2011年10月 Archives

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性教育がテーマの学園ラブコメディ。悲恋物語でもあり、マリアの成因を辿ると奥が深いかも。

Iやけっぱちのマリア  全2巻.JPG 『やけっぱちのマリア (1) (少年チャンピオン・コミックス)』『やけっぱちのマリア (2) (少年チャンピオン・コミックス)

やけっぱちのマリア0.bmp 父子家庭に育った暴れん坊の中学1年生、ヤケッパチこと焼野矢八(やけのやはち)は、自分が"妊娠"したような感覚に襲われ、ある日身体からエクトプラズム(生霊)を産む。そのエクトプラズムは、ヤケッパチの父親の作ったダッチワイフに宿り、マリアと名付けられ、ヤケッパチと同じ学校に通うようになるが、マリアは、見かけは可愛い女の子だが、性格は「産みの親」であるヤケッパチに似てやんちゃだった―。

やけっぱちのマリア マリア.bmp '70(昭和45)年4月から11月にかけて「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に連載された作品で、作者自身は「性教育をテーマにした青春もの」としていますが、どこかの地方自治体では、この作品の連載を理由に「少年チャンピオン」を有害図書に指定したところもあったとのこと。

 作者は「読者はもっとおおらかだから大丈夫」とみて、描き続けたとのことですが、今読んでも、「性教育」の参考書(?)としても古さを感じさせず、さすが医学博士。

 まあ、トータルで見れば、肩の凝らない学園ラブコメディであり、当時はさらっと読んだ記憶がありますが、学校を仕切る「タテヨコ会」のナンバーワン(ボス)が、その学校の女生徒であるというのが面白い設定。

やけっぱちのマリア ボス.bmpやけっぱちのマリア ナンバー1.bmp ヤケッパチを巡って"ナンバーワン"はマリアと争い、マリアを荷造りして(元々はダッチワイフであるわけだ)網走の刑務所の死刑囚の下へ送ってしまった間、ヤケッパチを誘惑する―その際の中学生である"ナンバーワン"の全裸シーンーと言うより、裸になって同級生を誘惑するという設定が、性教育としては"ゆきすぎ"であり、"有害"とされたようです(因みに、ナンバーワンの苗字は雪杉)。

 一方、死刑囚の下に送られたマリアは、その死刑囚に強引に結婚を迫られるという、双方波瀾万丈のストーリーですが、互いに好き合うヤケッパチとマリアの恋は成就に至ることなく、最後はしんみりさせられるようなエンディング(とりわけマリアがちょっと気の毒、と言うか可哀想過ぎ?)。確かにコメディだけれども、ヒトと生霊の悲恋物語でもあります(手塚作品によく見られる「異類恋愛譚」の1パターンともとれる)。

 ヤケッパチの身体の中にエクトプラズムが生じたのは、3歳で母親を亡くした彼が、母性愛への潜在的な飢えから、自らの内部に女性的なものを分身として培っていた結果であるというのが作中の解釈で、「ユングのアニマ」みたいでもあるし、「フロイトのエディプス・コンプレックス」みたいでもあり(作中に「エディプス・コンプレックス」の解説がある)、ヤケッパチのマリアとの別れは、ある意味、彼の成長を象徴するものともとれ、この辺りは意外と奥が深かったかもしれません。

【1971年単行本[秋田書店・少年チャンピオン・コミックス(全2巻)]/1983年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(全2巻)]/1996年再文庫化[秋田文庫]/2010年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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普通の高校生が超能力を持ってしまったら...。作者自身も完成度にやや不満があった?

ユフラテの樹.jpgユフラテの樹.JPG   ユフラテの樹2.jpg
ユフラテの樹 (スターコミックス)』['75年] /『ユフラテの樹 (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)』['96年]

 高校の生物研究会の鎌は、伯父・庄之助の所有物であり謎の島とされている「恵法場島」という小島を調査する目的で、夏休みを利用して同級生の大矢、シイ子と共に島を訪れるが、島の住民や動物達の妨害に遭う。3人は島で不思議な大木を見つけるが、死んだはずの鎌庄之助が「超人」として現れ、その「ユフラテの樹」の実にはドルベスチンという物質が含まれていて、食べると「大脳皮質を興奮させ眠っている部分を目覚めさせ知能を発達させる」ため、危険なので食べてはいけないと警告する。東京に帰って学校生活に戻った3人は、大矢が密かに持ち帰った実を、決して食べないという互いの誓いを破って食べてしまい、鎌は念力を持ち、大矢は天才科学者になり、シイ子は天才ピアニストになるが、鎌は念力で、テレビに出ていた犯罪者を殺し、さらに本気で世界征服の野望を抱くようになる―。

 学習研究社の「高1コース」の '73(昭和48)年4月から'74(昭和49)年3月号に連載された作品で、普通の高校生が、未熟な精神のまま突然超能力を身につけたとしたら...という話です。
 
 鎌が「ユフラテの実」を食べてしまった理由が超能力を持ちたいというものであるのに対し、大矢はテストでいい成績を取りたいというのが、シイ子は発表会でピアノを上手く弾きたいというのがその理由。共に、さし迫った課題に対して準備不足であるといった切羽詰まった状況によるものである点が、いかにも高校生の日常感覚に近いところで描かれていたように思います。

 でも、主人公の鎌の暴走で(彼は殺人も犯しているわけで)話はどんどん拡大し、この話、当時リアルタイムで読んだのですが、どう決着つけたのだったかなあと思ったら、そういうことだったのかと。
 まあ、夢オチよりはましだけれど、これでも鎌の犯した罪は清算されないだろなあ(でも、罰を下す意味も無くなっているわけだが)。

 一見、教訓的な結末に落ち着いた感もありますが、誰もが意識的・無意識的に持っている願望を衝いている点は、やはり上手いと言えるかも。

 作者自身は、この作品をあまり気に入っていなかったそうで、「全体の構想など全く無いままに連載を始めた」そうですが(並行して何本も連載を抱え、更に「ブッダ」や「ブラック・ジャック」などの大作にとりかかった頃でもあり、忙しかったのか)、自身でも完成度にやはり不満があったのでしょうか。

 但し、予め作品のテーマだけはしっかり定めているように思われ、プロットの鍵となる「超人・鎌庄之助の正体」なども事前に構想済みだったようには思えます。
 
【1975年単行本[大都社スターコミックス]/1983年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集]/1996年再文庫化[秋田文庫]/1999年単行本[秋田書店・サンデーコミックス]/2009年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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SFからサスペン・ホラーまでバラエティに富む短篇集。密度が濃く、楽しめる。

空気の底 大都社 全1巻 1975.jpg   空気の底 上下 1971 朝日ソノラマ.jpg  朝日ソノラマ SUN MILLION COMICS 1978 上・下.jpg
空気の底 (ハードコミックス)』['75年/大都社]/『空気の底全2巻完結』['71年/朝日ソノラマ]/『空気の底 (1978年) (Sun million comics)』[朝日ソノラマ]

空気の底.JPG 手塚治虫が'68(昭和43)年9月から'70(昭和45)年4月にかけて青年向け雑誌「プレイコミック」の創刊号から読みきりの形で連載したものを纏めたもので、SFからサスペン・ホラーまでバラエティに富んでいて、テーマ的にも、人種差別、環境破壊、戦争と核の脅威、生命操作といった時事問題に踏み込む一方で、「性」や「死」といった人間の根源的なものから、人生の皮肉や不条理などにまで及んでいます。

空気の底 (ハードコミックス)』大都社(1975/05/10)

 当初、朝日ソノラマで単行本刊行され、その後に出たものは、大まかには大都社版、講談社全集版、秋田書店版の3種類があり、自分が持っている「大都社」版は「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「うろこが崎」「暗い窓の女」「わが谷は未知なりき」「嚢(ふくろ)」「処刑は3時に終わった」「バイパスの夜」「猫の血」「蛸の足」「聖女懐妊」「電話」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の15篇を収録しています。

 「玉石混淆」とみる人もいますが、個人的には、作者のストーリー・テラーぶりが何れもよく発揮されているように思われ、作者自身がこの「空気の底」シリーズを気に入っていて、単行本のあとがきで、「『空気の底』に収録されているいずれの作品も長編に成りうる要素を持っている」と言っているのも頷けました。

 でも、やはり短篇向きかな(アンブローズ・ビアスの短篇を想起させられた作品が幾つかあった)。中でも特に個人的に印象に残ったのは、「夜の声」「野郎と断崖」「ロバンナよ」あたりでしょうか。

 「夜の声」...日曜だけ乞食になって道に座るという風変わりな道楽を持つ、やり手の青年社長が、ある日家出した若い女を助け、女は乞食の掘立小屋で生活するようになり、真面目で心が美しい彼女が気に入った青年は、彼女を自分の会社に入社させ、妻にしようと考えるのだが― (人生の皮肉が効いている)。

空気の底 野郎と断崖.jpg 「野郎と断崖」...フランス西海岸に「妄想の崖」と呼ばれる切り立った崖があり、監獄から脱走した男がこの崖に逃げて来て、通りがかった家族連れを人質に崖下へ逃げるが、崖の上では警官の話し声や、男を説得する警官の声が聞こえる。男は行き場の無い崖中腹から逃げる事も出来ず、家族連れを殺害し、崖の上の警官隊に突入するが― (アンブローズ・ビアスっぽい。「処刑は3時に終わった」の方は、完全にビアス調)。

「プレイコミック」1000号記念別冊「空気の底(野郎と断崖)」

空気の底 ロバンナよ.jpg 「ロバンナよ」...大学時代の悪友を南伊豆に訪ねた手塚治虫は、世間とのつきあいを断った友が、雌ロバを可愛がっていることを知る。その晩泊まった手塚は、友人の妻がロバを殺そうとするのを止めるが、彼女が言うには、夫は動物の方が好きの変態だと。しかし友人は、自分の実験の失敗によって、妻とロバの心が入れ替わってしまったためだと言う― (ラストで両者の言い分の真偽を考えさせられる面白さ)。

 因みに、秋田書店版「処刑は3時に終わった」「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「グランドメサの決闘」「うろこが崎」「暗い窓の女」「そこに穴があった」「わが谷は未知なりき」「猫の血」「電話」「カメレオン」「聖女懐妊」「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の16篇を収録していて、大都社のハードコミックス版には、「グランドメサの決闘」「そこに穴があった」「カメレオン」「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」の4篇が無く、代わりに、「嚢(ふくろ)」「バイパスの夜」「蛸の足」の3篇が加わっていることになります。

空気の底 2011.jpg 「嚢(ふくろ)」は『ブラック・ジャック』の「ピノコ誕生」とモチーフが重なるのが興味深く、「バイパスの夜」もタクシーの運転手と乗客の遣り取りがサスペンス・タッチで面白く、「蛸の足」はちょっとグロテスクな味付け。

 公害問題が織り込まれている「うろこが崎」のラストもグロテスクであり、「猫の血」の前半部分などになるとそれこそ"梅図かずお風"であったりと、いろんな筆致やトーンが見られるのも、この短篇集の特徴かと思われます。

 全体のトーンが暗いせいもあってか、手塚作品の中ではマイナーな部類かもしれませんが、なかなか密度の濃い短篇集であり、個人的には大いに楽しめました。

空気の底 (手塚治虫文庫全集 BT 143)』講談社 (2011/7/12)

【1971年単行本・1978年改訂[朝日ソノラマ・サンミリオンコミックス]/1975年単行本・1985年改訂[大都社ハードコミックス]/1982年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集]/1992年単行本・2007年改訂[秋田書店・手塚治虫傑作選集]/1995年再文庫化[秋田文庫]/2011年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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子供に対する「気づき」と「行動」。シンプルなわりには、意外と大人向けかも。

おこだでませんように.jpg 『おこだでませんように』(2008/06 小学館)

 妹を泣かせて怒られて、女の子を驚かせて怒られて、友達に先に手を出して怒られて、お母さんや先生にいつも怒られてばかりいる「ぼく」は、学校の七夕祭りで短冊にある言葉を書く―。

 まず、単純にハッピーエンドであって、いいなあと思わせる話。男の子の立場や目線で書いてあるのが良く、また、話がたいへんシンプルなのがいいです。
 2008(平成20)年6月刊行であり、そう古くはない作品ですが、こういうシンプルなのが後々にまで残るのだろうなあ。でも、奥は深いかも。

 ポイントは男の書いた短冊を見た担任の先生の反応で、この先生の「気づき」とその後の「行動」が無ければ、この"いい話"は成り立たず、こういうのって個人の持つ"気づく力"と"実行力"に拠るなあと(この話の中の担任の先生が涙したように、ベースとなるのは"センシビリティ"だと思うが)。

 それらが無ければ、この男の子は単なる「問題児」として見られ、また、その後も様々な場でそのように扱われ続けていくのだろうなあ。

 問題を起こしがちな子を「母子家庭だから」とか後付けの理由を前にもってきて、この子は「問題児」であるとアプリオリに規定してしまうことの怖さも感じます(家族写真に父親が写っていないのは、やや"説明的"か)。

 子供に読み聞かせてもいいけれど、意外と読み聞かせする側(大人)向けかも。シンプルなわりには。

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バオバブの樹になったダチョウの話。ある意味、大人の方がストレートに感動させれてしまう?

かたあしだちょうのエルフ1.jpgかたあしだちょうのエルフ (ポプラ社のよみきかせ大型絵本)』(1970/10 ポプラ社)

 アフリカの草原に住む雄のダチョウのエルフは動物の子供達に人気があり、エルフも動物の子供を背中に乗せて走るのを楽しみにしていた。ある日、子供達がライオンに襲われ、エルフはライオンと戦って子供達を守り抜くが、ライオンに片方の脚を食いちぎられる。仲間の動物達は、片脚を失い走れなくなったエルフを気遣って餌を運んでいたが、時が経つにつれその姿もまばらになり、エルフは次第に痩せ衰えていく。そんなある日、子供達が黒豹に襲われ、エルフは逃げ遅れた子供を背負い、最後の気力を振り絞って黒豹と戦う。戦いの後、エルフは片脚で草原に立ったまま、一本の木に姿を変えていた。以来、いつまでも子供たちを見守り、動物達はその姿を見るたびにエルフのことを思い出すのだった―。

影絵かたあしだちょうのエルフ.jpg 小野木学(おのぎ まなぶ/おのき がく、1924-1976/享年52)の1970(昭和45)年発表の作品で、ロングセラーとしてアニメにもなっているようですが、NHK教育テレビで観た「影絵版」が、原作絵本の版画のイメージに近くて良かったです(語りは声優の朴璐美(ぱくろみ)のものと女優の夏木マリのものがあるようだが、自分が観たのは夏木マリの方)。

ETV「こどもにんぎょう劇場・かたあしだちょうのエルフ」

かたあしだちょうのエルフ2.jpg 再読ですが、ストレートに感動させられました。作者が解説的なことを作品の中に織り込んでいないため、いろいろな捉え方ができる作品でもあり、そこがまたいい点なのかも。

 例えば、若い頃から会社で骨身を削って仕事し、また会社に対して大きな貢献もしたのに、今はその会社によって窓際に追いやられ、誰からも敬われている気配はない―そんなお父さんが読むと、しんみりしてしまうかも。

 逆に、この作品を読んだ子供の中には、エルフのヒロイックな活躍に憧れる一方で、獰猛さを剥き出しにしたライオンや豹の絵や、「木になってしまう」というエルフの"死に方"に、やや引いてしまう子もいるようです。

 個人的には、五木寛之氏が『人間の覚悟』('08年/新潮新書)の中で「善意は伝わらないと覚悟する」「人生は不合理だと覚悟する」と書いていたのを思い出しました(五木氏は同書で、「ボランティアは石もて追われよ」とも書いている」)。

 但し、物語の中のエルフが涙したのは、誰からも振り返られなくなったからと言うより、自分がコミュニティに対して貢献できなくなったこと自体が悲しかったのでしょう。
 それ(コミュニティに対する貢献)が、エルフ自身にとっての自己実現であったわけで、そうした意味では、悲しい結末ではあるものの、最後にエルフは再度、自己実現を果たしたとも言えるのではないかと思います。

バオバブ.jpg 本職は洋版画家である作者は、地理書でアフリカの草原に屹立するバオバブの樹の写真を見ている時に、突然、頭の中で映写機が逆回りするかのように、この物語を着想したとのこと、それから「逆回転フィルムを正常に巻き戻すのに8ヵ月かかって」、ようやくこの物語を完成させたとのことです。

 確かに、あの樹の中には、ダチョウっぽく見えるものがあり、また実際、この樹はアフリカでは、「人々の暮らししを守る樹」とされているようです。

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アメリカの絵本だが、フランスの絵本よりフランス的。作者の若き日の欧州への憧憬が滲む。

Madeline.jpg げんきなマドレーヌ.jpg マドレーヌといぬ.jpg Ludwig Bemelmans.bmp L. Bemelmans(1898- 1962)
Madeline』『げんきなマドレーヌ』『マドレーヌといぬ

 先生と12人の女の子が暮らすパリの寄宿舎で、一番チビッ子ながらも物怖じしない子がマドレーヌ。ある晩マドレーヌは盲腸炎になり、痛くて大声で泣く。救急車で病院に運ばれ手術し、入院してしまうが、先生のミス・クラベルと11人の女の子達がマドレーヌのお見舞いに行くと、病室はお見舞いの品が一杯で、お腹の手術の傷をみんなに見せるマドレーヌは何だか誇らしげ―。

ベーメルマンス.gif 作者のルドウィッヒ・ベーメルマンス(Ludwig Bemelmans, 1898-1962)はオーストリア・チロルの生まれで、子供時代は問題児で様々な寄宿学校等で育ち14歳で学校を中退、ホテルで働き始めるも気性の激しさから騒動を起こして16歳で渡米、ニューヨークののリッツ・カールトンホテルで働き始め、1917年第一次世界大戦にアメリカ兵として入隊、戦争後はベルリンで本格的に絵の勉強をしようと渡欧計画を立てるも、夢果たせずにホテルの仕事を続け、やがて27歳でニューヨークのレストラン・オーナーとなり、自分のレストランの壁やアパートの日除けに絵を描いていたのが友人の編集者の目にとまって、その友人に絵本を描くことを勧められたとのが絵本作家となった契機であるとのこと。後の作品「マドレーヌ」も、最初はこのレストランのメニューの裏のいたずら書きだったそうです。

 結局、彼の処女作が世に出たのは1934年36歳の頃で、彼の名を広く世に知らしめることになった「マドレーヌ」シリーズの第1作である「Madeline」(「げんきなマドレーヌ」)は、1939年にニューヨークの出版社Viking Pressから刊行され、中身はイラスト漫画のようなシンプルな筆致のページと綺麗に彩色されたページから成っています。

『Madeline』(げんきなマドレーヌ)より

マドレーヌ2.JPG その後、「マドレーヌといぬ」「マドレーヌといたずらっ子」「マドレーヌとジプシー」「ロンドンのマドレーヌ」「アメリカのマドレーヌ」といった、同じくマドレーヌを主人公とした作品を発表しています(遺作「アメリカのマドレーヌ」以降は没後の刊行)。

マドレーヌ1.JPG とりわけこの「Madeline」は、盲腸炎に罹ったマドレーヌの入院騒動を扱ったシリーズの中でも最もシンプルなストーリーのものですが、シンプルでありながらも愉快なオチがあり、それがまた子供心をよく衝いている佳作で、そうしたお話の背景に、エッフェル塔、コンコルド広場、オペラ座、バンドーム広場、ノートルダム寺院などパリの有名な建物や場所が描かれているのが美しく、作者の若き日のヨーロッパへの強い憧憬が反映されているように思いました。

 マドレーヌのお見舞いを終えた残りの寄宿生が寄宿舎で食事をする場面で、マドレーヌは入院していて残りは11人のはずなのに、なぜか12人が食卓に座っているのは作者のミスであり、読者の指摘を受けて気付いたものの、敢えて改訂版でも訂正しなかったということです。

マドレーヌ3.JPG 1951年発表のシリーズ第2作『マドレーヌといぬ』(原題:「Madeline's Rescue」)は、米国の児童文学賞「コールデコット賞」を受賞した作品ですが、これも比較的シンプルで楽しい話で、寄宿舎の皆での散歩の途中、誤って川に落ちたマドレーヌを救った賢い犬を、皆で寄宿舎内で飼うことにするが―。
 この話にも愉快でほのぼのとしたオチがあり、犬に「ジュヌビエーブ」という名をつけたということは、なるほどメスだったのかと...。

『マドレーヌといぬ』より

 手元にある『Madeline』は、Viking Pressの1967年1月1日刊行版で、勿論、発表当初から英語で書かれているわけですが、英語では、「マデライン」という発音になるそうです(中国人の名前を日本語読みするのと同じか)。

 ある意味、フランスの絵本よりフランス的な作品で、やっぱり、これ「マドレーヌ」と読まないと雰囲気が出ないような気がします。

マドレーヌといたずらっこ.jpg マドレーヌとジプシー.jpg ロンドンのマドレーヌ.jpg アメリカのマドレーヌ.jpg

マドレーヌといたずらっこ (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)』『マドレーヌとジプシー (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)』『ロンドンのマドレーヌ』『アメリカのマドレーヌ

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ゲームのノベライゼーションみたいで面白かった。巻末の「白蛇伝」の変遷史が参考になる。

白蛇伝 渡辺2.jpg 白蛇伝 渡辺.jpg白蛇伝

 白娘(パイニャン)こと白素貞は、千年前に白蛇であったころ親切にされた若い薬売りに恩返ししたいとの一心で、かつて白娘と戦って完敗し、以降は白娘に尽くすようなった小青(シャオチン)を引き連れ、仙界から人間界に舞い戻る。そして、恩人の子孫で薬売りの許仙(きょせん)に巡り会うが、白娘の周りを、妖魔打倒を使命とする僧・法海(ほうかい)や、仙界及び人間界に対し反乱を企む妖魔・胡媚娘(フーメイニャン)一派らがつけ狙う。そうした中、白娘と許仙の恋の行方は―。

白蛇伝 movie.jpg 2005(平成17)年3月の偕成社刊。「小学上級から一般向け」とのことですが、なかなか面白かったです。映画「白蛇伝」('58年/東映)と比べると、登場人物の数が圧倒的に多く、映画ではその殆どが割愛されていたことになります。
 巻末に「人物事典」が付されていますが、主要登場人物だけで50人ぐらいいて(その半分近くは妖魔なのだが)、ゲーム絵師の石原依門氏がデザインしたそれぞれのキャラクターのイラストがページごとに挿入されています。
話そのものが、まるでRPGのようで(戦闘場面はバトルゲームのよう)、あたかもゲームのノベライゼーションを読んでいるようであり、ストーリーとそれらのイラストもよくマッチしています。

 「白蛇伝」は中国古代の四大民間伝説の一つとされ、またその中で「牛郎織女」(七夕伝説)と並んで最もよく知られているものですが、巻末の解説で、「白蛇伝」という話の成り立ちが詳しく解説されており、参考になりました。

 「白蛇伝」の書物としての起源は、唐代の伝奇小説「李黄」(現存する最古のものは『太平広記』(北宋)の中にある)、『清平山堂話本』(明代)にある「西湖三塔記」、明末に馮夢竜(ふうぼうりゅう)が編纂した『警世通言』の中にある「白娘子永鎮雷峰塔」などだそうです。

 この3つはどれも、白蛇の精が主人公の青年に害をなす妖魔として描かれており、「李黄」では、青年は白蛇の妖魔に誘惑された末に殺されてしまうとのこと、「西湖三塔記」では道士が白蛇を捕えて塔に閉じ込めたために青年は死なずにすみ、「白娘子永鎮雷峰塔」では僧・法海が白娘を雷峰塔に封印して終わるとのことです。

 これらをもとに民間で口承されていく中で、白娘が青年に恩返しするという話に変遷していったとのこと。僧・法海は、「白娘子永鎮雷峰塔」では、許宣(許仙)の命を救った正義の味方だったのが、民間で伝承されるうちに、「白娘と許仙の恋を邪魔するおせっかい坊主」にされてしまったとのことです。

 「正義の白蛇」となった民間伝承の「白蛇伝」は、劇の台本としては清代の黄図珌(こうとひつ)による『雷峰塔伝奇』(1738年)、方成培(ほうせいばい)による『雷峰塔伝奇』(1771年)、小説としては、陳遇乾(ちんぐうけん)の『義妖伝』(1809年)があり、これらが現在、児童文学も含め、中国で売られている「白蛇伝」の元になっているということです。

 ですから、中国人の持つ「白蛇伝」のイメージには「李黄」や「西湖三塔記」は含まれず、「白娘、小青、許仙、法海の4人が出てくる物語」としてあるとのこと、白蛇が薬売りに助けられ、恩返しをしに人の姿となって人間界に舞い戻るが、法海によって雷峰塔に閉じ込められるという基本パターンは共通しているものの、その中でさらに無数のパターンがあるようです。

 これまで何千年も生きてきた白蛇の精が、永遠の生命とすべての魔力を放棄し、愛する人と共に生きる数十年の生を選択するという本書のエンディングは、やはりいいなあと思わせるものがあります(白娘って、そうした一途に愛を貫く"ひたむきさ"の一方で、意外と"天然ボケ"なところも併せ持っていて面白い。まあ、"天然ボケ"は、お嬢様キャラとしての編者の脚色だとは思うが)。

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話はシンプルだが、アニメーション自体が素晴らしい。日本アニメの黎明期の傑作。「別格」的作品か。

白蛇伝 vhs.jpg白蛇伝 [VHS]白蛇伝 dvd.jpg白蛇伝 [DVD]白蛇伝1.bmp「白蛇伝」(1958)

白蛇伝2.jpg 心優しい青年・許仙(しゅうせん)に助けられた白蛇の精が、青年を慕って美少女・白娘(ぱいにやん)として現れるが、その正体を知る和尚・法海(ほっかい)によって二人の恋は妨げられ、許仙は命を落としてしまう。その命を助けるためには龍王の許しがなければならず、白娘は命を賭して龍王の試練に立ち向かい、更に青年を蘇らせるべく、法海のもとへ向かう―。

 中国古代の四大民間伝説の一つとされている「白蛇伝」は、上田秋成の『雨月物語』の中の「蛇性の淫」のモチーフにもなっています(と言うことは、白蛇の精は、溝口健二の「雨月物語」('53年/大映)で京マチ子が演じた元御姫にも通じるのか)。

 それはともかくとして、この作品以前に日本で作られた最大規模のアニメ映画は、松竹動画研究所による大戦中の国策映画「桃太郎 海の神兵」('45年/白黒74分)であり、それに対してこの「白蛇伝」は、東映動画が日本で初めて長編アニメ映画制作システムを構築した上で制作した作品であるとのこと(日本初の長編「カラー」アニメ映画ということになる)。
 
 以来、東宝動画は「少年猿飛佐助」('59年)、「西遊記」('60年)、「安寿と厨子王丸」('61年)、「アラビアンナイト シンドバッドの冒険」('62年)、「わんぱく王子の大蛇退治」('63年)、「わんわん忠臣蔵」('63年)、「ガリバーの宇宙旅行」('65年)と毎年のように長編アニメを発表し、アニメ制作の主導権は長年にわたり東映が握っているということです(「東映アニメまつり」の先駆けなのだなあ)。

 「桃太郎 海の神兵」を観て、その技法に感動したのが手塚治虫ならば、「白蛇伝」を観てアニメーション作家を志したのが宮崎駿、「白蛇伝」は日本アニメの黎明期の傑作とされています。

白蛇伝3.jpg 当時のことですから、セルは当然1枚1枚が手描きですが、登場人物の動きは、当時新人女優だった佐久間良子がヒロインの動きをライブで演じ、それをアニメートに生かすなど、ディズニー・アニメと同じ手法を取ることで、概ね滑らかなものとなっており、妖術合戦や大波のシーンなどのスペクタクルシーンは迫力満点、更に、場面ごとの背景の描写などは中国の古典的説話の雰囲気をよく醸していて(ここでも、画面の奥行きを出すために背景と動画を何層にも重ねるディズニー・アニメの手法が取られている)、総じて、長編アニメの第1号作品にしてかなり高い完成度と言えるのではないでしょうか。

 声の出演は、森繁久彌と宮城まり子の2人だけで各10役以上をこなしたそうで、このやり方は、後のTV番組「まんが日本昔ばなし」(声の出演は常田富士男と市原悦子の2人だけ)に受け継がれました。

 説話を翻案した中国の伝奇物語では、「異類婚姻譚」という物語の大枠は共通していても、このアニメのように恋物語としてハッピーエンドで終わるものもあれば、最後は白娘が妖魔としての正体を露わにし、法海に退治されてしまうというものもあるそうですが、何れにせよ、幾多の魑魅魍魎が登場するオリジナルに比べれば、登場人物を大幅に絞り込んだストーリーはシンプルと言えばシンプル、しかし、アニメの場合はこれでいいのだろうなあ。

白蛇伝 ポスター.jpg 子供の時に劇場で観ましたが、やはり、ストーリーよりもアニメーションそのものがずうっと後々まで印象に残りました(リアルタイムで観たつもりでいたが、実はリヴァイバル上映だった)。

 よくインターネット上で、「日本アニメのマイ・ベスト10」とか「日本アニメ史上の最高傑作は?」などといったサイトを見かけますが、名が挙がっているのは80年代、90年代の作品が多く、意外とこの作品の名が挙がらないのは、やはり何と言っても50年代という古さのためでしょうか?(そもそも、その頃は「アニメ」とは言わず「漫画映画」とか言っていたし)

 そうした80年代、90年代の作品を挙げている人達は、こんな古いのは観ていないのかなあ。
 まあ、そうした作品と比べても見劣りしない「傑作」であることに違いなく(評価としては一応星4つだが)、むしろ、日本アニメ史上におけるポジショニングや個人的な想い出も含めると、それらを超えて「別格」であるという感じはします。

「白蛇伝」●制作年:1958年●監督:藪下泰司●製作:大川博●脚本:藪下泰司/矢代静一●演出:藪下泰司/芹川有吾●撮影:塚原孝吉/石川光明●音楽:木下忠司/池田正義/鏑木創●時間:79分●声の出演:森繁久彌/宮城まり子●公開:1958/10●配給:東映(評価:★★★★)

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アニメ技術そのものはいいのだが、カタルシス不全を起こしそうな結末。

安寿と厨子王丸 dvd.jpg安寿と厨子王丸 [DVD]」 山椒大夫・高瀬舟.jpg山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫)

安寿と厨子王丸 vhs.jpg 鷗外の「山椒大夫」を原作とした溝口健二監督の映画化作品「山椒大夫」('54年/大映)はよく知られていますが、同じく鷗外の作を原作として、溝口作品の7年後に田中澄江(1908-2000)の脚本のもと)としてアニメ化されていて、オープニングに東映の「創立十周年記念」とあります。
 
 声の出演が、安寿が佐久間良子、厨子王(成人後)が北大路欣也、母が山田五十鈴、山椒太夫が東野英治郎、その長男が平幹二朗という錚々たる布陣であり、実際に人が演技した映像をなぞってアニメ化するという手法がとられていて、アニメーション自体も美しい出来栄えであるには違いないと思います。

安寿と厨子王丸1.jpg 安寿と厨子王のお供の動物キャラが出てくるのは子供向けアレンジですが、山椒大夫の2人の息子の内、弟の三郎が安寿に想いを寄せるという恋愛話も挿入されていたりします。
 
 安寿が焼き鏝を顔に当てられそうになるところを三郎が救うので、当然のことながら、やけどが菩提像の加護で癒えるという、鷗外の原作にあるはずの場面は無く、映像化しようとすると、やはりヒロインについては忌避される場面なのでしょうか(ましてや子供向けであるし)。

 安寿が入水自殺を遂げるのは鷗外の原作通りですが(オリジナルの説話「さんせい太夫」では刑死または拷問死なのだが)、成人した厨子王が都で化け物退治をするなどのオリジナル・エピソードがあり、何よりも原作と異なるのは、安寿を供養するため出家した三郎の願いで厨子王が山椒大夫親子を許してしまうという点で、やや拍子抜けしてしまいそうなまでの厨子王の寛容さ。
 
 しかも、ラストの母子再会でも、溝口作品同様に母の眼は「明かない」という...、アニメーション技術そのものはいいのだけれど、何だかカタルシス不全を起こしそうな結末とも言えるかと。
 
 子供向けということもあったと思いますが、山椒大夫が処刑を免れたのは、権力を握った者が旧敵を罰するという構図に反発した、当時の東映労組の意向も反映されているようです。


「安寿と厨子王丸」●制作年:1961年●監督:藪下泰司●製作:大川博●脚本:田中澄江●演出:藪下泰司/芹川有吾●演出助手:高畑勲●撮影:大塚晴郷/中村一雄/東喬明●音楽:木下忠司/鏑木創●原作:森鷗外「山椒大夫」●時間:83分●声の出演:佐久間良子/住田知仁/北大路欣也/宇佐美淳也/山田五十鈴/東野英治郎/平幹二朗/水木襄/山村聡/松島トモ子/三島雅夫/花沢徳衛●公開:1961/07●配給:東映(評価:★★★)

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安寿の死を「刑死」から「入水自殺」に置き換えたのは、あまりの忍びなさのため?

山椒大夫・高瀬舟.jpg山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫)』  安寿と厨子王.jpg安寿と厨子王 (京の絵本)

 森鷗外が、1915(大正4)年1月、52歳の時に雑誌「中央公論」に発表した作品で、安寿と厨子王の姉弟が山椒大夫の奸計により母と離れ離れになり、安寿の犠牲の後、厨子王が母と再会するというストーリーは、童話「安寿と厨子王」としてもよく知られていますが、鷗外の作品の中では、「阿部一族」などと比べても読み易い方ではないでしょうか。

 母子モノであるとも言え、谷崎潤一郎などにも中世に材を得た母子モノがありますが、谷崎ほどねちっこく無くて淡々とした感じで、谷崎のはややマザコンがかっているためかもしれませんが、この作品では親子愛と同じく姉弟愛が扱われているということもあるかと思います。

 淡々と描かれてはいるものの、史実をベースにした「阿部一族」のような堅さは無く、また、元となった中世説話「さんせう太夫」では、姉の安寿は刑死する(弟を脱走させたため拷問を受けて惨殺される)のに対し、鷗外作では入水自殺したことになっており、更には、山椒大夫が後に出世した厨子王に処刑される場面も無いなど、オリジナルの説話の方は苛烈な復讐譚でもあったものが、鷗外の手で意図的にソフィストケートされている感じがします。

山椒大夫3.bmp この鷗外の「山椒大夫」を原作とした溝口健二監督の映画化作品「山椒大夫」('54年/大映)はよく知られていますが、同じく鷗外の作を原作として、溝口作品の7年後に「安寿と厨子王丸」('61年/東映)としてアニメ化されていて、溝口作品では「姉弟」が「兄妹」になっていたり、アニメでは厨子王が山椒大夫親子を処刑せずに「許す」風になっていたりと(鷗外の原作にもそこまでしたとは書いていない)、いろいろ改変している部分があります。但し、安寿は何れの作品共に、鷗外の原作に沿って「入水自殺」で亡くなることになっています。

「山椒大夫」('54年/大映)

 鷗外の原作を離れたところでは、1994(平成6)年刊行の堀泰明の絵、森忠明の文による絵本「安寿と厨子王」('94年/同朋社出版)があり、「京の絵本」シリーズということで、中世の雰囲気をよく醸した美しいものです。

 文章は淡々と起きた出来事を述べるように書かれていて(まるで鷗外のよう)、英訳付きであることからみても大人向きではないでしょうか。

 監修が梅原猛、上田正昭というだけあって、説話「さんせう太夫」に沿って、安寿は拷問を受けて殺され、後に丹後の国主となった厨子王は、山椒大夫を捕えて死罪に処し(絵本でありながら、そうした場面がそれぞれにある)、溝口作品やアニメでは「明かなかった」ラストの母子再会で母の眼は「明く」ことになっています。まあ、このあたりが、ほぼ"正統"なのでしょう(子供に読ませるとなると抵抗を覚えるかも)。

 安寿の死を「刑死」から「入水自殺」に置き換えたのは、鷗外が最初なのでしょうか。拷問死というのがあまりに忍びなかったのかなあ。
 
【1938年文庫化[岩波文庫(山椒大夫・高瀬舟 他四篇』)]】

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ある面で原作を超え(カメラ)、ある面で原作とは別物に(ストーリー)。

山椒大夫.jpg山椒大夫 dvd.jpg 山椒大夫 映画1.jpg山椒大夫 [DVD]」(左から浪花千栄子・津川雅彦・田中絹代)

山椒大夫3.bmp ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を獲得した溝口健二監督の「山椒大夫」('54年/大映)は、宮川一夫のカメラワークが素晴らしく、海へゆっくりとパンしていくラストシーンは、後年ゴダールが「気狂いピエロ」のラストで引用したことでも有名ですが、香川京子が演じる安寿の入水シーンでは、画面の手前にかかる笹に"墨汁"を塗ってコントラストを出したりもしたとか(「七人の侍」でも"墨汁"の雨を降らせた。この人、「無法松の一生」の頃から色々な創意工夫をしている)。これらの場面についての鷗外の記述があまりに簡潔であるため、映像でそれを補って余りあるものとなっています。

山椒大夫 映画2.jpg 但し、一応は鷗外作を「原作」としているものの改変部分も多くあり、まず目立つのが、姉の安寿と弟の厨子王の"姉弟"が"兄妹"に逆転していて、厨子王(花柳喜章、少年時代は津川雅彦)が兄、安寿(香川京子)が妹、となっている点で、これは、花柳喜章、香川京子という配役が先に決まっていたためにこうなったとか。

 奴隷として売られて10年、美少年だった安寿は肉体労働に明け暮れ半ば自暴自棄の単なるダメ男になっていて、それがある日突然に逃亡を思い立ったら、妹に兄さんだけ逃げて...と言われる―。安寿は自らを犠牲にして、後の厨子王を支える守り本尊となったわけで、こうした設定からも、妹より姉の方がやはり良かったのでは(第一、妹を置いて逃亡する兄...というのも如何なものか)。

 更に原作には、焼きゴテで拷問された安寿の顔のやけどが、仏像の加護でみるみる傷が癒えるという場面がありますが映画には無く、またラストは、厨子王が盲目となった母親と再会した際に、守り本尊を額に押し付けると目が開くというものですが、映画では母親の眼は明かなかったように見え、意図的に霊験譚的なものを排しているように思えます(あの「雨月物語」を撮った監督にして)。

 一方で、安寿と厨子王の父親・平正氏が、朝廷の意に反して困窮する農民を救おうとして筑紫国へ左遷されたことや、両親の"教育方針"など、「原作」には無い部分はしっかり描かれていて、後半は厨子王の出世に至る経緯や「奴隷解放」的施策も描かれていますが("上からの改革"であることには違いない)、この辺りはうんと膨らませていて、完全に一本の"政治時代劇"になってしまっています(いかにも「元禄忠臣蔵」('41‐'42年/松竹))を撮った溝口らしい)。

 結果として、全体としても社会風刺的色合いが強くなっていますが、悪く言えば"通俗時代劇"風で、花柳喜章を筆頭に演技も"現代劇"風で平安時代とは思えず、テーマ的にも、果たして1950年代の日本で、「山椒大夫」という説話をベースとした作品の映画化において、こうした観点からの社会風刺が必要だったのか、やや疑問にも思いました。

山椒大夫4.jpg ラストが母子再会で終わるのは原作通りで、ベースとしては母子モノでありながらも、リアリズム乃至"娯楽性"の追求が、結果として土着民話的な説話色の強い原作を、勧善懲悪的な話に変えてしまった感もしなくもなく、「原作」とは別物とみた方が妥当かも(宮川一夫のカメラで星半個から1個プラス)。

「山椒大夫」(花柳喜章、田中絹代)

山椒大夫 vhs.jpg「山椒大夫」●制作年:1954年●製作:永田雅一●監督:溝口健二●脚本:八尋不二/依田義賢●撮影:宮川一夫●音楽:早坂文雄●原作:森鷗外「山椒大夫」●時間:124分●出演:田中絹代/花柳喜章/加藤雅彦(津川雅彦)/香川京子/榎並啓子/進藤英太郎/河野秋武/菅井一郎/見明凡太郎/浪花千栄子/毛利菊江/三津田健/清水将夫/香川良介/橘公子/相馬幸子/小園蓉子/小柴幹治/荒木忍/大美輝子/金剛麗子/南部彰三/伊達三郎●公開:1954/03●配給:大映(評価:★★★☆)山椒太夫 [VHS]

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「幽玄美女」と「糟糠の妻」。ラストは主人公が真実を知ったところで終わった方が余韻が出た?

雨月物語.jpg  雨月物語 dvd.jpg 雨月物語2.jpg 「雨月物語 [DVD]

 戦国時代(天正11年)の琵琶湖周辺の地。陶器が良い儲けになることを知った貧農の源十郎(森雅之)は、妻・宮木(田中絹代)と子、更に実妹(水戸光子)とその夫・藤兵衛(小沢栄)を連れて、焼き上がった陶器を長浜まで運ぼうとするが、海賊が出ることを知り、源十郎は自分の妻子だけ家に帰す。長浜に辿り着いた3人は、順調に陶器を売り捌いて大儲けするが、武士となって立身出世する野心を捨て切れない藤兵衛は武具を買い求めに行き、藤兵衛の妻は夫を捜す間に狼藉者らに犯されてしまう。一方の源十郎は、臈たけた元御姫様(京マチ子)という女性と出会い、陶器を届けに行った姫の邸で彼女と契りを交わしてしまった揚句、その邸で焼き物を作っては売りに行くという生活を始めてしまう。何年か後、藤兵衛は戦の武勲が認められ、出世した自分の姿を見せに村へ子分を引き連れ戻ろうとする途中、子分達を慰労しようと女郎部屋に立ち寄り、そこで零落し遊女となった妻と出会う。恨み事を言う妻に藤兵衛はひたすら謝るのみ。源十郎の方は、行商の途中で僧侶に死霊に憑かれていると言われて、姫の正体が亡霊であることを知り、やっとの思いで故郷の村に戻る。そこには妻・宮木が優しく待ち受けていたのだが―。

 溝口健二の「雨月物語」('53年/大映)は、1953年のヴェネツィア映画祭サン・マルコ銀獅子賞をはじめ数々の賞に輝いた作品で、この年のヴェネツィア国際映画祭は金獅子賞が"該当無し"だったので、実質的には出品作中トップ評価だったことになります。

 原作は、1776年に発表された上田秋成の「雨月物語」の中の「浅芽が宿」「蛇性の淫」で、2つの話を糾える縄の如くに仕上げた脚本は巧みであり(「蛇性の淫」は本来、中国の古典的説話「白蛇伝」や、能の「道成寺」の由来である"安珍・清姫伝説"と重なる)、更にモーパッサンの短篇「勲章」もモチーフとして織り込まれていたりして、相当に原作を翻案しているようですが、森鷗外の原作を膨らませ過ぎている感のある「山椒大夫」('54年/大映)ほど気にはならなかったです。
 「原作」と言われているものを実際に読んでいると、それにこだわってしまうのかも。但し、時代設定が近世初期なので(「山椒大夫」は中世)、セリフの言い回しが多少現代風であっても許せてしまうというのもあるかもしれません。

雨月物語1.jpg 原作自体が優れているわけですが、原作を分かり易く翻案したエンタテインメントとして充実していて、一方で、ジャン=リュック・ゴダールをして「涙が出てくる」と言わしめたほどの霧立ち込める湖に舟を漕ぎだす場面の美しさや、映画史に残るとされる京マチ子の彼岸の妖艶ぶりなど、随所で幽玄美を醸して古典的雰囲気を保持しているのは、宮川一夫のカメラワークによるところが大きいのでしょう(溝口監督からの注文は「絵巻物を撮るように」とのことだったそうだが、それに応えている)。

 京マチ子の現実離れした「幽玄美の妖女」と田中絹代や水戸光子の土臭い「糟糠の妻」(結局、男達の野望は叶わないため、最終的にはこの表現は的確でないのだが)の異質の両者のコントラストが良く、それを繋ぐ森雅之の演技も活き活きしていていいのですが、ラストは、妻・宮木(この時だけ顔のライティングが「姫」と同じ)の真実を源十郎が知ったところで終わった方が、余韻が出たような気もします。

 ラストの宮木の母性的なナレーション(田中絹代)も心に滲みて悪くはないですが、その他にも藤兵衛夫婦の「テレビ時代劇のエピローグ」風のやり取りなどもあって、やや解説的と言うか、「幸せの青い鳥は...」的な人生訓風になった感じもします(でも、やはり傑作)。

「雨月物語」●制作年:1953年●製作:永田雅一●監督:溝口健二●脚本:川口松太郎/依田義賢●撮影:宮川一夫●音楽:早坂文雄●原作:上田秋生「雨月物語」●時間:96分●出演:京マチ子/水戸光子/田中絹代/森雅之/小沢栄/青山杉作/羅門光三郎/香川良介/上田吉二郎/毛利菊枝/南部彰三/光岡龍三郎/天野一郎/尾上栄五郎/伊達三郎●公開:1953/03●配給:大映(評価:★★★★☆)

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天才犯人とコロンボの「天才」の成り立ち方の違い、「知恵」の発揮どころの違いを浮き彫りに。

刑事コロンボ 殺しの序曲 二見文庫.jpg   刑事コロンボ 殺しの序曲 dvd.jpg  殺しの序曲2.jpg 
殺しの序曲―刑事コロンボ (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)』「特選 刑事コロンボ 完全版「殺しの序曲」【日本語吹替版】 [VHS]

 会計事務所を経営するオリヴァー・ブラント(セオドア・バイケル)は、共同経営者で親友のバーティ・ヘイスティング(ソレル・ブーク)とともに、「シグマ協会」という知能指数がトップから2パーセントという天才だけで構成されるクラブに所属していたが、オリヴァーが会計事務所の客の金を横領していることに気づいたバーディから、「おまえは泥棒だ!私は、おまえの正体をあばきたててやる」と言われ、拳銃でバーティを殺害する―。

 第6シーズンの最終作で、相手は「天才」だけに、レコードプレイヤーのオートリターン機能を使った凝りに凝った仕掛けでアリバイ作りをしますが、やや凝り過ぎの感じも。そのレコードプレイヤーと同じ機能のものが犯人の自宅にあり、コロンボが自宅を訪ねた際に、犯人の奥さんがレコードをかけてくれてると言って、コロンボがその機能に気付いたのは、ややラッキーに助けられた感じもします。

刑事コロンボ 殺しの女局1.jpg コロンボが作中で、自分の人生を振り返って「あたしはどこへいっても秀才にばかり出会ってね。お分かりでしょう。学校にも頭のいい子は大勢いたし、軍隊に初めて入った時にも、あそこにもおっそろしく頭のいいのがいましたよ。ああいうのが大勢いちゃ、刑事になるのも容易じゃない、と思ったもんです。あたし考えました。連中よりせっせと働いて、もっと時間をかけて、本を読んで、注意深くやりゃ、ものになるんじゃないかって」と犯人に語る場面があり、自分のトリックを見破ったことでコロンボを自分と同質の「天才」だと見做す犯人に対し、コロンボの「天才」の形成のされ方が犯人のそれとは異質であることを自らわざわざ説明しているのが興味深いです(「あたしはこの仕事が心底、好きなんです」というセリフもある)。

 また更に、状況証拠の積み重ねでしかないところで、(このシリーズでよくあるパターンだが)犯人を自白に追い込むことで事件の決着を図る際に、相手の「自分は天才だ」という自負心を逆手にとって、犯人に自ら犯行の手口を語らせるといったことをしており、犯人の幼稚さにやや呆れはするものの、「知恵」の発揮のしどころが、これまた犯人とコロンボでは異なることを示唆していて、そうしたコロンボと「単なる天才」との違いを浮き彫りにしたという意味では、意外と奥深い作品でした。

"The Collector " ('65/UK)
殺しの序曲.jpgThe Collector.jpg「刑事コロンボ(第40話)/殺しの序曲.jpg コロンボに事件解決のヒントを与えてしまう犯人の奥さん役は、ウィリアム・ワイラー監督の「コレクター」('65年/英・米)で、コミュニケーション不全の青年(テレンス・スタンプ)に誘拐・監禁される美大生を演じてアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたサマンサ・エッガーで、異常男に虐められるその虐められぶりが秀逸でしたが、それから12年を経て、今度は夫を精神的に苛めているような役柄を演じているのが興味深いです。

殺しの除局3.jpg殺しのじょきょく.jpg その他に、コロンボがカフェにドーナッツを食べながら入ってくるとそれを取り上げてしまう、つっけんどんなウェイトレス役で、後に映画「トゥルー・ライズ」などに主演する、映画デビュー前のジェイミー・リー・カーティスがちょこっと出演していて(怖そうなお姉さんという感じ)、彼女は本国でこの「殺しの序曲」の2年前に放映された第32話「忘れられたスター」で犯人を演じたジャネット・リーの娘でもあり、このチョイ役出演はその繋がりなのか?

「刑事コロンボ(第40話)/殺しの序曲」●原題:THE BYE-BYE SKY HIGH I.Q.MURDER CASE●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督:サム・ワナメイカー●製作:リチャード・アラン・シモンズ●脚本:ロバート・マルコム・ヤング●音楽:ボブ・プリンス●時間:74分●出演:ピーター・フォーク/セオドア・バイケル/ソレル・ブーク/サマンサ・エッガー/ケネス・マース/バジル・ホフマン/ハワード・マクギリン/キャロル・ジョーンズ/デリエ・トムソン/フェイ・デウィット/ジョージ・スペルダコス/キャスリーン・キング/ミッツィ・ロジャース/ジェイミー・リー・カーティス●日本公開:1978/05●放送:NHK総合(評価:★★★★)

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爽快感のある企業小説。特許侵害訴訟と部品納入交渉。「二段ロケット」のように楽しめた。

下町ロケット 2.jpg下町ロケット.jpg下町ロケット』(2010/11 講談社)

 2011(平成23)年上半期・第145回「直木賞」受賞作。

 かつて研究者としてロケット開発に携わっていた佃航平は、打ち上げ失敗の責任を取って研究者の道を辞し、今は親の仕事を継いで従業員200人の佃製作所を経営していた。そんな彼の元へ、自社の主力製品が大企業の特許を侵害しているという一通の訴状が届き、その相手・ナカシマ工業の法廷戦略により、製作所は存亡の危機に立たされる―。

 下町のとある町工場が、その優れた技術力でもって国産宇宙ロケットに部品を供給する話―とは知っていましたが、実際に読んでみて面白かったし、途中で何度かぐっときて、久しぶりに爽快感のある企業小説を読んだなあと。

 宇宙ロケットへの部品供給が成るかどうか以前に、ナカシマ工業による理不尽な特許侵害訴訟により会社経営そのものが危機に晒される「前半部分」と、大企業の驕りから居丈高な態度で特許の買い取りを迫る帝国重工との間で、部品納入を巡る交渉する「後半部分」とが、共にはらはらドキドキしながら一気に読め、「二段ロケット」のように楽しめました。

 '02年に起きた「三菱ふそうトラック・バス」の大型車のタイヤ(ホイール)脱落事故(三菱リコール隠し事件)に材を得た『空飛ぶタイヤ』('06年/実業之日本社)や、'07年に起きた「名古屋市営地下鉄」延伸工事談合事件に材を得た『鉄の骨』('09年/講談社)など、実際に起きた企業不祥事をモデルにした作品を発表してきた作者ですが、この作品のモデルである製作所は、作品発表以前から報道されていた大田区にある会社以外にも、同様に宇宙ロケットに部品を供給している小さな会社が幾つかあり、作者自身は「特定モデルは無い」としているようです。

 但し、ロケット部品の技術面での記述などは(マニアックにならない程度に)しっかりしているように思え、神谷弁護士のモデルと言われる弁護士の事務所が実際に西新橋にあるなどから、相当に関係者に聞き込み取材をしたのではないでしょうか(銀行からの出向の経理部長の"殿様バッタ"こと殿村の設定は創作か。銀行出身の作者の思い入れがあるにしても、いいキャラだ)。

 『鉄の骨』同様、TVドラマ化されましたが、帝国重工のモデルがすぐに分ってしまうこともあってか、『空飛ぶタイヤ』がドラマ化された時と同様、民放キー局ではなくWOWWOWでの放映でした。

 直木賞受賞は順当に思われますが、選考委員の中には渡辺淳一氏のように、「私はここまで読みものに堕したものは採らない。直木賞は当然、文学賞であり、そこにそれなりの文学性とともに人間追求の姿勢も欠かすべきではない」といって推さなかった人もいて、個人的には最初から「企業小説」と思って読みましたが、賞を与えるとなると、まあ、いろいろな考え方があるなあと。

 渡辺氏自身、(最近書いているものがどうかというのは置いといて?)「光と影」で直木賞を受賞する前に「死化粧」が芥川賞候補になったという経緯があり、「文学性」に拘りがあるのでしょうか。

 確かに、すぐにドラマ化されたことからも窺えるように、そのまま劇画にでもなりそうな話ですが、やはりエンタテインメントとして優れているならば、そのことは直木賞に選ばれて然るべき大きな要因となるのではないでしょうか(直木賞の選考基準がよく分からないままに言っているのだが)。

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「このミス」第1位作品の映画化だが、大味のアクションに終始してしまった感じ。

ザ・シューター/極大射程 dvd.jpg   極大射程 新潮文庫 上下.jpg 極大射程 新潮文庫 下.jpg
ザ・シューター/極大射程 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]」 『極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)』『極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)

ザ・シューター/極大射程 4.jpg ボブ・リー・スワガー(マーク・ウォールバーグ)は軍の元狙撃手で、アフリカでの任務で観測手の友人を失い、今で退役して山中で犬と暮らしているが、そんな彼にある依頼が来て、それは、何者かが大統領の狙撃暗殺を企てているので、その実行プランを見抜いて欲しいというもの。愛国心から引き受けた彼は、フィラデルフィアで狙撃が行われると確信、大統領演説の当日に現場で監視にあたるが、いきなりアドバイザーの制服警官に撃たれ、その間に狙撃が行われて弾は大統領を外れてエチオピア大司教の命を奪う。負傷しながらも何とかその場を離れたスワガーは、自分が罠にはめられたことに気付き、そこから彼の復讐が始まる―。

 原作は1993年にスティーヴン・ハンターが発表した「ボブ・リー・スワガー三部作」の第1作『極大射程(上・下)』(原題:Point of Impact、'98年/新潮文庫(上・下))で、2000(平成12)年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位作品。当時の新潮文庫の帯に「キアヌ・リーブス主演で映画化!」とあったので、直ぐに映画されるのかと思ったら、マーク・ウォールバーグ主演で2006年になって映画化され(発表から映画化まで結局13年かかった)、原作はそこそこ面白かったけれども、予告を観て原作と雰囲気が違う気がしたため、DVD化されても暫く観ないでいました。

ザ・シューター/極大射程 1.jpg つい最近になって観てみたら、やっぱり違う! 原作の、ちょうど『レッド・オクトーバーを追え(上・下)』('85年/文春文庫)のトム・クランシーが潜水艦や兵器に拘るような、銃へのマニアックな拘りが無いのはいいけれど、マーク・ウォールバーグ(元不良青年で服役囚だったこともあるようだが)は原作のボブ・スワガーよりやや線が細い感じか。
 
 少しロバート・ラドラムの『暗殺者(上・下)』('83年/新潮文庫)と似たところもある話なのですが、その映画化作品「ボーン・アイデンティティ」('02年、こちらも発表から映画化まで22年と時間がかかっている)で主人公のジェイソン・ボーンを演じたマット・デイモンが原作より線が細く見えたのと似た印象を持ちました。

ザ・シューター/極大射程 2.jpg スワガーが今は亡き親友の恋人サラ(ケイト・マーラ)に助けを求め、最初は拒まれるも結局スワガ―の力となるのはいいが、彼女自身、敵方の人質になってしまうというのは、ある意味"定番"。
 途中からサスペンスと言うより殆どアクション映画になっていて、ラストに行くまでに銃撃戦や爆殺で人がバタバタ死んでいき、一方、原作でのヤマ場である最後の法廷闘争は、映画ではその部分はさらっと流してその代り、法の裁きを逃れた"悪い奴ら"を最後は主人公が自ら...。

ザ・シューター/極大射程 3.jpg カタルシス効果に重きを置いたと思われますが、やや安直に結末だけ修正したような感じもし、原作スト―リーだけでは観客を惹きつけ切れないという自信の無さか。"悪い奴ら"である大佐と上院議員を演じるのが「リーサル・ウェポン」('87年)のダニー・グローヴァーやコメディ作品にも出演の多いネッド・ビーティで、両者とも気のいいオッサンに見えてしまうのも難かも。

 原作の主人公は、ベトナム戦争で狙撃手として鳴らし、2300メートルという狙撃の「最大射程距離」(所謂「極大射程」)記録を保持していた実在の狙撃手カルロス・ハスコックをモチーフとしていて(カール・ヒッチコックという名の伝説の狙撃手として原作にも出てくる)、主人公のボブもハスコック同様にベトナム帰りの元海兵隊員でしたが、映画では、さすがに時間を経てしまったため、ソマリア帰りに置き換えられています(狙撃兵って戦争や内戦には欠かせないのか)。

 原作は「このミス」第1位作品だけあって、読んでいる時は面白かったけれども、時間を経るとあまり記憶に残らないような気もし、映画はその忘れかけた面白さを喚起してくれるかと思いきや、大味のアクションに終始してしまった感じでした(元々、プロットを生かすタイプの監督ではなかったということか)。

「ザ・シューター/極大射程」●原題:SHOOTER●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:アントワーン・フークア●製作:ロレンツォ・ディボナヴェンチュラ/リック・キドニー●脚本:ジョナサン・レムキン●撮影:ピーター・メンジース・Jr●音楽:マーク・マンシーナ●原作:スティーヴン・ハンター「極大射程」●時間:124分●出演:マーク・ウォールバーグ/マイケル・ペーニャ/ダニー・グローヴァー/ケイト・マーラ/イライアス・コティーズ/ローナ・ミトラ/ネッド・ビーティ/ラデ・シェルベッジア/ジャスティン・ルイス/テイト・ドノヴァン/レイン・ギャリソン/ブライアン・マーキンソン/アラン・C・ピーターソン●日本公開:2007/06●配給:UIP(評価:★★☆)

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スティーヴ・マーティン、キャスリーン・ターナーが芸達者ぶりを発揮「2つの頭脳を持つ男」。

2つの頭脳を持つ男 dvd.jpg2つの頭脳を持つ男 [DVD]ロマンシング・ストーン 秘宝の谷 dvd.jpgロマンシング・ストーン 秘宝の谷 [DVD]

The Man with Two Brains.jpg マイケル・ハフハール(スティーヴ・マーティン)は、世界的に有名な脳外科医だが、亡き愛妻の思い出に胸締め付けられる日々を送っていた。ある日、車を運転中、目の前を横切ったドロレス(キャスリーン・ターナー)を跳ね飛ばしてしまうが、駆け寄って見た彼女の美しさに参ってしまう。美貌のドロレスは、実は遺産目当てで年老いた男に近寄り、結婚後に夫を死に追いやる悪女だったが、そうと知らずにドロレスの脳外科手術を買って出たハフハールは、手術を成功させ、意識を取り戻したドロレスにアタックをかけ結婚へ。しかし、新婚生活を送るうちにドロレスの傲慢さが目につくようになり、その上夜の営みを拒み続けるドロレスに欲求不満気味、上司の勧めで仕事とハネムーンを兼ねてオーストリアへ行き、脳移植の権威ネセシスター博士(デビッド・ワーナー)に出会い、彼の研究室で、"アン・アールメヘイ"と名乗る頭脳(声:シシー・スペイセク)とテレパシーで意思疎通出来ることを知る。意思疎通を図るうちに、次第にアールメヘイの持つ優しさに惹かれて、挙句の果てには、横行していた"エレベーター・キラー"にかこつけて、彼女に見合う女性を殺害してその肉体を手に入れようとまでし始める―。
  
The Man with Two Brains2.jpg '85年の第1回「東京国際映画祭」の一環としての「ファンタスティック映画祭」で上映された、カール・ライナー監督、スティーヴ・マーティン(1945‐)主演のホラー・コメディで、"脳"に不倫心を抱いてしてしまう男という奇抜な設定。その流れで、その男は、"脳"のために肉体を探し、"脳移植"手術をしようとするという、ハチャメチャながらも、SF風のドタバタ喜劇であることを踏まえて観れば結構良く出来たストーリーであったように思え、意外と面白かったです。

2つの頭脳.JPG"The Man with Two Brains"
 
 オチにも何となく人生の皮肉が込められていて、同じドタバタコメディでも、レスリー・ニールセン(1926-2010)の「裸の銃(ガン)を持つ男」('88年)などよりはこっちの方が個人的には好みです(日本人の感覚にも合っているような気がするが、実際のところは日本でも評価が割れているみたい。好みに左右される作品か)。
 
2つの頭脳を持つ男.jpg スティーヴ・マーティンにしてもレスリー・ニールセンにしても、銀髪のダンディな男が途方も無くバカバカしいことをやるという点で似ているかも。両者共に日本にはあまりいないタイプの喜劇役者でしょうが、そもそも洋モノコメディ軽視の日本では、当時スティーヴ・マーティンの名は殆ど知られていなかったように思われ、自分自身この作品で初めて知り、なかなかの芸達者だと思いました。

 この作品も日本ではロードにかかっておらず(映画祭出品後にビデオ化はされた)、「愛しのロクサーヌ」('87年)などでやっと日本でも彼の名知られるようになりましたが、その後も出演作品数は多く、バイプレイヤーだったりシリアスな役もこなしたりしているようで、最近では、2010年に、自身3回目となるアカデミー賞授賞式の司会をしています。

Steve Martin and Kathleen Turner in "The Man with Two Brains"

 この作品について言えば、キャスリーン・ターナーの好演も見逃せず、ローレンス・カスダン監督の「白いドレスの女」('81年、原作はジェームズ・M・ケインの「倍額保険」)で男を破滅させる女"ファムファタール"を演じ、この作品でも妖婦的悪女を演じた彼女は、「白いドレスの女」公開の際の来日記者会見で"コミカルな役をやりたい"と言っていましたが、それがこれだったのだなあと(サスペンスからコメディへと、演じる"ファムファタール"のバリエーションが広い、こちらも芸達者)。

ロマンシング・ストーン 秘宝の谷 dvd j.pngロマンシング・ストーン 秘宝の谷.jpg キャスリーン・ターナーはこの後、ロバート・ゼメキス監督の「ロマンシング・ストーン 秘宝の谷」('84年)にマイケル・ダグラスとの共演で出演しています。

"Romancing the Stone"DVDジャケットより

 「2つの頭脳...」がロードにかからなかったため、こちらを「東京国際映画祭」の1か月前に先に観ることになったのですが、ロマンス作家が否応なしに自分の書く小説張りの恋と冒険に巻き込まれていくという「インディ・ジョーンズ」と「ハーレクイン・ロマンス」を足して2で割り、それにコメディの味付けをしたような"盛り沢山"の作品でした。

ナイルの宝石 マイケルダグラス/キャスリーンターナー.jpg 1984年ゴールデングローブ賞(ミュージカル・コメディ部門)で作品賞・主演女優賞を受賞し、同じくマイケル・ダグラスとのコンビで続編「ナイルの宝石」('85年)という作品も作られています。
 この手の映画を何本か見ていると、ストーリーの区別がつかなくなるなあ(その点でも「インディ・ジョーンズ」シリーズや「ハーレクイン・ロマンス」に通じるかも)。

映画パンフレット 「ナイルの宝石」 出演 マイケル・ダグラス/キャスリーン・ターナー

 この2人はよほど相性が良かったのか、更に、俳優のダニー・デヴィート(「バットマン・リターンズ」('92年)で悪役のペンギン男を演じた人)が監督した、夫婦の離婚を巡るブラックコメディ映画「ローズ家の戦争」('89年)でも共演しています。


「2つの頭脳を持つ男」●原題:THE MAN WITH TWO BRAINS●制作年:1983年●制作国:アメリカ●監督:カール・ライナー●製作:デイヴィッド・V・ピッカー/ウィリアム・E・マッキューン●脚本:カール・ライナー/スティーヴ・マーティン/ジョージ・ガイプ●撮影:マイケル・チャップマン●音楽:ジョエル・ゴールドスミス●時間:93分●出演:スティーヴ・マーティン/キャスリーン・ターナー/シシー・スペイセク(声の出演)/デビッド・ワーナー/リチャード・ブレストフ/ジェームズ・クロムウェル/ジェフリー・コムズ/ポール・ベネディクト/マーヴ・グリフィン:マーヴ・グリフィン●日本公開:1985/06●配給/ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:渋谷パンテオン(85-06-02) (評価★★★★)

「ロマンシング・ストーン 秘宝の谷」●原題:ROMANCING THE STONE●制作年:1984年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ゼメキス●製作:マイケル・ダグラス●脚本:ダイアン・トーマス●撮影:ディーン・カンディ●音楽:アラン・シルヴェストリ●時間:106分●出演:キャスリーン・ターナー/マイケル・ダグラス/ダニー・デヴィート/ザック・ノーマン/アルフォンソ・アラウ/マヌエル・オヘイダ/ホランド・テイラー/メアリー・エレン・トレイナー/エヴァ・スミス●日本公開:1984/12●配給/20世紀フォックス●最初に観た場所:新宿ローヤル(85-05-06) (評価★★★)


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特撮よりむしろ"異形の愛"を描いた人間ドラマに比重が置かれている。

ガス人間第一号 ちらし.jpg ガス人間第一号 dvd.bmp  
「ガス人間第一号」チラシ/「ガス人間第1号 [DVD]」/「ガス人間第一号」【予告】

ガス人間第1号 チラシ.jpgガス人間第1号 チラシ2.jpg 同一犯によると思われる連続強盗殺人事件が発生、完全密室での犯罪は多くの謎を残すが、事件の捜査にあたる岡本警部補(三橋達也)と婚約者の新聞記者・田野京子(佐多契子)は、春日流舞踊の家元・藤千代(八千草薫)に疑惑を抱き、家宅捜索により盗まれた紙幣を発見、直ちに彼女を拘留するが、その頃、警視庁記者クラブに突然現れた図書館員の水野(土屋嘉男)は、自分が連続強盗殺人事件の犯人であると名乗り、完全犯罪の種明かしをすると宣言、半信半疑で見守る人たちの前で次第に気体化してガス人間となる。藤千代の無実を証明するために現れた水野は、零落した春日流の藤千代を助ける為、佐野博士(村上冬樹)に騙されて人体実験の犠牲となりガス人間にされてしまった自らの能力を使って、愛する者のために強盗殺人を重ねていたのだった―。

 '60(昭和35)年の東宝作品で、「透明人間」('54年)から「美女と液体人間」('58年)へと続いた東宝「変身人間シリーズ」の集大成とも言える作品であり、円谷英二が特撮監督を務めていますが、特撮部分は水野がガス人間化するところしかなく(ガス人間の鉄格子すり抜けは­、「ターミネーター2」('84年/米)でジェームズ・キャメロンがパクったという話もあるが)、特撮映画には違いないものの、特撮よりむしろ"異形の愛"を描いた人間ドラマに比重が置かれています。

ガス人間第一号 八千草薫3.jpgガス人間第一号 八千草薫1.jpg 八千草薫(1931-)が凛とした舞踏の家元を演じて美しく、水野との愛に殉ずる覚悟で踊り続ける"道行き"的なラストは、哀切感溢れるものとなっていますが、ガス人間を演じた土屋嘉男(1927-)の演技も、傲岸且つニヒルな中にも、自らが得体の知れないガス人間であるということからくる翳を秘めていて、しかも一女性に愛を捧げるという、なかなか味のあるものとなっています。

ガス人間第一号 土屋.jpg この土屋嘉男という俳優は、黒澤明監督に目をかけられて「七人の侍」('54年)に出演して以来、黒澤作品に出続けた一方で、本多猪四郎監督の「ゴジラ」('54年)の撮影現場を個人的興味から見学に行って、やがて東宝特撮映画の常連にもなったという変わり種であり、同じ「東宝」ではありますが、「黒澤組」と「本田組」の両方に属していたような人です(志村喬、藤田進などもそうと言えるが)。

 出演した東宝特撮映画の数はかなり多く、中でも「ガス人間第一号」の3年前の'57(昭和32)年の地球防衛軍で、わが国で初めて宇宙人役(ミステリアン総統)を演じた役者であることは有名です(「顔が見えなくてもいいから宇宙人役をやりたいという本人の希望だったらしい)。

ガス人間 フィギア.jpg 因みにこの「ガス人間第一号」には今でも根強いファンがいて、土屋嘉男がガス人間に変身するところのフィギアなども商品化されています。

「ガス人間第一号」●制作年:1960年●製作:田中友幸●監督:本多猪四郎●特技監督:円谷英二●脚本:. 木村武●撮影:高橋通夫●音楽:宮内国郎●時間:91分●出演:三橋達也/佐多契子/八千草薫/左ト全/土屋嘉男/伊藤久哉/田島義文/小杉義男/三島耕/松村達雄/村上冬樹/佐々木孝丸/山田巳之助/松村達雄/宮田羊容/野村浩三/山本廉/松本染升/堤康久/山田彰/広瀬正一/中村哲/塩沢とき●公開:1960/12●配給:東宝(評価:★★★☆)

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小松崎茂デザインのンメカニックが、子供の頃の"懐かしい未来"を想起させる。テーマ曲がいい。

宇宙大戦争 東宝 チラシ.jpg  宇宙大戦争 東宝 チラシ(アメリカ版).jpg   
日本版チラシ(1959)/アメリカ版チラシ(1960)/ 伊福部昭「宇宙大戦争マーチ」

 地球軌道上の宇宙ステーションが謎の円盤の攻撃を受けて破壊され、地球上でも世界中で鉄橋や汽船が宙に浮き、凍結した海水が舞い上がるなどの怪奇現象が発生、急遽、国際会議が開かれて調査が行われ、それらは無重力状態を生み出す冷却光線を操るナタール人の仕業であり、ナタール人は既に月面に基地を建設し地球侵略の準備をしていることが判明する。ナタール人基地を破壊するため、勝宮一郎博士(池部良)ら科学者によって編成された攻撃隊が原子力ロケット2機で月へ。ナタール人の基地を発見し、攻撃して打撃を与えるが、ナタール人に操られた岩村(土屋嘉男)が味方ロケット1機を爆破し、残る1機にも危機が迫る。しかし、ナタール人の洗脳が解けた岩村が追撃を食い止め、月からの脱出に成功、地球へ帰還する。迫り来る決戦の時に向け、地球では大気圏外でナタールの円盤を迎撃する戦闘ロケットが建造され、やがてナタール円盤群が地球へ向かって来襲、壮絶な戦いが始まる―。

宇宙大戦争 エフェクト.jpg 日本初の宇宙人の侵略をテーマにした特撮SF作品「地球防衛軍」('57年)の姉妹作で、前作では「地上戦」乃至「地対空戦」だった宇宙人との戦いの場を、この作品では「月面戦」乃至「宇宙空間戦」に移していますが、2年間で画像のエフェクト処理も含め、特撮技術がトータルに向上しているように思えました(伊福部昭のテーマ曲もいい)。

 「絶対零度近くにまで冷却された物体は無重量となる」とか「月面の一部に希薄な大気が存在する」といった、当時の段階で既に科学的には誤りであると判明していたり、当時から曖昧だった学説を援用したりするなどの乱暴な点はありますが(ホバークラフトで月面を移動する場面がある!)、ナタール人の基地があるという想定の月の裏側の様子を、ソ連の無人探査機「ルナ3号」が当時世界で初めて撮影に成功した月面裏側の写真に基づき描くなど、科学性へのこだわりは随所に見られ、月に人類が到達する10年も前にしては、月面やそこを歩行する隊員の様子をよく描いていると思います。

 三原山で撮影されたという月面歩行する隊員の無重力状態でのふわっとした跳ね方は、出演者の一人・土屋嘉男の発案によるもので、土屋は10年後にアポロ11号の月面着陸の様子をTVで観て、「間違ってなかった」と思ったそうな。

宇宙大戦争 東宝.jpg宇宙大戦争」(サントラ)
 ドラマ部分が定型的なのはSF作品であるため許せるとして、宇宙人が地球侵略するにあたってわざわざ一人ひとり洗脳するかなというのはあり、壮大なタイトルの割には結末もややショボイかも。
 
 但し、小松崎茂のデザインを入江義雄が図面に起こし、井上泰幸らによって制作したナタール側・地球人側のメカニックは、この作品の白眉とも言える素晴らしいもので、円谷英二の特撮技術と相俟って、宇宙戦をよりダイナミックに見せている共に、個人的には、子供の頃に想い抱いた"懐かしい未来"を想起させられます。

 この作品は、制作時の6年先の将来(1965年)という時代設定で、人類で初めて月面着陸に成功したのは勝宮一郎(池部良)、白石江津子(安西郷子)ら日本人であるということになり、実際のアポロ11号による月面着陸(1969年)の4年前ということになります。

安西郷子.jpg 当時"文芸路線"だった池部良がSF映画に出ているのが珍しく、その池部良とのしっとりしたラブシーンもある安西郷子(1934‐2002/享年68)は、エキゾチックな面立ちの美人女優でしたが、この作品の2年後、「ガス人間第1号」(' 60年/東宝)で主演した三橋達也(1923-2004/享年80)と結婚して芸能界を引退しています。

宇宙大戦争 dvd.jpg「宇宙大戦争」●制作年:1959年●製作:田中友幸●監督:本多猪四郎●特技監督:円谷英二●脚本:関沢新一●音楽:伊福部昭●原作:丘美丈二郎●時間:91分●出演:池部良/安西郷子/千田是也/土屋嘉男/伊藤久哉/村上冬樹/ジョージ・ワイマン/レオナルド・スタンフォード/ハロルド・コンウェイ/エリス・リクター/桐野洋雄/野村浩三/エド・キーン/堤康久/加藤茂雄/沢村いき雄/旗持貴佐夫/上村幸之/高田稔/熊谷二良/手塚勝巳/津田光男/岡部正/レオナルド・ウェルチ/緒方燐作●公開:1959/12●配給:東宝(評価:★★★☆)
宇宙大戦争 [DVD]

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日本初の宇宙人の侵略をテーマにした特撮SF映画。戦闘シーンのレベルだけ高い。

地球防衛軍 チラシ.jpg 地球防衛軍 チラシ1.jpg 地球防衛軍 チラシ2.jpg 地球防衛軍 チラシ3.jpg
地球防衛軍 [DVD]」チラシ各種

地球防衛軍 1957.jpg 天体物理学者の白川亮一(平田昭彦)が村祭りの日に謎の山火事とともに姿を消した数日後、白石の妹・江津子(白川由美)の恋人である渥美譲治(佐原健二)は白石から託されたレポート「遊星ミステロイドの研究」を中央天文台・安達博士(志村喬)に届ける。そこへ、白石が住んでいた村で山崩れが起きたとの連絡が入り、渥美は調査団の一員として村に向かうが、村からは放射能が検出される。村の異常現象を調査中に、山から金色の巨大ロボット怪獣(モゲラ)が出現し、村落を破壊しながら侵攻を開始したため、対策本部が設置され、自衛隊の攻撃部隊はモゲラに総攻撃をかける。そして、モゲラ侵攻中に謎の円盤が―。

 この「地球防衛軍」は、東宝特撮における初のシネマ・スコープ作品であり、日本映画で初めて宇宙人の侵略をテーマにした特撮SF作品で、ストーリーの方も、10万年前に原水爆戦争で滅びた遊星人ミステリアンの末裔が種族の存亡をかけて地球侵略するという、攻めてくる側にも事情があるような話(核実験批判が込められているのか)。

地球防衛軍 1957 モグラロボット.jpg 遊星人が最初に地球侵略のために送りこんだのがモグラ型ロボットで、重装備が昂じてちょっと滑稽なヒヨコ体型になっているのがご愛嬌(そもそも戦闘用ではなく土木用ロボット)。自衛隊が何とか怪獣をやっつけた後に出てくる遊星人の姿が、フルフェイスのヘルメットを被った地球人にしか見えないのも難(顔は見えないが、メットの下から鼻が覗いている。ミステリアン総統役の土屋嘉男によると、ミステリアンのマスクはアイスクリームの容器の改造だという)。それでもこの作品が一般に高い評価を得ているのは、円谷英二の特撮による遊星人と地球人との砲撃戦、空中戦の迫力のためでしょう。

地球防衛軍 ロケット.jpg 昭和32年制作という古さをあまり感じさせないのは、全体のモダンなトーンもさることながら、この戦闘シーンのレベルの高さによるもので、戦争中に作られた戦意昂揚映画での戦闘機の空中戦シーンなどの際に円谷英二自身が駆使した技術や創意工夫の蓄積が、ここに開花したという感じでしょうか。

 それ以外の部分は、平田昭彦(この人、陸軍士官学校の出身)が遊星人側に与してしまうといったドラマ部分も含め、個人的にはイマイチですが、作品の位置付けとしては、「宇宙大戦争」('59年)など、その後の「宇宙モノ」「宇宙怪獣モノ」映画の基盤を作ったという意味で、画期的な作品ということになるのでしょう。

ミステリアン.jpg地球防衛軍 1957 dvd.jpg「地球防衛軍」●制作年:1957年●製作:田中友幸●監督:本多猪四郎●特技監督:円谷英二●脚本:木村武●音楽:伊福部昭●原作:丘美丈二郎●潤色:香山滋●時間:88分●出演:佐原健二/平田昭彦/白川由美/河内桃子/土屋嘉男/藤田進/伊藤久哉/小杉義男/志村喬/村上冬樹/山田巳之助/中村哲/大川平八郎/笈川武夫/加藤春哉/大村千吉/佐田豊/三原秀夫/三条利喜江/生方壮児/津田光男/今泉廉/大友伸/熊谷二良/草間璋夫/広瀬正一/中丸忠雄●公開:1957/12●配給:東宝(評価:★★★)
地球防衛軍 [DVD]

 「地球防衛軍」予告

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