなかった)、トム・クルーズ自身にもアイルランド人の血が流れています。

Tom Cruise and Nicole Kidman in FAR AND AWAY.jpg 2人とも演技自体は悪くないと思います。特に、上流意識を持ち、気位が高いながらも、ボディガード代わりに連れてきたトム・クルーズに内心では惹かれていくニコール・キッドマンの演技がいいです(トム・クルーズはこの映画の随所で、状況の急な変化に振り回される、三枚目的な味を出している)。

 フランク・キャップラの「或る夜の出来事」の、寝室で男女がロープにシーツを吊るして「こちらへ先は入ってこないように」というルールを作る「ジェリコの壁」のエピソードなどがパロディ的に織り込まれていたりして、細かいところでも楽しめました。

 再び歴史に戻ると、オクラホマは、北米大陸先住民が白人たちに武力で打倒され、強制移住させられた地であって、米政府はそこでの先住民たちの土地所有権を一旦は永久に認め、白人の入植を許可しなかったのが、1886年のアパッチ族との戦いで先住民との戦いが終息すると、約束を反故にして白人の入植を認めたとの経緯があるとのこと。

 入植移民たちが駆けっこして奪い合っている土地は、元々は先住民のものであるはずなのに、この作品ではそうした"侵略者"としての反省的視点が弱いという批判的な見方も出来ますが、この映画が日本でも本国でもあまりヒットしなかったことを思うと、そうしたことも含めてもう少し注目されても良かったのでないかと(自分自身も劇場ではなくビデオで観たのだが)。

 この作品は「ゴールデン・ラズベリー賞」という不名誉な賞を受賞していますが、それは、こうした歴史的な視点が希薄なことよりも、ストーリー自体が結構どたばたで、悲劇的な部分も喜劇に見えてしまうことにあったのではないか。

 役者の演技よりもシーンの繋がりが良くない、だからこうなるんだろうけれども、歴史大河ドラマ的な話よりも娯楽作品の方がこの監督には向いているのではないかと思ったら、ロン・ハワード監督(元々は俳優出身で、「アメリカン・グラフィティ」('73年)などにも出ていた)は、その後「アポロ13」('95年)から「ダ・ヴィンチ・コード」('06年)まで多くのヒット作を飛ばし、その間「ビューティフル・マインド」('01年)でアカデミー賞監督賞を受賞しました。

 アカデミー賞に関しては、ニコール・キッドマンも「めぐりあう時間たち」(′02年)で主演女優賞を獲っています。

「遥かなる大地へ」●原題:FAR AND AWAY●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:ロン・ハワード●製作:ブライアン・グレイザー/ロン・ハワード●脚本:ボブ・ドルマン●撮影:ミカエル・サロモン●音楽:ジョン・ウィリアムズ●時間:140分●出演:トム・クルーズ/ニコール・キッドマン/トーマス・ギブソン/ロバート・プロスキー/バーバラ・バブコック/シリル・キューザック/コルム・ミーニー/アイリーン・ポロック/ミシェル・ジョンソン/ダグラス・ジリソン/ウェイン・グレイス/バリー・マクガヴァン/ニオール・トイビン/ランス・ハワード/クリント・ハワード/ゲイリー・リー・デイヴィス/ジャレッド・ハリス/スティーヴン・オドネル●日本公開:1992/07●配給:ユニヴァーサル映画=UIP(評価:★★★☆)

top-gun.jpg 一方のトム・クルーズは、それ以前に「トップガン」('86年)で一躍スターになっていたわけで、日本でもこの映画は大ヒットしました。
 まあ、米海軍が協力を惜しまない "USネイビィのリクルート戦略"の一環のような映画でした。

 「ハンガー」(′83年/英)のトニー・スコット監督、ハリウッドに渡ってがらっと作風が変わったみたいですが、パターン化されたストーリーで、「F-14トムキャット」のみが唯々美しかった...というのが個人的印象です。

アンソニー・エドワーズ.gif この作品、「ER 緊急救命室」の"グリーン先生"ことアンソニー・エドワーズがトム・クルーズの同僚パイロット役で出ていたんだなあ(同じ俳優であるという印象があまりないのは、すっかり減ってしまった頭髪のせいか)。

 「トップガン」は日比谷スカラ座で観たのですが、この劇場は旧「東京宝塚劇場」内にあって、当時は約1200席の大劇場、行った時はちょうど宝塚の公演がはねた後のスターの「お見送り」で、女性ファンが劇場前に溢れていました。
 その合間をぬって映画館のフロアに行くと、今度はトム・クルーズのファンだと思われる女性達で一杯...。"宝塚"を見に行く女性と"トム・クルーズ"を見に行く女性とでは、見た目でも傾向に違いがあったなあ。

旧東京宝塚劇場.jpg旧・日比谷スカラ座
 1940年4月16日東京宝塚劇場ビル4階にオープン、1955年7月14日改装 1998年1月18日閉館
(2000年12月16日、新築された東京宝塚劇場ビルの地下1階に再オープン)

「トップガン」●原題:TOP GUN●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督:トニー・スコット●製作:ドン・シンプソン/ジェリー・ブラッカイマー●脚本:ジム・キャッシュ/ジャック・エップス・Jr●撮影:ジェフリー・キンボール●音楽:ハロルド・ファルターメイヤー/ジョルジオ・モロダー●時間:110分●出演:トム・クルーズ/ケリー・マクギリス/バル・キルマー/アンソニー・エドワーズ/トム・スケリット/マイケル・ アイアンサイド/ジョン・ストックウェル/リック・ロソビッチ/メグ・ライアン●日本公開:1986/12●配給:UIP●最初に観た場所:日比谷スカラ座(86-12-14)(評価:★★)

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「集団主人公」映画。「アメリカン・アイドル」の地方予選を想起させる「ナッシュビル」。

ナッシュビル Nashville.jpg ナッシュビル 映画.jpg ナッシュビル チラシ.jpg      グランド・ホテル ポスター.jpg
Nashville [DVD] [Import]」(輸入盤)/ポスター/チラシ    「グランド・ホテル[DVD]

ナッシュビル 1場面.jpg カントリー音楽のメッカ、ナッシュビルで、ある大統領候補のキャンペーンのためにコンサートが行われる準備が進められていて、町には、イベント関係者や働き口を求める者、野次馬、音楽ファンなど、多くの人間が集まってきていた。その中には、自分がカントリー歌手であることに疑問を感じている黒人や、芸能界で生きることを夢見る運転手、歌手希望の音痴のウエイトレス、家出してきたノイローゼ青年、カントリー歌手になりたくて田舎の農家の夫から逃れきた女など、様々な人間がいた―。

 ロバート・アルトマン(Robert Altman、1925-2006)監督の1975年の作品で(Nashville)、主人公が24人もいるという所謂「グランド・ホテル」形式の映画ですが、最初に観た時はむしろ、「主人公がいない映画」という印象だったように思います。


グランドホテル オールキャスト.jpg エドマンド・グールディング監督の元祖「グランド・ホテル」('32年/米)を後に観ましたが、ベルリンの一流ホテルのそれぞれの部屋で1日の間に起きる人間ドラマを描いた映画で、旧い映画のわりには面白かったです。
 但し、この"元祖"作品よりも、新「グランド・ホテル」形式とも言われた「ナッシュビル」の方がより面白かったと言うか、インパクトありました。

 こうした試みは、文学では既に先行して行われていて、例えば、ジョン・ドス=パソスが1925年に発表した『マンハッタン乗換駅(Manhattan Transfer)』(中央公論社「世界の文学36」)は、ニューヨークの一画に住み、同じ乗換駅を利用する何人もの人々の、彼らの意識を1つ1つ切り取るように描いた作品ですが、これもある種「グランド・ホテル」的形式と言えるのではないでしょうか(コーラスグループ「マンハッタン・トランスファー」の名は、この小説に由来する。「マンハッタン乗換駅」とは要するに「グランド・セントラル駅」なのだが)。

 「グランド・ホテル」は、オーストリアの作家ヴィッキー・バウム(1888-1960)の原作小説『ホテルの人びと』を、アメリカで舞台化した戯曲に基づいて映画化したもので、バウムという女性はこの小説を書くために、実際にホテルでメイド(客室係)として働いたそうな(実際にあった有名企業経営者と速記者とのスキャンダルがストーリーに使われているが、ホテル従業員としての守秘義務違反にならないのか?)。

 映画化作品の出演者には有名スターが名を連ねていて、彼らが演じている役柄が中心的登場人物ということになり、こっちの方は「集団」と言うより「複数主人公」というイメージに近いかも。
 その中でもグレタ・ガルボとジョーン・クロフォードが目を引きますが、今思い起こしても、"共演"していたという印象はあまり無いなあ。その辺りが、まさに「グランド・ホテル」形式なのだろうけれど。
 
有楽座(旧)3.bmpみゆき座.jpg「グランド・ホテル」●原題:GRAND HOTEL●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督:エドマンド・グールディング●製作:ポール・バーン/アーヴィング・G・サルバーグ●脚本:ウィリアム・A・ドレイク●撮影:ウィリアム・H・ダニエルズ●音楽:ウィリアム・アックスト/チャールズ・マックスウエル●原作:ヴィッキー・バウム●時間:112分●出演:グレタ・ガルボ/ジョン・バリモア/ジョーン・クロフォード/ウォーレス・ビアリー/ライオネル・バリモア/ ロバート・テイラー/ジョージ・キューカー●日本公開:1933/10●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:日比谷・みゆき座(86-11-18)(評価:★★★)●併映:「暗黒街の顔役」(ハワード・ホークス)
旧・みゆき座 1957(昭和32)年、東宝会館ビル(東宝本社ビル)竣工に伴い、同年4月、1階に邦画の「千代田劇場」、地下1階に洋画の「みゆき座」オープン。2005(平成17)年3月31日閉館(同年4月1日「日比谷スカラ座2」が「みゆき座」の名を引き継ぐ)。
写真左:千代田劇場・みゆき座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より

 
Nashville (1975).jpg 一方、「ナッシュビル」はどのようにして作られたかと言うと、アルトマン監督がスタッフをナッシュビルに滞在させて毎日日記を書かせ、それを繋ぎ合せてストーリーを作り上げたのだそうで、ナッシュビルでの撮影期間中も、スタッフやキャストは全員同じモーテルに泊まっていたそうです(出演者のギャラは均一だった)。

 そのためか、観ていてアドリブ感があると言うか、撮りながら作り、作りながら撮っていったという感じがします(カレン・ブラックが"カントリーの女王"という役どころで自作の歌を歌うなど)。
 当時としては抜きん出て有名なスター俳優は(カメオ出演以外は)使っていないということもあって(当時無名で、後に有名になる役者も多く出ているが)、結果として「集団主人公」という映画の特質がよく出ているように思いました。

アメリカン・アイドル.bmp アルトマンは「M★A★S★H マッシュ」('70年/米)の監督でもあり、ある意味、ベトナム戦争終結当時の「病めるアメリカ社会」の断片像ともとれますが、オーデション歌番組「アメリカン・アイドル」の地方予選などは、いまだにこの映画の雰囲気と重なる部分があるような気もします。

新宿三葉ビル.bmp「ナッシュビル」●原題:NASHVILLE●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督・製作:ロバート・アルトマン●脚本:ジョーン・テューケスベリー●撮影:ポール・ローマン●音楽:リチャード・バスキン/キース・キャラダイン●時間:160分●出演:ヘンリー・ギブソン/カレン・ブラック/アレン・ガーフィールド/ネッド・ビーティー/マイケル・マーフィー/ジェフ・ゴールドブラム/リリー・トムリン/ジェラルディン・チャップリン/キース・キャラダイン/ロニー・ブレイクリー/グウェン・ウェルズ/バーバラ・ハリス/スコット・グレン/エリオット・グールド/ジュディー・クリスティー●日本公開:1976/04●配給:パラマウント映画=CIC●最初に観た場所:新宿西口・新宿パレス(78-02-08)(評価:★★★★)●併映:「バーブラ・ストライサンド スター誕生」(フランク・ピアスン) Gwen Welles in NASHVILLE

新宿パレス 新宿西口小田急ハルクそば「新宿三葉ビル(三葉興行ビル(現・三葉興業本社ビル))」内。1986(昭和61)年閉館。

アメリカン・アイドル1.jpgアメリカン・アイドル2.bmp「アメリカン・アイドル」American Idol (FOX 2002/06~ ) ○日本での放映チャネル:FOX(2006~)

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マフィアの一族においても強力な「父性原理」が過去のものとなりつつあったことの予兆。

ゴッドファーザーⅡ チラシ.jpg チラシ ゴッドファーザーⅡ パンフレット.jpg パンフレット(1975.04)ゴッドファーザーPARTIIDVD.jpg 「ゴッドファーザー PART II [DVD]」 THE GODFATHER PART II TRAILER

ゴッドFⅡ 012.JPG 1958年、湖畔の教会ではドン・マイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)の息子の聖餐式が行われており、湖に臨む大邸宅の庭でのパーティには、妻ケイ(ダイアン・キートン)と息子、妹らが、来賓には、ママ・コルレオーネ(マリア・カータ)、次兄フレドー(ジョン・カザール)夫婦、妹コニー(タリア・シャイア)とその恋人(トロイ・ドナヒュー)、相談役トム・ヘーゲン(ロバート・デュヴァル)らが招かれていた。パーティが済みマイケルがベッドへ入ろうとした時、機関銃の弾が寝室にぶち込まれ、床に伏したマイケルは、ベッドから転がり落ちた妻ケイを抱きかかえていた―。

ゴッドFⅡ 021.JPG 言わずと知れたフランシス・フォード・コッポラ監督による前作「ゴッドファーザー」(′69年/米)の続編で、正編・続編共にアカデミー作品賞を受賞した唯一のシリーズ。

 サンチャゴ版「ゴッドファーザー」的なドン・ウィンズロウの『フランキー・マシーンの冬』('10年/角川文庫)に、映画「ゴッドファーザー」のトリビアなネタが幾つか出てくるので思い出したのですが、「PARTⅡ」では、コルレオーネ家は本拠をニューヨークからネバダ州に移していて、それは近くに収入源であるラスベガスがあるからだったのだなあと。

ゴッドFⅡ 031.JPG 本編でマーロン・ブランドが演じたヴィトー・コルレオーネの後継者としてゴッドファーザーになった三男のマイケルが、今度は父の遺産を守るために苦悩する姿が描かれる一方で、マリオ・プーゾの原作にはあるものの本編では描かれなかった、若き日のヴィトー(ロバート・デ・ニーロ)がシチリアからアメリカに移民としてやって来て、一代で裏社会の巨大ファミリーを築くまでのエピソードが、共に本編を挟むような形で対を成しています。

ゴッドFⅡ 041.JPG 時間的にはヴィトーの出ている時間の方が少ないのですが、「ミーン・ストリート」('73年/米)の演技が認められてコッポラ監督に抜擢されたロバート・デ・ニーロの演技が良く、彼がリトル・イタリーで次第に人望を集めていく様が、最初の内は、パン屋とか八百屋とか様々なごく普通の市井の民としての仕事をしながら、まるで地区の"相談係"乃至はもめ事の"解決係"みたいなことを任されていくという風に描かれているのが興味深いです(「タクシードライバー」('76年/米)の主人公トラヴィスの持つ繊細な一面を彷彿させるが、この作品のデ・ニーロは「タクシードライバー」に出演する2年前。若いなあ)。

ゴッドFⅡ 051.JPG 一方、家族の確執に悩まされるマイケルの方は、崩壊していく家族の絆を目の当たりにし、自らも裏切った親族に手を下しつつ、改めてヴィトーの偉大さに想いを馳せるという、アル・パチーノとしてはやや損な役回りだったかも(本編のマーロン・ブランドの下でひ弱な印象をこの作品でも引き摺っている?)。

 本編あっての続編ではあるものの、続編でヴィトーの若き日の台頭と、現在のマイケルの孤絶を描くことで、単なるマフィアものを超えて、イタリア移民の一族の年代記としての厚みが増したように思います。

 本編では"家族の絆"の強さというものが描かれていて、日本でも大いに受けたわけですが、心理療法家の河合隼雄が、プロスペル・メリメがシチリアの伝承に材を得た小編「マテオ・ファルコーネ」(岩波文庫『エトルリヤの壷』に所収)(官憲に追われている男を腕時計と引き換えに官憲に密告した息子をその場で射殺した父親の話)を挙げて、こうした強力な「父性原理」は、日本のような「母性原理」の社会では見られないと指摘したように、"家族の絆"の根底にあるものが根本的に日本と異質のような感じもします(だから、肉親であっても裏切者は殺られてしまう)。

ザ・ソプラノズ.jpg ただ、米国のイタリア(シチリア)系社会でもこうした強力な「父性原理」はすでに過去のものとなっているのかも知れず、それがこの続編で予兆として現れていて、近年の海外ドラマ「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」('99-07年)などを観ていると、そのギャップがある種パロディカルに描かれるに至っているように思いました。

 「ザ・ソプラノズ」の主人公のマフィアのボスは、ストレスと悩みでパニック障害を有し、精神科のカウンセリングを受けていますが、ロバート・デ・ニ―ロもハロルド・ライミス監督のコメディ「アナライズ・ミー」('99年/米)で、パニック障害で精神分析医に掛かるマフィアのボスを演じています。

「ゴッドファーザーPARTⅡ」●原題:THE GODFATHER PART II●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督:フランシス・フォード・コッポラ●製作:フランシス・フォード・コッポラ/グレイ・フレデリクソン/フレッド・ルース●脚本:マリオ・プーゾ/フランシス・フォード・コッポラ●撮影:ピーター・ツィンナー/バリー・マルキン/リチャード・マークス●音楽:ニーノ・ロータ/カーマイン・コッポラ●原作:マリオ・プーゾ「ゴッドファーザー」●時間:200分●出演:アル・パチーノ/ロバート・デ・ニ有楽座(旧)1.bmpーロ/マリア・カータ/ダイアン・キートン/ロバート・デュヴァル/ジェームズ・カーン/ジョン・カザール/タリア・シャイア/リー・ストラスバーグ/マイケル・ガッツォ/リチャード・ブライト/ガストン・モスチン/トム・ロスキー/ブルーノ・カ-ビー/フランク・シベロ/フランチェスカ・デ・サピオ/モーガナ・キング/マリアナ・ヒル/レオパルド・トリエステ/ドミニク・キアネーゼ/アメリゴ・トット/トロイ・ドナヒュー●日本公開:1975/04●配給:パラマウント映画=CIC●最初に観た場所:旧有楽座(75-?-?)●2回目:池袋文芸坐(78-01-12)(評価:★★★★)●併映(2回目):「コーザ・ノストラ」(フランチェスコ・ロージ)
写真上:有楽座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より
有楽座.jpg
旧・有楽座 1935(昭和10)年6月に演劇劇場として開館。1949(昭和24)年8月~ロードショー館(席数1,572)。1984年10月31日閉館。 




ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア.jpg「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」The Sopranos (HBO 1999/01~2007)○日本での放映チャネル:WOWOW/スーパー!ドラマTV

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サンディエゴ版「ゴッドファーザー」。主人公の"老い"があまり描かれていないと思いきや...。

フランキー・マシーンの冬 上.jpg   フランキー・マシーンの冬 上・下.jpg
 『フランキー・マシーンの冬 上 (角川文庫)』『フランキー・マシーンの冬 下 (角川文庫)

The Winter of Frankie Machine.jpg サンディエゴで釣り餌店など複数のささやかなビジネスを営む傍ら、元妻と娘、恋人の間を立ち回り、余暇にはサーフィンを楽しむ62歳のフランク・マシアーノは、かつては"フランキー・マシーン"と呼ばれた凄腕の殺し屋だったが、今はマフィアの世界からすっかり足を洗ったつもりでいた―が、そうした冬のある日、フランクは、今になって彼の命を奪おうとする何者かに罠に嵌められ、それまでの平和な日々に別れを告げることに―。

 2006年に発表されたドン・ウィンズロウ(Don Winslow、1953-)の10作目の邦訳作品(原題:The Winter of Frankie Machine")であり、叙事詩的大作『犬の力』(2005年発表、'09年/角川文庫)の次の作品になりますが、その後も2011年までに4作書いているとのことで、未だ邦訳が出ていないそれらの作品との関連ではどうなのか知りませんが、過去のシリーズ作品ではなく単独作品です。

 50代に入った作者が62歳の"黄昏の殺し屋"をどう描くか、それまでタフガイながらも繊細さを持った比較的若い主人公が多かっただけに、その新境地に関心を持ちましたが、実際に読んでみると、フランクの人生の過去を追っている部分がかなり占めています。

 "見習いマフィア"のような時代から始まって、様々の抗争事件を振り返るのは、今自分を亡き者にしようとしているのが誰なのかをフランク自身が考えるためでもありますが、過去の出来事も"現在形"のように書かれているため、結局、今までのウィンズロウ作品とあまり変わらないような...(そのため、今までのウィンズロウ作品と同じように楽しめてしまったのだが)。

 「ストリップ戦争」凄いね。"ウィンズロウ節"炸裂という感じ。バイオレンスものが嫌いな人にはお薦め出来ませんが、サンディエゴ版「ゴッドファーザー」と言ってもいいかも(作中に映画「ゴッドファーザー」を意識した記述が縷々ある)。

 一方、現在の"老"フランクは、彼の命を狙う包囲網を次々と切りぬけていきますが、そこには年齢というものがあまり感じられず、やはり、ヒーローは老いても"老い"を見せてはならなのかと。
62歳の元殺し屋と65歳の旧友との再会は確かにキツイものだったけれど、老いているのは相方ばかりで、フランク自身からは(冒頭部分を除いては)年齢は伝わってこないなあと思いきや、"老い"はちゃんと最後に、巧みにプロットに組み込まれていました(『ボビーZの気怠く優雅な人生』(′99年/角川文庫)をちょっと思い出した)。

 ジョン・ハートの『ラスト・チャイルド』('10年/ハヤカワ・ミステリ)に続いて読みましたが、最近、ジョン・ハートや、『エアーズ家の没落』('10年/創元推理文庫)のサラ・ウォーターズなど文芸色の強いミステリがよく読まれている中、この独特の「エンタメ・トーン」は、"ゆるい系ハードボイルド"と呼ばれているそうで、一言でミステリと言っても幅があるなあと思いました。

 2010 (平成22) 年度の「週刊文春ミステリー ベスト10」では、『ラスト・チャイルド』は1位、この作品は9位ですが、宝島社の「このミステリーがすごい!」では『フランキー・マシーンの冬』が4位で『ラスト・チャイルド』は5位。こうなると、どっちがいいかは好みの問題で、優劣の問題ではないような気がします。

robertdeniro.jpg どっちも好きだけど『ラスト・チャイルド』はじっくり読んで、『フランキー・マシーンの冬』は一気に読むのがいいかも。『犬の力』よりは軽めだし。

 因みに『犬の力』の後書きで、本作はロバート・デ・ニーロ主演で映画化が決定していると書いてありましたが、どうなっている?

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「●「週刊文春ミステリー ベスト10」(第1位)」の インデックッスへ

「不全家庭」の再生。環境に負けない少年の心意気が健気。ミステリと言うより"文学作品"的。

ラスト・チャイルド ポケミス.jpg ラスト・チャイルド ポケミス2.jpg  ラスト・チャイルド 上.jpg  ラスト・チャイルド 文庫上.jpg ラスト・チャイルド文庫下.jpg 
ラスト・チャイルド (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』『ラスト・チャイルド(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『ラスト・チャイルド(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 13歳の少年ジョニーの家庭は、1年前に起きた双子の妹アリッサの誘拐・行方不明事件のために一変し、共に優しかった両親は、父親はやがて謎の失踪を遂げ、母親は薬物に溺れるようになっていた。ジョニーは、妹の無事と家族の再生を願って、昼夜を問わない危険な調査にのめり込んでいくが―。

 ミステリ界の"新帝王"との呼び声も高いジョン・ハート(John Hart、1965-)が2009年に発表した作品(原題:The Last Child)であり、「アメリカ探偵作家クラブ賞」最優秀長篇賞と「英国推理作家協会賞」最優秀賞スリラー賞のW受賞作とのこと。また、「早川書房創立65周年&ハヤカワ文庫40周年記念作品」ということで(何だか"肩書"が長いが)、ハヤカワ・ミステリ文庫とほぼ同時期に、ポケット・ミステリからも刊行されるという早川書房の力の入れようです。

 実際、2010 (平成22) 年度「週刊文春ミステリーベスト10」(海外編)第1位作品であり、早川書房の「ミステリが読みたい! 2011年版」(海外編)でも第1位と日本での評判も良かったようで、自分自身も読んでみて感動しました。

 家族が崩壊して「不全家庭」状態になっているにも関わらず、そうした環境に押しつぶされることなく、自らを律し、家族の再生という目的意識を持って、親友と共に妹の行方を探し続ける少年の心意気が健気に感じられました。

 全体としてハードボイルド・タッチな中にも、登場人物の心理描写などにおいて詩的な表現が入り交ざったりして、ミステリと文学作品の中間のようなトーンであり、作者自身が「(テーマとしての)家族崩壊は豊かな文学を生む土壌である」と述べているそうです。

 前半部でジョニーの目の前で殺人事件が起き、被害者が死に際に「あの子を見つけた」というダイイング・メッセージを残したため、妹の生存に希望を抱いた少年は、犯罪歴のある近隣の住人たち(これが分かるというところがアメリカ社会らしい)を日々監視して過ごしますが、ここから物語の展開は遅々として進まず、ミステリとしては、必ずしもテンポはいいものではないように思えました。

 一方、人物描写はよく出来ていて、とりわけ殺人事件の捜査にあたるハント刑事の、少年の妹の誘拐事件を解決出来ていないという悔恨の情を抱え、少年の母親への愛情にも似た思い入れがありながらも、少年の行動を手掛かりに、上司の妨害や嫌がらせにも屈せず事件の核心に迫ろうとする姿勢には、共感を覚えました(自分の事件への深入りを、かつての少年の妹の誘拐事件からくる偏りによるものではないかと自問するなど、ストイック且つ自省的なところもいい)。

 「家族崩壊」は少年の家庭だけのことではなく、ハント刑事も息子とうまくいっておらず、またジョニーと探索行動を共にするジャックも、親兄弟とうまくいっていません。
 途中で発覚した事件(こっちの方がより大事件?)は小児性愛者によるものであるし、ある意味、アメリカの社会や家庭が抱えている問題を扱った"社会派"系でもあるなと、途中から、半分ミステリとして読むことを自分の中で抑えてしまった感もありましたが、読み終えてみて、これらの親子関係は実は事件の伏線でもあったんだなあと。

 但し、"予想通り"通常のミステリにおけるカタルシスが期待出来るような作品ではなく、むしろ、ずっしり重い気分にさせられる話でした(純粋にミステリとして見た場合の評価は★3つかも知れない)。
 そうした中で、悲惨な事実を知ってもそこから立ち直り、"お墓参り"をしたり、親友に"仲直り"の手紙を書いたりするジョニー少年の、あくまでも前向きな姿勢が"救い"であるような、そんな作品でした(少年1人にこれだけのものを負わせちゃっていいのかなあ)。

 【2010年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ]/2010年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(上・下)]】 

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私設部隊による人質奪回。原作も映画も大いに楽しめたのは、"ノンフィクション"だからか。

鷲の翼に乗って 集英社文庫 上.jpg 鷲の翼に乗って 集英社文庫 下.jpg 『鷲の翼に乗って(上) (集英社文庫)』『鷲の翼に乗って(下) (集英社文庫)

 1978年、イランではパーレヴィ王朝の独裁に対し民衆の怒りが昂り、テヘランでは軍と市民の衝突が繰り返されていたが、そうした中、米テキサス州ダラスに本社を置くコンピュータ関連会社EDSの重役2人が不当逮捕され、EDS会長ロス・ペローは在イラン米大使館やキッシンジャー前国務長官に働きかけて救出を依頼するが失敗、遂に自力での人質救出をすべく、社員による救出チームを組織し、元グリーンベレーのアーサー・D・"ブル"・サイモンズ大佐に協力を依頼する―。

On Wings of Eagles (VHS, 1991).jpg鷲の翼に乗って On Wings of Eagles .jpg 1983年に英国の作家ケン・フォレットが発表した小説で(原題:On Wings of Eagles)、実際にあった事件を取材して作品化したものであり、本書に登場するEDS会長ロス・ペローという人物は、1992年の大統領選に民主・共和両党とは別に第3政党を立ち上げ立候補したあのロス・ペロー氏です(小柄だが気骨ありそうな老人という印象)。

 この選挙は、一般投票率が、ビル・クリントン43%、ジョージ・ブッシュ37%、ペロー19%という結果で、彼の善戦は、パパ・ブッシュの票を獲り込んだため、クリントン大統領誕生の副次的要因となったと言われていますが、自分で傭兵部隊を作って直接行動に出るというのは、一部のアメリカ人にはいかにも受けそうだなあと。

On Wings of Eagles [VHS] [Import]

 ストーリーは、複雑な政治背景の部分以外は冒険小説風で、比較的すらすら読めてしまうのですが、実話がベースになっていることを思って読めば、それなりの重みも感じられ、但し、どの程度の脚色がされているのかは測りかねるといったところでしょうか(大統領やホワイトハウスはかなり無能・無力な存在として描かれている)。

 そうした憶測は抜きにして、サイモンズ大佐らによる計画立案から必要物資や人員の調達、拠点確保から行動実施までの流れは、ビジネス書によくある「Plan(計画)→Do(実行)→See(統制)」の所謂「PDSサイクル」の実践版のようでもあり、「リーダーシップとは何か」ということのケーススタディのようでもあります。

鷲の翼に乗って 輸入版DVD.jpg鷲の翼に乗って 輸入版VHS.jpg '86年にアンドリュー・V・マクラグレン監督によってTⅤ映画化されており、サイモンズ大佐を演じたバート・ランカスターは貫禄の演技で、ああ、この人なら部下はついてくるなあと。

On Wings of Eagles [VHS] [Import]
On Wings of Eagles [VHS] [Import]
 輸入版VHS(英語・ペルシャ語)

 慎重なサイモンズは、社員たちに様々な事態を想定した訓練を施しますが、イランに入ってからの交渉は難航し、革命に乗じて何とか刑務所から2人を脱獄させた後も、トルコへの脱出行の最中に不測の事態が次々発生し、そうした際にそれらの訓練が役立つ―では、サイモンズは超人的な予言者のような人物なのかというとそうではなく、実行されることの無かった訓練も数多くあったわけで、要するに、あらゆる不測の事態を想定して、入念に計画し、備えたということことなのでしょう。

 TV版のためか、特別凝った演出がされているわけでもなく、原作を忠実に追うことを主眼としているようで、爆弾を作ったり、暗号を作成したりするといった細部まで映像化されており、そのために約4時間の長尺にはなっていますが、起伏に富んだストーリーを、原作同様に飽きさせず一気に見せます。

地獄の7人.jpg地獄の7人 ちらし.jpg そう言えば、テッド・コチェフ監督の「地獄の7人」(′83年/米)という、ベトナム戦争終結後10年経っても戻らない息子の生存を信じ、息子のかつての戦友を集めて現地へ救出に向かう大佐(「鷲の翼に乗って」 のサイモンズ大佐と同じく退役軍人)の話の映画があって(主演はジーン・ハックマン)、同じ「私設部隊」でも、「地獄の7人」の方はどちらかというと"傭兵"というより"OB会"という感じが色濃かったでしょうか。

地獄の7人 [DVD]

 「地獄の7人」では、男たちの友情や親子の愛情がテーマとなっていましたが、それよりも年寄りにアクションはキツいんじゃないかとつい余計な心配してしまったりするのは、元になっているのがフィクションだからでしょう。

 そうした意味では、「事実に立脚した」とか「実話に基づく」という謳い文句は強みだなあと(それさえ信じ込ませれば怖いもの無し?)
 原作も映画も共に大いに楽しめたのは、自分がその"ノンフィクション効果"を、大いに受けたからかも。

 「鷲の翼に乗って」●原題:ON WING OF EAGLES●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督:アンドリュー・V・マクラグレン●音楽:ローレンス・ローゼンタール●時間:235分●出演:バート・ランカスター/リチャード・クレンナ/ポール・ル・マット/ジム・メッツラー/イーサイ・モラレス/ジェームズ・ストリウス/ローレンス・プレスマン/コンスタンス・タワーズ/カレン・カールソン/シリル・オライリー●テレビ映画:1990/10 テレビ東京(評価:★★★★)

「地獄の7人」●原題:UNCOMMON VALOR●制作年:1983年●制作国:アメリカ●監督:テッド・コッチェフ●製作:ジョン・ミリアス/バズ・フェイトシャンズ●脚本:ジョー・ゲイトン●撮影:スティーヴン・H・ブラム●音楽:ジェームズ・ホーナー●時間:105分●出演:ジーン・ハックマン/ロバート・スタック/フレッド・ウォード/レブ・ブラウン,/パトリック・スウェイジ●日本公開:1984/06●配給/パラマウント映画●最初に観た場所:三軒茶屋映劇(85-05-25)(評価★★★)●併映:「ゴールド・パピヨン」(ジュスト・ジャキャン)

 【1986年文庫化[集英社文庫(上・下)]】 

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ドイツのスパイが主人公で英国将校が副主人公。美女の活躍など、エンタテインメント色が強い。

レベッカへの鍵 集英社.jpg            レベッカへの鍵 新潮文庫.jpg    レベッカへの鍵 vhs.jpg  針の眼 ケン・フォレット.jpg Ken Follett
レベッカへの鍵 (1982年) (Playboy books)』『レベッカへの鍵 (新潮文庫)』「レベッカへの鍵 [VHS]

レベッカへの鍵 洋書.jpg 第2次世界大戦下、当時は英国が支配していたリビア、エジプトに、連合軍から"砂漠の狐"と恐れられるロンメル将軍が送りこんだスパイ、アレックス・ヴォルフは、英国占領下のカイロで英国軍の軍事作戦をスパイし、ロンメル将軍に情報を送ろうとするが、それに気付いた英国軍のウィリアム・ヴァンダム少佐は、地元の女性を協力者とし、スパイを暴き出す作戦に出る―。

 1980年に英国の作家ケン・フォレットが、『針の眼』('78年)、『トリプル』('79年)に続いて発表したスパイ小説(原題:The Key to Rebecca)。
1940年の北アフリカ戦線で、劣勢だった独ロンメル軍団が連戦連勝して優勢の英アフリカ軍を追い詰めていき、英国の生命線であるカイロが陥落寸前となった背景には、ロンメル将軍のスパイ戦術による情報収集力があったというのは事実のようです。

 主人公が「独」スパイで、副主人公が「英」陸軍情報部の将校であるという位置づけがこの作家らしいですが、独スパイ・アレックスがベリーダンサーのソーニャを抱き込んでその魅惑の力を利用し、英国将校ウィリアムは、自身に想いを寄せるユダヤ人女性エレーネに危険な使命を与え、スパイを暴き出す作戦に出るという、共に女性絡みになっていて、この辺りはサービス精神旺盛。

レベッカへの鍵 サントラ.jpg ただ、ちょっと"サービス過剰"という感じもして、その分「レベッカ」という実際に北アフリカ戦線で使われた暗号の謎解きというモチーフは後退し、デュ・モーリア小説「レベッカ」が暗号コード名として利用されたというだけの意味付けに止まっていて、テーマが拡散した印象も受けました(それでも、終盤の両者の攻防の畳み掛けは流石だが)。

レベッカへの鍵 洋書2.jpg 読み易い一方で、やや通俗に流れるキライもある作家かなあと思いましたが、TV映画化作品を観て、ああ、最初から映像化を意識していたのかなあとも(要するに、"エスピオナージュ通"受けよりも"一般大衆"受けを狙った?)。

 自分は"一般"側なので、原作のみならず、3時間超に及ぶ映像化作品の方も、「セクシーなベリーダンス」シーンとかだけでなく、プロット的にも良くできたエンタテインメントとして、それなりに(むしろ大いに)楽しみましたが、TV映画であるためか、人物像がパターン化していて演出的に特筆するようなものがある作品ではなく、ただ面白いだけという感じ。
 それはそれで面白ければ良しとすべきなのかも知れませんが(評価自体は素直に★4つ)、やはり、その面白さは原作に負うところが大きいか。

 「レベッカへの鍵」●原題:THE KEY TO REBECCA●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・ヘミングス●脚本:サミュエル・ハリ●撮影:マリオ・ヴルピアーニ●音楽:J・A・C・ベッドフォード●時間:198分●出演:デヴィッド・ソウル/クリフ・ロバートソン/シーズン・ヒューブリー/リナ・レイモンド/アンソニー・クエイル/デヴィッド・ヘミングス/ロバート・カルプ●テレビ映画:1986/08 NHK(評価:★★★★)

 【1983年文庫化[集英社文庫(矢野浩三郎:訳)]/1997年再文庫化[新潮文庫(矢野浩三郎:訳)]】

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非情さと人間臭さを併せ持ったスパイ像。ひと癖ありそうなドナルド・サザーランド向きだった?

針の眼.jpg     針の眼 創元推理文庫.jpg      針の眼 dvd.jpg  針の眼 映画チラシ.jpg
針の眼 (ハヤカワ・ノヴェルズ)』『針の眼 (創元推理文庫)』['09年]「針の眼 [DVD]」/映画チラシ

針の眼 新潮文庫.jpg 第2次世界大戦の最中、英国内で活動していたドイツの情報将校ヘンリー・フェイバー(コードネーム"針")は、連合軍のヨーロッパ進攻に関する重大機密を入手、直接アドルフ・ヒトラーに報告するため、英国陸軍情報部の追跡を振り切り、Uボートの待つ嵐の海へ船を出したが、暴風雨の影響で離れ小島に漂着してしまう―。

針の眼 (新潮文庫)

 1978年にイギリスの作家ケン・フォレット(Ken Follett)が発表したスパイ小説で(原題:The Eye of the Needle)、この人、『大聖堂』以来、歴史小説家の趣きがありますが、この作品でエドガー賞などを受賞し、『トリプル』(Triple)、『レベッカへの鍵』 (The Key to Rebecca)と相次いで発表していた頃は、米国のロバート・ラドラム(1927-2001)に続くエスピオナージュの旗手という印象でした。

 この作品には相変わらず根強いファンがいるようで、'09年にも創元推理文庫から新訳が出たり、 映画化作品がWOWOWでハイビジョン放送されるなどしていますが、もともと原文が読み易いのではないでしょうか。畳み掛けるようなテンポの良さがあります。

 スパイの行動を追っていくという点では、同じ英国の作家F・フォーサイスの『ジャッカルの日』と似て無くもないし、『ジャッカルの日』を読む前からドゴールが暗殺されなかったのを知っているのと同じく、連合軍の欧州侵攻の上陸地点がカレーであるかのように見せかけて実はノルマンディだという"針"ことヘンリーが掴んだ"機密情報"が、結局ヒトラーにもたらされることは無かったという既知の事実から、彼が目的を果たすことは無かったということは事前に察せられます。

Donald Sutherland and Kate Nelligan.jpg 但し、そのプロセスがやや異なり、マシーンのように非情に行動する"ジャッカル"に対し、ヘンリーは、同じく非情な人物ではあるものの、流れついた島の灯台守の夫婦に世話になるうちに、その妻と"本気"の恋に落ちてしまうという人間臭い設定で(夫が下半身不随で、妻は欲求不満気味だった?)、そのことが結局は、彼が任務を遂行し得なかった原因に―。
針の眼 洋モノチラシ.jpg
 '81年にリチャード・マーカンド監督によって映画化され、ヘンリー役がドナルド・サザーランドというのに当初は違和感がありましたが、結局は向いていたかも。

 このひと癖もふた癖もありそうな人物を演じるのが上手い俳優は、ロバート・アルトマン監督の「M★A★S★H」('70/米)からフェデリコ・フェリーニ監督の「カサノバ」('76年/伊)まで幅広い役柄をこなし、ジョン・スタージェス監督の遺作「鷲は舞いおりた」('76年/英)(原作はドイツのパラシュート部隊によるチャーチル拉致計画を描いたジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』)では、IRAのテロリストで狙撃の名手という役も演じていました(これも、ナチス精鋭部隊が主役という点では異色作だが、映画の方はイマイチ)。

カサノバ 1シーン.jpg 「カサノバ」は全編スタジオ撮影で、巨大なセットがカサノバの人生の虚しさとだぶっていると言われているそうです(フェリーニ監督は彼の人生を演技的と捉えたのか)。
 カサノバ(サザーランド)の"連続腕立て伏せ"シーンなどは凄かったというか、悲壮感、悲哀感があった...(ある精神分析家によれば、好色家には、"女性なら誰とでも"という「カサノバ型」と"高貴な女性を落とす"ことに喜びを感じる「ドンファン型」があるそうだが、何れもマザー・コンプレックスに起因するそうな)。
カサノバ フェリーニ.jpg
 このカサノバ役は、ロバート・レッドフォードを初め多くの自薦他薦俳優が候補にあがったようですが、「最もそれらしくない風貌」をフェリーニ監督に買われてサザーランドに決定したそうです。

 「カサノバ」●原題:IL CASANOVA DI FEDERICO FELLINI●制作年:1976年●制作国:イタリア●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:アルベルト・グリマルディ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/ベルナルディーノ・ザッポーニ●撮影: ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:154分●出演:演:ドナルド・サザーランド/ティナ・オーモン/マルガレート・クレマンティ/サンドラ・エレーン・アレン●日本公開:1980/12●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町スバル座(81-02-09)(評価:★★★)

 「カサノバ」の5年後に撮られた「針の眼」のサザーランドは、非情ながらもやや"もっそり"した感じで、それでいて目付きは鋭く(こういう病的に鋭い目線は、後のロン・ハワード監督の「バックドラフト」('91年/米)の放火魔役に通じるものがある)、半身不随の夫を、正体を知られたために殺害する場面などは、(相手を殺らなければ自分が殺られるという状況ではあるが)"卑怯者ぶり"丸出しで、普通のスパイ映画にある"スマートさ"の微塵も無く、それが却ってリアリティありました。

針の眼 シーン2.jpg 灯台守の妻がヘンリーの正体を知り、突然愛国心に目覚めたため?と言うよりは、ヘンリーの行為を愛情に対する裏切りととったのでしょう、「何もかも戦争のせいだ。解ってくれ」と弁解する彼に銃を向けるという、直前まで愛し合っていた男女が殺し合いの争いをする展開は、映像としてはキツイものがありましたが、反戦映画としての色調を感じました。

 「針の眼」●原題:EYE OF THE NEEDLE●制作年:1981年●制作国:イギリス●監督:リチャード・マーカンド●製作:スティーヴン・フリードマン●脚本:スタンリー・マン●撮影: アラン・ヒューム●音楽:ミクロス・ローザ●時間:154分●出演:ドナルド・サザーランド/ケイト・ネリガン/イアン・バネン/クリストファー・カザノフ/フィリップ・マーティン・ブラウン/ビル・ナイン●日本公開:1981/10●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

ダーティ・セクシー・マネー.jpg ドナルド・サザーランドの息子のキーファー・サザーランドは、今は映画よりもTVドラマ「24-TWENTY FOUR-』のジャック・バウアー役で(どの場面を観ても、いつも銃と携帯電話を持って、無能な大統領補佐官らに代わって大統領から直接指令を受け、毎日"全米を救うべく"駆け回っていた)活躍していますが、父親ドナルド・サザーランドの方も、「ダーティ・セクシー・マネー」の大富豪役などTVドラマで、最近のその姿を観ることができるのが嬉しいです(相変わらず、どことなく不気味さを漂わせる容貌だが)。
 

24 TWENTY FOUR.jpg「24 -TWENTY FOUR-」24 (FOX 2001/11~2009) ○日本での放映チャネル:フジテレビ(2004~2010)/FOX
24 -TWENTY FOUR- ファイナル・シーズン DVDコレクターズBOX

Dirty Sexy Money.jpg「ダーティ・セクシー・マネー」Dirty Sexy Money (ABC 2007/09~ ) ○日本での放映チャネル:スーパー!ドラマTV(2008~)
Dirty Sexy Money: Season One [DVD] [Import]
 

 

 

 【1983年文庫化[ハヤカワ文庫(鷺村達也:訳)]/1996年再文庫化[新潮文庫(戸田裕之:訳)]/2009年再文庫化[創元推理文庫(戸田裕之:訳)]】 

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「精緻」と言うより「丁寧」。新訳によって、「犯人を知りつつ読む面白さ」が増した?

yの悲劇 角川文庫.jpg 『Xの悲劇 (角川文庫)』['10年] yの悲劇 原著.jpg  The Tragedy of Y by Barnaby Ross (Ellery Queen)

yの悲劇 カバー.jpg 行方不明が伝えられた富豪ヨーク・ハッターの腐乱死体がニューヨークの港で見つかり、その後、ハッター邸では毒殺未遂事件など奇怪な出来事が発生する。そして遂には、ヨーク・ハッターの老妻エメリー夫人が寝室で何者かに殴殺されるという事件が起きる。警察の依頼を受けた元シェイクスピア俳優のドルリー・レーンが調査に乗り出すが―。

 エラリー・クイーン(Ellery Queen)がバーナビー・ロス名義で1932年に発表した作品で、日本での海外ミステリの人気投票企画では定番で上位に来る作品ですが、『Xの悲劇』と同じ発表年であるというのもスゴイことだなあと。

 但し、犯人の意外性がこの作品の最大のポイントであり、時間を経てもその衝撃が忘れられないというのは傑作の証しだろうけれども、再読した場合にどれくらいインパクトがあるだろうかと疑念を抱きつつ、越前敏弥氏による新訳が出たので、数十年ぶりに再読してみました。

 そしたら、やっぱり面白かった。結構、早め早めに犯人を暗示するような伏線が敷かれていたというか、思った以上にヒントが散りばめられていたというか、ミステリ音痴の自分にとっては、レーンが犯人を絞っていく論理的な過程を追うことが出来て、安心して楽しめたというところでしょうか。

 なぜ凶器がマンドリンなのかということ以外にも、普通の犯人だったらするとは考えられないようなことをこの犯人はどうしてやったのかということが、レーンによって事細かに"解説"されていて、「精緻」と言うより「丁寧」な印象を今回は受けました。

 やや引っ掛かったのは、ヨーク・ハッターの書いた小説のあらすじが、とりわけ薬物の扱いについて極めて手順指示的なことで、そうでなければ薬物の専門知識の無い犯人には犯行は成し得ないわけですが、ヨーク・ハッターが結局は構想止まりだった小説について、ここまで指示的に書く必然性があったのかなあと(深読みすれば、書いている間は潜在的に実行犯の登場を期待していたともとれるが)。

 それと、「奇異な血筋」とか「家系的に欠陥がある」といった病気や遺伝についての誤った表現があり、これは、1930年代という時代を考えればやむを得ないのかも知れないし、この作品以降の推理小説やハードボイルド小説にも、そうした家系をベースとしたプロットのものが少なからずありますが、一方で、ダシール・ハメットの『デイン家の呪い』(1929年)などは、それを匂わせながらも、最後はそうしたものを否定していて、やはり、時代を考慮しても、少なからず抵抗がありました。

 結局、レーンは、それ(血筋)を根拠に、性悪説的な見地から最後は独自に断罪行為に出たようにもとれ、解説の桜庭一樹氏が書いているように、「老人になってからのエルキュール・ポアロのある事件にも似て」いるのかも知れません(エルキュール・ポアロ・シリーズの中には、ポワロはまるで死刑執行人のようだと思わせるような結末のものがあり、そもそも、ポアロ・シリーズ3作目の『アクロイド殺し』(1926年)からして、その気配がある)。

 そうした幾つかの引っ掛かりはありましたが、傑作であるには違いなく、海外よりも日本でこの作品の人気が高いのは(海外では『Ⅹの悲劇』の方が評価高いらしい)、「犯人を知りつつ読む」という読み方を日本人が結構しているからではないかと(ミステリを読む人ならば、この作品が未読であっても全く犯人を知らないという人の方が少ないのではないか)、今回の越前敏弥氏の読み易い新訳を通して改めて思った次第です。

 【1958年文庫化[新潮文庫(大久保康雄:訳)]/1958年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ(砧一郎:訳)]/1959年再文庫化・1970年改版[創元推理文庫(鮎川信夫:訳)]/1961年再文庫化[角川文庫(田村隆一:訳)]/1974年再文庫化[講談社文庫(平井呈一:訳)]/1988年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)]/2010年再庫化[角川文庫(越前敏弥:訳)]】 

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新訳によってより感じられた、テンポの良さ、モダニズム、構成・謎解きの精緻さ。

xの悲劇 角川文庫.jpg 『Xの悲劇 (角川文庫)』['09年] xの悲劇 1952.jpg Avon Books(1952)

xの悲劇 原著.jpg ニューヨークの株式仲買人ロングストリートが、会社で女優との婚約発表を兼ねたパーティーをした後、自宅でパーティーの続きをするため出席者全員で乗った路面電車の中で、ポケットに入れられた毒液が塗られた針が何本も刺さったコルク玉に触れて死ぬ。この満員の車中での密室犯罪の謎を解くため、警察から援助を求められて、元俳優のドルリー・レーンが調査に乗り出すが、その目の前で第2の殺人が起き、更には第3の殺人までもが―。

 エラリー・クイーン(Ellery Queen)がバーナビー・ロス名義で1932年に発表した作品で、「エラリー・クイーン」とはフレデリック・ダネイ(Frederic Dannay、1905-1982)とマンフレッド・リー(Manfred Lee、1905-1971)という従兄同士の合作ペンネームですが、ダネイがプロット担当で、リーが文章担当だったそうです。

 この作品に関しては、引退したシェイクスピア俳優であるドルリー・レーンという英国貴族風のキャラクターと、犯罪者の心理を読み解くことが推理の柱となっているというそのシャーロック・ホームズ的な手法から、やや古風な印象が強かったのですが、今回、『ダヴィンチ・コード』の翻訳者である越前敏弥氏による新訳で読んでみて、まず、第1の殺人から第2の殺人にかけてのテンポの良さにハマりました。

 これ、高度の科学捜査技術が用いられていないことを除いては、現代のクライム・サスペンスのトーンとさほど変わらないのではないかと思ったりもし(サム警視も現代の犯罪捜査官とあまり変わらないような感じで、結構てきぱき行動している)、この作品の発表の5年くらい前までコナン・ドイルが雑誌にシャーロック・ホームズ物を連載していたり、モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパン物の後期作品やアガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』(1934年)や『ABC殺人事件』(1935年)と時期的にほぼ重なることを思うと、このモダンさは特筆すべきではないかと感じました。

 ドルリー・レーンが登場してからは、英国風の庭がどうのこうのといった話も出てはきますが、ホームズ物のようにプロットの周辺にある時代がかった小道具を楽しむというよりは、純粋にプロットを楽しめる本格推理小説であり、どうして英米でこの作家の作品が日本ほどに一般ウケしないのか(ミステリ通には支持されているようだが)、やや不思議な気もします。

 但し、既に多くの人が指摘しているように、なぜレーンは犯人の見通しがつきながらもサム警視に何も情報を与えなかったのかなどといった疑問点も少なからずあり、最大の瑕疵とされているのは、第2の殺人の犯行の(犯人にとっての)重要ポイントが、多分に蓋然性に依拠している点です。

 個人的にもそこが1つのネックだとは思いますが(ダイイング・メッセージにも無理があるようには思うが)、それらのことを含めても、市電、フェリー、列車という3つの乗り物を事件の舞台に設定した構成力や、犯行への執着を裏付ける犯人の抱えた悲劇性の深さに加えて、レーンの精緻且つ論理的な謎解きが新訳によってよりクリアになったように思われ、今さらこの作品を傑作とするのはベタな気もしますが、やはり傑作であるには違いないと改めて思った次第です。

 【1958年文庫化[新潮文庫(大久保康雄:訳)]/1959年再文庫化・1970年改版[創元推理文庫(鮎川信夫:訳)]/1964年再文庫化・2004年改版[角川文庫(田村隆一:訳)]/1977年再文庫化[講談社文庫(宇野利泰:訳)]/1988年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)]/2009年再庫化[角川文庫(越前敏弥:訳)]】

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