2011年9月 Archives

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場面描写が"新人"離れしていて、読んでいて無駄や澱みが無いという感じ。

白樫の樹の下で.jpg 『白樫の樹の下で』(2011/06 文藝春秋)

 2011(平成23)年・第18回「松本清張賞」受賞作。

 田沼意次時代から松平定信へ移行する天明年間の江戸本所で、提灯貼りの内職で家計を助けながら、佐和山道場で代稽古を務める小普請組の御家人・村上登は、町人ながら錬尚館で目録を取る巳乃介から一竿子(いっかんし)忠綱の名刀を預かって欲しいと頼まれる。その頃、大膾(おおなます)と呼ばれる凄腕の残虐非道な辻斬りが世間を騒がせていて、登も巳乃介も、道場仲間の仁志兵輔も青木昇平も、その犯人捜しに巻き込まれていく―。

 作者は経済関係の出版社に18年間勤務した後、経済関係のライターをしていた人で、90年代に純文学の新人賞を受賞したものの、その後10年のブランクを経て60歳を過ぎて初めて松本賞に応募し、しかもこれが本人にとって初の時代小説であるとのことですが、年季が入っているせいか、手馴れた雰囲気の作品でした。

 前半部はミステリとしては緩やかな展開で、その中で「白樫の樹の下」にある道場で共に剣術を磨いた3人の男達の友情や、その内の1人・兵輔の妹を巡る残り2人・登と昇平の確執など、彼らの人間関係が描かれていますが、背景としての下級武士の暮らしぶり(内職で糊口を凌いでいる)や道場の様子などの描写がしっかりしていて(相当下調べしたのだろうなあ)、それをマニアックにならずにさらりと書いているのが読み易かったです。

 後半になると事態は急展開し、主要登場に次々と災厄が降りかかりますが、前半部分に不穏な伏線はあるけれども、主人公にとって身近な人物がこう次から次へと...というのはややヤリ過ぎかなという気もしなくはありませんでした。

 但し、剣戟場面はよく描けていたなあ。天明期ともなると武士でも人と刀を斬り結んだ経験のある者は少なく、そうしたことを前提に剣戟シーンを書いているため、現代人が読んで比較的リアルに感じられるというのもあるかもしれません(どのような境地に達した時に人を斬れるかというのが、作品の大きなモチーフになっている)。

 主人公の関係者の中に"大膾"事件の下手人がいるかもと思わせつつ、片やその関係者がバタバタ倒れていき、プロセスにおいては結構ハマりましたが、一方で、事件の真相を知ってしまうと、ミステリとしては結構ショボかったと言うと言い過ぎですが、やや拍子抜けの感も無きにしもあらずでした。

 但し、1つ1つの場面描写に"新人"離れしているものが感じられ、読んでいて無駄や澱みが無いという感じであり、何だか褒めたり貶したりですが、今後に期待が持てる作家であるには違いないと思いました("新人"にしては、ということで、或いは10年のブランクを経ての松本賞受賞に対するお祝いの意味も込めて、星半分オマケか)。

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心理小説、文芸小説的な味わいのある作品。

杉の柩 ポケミス.jpg  杉の柩 ミステリ文庫.jpg  杉の柩 クリスティー文庫.jpg
杉の柩 (1957年) (世界探偵小説全集)』『杉の柩 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-11))』『杉の柩 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

Sad Cypress (1940).jpg エリノアは幼馴染みの義理の従兄ロディーと婚約して幸せに浸っていたが、その二人の前にメアリイが現れ、彼女の出現でロディーが心変わりをし、婚約は解消され、激しい憎悪がエリノアの心に湧き上がる。そしてある日、彼女の作ったサンドイッチを食べたメアリイが死んだ。「犯人は私ではない!」と心の中で叫ぶエリノアの声が通じたかのように、名探偵ポワロが調査を開始する―。

 1940年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:Sad Cypress)、すごく面白いというわけでもないですが、初期作品に比べて登場人物の心理描写がキメ細やかで、これもまた「外れが少ないクリスティ作品」の1つではないでしょうか。

Sad Cypress 1963. Mass Market Paperback

 エリノアが法廷に立つ場面から始まる倒叙法を採っていますが、自分が嫉妬心に駆られていたことを自覚する彼女は、無罪を主張しながらも、自分が"無意識"にサンドイッチに毒を仕込んだかのような錯覚に陥りかけているという―こうした彼女の揺らめく心理の描写も含め、全体を通して、心理小説、文芸小説的な味わいのある作品です。

 殺害されたメアリイは、門番の娘でありながら、野性の薔薇のように美しい女性であり、性格も素直。しかし、こうなってみると、その美しさも素直さも結果的には罪つくりであったといえ、そうしたこともあってか、彼女の心理には敢えて必要以上には踏み込んでいないように思いました。

 ポワロが調査を開始した契機は、屋敷の主治医でメアリイのことを密かに想っていた青年ピーター・ロードからの依頼であり、ラストで・ロードはエリノアに寄り添っていて、エリノアも彼の温かさを感じているという、ハッピーエンドとは言わないまでも、"壊れかけた"エリノアの"再生・再出発"を暗示している結末が良いです。
 
 「彼女にはあなたが必要だ」とロードを後押しするポワロは、他の作品に類を見ない優しさ。この作品では、実質自分が事件を解決しながらも、法廷での事件の謎解きを全て弁護士にやらせ、自分は表に出てこないという謙虚さも見せています(そのことに物足りなさを感じるファンもいるようだが)。

 一方で、ミステリとしては、登場人物もそう多くないし、容疑者となると更に絞られるため、それほど意外性は感じられないかもしれません(しかも犯人は、「車掌・執事...」の言わば禁忌系であるし)。

Sad Cypress.jpg デヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」シリーズでも映像化されていますが、フランスの、ポワロやミス・マープルに代わってラロジエール警視とランピオン刑事が事件解決にあたるシリーズでも2010年にTVドラマ化されていて、どのような味付がされているのか(こちらは未見)。

"Sad Cypress"(2003年/イギリス)

【1957年新書化[ハヤカワ・ミステリ]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]/2004年再文庫化[クリスティー文庫]】

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アクション映画としてはよく出来ているが、列車が危険物を積んでいるという実感が無い。

アンストッパブル チラシ.jpg     アンストッパブル dvd.jpg   UNSTOPPABLE2.jpg
「アンストッパブル」チラシ 「アンストッパブル [DVD]

アンストッパブル 1.jpg ペンシルバニア州のある操車場に停車中の最新式貨物列車が、整備士の人為的ミスによって無人のまま走り出してしまうが、積荷は大量の化学薬品とディーゼル燃料であることが判明、操車場長のコニー・フーパー(ロザリオ・ドーソン)は極めて深刻な事態が発生したことを認識し、州警察に緊急配備を依頼する。その頃、勤続28年のベテラン機関士フランク・バーンズ(デンゼル・ワシントン)と職務経験4ヵ月の車掌ウィル・コルソン(クリス・パイン)は、この日初めてコンビを組み、旧式機関車に乗り込み職務に就いていた―。

 2001年にオハイオ州で発生した貨物列車暴走事故が下敷きになっていて、発生場所も含め変更が加えられており、そのため「事実に着想を得た」作品となっていますが、ハリウッド映画にありがちなテロリストやサイコパスの"悪意"による事故ではなく、純粋に人為的ミスの積み重ねで生じたトラブルをモチーフにしているところに興味を惹かれました(「リスク管理」の教材にしようとまでは考えなかったが)。

アンストッパブル 3.jpg デンゼル・ワシントンは、同じくトニー・スコット監督作品の「サブウェイ123 激突」('09年)でも鉄道員の役を演じていて、前回は運行司令官役でしたが、今回は運転士役。デンゼル・ワシントンが、妻と死別し2人の難しい年頃の娘がいる寡男で会社からは退職勧告を受けていて、クリス・パインの方は、妻の浮気疑惑で離婚争議中のため接近禁止命令が出ている男といった具合に、共に仕事や家庭生活に難点を抱える者同士の組み合わせですが、映画の主役は、劇薬を積んで市街地へ向かって暴走する800メートルの貨物列車でしょうか。

アンストッパブル 2.jpg 鉄道会社の上層部の見通しの甘い事故対応が更に事態を悪化させるといった社会批判も織り交ぜ、また、アクション映画としてもよく出来ているけれども、最初からデンゼル・ワシントン(観ていて安心感あり過ぎ)らが事態を収束するであろうことが見えていて、あまりドキドキしなかった感じも。

恐怖の報酬
恐怖の報酬3.jpg恐怖の報酬1.bmp恐怖の報酬.jpg 街中のカーブで貨物列車が脱線する恐れがあるいうのは確かにスリリングかも知れませんが、列車が危険物を積んでいるという実感が無く、その点は、イヴ・モンタンがニトログリセリンを積んだトラックを運転するアンリ・ジョルジュ・クルーゾーの「恐怖の報酬」('53年/仏)などは上手かったなあ。

 油田火災を消火するためにニトログリセリンをトラックで運ぶ仕事を請け負った男たちの話ですが、男たちの目の前で石油会社の人間が積み荷であるニトロの一滴を岩の上に垂らしてみせると岩が粉微塵になってしまうという、導入部の演出が効果満点!! 一滴だけでもこれだけの威力があるものを、トラックに目一杯積んで、これから危険な山道を走るという...シズル感のあるスリルの演出―どうして、こうした先人たちのテクニックを活かさないのだろう。 

UNSTOPPABLE.jpg 女性操車場長のロザリオ・ドーソンは好演。但し、事故の収束とともに2人の男がヒーローになるのは"予定調和"の内だけれど、それで両者の仕事や家庭問題まで一気に解決されてしまったとなると、"事故様様"みたいな感じもしてしまいました(1人犠牲者が出ている。「危機管理」の観点からももっと反省すべきケースではないか)。

 トニー・スコット監督、デンゼル・ワシントンの組み合わせでは、米軍原子力潜水艦を舞台にした「クリムゾン・タイド」('95年)が傑作でしょうか(艦長役のジーン・ハックマンの好演に負うところが大きいのだが)。あの頃のデンゼル・ワシントン、まだ若かったなあ。いつまで「善い者」役ばかりやってるんだろう(シドニー・ポワチエの現代版か)。

「アンストッパブル」●原題:UNSTOPPABLE●制作年:2010年●制作国:アメリカ●監督:トニー・スコット●製作:ジュリー・ヨーン/トニー・スコット/ミミ・ロジャース/エリック・マクレオド/アレックス・ヤング●脚本:マーク・ボンバック●撮影:ベン・セレシン●音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ●時間:98分●出演:デンゼル・ワシントン/クリス・パイン/ロザリオ・ドーソン/ケヴィン・ダン/イーサン・サプリー/T・J・ミラー/リュー・テンプル/ジェシー・シュラム/ケヴィン・チャップマン/ケヴィン・コリガン/デヴィッド・ウォーショフスキー●日本公開:2011/01●配給:20世紀フォックス(評価:★★★)
恐怖の報酬3.jpg
「恐怖の報酬」
●原題:LE SALAIRE DELA PEUR●制作年:1953年●制作国:フランス●監督・脚本:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー●撮影:アルマン・ティラール●音楽:ジョルジュ・オーリック●原作:ジョルジュ・アルノー●時間:131分●出演:イヴ・モンタン/シャルル・ヴァネル/ヴェラ・クルーゾー/フォルコ・ルリ●日本公開:1954/07●配給:東和●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10) (評価:★★★★)●併映:「死刑台のエレベーター」(ルイ・マル)
  
 

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「AXNミステリー」の「視聴者ベスト10」からも窺えるが、中盤作品の中では頑張っていた。

刑事コロンボ 忘れられたスター vhs1.jpg 忘れられたスター ジャネット・リ―.jpg ジャネット・リー「刑事コロンボ 完全版 Vol.16 [DVD]
特選 刑事コロンボ 完全版「忘れられたスター」【日本語吹替版】 [VHS]

axn コロンボ best.jpg 今年('11年)6月にピーター・フォークが亡くなったのを受けて、「AXNミステリー」で9月16日から2日間にわたり、「俳優ピーター・フォーク追悼特集 連続50時間放送」が放送され、1日目はオスカー俳優が犯人役としてゲスト出演した作品(vs. レイ・ミランド 第11話「悪の温室」/vs. アン・バクスター 第14話「偶像のレクイエム」/vs. ホセ・ファーラー 第23話「愛情の計算」/vs. ルース・ゴードン 第41話「死者のメッセージ」/vs. フェイ・ダナウェイ 第62話「恋におちたコロンボ」)などを放送、そして2日目には、視聴者投票による「刑事コロンボ人気ランキングBEST10」が発表され、10位から1位の順で10作品が放送されました。その「視聴者ベスト10」の内容は下記の通り(カッコ内の役者名は、犯人役を演じた俳優。因みにNHKは、7月初旬にBSプレミアムでの追悼特集として、「二枚のドガの絵」「別れのワイン」「パイルD‐3の壁」の3作をセレクトして放映した)。

 第1位:別れのワイン(第19話/ドナルド・プレザンス)
 第2位:忘れられたスター(第32話/ジャネット・リー)
 第3位:殺人処方箋(第1話/ジーン・バリー)
 第4位:溶ける糸(第15話/レナード・ニモイ)
 第5位:祝砲の挽歌(第28話/パトリック・マクグーハン)
 第6位:ロンドンの傘(第13話/R・ベイスハート / O・ブラックマン)
 第7位:パイルD‐3の壁(第9話/パトリック・オニール)
 第8位:二枚のドガの絵(第6話/ロス・マーティン)
 第9位:歌声の消えた海(第29話/ロバート・ボーン)
 第10位:指輪の爪あと(第4話/ロバート・カルプ)

 「コロンボ・シリーズ」は70年代の最初のシリーズがパイロット版も含めて全45話、80年代終わりから90年代にかけての新シリーズが24話ありますが、こうして見ると、「ベスト10」はすべて70年代のシリーズから選ばれていて、しかも、その中でも1話から10話までの間に4つ、11話から20話までの間に3つ、21話から30話までの間に2つ、31話から45話までの間に1つと、前の方ほど選ばれている作品が多いようです。

 「ベスト10」で一番後の作品は第32話の「忘れられたスター」で、たまたまAXNで「コロンボ・シリーズ」全69話を放送中にピーター・フォークが亡くなり、8月中旬の段階でシリーズ全体の丁度真ん中くらいにあたる第32話「忘れられたスター」まで放送が終わったところだったので、そうした関係もあるのかなと。

 倒叙型のパターンを毎回繰り返しているわけで、その中でも幾つかのパターン類型があり、どうしても前の方の作品が有利になるというのもあるかもしれませんが、シリーズの前半部分に傑作が多いことは実際その通りであるようにも思われ、個人的にはシリーズ前半に"偏った"「ベスト10」にあまり違和感は覚えませんでした(むしろ、"確かに"という感じ)。

刑事コロンボ 忘れられたスター1.jpg そうした中、「忘れられたスター」は第32話でありながら「ベスト10」の第2位ということで、中盤の作品の中ではすごく評価高く、頑張っているなあと(そのあらすじは次の通り)。

 往年のミュージカルスターのグレース・ウイラー(ジャネット・リー)は、自ら出資してまでカムバックを果たそうとしているが、引退した医師の夫ヘンリー(サム・ジャッフェ)は、その出資に反対する。グレースはどうしても譲らない夫を自殺に見せかけ銃殺、ヘンリーは前立腺の手術を勧められており、それを苦に自殺したと見られたが―。

 個人的には、犯人グレースの行動には不合理なところも多いように思われ(計画殺人なのか発作的な殺人なのかよく分からなかった)、そうしたことも含め、彼女が脳動脈瘤という不治の病を抱えている(もし治るのだったら、医者である夫が治療を勧めていたであろう)ことと関係しているのか。

刑事コロンボ 忘れられたスター2.jpg コロンボが事件の謎を解いている最中にも、彼女の病が記憶喪失を昂進させているため、彼女自身、自分が殺人を犯したことも忘れてしまっているような感じで、一方で、彼女の身代わりになろうとするナイト(騎士)的な男性(ネッド・ダイアモンド)もいて、コロンボは彼に事件の経緯を説明し、犯人に対しては謎解きも逮捕もしないという、極めて変則的な結末になっています。
 この結末がこの作品の最大の評価ポイントであることは間違いなく(第1位の「別れのワイン」にも通じる犯人へのいたわりか)、個人的にも余韻を残したいいエンディングだと思います。

Psycho (1960).jpgJanet Leigh.jpg 大スターだった過去に執着するグレースの設定は、ビリー・ワイルダー監督の映画「サンセット大通り」('50年)を念頭に発想されたように思われ(「サンセット大通り」のグロリア・スワンソンが着ていたドレスと似た衣装をまとっている場面がある)、また、犯人役のジャネット・リー(1927‐2004/享年77)の代表作は「サイコ」('60年)ですが、自身が出演した映画「Walking My Baby Back Home」('50年)で歌い踊る26歳の自分を観ているという場面があるなど、結構、映画ネタの詰まった作品です(因みに、ジャネット・リーの夫はトニー・カーティス、映画「トゥルー・ライズ」などのジェイミー・リー・カーティスは次女で、父親と母親の両方の姓を名乗っているわけだが、第40話「殺しの序曲」につっけんどんなウェイトレス役でチョイ役出演している)。

 最初観た時の評価は星3つか3つ半ぐらいだったけれど、犯人の行動の不合理も病気によるものと捉えれば...。更に、再見してラストをじっくり味わった末に星4つに(AXNの「ベスト10」に多少影響を受けた?)。
 ジャネット・リーも「サンセット大通り」のグロリア・スワンソンほどの凄味は無いけれど、出てくるなり殺されてしまう「サイコ」よりは、じっくり"女優"している感じがしました。

「刑事コロンボ(第32話)/忘れられたスター」●原題:FORGOTTEN LADY●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:ハーベイ・ハート●製作:エヴァレット・チェンバース●脚本:ウィリアム・ドリスキル●ストーリー監修:ピーター・S・フィッシャー/ウィリアム・ドリスキル●音楽:ジェフ・アレキザンダー●時間:97分●出演:ピーター・フォーク/ジャネット・リー/ジョン・ペイン/サム・ジャッフェ/モーリス・エバンス/リンダ・ゲイ・スコット/ロス・エリオット/ハーヴェイ・ゴールド/フランシーヌ・ヨーク/ジェローム・ガーディノ/マイク・ラリー/ジョニー・カーソン/デラ・リーズ●日本公開:1977/01●放送:NHK総合(評価:★★★★)


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必ずしもハッピーエンドとは言えない現在が予め示されている「成功物語」。

ソーシャル・ネットワーク dvd.jpgソーシャル・ネットワーク 【デラックス・コレクターズ・エディション】(2枚組) [DVD]

ソーシャル・ネットワーク 映画1.jpg 2003年、ハーバード大の19歳の学生マーク・ザッカーバーグ(ジェシー・アイゼンバーグ)は、親友のエドゥアルド・サヴェリン(アンドリュー・ガーフィールド)と共に、大学内で友達を増やすため、大学内の出来事を自由に語りあえるサイトを作ろうというある計画を立てる。2人で始めたこの計画は瞬く間に学生間に広がり、ナップスター創設者のショーン・パーカー(ジャスティン・ティンバーレイク)との出会いなどを経て、社会現象を巻き起こすほどの巨大サイトへと成長を遂げるが、ザッカーバーグ自身はその裏で、カネと裏切りの渦に巻き込まれていく―。

 全世界で5億人以上のユーザーが登録しているFacebookの創業にまつわる物語で、一躍時代の寵児となったザッカーバーグは、若くして億万長者へと成り上がっていくのですが、Facebookの前身が、ザッカーバーグがガールフレンドにフラれた腹いせで作った女の子の顔の格付けサイト「フェイスマッシュ」であり、大学の風紀を乱すとしてそのサイトが閉鎖されると、やはり女の子との出会いを目的としたハーバード大生専用のコミュニティサイト「ハーバード・コネクション」の制作に協力して、そこからヒントを得て、「ザ・フェイスブック」が誕生し、それがエドゥアルドの所属する大学一のファイナル・クラブである「フェニックス」の人脈を利用して瞬く間に広まっていったという過程が興味深かったです。

 結局、ザッカーバーグは、「ハーバード・コネクション」の創設者ウィンクルボス兄弟と、彼が共同設立した会社のCEOとなったエドゥアルド(ショーン・パーカーを巡って2人の意見が対立し、結局彼はザッカーバーグに設立会社の重役を降ろされてしまう)の両者から訴えられていて、映画は、ザッカーバーグが抱える2つの訴訟場面を現在とし、過去を時系列で顧みる形で物語が展開されていくため、必ずしもハッピーエンドとは言えない現在が予め観客に提示されている「成功物語」ということになります。

ソーシャル・ネットワーク 英文キャッチ.jpg 米国では評論家から高い評価を得た作品のようですが、この構成が果たして良かったのか、それとも、係争中であるため、消去法的にこうした作りにならざるを得なかったのか。英語版のキャッチコピーにも"You Don't Get To 500 Million Friends Without Making A Few Enemies"とあり、観る前から結末が暗示されています(どっちかと言うと、"500 Million Friends"ではなく"10 billion dollar"ではないか。フォーブス誌によれば、ザッカーバーグの資産は2011年現在で約174億ドルで全米長者番付第14位。前年からの増加は106億ドルで最も大きかった。因みに、日本語版のキャッチは「天才・裏切り者・危ない奴・億万長者」)。

ソーシャル・ネットワーク 映画2.jpg IT業界の裏側を覗き見ると言うより、Facebookがどのようにして生まれたか自体に関心があって観ましたましたが、意外だったのは、最初は極端にオタクっぽく見えたザッカーバーグ(この人、アスペルガー症候群?)が、後半になると随所で経営者才覚を発揮する点で、ビル・ゲイツなどもこのプロセスを経てきているのだろうけれど、前半及び裁判シーンでザッカーバーグの"KY(空気読めない)ぶり"がやや強調され過ぎている感じもしました(映画として面白くするため?)。

 この作品の制作に際してFacebook側の協力は得らておらず、結局どこまでが事実で、どこからが創作なのかは不明ですが(この点が個人的には最も不満)、ザッカーバーグ自身はこの作品を公開初日にFacebookの社員全員で観に行ったそうで、「事実とそうでない部分が混ざっていて面白かった。映画の中で着ているTシャツは完全に正しい。全部僕が持ってる服と同じだったよ。サンダルのメーカーまで完璧に合ってる(笑)。でも、基本的な部分で間違っているところが多い。例えば、Facebookを作った理由が"女の子にモテたいから"ってなってたけど、僕と彼女はFacebookを作る前から付き合っているし、別れたこともないんだよ。ただ、映画を観た多くのFacebookユーザーから"感激しました!"という反応があった。この映画を観て、コンピューターの分野に進むことを決意する人が出てきたり、そういう影響を与えたことは最高に凄いと思う。その部分だけはね」とコメントしており、割合マトモな談話ではないかなあ(元々はマトモな人物なのか、それとも財界人になって社会的協調性を身につけたのか?)。

「ソーシャル・ネットワーク」●原題:THE SOCIAL NETWORK●制作年:2010年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・フィンチャー●製作:スコット・ルーディン/マイケル・デ・ルカ/シーアン・チャフィン●脚本:アーロン・ソーキン●撮影:ジェフ・クローネンウェス●音楽:トレント・レズナー/アッティカス・ロス●原作:ベン・メズリック「facebook」●時間:121分●出演:ジェシー・アイゼンバーグ/アンドリュー・ガーフィールド/ジャスティン・ティンバーレイク/ブレンダ・ソング/ラシダ・ジョーンズ/ジョゼフ・マゼロ/マックス・ミンゲラ/ルーニー・マーラ/アーミー・ハマー/ダグラス・アーバンスキ/ダコタ・ジョンソン/トレヴァー・ライト/ウォレス・ランガム●日本公開:2011/01●配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(評価:★★★)

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「堕落論」と「続堕落論」の両方を読み比べることで、著者の意図がより明確に。

堕落論 銀座出版社 1947年6月初版.gif   堕落論 角川文庫.jpg  堕落論 角川文庫2.jpg
堕落論 (1947年)』/『堕落論』(角川文庫・旧版)/『堕落論 (角川文庫クラシックス)

 昭和21(1946)年4月、当時40歳の坂口安吾(1906-1955)が発表した「堕落論」は、文庫で十数ページばかりのエッセイですが、戦争が終わって半年も経たない内に書かれたとは思えないくらい、当時の世相の混沌を透過して世間を見据え、日本人の心性というものを抉っており、久しぶりの読み返しでしたが、その洞察眼の鋭さに改めて感服させられました。

 人間は堕落する生き物あり、ならばとことん堕落せよと説いていることから、人生論的エッセイという印象がありましたが、こうして読み返してみると、ヒト個人と日本をパラレルに論じていて、日本人論、日本文化論的な要素も結構あったかも。

 武士道に関する記述において、仇討が、仇討の法則と法則に規定された名誉だけによるものだったという指摘などは鋭く、「生きて捕虜の恥を受けるべからず」というのも同じ事であり、日本人は実はこういう規定がないと、戦闘に駆りたてられない心性の民族なのだと(戦争中にはこれが「玉砕」の発想に繋がってしまったのではないか)。

 その考え方を敷衍させ、天皇制を「極めて日本的な(独創的な)政治的作品」と見ているのが興味深く、日本の政治家達(武士や貴族)は、自己の隆盛を約束する手段として、絶対君主の必要を嗅ぎ付けたのだとし、だから天皇は、社会的に忘れられた時にすら、政治的に担ぎだされてくると指摘しています(豊臣秀吉が衆楽に行幸を仰いだように)。

 戦時下の米軍の爆撃に大いに恐怖を感じていたことを告白しながらも、「偉大な破壊を愛していた」とも言い、「あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが充満していた。(中略)偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命、その驚くべき愛情。それに比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない」とし、「だが、堕落ということの驚くべき平凡な当然さに比べると、あのすさまじい偉大な破壊の愛情や運命に従順な人間たちの美しさも、泡沫のような虚しい幻影にすぎないという気持ちがする」としています。

 徳川幕府が赤穂四十七士に切腹を命じたのは、彼ら生き延びて堕落し、美名を汚すことがあってはならぬという慮りであり、人は生きている限り堕落するものであると。但し、「戦争は終わった。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。(中略)人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことは出来ない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない」と言っているように、「堕落」を肯定的に捉えています。

 これを同年(昭和21年)12月に発表の「続堕落論」と併せて読むと、まず「続堕落論」では、満州事変から始まる天皇を無視した軍部の独走を、「最も天皇を冒涜する者が最も天皇を崇拝していた」としてより直截に批判するとともに、「たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕の命令に服してくれという。すると国民は泣いて、ほかならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、という。嘘をつけ!嘘をつけ!嘘をつけ! 我ら国民は戦争をやめたくて仕方なかったのではないか」と、より手厳しくなっています。

 更に、「私は日本は堕落せよと叫んでいるが、実際の意味はあべこべであり、現在の日本が、そして日本的思考が、現に大いなる堕落に沈淪しているのであって、我々はかかる封建遺制のカラクリにみちた「健全な道義」から転落し、裸となって真実の台地へ降り立たなければならない。我々は「健全な道義」から堕落することによって、真実の人間へ復帰しなければならない」とし、「天皇制だの武士道だの(中略) かかる諸々のニセの着物をはぎとり、裸となり、ともかく人間となって出直す必要がある」としています。

 但し、「堕落論」の末尾で、「だが人間は永遠に墜ちぬくことはできないだろう(中略)墜ちぬくためには弱すぎる。(中略)武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるだろう。だが(中略)自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく墜ちる道を墜ちきることが必要なのだ。そして人のごとく日本もまた墜ちることが必要であろう。墜ちる道を墜ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない」としていたのと同じく、「続堕落論」の末尾でも、「人間は無限に墜ちきれるほど堅牢な精神にめぐまれていない。何物かララクリにたよって落下をくいとめずにいられなくなるだろう。そのカラクリを、つくり、そのカラクリをくずし、そして人間はすすむ。堕落は制度の母胎であり、そのせつない人間の実相を我々はまず最もきびしく見つめることが必要なだけだ」としています。

 こうして見ると「堕落論」と「続堕落論」の趣旨は同じであり、一貫してある種"反語"的に論じられているため、自分自身、著者の意図をどこまで本当に把握し得ているのか心許無さも若干ありますが、「堕落論」と「続堕落論」の両方を読み比べることで、より著者の言わんとするところが明確に見えてくるように思いました。


 銀座出版社刊行の昭和22年版は、古書店を廻れば今でも入手可能(ベストセラーとなったため相当数刷られた?)ですが、文庫では、「日本文化私観」「青春論」「堕落論」「続堕落論」「デカダン文学論」「戯作者文学論」「悪妻論」「恋愛論」「エゴイズム小論」「欲望について」「大衆の反逆」「教祖の文学」「不良少年とキリスト」の13篇を収めた「角川文庫」が定番でしょうか。
 2011年に角川の「ハルキ文庫」の一環として創刊された「280円文庫」は、デフレ時代を反映してかその名の通りの価格で手頃であり、一応こちらも「堕落論」「続堕落論」「青春論」「恋愛論」の4篇を収録しています。

【1957年再文庫化・2007年改版[角川文庫]/1990年再文庫化[集英社文庫]/2000年再文庫化[新潮文庫]/2008年再文庫化[岩波文庫(『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』)]/2011年再文庫化[280円文庫(ハルキ文庫)]】

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